2096年10月12日
論分コンペまで後半月というこの頃、第一高の喧騒は日を追うごとに増しているようだった。
主役たる論文コンペメンバーはもちろん、論文コンペ警備チームも訓練に励んでいるのが原因だ。
九校代表警備総責任者である服部が第一高警備チームを扱いている訳だが、俺も一応警備チームという事で訓練に混ざろうとしていたが、大分初めの方で俺は訓練から追い出されていた。
服部曰く、「この訓練は四葉にとって余分だろうし、四葉に無理に付いて行こうする奴がペースを乱すから、四葉の存在は却って邪魔だ」、との事である。しっかり俺は加減していたはずなのだが。
という訳で、俺は警備チームが巡回するおおよその範囲を教えてもらった上で、後は自分の判断で動けと言わんばかりに自由行動を言い渡されていた。扱い切れないための投げっぱなし、ではなく、実力が認められているがための放任なのだろう。そう信じたい。
そんな多くの者が忙しなく活動する中、生徒会も中々忙しない活動に従事していた。生徒会が全体のまとめ役とはいえ、第一高論文コンペメンバー、護衛チーム、警備チームが京都へと移動する手段の確保、全体の進捗状況の把握、助っ人の派遣と、仕事が山積みなのだ。
護衛や警備を行うだけの風紀委員としては、頭が下がる思いである。
そして、実際に俺は頭を下げなくてはいけないかもしれない。
「こんな忙しい時期にすまないな」
そんな忙しなく活動している生徒会役員たちに、護衛と警備に関して打ち合わせする時間を割いてもらったのだ。
「元より予定にあった仕事だ。そう気遣う必要はない」
「それもそうだな。なら、とっとと片付けてしまおう」
達也が気にした素振りを見せはしないが、楽な仕事をしている者として、心苦しさがどうにも拭えない。拭えないならせめて彼らの時間を取らせまいと、早々に打ち合わせを開始する。
打ち合わせと言っても、俺や達也、深雪にとっては台本を読み上げるようなものだ。何せ、俺と彼らは事前にここで話す内容を決めている。
その内容は、大雑把に言えば、幹比古がこの前語ったプランBを実行するのに必要な表向きの口実作り。達也が深雪にプランBの事を共有し、口実作りへの協力を取り付けてある。
そうして始まるその八百長の如き口実作りの内容が、以下の通りだ。
京都の論文コンペ会場となる新国際会議場は栄えている中心地から離れた場所にあり、会場の周りは自然豊かである事。
そのため、工作員がその自然に身を潜める事は可能であり、また、離れてはいるが中心地に紛れる可能性もある事。
その事を鑑み、会場近辺だけではなく、もっと広い範囲を警備すべきだという事。
警備範囲の策定に下見が必須である事。
その下見には20日と21日の1泊2日、俺、幹比古、達也、深雪、水波の5人で行く事。
それらの事を、俺と司波兄妹はさもその場で決まったかのように話し合った。
打ち合わせは滞りなく終了し、俺は服部にも打ち合わせの結果を提出する風紀委員長の仕事もその後にすぐ済ませたのだった。
第一高閉門時刻間近。俺は風紀委員長として活動記録のまとめ、今日できる分の活動報告の作成、それと今回だけの用事を果たすため、風紀委員会本部に詰めていた。
それらは全て雫が来れば果たす事ができるので、俺は雫が今日務めている中条の護衛を済ませるまで待っている。
「十六夜さん、戻ったよ」
「ああ。お疲れ様、雫。中条先輩たちは居残るのかな?」
程なくして、雫は帰ってきた。まずは俺の用事ではなく、後の都合を訊ねておく。
「ううん。今日は帰るって。元々は居残るつもりだったみたいだけど、達也さんに女子生徒を夜遅くまで校舎に残すのは危険だって」
「そうか。まぁ中条さんたちが居残らずとも論文コンペに間に合うとしたなら、大丈夫だろう」
雫に後の都合がない事を確認しつつ、聞かされた論文コンペメンバーの作業中断を俺は少し心配した。放課後は慌ただしかったから、切羽詰まっているものかと思ったが、彼女らの判断に口は挿まない。
課題などの締め切りを先送りするような面子ではないし、ペース配分くらいは自身らで守れるだろう。
「ところで、雫。頼みたい事があるんだけど、良いかい?」
「何?」
俺が本題に入ろうとすれば、飼い主から名前を呼ばれた犬のように雫は俺との距離を詰めてきた。心なしか、目も期待で輝いているような気がする。
「深雪と相談してね。警備を万全にするために、下見が必要なんじゃないかと提案したんだ」
「去年みたいな事に備えて?」
雫は、最初の発言で表向きの理由を読み取ってくれた。
表向きの理由を説明する事も、裏向きの理由を誤魔化す事も、しなくて良いようだ。手間が省けて助かる。
「そう。だから、20日と21日の1泊2日で下見する事になった。俺も下見に行くから、その間の風紀委員長を代行してほしいんだ」
「……吉田君は?」
わずかながらも雫は眉間に皴を寄せた。
そんなに嫌なのか、委員長代行。まぁ、原作でも委員長を幹比古に押し付けていたが。
「すまないが、幹比古さんは下見に同行してもらう予定だ。達也、深雪、それに桜井さんも」
「……ほのかは行かないの?」
ここで、眉間の皴が質を変える。それは、親友の恋路を憂うものか。
「ほのかさんも留守番だそうだ。生徒会役員を3人も空ける訳にはいかないだろう?」
「……そうだね」
雫は俯く。ほのかの留守番は妥当であり、下見に加えるとするなら、深雪と交代になる。
しかし、それは叶わないと雫も分かっているだろう。達也は絶対に深雪を傍に置く。置かない時は、深雪でも対処できない危険に飛び込む時だ。そんなところに親友を送るなんて事を、雫はしない。
故に、交代は不可能。
そんな思考を終えてか、雫は顔を上げる。
「とりあえず、代行の件は了解。十六夜さんの代わりが務まるとは思えないけど、やってみる」
「雫の言う事を聞かない奴が居たら、俺がお礼参りに行くと伝えといてくれ」
「それ、誰でも脅せそう」
「間違っても脅しには使わないでくれよ?」
雫は一旦ほのかの事を横に置き、俺との冗談を交えて笑い合った。
それでも、雫は冴えない影を瞳の奥に忍ばせているのだった。
閉門時刻まで学校に居たため、遅くなってしまった帰宅。と言っても、なんら不都合はないし、最近はこれが日常と化しているから調子を崩したりもしない。
強いて不都合を上げるなら、俺の自由時間が削られたために、鍛錬か読書か、どちらかの時間を失くさねばならない事か。それも、本当に「強いて」の話である。
俺は、普段と変わりなく、日常を過ごしていたのだ。
インターホンが鳴るまでは。
〈十六夜さま。今はご都合よろしいでしょうか〉
すぐにインターホンのモニターを見れば、カメラの前に泉美、それと香澄が立っていたのだ。
お茶会のお誘いかとも思ったが、監督役(主に泉美の)である真由美の姿はなかった。泉美たちの表情も暗いし、歓談をしようという雰囲気ではない。
「上がってくれ。話があるんだろう?泉美さん、香澄さん」
俺は玄関を開け、泉美と香澄を迎え入れた。玄関前で立ち話するのはなんとも警戒心を疑われそうだし、少女たちを冷えてきた空の下に長く置きたくもない。
そんな俺の迎え入れに、いつもだったらなんの遠慮もなくダイニングへ直行する泉美が、迷子のような遅々とした足取りで、いつもだったら躊躇しながらゆっくりと家に上がる香澄が、決心を付けたような確かな足取りで、玄関を潜った。奇妙にも、お互いプラスマイナスがゼロになったように、歩くスピードが同じになっている。
とかく、俺は彼女らをリビングの椅子に落ち着かせ、ホーム・オートメーション・ロボットにお茶の準備をさせた。
彼女らが口を開いたのは、そのお茶に口を付けてからである。
「十六夜さま、
「……いや。すまないが、知らないな」
泉美の質問に、俺はほんのわずかな思考を挿んだ後、首を振った。
「名倉三郎」という人物が真由美の護衛である事を、俺は原作知識で知っている。あくまで原作知識であり、今世においてその名を聞いたのは初めてだ。そのため、聞いた覚えがあっては
挿んだ思考はその事実に関する記憶との照合である。
「お姉ちゃんの送迎してる人、見た事ありますよね?」
「ああ。あの人がそうなのか」
香澄が指摘する通り、真由美を送迎する人間は見た事があった。
だが、その人間と話した事がなかったので、その人が名倉三郎だとは知らなかった。十中八九そうだとは思っていたが、判明していなかったので、これは
「真由美さんの、多分護衛だよな?あの人がどうしたんだ?」
「……今朝、彼の死体が見つかったのです」
「……それはどこで」
泉美が捻りだすように語った事件を、俺は真剣な面持ちで追及した。
原作知識で、名倉三郎が死ぬ事は覚えていた。ただ、どこで死んだのかは覚えていない。だから、彼の死因を詳細に聞く事で、曖昧になっている原作知識を少しでも掘り起こしたいのである。
「京都です」
「……そうか」
香澄が大雑把な答えを返したが、俺にはそれで充分だった。
そうだ。名倉三郎は周公瑾に殺されたのだ。原作では、弘一が周公瑾と何かしらで手を組んでいた事実を抹消するため、だったはずである。
その何かしらが何だったか思い出せないが、この世界において弘一は間違いなくパラサイドールに関して周公瑾と手を組んでいる。突かれれば絶対に痛い腹だ。抹消したくもなる。
「十六夜さまには、思い当たる事がございますか?姉の護衛が、京都で死ななければいけなかった訳に、思い当たる事が」
「……君たちは、何も聞かされていないのかい?」
「うん、何にも。だからお姉ちゃんがお父さんを問い詰めに行ってる」
泉美の探るような問いかけに俺は答えず、まず何を話すべきかと判断する材料を求めた。そうすると、香澄によりこの事態に対して無知である事が明かされる。真由美も無知であり、されどその無知に耐えられなかった事も。
これで、泉美と香澄には何も話すべきでないと、俺には判断できる。俺の原作知識は当然として、周公瑾捜索に四葉が動いている事も、話すべきではない。2人は元より、この事件でスポットが当たらないキャラクターなのだ。
「……そう、だな。すまないが、俺から君たちに話せる事は何もない」
「裏で、何か起こっているんですね」
「……ああ。だから、君たちは関わらなくて良い。その内、解決される。犠牲が出る前に間に合わなかったのは、すまないと思うが」
せめて関わる事の危険性だけを警告しておき、俺は泉美の質問に口を噤んだ。
ここまでが俺の示せる誠意だ。下手に内情を開示する事で、2人に予想外の動きを誘発したくない。
「謝らなくて良いですよ。名倉さんだって、その覚悟はあったはずです」
「ええ。仮にも七草家の配下です。下された命の最中で死ねたなら、不本意ではあるでしょうが、名誉ではあるでしょう」
「そう言ってもらえると助かるよ……」
2人の言葉から、俺への気遣いが感じられた。俺はただ真実を覆い隠しただけなのにそんな気遣いを受けて、多少なりとも罪悪感を抱く。
「十六夜さま、どうかお気を付けください。十六夜さまが敗北するなどとは露程も考えておりませんが、七草の配下の中でも実力者である名倉さんを破った相手です。油断すれば、手傷を負う事でしょう」
「ありがとう、泉美さん。忠告、痛み入るよ。香澄さんも、教えてくれてありがとう」
泉美から信頼と心配を受け取った。得られた情報が有意義なモノだったのもあり、俺は泉美と香澄へ素直に感謝を告げたのだ。
泉美から感激している様を、香澄から照れくさそうな様を見納め、この会談はお開きとなったのだった。
◇◇◇
2096年10月14日
日曜日である今日。平常時だったら魔法科高校も当然休みだが、論文コンペが近付いている最中である。論文コンペメンバーはもちろん、護衛チームと警備チームも第一高に会していた。
コンペメンバーは発表論文の準備、護衛チームはコンペメンバーの護衛、警備チームは訓練と、それぞれの仕事に勤しむ。俺は警備チームでありながら訓練の免除を受けているのだが、一応警備チームの訓練に顔を出した。やっぱり服部に追い返されたが。
仕方ないので、風紀委員会本部の清掃や備品の整理をして午前中を過ごし、その他の面子と同様、昼の時間で解散、第一高を後にした。
ちなみに、達也は所用があるという事で、元々登校していない。おそらく、周公瑾捜索の経過報告を真夜にせがまれ、どこぞの施設で四葉の使者と面談しているのだろう。
そうして午前中が過ぎ、昼食を達也抜きの達也一団と済ませ、俺は自宅へと返ってきた。
このままのんびりできればと、願いたくなるものだが、どうにもそれが許されない状況に俺は置かれる。
「そ、その……。急にごめんなさい、十六夜くん……」
真由美が、俺の自宅に押し掛けてきたのだ。神妙な顔でドアを叩いた彼女は、何故だか赤面して目を逸らしている。
赤面さえしなければ名倉絡みの話だろうと察せたのだが、どうにも先が読めない。
「ダイニングへどうぞ。外は肌寒いでしょう」
とにかく、この前の泉美と香澄が押しかけてきた時と同じように、真由美を家へと上げる。
お茶会の時は普通なのだが、今日は非常に落ち着きない様子でダイニングへと足を進める真由美。彼女にいったい何があったのか。俺は今から何の話を聞かされるのか。少しばかり不安になってくる。
ダイニングについても落ち着かない真由美を見かね、お茶で一息入れさせた。
それでどうにか落ち着いたようで、やっと俺の目と真由美の目が合わさる。
「十六夜くん、お話があります」
真由美は改まって話を切り出した。どこか浮ついた雰囲気はなく、彼女は真剣そのものだ。先程の赤面がいったい何だったのか不明だが、これは名倉関連で確定して良いだろう。
「真由美さんの護衛が死亡した事について、ですか?」
「……何か、知っているの?」
決め打ちだったが、当たったようだ。俺の言葉に、真由美は視線を鋭くしている。
「京都で亡くなられたと、伺っています。死因は他殺だとか」
「それ以外は?」
「……」
真由美のあえて俺は1度黙秘し、彼女の反応を窺った。
彼女がどこまで深入りしているか、これからどこまで深入りしようとしているか、把握しておきたい。
「十六夜くん、私は真実を知りたいの。どうして名倉さんが死ななければいけなかったのか。今、裏で何が起こっているのか。私は知りたい」
「……真由美さんは、どうしてそこまで関心を寄せているんですか?名倉という方の死は、真由美さんにとってそれ程意味があるものだったのでしょうか」
「確かに、私と名倉さんの関係は親密ではなかった。お互い、ただのビジネス相手と認識していたでしょうね」
真由美は冴えない顔で瞑目し、名倉との関係を想起して素直に明かした。
俺も遠目で真由美と護衛のやり取りを視認した事はあったが、彼女が言う通り親密さは皆無であったのだ。その事を鑑みれば、彼女の白状は真実だろう。
「では、どうして?」
「私は、箱入り娘になりたくないの。七草家の長女として、私はこの日本で何が起こっているのか、直視したい。でないと、私はただ守られるだけの、家名にぶら下がった小娘になり下がってしまう」
真由美が語っているのは、プライドのようなモノか。このままでは、十師族としての責務を果たせないと。同時に、除け者にされるのは嫌だと言う、我がままにも見える。
「ならば、そうならないためには命を賭けても良いと?」
俺はそれが誇り高さなのか、傲慢さなのか、見定める。
「……賭けるわ。何にせよ、私は七草家の長女という評価から逃げられない。だったら、私自身がその評価に胸を張れるよう足掻きたい。それが自己満足で、その果てに死ぬとしても……。いいえ、私は七草家の娘だって、自信満々に死んでやるわ」
多少支離滅裂ではあるが、真由美の熱意は伝わってきた。
己の満足のために死ぬ。実にエゴであるが、俺はそれに反論できない。
これ以上迷惑かけたくないから自殺するという、エゴの極致を実行した俺には、反論する権利がない。
「……分かりました。ただ、俺も真相を知っている訳ではありません」
「ええ、それで構わないわ。ありがとう」
俺は溜息を吐くと共に頭を振ってから、真由美の熱意に折れた。
これは幹比古が協力を打診してきたのと同じ状況なのだ。下手に抑え込むと、暴れ出す危険性がある。ならば幹比古の時と同様に、ある程度は知らせておいた方が良い。
「それでは1つ。かなり関係性が高いだろう情報を。……京都には今、横浜事変を手引きしたと思われる容疑者が潜んでいます」
「よ、横浜事変を手引き!?いや、でも……」
真由美は衝撃の事実に一瞬動揺したが、何か引っかかりを覚えたのか、すぐに思考を巡らせ始める。
「その容疑者を巡る一件に、名倉さんは巻き込まれてしまったのかもしれません」
「……いいえ、多分巻き込まれたんじゃないわ。名倉さんは、その一件に携わっていたのよ」
思考の材料になればと、迂遠に情報を渡してみたのが、必要なかったかもしれない。
真由美は己の持つ情報だけで、その答えに至った。「胸を張れるように」とは言っていたが、今でも充分胸を張れるくらいに思考力があるだろう。
「その根拠は?」
「あの人、私の護衛から外される時が度々あったのだけど。いつも護衛に復帰した時、私にお土産をくれるの。そのお土産、最近は横浜中華街由来の物が多かったわ。そうそう、十六夜くんも以前お土産にくれた、周公瑾さんがオーナーを務めてるレストランの肉まん。名倉さんもお土産に持ってきた事があったわね」
俺は真由美の言葉で表情を変えないよう、必死に平静を取り繕った。
俺のお土産も真由美とのあの会食も、変なところで伏線を回収しに来たのだ。その名倉の土産は、名倉が容疑者である周公瑾と接触していた事を端的に示す証拠だ。
だが、俺のお土産なんて日常の些細な事、真由美とのあの会食なんてハプニングに連なったイベントである。そんなのを正解に辿り着くためのヒントとされるのは、あまりにも可笑しい。
「……なるほど。名倉さんも容疑者を捜索していた可能性はありますね」
笑いを堪えるため、俺は自身の頭を真面目な方へと無理に切り替えた。でないと、本当に噴いたり苦笑したりしそうだ。
「……四葉も、その容疑者を追っているのよね?」
「……はい、その通りです」
京都に容疑者が居る事を把握しておいて、その容疑者を追う側でないというのは怪しいだろう。ここは真由美の追及に是と答えるしかない。
「十六夜くん。私個人だけど、協力させてもらえないかしら。微力だけど、名倉さんの死に関して警察が持つ情報くらいなら、多分渡りを付けられると思う」
「それは、他殺の証拠品を拝見させていただけると、受け取ってもよろしいですか?」
真由美の申し出を突っぱねず、逆に受け入れる姿勢を取った。
曖昧な原作知識だが、名倉の死は重要なファクターだったような気がしている。しかも、周公瑾を追い詰めるだけではなく、もっと今後にとって重要なモノ。
具体的に何かは思い出せない。達也にとって重要なモノだったかもしれない。そもそも、真由美が名倉の死における真相を突き止めるのに頼ったのは、達也ではなかっただろうか。
そのあたりの原作乖離を修正するべく、真由美の協力は必要になると俺は踏んだ。
「……どうにかしてみるわ」
「ありがとうございます。打算的で申し訳ありませんが、それなら協力要請を受けられます」
「いいえ。こちらこそ、無理なお願いを聞き届けてくれてありがとう」
無事物語の修正ができそうだと俺が微笑めば、真由美も微笑む。
お互いに利益があり、貸し借りのない対等な交渉に落ち着いた証である。
「それで、証拠品は当然現地の警察が保管してますよね?丁度20・21と、論文コンペ警備の下見という名目で京都に行くんですが。真由美さんは都合が合いますか?」
「21なら都合を合わせられるわ」
「そうですか。では、その日に京都で合流しましょう。時間と場所はそちらの都合に合わせます」
「ええ」
話はスムーズな進捗となり、最初にあった真剣な緊迫感は緩んでいた。
色んな意味で、真由美の緊張は解けたようだ。
「そ、その……。重ね重ねになるけど、ありがとう。十六夜くんのおかげで、私は前に進めるわ」
最後に真由美は再度頬に朱を差して、羞恥心を織り交ぜた感謝をしたのだった。
何を由来とする羞恥心か、俺には読み解けない。
「どういたしまして」
そんな俺には、話の流れとして違和感のない応対しかできなかったのだった。
十六夜を警備チームから事実上追い出した服部:「あんなの扱い切れる訳ないだろ」
冴えない影を瞳の奥に忍ばせている雫:力を付けたはずなのに、頼って貰えないため、少なからず不満を抱いている。ただ、風紀委員長代行を任されたため、信頼はされていると判断し、文句は言わずにおいた。
赤面して目を逸らしている真由美:原作において、名倉の死、その真相を探るべく手をこまねき、渡辺摩利に相談する。原作だったらそこで、克人か達也へ相談するよう渡辺摩利から提案される。しかし、本作においては克人や達也より適任である十六夜の名が持ち出された。その名を持ち出された時に真由美が如何なる反応をしたかは、推して知るべし。
閲覧、感謝します。