魔法科高校の編輯人


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作:霖霧露
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第七十五話 煮え切らぬ決着、陰謀家の策略


2096年10月27日

 

 論文コンペを明日に控えたこの日。今日までに様々な事があった。

 まずは、達也が22日に行った単独調査の結果を報告された。21日に俺たちが襲撃された場所、嵐山に再度訪れ、今度こそ着実に敵アジトを攻撃したそうだ。それでそこに居た敵を尋問し、周公瑾が宇治に潜伏している更なる裏付けを得たとの事である。

 その他は、俺が1日で退院し、通院の形を取って普通に学校を通っていたくらいか。当然、通院は怪我の完治を隠すカモフラージュである。

 なのだが、俺の実力を知る者たちが俺の怪我を知り、完治しているのを知らない者は揃って顔を青くしていた。去年の論文コンペ前も怪我をし、それから横浜事変が勃発した事例を想起したのだ。また去年と同じような騒動が起こると予感したその者たちに、俺は「論文コンペと関係ないところで怪我をした」と説明したのだが、誰も聞き入れなかった。

 おかげで、第一高から出ている警備チーム及び護衛チームは無駄に気合が入っている。彼らは肩透かしを食らう訳で、その点には内心申し訳なく思った。でも、彼らの気が引き締まったのは悪い事でもないので、訂正はせずにおいてある。

 

 ともかく、そんな警備チーム・護衛チーム、そしてコンペメンバーで現地入りした。それらの者たちが休憩する場所として予約されているのは、俺たちが下見時にも使ったホテル。その一室に、俺と達也、幹比古、そして真由美が集う。

 

「幹比古は警備チームの仕事に専念してくれ。真由美さんも、そちらの方へ協力を」

 

「でも、十六夜」

 

「十六夜くん。私たちに手伝える事はないの?」

 

 最後の作戦会議となるこの場で、俺からの指示に幹比古と真由美は難色を示した。彼らは周公瑾との直接対決、ないしその援護を望んでいる。

 

「後顧の憂いを断つためです。周公瑾は、騒ぎに紛れての逃走を得意としています。もしかしたら、国防軍と四葉の追跡を振り切るためだけに、去年と同等の騒動を起こすかもしれません」

 

 達也は俺の指示に同調し、幹比古と真由美を論理的に説得し始めた。彼らも、この説得に対しては反論できず、口を噤んでいる。

 

「お願いです、2人とも。この機を逃せば、もう2度と彼を追えなくなる」

 

「……分かったわ」

 

 聞き分けが良かったのは、真由美の方だった。適材適所である事を、彼女は理性的に理解している。

 

「でも無理はしないで。この前みたいな事はご免よ」

 

「俺だって、好き好んで怪我したりしませんよ」

 

 真剣に心配する真由美へ、俺は少し茶化して肩を竦めた。そうしても、彼女の心配は緩まず、揺れる瞳が俺を捉えている。

 

「はぁ……、仕方ない。じゃあ、これを傍に置いといてください。幹比古の方も」

 

 心配性な真由美と、同じく心配性な幹比古に、俺は雀の『付喪神』を飛ばした。生き返ったような雀の『付喪神』は、彼女らの差し出された指を止まり木にする。

 

「え、いや、『付喪神』を使い続けるのは君の集中力を落とさせてしまうんじゃ……」

 

「問題ないよ。『付喪神』はオート操作にもできる。その間、感覚共有とかはできないが。とにかく、『付喪神』は追撃の重荷になったりしない。そして、俺に何かあれば『付喪神』も切れる。逆に、『付喪神』が切れてなければ俺は無事だって事だ」

 

「な、なるほど……」

 

 俺の説明を受け、幹比古は改めて『付喪神』を観察していた。

 古式魔法師としてはその一端でも模倣したいのだろうけど、さすがに神童と言えど、疑似パラサイトを模倣する事はできないだろう。少しできそうな気がして怖いが。

 

「じゃあ、十六夜くん。この雀に異変があれば、すぐに貴方の方へ向かうわ」

 

「はい。それでお願いします」

 

 真由美たちがそれで納得するならと、俺は彼女たちの意思を汲んだ。もし何かあって真由美たちが異変に気付いても、俺は俺の居場所を連絡する気はないが。

 真由美たちはそんな俺の意図が僅かばかり読めているのか、渋々と退出した。これで、ようやくこっちも動ける。

 

「さて、達也。行動開始だ」

 

「ああ」

 

 俺と達也は腰を上げ、まずは情報を受け取りに行く。黒羽が控える、こことは別のホテルへ。

 

 

 

「こんにちは、達也兄さん。お久しぶりです、十六夜さん」

 

「達也さん、十六夜さん。お持ちしておりました」

 

 目的のホテルに辿り着けば、文弥と亜夜子がそのロビーで堂々と出迎えてくれた。

 こじんまりとして、利用客が少なそうに見えるそのホテル。だが、ホテルはホテルだ。一般人が、もしかしたら魔法師が通りかかるかもしれないそんな場所で、彼らは臆面もなく俺と達也に接触する。

 四葉の仕事に従事する黒羽の子息子女が、四葉関係者であると露呈しかねない事をやる訳がない。つまりは、このホテルは一般的なホテルに見えて関係者以外立ち入り禁止。黒羽の活動拠点、その1つという事だ。

 

「立ち話では落ち着きませんし、どうかお掛けになってください」

 

 亜夜子がロビーの一角、丁度4人分のソファがある談話スペースを指差した。

 そのスペースは一見して何の変哲もないが、様々な装飾で外からの視線を切っている。外から盗み見される可能性すら絶やす構造だ。

 どこまでも隠密が徹底されていると俺は感心し、亜夜子の促しに従った。当然、達也もその事は察しているようで、不思議がりもせずにそのソファへ腰を掛ける。

 そうして俺、達也、文弥、亜夜子が腰を落ち着ければ、亜夜子が遮音フィールドを展開した。

 さすが、四葉の隠密と言うべきだろう。万に1つの可能性も残さない。

 

「これで良し、と……。達也さん、ご依頼の向きは全て調えてあります」

 

「バイクを2両。片方は達也兄さんが普段使いしているのと同じ車種。もう片方は十六夜さんの取得免許に合わせた車種で、今回の仕事に適した物を用意しました。今ホテルの駐輪場に2両とも停めてあります」

 

 亜夜子たちは達也が頼んだ装備を調達したようで、文弥が最初に俺たちへバイクの鍵を、そして俺だけに車種の詳細が映し出されたタブレット端末を差し出した。

 映し出されているバイクは、普通二輪免許で乗れる排気量400㏄のそれ。耐久性の高さを謳っている事が明記されており、確かに荒事には適していそうだ。

 

「今更だが。免許を持っていたんだな」

 

「今年の夏にな。あれば便利だろうと思ってたんだが、今日まで一切活用してない」

 

 達也の素朴な疑問に、俺は苦笑交じりで返答した。

 夏季休暇中、暇を持て余すくらいならと取得したは良いものの、俺は休日ツーリングに行くような(たち)ではなかった。真夜から急に帰ってくるよう言われた時に使えるかと考えていたが、そういう時は絶対リムジンが寄越される。その事に気付いたのは生憎、免許が発行された後だった。

 だが、そんな愚行が功を奏し、達也の背に掴まるような醜態を晒さずに済んだのだ。人生、何がどう転ぶか分からない。

 

「え、えっと……。先に進めて良いですか?」

 

「もちろん」

 

 仲睦まじい会話に割って入るのは気が引けたのか、文弥が不安そうにそんな確認をした。亜夜子なんかは顔を伏せながら微動している。場の雰囲気にそぐわなさ過ぎて、笑いのツボに入ってしまったか。

 そういう雰囲気にした張本人である達也(一応俺も一因だろうが)は、どこ吹く風で話の先を促している。

 

「要らぬ気遣いかもしれないとは思いつつ、装備の方も用意させてもらいました。全て防刃性・防弾性に優れた物です」

 

「グローブ、ブーツ、ヘルメットも戦闘用の物を準備しておりますわ」

 

 これは褒めるべき事か、文弥と亜夜子はすぐに気を引き締め、真面目に話していた。亜夜子の方は紅潮の余韻があるが、それを加味しても充分に精神の切り替えができている。

 

「ありがとう。全て使わせてもらう」

 

 達也が感謝するのに合わせ、俺も笑顔で頷く。

 依頼したのは達也だけだったが、依頼した意図を汲み取り、その意図に文弥たちはまさしく十二分(じゅうにぶん)に応えていた。仕事人とは、彼らのような人を言うのだろう。

 

「それで、どの程度まで絞り込めている?」

 

「ほぼ特定できています。ただ……」

 

 黒羽がどこまで周公瑾の居場所を絞り込めているのか。その達也の質問に対し、文弥は回答を濁した。

 黒羽が見栄を張って嘘を吐くとは思えない。だから、特定できているのは嘘ではない。

 なら、どうして濁したのか。理由は単純だ。

 

「どうした」

 

「いえ……。大変信じ難いのですが、周公瑾は国防陸軍宇治第二補給基地に潜伏しています。そこの国防軍に匿われているとみて良いかと」

 

 その常軌を逸した場所に潜伏しているのだ。確証があっても、信じてもらえるか疑わしく、言葉を濁すのは仕方がない。

 事実、聞き出した達也も瞠目している。このままでは如何に黒羽の情報と言えど、疑心が晴れない。

 

「そこの軍人たちは、周公瑾に精神誘導されたかもしれない」

 

 そこで、俺が多少でもその疑心を晴らしてやる事にした。

 

「……どういう事だ、十六夜」

 

「平河千秋、その子が横浜事変の前にした奇行を覚えているか?」

 

 食いついてきた達也に、俺はまずヒントを提示する。

 

「……俺を監視していた事か。それがいったい……。いや、彼女も精神誘導をされていたかもしれないんだったか」

 

「そう。彼女は達也への負の感情を増幅され、良いように利用されていた。あれが周公瑾の仕業なら、今回のも辻褄が合う」

 

「だが、軍人たちはなんの感情を誘導されたんだ?」

 

 達也が指摘する通り、大事なピースが足りていない。精神誘導と言うならば、増幅する元の感情が、微かな燻りだとしてもあるはずだ。

 俺がただの勘と称してその足りないピースを明かしても良いが、それより説得力が増す情報源がある。

 

「その軍人たちは反十師族か、もしくは親大亜連的思考の者が多かった。そうだろう?文弥さん」

 

「は、はい。補給基地の指揮官は大亜連合宥和論者のようです。大陸の古式魔法に傾倒しているため、十師族に反感を抱いている事も充分に考えられるかと」

 

 俺の思惑が当たり、文弥たちはその情報を得ていた。

 そのおかげで、十師族ないし四葉を敵視するように誘導され、周公瑾を匿う動機となった大事なピースが埋まる。

 

「……外部への通信は可能か。もう1つだけ裏付けが取りたい」

 

 達也は俺たちから提示された情報を総合した上で、さらにその情報の確度を上げるべく、俺たちに許可を求めた。

 少しだけ申し訳なさが感じられる事から、俺たちを疑っているような行動に出ている事を自覚し、罪悪感が湧いているようである。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「少しお待ちを……。はい。こちらの端末をお使いくださいませ」

 

 俺が許可すれば、亜夜子たちからも異論は出なかった。亜夜子の方は囲んでいるテーブルのコンソールを引き出して何か打ち込んでから、そのテーブルに備わっている通信機能を連絡手段として差し出している。

 黒羽信頼の盗聴対策がされた通信手段なのだろう。達也もそう判断したようで、遠慮なくその通信機能を使用する。

 

〈達也君、急にどうしたの?〉

 

 聞こえてきた声は、藤林のモノ。若干震えているように聞き取れた。彼女は緊急性の高い連絡と察しているらしい。

 そこから始まった会話は、軍がどこまで現状を把握しているかの問い詰め。漏れた会話だけでも、藤林が達也の介入を拒んでいるようだった。国防軍の補給基地に攻め込もうとしているんだから、軍人としては当然止めざるを得ない。ちゃんと現状把握できているようで何よりだ。

 結局、達也は周公瑾の居場所を聞き出したところで、一方的に通話を切った。女性に対する態度ではないが、無駄のない合理的な態度である。

 

「裏付けは取れた。話を続けてくれ」

 

「では、作戦の詳細を」

 

 文弥は周公瑾捕縛の作戦を語っていく。

 日没とともに動き出し、基地に侵入。その侵入経路は複数あるゲートから堂々入っていくというモノ。これでも周公瑾に逃げられる可能性はあるので、ゲートに人員を待機させておくらしい。

 戦力が高水準で揃っていなければ実行不可能な作戦だ。でも、黒羽なら問題なく行えるようである。

 

「……逃げられた際の戦力が心許ないな」

 

 だが、達也は油断しなかった。

 逃げられた際に追跡し、しかも捕縛しなければならない。多くの戦力は補給基地の軍人に割かねばならないので、捕縛できる戦力が残っていないという懸念がある。

 追跡は文弥と亜夜子で足りるが、捕縛も考えるとそこに俺と達也が加わっても足りないと、少なくとも達也は算出した。

 

「……懸念は分かるが、どう補充する?幹比古さんや真由美さんを呼んだとしても、彼らが俺たちに付いて来られるかは怪しいぞ」

 

「一条を呼ぶ」

 

 俺が改善案を問えば、達也からまさかの案が出てきた。

 ただ、かなり妥当な案ではある。戦場を経験している一条なら、足を引っ張る程遅れたりはしない。力量も、補充する戦力としてはむしろ願ってもない才人だ。

 加えて、達也が軍人という事を明かしている上に、一条自身十師族であるから、呼べば進んで協力してくれる。

 一条はまさかまさかのピンチヒッターだったのだ。

 

「意外なところだが、なるほど。彼なら大丈夫だな」

 

「良し。じゃあ準備に取り掛かろう」

 

 俺の承諾を得て、達也が立ち上がる。ここでの話し合いはここまでだ。

 

「達也兄さん、お気をつけて」

 

「無事を祈っております」

 

「文弥と亜夜子も。油断するなよ」

 

 3人が健闘を祈り、頷き合っていた。

 

「……俺は?」

 

「す、すみません。なんか、十六夜さんならどんな戦地でも気軽に渡り歩いてきそうで……」

 

「ご当主様の直系ですもの。無事を祈るまでもないでしょう」

 

「……さいですか」

 

 俺は腑に落ちないけど、肩は落としたのだった。

 

 

 

 文弥たちと別れ、一旦宇治二子塚公園へ。その場所が、達也が一条を呼び出した集合場所である。

 そこで達也と待っていれば、日没するだろう時間の20分前に赤いバイクへ跨った一条が現れた。作戦開始までの時間は少ないが、これ以上は望めない。

 

「待たせたな。司波、四葉。それで、周公瑾はどこに潜伏しているんだ」

 

 一条も時間が押している事に気付いているのか、説明を急かしてきていた。

 

「あそこだ」

 

 達也は単刀直入に、そして単純に、周公瑾の潜伏場所を指差す。一条はそこが国防陸軍宇治第二補給基地と知っているようで、おもむろに目を瞠っていった。

 

「司波、冗談も大概にしろ!お前が指差しているのは―――」

 

「国防軍の基地だね。驚くのも無理ないけど、達也の所属する部隊と四葉家は同じ見解を示している。周公瑾はあの国防軍基地に匿われている、とね」

 

「そんな……」

 

 冗談だと思いたかった一条は、俺の補足に唖然とする。

 

「あの基地の軍人たちは周公瑾に精神操作されているんだろうけど、一々それを解いている暇はない。そんな事をしていたら、またまんまと逃げられてしまう。四葉はそのまま攻め込む事を決定したよ」

 

「なっ……。操られてるとは言え、同じ日本人、しかも国防軍だぞ!?それを無視してやり合うつもりか!」

 

「もちろん、できる限り死人は出さないつもりだが。そこまで余力があるか分からない。つまりは、だ……」

 

 俺は動揺が収まっていない一条を真っ正面に捉え、見つめた。

 

「これから1人でも死人を減らせるかは、君次第だ。一条さん」

 

「っ……」

 

 言い放った言葉は、ある意味で協力の強制。一条将輝が協力しないなら、虐殺も辞さないという脅迫。

 どう考えても悪行だが、仕方ない事だ。こうでもしないと、一条将輝という善人は加担してくれない。

 

「……俺は、どうすれば良い」

 

 脅迫した甲斐あって、一条は苦汁をなめながらも協力の意思を見せてくれた。ここから断るような意気地なしでない事を信じておこう。

 

「電撃作戦だ。四葉の手勢が各ゲートから侵入。戦力をある程度引き付けてもらっている内に、俺たちは真っすぐ周公瑾を狙う。奴を捕えれば、もう戦う意味はないからね。これが両者の被害を減らす冴えた作戦さ」

 

「……分かった、協力しよう」

 

 作戦の合理性を認めた一条は、罪を犯す事より、死人を減らす事へ天秤が傾いた。犯罪を毛嫌いして清廉潔白を謳う無能と比べるべくもない、柔軟性のある良き指揮者である証左だ。

 

「作戦開始間近だ。行くぞ。十六夜、一条」

 

「ああ」

 

「……ああ」

 

 タイムキーパー気味に時間を気にしていた達也は、一条が合意したのを見計らい、号令を出した。

 達也と俺はなんの呵責もなく、一条は覚悟を決めたように、それぞれバイクへと跨る。向かう先は当然、国防陸軍宇治第二補給基地だ。

 

 

 

 基地の目の前に辿り着き、時間となった俺たちの行動は早かった。

 まず、警備している者が居るのも構わず、達也がゲートフェンスを『分解』する。それから、その光景に呆然とする警備含むゲート付近にいた軍人に向かって、俺が地面を依り代にした『付喪神』をけしかけた。地面へと飲み込まれていく様は、下手なホラー映画より恐怖演出である。

 ちなみに、地面へ呑み込んだと言っても、生き埋めにはしておらず、しっかり呼吸できる穴を空けた石膏彫像を地表へと吐き出している。あくまで身動きを封じ、視界を塞ぐための拘束。オーダーメイドの岩製拘束具を着てもらっているだけだ。

 

「お前らのその魔法はなんだ!そんな魔法、見た事ないぞ!」

 

 『分解』と『付喪神』の応用に、一条は思わず驚愕して叫んでいた。残念な事に、達也も俺も真面に取り合わない。達也は無視して兵器と、監視カメラの『分解』に専念している。

 

「燃料の処理が遅れているぞ」

 

 それどころか、一条を急かす始末。

 

「手間がかかるんだよ、これは!」

 

 一条の仕事は『分解』された兵器から漏れ出る燃料の気化。そのまま放置すれば爆発する恐れがあるので、一条は率先してそれらの燃料を気化し、着火の恐れがない上空へと飛ばしていた。

 主成分が水素である燃料を気化させる発散工程。気化させた水素ガスを一か所に集める収束工程。その集めた水素ガスを上空へと飛ばす移動工程。その三工程となる仕事を一条は熟しているのだ。

 依り代にしてしまえば自由自在に動かせる『付喪神』、常に展開準備されている『分解』。それらと比べれば、確かに手間のかかる仕事をしている。

 

 そんな事をしている折、無数の発砲が俺たちに襲い掛かった。ついに、あっちも攻勢に出る準備が整ったのだろう。

 俺は即座に『付喪神』で岩壁を形成し、銃弾から身を守る防壁とした。達也と一条も魔法で対処しようとしていたが、岩壁1つで足りると踏んで、魔法を引っ込める。

 

「実弾か。完全に殺す気だな」

 

「敵が誰だか分かってない段階で殺傷命令か。正常な判断ではないね。とすると、やはり彼らは周公瑾に操られているか」

 

 発砲音と硝煙の匂いから、達也と俺は冷静に敵の状態を分析した。

 あくまで少ない情報からの分析だったが、その分析が正当であると後押ししてくれる要素を、補給基地の軍人たちが提示してくれる。

 

「戦車だと!?この基地内で使うなんて正気じゃない!」

 

 一条が正気を疑ったように、彼らは戦車を持ち出したのだ。

 敵の市街地ならまだしも、1両だけならまだしも、自分たちの基地内で4両も持ち出すなど、流れ弾で基地の損傷は必至だ。とても正気な判断ではない。

 

「2人は手前と右のを。俺が左と奥のを無力化する」

 

「分かった。一気に行くぞ」

 

「無理難題を……。ええい、任せろ!」

 

 俺の指示に、達也は異論を唱えず従った。一条の方は文句ありげだったが、文句も弱音も吐いている暇はない。

 さっきまでと同じように、達也は即座に『分解』。漏れ出た燃料を一条が気化して逃がす。

 俺の方も変わり映えなく、戦車を丸々地面に呑み込ませる。搭乗口だけは自由にしてあげた。ただし残念ながら、搭乗口から逃げた軍人たちは無慈悲に石膏彫像(呼吸穴あり)になってもらうが。

 

「……お前のその魔法、汎用性が高すぎないか?」

 

「自慢の魔法だよ」

 

 一条が『付喪神』の一端に感嘆、というか引いているが、俺は笑みを返した。

 実際、これさえあれば多くの魔法を代替できるのではないかと考えている程、『付喪神』は自慢の魔法だ。伊達に『Rewrite』の『魔物』から着想を得ていない。

 

「そんな歓談してないで、さっさと進もう。もしかしたら(うち)の手勢がもう捕まえ―――」

 

 他のゲートが随分と静かな事から、黒羽がひっそりと任務を終わらせたんじゃないかと、俺は多少心配してしまった。

 だけど、その心配は必要なかったようだ。

 標的は、今しがた走り出した車、戦車でも軍用車でもないそれに乗って、南ゲートの突破を試みているのだから。

 

「周公瑾だ!あの車に周公瑾が乗ってる!」

 

「何!?」

 

 俺が車に意識を向けさせれば、一条は今日何度目かの驚愕をしていた。達也の方は冷静に()()()()

 

「追跡する」

 

「どうやって!あいつは今まで逃げ果せてきた奴だぞ?」

 

「俺が追うから付いて来い」

 

「っ……。全く、説明もなしか!」

 

 やはり達也は完全に周公瑾を捉えたようだ。一条は抗議しながらも、その自信ありげなその背中に付いて行く。俺も当然、何の疑いも憂いもなく、達也と一緒に回れ右して、基地の外に停めていたバイクへ跳び乗った。

 念のため俺も肉眼で周公瑾の行き先を追うが、南ゲートは難なく突破されてしまったらしい。魔法の兆候は感じたので、お得意の鬼門遁甲だろう。

 

「うーむ。さすがに家の手勢も、周公瑾相手だと分が悪いか。それとも、案外こっちが囮に使われたのかな?ゲートから一斉に攻めるって話だったけど、俺たちの所以外は攻め込まれた様子がなかったしなぁ」

 

 呆気なく逃してしまった事に、俺は周公瑾に対する感嘆と黒羽に対する疑心を零した。有り難い事に、バイクのエンジン音がそれをかき消し、達也や一条の耳に届く事はない。

 煩いエンジン音は会話もかき消すだろうから、俺たちの間に言葉はない。ただ、途中まで宇治橋に真っすぐ走らせていたのが、宇治川橋の方へ急に進路変更していた事についてだけ違う。エンジン音でやっぱりかき消されていたが、一条が何か叫んでいるのだけは見て取れた。

 先頭行くのを良い事に、達也は気付かなかった振りをして、その叫びを聞きもしないし見もしない。

 エンジン音以外も多少やかましいそんな道中。宇治川橋を目の前にしたところで、自己加速術式でも無理な速度で移動する人間を遠目に望み、また、その人間へ攻撃して制止する人影も遠目に望んだ。

 

(あれは、文弥か。亜夜子が『疑似瞬間移動』で飛ばして、足止めと俺たちが来ているのを確認。できたら『疑似瞬間移動』で今度は文弥を回収すると。鮮やかだな)

 

 見事な一撃離脱を超人の視力で拝み、そうしてから俺たちは周公瑾と相対する。

 

「こんばんは、周公瑾。今晩は月が綺麗だね」

 

 月夜に周公瑾の身が曝されているのを、俺はそう皮肉った。まだ夕暮れだが。

 達也、一条、俺の3人に囲まれているのだ。お天道様に罪を覗かれるより、はるかに絶望的状況である。

 

「……『死んでも良いわ』、などと言うとでも?」

 

 なのに周公瑾は余裕の表情で、場に即しているのか定かではない返しをした。

 

「もちろん、そんな返事は期待してないよ」

 

 ここは告白現場ではないのだ。もし告白現場であれば夏目漱石の『I Love you.』に二葉亭四迷の『Yours.』で返すのは中々詩的だが、ここは戦地である。そういう意味では、場に即していない。

 でも怖いのが裏の意味。合流したいから死んでも良い、としているなら、これ程場に即した言葉もない。なにせ、他人には言葉遊びにしか聞こえないのだから。詩的な告白が俺と周公瑾の間でのみ通じる暗号文に様変わりだ。

 

「ええ。ですので、私は生き延びさせてもらいます」

 

 周公瑾は不敵な笑みを顔に貼り付けて棒立ち、ではない。気配がブレた。視覚情報と超人的直感の間に齟齬が生じ、俺は気持ち悪さを覚える。

 周公瑾は、この距離で鬼門遁甲を行使。『パレード』さながら、俺たちの視覚を惑わしている。

 だが、達也の()は惑わせなかった。

 達也はあらぬ方向に手刀を振るうが、その手刀を避けようと飛び退く周公瑾の姿が突然現れる。

 

「何故、私の遁甲術が?」

 

 鬼門遁甲を使ってまで、逃げる事が叶わなかった周公瑾。彼の崩さぬ笑みは、最早はったりのそれと取られても仕方がない。

 俺からすれば、完璧なまでの死に時を迎えられ、喜んでいるようにも取れるが。まぁ、どっちでも良い話だ。

 

「安心しろ、周公瑾。俺はお前の鬼門遁甲を破れていない。俺の眼でも、お前の姿は捉えられなかった」

 

「では、どうして」

 

「俺の眼は、名倉三郎の血を捉えたんだ」

 

 ここに来てようやく、周公瑾は笑みを崩した。周公瑾にとっても、それは意外な解決方法だったのだ。

 

「まさか、あの時の……」

 

「二週間もすれば異物は体外へと吐き出される。魔法も本来、継続的に行使しなければその現象を維持できないはずだ。余程強い念が込められていたらしい」

 

 通常起こるはずのない現象が引き起こした奇跡。血の針でできた小さな傷は、まさに蟻の一穴(いっけつ)となった。その一穴が、周公瑾の逃走経路を瓦解させている。

 

「念、ですか。現代魔法理論では切り捨てられたモノでしょうに」

 

「理屈はどうでも良い。俺の眼には確かに映る現実であり、その血がお前への道しるべになる。もう、お前は逃げられない」

 

「……ここまで、ですか」

 

 達也の最後通牒に項垂れ、諦めが付いたような周公瑾。だが、それでも僅かな逃走の可能性を探ろうと、いや、その可能性を潰そうと、川へ飛び込もうとした。

 当たり前だが、逃がす訳はない。反射的に、一条が周公瑾の脹脛へ、局所的な『爆裂』を行使した。そうすれば両足は無残にも骨を剥き出し、万に一つの可能性もなくなる。

 

「ここまでだな」

 

 一条が、達也に代わって再度最後通牒を叩きつけた。

 達也から、一条から、そして俺からCADを突き付けられた周公瑾に、投降以外の道はあり得ない。でもそれは、周公瑾としての生存を目標とするならば、だ。

 

「確かに、ここまでのようですね。ですが!!」

 

 周公瑾は、筋肉がないはずの足で立ち上がった。一条も達也も最後の足搔きを警戒し、注視する。しかし、肩透かしを食らう事になるだろう。

 周公瑾による最後の足搔きは攻撃ではない、自害だ。

 

「貴方たちに私を捕まえる事はできない!私は、この場で永遠となる!!」

 

 周公瑾は全身から血を噴き出し、その血がガソリンだったかのように燃え上がった。血に濡れる周公瑾は、燃え上がった血に包まれる。

 

「ハハハハハハハハハハハ……!!」

 

 炎の中、周公瑾は哄笑を響かせた。炎が消え、骨も灰となるまでずっと。燃えた後には、その灰しか残っていない。

 俺は試しに、空気を触媒とした『付喪神』で、周辺を探った。その『付喪神』が、何かに触れるような感覚を覚える。

 実体のない何か。希望は周公瑾のパラサイトだが、はてさて。

 

『ご心配なく。しばらくしたら合流いたします』

 

 その実体のない何かから、直接脳内にそんなメッセージが伝わってきた。どうやらご希望通りらしい。

 

『月で落ち合おう、周公瑾』

 

 こちらからもメッセージを飛ばしておいた。周公瑾から訝しむような思念を感じ取ったが、達也に観測される危険を排すため、早々に接触を止める。

 

「周公瑾は、死んだのか?」

 

「……ああ。間違いなく、周公瑾の体は炎の中で燃え尽きた」

 

 あまりにも呆気ない終わりに、一条は眉根を歪めていた。達也も似たようなもので、残った灰を見下している。それから何故か、夕暮れの空にある薄い月を見上げたが、それもほんの数瞬である。

 

「どうあれ作戦は終了だ。退き上げよう」

 

 これ以上ここに居たって何にもならない。

 俺は達也と一条を促し、最初にこの煮え切らない結末から脱するのだった。




オーダーメイドの岩製拘束具を着せられた軍人たち:着せられたまま、周公瑾捕縛作戦終了時以降も放置される。着せられた者が全く動けないがために壊せないだけで、外部からトンカチで叩けば簡単に壊せる。

一斉侵攻しなかった四葉の手勢:十六夜の予想通り、達也たちを陽動に使い、隠れて周公瑾を捕縛する予定だった。ただし、周公瑾の逃走が間に合ってしまったがために、隠れての捕縛は失敗。別プラン、達也たちに捕縛を任せるプランに変え、基地にいる軍人の鎮圧に注力した。

謎のメッセージを十六夜から受け取った周公瑾:一旦真面目に月の方向へ向かっている。

 閲覧、感謝いたします。
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