魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第六十九話 第二次京都遠征、作戦会議

2096年10月8日

 

 伝統派と一戦交えたのはすでに昨日の事。あんな事があった後だが、俺も達也たちも普通に学生生活を平和に送っている。

 ある種、裏の喧騒を隠すカモフラージュとも評せるかもしれないが、それは言わずにおこう。せっかくの平和な時間だ。砲煙弾雨の喧騒は忘れるに限る。

 故に、俺は昨日の事を頭の隅に置き、平和な学生生活の一環として朝から風紀委員会本部に詰めていた。

 備品の整備と、書類の整理。そういう短時間で終わる仕事するためだ。本当に短時間かつ簡単な仕事なので、無理に手伝おうとする雫や幹比古にはお引き取り願った。願わなければ、彼女らは本当に黙々と付いてくるのだ。

 そうして、俺だけの風紀委員会本部。このまま何事もなく仕事を済ませられると思っていた。

 そうは問屋が卸さないとは、良く言ったものである。

 

「十六夜」

 

 達也が、風紀委員会本部に現れたのだ。彼は風紀委員が色々な業務で連携している生徒会役員であるから、そういう連携の打診をしてきた、などという現実逃避ができようもない。

 昨日にあんな事があって、おそらくは俺1人のタイミングを狙ってきている。ならば、持ってきた話は周公瑾関連だろう。

 

「なんだい?達也。昨日の事についてかい?」

 

「ああ。昨日の襲撃犯が伝統派の実行部隊であり、パラサイドールの開発に協力していた道士が居たと、藤林少尉から報告があった」

 

 俺は日常の謳歌を諦めて話を促せば、達也は話が早いとばかりに即刻情報共有をしてきた。情報元は国防軍であるから、十師族の俺が聞いて良いのか多少不安だ。達也が報告を受けている時点で今更感が否めないが。

 

「襲撃犯、伝統派より早く独立魔装大隊が回収できたのか」

 

 情報が回ってきたから、俺はどうにか達也の所属する部隊が証拠品を押さえられたのだと、錯覚していた。

 だが、達也の反応が芳しくない。その反応で、俺は己の錯覚に気付く。

 

「すまないが、情報部に取られたそうだ。この件に対し、独立魔装大隊は手出しができなくなった」

 

「そうなるか……。ま、元より高望みはしてない。この一件は、四葉の仕事だ」

 

 達也の小さな落胆に釣られつつ、元から力を借りる気はなかったと思い直した。

 足の引っ張り合いする事など、軍に限らずどこにでも起こりうる事態だ。それに、この手の事件で公的機関が役に立たないのは、物語のお約束である。

 

「1つ、お前の所感を訊きたいんだが」

 

「ん?なんについてだい?」

 

「周公瑾の背後に、誰か居るか?」

 

 急な質問、というより相談であったが、俺は驚かない。達也ならその程度勘付くだろうと、分かりきっていたからだ。俺に相談してきたのは、少し意外ではあるが。

 何にせよ、頼られたなら力になるべきだ。好感度稼ぎにもなるし、有能さアピールにもなる。力を貸さない理由がない。

 だが、どう答えるかが悩ましい。周公瑾の背後に居るのがジート・ヘイグである事。その事を俺は原作知識で知っている。この原作知識をどこまで出して良いものか、悩みどころだ。あまり突拍子もない意見を出すのは、相手に疑われかねない。

 丁度良い落としどころがどこなのか、数秒思考する。

 

「……居る、だろうな。周公瑾本人が黒幕ならば、国外逃亡していない訳がない。現在に至るまで逃げ果せる実力があり、今まで幾人もの魔法師を亡命させてたんだ。周公瑾なら現状においての国外逃亡も可能だろう」

 

 結局は、達也から求められた通り、『四葉十六夜』として持っている情報のみでの意見を、達也に告げる事にした。原作知識は当然省く。

 

「そんな男が国外逃亡していないという事は……」

 

「上司からの撤退を許されていないか、上司のために場をかき乱しているか。何にせよ、上に誰かが居なければしない行動なんじゃないか?」

 

 達也に俺が語ろうとする根拠を読み取られながら、しっかり俺の口で意見を締めた。

 細部を言葉にしてこそ、俺の意見という確固たる箔が付く。

 

「なるほど。あくまで可能性が高い、という程度に考えていたが……。そこまで考慮すると周公瑾が黒幕でないのはほぼ確実か」

 

「ま、どういう真実だろうと、捕まえて吐かせれば良いだけさ。それで全て分かる」

 

 確信を持たせないために、俺は少し自信がないような言葉を添えた。そうすると、何故だか達也が微笑む。

 

「ん?何か変な事言ったか?」

 

「いや、藤林少尉から報告を受けた際、似たような事を俺も言ってな。思考が似てきたのかと、ちょっと可笑しくなっただけだ」

 

 何処に可笑しい要素があるのか、俺には達也の回答を聞いても判然としなかった。

 でも、達也が楽しそうであるため、それ以上の追及をせず、情報共有兼相談をお開きとするのだった。

 

 

 

 周公瑾捜索でつい頭の奥に追いやってしまうが、魔法科生徒にとって今は論文コンペの準備期間。

 達也は論文コンペのメンバーではないが、そのメンバーがその頭脳を借りたくなるのも無理はない。

 という事で、コンペメンバーの代表たる五十里に呼び出され、達也は講堂に来ていた。俺は風紀委員長として護衛を務め、達也の傍に居る。五十里には千代田が付いており、達也は護衛など必要ないだろうが、体裁というのは大事なのだ。

 

「つまり問題は、刻印がどの程度まで誤差を許容するか……―――」

 

「そうだね。どの程度までなら歪んでも術式補助の効果が得られるのか……―――」

 

 そうして達也と五十里の議論を俺も耳に入れているのだが、正直頭には入っていない。全然彼らの頭脳に追い縋れない。これが魔法学を12歳から学び始めた俺と、それよりも前から学んでいた彼らの差であると信じたい。

 四葉の遺伝子が入っているのだから、本気で魔法学の勉強に取り組めば追い縋れるのかもしれないが、俺には日々の学業で手いっぱいだ。これでも筆記試験では毎度達也に次ぐ成績を出している。だから許してほしい。

 

「ほのか、深雪。私、見回りに戻るね」

 

 さりげなく俺に付いてきていた雫が、さりげなく達也に付いてきていたほのかと深雪に仕事へ戻る旨を伝えた。

 それを受けて、ほのかと深雪がそれぞれ雫を労っていく。

 

「十六夜さん、巡回に戻るね」

 

「ああ。いってらっしゃい」

 

 雫は俺の方にも業務復帰の報告をして、それからこの場を離れる。

 無駄に律儀だ。

 

「私たちも戻りましょう」

 

「う、うん」

 

「それじゃあ、一旦そっちの護衛に就くか」

 

「え?」

 

 深雪とほのかも生徒会の仕事に戻ろうとしたところで、俺は彼女らの護衛に申し出た。ほのかが少し驚いているが、これは必要な仕事だ。別に、五十里と達也の小難しい話へ付いて行けなくなったから、(てい)の良い離脱理由を探していた、という訳ではない。

 

「一応な。学内で襲われる事なんて滅多にないが、その滅多が去年頻発したんだ。用心しておきたい。それに、達也を安心させるには、俺が深雪の護衛をするしかないだろう」

 

「そうだな。十六夜が護衛なら、確かに俺も安心できる」

 

 それらしい理由を深雪たちに語っていれば、達也からの援護も貰う事ができた。

 俺は冗談半分だったのだが、達也は凄く真面目な顔である。

 

「お兄様がそういうのでしたら。十六夜、お願いできる?」

 

「俺から言い出した事だ。微力を尽くすよ」

 

 深雪が達也に思ってもらえる嬉しさを滲み出しているが、俺はそれを指摘せず、ただ乗っかった。

 指摘すれば後が怖い。

 結果、俺は一旦深雪とほのかの護衛になり、生徒会室まで同行する事となった。

 そうして付いて行く道中、深雪はほのかに身の回りで何か異変がないかを訊ね、ほのかが無事であると答え、雫の父親が間星の警備会社へ警備員を雇った事を補足していた。

 その警備会社がなんと、森崎の実家らしい。

 

「それは安心だな」

 

 その事実に、俺はついついそんな言葉を漏らした。

 その言葉のせいだろう。深雪とほのかから、意外感を含んだ視線が俺に向けられる。

 

「……俺、変な事言ったか?」

 

「あの、十六夜さんって、森崎君を高く買ってるんだなぁって」

 

「そうね。多分、十六夜の口から出てくる名前って、お兄様の友人たち以外だと、森崎君くらいじゃない?随分と関心を抱いてるわよね」

 

 どうにも、ほのかと深雪は森崎の悪印象が拭えていないらしい。去年の諍いがあるし、あれから彼女らは森崎と和解する機会もなかったから、印象の更新がされていないのだろう。

 あの諍い以降問題を起こしていないというのに、哀れなものだ。多少なりとも庇いたくなってしまう。

 

「まぁ、同学年で実力者の名前を出すとしたら、達也の友人以外となると森崎さんくらいだからな。実技も筆記も、ほのかさんや雫に比べてしまえば見劣りするが、成績はかなり良い」

 

 まずは、その数字的に見える成長を褒めておく。

 誰でも見る事のできる成長具合なのだから、信憑性は高いだろう。

 

「最近、と言うかだいぶ前からひた向きに努力しているようだしね。『ドロウレス』を身に着け、今年の九校戦でも実践したのがその証拠さ。それに、森崎さんから他人を貶す発言は、このところ全然聞かない」

 

 次に、内面的な技と心の成長を、俺の視点から語る。

 俺の口からなら深雪たちも信頼を置くだろうし、彼女たちの記憶も信頼に足る事を保証してくれるはずだ。

 

「……言われてみれば、去年の驕った態度は全然見てないわ。むしろ、A組の驕っている人たちを注意している姿を見るわね」

 

「……そういえば」

 

 予想通り、深雪とほのかは視界の端に映っていただろう森崎の行動を思い出し、俺の言葉を自ら保証した。密かに信じ難いとして、眉間に(しわ)を寄せているのが視認できるが。

 

「私たちの方が、森崎君に間違った認識を抱いていたようね。今後改めるわ」

 

「はい、私も」

 

「そうしてやってくれれば、森崎さんも報われるよ」

 

「十六夜、それだと森崎君が死んでるみたいよ?」

 

「草葉の陰で泣いてそうなもんだったんでね」

 

 深雪とほのかが森崎の悪印象是正に動いてくれたところで、俺は会話に冗談を添えた。

 森崎が噂されてくしゃみしていたとしても、俺のこの功績で帳消ししてくれるだろう。

 こうして俺たちの会話に笑顔が咲き、平和な時間を過ごすのだった。

 

◇◇◇

 

2096年10月9日

 

 今日も平和な時間が過ぎる、とはいかなかった。いや、まだ平和が乱されると確定された訳ではない。だが、そう心の準備をしておいた方が良い事が起こっていたのだ。

 それは、幹比古からの呼び出しである。それも、達也とのセットで。さらには、1時限目と2時限目の休み時間という、お世辞にも長いとは言えない自由時間に。

 達也とのセットである時点で嫌な予感がするし、短い自由時間に済ませる事で、友人たちに俺たちを探す時間を与えたくない、つまりは3人だけの密談をしたいという思惑が透けて見えた。

 そうして色々と察した上で気を引き締めた俺は、達也と共に風紀委員会本部へ訪れる。

 

「急に呼び出してすまない。それと、十六夜。悪いけど、ドアをロックしといてもらえないか?その権限は風紀委員長にしかない」

 

「……了解」

 

 そんな幹比古のお願いによって、俺の嫌な予感は確信に変わった。

 若干諦念を抱きしつつ、俺は幹比古の願いを叶えるため、風紀委員長用のコンソールを操作する事で風紀委員会本部のドアをロックする。外から見れば、「会議中」などと偽りの文言がドアに表示されているだろう。

 幹比古は俺が操作の手を止めたところで、実際ドアロックがかかっているのか確認もせず、口を開く。

 

「時間がないから手短に行こう。昨日の帰り、柴田さんが襲われた」

 

 幹比古の真剣な報告に、俺はそんな事だろうと苦笑する。達也はわずかに目を見開いていたが、この事態は予想できていただろう。とするならば演技なのだが、その指摘は控えておく。してもお互い不幸になるだけだ。

 そのまま、俺と達也は節々で言葉を返しつつ、幹比古の報告に耳を傾ける。

 要約すると、以下の通り。

 狙われた本人、美月は狙われた事に気付いていない事。

 狙ってきたのは『裏』の魔法師、汚い仕事を請け負うフリーの古式魔法師である事。

 そして、敵の狙いに違和感を覚えている事。

 この前は達也が狙われ、今度は美月が狙われた。敵は、明らかに論文コンペとは違うところで動いている。

 幹比古は、その事をとっくに見抜いていたのだ。

 

「十六夜、達也……。君たちは「その必要はない」って否定するかもしれない。でも、僕は君たちに恩を感じている。僕が魔法師としての自信と力を取り戻せたのは、君たちのおかげなんだ」

 

 幹比古は、悲痛にも訴えかけてきた。恩を返させてくれと。

 俺は、それで少し揺れる。共感してしまったのだ。俺が罪を償いたいように、幹比古は恩を返したのだと。俺はそう感じてしまう。

 

「「力を貸してほしい」。その一言を、僕はずっと待ってるんだ!頼む、十六夜、達也。君たちの不利益になる事はしない。どうか君たちの背負う荷を、少しでも僕に預けてくれ!」

 

 必死な言葉が、眼差しが、俺と達也に刺さる。

 達也なら、きっと耐えられるのだろう。俺は、そうとは限らない。しかし、忠告もなしに引きずり込む事はできない。それは、一般人を争いに巻き込む事。罪に他ならない。

 罪を重ねる気は、俺にはない。

 

「……今回の一件は、四葉が関わっている」

 

「……っ!」

 

 俺のその一言に、幹比古は息を呑んだ。事の重大さを察知したのだ。

 

「十六夜」

 

「分かってる」

 

 達也が俺に何かしら、ともすれば非難を口にしようとしていたが、俺はそれを制した。

 達也は幹比古を巻き込みたくないようだが、俺もそうである。ただ、最後の選択は幹比古に委ねたい。

 だからまだ、達也に留めて欲しくはないのだ。

 

「ま、待ってくれ!だったらどうして達也が協力してる!」

 

「国防軍も動いているんだ。達也と俺は、現状目的を共有した協力関係にある」

 

「こ、国防軍まで……?」

 

 幹比古は俺の衝撃発言に騙され、隠した真実に気付かなかった。

 厳密に言えば、達也は国防軍として動いてはいないのだ。達也も、四葉として動いている。

 だが、国防軍が動いているのは真実だ。その事を先に述べ、あたかも達也が軍務に就いているかのように思わせた。そうする事で、達也が四葉の人間であるという真実を、俺は隠している。

 

「さぁ、幹比古さん。君の答えを聞かせてくれ。四葉と国防軍が動くような危険に、飛び込むのか、否か」

 

「……」

 

 俺は俯く幹比古を睨み、試す。どこまで賭ける気があるのか。どこまで踏み入る気があるのか。

 例えここで引き下がるとしても、俺も達也も落胆はしない。むしろ安堵する。幸せな日常の象徴たる友人を、血生臭い非日常に引きずり込まなくて良いと、俺たちは安堵するだろう。

 

「それでも……」

 

 だが、人生とは思い通りにいかないものだ。

 

「それでも君たちの力になりたい……!みんなを、柴田さんを、エリカもレオも司波さんだって光井さんだって北山さんだって、もちろん君たちの事だって、僕は守りたいんだ!」

 

 なのにどうして、こんなにも美しいのだろう。

 

「十六夜、僕を巻き込んでくれ!なんだったら、四葉家の手下にしてくれたって良い!これは勢いで口を突いた戯言なんかじゃない!僕はもう、置いて行かれたくないんだ!」

 

 血を吐くような、悲しくも美しい宣誓を、俺は聞き届ける。

 

「分かった。ただし、仮に四葉家の手下にするとしても、幹比古さんは俺の私兵だ」

 

「十六夜……っ!」

 

 俺の少し冗談めかした返答に、幹比古は涙ぐんでいた。俺と達也は、そんな幹比古の姿を情けないと笑ったりしない。

 

「十六夜、良いのか?」

 

「私兵は仮の話だ。でも、幹比古さんが不利益を被るようなら、庇護下に加えるのが手っ取り早い。それと、状況を大まかにでも説明しておかないと、却って危ない。この様子だと闇雲に飛び込んでくるぞ?」

 

 俺の弁論を聞き、改めて幹比古に目を向けてから、達也は目を閉じた。眉間に刻まれた皴から、達也の葛藤が窺える。

 数秒そうしてから、溜息を吐くと共に首を左右に振り、目を開けた。目を閉じる前より、その目が幾分か澄んだように俺は錯覚する。

 

「お前の言う通りだ。俺と幹比古は友人同士。一方的に庇護するような関係じゃない」

 

 達也も、幹比古との付き合いをどこまでにするか、選択したようだ。

 

「達也……っ!十六夜も、ありがとう!」

 

 感謝を述べる幹比古は感激のあまりか、その瞳に涙を溜めていた。俺はそんな幹比古を笑わないし、笑えない。きっと、俺も贖罪を終えた時、そんな風になっているだろうから。

 

「じゃあ、情報共有、はこの時間的に無理そうだな」

 

 俺は変に自身と幹比古を重ねないように、話を打ち切ると同時にその思考を打ち切る。

 恩返しと贖罪の最後が、同じはずはないのだ。感傷的になりすぎている己を自制する。

 

「再集合は、夜かな。放課後は論文コンペで話してる余裕がない」

 

「ああ。俺はそれで構わない」

 

「僕も賛成だ」

 

 休み時間で話せる分は話しただろう。

 皆は晴れた面持ちで、再集合を約束したのだった。

 

 そうして、早くも慌ただしく日常は過ぎ去り、夜の7時半。

 達也は論文コンペの補助を、俺は風紀委員長の仕事を言い訳に、その時間まで校内に留まった。幹比古は急遽、委員長の俺に呼び出された、という言い訳を作ってある。

 ちなみに、雫は俺の手伝いと称して居残りそうになったが、ほのかと共に説得してどうにか帰宅してもらった。

 そういう事で、男3人だけが風紀委員本部に無事再集合を果たす。

 

「四葉と国防軍は現在、とある外国人魔法師を追っている。横浜事変で敵工作員の潜入を手引きしたのは確定、その他に余罪がいくつかある容疑者だ。得た限りの情報から推測するに、その魔法師は『伝統派』に匿われている」

 

 休み時間の続きという事で、俺は遠慮なく情報をぶちまけた。

 幹比古は覚悟していたはずだが、それでも息を呑んでしまっている。ここで横浜事変が言及されるのは、想像以上だったのかもしれない。

 ただ、覚悟があった分、復帰は早かった。幹比古は俺からの情報を元に思考する。

 

「『伝統派』か……。厄介な相手だね。良くも悪くも古式魔法師の一大派閥だし、支持者も多い」

 

「そうなのか?師匠は本物の伝統を受け継ぐ魔法師から嫌われていると言っていたが」

 

 幹比古の思考が口から漏れ、達也がその事実を詮索した。

 そこから、幹比古の解説が始まる。

 まず、『伝統派』が嫌われているのは確からしいのだが、全ての古式魔法師からは嫌われていないそうだ。

 序列や戒律を重んじる、真に伝統を受け継ぐ派閥からは嫌われているらしいが、逆に、その序列や戒律を窮屈に感じている者たちにとって、そういう窮屈さのない『伝統派』にはシンパシーを感じている、との事だ。

 ここで、吉田家は重んじる方か軽んじる方か話になった。

 吉田家は、軽んじる方。ただし、『伝統派』とは対立関係だそうだ。

 吉田家と『伝統派』は軽んじた訳が違う。

 吉田家は元来の方法により魔法の発展に行き詰まりを感じたため、新たな方法を取り入れる事で行き詰まりから抜け出そうとした。

 軽んじる側になってしまったのは、ある意味で結果にすぎない訳だ。

 対し、『伝統派』は強さを求めて抜け出した。

 発展を求めたか、ただ力を求めたか。その違いだ。

 というのが、幹比古の弁を聞いた俺の解釈だ。

 

「元から対立している彼らと、今さら敵対するのは問題ない。なんだったら、吉田家として全面協力もできると思う」

 

「気持ちは嬉しいが、それは却下だ。俺も吉田家全員を面倒見る気はないし、悪いけど信頼できない。俺が私兵に引き込みたいのは幹比古さんだけで、信頼できるのも幹比古さんだけだ」

 

 幹比古はどうも血族全員を引っ張ってくるつもりだったようだが、それはさすがに起こる事態が未知数すぎて断った。

 どの程度の実力がある人間かも未知数だし、一派閥と一宗派とはいえ、古式魔法師のぶつかり合いは余計な問題が出てきそうな予感がする。

 

「そ、そうだね。ごめん、この話はなしで行こう」

 

 俺が幹比古だけ特別扱いするような言い回しがお気に召したようで、幹比古は頬に朱を差しながら俺の断りを受け入れてくれた。

 

「じゃ、じゃあプランBだ。幸か不幸か、論文コンペの開催地も伝統派の本拠地も京都だ」

 

 俺の記憶が間違っていなければ、光宣曰く、伝統派の本拠地、その1つは御蓋山(みかさやま)だったはずだ。ここで肝になるのが、「伝統派の本拠地、その1つ」というところである。

 これは本拠地が複数あるという事を示唆しており、幹比古は光宣と別の本拠地を言及したと考えられる。

 なので、俺は特にそこに関して口は挿まず、幹比古の話を聞き入る。

 幹比古から聞かされたプランは、幹比古が盛大に探査魔法を使う、というものだった。

 論文コンペの警備チームに幹比古が加わる事で京都に向かう動機付けをし、横浜事変の二の轍を踏まないようにという大義名分を引っ提げて広範囲を捜索。

 探査魔法に『伝統派』が気付き、周公瑾の居場所が特定される事を恐れて攻撃を仕掛けてきたら、正当防衛が成立し、幹比古は俺たちの繋がりを秘密にしたまま、吉田家の喧嘩として戦える。

 少数で来るようなら幹比古だけで打ち負かす。

 もし多数で来た場合は大事になる前に治めようと、迷惑がっている古式魔法の他派閥が仲裁に出てくると幹比古は予想していた。

 仲裁に他派閥が出て来ない事もあり得るが、その時はそれこそ俺が責任を持とう。

 それで、もし仕掛けてこなかった場合は、探査魔法がその役目を果たし、周公瑾の居場所を特定する。

 囮になるか、大金星をあげるか。どっちに転んでも、得をするという、幹比古のプランだった。

 達也と俺は幹比古の実力を買い、このプランに賛成する。

 これにて、この作戦会議は滞りなく円満に終了するのだった。




思考が似てきた事を可笑しく思う達也:友好度を10段階で評価した場合、低く見積もっても友好度8は行っていると考えて良い。

置いて行かれたくない幹比古:十六夜へ親愛を抱くが故に、十六夜が線引きしている事を知覚していた。達也から遠ざけられている事も同様に。その線引き・遠ざけに目を瞑れば、仲が良いだけの友達でいられるとも、幹比古は認識している。だが、2人に親愛を抱き、恩がある彼には、そんなただの友達で終わる事に耐えられなかった。だから、彼は1歩を踏み出したのである。

 閲覧、感謝します。

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