魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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編輯黙示編・五片
第八十七話 共同戦線、あるいは絶対防衛圏


2096年12月31日

 

 年越しが迫る夜。日本人の多くは年越しを迎えるべく、深夜まで起きているだろうその日。北山家でも年越しを迎えるべく、家族だけで集まって、酔狂にも和室で炬燵を囲んでいた。誰の酔狂かと言えば、潮の酔狂である。誰も止めなかったから、家族、ひいては北山家に仕える全ての者の酔狂かもしれないが。

 とかく、雫も年越しを迎えるべく、炬燵を囲んで一家団欒、世間話に興じていた。

 

「ところで雫。十六夜君を招かなくて良かったのか?」

 

 そんな世間話中、揶揄いか真面目か、潮は十六夜を話題に上げたのだ。

 

「うん。実家の方で用事があるって言ってたから、多分忙しいと思う」

 

 雫は一家団欒に十六夜を招く招かないに関して疑問視せず、ただ十六夜の多忙を慮る。

 

「雫が誘えば来てくれたんじゃないかしら」

 

「どうだろう。十六夜さん、その用事は大切にしているみたいだから」

 

「そう……。雫の事を大事に思ってくれているなら、雫の方を優先しても良いと思うのだけど……」

 

 雫の母・紅音は雫の返しで十六夜の印象を悪くし、十六夜に対して懐疑的な姿勢を取っていた。元より四葉の悪印象が紅音の中にあるため、そもそも雫と十六夜の婚姻には気が進んでいなかったりもする。

 

「まぁまぁ紅音。十六夜君は全体を見る、実に繊細で誠実な子だ。今回も、四葉全体、日本魔法師全体、もしかしたら雫の事を思っての行動かもしれない。それこそ、今回は実母に雫との婚約を交渉しているかもしれないしね」

 

 紅音が悪印象を持つ十六夜を、潮は擁護し絶賛する。さらには、婚約のために動いてくれているとまで、冗談半分本気半分で語った。

 

「うん、そうかもしれない。早くて年明けにはって、言ってたから」

 

 そんな潮の半分冗談を、9割本気にする雫。4月も終わり頃、メタく言えば本作五十話にて、エリカが雫をいつまで待たせるのかと訊き、十六夜が早くて年明けと答えていた。雫はその事を覚えており、信じている。

 その信じる心が報われてか、十六夜が婚約者について話題に出し、真夜をキャパオーバーさせていたのがこの夜の事である。

 

 閑話休題。

 

 潮と雫が十六夜に味方している訳だが。そんな時に、雫の携帯端末が着信音を鳴らす。

 

「『噂をすれば影』かな?」

 

「違う。達也さんから」

 

 潮が笑みを深めながら、十六夜から電話がかかってきたと予想した。残念ながら、その予想は外れ、雫はコールが達也からである事を確認する。

 

「ちょっと出てくる」

 

 家族に会わせた友人ではあるが、だからと言ってその友人との通話を家族へ聞かれる事には抵抗感を覚える。なので、雫は和室から退室してから応答する。

 

〈もしもし、雫。今大丈夫か〉

 

「こんばんは、達也さん。時間は大丈夫。今夜は年越しまで起きてるつもりだったから」

 

 都合を訊ねる達也に、雫は彼が変に良心を痛めぬよう返答した。

 時間は夜中。年越し直前とはいえ、人によっては寝正月をするものだ。自身はそうではないと、雫はしっかり明言したのである。

 

〈それは良かった。十六夜について、できれば早く伝えたい事があったんだ〉

 

「十六夜さんについて?……ちょっと待って。場所を移す」

 

 達也の用件は、十六夜について。それも、早く伝えたい事。

 雫は重要な話であり、他人に聞かせたくない話であると察する。では、家族のいる和室から退室しているとしても、万一聞き耳を立てられていたり、使用人に会話を拾われたりしたら拙い。雫はそう考え、足早に自室へと向かった。

 

「ごめん。お待たせ」

 

〈手間を取らせた〉

 

 雫は自室の鍵をしっかり締め、扉から離れる。そうしてから、準備万端である事を示した。達也はその真剣さに謝意の言葉を一言入れてから、用件を語り始める。

 

〈まず、そうだな。……どうやら十六夜は、自身が寿命を削っている自覚があるようだ〉

 

 そして語られたのが、十六夜が隠そうとしている真実、その一端だった。

 

「……今年の九校戦、クロスカントリーで十六夜さんが寿命を削ってたんだったよね。……どうして、それを自覚してるって?」

 

 スティープルチェース・クロスカントリー。その裏で十六夜がパラサイトを退治していた件。達也はその時に十六夜が寿命を削っているのをその()で見て、雫にその情報を共有していた。

 だから、急にその情報の新事実を出されても、雫は驚愕しない。

 しかし、その事実へ至った事を疑う。十六夜が自身の口からそんな事実を明かすはずがない。これは雫と達也にとって共通認識だ。

 故に、達也は疑われると予測していた。

 

〈順序立てて説明する。最初に、十六夜は15歳まで魔法を使えなかった事だ〉

 

「十六夜さんが、魔法を使えなかった?」

 

 達也はできるだけ疑われないよう、話す事柄の手順を考え、語っていく。最初と銘打たれて語るのが、十六夜が魔法を使えなかった事実。達也、そして極一部の人間にとって既知であるその事実は、雫にとって新事実の1つだった。

 

〈もしかしたら14・13の頃には使えるようになっていたのかもしれない。だが、少なくともその辺りまで、十六夜は魔法が使えなかった。俺は、それが病気によるモノだと聞かされていた〉

 

「魔法が使えない、病気……。十六夜さんが長くその存在を隠されていた事。それに、まだ隠されていた理由が公表されていないのは、そういう理由があるからなんだ」

 

 達也に語られるその事実で、雫は2つの事実を読み取った。

 四葉直系が魔法を使えないとなれば、狙われる可能性が高い。そんな狙われる可能性の高い十六夜を守るために、その存在を長く秘匿していた。それが1つ目。

 十六夜を長く隠した末に世間へその存在を知らしめ、しかしその隠していた理由を四葉はいまだ口にしていない。それは、魔法が使えなくなる病気があると広めるのは、魔法師界全体にその病気への恐れを植え付けてしまうためである。それが2つ目だ。

 それら事実を読み取って、雫は十六夜の秘匿と秘匿していた理由の非公開に真実味を感じてしまった。でも、違うのだ。

 

〈病気だと、聞かされていたんだが。俺は、病気ではないと推測する〉

 

「……どういう事?」

 

〈十六夜は魔法が使えない病気に罹っていたんじゃない。魔法が使えない人間だったんだ〉

 

「だったら、どうして今は魔法を使えてるの?」

 

 達也が十六夜と今日話し合い、見抜いた真実。深く隠されていただけに、雫はにわかには信じられない。

 

〈弄ったんだ、自身を弄れるというサイキックで。寿命を対価にして〉

 

「……自身を弄れるサイキックで、寿命を対価にして?」

 

 達也の推測は、これまた雫にはにわかに信じられないものだった。

 だけど、不思議と符合する。十六夜の存在が秘匿されていた事、その理由が非公開のままである訳に。

 病気だとする方でも、確かに符合する。病気か非魔法師か、どっちが現実的で説得力があるかと問われれば、断然前者の方だ。

 しかし、後者だからこそ、十六夜の秘密がそこに隠されている気がしてならない。

 何はともあれ、まだ推測でしかなく、信じ難い事項だ。断定できる段階ではない。どうして達也がそこまで見抜いたのかについて、まだ雫には判然としていないのだ。その点でも、断定するには早い。

 

「……どうやって、その事を?」

 

〈……十六夜が病気でないと推測できる情報を得て、同時に、十六夜が弄られたかもしれないという情報も得た。それから、十六夜自身が自身を弄ったんじゃないかと問い詰めたんだ〉

 

「……」

 

 達也がそれらの情報を得た経緯がぼかされている事に、雫は勘付く。しかし、話が脱線する上、達也が軍人という話せない事が多くある身分であるのを考慮し、雫はそのぼかしへの詮索はしなかった。

 

〈問い詰め始めた時は、そういう魔法で弄ったんだと勘違いしていた。しかし、十六夜は頑なに否定した。その推論は間違いだと〉

 

 達也は十六夜に問い詰め、自身を弄る魔法なんて持っていない事については嘘ではないと感じていた。だが、違和感があったのだ。

 

〈そう否定する十六夜は、ミスリードしているようだった〉

 

「……嘘だったって事?」

 

〈いや違う、嘘はついていない。あいつは、話をすり替えたんだ。『自身を自身で弄っていない話』から、『自身は自身を弄れる魔法を持っていない話』に〉

 

 達也がうっすらと抱いた違和感は、質問がいつの間にかすり替えられていた事だった。

 達也は十六夜自身が自身で弄ってないか質問しているのに、十六夜はいつの間にか十六夜が自身を弄れる魔法を持っているのかという質問に答えていたのだ。

 そして、その質問への答えは『そんな魔法は持っていない』となり、質問者に『彼は自身を弄っていない』と錯覚させる。

 

「……話を、すり替えた」

 

〈ああ。正直、あいつの手口を1度傍観していなかったら、俺も騙されていただろう〉

 

 今年の九校戦、その懇親会時に一条が情報を貰ったかのように錯覚させられ、十六夜から仕事を押し付けられていた。達也はその時、ほぼ傍観する形でその現場を目撃できたのだ。それも、十六夜は意図して一条を錯覚させていたという裏付けが取れた形で。

 そういう経験があったから、達也はうっすらと違和感を抱けたのである。逆に言えば、そういう経験があってもうっすらとしか違和感を抱けなかったのだが。

 その違和感を気のせいにせず踏み込めたのは、達也に確固たる意志があったからだろう。十六夜を深く知ろうとする意志が。

 

〈俺はそのすり替えに気付き、再度明言したんだ。『お前は、自身を弄っていないんだな』と。そして、あいつの回答は、『自身を弄れる魔法なんてないからね。少なくとも、俺は持ってないよ。俺は、魔法で自身を弄ったりしてない』、だ〉

 

 達也は一言一句、己の質問と十六夜の回答を想起した。

 

「そんな魔法は、持ってない……。そう強調して、自身を弄っていないと、錯覚させようとした……。魔法以外で弄っている事を隠して……」

 

〈そうだ。あいつは、サイキックで弄っている事を隠した〉

 

 達也の順序立てた説明で雫は最終結論まで読み解き、達也は余分と知りながらもしっかりと雫の読み解きに丸を付ける。

 

〈そして、寿命を削っている自覚が十六夜にあると推測した理由だが。自身を弄る魔法の対価が寿命であると十六夜に語った時、あいつの話のすり替えが露骨だったからだ。今までミスリードしながらも否定の言葉を返していたのに、その時だけ、話を折ったんだ。『達也。そこまで推測を語って、俺になんて言ってほしいんだ?』と〉

 

 達也は当時、今まで自然だった話のすり替えがその瞬間だけ露骨だった事に気付いていた。

 

「……それ以上、踏み込まれたくなかったって事なんだね」

 

〈そうだろうな。取っ掛かりすら与えたくないから、核心を突かれたあいつは話を終息させる方にシフトした。……信頼を、盾にしてまでな〉

 

「……」

 

 十六夜がそこで線引きしている事に、達也は当然、雫も読み解いた。同時に、信頼を盾にしてそれ以上の詮索を拒絶してきた十六夜の態度を思い出し、達也は沈鬱に俯く。雫は、そんな達也の気持ちが分かった。

 だって、達也は自身との信頼を盾に、つまり道具のように扱われたのだ。それは、十六夜が達也との信頼を道具程度にしか考えていない事を表している。

 

〈……いや、あいつが俺をどう思っているかはどうでも良い。話を戻そう〉

 

 今は最悪心の中では嫌われているとしても、達也としてはその事を考慮する必要がなかった。何故なら、相手に嫌われていようとも、達也は相手に親愛を抱いているからだ。

 幼少期の深雪に良く思われていなかったのと同様だ。深雪と十六夜(弟妹たち)がどう思っていようが、達也は深雪と十六夜(弟妹たち)を愛しているのである。

 

〈……不思議なのは、どうしてそこまで必死に隠すのかだ。秘密を知る者は少ない方が良いという理は分かるが……〉

 

「……嫌われたくないのかも」

 

〈嫌われたくない?〉

 

 達也には十六夜がそこまで秘密を隠そうとする動機が不鮮明だった。対し、雫はその判断材料となり得る情報を提示する。

 

「クリスマス、父の会社のパーティーに十六夜さんを連れてった時、十六夜さんと2人きりになる機会があったの。それで、聞きづらい事を聞いてみた。なんで私を好きになってくれたのかって。そうしたら十六夜さんは、『俺を受け入れてくれたからだ』って」

 

〈受け入れてくれたから……〉

 

 雫の話を、達也は相槌と部分部分の精査をしながら耳を傾ける。

 

「じゃあ先に七草先輩が受け入れてたらって質問には、そっちを優先して、私とは友達でいるって返した。私が恋心を持ち続けていたとしても」

 

〈なるほど。痴情の縺れが起き得るとしても、その関係を維持すると。だから、嫌われたくないという結論か〉

 

「十六夜さん自身がはっきり明言してた、『嫌われたくないんだ』って」

 

〈……あいつは自己肯定感が低いのと同時に、周囲との敵対を避けようとするきらいがある〉

 

 雫からの情報を受け、達也はそこから十六夜の人となりを深く分析し始めた。

 

〈それも、相手次第ではある。初めから敵対している相手に対しては容赦しない。しかし、最初から友好的ないし後に友好的になる相手に対しては、酷く寛容だ。分かりやすいのが、森崎、それと七宝もか〉

 

「……どういう基準なんだろう。森崎君も、言い方は悪いけどあんなに丸くなるとは思わなかったし」

 

〈ああ。十六夜にはどうにも、森崎が悪い人間ではないと初めから見抜いていた節がある。一年次の九校戦ですでに仲を深めていた程、あいつは森崎を信用していたからな〉

 

 十六夜の人となりを分析し、それに不可解な部分がある事を達也と雫は見つけ出す。

 十六夜はいったいどうやって仲間と敵を区別しているのか。そこにあまりにも奇妙な判断基準があるのだ。

 

「……何かある気がする。実は非魔法師だった以上の、何か秘密が」

 

〈同意見だ。じゃなければ、ここまで隠し通す意味がない〉

 

 雫と達也は十六夜に隠し事がまだある事を、鋭く嗅ぎ付ける。十六夜という人間について、ここまでの情報では説明しきれない不可解さがあるのだ。

 

〈再三注意するが、慎重に探っていってくれ。俺は、少し警戒されたかもしれない。……それでも俺を遠ざけようとしないところに、やはり独自の判断基準があるようだが〉

 

「うん、気を付ける。ありがとう、達也さん」

 

〈こちらこそ、ありがとう。それじゃあ、また〉

 

 達也と雫はお互いが十六夜を大切に思っている事を認識し合い、そうして今回の情報共有をお開きとしたのだった。

 

◇◇◇

 

2097年1月2日

 

 その日、北山家に激震が走った。

 

〈すまない、雫。母上が俺と雫の婚約に乗り気ではないみたいなんだ……。説得したいから、手を貸してもらえないだろうか……〉

 

 そんな一報を雫が十六夜より受け取ってから、少なくとも雫と潮は大慌てで準備に取り掛かったのだ。

 と言っても、潮は事前に四葉家に関する情報を集めており、それを足掛かりに説得のための筋書きを作れた。ただ、やはり説得というよりは揺さぶりに近いモノであり、決め手に欠けるモノだったのだ。

 同時に、相手を揺さぶる以外の部分はほぼアドリブとなり、相手がこちらをどのように品定めしてくるのかが未知数だった。そのため、相手からの質問は誠実にかつ真実を答えるという方針を雫と潮は定めたのである。

 

 それが功を奏した結果となった事は、既に語られたストーリーだ。

 では、語られていないストーリー。雫と真夜だけの対談は、果たしてどうなったのか。ここではそれを明るみに晒そう。

 

〈緊張しなくて良いわ。……なんて言われても、無理よね〉

 

「……はい」

 

 ヴィジホン画面越しに対面する真夜と雫。雫は四葉家当主らしい真夜のミステリアスな雰囲気に、体を多少ながら強張らせていた。凄く子煩悩な真夜の暴露を目の当たりにしたが、それだけでは、四葉現当主という箔の意味が失せたりしない。

 しかし、固くなっているのはそんな四葉現当主と対面している雫だけではなく、真夜も、なのだ。

 

〈無理に緊張を解さなくても良いわ、私も緊張しているんですもの。十六夜が見初めた相手。どれ程優秀なのか、私には未知数だわ〉

 

 真夜にとって、雫は十六夜の見初めた相手。つまりは、十六夜に優秀であると太鼓判を押された人物なのだ。

 その太鼓判は同時に、十六夜の秘密を嗅ぎ付ける洞察力がある人物だという事も、証明し得る。

 雫がどこまで十六夜の秘密を嗅ぎ付けているのか、真夜は相手に気付かれないよう、慎重に探っていかねばならない。

 

「……私が吟味される側です。何なりとご質問ください」

 

〈……そうね。では、有り難く質問させてもらいましょう〉

 

 雫は自身の立場を正確に認識し、真夜へと話の主導権を渡した。誠実な態度を貫く雫に乗っかり、真夜は質問権を握る。

 

〈最初に、そうね……。貴女から見た、十六夜の印象を訊こうかしら〉

 

 慎重かつ大胆に、真夜は切り込んだ。この質問にそれらしい答えが返ってこなければ、警戒するには値しないだろう。真夜は『最初』と言いながら、そうやって雫を試している。

 

「はい。第一印象は、柳の巨木、といった印象でした」

 

〈柳の巨木?〉

 

「四葉直系として周りから見られるという雨風に曝されながら、それでもしっかり大地に根を張って、あらゆる苦難に耐え忍ぶ人物。というのが、第一印象です」

 

〈……今は、違うのね?〉

 

 抽象的な雫の回答に、真夜は目ざとく核心を見出す。雫は、そんな十六夜の表面に騙されていないと。

 

「今も、巨木であるという印象は変わっていません。ですが、本当に耐え忍べる程頑丈な幹をしているのか、その中身はもしかしたら朽ちて欠けているのではないか。そんな疑惑を覚えています」

 

〈十六夜の、中身……。なるほど……〉

 

 雫の語る印象。真夜は正鵠を射抜いているように感じ、感嘆としてしまった。

 雫はほぼ間違いなく、『四葉十六夜』という皮に騙されず、その中身を捉えている。まだ完全にとは行かないが、真夜とは別の切り口でその中身を探れているのだ。

 それは真に『●●(名も知らぬ彼)』を認識しており、その彼を探ろうとしている事に他ならない。

 しかしここで、ふと根本的な疑問が湧いてくる。

 

〈雫さん。どうして貴女は、あの子の事が好きになったの?〉

 

 どうしてそこまで『●●』を知ろうとするのか。どうしてそこまで『四葉十六夜』を知ろうとできるのか。

 騙されていた方が絶対に楽だ。不必要な危険に出くわす事はないし、なにしろ十六夜本人に嫌われる事はない。

 なのに、そんなリスクを冒しても『●●』を知ろうとしている。盲目的な恋、または若気の至り、あるいは憧れ。そんな理解からかけ離れた感情ではないと、明白だった。

 

「……上手い表現が見つかりませんが。強いて言えば、意地です」

 

〈『意地』?〉

 

「私の初恋を成就したいという乙女心であり、助けてくれた彼に恩返しがしたいという厚意。彼が隠し通そうとする秘密を暴きたいという好奇心であり、彼を支えたいという好意。身も蓋もなく言えば、私のエゴ、もしくは自己満足です」

 

〈『エゴ、もしくは自己満足』……〉

 

 雫は実に素直に、酷い表現まで持ち出して、己の意志を言葉にした。

 普通なら、そんな言葉は悪感情を抱くだろう。人の息子に迫る理由が『自己満足』などと明かされて、良い顔する親はいない。

 でも、真夜はそうではなかった。真夜は、雫の強い意志を感じたのだ。それも、ただ相手に尽くそうとする健気さではない。乙女心と好奇心、それらで自身の幸せを求めつつ、厚意と好意、それらで相手の幸せも求めている。

 柱が2つ、心の芯が2つあると言っても良いだろう。それが、雫の意志を強く保っている。

 

〈……恋愛って、そういう事なのかしらね〉

 

 真夜は、静かに呟いた。

 恋に恋しつつ、相手を愛する。そんな雫の姿が、正しい恋愛の姿なのだと、ふと思ったのだ。同時に、真夜は雫が朗らかな輝きを放っているように見えた。

 ああきっと、『●●』も心の何処かでこの輝きに惹かれてしまったんだろうと。

 

「……?」

 

〈ごめんなさい、なんだか1人で納得してしまったわ。十六夜が見初めるはずね〉

 

「あ、ありがとうございます」

 

 真夜から突然受けた高評価に、危ない橋を渡った自覚があった雫は少しどもった。それでも、しっかり頭は下げる。

 

〈貴女が十六夜を好く事は許可しましょう。でも、貴女も分かっているんじゃないかしら。十六夜は、とても達観した目で周りを眺めている事に〉

 

「……分かっています。彼は多分、私を愛していない」

 

 婚約を結ぼうとしてくれた。外見だけでなく内面も褒め称えてくれた。

 しかし、その十六夜の目は自身を見ていないと、雫もなんとなく感じていたのだ。まるで『北山雫』というキャラクターを愛しているような。でなければ、臆面も恥ずかしげもなく、人の外見と内面を褒め称えられたりしない。

 それに、直近で達也が十六夜との信頼を盾にされた話もあった。達也もそのように扱われているのだから、自身だけ違うなんて、雫には思えない。

 

〈……少し、ヒントを上げます。……十六夜は、彼は、『四葉十六夜』である以前に『彼』という個人なの〉

 

「彼という、個人?」

 

 真夜は、秘密が露呈するかもしれないリスクを冒しながら、それでも雫にヒントを上げずにはいられなかった。

 それは何故なのか。

 

〈北山雫さん。……『●●()』を、救って(支えて)くださいね?〉

 

 それは、ある種の保険。もしくは、本命かもしれない。

 自身ではもしかしたら『●●』を救えないかもしれない。でも、彼女なら『●●』を救えるかもしれない。

 真夜はそんな保険もしくは本命の芽を育てる事にしたのだ。

 

「……はい。彼を、救ってみせます」

 

 雫は、まだ与えられたヒントを解き明かせていない。だが、大事な何かを託されたのは解き明かした。

 真夜と雫は、こうして初めての邂逅にして最重要の密談を終えるのだった。

 

〈あ、でも勘違いしないでね。私も十六夜を諦めた訳ではないわ〉

 

「……はい」

 

 未練がましいような、意志が固いような、正直子煩悩に聞こえる最後の一文で締めくくりながら。




 閲覧、感謝します。

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