魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第六十八話 接敵

2096年10月7日

 

 九島邸に訪れた翌日。

 予約していた生駒山近くのホテルにて、司波兄妹はツイン、俺と水波はそれぞれシングルの部屋で一夜を明かし、再び九島邸へ。

 そうすると、朝7時過ぎにも拘らず、光宣が元気な様子で待ち構えていた。体調を崩しやすい彼ではあるが、今日は大丈夫らしい。

 

「おはようございます。皆さん、朝食はお済みですか?」

 

 光宣は年の近い人間と交流できるのが嬉しいのか、そういうお節介を焼いてきた。

 残念ながら達也たちは朝食を済ませてあり、そのお誘いは丁重に断られる。

 俺ならもう1食胃袋に入れるのは容易いが、もう断られてしまった上で、俺だけお誘いを受けるのはあまりに空気が読めていない。

 光宣も済ませているという事だったので、付き合うという形でいただく事もできなかった。

 

 お互い朝食も仕事の準備もできていたため、仕事である伝統派拠点の下見にすぐ取り掛かる。

 

「ではこちらへ。車を用意してあります」

 

 そう言って光宣に付いて行った先にあった車は、リムジンだった。

 隠密行動をさせる気が一切ない。

 俺も達也も一瞬新手の嫌がらせか、口に出さずに疑ったが、光宣は自然体。少なくとも、この嫌がらせは光宣によるモノではない。

 ならば、この場で文句を述べるのもお門違いだろうと、俺も達也も素直に乗り込んだ。

 深雪と水波、光宣はなんら感想を抱かず乗り込む。

 

 その時、光宣が着込むジャケットの袖口から、右腕に嵌められた腕輪形汎用型CADが覗いた。

 昨日の会食で箸を右手に構えていた事から、光宣は右利きである。とするなら、右手で操作できる左腕に嵌めるのが一般的だ。利き手で操作できなくなる右腕にCADを嵌めるのは珍しい。

 その珍しさを、特に気にしたのは深雪だった。

 深雪の視線が、光宣の右腕に注がれている。

 

「右腕に嵌めているの、変ですよね。実は、左腕にも嵌めているんです。1個分のストレージじゃ足りなくて」

 

 光宣は深雪の疑問に答えるべく、両袖をまくって両腕のCADを露にしながら、照れたように説明していた。

 汎用型CADのストレージには99個の起動式が保存できる。だとすると、光宣は100個以上の起動式を保存しておきたいらしい。

 

「今まで両手での操作に苦しめられてきたんですが。思考操作に切り替えられる補助デバイスをFLTが開発してくれておかげで、ずいぶん楽になりました」

 

 そう言いつつ首にかけたチェーンを引っ張って取り出したのが、あのメダルの形をした完全思考操作型CADだった。

 「これを作ったトーラス・シルバーは紛れもない天才ですよ」と、その紛れもない天才が居る目の前で、光宣は絶賛する。

 その絶賛に達也は反応しなかったが、深雪は「そうですね」と、兄が褒められた喜びを押し殺しきれずに同調していた。

 有難い事に、光宣が深雪の喜びに気付いていない。

 

「この補助デバイスを使用し始めて、僕は実感しました。『二挺拳銃(トゥー・ハンド)』!CAD同時使用を難なくこなしてみせる十六夜さんに相応しい異名ですね!」

 

 光宣の中は深雪の機微より、俺への賛辞が重要だったようだ。昨日と同じように、きらめく視線が俺に刺さった。

 俺のCAD同時使用を褒める辺り、光宣はCAD同時使用に苦しめられてきたのか。

 

「俺からすれば、光宣さんの方が凄いと思うな。100個以上の魔法を記憶し、使い分けているんだろう?俺にはできない事だ」

 

 光宣は自身のCADにどの魔法が組み込まれているか、100個以上記憶している事になる。

 記憶力は四葉由来で良い方だが、俺はそんなに覚えられる自信がない。絶対に以前と現在の魔法構成を間違えるし、結局組み込んだ内の数個しか使わない。良くて十数個か。

 

「え?十六夜さんには、できないんですか?」

 

 一見煽りのような文面だが、光宣は純粋に意外感を抱いていた。

 己以上の実力がある人物だから、己のできている事はその人物もできると思い込んでいたのだろう。

 

「十六夜は汎用型CADを使っていないからな」

 

「え!?普段から『二挺拳銃(トゥー・ハンド)』なんですか!?」

 

 達也の補足に光宣は驚愕していた。

 普段から拳銃形特化型CADしか持たないのは、万能を求められる魔法師と逆行している。光宣が信じられずに驚くのも仕方がない。

 だから俺は、その信じられない現実を証明するため、おもむろに愛用のCADをジャケットの下から取り出した。

 取り出したのはもちろん俺専用のカスタムが施されているCAD、シルバーアティラリー・アラヤとシルバーアティラリー・ガイアである。

 

「俺は普段この2挺しか使ってないんだ。一応、複数の起動式ストレージを持ち歩いているが、どのストレージも保存容量が埋まってない」

 

「埋まってないどころか、それぞれのストレージに1ずつしか入ってないがな」

 

 俺が起動式ストレージ2つを掲げると、達也は呆れたように詳細を説明してくれた。

 そして、その説明はしっかり事実だ。俺はただただ4つの魔法を系統ごとに別けるべく、CADに装填済みの2つと、追加の2つを持ち歩いている。

 おそらく、世間一般の魔法師からすれば、呆然とされる事実である。

 

「あ、あの……。それだったら汎用型1つで済むのでは……?」

 

 光宣は呆然としない代わり、ご尤もな意見を投げかけてきた。

 しかし、その意見は俺に限り、ご尤もなモノにはならない。

 

「ちょっと見ててくれ」

 

 俺はご尤もな意見にならない理由を、光宣の前で実演する事にした。

 とっても簡単な実演だ。何せ、オートマチックピストルのマガジンをリロードするように、ただ起動式ストレージを入れ替えるだけなのだから。

 ただし、超人であり、実際の戦場でオートマチックピストルを扱った事のある俺がやると、その行動は尋常じゃない速度になる。

 そう。まさしく一瞬で起動式ストレージが入れ替わるのだ。

 

「は!?ちょ、ちょっと待って。今、入れ替えました!?」

 

 この通り、その速さは光宣を以てしても認識しきれず、入れ替えたかもしれないというのがわずかに分かる程度である。

 

「これが、十六夜が汎用型を使わない理由だ。平均的な魔法師が汎用型で起動式を選んでいる内に、十六夜ならストレージを入れ替えて魔法を発動できる」

 

「達也、俺の台詞を奪うなよ」

 

「そうだったな。すまない」

 

 達也は誇らしげに俺の台詞を奪っておいて、平謝りをかましてきた。謝意が全然伝わってこない。

 だけど、俺もあまり怒るつもりはなかったので、達也の笑みに釣られて笑っておく。

 

「凄い!僕、『二挺拳銃(トゥー・ハンド)』について全然理解してませんでした!その異名にはCAD同時使用だけではなく、そのCAD捌きも含まれていたんですね!」

 

 実演したおかげもあってか、観客もとい光宣は感激していた。

 実際CAD捌きも含まれているのかは知らないが、光宣がご満悦そうなので、俺はそういう事にする。

 

「よ、良ければご指導の程を!」

 

「……ストレージ入れ替えのか?」

 

「はい!」

 

 興奮しているせいか、光宣は絶対自分に必要ない技術を、俺から学ぼうとしていた。

 その考えをそのまま伝えて断る事もできたが、少年の瞳が放つ煌びやかな光を陰らすのは忍びない。

 そのため、俺は光宣の希望を叶えるべく、多少ながらストレージ入れ替えの指導をするのだった。

 

 

 

 幾ばくかの指導の後。興奮も冷めてきたところで、光宣が本題を切り出す。

 

「皆さんは伝統派について、どの程度の事をご存知ですか?」

 

 俺たちの仮想敵となっている伝統派。それの基礎知識から解説するように、光宣はそう質問を投げた。

 対する俺たちの答えが、深雪と水波がほぼ無知、達也が八雲経由である程度、俺が真夜経由である程度、である。

 ほぼ素人も同然の集団に、光宣は解説しがいがあると思っただろう。彼は饒舌な程に語り始める。

 

 要約すると、以下の通りだ。

 伝統派とは名ばかりの、外法な連中である事。

 本当に伝統を継承する者たちが魔法の修行に勤しんでいる最中、伝統派の前身たる集団は魔法を用いて汚れ仕事をしていたであろう事。

 その後継である伝統派は、旧魔法技能師開発第九研究所に協力した由緒正しい古式魔法師と違い、望んだ成果が得られなかった事を逆恨みし、現代魔法師に反発している事。

 それで、一応伝統派も歴史ある古式魔法師であるから、由緒正しい古式魔法師家の拠点近くに伝統派の拠点もある事。

 

 要約してもこれだけ内容があったが、原文ではさらに内容が多い。

 伝統派の拠点が何故そういう場所にあるのか詳しく知る事ができたが、正直解説を受けている間、俺は解説を噛み砕くので精一杯だった。

 質問や膨らんだ話をしぼませるための問題提起を達也はしていたが、そんな余裕を持ち合わせている事に俺は感服する。

 

「皆さんは奈良駅からお帰りなんですよね?」

 

 一頻り解説をして、光宣は次に案内する伝統派の拠点を決めようとしていた。

 俺たちの帰りを考慮し、奈良駅までの道中近辺にある拠点、それらを案内したいようである。

 

「実は奈良でも最も大きな伝統派の拠点が春日(かすが)大社の近くにあるのですが、奈良駅がすぐの場所なので、最後に回した方が良いですね。とするなら、最初は葛城(かつらぎ)地方でしょうか。葛城地方含む奈良地方南部の伝統派は大人しいのですが……」

 

 順序としては正しくも、目的とは違う可能性を憂慮したのだろう。光宣は言葉の歯切れが悪かった。

 確かに、探しているのは周公瑾を匿っている伝統派だ。十師族から狙われるような奴を匿ったのだから、過激な者たちである可能性が高く、大人しい者たちは候補から外れ得る。

 

「念のためだ。案内を頼む」

 

 でも達也は、光宣の厚意を尊重してか、はたまた伝統派の小手調べとするためか、候補から外れる可能性が高い者たちのところへと、案内を頼んだ。

 光宣はその頼みを請け負い、俺たちは葛城地方から案内される運びとなったのだった。

 

 

 

 光宣に案内され、葛城古道、橿原(かしはら)神宮、石舞台(いしぶたい)古墳、天香具山(あまのかぐやま)と巡った訳だが、全て空振りに終わった。

 途中、(つかさ)(きのえ)という、ブランシュ事件で敵に洗脳された被害者であり、ブランシュの手先となった加害者でもある人物と接触したが、達也が少し会話した程度である。

 今回の目的からは外れるし、曖昧ではあるが原作と大きな差異がないようだったので、詳細は割愛する。

 そして、時刻は午後3時。次の案内先は御蓋山(みかさやま)という事で、そこへ向かうべく、まずは春日山遊歩道を目指している。

 道中、司波兄妹が思わずブラックコーヒーが欲しくなる程の仲睦まじい会話が繰り広げられ、そのまま目的地まで続くものだと悟っていた。

 だが、幸福にもと言うべきか、不幸にもと言うべきか、そうなる事はなかった。

 

(……ん?……何か、変な感じが)

 

 遊歩道入り口で、嫌な予感を俺は覚えたのだ。

 達也や光宣もそうだったようで、遊歩道に入る手前で立ち止まり、目を鋭くしている。

 嫌な予感が確かなモノと分かったので、俺はその嫌な予感を解明すべく辺りを見回す。それで、今さら一目瞭然な異変に気付いた。

 

「……達也、俺たちはいつから孤立していた?」

 

 そう。辺りに居るのは俺たちだけ。東大寺や春日大社が近場にあるこの道で、俺たち以外の人が見渡す限り居なかったのだ。

 

「すまないが、明確なタイミングは不明だ。いつの間にか人払い、精神干渉系魔法の術中に俺たちは入っていた」

 

「なるほど。巧妙に俺たちだけを誘い込んでたって事か。とすると、もしかしたら当たりを引いたかもしれないな」

 

 古式魔法に明るくはないが、ただの人払いであればすべての人を避けるはず。なのに、俺たちだけは避けられていない。魔法の対象を詳細な区分し、俺たちだけを例外としたのは明白だ。

 そこまで頭が理解した故に、俺の嫌な予感は鮮明なモノとなる。

 相手の敵対的な視線を、俺はようやくはっきりと感じ取った。

 

「全員、臨戦態勢!」

 

 俺は達也たちに警告を発しながら、視線の発生元を追った。

 そうすれば、発生元の方から金属製のダーツ弾が飛んでくる。敵がこれ以上の隠形は無理と判断し、攻撃を仕掛けてきたのだ。

 敵のダーツ弾を、俺はわずかに身を捻るだけの回避、水波は障壁魔法による防御で対処する。

 俺はそのまま突っ込み、達也も一拍遅れて別方向の敵へと駆けだす。

 

「なっ!?」

 

 木々の影に隠れていた敵、ダーツ弾を打ち出していただろう者を、俺は迷う事無く見つけて顎に拳を一発。

 肉体の鍛錬は怠っていたのか、拳を食らった敵は抵抗する間もなく気絶する。

 しかし、のんびりしている暇は俺にもなく、魔法発動の兆候たるサイオン波を知覚。咄嗟に身を翻せば、一瞬後に雷撃がさっきまで居た場所に落ちた。

 敵はまだまだ残っているので、とにかく達也たちのモノではない気配の方へ一直線。そうやって最初と同様、拳一発で伸していく。

 別方向からの達也がやっているであろう者らの悲鳴を耳にしつつ、ワンパンノックアウトを2・3度繰り返せば、元気な敵の気配は俺の付近より消えた。

 まだあるのは俺や達也の場所とはまた別方向。その場から動いていない深雪や水波、光宣を挿んだ対角線。すぐにそちらの掃討に移ろうと戻れば、そちらの方は光宣が応戦しているのが見える。

 無防備とすら思える程悠々と歩いていく光宣。敵がその無防備な状態を逃す訳もなく、魔法が降り注いだ。

 風が吹き、火が盛り、音が爆ぜてる。そんな中を、光宣は無傷で渡り歩く。

 俺や達也のように避けているのではない。全ての攻撃が、光宣を擦り抜けていた。

 

(『パレード』か……。原作でもリーナ以上の使い手と描写されてたが、実際目にすると、その評価が正鵠を射ていた事が実感できるな)

 

 攻撃が擦り抜ける理由である光宣の『パレード』。達也の『エレメンタル・サイト』すらも欺く幻影。

 俺は超人的感覚でリーナの『パレード』と同様に光宣の気配を感知できているが、リーナの『パレード』と違い、船酔いのような感覚を抱いていた。

 光宣の『パレード』は座標詐欺に特化しているのか、視覚と超人的感覚の感知する情報に差異が大きく、頭が混乱して気持ち悪くなるのだ。この時点で、座標を欺く観点においては、光宣の『パレード』はリーナの『パレード』を上回っている。

 さすがは、最高級の素材を用いて生み出された調整体だ。体調を崩しやすいという欠陥を抱えている事が、大層勿体ない。その欠陥さえなければ、間違いなく深雪と並び立てただろうに。

 

(続いては『スパーク』か……。それも、効果範囲が馬鹿げているな)

 

 敵が幻影に囚われている中、光宣は放電現象を起こす放出系の基礎となるような魔法を使った訳だが、その範囲は平均的な魔法師の『スパーク』と比べるべくもなかった。

 本来なら1平方メートルの地面に放電を起こさせられれば合格点のところ、光宣は視界いっぱいの地面に放電を起こさせている。上質な魔法演算領域と大きいサイオン保有量でのごり押しだ。

 恐ろしいのが、そんな豪勢なごり押しを、相手に防御を強要させるためだけに使った事だ。おかげで、今まで認識阻害をしていた古式魔法は解かれ、敵の姿が露になる。

 そんな丸裸な敵に、光宣は拳銃のジェスチャーで倒していく。もちろん、指先から弾丸が飛んでいる訳ではない。そのジェスチャーはスポット、魔法の対象を選択しているだけだ。

 実際はおそらく、対象者に直接干渉する類の魔法で倒しているのだろう。残念ながら、視覚的な現象が敵の倒れ伏す光景しかないため、判別できない。

 

「対象の体内電流に干渉して、直接感電させる魔法か……。敵が現代魔法師でないが、よくも情報強化を貫ける……」

 

 少し前から帰ってきていたのだろう。俺の横で光宣を観察していた達也が、感嘆を漏らすようにどういう現象が起こっているか、説明してくれた。

 その説明が真実であれば、達也が感嘆を漏らすのも無理はない。魔法師の魔法的抵抗力を無視して直接干渉の魔法を行使できているなら、光宣のあの魔法は一条の『爆裂』と同等の干渉力である。

 敵は成す術もなく倒れていく。最早蹂躙の形相を呈していた。これで油断するなと、実戦経験のない光宣に言うのは酷だろう。

 その油断を嘲笑うように、小さな影が茂みより跳び出す。人間より小さな影、されど人間より遥かに俊敏な4つ足の獣が、害意を以て跳び出したのだ。

 

「管狐!?」

 

 油断を突かれた光宣は驚愕を声にし、対処ができない。達也もその眼で不思議なモノを見たのか、一瞬動くのが遅れる。

 でも、問題はない。あらかじめその獣の気配は感知していた俺が難なく掴み取り、『付喪神』をその獣に行使して操縦権を奪ったのだ。

 こちら側は一切外傷を負う事なく、この場の闘争を終了させる。

 

「お疲れ様、みんな。とりあえず、仕掛けてきた敵は全員片付いたみたいだ」

 

「分かるんですか?」

 

 俺は当然の如く気配感知で自分ら以外に覚醒状態である気配がない事を把握したが、光宣からこれまた当然の如く首を傾げられた。

 つい俺の鋭敏な感覚を知っている達也一団とのやり取りのようにしてしまったが、俺について詳しくない者からすれば、気配だけで敵の有無を完全に把握しているなんて信じ難い。

 それ故の、光宣の態度だ。

 

「十六夜は視線に敏感でな。特に敵意となれば、数も方向も把握してしまう」

 

 俺について詳しい達也ならこの通り。深雪も含め、全く疑わない。

 水波は少し遠い目をしているが、疑っている訳ではない。彼女の場合、実家でやった組手とかで身に染みているのだ。遠い目の原因は、その時に手酷くやられたのを思い出したせいだろう。

 

「……いや、ちょっと待て。さすがに、俺でも数は把握できないからな?」

 

 流しそうになったが、達也に人外扱いされている事を俺はどうにか気付けた。実際は本当に数まで把握できるが、まだできないという事で通しているのだからその勘違いは困る。

 

「さすが、十六夜さんです!魔法だけでなく武術も達人の域に達しているなんて!」

 

 達也が微笑むばかりで訂正しないものだから、光宣が本当の事だと錯覚してしまった。いや、本当の事だから錯覚ではないのだから。ついでに正確に言えば、達人の域どころか超人の域なんだが。もっと言えば、魔法は達人の域に達していない。

 そんな少年の煌く瞳を曇らせるような修正は良心的に(はばか)られ、俺は苦笑で光宣の賛辞を受け止めるしかない。

 

「ところで、だ。これからどうする。こいつらは多分時間稼ぎで、待ち伏せできていたという事は事前に俺たちの動向を知られてた事になる。となると、相手にかなり撤退の時間を与えてしまっただろうが」

 

「今からアジトに乗り込んでも、手掛かりがある可能性は低いか……」

 

 俺が話を逸らすついでに状況の所感を述べれば、達也はすぐに俺の所感を理解し、思考に耽り始めた。

 何故こちらの動向が知られたかとか、これからどうするべきかとか、色々考えているのだろう。

 

「まずは、ここから離れないか?こんだけ倒れた人が居る場で長居なんて、警察に捕まっても文句は言えないぞ」

 

「でしたら、僕が事情を説明するために残っていますので」

 

「それはお勧めしない。こいつらを回収しに伝統派がやってくるだろう。そいつらの相手する羽目になる。なら、ここは全員で離れるのが得策だ。闘争の痕跡も、回収に来た伝統派に任せれば良い」

 

「そ、そうですね。すみません、そこまで考えが至ってませんでした」

 

 そういう想定ができていない辺り、やはり光宣は実戦経験不足だ。俺としては新兵のような初々しさに顔が綻んでしまう。

 

「全員でここを離れよう。調査も成果を望めないから、今日はここまでだ」

 

 達也は思考が煮詰まったらしく、この集団の指揮をとった。深雪が達也の指揮に逆らうはずもなく、他は合理的な判断に異を唱えない。

 そうやって皆の総意となり、皆は人混みに紛れるべく人通りの多い道を目指す。

 

「にしても、時間が余ったな。帰りの電車は19時半だよな?」

 

「ああ。まだ3時間余っている」

 

 俺と達也は具体的に余っている時間を算出した。

 指定席を予約してしまっているから、今から予約変更となると割増料金となる。そんな金を払うんだったら、余った時間を有意義に使いたいものだ。

 

「でしたら、温泉でもいかがですか?」

 

「温泉……?」

 

 光宣が妙案とばかりに提案したが、深雪があからさまに眉を顰めている。何故そんな態度を深雪がとったかは、隣で襟元を広げてこっそり自身の体臭を嗅いでいる水波を見れば単純明快だ。

 彼女らは、暗に汗臭いと指摘されたように勘違いをしたのである。そんな彼女らの態度に呆気に取られている光宣を見るに、そういう意図はなかったのだろう。

 

「温泉で疲れを癒してほしいってだけで、他意はないんだよな?」

 

「は、はい!そうです、そうなんです!」

 

 俺が助け舟を出せば、光宣は慌てて乗り込んだ。

 天然なところがあると、俺は内心不名誉な人物評を光宣に添える。

 何にせよ、俺はこうして1人の窮地を救ったのだった。




原作であった光宣による『管狐』に関する解説の省略:原作では『管狐』が水波の障壁魔法を素通りした事により、達也が強い興味を示していた。本作では、『管狐』が水波の障壁魔法に触れる前に十六夜が対処してしまったため、達也が興味を抱かず、その場面はなくなっている。

十六夜に対して畏敬の念が増すばかりの光宣:これで彼の十六夜ファンクラブ会員入りは確実となっただろう。

 閲覧、感謝します。

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