2097年2月8日
ジード捜索班克人グループが俺の家に再集合となる今日。
調査を周妃に丸投げしているような状態の俺は、特に情報共有で準備する事もなかった。また、来客を迎えるために掃除でもしようかと思ったら、これも周妃がすでに、というか常日頃やっているため、する余地がなかったのである。
思わず「いつも助かる」と周妃に感謝を告げたら、「
とかく、俺はやることがなく、ただダイニングで来客を待つ。
時刻が18時20分を回った時、その来客がチャイムを鳴らしたのだ。
「お待ちしておりました、真由美さん、克人さん、達也」
俺は来客である3人を迎え入れ(克人は初めて俺の家に来たため、虹彩登録をしてもらったが)、ダイニングへと案内する。
テーブルにはまだ指示もしていないのに、全員分のお茶が用意されていた。もちろん、周妃の仕業である。
「……彼女がテロリスト、正確にはその手先の娘、なのだったか。……ふむ」
「……何か、すみません。本人は俺の使用人に扮するため、こんな事をしてるんでしょうが」
ジード捜索の情報源であるため、今回集まっているだろう人物・周妃。克人はそんな彼女のあまりにもメイド然とした振る舞いと装いに、彼女が周公瑾の娘である事へ疑念を覚えていた。
俺はそんな紛らわしい事している奴の代わりに謝罪しておく。当の本人は使用人のように恭しく一礼しているが。
「……使用人じゃなかったのか。……幹比古と和解する時にも居て、てっきりお前にも護衛が付いたものと思ってたが」
「ちゃんと説明するから、とりあえず席に座ろうじゃないか」
達也が述べた件が達也と周妃の初邂逅だったのだが、当時は何も説明していなかったため、達也はずっと周妃の存在が気になっていたようだ。
ジード捜索の情報源として、皆に改めて紹介しなければならないから、達也にもその時に説明する事にした。まずは、腰を落ち着けるよう、皆に席を勧める。周妃は意地でも使用人という
「さてと。改めて紹介します。彼女が周妃、周公瑾の娘です」
この場において、『周公瑾とは誰か』なんて問う人間はいない。克人には箱根で周公瑾について説明済みだし、真由美はそもそも周妃について説明済み、達也なんかは周公瑾を追い詰めた張本人だ。
ただ、達也は明らかに一瞬目を見開き、即座に周妃を鋭く睨んだ。『エレメンタル・サイト』で遺伝子情報を探っているのだろう。プシオンまでは見えないはずだから、周公瑾と周妃が同一人物である事は見抜けない、と思いたい。ちょっと怖いところだが、神に祈っておこう。
とりあえず、達也は周妃を観察するだけで、疑問を口に出す事はなかった。
「色々悪事を働いていた周公瑾の娘という事で、彼女自身命を狙われています。なので、周公瑾が使っていた情報網を差し出す代わりに、四葉に身柄の保護を求めてきた。というのが、大まかな経緯です」
「……あの男の情報網が使えるのか」
周妃の正体については何も言わなかった達也だが、周公瑾の情報網については追求してくる。かなり引っ掻き回された経験があるため、達也はその情報網の価値を理解しているようだ。
「もちろん、使えるよ。じゃなければこんな爆弾、俺でも抱えないって。実際、周公瑾の情報網を彼女が上手く使ってくれたおかげで、テロリストの動向を俺がいち早く察知できた訳だ」
「……なるほど。ご当主様すら察知できていなかったテロリストの動向を追えていた理由はそれか」
「そうだ。付け加えると、今回のテロリストは周公瑾の元上司でね。結構網にかかってくれてるんだ」
謎が解けたと多少表情を和らげた達也に、俺はテロリストの素性も軽く語っておく。これについて、達也はほぼ無反応だった。達也もテロリストの素性については分かっていたのだろう。
原作では確か、リーナがタレコミしたんだったか。機密情報だろうに漏らして大丈夫なのかと、リーナの事がわずかに心配になった。まぁ、原作と情報ソースが違っていて、リーナがタレコミしてない可能性もあるが。
「周妃、現状での収穫を皆に報告してくれ」
「かしこまりました、
テロリストの素性を語った流れで、俺は周妃に情報共有をするよう指示した。周妃は素直に、俺の横に立って情報共有を始める。
「今回テロを起こした下手人の名は、
周妃がジードについての情報を開示しているところ、『崑崙方院』という単語を耳にした真由美と克人は少しばかり動揺していた。その理由は、『崑崙方院』が四葉家と縁が深い事にある。
日本魔法師ならほとんどの者が知っている、四葉家単独による大漢侵攻及びそれによって引き起こされた大漢崩壊。その引き金となったのが、崑崙方院主導による、四葉真夜拉致なのである。
四葉としては、真夜の生殖能力を失い、かつ、侵攻で当時の主力と言っても良い人物らの命を失った。その事を考えれば、崑崙方院とは、四葉にとって不俱戴天の仇なのである。
しかし、ここに居る四葉、達也と俺にとってはそこまで敵意を抱く相手ではない。邪魔するなら処分する、と言うのが達也と俺の共通認識だろう。大概の敵にはそういう認識だが。
だから、特に感情の動きがない俺たちを見て、真由美と克人は意外感を顔に出している。
「そ、その……。十六夜くんたちはあんまり気にしてないの……?」
その意外感を顔だけでなく、口にも出したのが真由美だった。
「ん?ああ、崑崙方院ですか。全く関心がない訳ではありませんが、もう落とし前は済んでいる事です。生き残りがいるって言うのも、多分離脱していた派閥でしょう。少数での侵攻だったとはいえ、当時の四葉家主力が主要人物を取り逃しているとは思えません」
俺はあまり不信感を煽らぬように、それらしい理由を騙っておく。
「
「……追放されかけていたとはいえ、古巣を滅ぼされたがための仕返しに四葉、ひいては日本を狙ってきているのか?」
「申し訳ありませんが、相手の動機については……。ただ、激情だけで動く人物ではなかったと思われます。仕返しの他、示威行為、組織求心力の補強など、多くの要因があるかと」
周妃の情報から達也はテロリストの動機を推測するが、周妃はその推測を部分的に肯定しても、全肯定はしなかった。
仕返しも含まれているかもしれない。他に、四葉を敵に回しても生き残る事で、自身にはまだそれだけの力がある事を示す。そうして、組織内部の羨望を集め、組織をより纏めようとしている。そういう動機もあるだろうと、周妃はジードを分析していた。
「仕返しと言っても、こちらを完全に相手取るつもりはないように窺える。でなければ、わざわざ師族会議の一か所だけを狙う必要はない。複数個所を狙えば良い。十師族を纏めて貶めるのに最適ではあっただろうが」
「ええ。ジードは現在、それ程多くの手駒は抱えておりません。手駒であった『ブランシュ』や『ノーヘッドドラゴン』は日本での勢力が著しく減退しております。だから、急遽調達できる手駒で成せる最大効率を狙ってきたのです」
克人はジードが本気で戦おうとしていない事を読み取っており、周妃はその推論が正しいとする理由を持ってくる。
「と、すると。敵はもう逃げの一手か」
よって、克人はそこまで読み切った。戦力がないなら、もう攻めては来ないだろうと。
「ご慧眼、御見それいたしました。そうです。敵にはもう攻め込む余力がなく、今は隠れ家に潜み、逃げる機を窺うばかりでございます」
「そこまで断言するって事は、もう隠れ家も分かっているの?」
克人の洞察力に感嘆し、薄く笑みを浮かべていた周妃。真由美はその余裕と自信たっぷりな様が、決定的な情報を掴んでいる故のものかと疑った。
そして、その疑いにも、周妃は笑みで返す。
「鎌倉の西丘陵部に我が父・周公瑾が架空名義で購入していたセーフハウスがあります。ジードは、そこに身を潜めているようです」
周妃は網にかかっていた獲物を自信満々に披露した。
「なるほど。どうやら周公瑾が敷いていた網はかなり機能しているらしい」
達也は周妃の情報を、周公瑾の情報網由来だろう故に信じた。これは、周公瑾と直接対峙したおかげだろう。周公瑾の優秀さが、達也は身に染みているのだ。
「居場所が分かっているなら、早急に打つべきだ」
「もちろんです。既に四葉は隠れ家を包囲する準備に取り掛かっています。ですが、突撃する人員が不足しています。俺と達也はもちろん出張りますが、もう一人攻め手、というか守り手が欲しいですね」
「了解した。俺が同行しよう」
克人は実に話が早く、協力を要請する前に自身から名乗り出た。そうするように誘導したところはあるが。
「明日の明朝、午前5時には仕掛ける予定ですが、問題ないでしょうか」
「問題ない。集合は現地、鎌倉駅に午前4時半で構わないか」
「それで大丈夫です。ご協力、ありがとうございます」
「気にするな。鉄火場に出ず後方でふんぞり返っているだけでは、十文字家の名も廃る」
俺と克人の応答によって、トントン拍子で隠れ家への襲撃計画が煮詰まっていく。
「十六夜、俺の了解は取らないのか」
忘れていたというか、取る必要があるのかという先入観があった達也の了解。それは、達也自身より提言された。
「付いてきて、くれないのか……?」
「もちろん行くが」
この通り。ちょっと悲し気にすれば、達也は凄い真剣な面持ちで了解をくれる。
「ありがとう、達也」
「……」
仮面でも取り外すように悲し気な顔を止める俺。達也は少し不服そうだが、苦言を漏らしはしない。
代わりに、真由美がうずくまって笑いを漏らしていた。
「収穫は以上ですし、各人準備が必要でしょう。今日はこの辺りで解散という事で。次、情報共有のための集まりは明後日、場所と時間は今日と同じにしましょう」
俺がこの集会を締めれば、克人と達也は頷いて、席を立った。真由美はまだ肩を震わせていて動けていない。
「あの達也くんが……、あの達也くんが……!ふふ、ふふふふふ……」
達也が俺の手玉に取られていた事が余程面白かったのだろう。当の達也がいなくなったところで、真由美の笑い声が響く。
「……。周妃、コーヒーを淹れてくれ。彼女の分も頼む。俺のは砂糖を目いっぱい入れてくれ」
「かしこまりました」
しばらくは笑いのツボを脱する事はできないだろうと、周妃にコーヒーでも淹れさせて待つ事にした。
そうしてじっくり10分。美味しいコーヒーができ上げっている頃。
「ご、ごめんなさい……。ちょっと堪えきれなくて」
「俺は別に構いませんよ。笑いの対象だった達也も機嫌を損ねてはいませんでしたし」
真由美と俺はお互いコーヒーを片手に、談笑を始める。
「……」
『談笑を始める』と記述したのに、真由美は押し黙り、コーヒーの水面を見つめるばかりだった。
「……そういえば、結局2人きりで話すのが久しぶりになりますかね」
真由美がどうしてそんな居心地悪そうにしているのか考えると、このような状況は久しくなかったのが思い至った。告白をされ、もっと交流したいと言われたのにも拘らずに、である。
まぁ、そういう経緯があるからこそ意識しすぎてしまい、2人きりになる事を躊躇していたのだろうが。
「……色々暴露すると、十文字くんにも相談したの。今さらどうやって顔合わせれば良いのかって。……だから、連絡役の依頼という
後ろめたさからか、真由美は内情を告解していく。
「後、たぶんだけど。家の狸親父からも何か言われたんだと思う。私と十六夜くんの仲を取り持つようにって」
「それは、考え過ぎではないですか?もし弘一さんからそういう依頼をされていたのだとして、婚約者がいるような相手に浮気を唆すような事を、克人さんがするでしょうか」
さりげなくまた弘一の株が真由美の中で下がっているが、弘一については擁護するつもりはない。代わりに、克人の方は擁護しておいた。
「意外かもしれないけど、十文字くんはそういう事をする人よ。魔法師である事に真面目で真剣で真摯なの。だから、十文字くんにとっては浮気を唆してるんじゃなくて、優秀な魔法師の血をより多く引き継がせようとしてるの」
「……そう、ですか」
真由美のその返しに、俺は少し言葉を詰まらせた。別に、克人に幻滅した訳ではない。克人にはそういう一面もあるという事を、俺は思い出したのである。
そう。克人は優秀な魔法師の血をより多く引き継がせる事が重要と考えている面がある。より正確に言えば、優秀な十師族を存続させる事、だろうか。
実際、原作では四葉家と判明していなかった頃の達也を十師族へ入るように勧誘していた。確か、九校戦編の時だったか。
とかく、克人は十師族が力を付ける事について真面目に取り組もうとしており、推奨しているのだ。そのため、愛人を設けて子供をより多く産もうとする行為については、あまり忌避感がないのかもしれない。
「相変わらず、巌みたいな人ですね。自身の婚期より他人の婚期を気にするなんて」
「……確かに、十文字くんの浮ついた話って聞かないわね」
ちょっと話題を逸らそうと、俺は克人の婚姻事情に言及してみた。すると、思惑通りと言って良いのか、真由美はそっちの話題に食いついて、後ろめたさが何処へやら。
「失礼かもしれませんが、大丈夫なんでしょうかね?魔法師は早婚を求められるものでしょう?」
「案外見合い話は来てるんじゃないかしら。それで、十師族としての務めが忙しいって言い訳して逃げてたりするかも」
他人の恋は乙女にとって話の種なのだろう。真由美は嬉々として克人の婚姻事情を妄想している。
「……て、じゃなくて!」
残念ながら、長くは話題を逸らせなかった。
「……その、本当、色々ごめんなさい。……私、恋を自覚したら、十六夜くんとどう接したら良いか分からなくなっちゃって」
「それが正常だと思いますよ?それに、皆でじっくり話し合うって事だったじゃないですか。そう焦らずとも、俺は真由美さんを置いて行ったりしませんよ?」
恋との付き合い方が、それも、疑似婚約者持ちを相手にした恋をどうしたら良いのか、悩み続ける真由美。ただ、この特殊な状況の落としどころは、俺・雫・真由美の3者で議論され続ける事が取り決められている。
真由美はもちろんの事、俺も雫もこの状況に悩み続けているのだ。
だから、俺は3人の間で結論が出るまで、真由美の処遇については保留している。何度か言っているが、雫と真由美が認めるなら、雫を正妻、真由美を愛人にしても、俺は良いのである。
「……どうして、……どうしてこんな恋をしてしまったのかしら」
「……むしろ俺が訊きたいのですが。俺なんかをよく好きになりましたね」
「……」
「……なんです?」
真由美が俺に恋した訳を、俺は純粋に訊きたかった。なのだが、真由美はすごい胡乱な目付きで睨んでくる。
「……鈍感」
「……なんて?」
「何も言ってないわ」
「……そうですか」
真由美が小声で呟いた一言を、俺はあえて聞き返した。一応言うが、超人である俺は耳も良いので「鈍感」と言われていたのは聞き取れている。
「……どうして好きになったのか、明確な答えは今でもないの」
真由美は自身が現状解明している範囲で、恋心を抱いた経緯について話し出す。
「ただ、十六夜くんの向上心と言うか、前に進み続けようという姿勢を、ずっと好ましく思ってたわ。自身を苛む事情に不貞腐れたり、すでに持っている才能に胡坐をかいたりだって、しても良かったでしょう。それでも、十六夜くんは前に進み続けていた」
俺の贖罪を向上心と解釈した真由美は、どうやらそんな俺に憧れていたようだ。複雑な家庭環境と十師族たる才能を持ってなお、前に進む俺に。
それは、自身を映す鏡のように、彼女は思えたのかもしれない。
俺と似たように、複雑な家庭環境と十師族たる才能を持っていた真由美。かなり酷い見方をすれば、彼女は少し前まで七草家の長女という自身の立場に小さく不満を持ち、父親への反感を胸に潜めながら、政略結婚じみた婚約をのらりくらりと回避していた。
そして、七草由来の優れた魔法資質に、『マルチスコープ』という先天性の魔法まで持ってしまい、それらを活かす戦術、多方向からの『ドライミーティア』というモノを1つ作るに留まってしまった。
つまり彼女は、自身を苛む事情に不貞腐れて、すでに持っている才能に胡坐をかいていたのだ。少なくとも、彼女自身はそう評価しているのではないだろうか。
(前に進めない自身の目の前に現れたのが、似たような立場を持ちながら、前に進み続ける俺って事か。……憧れるというのも、無理はないんだろうな)
鏡に映し出されたのは、自身の可能性。
真由美は、前に進み続ける俺に、前に進めない自身の可能性を見出したのである。自身も、きっと前に進めると。
「多分、そうやって憧れてからでしょうね。十六夜くんをよく目で追うようになってたわ。……何か、無駄に間近にいられる環境が整ってしまっていたし」
同棲の過去やご近所の現在を思い返し、真由美は苦笑した。まさかこんな環境に至るとは、思ってもみなかった訳だ。俺は思いもしなかったが。
「そんな環境になっちゃったせいで、十六夜くんの無理も目に映るようになったの。傷だらけになりながらも、前に進む十六夜くんの姿が」
『グレート・オールド・ワン』開発中に1度倒れた事があった。その倒れている現場を真由美に見られてしまっている。あの一件から、彼女は俺が裏でも無理をし続けていると考えたのかもしれない。他に何か無理と取られそうな事は見せていないはずだ。
「正直、見てられないっていうのが本音。どうしてそこまでして前に進もうとするのか、私には分からない。誰にも頼ろうとせず、あえて孤独のまま困難に立ち向かおうとしている十六夜くんは、とても痛ましかった」
同情と哀れみ。ついでに、憧れの破綻もあるだろう。真由美は前に進める自身である俺が傷付いている事を受け入れられなかったのかもしれない。前に進む自身が、そんな傷だらけであってほしくなかったのかもしれない。
「だから、私だけでも貴方の支えになりたいって、ずっと心の底で思っていたのでしょう。別に、私しか貴方の支えになれないなんて事はないのに」
真由美は俺に寄り添おうとしていた。だが、その前にもう寄り添っている者がいた。その者は、雫だ。
自身の憧れを、自身で守ろうとした。しかし、その自身の憧れは、他の誰かの手によってもう守られていた。
自身にしか守れないと勘違いを起こしていた事に自覚し、真由美は自嘲する。
「貴方の傍に北山さんがいた。私が寄り添う必要はなかった。……でも、それでなくなってしまう程、単純な感情ではなかったの」
恋が芽生えていた。叶わないと悟った恋が、芽吹いてしまった。おそらく、その芽吹きは真由美の初恋だったのだ。
初めて芽吹いた恋という感情とどう付き合えば良いのか、真由美はまだ知らない。だから、彼女は恋の根を引っこ抜けずにいる。
「私、本当、どうしたら良いか分からなくて……。諦めるべきなのは、分かってるのっ……。でも、そう自分に言い聞かせると、涙が、止まらなくなるのっ……!」
恋の芽を何度引っこ抜いても、恋の根が残る。
涙が出るはずだ。だって、彼女はずっと芽と根を引きちぎっているだけだ。自身の心を、引きちぎり続けているだけなのだ。それはとても痛くて、涙が出て当然だ。
「ねぇ、十六夜くん……。私、どうしたら良いの……?」
綺麗な真由美の顔に、幾筋も涙が流れていく。その光景以上に、人へ悲しみと心の痛みを伝える光景があるだろうか。これ以上に、人へ罪の意識を植え付ける光景があるだろうか。
少なくとも、俺はそんなモノがあると想像できなかった。だから、罪の意識に耐えられなかった俺は席を立ち、真由美を抱きしめる。
「……十六夜くんのせいだからね。……突き放してくれない、貴方のせいだからね」
「……はい、俺のせいです。真由美さんが苦しいのは、俺のせいです。だから、苦しいならいつでも言ってください。いつでも、慰めに向かいますので」
真由美は俺の胸で泣き、溢れる涙を俺の服で拭っていた。俺は服が濡れるのも構わず、彼女を優しく、間違っても手折ってしまわないように、細心の注意でもって優しく包み込んでいる。
「酷い……酷いわ、十六夜くん……。こんなんじゃ、貴方の事、嫌いになれないじゃにない……。ずっと、好きって気持ちを、持ち続けなきゃいけないじゃない……」
「……今気付きましたか?実は、俺って酷い奴なんですよ。嫌われたくないから、他人に優しくするんです。……ですから、真由美さんは俺の事、ずっと好きでいてくださいね」
泣いている真由美に追い打ちをかけるかの如く、俺は己の悪性を告白した。自身でも何を言っているんだと、自嘲してしまう。
でも、泣かせてしまった彼女に、今は嘘を吐きたくなかった。罪を積み上げたくなかった。だから、俺は泣いている彼女に本心を聞かせたのだ。
貴女には、嫌われたくないと。例え、どんな酷い事をしてでも。
真由美がその言葉をどう受け取ったのか、俺には判然としない。
ただ、彼女の嗚咽が俺の胸に響くのだった。
リーナのタレコミの有無:残念ながらタレコミされている。そのため、達也は四葉から情報を回される前に、今回のテロリスト、ジード・ヘイグの素性については把握済みだった。
閲覧、感謝します。