魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第六十一話 飛んで火に入る

2096年8月15日

 

 スティープルチェース・クロスカントリーが行われる当日。

 昨日のモノリス・コードで優勝、一昨日のミラージ・バットでワンツーフィニッシュを達成し、第三高にかなりのリードを得られた。と言っても、今日の競技で男女ともにトップスリーを独占されれば、さすがに抜かれてしまう。

 だが、女子の深雪・男子の俺という絶対にトップは譲らないだろう存在が居る事に、第一高選手陣は余裕すらある雰囲気だ。

 

 そんな中、達也だけはCAD整備で働き詰めだった。服部や五十里に心配されながらも忙しなく動いていた辺り、パラサイドールを対処するための時間を絞り出そうとしていたのだろう。

 ついでに、その働き詰めを疲労による休憩の理由とし、見事に選手陣の輪から抜け出していた。

 すぐに深雪が出場するスティープルチェース・クロスカントリー・女子の部が始まる訳だが、そのスタートを達也が見送らない事に怪しむ者は出ないのだった。

 

「レディーファーストで申し訳ないが、彼女らの犠牲を無駄にしちゃ駄目だからね。全員、障害物を覚えておきましょう。銃座の移動くらいはあるでしょうが、落とし穴などの地形を利用した罠はそのまま再利用されると思います」

 

 観戦に際し、俺は第一高選手団男子面子にそう注意を促した。

 

「レディーファーストって……」

 

「知っているかい?「レディーファースト」の起源は、ヨーロッパ上流階級における淑女のマナーだったそうだよ。男性より先に危険かもしれないところに立ち入って安全を確認する、というね」

 

 幹比古に誤用を指摘されたものと捉え、俺は元の意味的に誤用でない事を説けば、周りから胡乱な目で見られてしまう。

 ジョークが滑った事は自覚したので、俺は甘んじてその視線を浴びた。まぁ、すぐに皆観戦の方に視線を戻したが。

 

 そうしてスティープルチェース・クロスカントリー・女子のレースが、スターターピストルの号砲を以って開始された。

 同時に、俺はパラサイトのプシオンを感知する。元から感じていたピクシーのそれは省いて、1()2()()。それがこの競技中に達也が対処しなくてはならない数である。

 

 スタート直後に飛び上がり、頭上の所々に張り巡らされたネットに絡めとられる女子。その光景に第一高の幾人かが噴き出すのを横目に、俺はパラサイトのプシオンに注意していた。

 

 競技が開始してから5分も経過していない頃、パラサイトのプシオンが1つ感知できなくなる。

 

(達也が1体片付けたか。早いな。このペースなら競技中の選手と接触する前に片が付きそうだ)

 

 俺はそう安堵し、競技観戦の方に意識を割いた。

 そして、丁度競技開始5分。モニターに映されている選手が、泥沼にダイブする。まぁ、その選手は千代田なのだが。

 

「あちゃー……」

 

 五十里が千代田を襲った惨劇に声を漏らした。

 一応千代田の名誉のためにダイブする前後を語るならば、彼女は1度嵌まった泥沼から抜け出そうとし、自身を上方向に引っ張る移動系を発動した。

 しかし、その泥沼は狡猾な罠だったのだ。なんと、その泥沼には嵌まった者の足を絡めとる紐が隠されていた。紐に足を取られた千代田の移動系は、紐によって引っ張られる事を加味しておらず、式が破綻。中途半端に浮いたところで落下した。

 以上が泥沼ダイブの顛末である。

 

 山駆け(山という程急勾配ではないが)の最中に泥まみれだ。男だって願い下げの事態である。

 そのために、同情の意を込めて苦笑する男子が複数。しかし、その同情心は次の瞬間に霧散する。

 

「ちょっ!?」

 

 泥沼が爆散し、その爆心地に泥1つない女子が佇んでいた。誰かと言うと千代田なのだが。

 恐るべき事に、千代田は自身に纏わりつく泥全てに移動系か加速系をかけて散らしたのだ。少しでも照準が逸れれば、自身の表皮または体毛及び衣服が弾け飛ぶ。無駄に緻密な演算をしていたのであった。

 

 そんな普段の彼女らしくない緻密な魔法に、五十里は思わず驚いてしまったのだろう。他の面子も白い目になっているのが少なくない。

 

 そんな喜劇が巻き起こっている最中も、パラサイトの反応は着実に減っていた。

 

 その後も順調に減っていき、15分が過ぎる頃に12体全ての反応がなくなる。達也は見事に任務を達成したのだ。

 

 そして競技開始から約25分。ゴール者を逐次表示するスクリーン、その一番上に司波深雪の名が刻まれるのだった。

 

 

 

 結果は、1位が深雪、2位が千代田、4位が雫、5位がほのか。3位は第三高に奪われてしまったが、充分すぎる結果である。これでもう第一高の総合優勝が確定。後は消化試合である。

 だからと言って競争心が失せる程、男という生き物は合理的ではない。勝負であるなら勝ちを目指す、それが男心なのだ。

 それに、俺は『四葉』として己の実力を示さねばならない。

 

「あの作戦、どうしますか?もうトップ3を埋める必要はなくなりましたが」

 

 選手控室にて。俺の先導によってトップ3を埋める作戦を決行するのか、俺は服部に意見を求めた。点数的に必要がないのだが。

 

「もし俺たちが重荷になったならば、遠慮なく中断してくれ。足を引っ張ったとなれば不名誉だ、俺たちにとっても、お前にとっても」

 

 服部は作戦についての判断を俺に任せた。同時に足を引っ張るのは不名誉であると述べ、作戦中断の精神的ハードルを下げてくれたのだ。

 

「無線機まで持ち出したのですから、よほどの事がない限りは続行しますよ」

 

 無線機、(はぐ)れてしまった場合に用意した保険。それを無駄にするのは少し勿体ない。

 九校戦実行委員会へ携行がルール違反か否か、わざわざ問い合わせたのだ。GPSなど、他人の位置が電子データで分かる物は不許可という返答を得て、通信以外の機能が省かれた昨今珍しい無線機を用意している。

 

「それに、今年試しておけば来年に活かせるでしょう」

 

 俺はあたかも次の九校戦を見据えているかのように語った。

 しかし、そもそも原作知識においては、来年の九校戦なんてない。とある事情で中止となる予定だ。

 

 それで、何故そんな風に語ったかと言えば。『付喪神』の運用試験する機会を逃したくないからである。

 問題点を洗い出すのに実践が打ってつけなのは当たり前だが、『付喪神』での索敵・斥候なんて、そうそう実践できるモノでもない。今回を逃せば、その機会は実践ではなく()()になるだろう。

 そのため、俺は今後の実戦で使う前に試しておきたいのだ。

 

「好きにしろ。四葉が優勝を逃す事以外は構わない」

 

「了解です」

 

 信用しているのか、割と投げやりな服部。完全に全権委ねられているので、俺は高度な柔軟性を維持して臨機応変に対応する事にした。

 

 

 

 スティープルチェース・クロスカントリー・男子。出場選手がスタートラインに並ぶ。

 俺は開始の合図と同時に梟の『付喪神』を展開すべく、膝を突いて保冷庫CADに触れていた。

 

 そうして、選手一同の緊張も解れぬ中、スターターピストルの号砲が響く。

 号砲を聞いた瞬間、すぐに『付喪神』を展開しようとした俺に、嫌な感覚が襲い掛かった。

 

 パラサイトのプシオンを、競技会場内に感じ取ったのである。

 

(まさか!?)

 

 予定通り『付喪神』を展開するが、俺は次の段階である幹比古たちの先導を取り止め、先に出発していたその彼らを全速力で追い越す。

 

〈い、十六夜!?どうしたんだ!?〉

 

 案の定、幹比古は作戦と違う行動に驚き、無線で通信を入れた。

 

「幹比古、服部先輩。申し訳ありませんが、作戦は一時中断です」

 

 感じ取ったパラサイトの数は12体。レース後半に配置されているとはいえ、幹比古たちを先導している余裕はない。

 選手たちがレース後半に入るより早く後半部分に辿り着き、パラサイドール12体を処分しなければ、真夜の思惑はご破算となる。

 

〈四葉、訳を説明しろ〉

 

「すみませんが、できません」

 

〈……十師族絡みか?〉

 

 俺の理不尽な黙秘から服部は考察したようで、大雑把ながら当たらずとも遠からずな答えを導き出していた。

 

「そう受け取っていただければ幸いです」

 

〈……さっさと仕事を片付けてこい。じゃないと怪しまれるぞ〉

 

「言われずとも」

 

 服部から有り難い独断行動の許可を貰い、俺は『付喪神』全てを遠慮なく先行させる。

 

 先を飛ぶ梟の『付喪神』によって地形及び障碍物を事前に把握。銃座や罠は梟の視界に入った時点で躊躇なく魔法を放ち、あらかじめ壊しておく。藪も枝も邪魔になる物はシルバーブレイドで片手間に切り払う。

 そうやって作った安全なルートを、『我流自己加速術式』と自己暗示に偽装しつつ、超人域で駆け抜けた。

 会敵まで、およそ3分。

 

〈十六夜〉

 

 全力で駆ける俺の耳に、予想外な人物の声が届いた。

 

「達也。どうやって無線をジャックしてるか知らないが、すぐに通信を切れ。外部からの通信はルール違反だ」

 

〈予備の無線機で通信しているだけだ。それと、そんな事を言ってる場合じゃない。パラサイドールの反応はこちらも感知した〉

 

 これは予想通りだが、達也は緊急事態であるが故にルールを犯して通信していたのだ。

 

「再度言うが、通信を切れ」

 

〈だが、他の選手に悟らせず処分するには、お前でも時間が足らないだろう〉

 

「いいや、時間は問題ない」

 

 そう、()()()問題ないのだ。俺は原作から乖離した場合を想定し、事前に対抗魔法を修練していた。

 未だにその魔法は完成してない。しかし、魔法式の方は、感覚的に組み上げたモノだが、ほぼ出来上がっている。完成に足りないのは演算能力、いわゆる魔法演算領域だ。

 そして、その足りない魔法演算領域だが、今回で補充できる。

 パラサイトと言う名の増設魔法演算領域、その候補が嬉しい事にあっちから向かってきているのだ。

 

 そういう事で、時間は問題ないのだが。別の問題があった。

 

「悪いが協力は必要ない。競技場を()()必要もな」

 

 増設魔法演算領域を得るためにはリライト能力の使用が不可欠だ。相手の意思やら記憶やらを上書きし、余分な部分を削ぎ落さねばならない。

 だが、俺はリライト能力を知られたくない。俺の正体へ割り出せるヒントは少しでも減らしたい。

 だから、達也が『エレメンタル・サイト』で視ないように釘を刺した。

 

〈十六夜、保険は必要だ。俺は控えて万が一に備える〉

 

「何度でも言うが。今すぐ通信を切れ。そして何も視るな」

 

〈……10分だ。10分経ってまだパラサイドールの反応があるなら、俺も視ざるを得ない〉

 

 達也は妥協点を示し、逆にそれ以上は譲歩しない姿勢を取る。

 

「充分だ。すまないな、我がまま言って」

 

〈いや……。健闘を祈る〉

 

 歯切れの悪い言葉を続けず、達也は俺の無事を祈った後に通信を切った。

 

「さてと。それじゃあ、達也が変な気を起こす前に終わらせないとな」

 

 他選手からは1㎞離れ、パラサイドールの反応は1㎞内に入っている。

 状況開始だ。

 

「こいつを使うのも、案外久々だな。『アンキンドルドゥ』」

 

 軽口を叩きつつ、『アンキンドルドゥ』を最大射程半径1㎞で展開した。

 これにより、パラサイドールは俺を認識及び想起できなくなる。

 

「プシオン感知の方はどうなるか。……大丈夫そうだな」

 

 パラサイドールの1体が視界に入ったが、あっちが俺を感知した素振りはない。

 

「一番近くに居た不運を呪うんだな」

 

 その1体の首を鷲掴み、吊り上げた。

 この時点でパラサイドール全員に知覚されるが、もう遅い。

 

「俺が有能であるための、糧になれ」

 

 俺のパラサイト分離体を吊り上げたパラサイドールに接続する。そうすれば、お互いに相手の精神を侵食し始めるが、速さ比べなどはしない。

 

(書き換えろ。お前は俺で、俺は俺だ)

 

 精神の境界が曖昧になった時、俺はリライト能力を使った。瞼の裏に極光の渦を眺めながら、相手の精神を書き換え、白紙にする。

 消費した寿命(アウロラ)は、パラサイトから奪った分で賄えていると信じたい。

 

「ご馳走様」

 

 残るのは魔法演算領域と、それが俺の物になった事実だけだ。相手の記憶も白紙化している。以前のような記憶の奔流で意識を失うという失敗はしない。

 

 パラサイドール1体がやられた事に、残り11体のパラサイドールが臨戦態勢となり、俺を囲った。

 

「無駄だよ。もう()()()()()()()()

 

 もう演算領域の補充はでき、新魔法の発動条件は満たされている。

 パラサイドールに勝ち目は、万に1つもない。

 

(『グレート・オールド・ワン』、発動)

 

 温めておいた新魔法の名前を心の中で呟きながら、その魔法を発動した。

 範囲は『アンキンドルドゥ』と同じ半径1㎞、その球状空間全体に効果を及ぼす。効果は『ルナ・ストライク』のように精神へとダメージを与え、『毒蜂』のようにそのダメージを繰り返す。

 結果、まるでクトゥルフ神話の神格と遭遇したかの如く、対象者の精神を壊して発狂させる。俗っぽく言えば、SAN値チェックである。

 

 では、精神世界の情報体であるパラサイトが、そんな魔法を受けたらどうなるか。

 

 パラサイドールに憑依していたパラサイトは無残にも消滅し、パラサイドールもとい抜け殻の機械人形は脱力して倒れ伏した。

 

「っ!……なん、とか、演算領域が足りたか。見通しが、ちょっと甘かったな」

 

 追加増設した魔法演算領域でなお、全力の演算をさせられた。おかげで疲労感と頭痛が襲い掛かってきている。

 

「……まぁ、我慢できない程でもないか。幹比古たちと合流できるかは、微妙だな」

 

 後続を1㎞離すペースで駆けた後、5分もかからなかったとはいえ、全力で魔法を発動した。トップ3を埋めるあの作戦を続行する分の体力は、さすがに残っているか怪しい。

 

「仕方ない。このままのんびりゴールさせてもらおう」

 

 後続との差はまだあるだろう。のんびりペースでも1位は取れそうだ。

 

 そうして、無線機で幹比古たちに作戦中断を告げ、その後に無事1位でゴールを果たした。

 ちなみに、幹比古は2位、服部は3位を取り、作戦を続行せずともトップ3を埋めたのだった。

 

 

 

「十六夜」

 

 競技終わりの選手控室。達也は作戦スタッフとエンジニアスタッフという特権を以って突撃してきた。

 

「やぁ、達也。見ての通り、五体満足さ。まぁ、疲れはしたけど」

 

 超人のスタミナとパラサイトの回復力でも疲労感が尾を引いている。『グレート・オールド・ワン』の負荷が中々に響いたか。

 

「事前の作戦を中断したから、何事かと思ったが……」

 

 達也は突撃にそういう事情をでっち上げた。

 幹比古はそのでっち上げた事情に騙されず、なんだか察しているようだが。選手控室に戻ってすぐ、美月に電話をしていたようなので、美月のプシオン感知で露呈したか。いや、そこに電話したという事は、元よりパラサイト関連であると当たりを付けていたのだろう。美月への電話は裏付けか。

 

「十六夜」

 

 達也は俺の名前を呼びながら自然と近付く。

 

「今は視ても良いんだよな」

 

 耳元にまで口を持ってくるから、いったい何を囁くものかと思ったが。何の事はない、ただ『エレメンタル・サイト』の制限を明確にしに来ただけだった。

 少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()そう解釈したのだ。

 

「ああ、大丈夫。全部終わったからね」

 

 パラサイドールは全て処分済み。リライト能力を使ったのは過去の事。

 達也に今更視られても、俺に後ろめたさはない。

 

「そうか」

 

 達也はことさら真面目な顔で、俺の制限解除を聞き届けた。

 何故そこまで真面目な顔をしているのか、俺には分からない。

 

「それにしても、疲れた。後夜祭もある事だし、ギリギリまで休みたいな」

 

 疑問は残るが、疲れていた俺は追及する気が起きなかった。

 早く宿舎で休みたいのだ。

 だから、幹比古や服部が着替え終えるのを待つ事もなく、俺は控室から一足先に退出する。

 

 しかし、休みたいという切実な願いが叶わないと、俺は直感した。

 

「四葉十六夜様。お疲れのところ申し訳ありませんが、お時間いただけますか?」

 

 何故なら、俺を出待ちしていた人間が――

 

「烈様がお呼びです」

 

――見覚えのある烈の使いだったからだ。

 

 

 

「待っていたよ、十六夜君」

 

 会議用に誂えられた一室、11日前と同じ部屋で烈は鎮座していた。浮かべる笑みも11日前とほぼ同じだが、幾分か元気がない。

 

「お待たせしました、閣下。お加減が優れないように窺えますが、母上から灸でも据えられましたか?」

 

「あっはっはっはっ!まさしくその通りだ!全く……。完敗だよ、君たち親子には参ったものだ」

 

 烈は哄笑を響かせたが、空元気だったようで長くは持たなかった。手を組んで肘を突いた様には、悲壮感すら漂っている。

 

「さっきまで佐伯(さえき)君、国防陸軍第101旅団の(おさ)が来ていたよ。酒井大佐の証言、私が悪事を働いていた動かぬ証拠を片手にな」

 

 烈は懺悔する。

 

「「10年前の貴方なら、こんな事はしなかった」と。その苦言で、ようやく悟った。私も、老いたものだよ……」

 

 実に痛ましい老木が、そこに弱々しくそびえ立っていた。

 

「私は戦闘魔法師を代替できる兵器が欲しかった。代替できると立証するには、当代において最強たる君たちで試験する他なかった。そうしなければ、誰も認めはせんだろう。暴走する危険性に目を瞑ってまで実用はせんだろう……」

 

 多くの者に納得させるための、達也と俺を巻き込んだ実証実験。烈はその実験を行うために、悪事を働いたのだった。

 達也はともかく、俺も当代最強とは、随分高く評価されたものである。

 

「十六夜君……。私は、間違っていたかね……」

 

 烈は苦痛に耐え忍び、組んだ手を強く握り込んだ。その手は、まるで神に許しを請い、祈っているようであった。

 

 彼の気持ちが、俺には痛い程分かる。犯した罪を償いたくて足掻いているのだ、彼も、俺も。

 

 そんな人間に対して、俺は害を被った側ではあるが、責める気にはなれなかった。

 

「きっと、間が悪かったのでしょう」

 

 だから、俺はただ諭す。

 

「間が、悪い……?」

 

「そうです。間が悪かった。試験相手がそう簡単に了承を貰える相手ではなかった。強硬姿勢で臨まざるを得ない相手だったが、その姿勢を許す相手ではなかった」

 

 実証実験に用いる相手が、適正なのがその者たちしか居ないにしても、その者たちを実験に引っ張り出すのは分の悪い賭けだったのだ。

 

「貴方が求める兵器が、大衆には受け入れがたい兵器だった。しかし、即座に運用できる兵器はそれしかなかった」

 

 魔法師の代替として製造可能な物が、パラサイドールという危険な代物で、極一部には蛇蝎の如く嫌われていた。それでも、早急に用意できる魔法師の代替品は、その兵器しかなかった。

 

「戦争の兵器として魔法師たちが徴兵される世界を変えたかった。しかし、大衆は兵器として魔法師を徴用する事を良しとしていた」

 

 魔法師を兵隊にしたくなかった。それでも、そんな思いを抱いたのは彼一人で、賛同者は誰も居なかった。

 

「全てが、間の悪い事に、噛み合っていなかった。あんな悪事に走ってしまった貴方も確かに悪い。しかし、それを止めようとしなかった周りも悪い。そんな悪事に走らせた世界も悪い。ようは、全てが悪かったのです。貴方だけの責任ではない」

 

 上記のどれか1つでも違えば、あるいは成功していたかもしれない。もしくは、そもそも悪事に走らなかったかもしれない。

 悲しきかな、これこそが「たら」「れば」の話だ。

 

「「間違えた」という言葉は、「間」を「違えた」と書きます。その言葉の通り、あの時は貴方の望む「間」ではなかった。それだけの事なのです」

 

「……そうか。……そうだったか」

 

 烈は何かから解放されるように手を解き、天井を仰ぐ。

 

「閣下。いいえ、老師。貴方が魔法師のため身を粉にして頑張ってくれた事は、皆が存じております」

 

「……ああ」

 

「貴方は頑張った。老骨に鞭を打って頑張り過ぎたのです。お疲れでしょう。そろそろお休みになられてはいかがですか?」

 

「……ああ、そうさせてもらうよ」

 

 烈は力なく、しかし穏やかに微笑んだ。

 

 これにて、パラサイドールにまつわる事件は幕を下ろしたのだった。




男子競技のパラサイドール:達也が対処したパラサイドールと違い、初めから十六夜だけを狙うように設定されていた。

『グレート・オールド・ワン』:新しく生み出した十六夜固有の精神干渉系魔法。半径1㎞の球状空間を効果範囲とし、空間そのものを効果対象とする。その効果は、精神ダメージを与えた後、そのダメージを繰り返し、増幅させるというモノ。精神ダメージに耐えられなかった者の正気を奪い、発狂へと誘う。クトゥルフ神話TRPG風に言えば、SAN値チェックXd100(Xの値はこの魔法の効果範囲内に留まった時間で変動する)。
 今回でさらに増設した魔法演算領域を以っても、全力稼働によってでしか発動できず、十六夜はこの魔法の使用中に他の魔法を使う事ができない。また、長時間の維持もできず、効果対象の区別も不可能。範囲内の人間及び精神的生物全てに効果を及ぼす。
 魔法名の由来はクトゥルフ神話の旧支配者である。

さらに増設した魔法演算領域の恩恵:以前までは『アンキンドルドゥ』の使用中に他の魔法を使えなかったが、今回さらに魔法演算領域を増やした事によってその制約は解除。『アンキンドルドゥ』使用中に四工程までの魔法(『我流自己加速術式』も含む)なら同時に使用可能となった。ただし、相変わらず効果対象は区別できない。

 閲覧、感謝します。

※シルバーアーティラリー・アラヤ及びガイア(本作主人公の愛用特化型CAD)に設定のミスがある事を確認しました。
 原作設定では「特化型CADは系統が同じ組み合わせの起動式を、最大9種類しかインストールできない」となっているのに対し、上記のCADは本作にて別系統の魔法を複数インストールしておりました。
 そのため、上記のCADは「それぞれを登録した起動式ストレージを、ハンドガンのマガジンのように素早く交換できる機構となっている」と一部仕様を変更いたします。
 仕様変更で矛盾が生じた個所は、見つけ次第修正していきます。
 内容の大筋に変更はありませんので、読み返していただく必要はないと思います。

 今後はこのようなミスがないよう、設定の確認を徹底していきたいです。

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