魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第九十九話 大捕り物・中編

 大捕り物の計画を話し合ったのは午前の事。今は、太陽が冬空を通り過ぎた後、午後6時を迎えようとする夜である。

 ジードが潜んでいるのは神奈川県平塚市。なんと、自爆テロが起きた神奈川県箱根町から約30㎞の地点である。テロの当時にはもっと箱根近くにいただろうが、そこから逃走したというには、あまりにも短い距離だった。

 だが、その短さが盲点となり、犯人は遠くへ逃げるという偏見に囚われていたジード捜索隊は見事に足を掬われた訳だ。七草グループに至っては平塚市なんて通り過ぎ、東京都の江東区を捜索している状態だった。方角は合っていたと言うべきだろうか。

 

 とかく、ジードの潜伏場所はすでに七草グループへも共有し、そちらのグループも捕捉した状況まで至っている。現状は、七草グループと十文字グループ(こっちは正確に言えば四葉か)がそれぞれジードの動きを見張っている。それ程隠密は徹底していないので、ジードもその見張りに気付くはずだ。そうすれば、焦ってすぐに逃走を図るだろう。逃走を図り、市街地から抜けた瞬間が好機だ。

 ジード捜索グループは、その好機を待つ。テナントビルに首脳陣(俺・達也・一条・克人・七草智一)とその手勢少数、それに今回の捕縛作戦に協力してくれる警察官が集まって、その好機を今か今かと待っている。

 

 ちなみに、七草智一とは俺も達也も初対面だが、ビジネスライクな自己紹介と作戦の再度打ち合わせくらいで会話を終えている。風貌は弘一に似ているが、雰囲気は七宝拓巳の方が似ているかもしれない。奇策は用いず、堅実な策で成果を積み上げていくような性分だろう、というのが俺からの第一印象である。

 補足すると、一条は十師族関連のパーティーで智一との顔合わせを済ませている、という事だった。

 

 閑話休題。

 

「ジードが動き出しました。同行者は3名です」

 

 七草家配下の魔法師が、ジードの移動開始を報告した。

 その報告を受け、首脳陣が見合った上で頷き、すぐにこちらも行動に移る。

 

「では、俺と達也は相模川の漁港に先回りしておきます」

 

「ああ。俺と一条は追い込み役に混ざる。目的地が確定次第、そちらに合流しよう」

 

 俺と克人で事前の作戦と細かな修正点を再確認し、そうしてから俺と達也はバイクに乗り込むべく駆け出した。

 外に停められていたバイク、周公瑾を追い立てた時と同様のそれ(内部機関はチューンアップされているらしいが)に乗り込む。俺と達也はヘルメット越しに一瞥しあい、どちらともなくバイクを発進させた。

 ここから漁港は、そう遠くない。

 

 

 

 ジードからもUSNA軍からも妨害されず、相模川河口付近の港に着いた俺と達也。ただ、自分たちは無事だったが、気を緩めていられない状況であるのを、道中の騒がしさで感じていた。

 

「どうにも、市街地の時点で抵抗してきたみたいだな」

 

「そうだろうな。爆発音が聞こえてきた。音からして、おそらくはグレネードランチャーだろう」

 

 気を緩められないが時間はある俺と達也は、雑談するように状況を推察する。

 バイクの運転中に爆発音が聞こえていたので、ジードと追い込み役が交戦したのだろうと、俺も達也も判断していた。

 

「堤防には漁船が四(そう)、ね……。沿岸用の船だから、沖で乗り換える船も用意してるんだろうな。USNAは随分と太っ腹なもんだ」

 

 道中と打って変わって静かな港を見やれば、事前調査で所有者を割り出せなかった船が4つ程陸に括りつけられている。

 戦力も支援も乏しい今のジードがこれらを揃えられるとは思えない。消去法的にUSNA軍が用意したとして、その念の入れように俺は感心していた。確かジードを港に連れて行く役として、ジードの懐にスパイも送り込んでいるのだから、なおさら感心する。

 

「この様子だと、この港で正解かな?」

 

「……少なくとも、今はこっちに向かっている」

 

「予想通りで気が抜けるね。ま、油断せずには行こうか。これもフェイクっていうのは充分にあるだろうし」

 

 達也の追跡精度を一切疑わず、俺は余裕綽々で構えていた。が、何事も予想通りとは行かない。まぁ、それも予想通りではあるのだが。

 

「……!十六夜、ジードは西に進路を変えた!」

 

「やっぱりこっちはフェイク、あるいは二段構えか。全く、USNAは贅沢三昧だな!」

 

 別の港にも船が用意しているという事で、まさしく物量の米帝らしい作戦には感激すら覚える。ただ、そうなるだろう事も予想していたので、俺は特に驚かない。

 即座にバイクのエンジンを吹かしなおし、発進した。

 先回りはもう難しい。俺と達也はジードの車を追う形になるだろう。

 

 

 

〈十六夜、あの車だ!〉

 

 ジードを追うためにバイクを走らせる最中、達也の声がフリーハンドイヤホンからもたらされた。バイクのエンジン音にかき消されぬように繋いでいた通信によるモノだ。そして、それのおかげで、達也がある車を指差しているのが見て取れた。まぁ、明らかに猛スピードで信号無視してるし、あからさまなものだったが。

 何はともあれ、俺と達也はジードに追い縋る。最高速はジードの車も俺たちのバイクも大差ないため、直線では空いている差を埋められない。しかし、小回りはバイクが上であるため、曲がる度にその差はなくなっていく。間違いなく、目的地に着いてから船に乗り込むなんて時間は残されない。

 それは、相手も分かっているのだろう。だからこそ、ジードは妨害の一手を切る。

 

 ジードの乗る車が、サンルーフを開け放った。そこから人影が1つ飛び出す。

 

「達也!」

 

 俺の警告の一言。達也は条件反射の如き素早さで、ほぼ俺と同時にバイクから飛び降りた。そうしなければ、真っ二つに切られていたからだ。飛び出した人影の一閃により、俺たちのバイクがそうなったように。

 猛スピードで走るバイクからの飛び降りだったが、達也も俺も魔法を使って難なく着地している。俺は『マイセルフ・マリオネット』の改変で慣性をその身で浴びる事になったが、超人なので痛くもかゆくもない。さすがに、達也の方はちゃんと慣性も加味した魔法を使ったのだろう。顔色1つ変わっていない。

 飛び出した人影の方も、似たようなものだろう。車から飛び降りておいて、転ぶ事もない。

 

 さて、こうして敵の刺客とご対面な訳なのだが。敵の素性をしっかりと認識した事によって、飛び降りでは変わらなかった達也の顔色が変わる。

 

「貴方は、千葉寿和警部か!?」

 

 達也は百家の中でも有名なその男をしっかり記憶に留めていたのだろう。疑問形の叫びであるが、それは相手の素性が不鮮明だからでなく、日本の警察官がテロリストに加担している故である。

 

「百家の千葉家長男ともあろう者が、何故テロリストに味方する!?」

 

「達也、無駄だ。あれはもう敵の傀儡(かいらい)だろう」

 

 ジードが死体を操る魔法の持ち主と知りながら、達也は動揺していた。いや、憤慨していたのか。俺が冷静に状況を諭せば、達也は無駄に説得しようとする口を閉じるも、苦虫を嚙み潰す歯は覗かせていた。

 

「……理解していた。敵がこれ程卑劣な魔法を使っている事は、理解しているつもりだった。しかし、どうしても度し難い。命を消耗品のように使い捨てる奴には、俺も怒りを禁じ得ない」

 

 達也は珍しく、怒りを露にしていた。兄弟愛以外で激情を煽られる事はないはずなのに、だ。もしかしたら、深雪がこのように消耗されるかもしれない万が一の未来が、頭に過ってしまったのだろうか。千葉寿和が友人であるエリカの兄という事で、そういう連想をさせてしまったという部分もあるだろうか。

 しかし、同情している時間はない。俺たちは、逃亡者を追っている最中だ。

 

「四葉、司波!」

 

 立ち止まっていた俺と達也のところに、一条を乗せた車が追い付いた。その車は十文字家の使いであるために、当然克人も乗り合わせている。

 

「丁度良かった。すみません、敵の足止めでバイクをやられました!達也も乗せて、ジードを追ってください!」

 

「……十六夜、良いのか」

 

「誰かが泥を被らなきゃいけないなら、俺が被るさ」

 

 傀儡(かいらい)となった千葉寿和を俺が相手し、達也たちを先に向かわせるという案。達也は、友人の兄を殺すという泥を俺が被ろうとしている事を、憂慮していた。

 だが、傀儡(かいらい)となってしまった人間を解放する方法は、確実なモノは殺すという選択肢しかない。では、誰がその役を負うか。

 ジードを追跡する魔法の行使者たる達也は真っ先に除外だ。克人か一条に任せるという手はなくもないが、友人の兄と知って、他人に任せるのは不義理だ。それと同時に、この中で最も遺恨を生まずに解消できるのは、俺になるだろう。

 

「……分かった」

 

「……四葉、彼の名誉を守ってやってくれ」

 

 達也はどうにか納得し、十文字の車へ足を向け、克人が内側からドアを開ける。そうして、克人は一言俺に願った。克人も、この傀儡(かいらい)が千葉寿和だと見抜いているようだ。千葉寿和は関東圏の警部だろうし、関東圏を守護する十文字克人が彼と接点を持っていても不思議ではないだろう。

 

「車を出してくれ!」

 

 克人の合図で、運転手は車を発進させる。当然、足止めである傀儡(かいらい)・千葉寿和は車の発進を妨害しようと動いていた。

 ただ、剣の魔法師と称される千葉家の人間らしく、その手に持った仕込み杖の刃で行おうとしていたのだ。ならば、近接戦闘特化たる伐採系超人の俺が、反応できない訳もない。

 車へと伸ばされた刃は、俺のシルバーブレイドによって切り落とされ、車に届く事はなかった。

 

「……貴方の相手は俺ですよ?千葉寿和」

 

 寿和はもう車を追わない。残っているのは本能かわずかな理性か、とかく彼は俺相手にして車の妨害は叶わないと、俺だけを標的に定めた。敵の最高戦力だけでも足止めせんとばかりに。

 刃は尽きている。ただそれだけで心折るのは、剣士の名折れだろう。剣がなければ己の手で敵を屠るのが剣士というモノだ。あるいは、武士(もののふ)という方が正しいか。

 ならばこそ、目の前の武士(もののふ)は刃を捨て、拳を構えるのである。

 俺も、彼に倣ってシルバーブレイドを投げ捨てた。これが決闘または戦闘であれば、相手の誇りを汚す行為であろう。だがこれは、武士(もののふ)の魂を浄化する儀式である。お互い対等となれば、お互い悔いを残さず冥府に送れるだろう。俺には別の思惑もあるし。

 

 お互い拳を体の前に置きながら握り込まないスタイルで構えていた。柔道のスタイルに近いかもしれない。それは、相手を投げ伏せた後に懐刀での殺傷を狙う、古来よりの柔術の構え。片や剣士、片や刃物の達人として、その構えを自然と選択していた。

 寿和はこっちの出方を窺う。最悪、あっちはこっちをこの場に縫い留めれば良いのだから、あっちから仕掛ける必要はない。

 よって、こっちから仕掛ける。

 間合いをたった1歩の踏み込みで踏み潰す。超人の膂力で行われるその異常に、寿和は反応しきれず、懐まで潜り込ませてしまった。俺が(えり)へと伸ばす右手を、せめてとばかりに弾きにかかる。

 

(さすがだが、残念。超人の膂力には適うまいよ)

 

 ジードの術で強化されているとはいえ、常人は常人。俺は逸らされる事もなく、そのまま襟を掴み、同時に相手の右袖も左手で掴んだ。そして、相手が異常事態に怯んでいる隙を逃さず、俺は背負い投げをかます。

 

(これで殺しちゃまずいから、軽く、な)

 

 思い切り地面に叩きつけて背骨を折る訳にも行かないし、傀儡(かいらい)となっているために痛みには鈍いだろうから、あくまで相手を仰向けに寝そべらせる事を目的として、軽く投げた。

 その目的の狙いは、抑え込み技へのスムーズな転換だ。俺は相手に立ち上がる時間を与えず、相手の頭上側から覆い被さる。相手の両腕を自身の両腕で抱え込み、その両手で相手のベルトを掴んでがっちりホールド。相手の腹には自身の顎を置き、上体の動きを封じる。柔道で言う、『上四方固め』だ。

 これで、相手は腕の肘から先と両足しか動かせないし、それらだけ動かせても高が知れている。この抑え込みから脱するには純粋な膂力勝負となる訳だが、超人の膂力に勝てるならやってみてほしいところだ。

 補足すると、魔法も『干渉装甲』で封じている。こちらも『四葉』由来である俺の干渉力を超えない限り、魔法が発動できない。

 こうして、体の動きも魔法もほとんど封じた。

 生殺与奪の権はもう俺にある。でも俺は、ただでは殺す気がなかった。

 1つ、いや、2つ。気になっていた事があったのだ。

 ジードの術によって生きる死体となった彼らを、パラサイト憑依者にできるのか。そうして、蘇らせる事はできるのか。

 

(生者には当然、精神だかプシオンだかが邪魔して、そういう適性がないとパラサイトを受け入れられない。死者なら、ただ俺の『付喪神』になるだけだ。じゃあ、生者でも死者でもない相手なら……)

 

 もしかしたら、パラサイト憑依者として、完全なる生者に戻せるかもしれない。

 

 それを試すのが寿和を殺さなかった思惑である。

 寿和をただ助けるだけ、ジードの手にかかる前に助けるだけでは、エリカの好感度稼ぎにしかならなかった。それだけなら、原作乖離というデメリットの対価にはなり得ない。

 ただし、この実験というメリットが含まれれば、対価足りえる。

 

(さて、まずはパラサイト憑依だが……)

 

 俺は『付喪神』の要領で、寿和に俺のパラサイト分離体を憑依させる。そうすると、俺に抑え込まれる中で暴れていた寿和が脱力し、静かに四肢を投げ出した。彼の体、その支配権は、ジードから俺へと移ったようだ。

 ただ、ここまででは思惑の成就といかなかった。

 

(……ただ俺の『付喪神』が適応されただけだな。俺が千葉寿和の死体を操れるってだけだ。……だが)

 

 千葉寿和の死体、その『付喪神』に、俺は今までの『付喪神』と違う感覚を覚えている。

 

 それは、寿和から発される揺蕩う極光。リライト能力を用いる時に瞼の裏に幻視していたのと酷似したそれである。

 

(『生命力(アウロラ)』、なのか……?……そうか。確か原作だと、達也はジードのこの術を見て、生命エネルギーを魔法力に変換していると推測したんだったか)

 

 原作において、達也はジードの術がかかった千葉寿和を『エレメンタル・サイト』で観察し、存在情報なるモノがサイオンに変換されているのを観測していた。そこから、飛躍した発想であったが、生命エネルギーを魔法力に変換していると推測している。

 

(あの場面で語られていた『生命エネルギー』と『生命力(アウロラ)』は同じモノか……?じゃあ仮に、この漏れ出る『生命力(アウロラ)』を、その存在情報とやらに書き戻せるなら……)

 

 存在情報を書き戻す。理論も仮説も何もない、そんな方法がある訳ない。

 リライト能力を除いて。

 

(丁度、千葉寿和は今俺の『付喪神』、俺の一部だ。リライト能力は行使できる。なら、試す価値はある)

 

 俺は動かない寿和の横で座禅を組むように座り込み、集中する。

 

(リライト能力は抽象的なイメージによる書き換えだと意味を成さない。なら、しっかりと、できる限り具体的なイメージをして書き換えないと……)

 

 俺は集中する。見えるはずもない存在情報なるモノを感じようと、寿和の存在を認識する事に神経を注ぐ。

 それが、俺に不思議な浮遊感を与えた。

 

「……しまった、と言うべきなのか?」

 

 集中しすぎたせいか、存在情報という別次元の情報に手を出そうとしたせいか、俺は気付けば『篝の丘』にいた。地球が大きく青々として空に輝いている。

 

「ったく、こんな無駄な時間を食ってる場合じゃないのに……。……っ!」

 

 座る姿勢を崩し、地面に手を突こうとした時だ。その手が何かを触れ、いや、擦り抜け、そして――

 

―全く、エリカはお兄ちゃんが居ないと駄目だなぁ

―うっさい!クソ兄貴!

 

――誰かの記憶が頭に流れ込んできた。

 

 俺は条件反射的に手を逸らし、触れた何かがある方へ目を向ける。

 

「なんで、千葉寿和がここに……」

 

 千葉寿和が、そこで横になっていた。

 ただし、その姿は半透明となっており、今にも消えてしまいそうな状態で、目を開けそうにない。

 

「……俺の一部って事でここに連れてきちゃったって事か?……いや、それよりも、これは好機だな」

 

 この半透明状態は存在情報なるモノが薄まっている事を表しているのだろう。それは同時に、存在情報が薄まっている事で、存在の境界線が曖昧になっている事も表していると考えられる。

 何しろ、周公瑾とこの『篝の丘』で接触しても、相手の記憶が流れ込んでくる事はなかった。周公瑾の存在情報が異常をきたしていて読めなかった、という線はあるが。この寿和の状態は、彼の存在情報を書き戻す希望となる。

 

「人の記憶を勝手に読み取るのは不躾だろうが、今回は勘弁してくれ。代わりに生き返らせてやる」

 

 俺は意を決して、半透明の千葉寿和に触れ、存在座標が重なる。

 記憶が、流れ込んでくる。

 

―いやー、もう俺も形無しだなぁ。兄として悲しくなっちまうよ

―そんな事はないよ、兄さん。まだ俺は甘いところがあるから

―馬鹿真面目だなぁ、修次は。お兄ちゃんもう着いてくのだけで必死だよ

 

―エリカ、エリカ。大丈夫だ、泣くんじゃない。家の誰もお前を家族と認めなくたって、俺だけは絶対にお前を家族と認めるからさ

―うっさい!泣いてない!

―あはは!そうかそうか、泣いてないよなぁ。お前は俺の妹だからなぁ

 

―……綺麗な人だったな、藤林さん。……交際するんだったら、やっぱりああいう人が良いかなぁ

―何仕事中に鼻の下伸ばしてるんですか、千葉警部。それに、少し聞こえてましたけど、藤林ってこの前情報共有したって言う藤林少尉でしょう?九島閣下の孫娘にしてあの若さで国防陸軍少尉にまで上りつめてる人なんですから、警部では高嶺の花では?

―稲垣君、君ねぇ……。夢を見るのは自由だろ?後、人の独り言にとやかく言うんじゃないよ!

 

 流れ込んでくる記憶は、間違いなく千葉寿和のモノで、それは、色褪せていた。色が、抜け落ちているのだ。

 

(……俺のやる事は、そうだな。この抜け落ちた色を書き直す事。そうイメージしよう)

 

 イメージは固まった。俺は、アクセルを踏む。千葉寿和から漏れ出ている『生命力(アウロラ)』を、記憶の色を、彼に返す。

 その感覚は奇妙であった。瞼の裏には極光でなく、虹が渦巻いている。

 

「ぐ、があああああああああああああああああ!!!!!」

 

 絶叫が上がった。千葉寿和のモノだ。体が、魂が書き換えられている事での激痛を訴えているのだろうが、今確かに、彼は息を吹き返した。だが、まだ予断を許さない。

 

「……耐えろ。耐えるんだ、千葉寿和!命を削られるのは痛いだろう。己が書き換えられるのは痛いだろう!だが、意識を、魂を強く持て!お前は、家族の下に帰るんだ!」

 

 俺の口からは、不思議とそんな応援が溢れていた。彼の記憶を読み取ったせいで同情心が湧いたか。あるいは――

 

――俺にも、帰りたい場所があるのか?

 

―■して

 

「んぐっ!?」

 

 パラサイトを取り込んだ時のような、高密度な情報を読み込んだために高負荷がかかった事による頭痛に襲われ、俺は集中を乱してしまった。

 その高密度情報が何だったのか、気になりはする。が、それより優先すべき事がある。

 

「千葉寿和!」

 

 ちゃんと書き直しきれたのか、もしくは集中を乱した際に中断されてしまったのか。その結果を見定めようと、千葉寿和の姿を確認しようとした。

 

「いなくなってる……?……『付喪神』も切れてる!クソ!」

 

 最高の予想は、彼が復活した事によって彼の魂が地球にある肉体に戻った。最悪の予想では、彼の魂が消失した。

 どちらかなのかは、地球にある彼の肉体を確認しないと分からない。

 俺は地球に戻るべく、自身の肉体を強く意識した。

 浮遊感がやってくる。

 

「無事か!千葉寿和!」

 

 地球に戻った事を頭半分で感じ取りながら、優先して千葉寿和の安否を確認する。

 彼は、目を閉じたままだ。しかし、とても安らかな顔で、呼吸のリズムを正しく保っている。

 とりあえず、命は救えたのだろう。魂も救えたかどうかは、彼が目を覚ますのを待つしかない。

 

「……もしもし、母さん?」

 

 俺は千葉寿和を保護するために、真夜へと電話をかける。蘇生が完全かも分からないのだから、一般の病院には送りたくない。それに、リライト能力を使ったのだ。彼が超人となってしまった可能性は高い。

 

〈どうしたの?十六夜。今は捕縛作戦の真っ最中だと思うのだけど〉

 

「ジードの傀儡(かいらい)を、人に戻せたかもしれない」

 

〈……分かりました。その人を保護すれば良いのね?〉

 

 さすが、俺の秘密を大部分知っているだけあって、真夜は事の事情をだいたい察してくれた。

 

「ああ。ついでに、足も持ってきてくれると助かる。バイク壊されちゃってさ」

 

〈すぐに家の手の者を遣わします。少し待っていてね〉

 

 俺のお願いを聞き届けようと、真夜は俺の返事を待つ事なく通話を切った。

 

「……はぁ。まだまだ疲れそうだ」

 

 ジードの捕縛に寿和の後処理と、積もった仕事に俺は溜息を吐くのだった。




命を使い捨てる奴に怒りを禁じえない達也:深雪の命が消耗される事ではなく、隣の命を使い捨てる奴を連想している。

千葉寿和の名誉を守ってくれるよう願う克人:予想通り、関東圏を守護する十師族と関東圏に勤める警部として、少なくない交流がある。お互い異母妹がいる長男として、親近感を内心覚えている。(捏造設定)

頭に流れ込んでくる千葉寿和の記憶:在りし日の思い出であり、彼を彼たらしめる過去であり、彼の存在情報。(思い出の内容については捏造設定)

蘇生による生命力(アウロラ)の消費:今回のリライト能力は千葉寿和の生命力(アウロラ)を使用しているため、十六夜はキックスタート分しか支払っていない。(追加捕捉)

 閲覧、感謝します。

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