魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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※今話、本作一話平均の二倍近い文字数があります。ご了承ください。


第九十六話 隠蔽工作

2097年2月11日

 

 まだまだ情報が降りて来ず、足踏みをする月曜日。四葉の手勢に加え、周妃がジードの行方を追っている訳だが、伊達にフリズスキャルヴのオペレーターかつ周妃の元上司ではないらしい。周妃の情報網にちょこちょこ引っ掛かっているが、その足取りを明確には掴めていないようだ。

 そうして、情報がなければ動けない俺は、仕方なく学生生活を取り繕う。学生生活と言っても、保健室登校だが。

 

「失礼しまーーす……」

 

 朝のホームルームまで後数分。そんなタイミングに、身を潜めるようにして保健室の扉を潜った者が居た。

 

「エリカさん?どうしたんだ?もしかして……、いや……。聞くのは野暮だったな。ゆっくり休んでいくと良い」

 

「何保健室の長みたいな面して、『ああ、女の子の日か。触れるのは野暮だな。そっとしておこう』って優しげに対応してんのよ」

 

 女子が誰にも見つからないように保健室へ訪れたものだから、俺はてっきり生理だと思ったのだが。どうやら勘違いらしい。

 エリカにその勘違いを正確に言い当てられ、俺はちょっと冷や汗をかいた。

 

「……付き合いが長くなってくると、そこまで読めるものかい?」

 

「今のはそれ以外読めないからってだけ。安心して。十六夜君の詐欺は天下一品よ」

 

「エリカさんに詐欺だなんて、した覚えがないんだけど」

 

「じゃあ思い出しておいて、達也君をあたかも四葉関係者じゃないかのように騙した事」

 

 何をして俺の詐欺が天下一品としているのかと不思議がれば、エリカは達也の身分を隠蔽していた事を提示した。特に彼女が意識しているのは、リーナが留学していた時期、兄の仇討ちをするために達也から仇を訊き出していたら、達也が非公式戦略級魔法師だと聞かされた時の事だろう。

 危うく達也が四葉関係者と露呈しそうになったところで、俺が割り込み、その事実を非公式戦略魔法師という、まだ露呈して良い方の事実で覆い隠したのだ。

 エリカは達也が四葉関係者と公表された時に、そうやってあの時騙された事を認識したようだ。

 でも、言いがかりである。

 

「別に、嘘は吐いていないだろう?達也は四葉関係者だったが、あの時に語った事も事実だ」

 

 そう。俺はあの時、別に嘘は吐いていないのだ。ただ、露呈したくない事実を露呈しても良い事実で隠しただけで。

 

「それが詐欺だって言ってんのよ。……ああもう、こんな話がしたいんじゃなくて」

 

 エリカは立てた青筋を自身の手で揉み解す。彼女は俺の詐欺師として責め立てたいのではなく、同時に俺に別の話をしに来たらしい。

 

「ダメ元でお願いしたいんだけどさ。警察に協力してくれない?」

 

「無理だな」

 

「だよねー……」

 

 一般市民なら、警察に協力するのはほぼ義務だし、しなかったら最悪は公務執行妨害でお縄だが。その一般市民が十師族関係者となると、話が変わってくる。事件だとはいえ、公的機関と十師族が手を取り合うと、癒着だなんだと煩いのだ。

 それを承知で、本人も『ダメ元』と言って切り出されたエリカのお願い。そのお願いを俺が切り捨てると、エリカは聞く前から分かっていただろうに、肩を落とした。

 

「警察の方、調査に行き詰まってるのか?」

 

「調査の進捗とかはなんとも。だけど、兄貴が毎度疲れた顔して夜遅くに帰ってくるのよ。まったく、こっちまで気が滅入るっての」

 

 エリカの兄、警官である千葉寿和。彼の様子が最近よろしくなく、エリカはそのよろしくない様子を憂慮しているのか。そのため、少しでも彼の手助けになればと、藁に縋るが如く俺に頼ってきた、という訳だろう。

 

(千葉寿和、か……)

 

 俺はエリカの兄について思い起こされた事で、彼女とは違う、彼に対する憂いを抱く。

 それは、彼の未来に関する事だ。

 

(ジードの傀儡(かいらい)にされるのは、俺の記憶が正しければ千葉寿和だったよな。そして、敵の操り人形となって達也と対峙し、死ぬ。まぁ、傀儡(かいらい)になった時点で死んでるようなもんだが)

 

 彼の未来とは、原作で描かれた、死の運命だ。言い方は悪いが、千葉寿和は原作において死ぬべくして死んだ。

 本人に落ち度があったと言うよりは、相手が悪かったと言うべきか。現代魔法に身を浸してきた人間が、古式魔法、それも大陸由来の秘技も秘技を相手にするのだ。どんな策を使ってくるか分からない相手の懐に飛び込むようなものだ。それはもう、落とし穴に嵌まっても仕方がない。

 

 さて、それで問題になってくるのは、その運命を知っていて、どういう策を使ってくるか分かっている人物がここに居る事だ。

 俺という、転生者の存在である。

 原作既読転生者である俺は、原作において死亡するキャラを生存させられる。少なくともそれに挑む権利がある。

 では、挑むかどうかである。

 

(……否だな。千葉寿和を生かしたところで、俺への利益はエリカの好感度稼ぎ。不利益は、決定的な原作乖離。悪いが、被る不利益に、得られる利益が割に合わない)

 

 命の取捨選択を、俺は非情にも損益計算で行った。

 寿和を生存させないとエリカに嫌われるとなれば、是が非でも彼を生かそう。しかし、別にやらなくても嫌われないのであれば、する意味もない。

 俺は、千葉寿和を救わない。

 

「十六夜君?どうしたの?」

 

 俺は思考の海から、エリカの懐疑的な視線で引き上げられる。

 

「ん?何が?」

 

「いや、なんかすごい考え込んでたみたいだけど……」

 

 俺は自身の体感時間より長い時間を思考に費やしていたらしい。

 お願いを即行で切り捨てたのにも拘らず、突然黙り込んだ俺。そんな俺に、エリカは懐疑心を抱いたのだ。

 

「ああ、エリカさんの兄想いにどうにか応えられないかと、頭を回してたんだ。何か渡せる情報はないかってね」

 

「誰がブラコンよ、深雪と同種にしないで。……で、何も情報は渡せなさそうだと」

 

 エリカの細やかなツッコミと、やっぱり兄を想って情報を引き出そうとする健気さに、俺は苦笑を返した。

 

「そ。無理言って悪かったわね」

 

「友達のお願いだ、無理でも聞くよ。今回は、残念ながら無茶だったけど」

 

「ありがと。今度は無茶じゃなさそうなお願いをするわ」

 

 さっぱりとした性格のエリカは特に俺を咎めるでもなく、保健室を後にして、教室へと急ぐのだった。

 

 

 

 時刻は進み、昼休み。いつもより賑やか、というか学生たちのプシオンが活性化しているのを感じつつ、俺は保健室に引きこもっている。

 何故いつもよりプシオンが活性化しているのか、学生たちの感情が動かされているのか。その理由は、酷く単純だ。

 

「……四葉、お前って病弱キャラだったか?」

 

 第一高校内に、第三高校生徒であるはずの一条がいるからだ。

 丁度、その本人が深雪に案内されて俺の目の前まで来ている。おかげで俺が保健室登校している現状を目撃された訳だが。

 

「人混みが苦手だって、知ってるだろう?正確に言うと、人の熱視線というか、強い感情を込められた視線をたくさん向けられるのが苦手なんだ。体調を崩すレベルで」

 

「……ま、人の体質にとやかく言わないが。……事件の調査が原因ではないんだな?」

 

「安心して良いよ。俺たちが顔役をやってるというだけで、調査に動いてるのは手勢だから。激務に巻き込んだりはしないさ」

 

 一条は俺の独特すぎる体質に踏み込んだりせず、調査の進捗について心配していた。俺が働き過ぎで倒れる程、進捗は芳しくないのかと。

 そんな事はないので、俺はしっかりと訂正しておく。

 

「その感じだと察してるだろうが、親父の意向でお前たちに協力する事になった」

 

「わざわざ第一高で勉強できるよう便宜を図ってもらいつつ、東京に来てくれたって事だろう?」

 

「……ああ、第三高(こっち)の校長も第一高(ここ)の校長も、事の深刻さは理解してくれてるみたいだからな。……ところで、察しが良すぎないか?」

 

「保健室でオンライン授業を受けられるんだから、一応ネットワークは繋がってる他校の授業も、やろうとすればオンラインで受けられるんじゃないかって」

 

 原作知識であらかじめ知っていたとは、間違っても言わない。

 

「ふぅ……、ともかくだ。お前の方の捜索グループに加わる。まず、何をすれば良い?」

 

 無駄話はそこそこに、仕事の話へと切り替えていく。十師族の男子は、切り替えが早くて有り難い。

 

「今日の18時に定期の報告会を開く事になってる。まずはそこに参加してくれ。集合場所は俺の家。地図を転送するよ」

 

 聞いてすぐ携帯端末を差し出してくれた一条に、俺は地図、家の住所とそこまでのルートを電子データとして転送する。

 一条が携帯端末の画面を見つめてから仕舞ったので、データ転送に問題はなさそうだ。

 

「寝てるところに押しかけて悪かった。また後で会おう。……司波さん、ありがとうございました」

 

 一条は案内してくれた深雪へのお礼を忘れずに告げ、同時に彼女と別れて保健室を出ていくのだった。

 

 

 

 保健室登校のため、これといったイベントに接触しなかったため、その辺りを割愛する。

 時間は飛ばして、ジード捜索の定期報告会がある18時へ。しかし、その定期報告会では特筆する事がない。

 強いて記述するなら4つ。

 一条が克人・真由美・達也に面と向かって捜索グループに加入するのを伝えた事。

 グループのリーダーである克人を差し置いて、俺が実質的なリーダーをしている事。

 この前ジードのセーフハウスに攻め込んだ顛末。

 それぞれ独自判断での捜索だが、一条は手勢がいないために捜索能力が他に比べて低いから、攻め込む際の実働役としてほぼ待機になった事。

 以上の4つだ。

 それらを終えて、報告会は解散となった。達也と俺を置いて。

 

「残ってもらって悪いな」

 

 意図的に残ってもらった達也へ、形ばかりではあるが、軽く謝罪しておく。

 

「問題ないが。十文字先輩や一条にも聞かせられない話か」

 

 達也に残ってもらったのは彼が推測した通りなので、俺は頷きを返す。

 そして、一通の封筒を手渡した。

 

「……。……これは」

 

 達也は渡された封筒の中身、四葉本家より使者の手で送られてきたその文書を読んだ。それで、小さくも唖然とする

 

「この前のセーフハウスにいた傀儡(かいらい)、どうにも『特殊戦術兵』だったみたいでね」

 

 『特殊戦術兵』。それは、魔法力強化を含めた後天的強化措置を受けた兵を指す隠語だ。隠語なんて使っているし、『兵』と付いているのだから何処で生み出されたかなど、頭を悩める事はないだろう。今回する話は、頭が痛くなる話だが。

 

「卸元が何処か探ってみれば、まぁ、当然と言えば当然の所。国防軍・座間基地だ」

 

 座間基地。国防軍基地の中で、その特殊戦術兵を生み出し、また、大衆に晒さないようにするための軟禁設備がある基地の1つだ。数ある内の1つと言うと、なんとも国防軍のかつて犯した罪が透けて見えるようだ。

 自国の汚点という事で、一条や克人、真由美に聞かせづらい話だったという訳だ。まぁ、聞かせなくても教えられているとは思うが。

 

「……匿われているという訳ではないようだな。あくまで、座間基地の一部が浸食された、という事か」

 

「座間基地の人間が何人か傀儡(かいらい)になってるか、安く見積もって精神誘導されてるかって予想してる」

 

「……潜伏場所が基地に近いな。攻め込んだ場合、最悪その精神誘導されてる人間に邪魔されるか」

 

 達也は辟易とするように、眉間にしわを寄せた。

 そう。何の下準備もなしにジードの捕縛に動こうものなら、国防軍と事を構えなければいけなくなる。テロリストを追っているこの状況で、足を引っ張られてはたまったものではない。

 

「そういう訳で、達也の軍人という立場を使いたい。別部署だから不介入の約束は無理だろうけど、軍内部の後始末は買ってもらいたいね」

 

「了解した。風間中佐に掛け合おう」

 

「ありがとう」

 

 達也の力強い応答に、俺は素直な感謝を口にした。

 

「それで、改めて文書の内容を確認するけど。四葉の暗号通信を突破され、傍受されている可能性が浮上した。この前逃げられたのはそのせいだね。だから、今後電子ネットワーク上での情報共有は避ける。今までもできる限りそうしてきたが、今後はより一層警戒しよう」

 

「……四葉の暗号通信が突破された、か。にわかには信じられないが、そうとしか考えられない状況でもある。……もしかして、ジードは『七賢人』なのか?」

 

 俺は内心、達也の思考力に舌を巻く。

 『七賢人』は何らかの方法で電子情報を盗み見ることができる、どの組織よりも情報収集能力に長けた集団。だが、その『何らかの方法』が同一であるだけで、グループとして繋がりはない。

 そんな話を、リーナが留学していた時にした覚えがあるが。よくぞそんな前の話をこのタイミングで引っ張り出せたものだ。

 

「かもしれないし、俺が思うに十中八九そうだろう」

 

「だとすると、魔法師排斥運動を煽っていた七賢人がジード・ヘイグか」

 

「だろうね」

 

 達也の勘の良さというか頭の良さに、俺は恐怖しそうになった。が、そんな態度はおくびにも出さないよう、心を強く持つ。また、原作知識をあたかも俺の勘であるように装っておいた。

 

「それはさておき。とかく、次の捕縛作戦は速度が重要だから、その分ちょっと非合法になる。おかげで、他家の手は借りられない」

 

「一条たちには頼らず、俺たちだけで攻めるんだな」

 

「そうなる。けどまぁ、逆に非合法にしちゃって良いから、文弥さんたちの手は借りられるだろうね」

 

 非合法だから一条たち表の戦力は使えない。でも非合法だから、文弥たち裏の戦力は使える。どっちが良いかは、甲乙つけがたい。結局、場合によるだろう。

 

「把握した。それらを念頭において、準備に取り掛かろう」

 

「ああ。頼んだよ」

 

 達也と俺だけの情報共有を終え、どちらともなく席を立つ。

 そうして、明日の汚れ仕事に備え始めるのだった。

 

◇◇◇

 

2097年2月12日

 

 魔法実習で一条と競ったり、俺の技量に驚かせてから即行で保健室に退散したりした火曜日。

 そんな日常を日の出ている内に済ませ、日の沈む頃には非日常の準備を整え終える。

 

「風間中佐には掛け合い、旅団長の助力も取り付けた。一般市民を巻き込みさえしなければ、国防軍の事は内々で処理してくれるはずだ」

 

「オーケー。仕事が早くて助かるよ、達也。文弥さんたちは、予定通りなら今日から敵拠点近くに張ってるからね。待ちぼうけさせずに済んだ」

 

 車の中(見た目は軽自動車、耐久性はリムジン並)、運転を四葉の従者に任せながら、後部座席で達也と最終確認を行う。

 ちなみに、周妃は助手席だ。

 敵の盗聴を考慮し、電子ネットワーク上のやり取りができないため、即時連携ができない。そのため、俺たちがいつ動けるようになっても加勢できるように、黒羽姉弟は張り込み続けなければならなかった。さすがに本人たちが学業も休んで24時間張り込む訳ではなく、黒羽の手勢が2人のいない時間を埋めるだろうが。何にせよ、今日事を済ませてしまえば、あの2人を無駄に張り込ませずに済む。

 達也と共にその事を安堵し、気を引き締めながら車が目的地に着くのを待った。

 到着時刻は、午後8時頃だった。

 

「達也兄さん、十六夜さん。待ってましたよ」

 

 目的地、敵拠点近くにある公園の駐車場。俺たちを乗せた軽自動車が停まるや否や、駆け寄ってきたのは美少女、ではなくて変装している文弥だった。ぱっと見というか、相手が男であるという前提知識を以って数秒凝視しないと女の子にしか見えない変装である。彼の名誉を守るため、女装ではなく、あくまでも変装である。化粧が色っぽくなっていても、変装である。

 

「ヤミさん、ヨルさん。こんばんは」

 

「……なんだか、いつもありがとうございます」

 

 変装している文弥を四葉の汚れ仕事役『ヤミ』として扱い続ける事に、文弥は少し苦い顔をしながら頭を下げた。本人も女性に扮する事を不名誉に感じ、変装している自分を男であるはずの文弥として扱ってほしくないのかもしれない。

 

「あら、十六夜さん。随分と私の()にお優しいんですね。その変装が似合い過ぎていると、そろそろ自覚を促していただいて結構なんですよ?」

 

「ちょっと、姉さん!」

 

 弟である文弥を、『妹』と呼んで揶揄う亜夜子。あまり騒ぐべきでない状況だが、文弥は抗議せずにいられなかった。

 そんな姉弟のじゃれ合いを邪魔する影1つ。

 

「おや、これはまた。大人(ターレン)の手下にしては、なんとも可愛らしい方々ですね」

 

 影というか、周妃なのだが。何故か知らないが、周妃は緊張感がない事を非難するように、遠回しな物言いで文弥たちに苦言を呈した。

 

「貴女は……」

 

「十六夜さんの直属、周妃……」

 

 その周妃を視認すると、警戒心を露にする亜夜子と文弥。周妃が元敵の娘という事情を把握している亜夜子たちなら、警戒するのは分かるのだが。周妃が俺の直属と認識されているのは、まったく分からない。後、その認識に周妃がご満悦な笑みを浮かべている理由も分からない、というか分かりたくない。どうしてこう、こいつは俺の忠臣が如く振る舞うのか。

 

「貴方方が大人(ターレン)の直属でない事に、心底安心します。同時に、貴方方が大人(ターレン)の直属になれない理由をお察しします」

 

「……何を仰りたいので?」

 

「貴方方に大人(ターレン)の直属は、荷が勝ちすぎると言っているのです」

 

「くっ、外様の分際で!」

 

 周妃、亜夜子、文弥が俺の直属であるか否かで言い争っている。そもそも、周妃は俺直属の部下という訳ではないし、亜夜子と文弥が俺の直属云々で気分を害する訳が分からない。

 

「貴方方は四葉の中でもとりわけ暗部でありながら、されど緊急時の戦力として大人(ターレン)に頼られていない。情報網という意味でも、です。大人(ターレン)が何故四葉の情報網ではなく、私の持つ情報網を頼ったか、よく自身を省みる事ですね」

 

「周妃」

 

 未だに亜夜子たちの悔しがる顔を引き立てようと、舌を動かす周妃。しかし、どうにも失言が過ぎる。俺はその失言を一喝するべく、周妃の名を、怒りを込めて唱えた。周妃の背は、叱られる事を直感してぴしゃりと伸びる。

 

「も、申し訳ございません!大人(ターレン)!貴方様が四葉を想って動いているというのに、まるで四葉を貶すような物言いは笑止千万!ただ、弁明の余地をいただけるのであれ、私自身が帰属するのは大人(ターレン)本人であります故!」

 

「ああ、もういい。確かに、お前を救うどころか捨てようとした四葉は、お前にとってまだ敵だった。敵意を示すのも、仕方がない。だけど、お前自身が言った通り、俺は四葉なんだ。その事を今後、ちゃんと頭に留めて置け」

 

 叱る前に自身で反省しだした周妃。それ以上叱る事もないと、俺は眉間を解しつつ彼女を許す事にした。

 

「ははっ!……それで、処分の程は」

 

「……成果を出せ。以上だ」

 

「寛大な措置、感謝いたします!」

 

 しょぼくれた犬みたいになっていた周妃に、気を持ち直せるようあえてささやかな罰を降した。そうすれば、周妃は綺麗な姿勢で俺へと頭を下げる。激しく揺れる犬の尻尾は、おそらく幻覚だ。

 文弥、亜夜子、達也と親戚集まるこの場で、その無駄に忠臣ムーブはして欲しくなかったのだが。もしや、自身の忠臣らしさを四葉内部に広めるため、わざと四葉関係者の前でやったのではなかろうか。

 

「はぁ……。くだらないコントに時間をとらせてすまない、ヤミさん、ヨルさん。さっさと行動に移ろう」

 

「は、はい。こちらこそすみませんでした。……十六夜さんと達也兄さんの装備は、あちらのワゴンに積んであります」

 

「有り難く使わせてもらおう」

 

 色々と気疲れした俺に代わり、達也が率先して用意された装備を有難く頂戴しようとワゴン内に入る。よくぞあの喜劇で表情をまったく崩さずにいられるものだと感心しながら、気を落ち着けてくれるそのシステムボイスじみた声音に助けられるのだった。

 

 

 

「警備は厳重。と言っても、やはり戦力は乏しいようだね」

 

 俺は亜夜子たちから双眼鏡(センサーの赤外線も可視化する優れ物)を借り受け、ジードが潜伏する建物、個人病院を観察していた。

 見る限り、民間警備会社でも雇っているようで見回りする人間は多いようだ。しかし、あくまでも民間会社。魔法師を雇用している民間警備会社は一定数存在するが、その魔法師が四葉に対抗できるレベルなのかは、言葉にするまでもないだろう。

 それに、悪人からの仕事、少なくとも怪しいとは気付けるはずの仕事を請け負っている会社だ。従業員の質はたかが知れる。

 

「忍び込むのは難しくないでしょうが、外をこれだけ固めていて、中は杜撰という事もないでしょう」

 

「ヨルさんの言う通りだろうね。むしろ、外の警備を見せ札にして油断を誘ってるのかもしれない。……達也、中は視れるかい?」

 

 亜夜子の提言を受け止め、俺は達也に『エレメンタル・サイト』で隠し札を覗いてもらう。

 

「……人影は9つ。その内5つは、健常な一般人。おそらく、当直医や看護師、入院患者だろう。1つは、おそらく精神干渉系で操られている人物。魔法師ではなさそうだから、医院長か。2つは傀儡(かいらい)だな。最後の1つは、……これは、ジード本人か」

 

 達也はジードに対して言葉の歯切れが悪くなったが、とりあえず、中の戦力は判明した。

 傀儡(かいらい)2体に、ジード1人。

 

「戦力がたった2体……?思っていた以上に手薄だな」

 

「警戒すべきかと。あの方がそこまで不用心なはずがありません」

 

 あまりにも少ない敵戦力を俺が訝しめば、周妃もそれに同調する。かつて従っていた者からの同調となると、下手な裏付けより確度が上がるだろう。

 

「全員、さらなる伏兵がいる事を前提に動こう」

 

「ああ」「「承知しました」」

 

「では、状況開始」

 

 達也、黒羽姉弟、それに手勢たちに警戒を促したところで、開始を合図する。

 そうすればまず手始めに、病院の明かりが全て消える。病院に繋がっている電線を物理的・魔法的に全てカットしたのだ。

 当然、病院だから予備電源として自家発電設備はあるだろう。ただ、普段より厳重にされた警備システムへ回すようにはなっていない。もしもの備えとは、最低限かつ重要度の高い物(今回で言えば医療システム)に回されているものだ。

 だが、油断はしない。警備システムにも回されている万が一の可能性も考慮し、予備電源が起動するまでの合間を利用する。亜夜子の『疑似瞬間移動』で以って、病院の屋上へと跳んだ。(てい)よく、明かりも回復する前に建物へと潜り込む。

 

「ヨルさん、ヤミさん、そして周妃は退路の確保。喧嘩するなよ」

 

「「はい」」

 

「この周妃、大人(ターレン)の凱旋門を築いてみせましょう」

 

 潜り込んですぐに班別け。戦闘が得意な俺と達也がジード捕縛を引き受け、面倒事は慣れているだろう周妃たちに任せる。

 議論している時間はないと、皆が皆の仕事に走る。

 

「十六夜!ジードは非常階段の方だ!」

 

 予備電源が起動し、有り難くも屋内を目視できるようになった瞬間。達也は視続けている対象が移動した事を報告した。

 俺は彼の報告を疑う事無く、外から観察して把握していた非常階段の方へと駆け出す。

 何の障碍もなければ、達也と俺の足は即座にジードへ追い縋るだろう。もちろん、そうできないようにジードが障碍を用意している訳だが。

 

「達也!」

 

 非常階段への扉、その手前にある病室。俺は、そこから滲み出る敵意を直感的に感じ取った。達也に事細かな説明をしたいところだが、敵は待ってくれるはずがない。達也の名を呼んだ次の瞬間には、銃声が響いていた。

 でも、一切の問題はない。俺が達也の名前を呼んだ時点で、達也は周囲を視ていたのだ。故に、放たれた銃弾は達也へと届く前に、『分解』されて塵となる。

 それだけに留まらず、達也は次に愛銃(愛CADの方が正しいか?)たるシルバーホーン・トライデントを抜き、銃弾が放たれた病室へ向けて2度トリガー。金属片がいくつも床へ落ちるような音が響いた。敵の銃を『分解』したのだろう。

 

「お邪魔しますよっと!」

 

 銃弾が飛んでくる危険が去ったのを見越し、俺は病室のドアを蹴破った。

 自己暗示を偽装しながら超人の怪力で蹴破られたドア。それはそれだけで武器になりそうな勢いを持ち、そのまま中にいる敵へと襲い掛かる。

 惜しくも、ドアの直撃は1体のみ。ついでに、左腕で庇ったのか、その腕が肩から外れている程度で、まだまだ元気そうだ。傀儡(かいらい)だから元々死んでいるような状態だが。

 

「慈悲だよ、せめて一番痛みがなく綺麗な死刑を君たちに贈ろう」

 

 傀儡(かいらい)にされた彼らに罪はないと、俺は傀儡(かいらい)たちのをシルバーブレイドの間合いに入れ、一振り。断面がささくれ立つ事も、肉や骨に抵抗させる事もなく、綺麗に2体の首を切り落とした。

 断頭台は最も痛みがない死刑だったという話。まぁ、切り落とされた者が数秒意識を保ってしまい、自らの首なし死体をその目にする残酷な死刑でもあったが。その残酷さから禁止されたという、無駄知識である。

 閑話休題。

 シルバーブレイドを構えた瞬間、傀儡(かいらい)たちの身から火の粉が立ったが。達也の『グラム・ディスパーション』によってだろう、即座に鎮火されていた。

 2体の傀儡(かいらい)は1分も時間を稼ぐ事が叶わず倒れたのである。

 傀儡(かいらい)を睨んでいた達也が視線を逸らした辺りで、傀儡(かいらい)たちは完全に機能停止したと判断。達也が再び非常階段口へ駆けだすのに合わせ、俺もその後を追う。

 

(ちっ、年寄りの癖に足が速いな。いや、判断が早かったのか)

 

 非常階段の手すりから身を乗り出して階下を見れば、すでにジードは1階に降りていた。相手の逃走判断が早かった事を感心しつつ、俺はそのまま飛び降りる。達也もそれに付いてくる。

 着地までの間、ジードが何故かすぐ近くに停まっている救急車に乗り込もうとしているのを見納める。今から車で逃走を図ったところで、達也の射程圏から逃れるのは不可能だろう。俺はそう考え、余裕の笑みを薄っすら浮かべていた。

 

 救急車からキャスト・ジャミングのサイオンノイズが発されるまでは。

 

(サイオンノイズに合わせて、発砲音!?……俺には当たらなかった、いや、達也が防いでくれたのか!)

 

 俺は無事着地したが、達也は無様に地面へ転がっている。その達也の左腕はあらぬ方向に力なく曲がっており、腹部からも出血が見られた。

 俺への銃弾を対処していたため、自身に向かってくる銃弾への対処が間に合わなかったのだろう。

 

「達也!生きてるか!」

 

「……大丈夫だ、死んでいない」

 

 達也の体が『再成』していた。確かに、達也は『再成』のおかげで、即死しない限りは完全復活する。だが、『再成』を使わせるまでに追い込ませてしまった事を、俺は恥じる。

 

「すまん、抜かった。……しかし、300メートルの狙撃とは。随分と訓練された奴がいるじゃないか!」

 

 狙撃手の位置はすでに特定していた。銃声の方向、射線の通っている場所、後は超人の直感を用いれば、その特定は難しくない。

 ただ、不可解さに拍車がかかる。300メートルという距離の先、動かない的を射抜くならまだしも、動く人間を射抜くのだ。まず間違いなく、そういう訓練がされた狙撃手でなければ不可能な芸当。

 では、その狙撃手は何処からこの場に送り込まれてきたのか。

 答えは、その本人が示してくれた。

 何と、狙撃手自らが、俺たちとジードの間に降り立つ。砲弾よろしく飛んできて、砂埃を巻き上げての着陸である。そういう移動系及び加速系魔法なのだろうが、随分と派手な登場だ。

 

「っ!?十六夜、相手は米軍だ!」

 

 装備か先程の魔法式か、どちらを『エレメンタル・サイト』で読み解いたのかは分からないが、達也は狙撃手の所属を判明させる。

 

「……『やれやれ』って気分だなぁ、全く」

 

 俺は至った現状に嘆息する。介入してきた米軍に対してではなく、その事を忘れていた己自身に。

 

(原作でもここで米軍が邪魔してくるんだったか。最後の方でUSNA軍のスターズ、ベンジャミン・カノープスだったか?少佐だか大佐だかがジードを仕留めるのしか覚えてなかった。だけど、予測してしかるべきだったか)

 

 原作知識、細部の抜け。楽しむ程度の読者で、穴が開く程読む熱狂者ではなかった。故に、細かいところは覚えていなくても仕方がない。

 でも、米軍が何処かで介入してくるのは覚えていたし、そもそもここで捕まらない事は記憶していたのだから、誰かが邪魔してくるのは予測できたはずだ。

 加えて、そういう原作知識抜きでも、ジードがUSNAで携行ミサイルを掠めたという、予測材料はあった。USNAが賊に後れを取った事実の抹消。後考え得るに、携行ミサイルをジードへ横流しした人物がいる事の抹消か。

 

(全く、地頭のなさに自嘲してしまう。原作知識は後1年分もないのに、これから上手くやっていけるのか)

 

 自身の不甲斐なさに落胆し、現状の膠着時間を伸ばしてしまう。

 だが、幸か不幸か、そんな頭を切り替える事態に、事は推移していく。

 

大人(ターレン)!第三者の介入です!私だけならどうとでもなりますが、あの姉妹を守り切るのは不可能かと!)

 

 周妃からのテレパシー。当然、退路確保に動いていた周妃たちの方にも、USNA軍は介入していたようだ。

 さすがはUSNA軍と言うべきか、周妃の腕を以てしても、亜夜子と文弥の無事は保証できないらしい。逆に、自身の無事だけは保証できるらしいが。

 さておき、周妃の方に援軍を送るべきだろう。

 

「達也!ヨルさんたちの方に加勢してくれ!どうにも拙いらしい!」

 

「……分かった。こっちは任せる」

 

 俺の指示を受け、自身の『エレメンタル・サイト』で文弥たちの状況を確認した上で、達也は迷いなく文弥たちの方へ急ぐ。

 狙撃手は、そうして背を向けた達也を逃すまいと、ハイパーライフルのトリガーを引いた。だが、ライフルが銃弾を放つ事はない。さっきまでの膠着時間、俺は何もしていなかった訳ではないのだ。

 

「『グレムリン』って妖怪、知ってるかい?機械に誤作動を起こさせる妖怪なんだけど。ま、知っててもなんだって話だよね」

 

 雑談でもするかのように出した話題、機械の誤作動させる妖怪『グレムリン』。俺はそれを『付喪神』で再現できないかと、先程実行したのだ。

 空気の『付喪神』で敵のハイパーライフルに接触。それで、そのハイパーライフルに『付喪神』を行使。晴れて、狙撃手の銃器は俺の制御下。狙撃手がトリガー引こうがセイフティーのオンオフを弄ろうが、どうしたってその銃はもう狙撃手の言う事を聞かない。代わりに、俺の言う事は聞く。

 

「BANG」

 

 狙撃手が銃器の故障確認をするため、銃口を下げていた。丁度その先が敵の足に向いていたので、俺は冗談めかして発砲音を口にする。その結果は冗談にならず、俺の制御によってハイパーライフルは狙撃手の左足を射抜いた。

 理解できない異常事態、突然の痛み。狙撃手は左足を抱えるように一瞬蹲る。そう。一瞬だ。次の瞬間には、顔に脂汗を浮かべながらも拳銃形CADを抜いている。訓練は行き届いているようだ。

 でも、残念だ。俺が編み出した新魔法『グレムリン』の主目的は、敵の銃器を制御下に置く事ではないのだから。

 

「機械を誤作動させるって、言っただろう?CADは魔法の杖じゃない、機械なんだ。その辺、忘れないようにね」

 

 『グレムリン』の主目的は、敵のCADを制御下に置く事。

 起動式の保存・展開によって魔法の発動を補助する電子機器・CADが使えなくなる。CAD頼りの現代魔法師が、これでどれ程戦力を低下させるか。結果は、USNA軍が弱々しくこちらを睨むだけのこの現状が物語っている。

 

「さて。不法入国者ではあるが、こっちも非合法作戦中。面倒事は避けたいから、殺すのだけは止めといてあげるよ」

 

 ジードの乗った救急車が発進してしまっている。もう米軍に構っている暇はないと、一歩の踏み込みで間合いを詰め、一息に顎を打ち抜こうとした。

 だが、超人的直感が、危機を察知する。条件反射的に俺はシルバーアーティラリー・アラヤを掴み、『マイセルフ・マリオネット』を『セルフ・マリオネット』として発動。地に足が付いていない、真っすぐに飛ぶ俺の体を、無理矢理制止させる。

 動画を一時停止するかの如く止まったところで、目の前をナイフが通り過ぎた。あのまま踏み込んでいれば、俺の首へ見事に命中していただろう軌道だ。

 投げナイフは、狙撃手のいる方向とは別方向から飛んできた。俺は、ナイフを投擲した敵へ視線を向けようとする。

 そこを敵は狙っていた。

 

「アクティベイト、『ダンシング・ブレイズ』!」

 

 地面に突き刺さったはずのナイフが独りでに動き出し、再び俺の喉を狙って飛ぶ。

 意表を突かれたが、この程度で伐採系超人を倒すのは難しい。狙いが正確すぎるのも災いしただろう。俺はナイフへ視線をやる事なく、ほぼ反射的に飛んでくるナイフを片手でキャッチした。想定外に力が加わった事で魔法式は破綻。飛んできたナイフは、左手の中で大人しくなった。

 相手の不意打ちを裁いたので、俺はようやくナイフの持ち主を視認する。

 その持ち主は、女性だった。そういうファッションだとギリギリ言い訳ができそうな、タンクトップにミリタリーズボンというラフな装い。ブロンドヘアーのセミロングに高身長でプロポーションも抜群。ステレオタイプなザ・アメリカ人という見た目である。

 見覚えのない女性だ。しかし、面識のない女性と称するのは誤りになる。

 呼吸のリズム、身のこなし。それらが、面識のある女性と一致するのだ。

 

「……アンジー・シリウスかぁ」

 

 俺は半ば呆れながら、その面識のある女性の名を口から零した。

 そう。ナイフの持ち主は、『パレード』によって変装した、USNA軍魔法師部隊スターズ総隊長、アンジー・シリウス。本名、アンジェリーナ゠クドウ゠シールズその人なのである。

 俺の口から零された名前をしっかり耳に拾ったようで、シリウスは顔を強張らせていた。正体が即見抜かれたと焦りつつも動揺は隠し、せめて『シリウスは今回出張っていない』という体裁は整えている。まぁ、雰囲気だけで変装を見抜く俺と、エイドスで正体を看破する達也以外、このザ・アメリカ人をシリウスと結び付けられないのだから、彼女の選択は正解と言える。

 

(……しかし、困った)

 

 拳銃形CADとナイフで戦闘態勢を取っているシリウスに合わせ、俺もシルバーブレイドの切っ先を相手に向けてはいる。だが、様々な事情で、俺は攻勢に出られない。

 

(バタフライ・エフェクト、か……。原作において、シリウスはこの事件には出て来なかったはずだ。……俺という脅威が、米国をシリウス出兵に踏み切らせたか)

 

 USNA単体最高戦力を出兵させるリスクに、原作のUSNA軍はシリウス出兵を渋った。しかし、現実のUSNA軍は、俺という存在による任務難易度上昇を加味し、シリウスは必要な戦力と結論を出したらしい。

 そうして、原作とは乖離し、シリウスという予想外の戦力が俺の目の前に現れた訳だ。

 ただ、問題としているのは予想外の戦力ではない。

 

(……ここでもし怪我させたら、後の展開に影響するか?)

 

 後の原作乖離が問題だった。師族会議編の乖離は、起こってしまって後の祭りなのでもうどうしようもない。なので、問題にしているのはそれ以降の事だ。

 

(俺にとっての最終巻、第23巻『孤立編』に、シリウス、リーナは登場していた。その後に彼女がどうなったかは分からないが。少なくとも、あの後も彼女は物語に関わってくるんだろうな)

 

 リーナが『魔法科高校の劣等生』において重要人物であるのは、あまり考察しない読み手だった俺にも読み取れた。

 では、その重要人物が、どのような役割を持っているのか。

 

(……敵として出てくるなら、殺さない限り問題ないだろう。……でももし、味方になるのだとしたら)

 

 後の味方に大怪我をさせ、あまつさえそれで禍根を残す事になったら、味方フラグが折れてしまうかもしれない。

 USAN軍人であるリーナが四葉の味方になるというのは少し考えづらい。だが、達也たちとのやり取り、それによる何かしらのフラグ。読者のメタ視点では、それらが味方フラグに見えて仕方がない。

 そのメタ視点が、俺にシリウスとの戦闘を躊躇させる。どうするか考えあぐね、その間に時が経つ。

 

「十六夜!」

 

 気付けば、達也が文弥たちを助け終え、こっちに戻ってくる程に時が経っていた。それで同時に、ジードを乗せた救急車が遠く離れている事にも気付く。ジード捕縛は、失敗濃厚となった。

 

「く、はは!やられたやられた。こっちの負けだ」

 

 笑える程面倒になった捕縛作戦を、俺は投げ出す。シルバーブレイドも下ろして、戦意をかき消す。

 

「十六夜、まだ間に合う」

 

「いいや、間に合わないよ。彼女が立ちふさがってる」

 

「……彼女は」

 

 俺が捕縛作戦遂行を諦めるくらいの戦力として、『パレード』中のシリウスを指し示した。それでようやく、達也は俺たちの前に誰が立ちふさがっているか、理解したようだ。

 

「……十六夜。俺たちなら問題ない」

 

「怪我じゃすまない、お互いに。それに、USNAと事を構えるなんて、面倒臭くてしょうがない」

 

 達也と俺なら、確かにシリウスを倒せるだろう。だが、前述の味方フラグ消失、USNA軍と事を構える面倒事、その両方を回避すべきだ。だから、俺は達也を後者だけ持ち出して制する。

 

「……ここでやらなければ、また邪魔されるぞ」

 

 USNA軍がジード捕縛を邪魔しに来ている事、達也はすでに察していたらしい。今後も邪魔されると、達也はここで単体最高戦力だけでも叩いておく事を提案していた。

 俺はシリウスへ背中を晒しつつ、達也の肩を叩き耳打ちする。

 

「排除の選択肢ばかり選んでしまうのは、お前の悪い癖かもしれないな。味方のいなかった環境が、お前にそういう価値観を育ませたのかもしれないが」

 

「……どういう事だ?」

 

「敵は、いつも敵とは限らないのさ」

 

 煙に巻くように、達也が考え過ぎで戦意を霧散させるように、俺は意味深長な言葉を並べた。

 別に、意味のない言葉ではない。言葉通り、俺は絶賛シリウスと敵対せずにジードを捕縛する方法を考えている。

 何はともあれ、この場ではもうできる事がない。

 

「作戦失敗だ。撤退するぞ、達也」

 

「……お前がそう言うなら」

 

「ありがとう。……そちらもどうぞお帰りを。ごみは分別しますので、自分たちの分はちゃんと回収してってくださいね」

 

 俺はUSNAの負傷兵は放置しておく事を明言し、無警戒に歩き出す。達也はシリウスを警戒しながら、俺の後に続いた。

 俺は達也の視線もシリウスの視線も気にせず、四葉の手勢に事後処理の指示を出すのだった。




新魔法・『グレムリン』:『付喪神』の応用。電子機器に『付喪神』を使用し、その制御を奪う。『付喪神』を使用する都合上、対象とする電子機器には直接触れているか、別の『付喪神』で媒介するかしなければならない。別の『付喪神』で媒介する場合は、サイオン感知・プシオン感知に優れた相手だと感知される恐れがある。
 また、CADにこの魔法を適応した場合、『感応石』という、サイオン信号と電気信号を相互変換する部品が『付喪神』の完全な制御下にできないため、魔法干渉力の優劣次第では、CADの制御を奪取される可能性がある。
 名前の由来はもちろん、機械を誤作動させる妖怪『グレムリン』からである。

アンジー・シリウスの介入:原作においては、本人の離反や単体最高戦力を留守にする危険性から、今回のジード捕縛妨害には参加しなかった。しかし、本作においては、上官であるヴァージニア・バランスが周囲を説得して出兵させた。四葉次期当主の婿にして『グレート・ボム』魔法師最有力容疑者である司波達也だけでなく、四葉直系である四葉十六夜が高確率で出張ってくる都合上、シリウスなしでの作戦完遂は不可能であるという判断である。

 閲覧、感謝します。

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