魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第五十七話 蝶の羽ばたきか否か

2096年8月3日

 

 九校戦の懇親会当日にして、選手宿舎へと向かう日。現在、エンジニア用の作業車へ積み荷が終わり、不備がないか点検しているところである。

 俺はピクシーが車に積まれるのを確認し、原作との擦り合わせを行っていた。

 おそらくパラサイト探査に使うだろうピクシーが積まれた事に、達也は同様の扱いができる俺に頼らない気である事を窺い知る。まぁ、俺は動けないと言ったのだから当然か。

 

「十六夜さま」

 

「ん?泉美さん、どうかしたかい?」

 

 積み荷の点検を眺めていた泉美。隣にはずっと達也を睨む香澄も居る。

 

「どうして司波先輩はヒューマノイド・ホームヘルパー(3H)まで持っていくのでしょうか」

 

 泉美が香澄へ一瞬目をやってからの質問。香澄の質問を代行しているようだ。しかし、達也本人ではなく俺にしてきた辺り、俺との会話するための道具にしているのかもしれない。

 

「達也は技術スタッフとして担当選手が多い癖に、さらには作戦スタッフを兼ねてるからね。掃除や食事の時間を短縮したくもなる。だから、猫の手を借りたのかもね」

 

「なるほど、納得いたしました」

 

 色々裏を伏せてテキトーにあり得そうな話をでっち上げただけなのだが、泉美は微塵も疑わずに信じた。代わりと言ってはなんだが、泉美と違って香澄は仏頂面をしている。

 

「猫の手で良いんでしたら、それこそ応援に来た友達に協力してもらえば良いんじゃないですか?あんなメイドロボを連れてこなくたって、どうとでもなります。あれ、きっとあの男の趣味ですよ」

 

 香澄は達也を睨み直して非難した。ヘイトは分散していたつもりだったが、香澄はまだ達也を強く毛嫌いしている。俺の知らぬところで達也がヘイトを買っているのか、はたまた香澄の根本的に相性が悪いのか。

 

「ふむ、そうだな……。比較的整った顔立ちの女性型3Hが流行っているのは事実であり、世の男性が可愛い子に奉仕されたい欲求を持っている事は否定できない」

 

「そ、そうですね」

 

 何故か香澄が怯えたが、俺は構わず話を続ける。

 

「だから、この場では一旦、世の男性の多くがああいう3Hに鼻の下を伸ばすと仮定しよう。そこで、疑念が1つ湧くんだが。達也もその世の男性の多くに含まれるのだろうか」

 

「……司波先輩が3Hに鼻の下を伸ばすのかって事ですか?」

 

「そう。そして、否だと想像する。何故なら、そうした瞬間に深雪が達也を凍らせるからだ」

 

「十六夜?何の話かしら?」

 

 泉美らとの会話は深雪の耳にも届いてしまい、拾われたくない話題を拾われてしまった。気のせいか、風が冷たい。

 

「おっと。俺はこの辺りで失礼するよ」

 

 俺は逃げの一手として選手用の大型バスに乗り込む。さすがに深雪がバス内まで追撃してくる事はなく、俺は命拾いした。

 追撃してこなかったのは、詳細に話を訊けていなかったのか、そこまで追求するつもりがなかったのか、バス内ではピンポイントに攻撃できなかったのか。個人的には2番目に丸を付けたい。

 

 その後、着々と席が埋まっていくのだが、俺の隣は空き続けた。相変わらず誰も座ろうとしない。

 

「……私、座って良い?」

 

「……いや、男女別だろ?」

 

 見かねた雫が俺の隣席を希望した。その優しさは嬉しいが、和を乱したくはない。

 

「いえ、そんなルールはないし妙案だわ。お兄様、私の隣に」

 

「いやいやいや」

 

 暗黙の了解が暗黙であるのを良い事に、深雪は便乗して達也を隣に座らせようとした。強かすぎる。

 

「じゃあ私も啓の隣~」

 

「いやいやいやいや」

 

 千代田まで流れに乗り出した。もう収拾が付かない。

 一番収拾が付かない原因は、俺以外誰も否を唱えない事である。

 達也と五十里は満更でもなさそうだし、他の面子は大多数が苦笑しながらも口を開かない。ちなみに少数は苦虫を噛み潰している。

 

「十六夜さん。私が隣なの、嫌?」

 

「……」

 

 期待の眼差しを俺に突き立てる雫へ何と返せば良いのか。否定すれば雫を傷付ける。肯定すれば前言の説得力が崩れる。究極の選択である。

 

「四葉」

 

「森崎さん?」

 

 誰も意見してこなかったこの場で、意外にも森崎が口を開いた。どっしりと腰を落ち着けている森崎は、かつてなかった貫禄を身に着けているかのようだ。

 

「座らせてやれ。それで全てが丸く収まる」

 

「え?でも……」

 

「良いんだ。おそらくお前と北山さんのセットを高い頻度で目撃している男子なら、反対しない。むしろ賛成するくらいだ」

 

 森崎の隣で五十嵐も頷いている。その他にも頷いている気配がある。

 これはもしかしなくても、雫の恋愛が応援されているのだ。それも、少なくない人数に。

 

「……まぁ、誰も問題にしないなら。遠慮なく雫を座らせるよ?」

 

「さっさとしろ」

 

「お、おう……」

 

 森崎は強要する勢いで俺と雫の隣席を迫っており、周りの視線も、嫉妬心が孕んでいるのを感じるが、そう促していた。

 俺は気圧され、最早断れる状態にない。

 

「じゃあ雫―――ってもう座ってる!?」

 

 いつの間にか堂々と座っていた雫に俺は驚愕した。同時に舌を打つのと噴き出す音が聞こえてきたのだった。

 

 バスは平和に出発する。

 

 

 

 出発が平和なら途中も到着も平和である。本来それが当然なのだが、世界観的に偶然であると錯覚しそうだ。まぁ、後で一騒動あるのだから、嵐の前の静けさ。『魔法科高校の劣等生』の世界観は遵守されている。

 

 そんな平和の中で皆が宿舎へ荷物を運び込み、無事に懇親会までの日程を滞りなく進めた。

 

 それで、懇親会なのだが――

 

「人が……人が多い……」

 

――俺は壁際の椅子に座って気持ち悪さを堪えていた。

 しつこいようだが、俺は人混みが苦手なのである。

 

「十六夜さん、大丈夫?」

 

「……大丈夫」

 

「そんな青い顔で項垂れてたら、説得力がまるでないよ……」

 

「……」

 

 雫の気遣いにやせ我慢で返せば、幹比古から論破された。俺はぐうの音も出ない。

 

「無理して参加しなくても良いだろ?それとも、どうしても参加しなくちゃいけない理由があるって言うのかい?」

 

 幹比古は、自身らの気遣いに俺が一目瞭然な嘘を吐いてまで突っぱねた事がお気に召さなかったのか、不機嫌そうに理由を詮索した。実に目敏い、というよりは俺があからさまだったか。

 

「情報収集がしたくてね……」

 

 俺は原作との差異を測るべく、気持ち悪くても参加せざるを得ないのだ。

 まず、司波兄妹と黒羽姉弟が親戚同士である事を明かす事になっている。原作ではこの懇親会で初対面のように振る舞うが、そこから変わってきてしまう。

 念のためではあるが、俺は彼らがどういう接触をするのか見ておきたいのだ。

 

「欲しい情報を教えてくれれば、代わりにやるよ?」

 

「そうだよ。代わりなら僕らでできる。十六夜が無理する必要なんてない」

 

 雫と幹比古は食い下がってきた。なんとも甲斐甲斐しく健気な彼女らに、俺は罪悪感を覚えてしまう。

 

「ありがとう。だけど、ごめん。これは俺自身がやる事に意味があるんだ」

 

 だが、俺は頑なに彼らの手を払った。罪悪感を覚えたとはいえ、原作知識に関する情報収集など、他人に任せられる訳がない。

 

「十六夜……」

 

「十六夜さん……」

 

「安心してくれ。気分が優れないってだけで、体調を崩してる訳じゃない。人混みから離れれば、すぐにでも回復する」

 

 寂しそうな顔で心を揺さぶってくるが、それでも俺は折れるつもりはない。

 

「……もし体調を崩したら、僕は怒るからね」

 

「私も。そうなったら四六時中監視するから」

 

「はは。それは大変だ。そうならないよう、意地でも気を付けないとな」

 

 最後に俺の軽口を聞き、幹比古と雫の顔は少しばかり晴れる。そうして、後ろ髪を引かれていたようでありながら、第一高の輪に戻っていった。

 そんな彼らと交代するように、達也と深雪が近寄ってくる。交代制の見張りか何かだろうか。

 

「十六夜、辛そうだけど大丈夫なの?」

 

 やはり、深雪も心配で見に来ていた。それ程俺は青ざめているらしい。

 

「……雫たちにも言ったが、大丈夫じゃないけど大丈夫。懇親会が終わればすぐにでも元通りさ」

 

「相変わらずの人混み嫌いだが、悪化していないか。雫のホームパーティーでもそうだったろう」

 

「ああ……。パーティーとか、人の心が活発に動く場所は、以前以上に駄目になってるね」

 

「そうか、なるほど」

 

 達也は遠回しな説明で得心してくれた。

 人の心、つまりはプシオン。前述の説明だけ答えに至るのは難しいだろうが、達也は俺がパラサイト憑依者である事を知っているし、パラサイトがプシオンの感知に秀でている事も知っている。故に、達也なら答えに至れただろう。

 

「まぁ、純利益は出てるんだ。わずかな損失くらい受け入れるさ」

 

 人混みがより苦手になったとはいえ、増設魔法演算領域や『付喪神』を得ているのだ。間違いなく利益の方が大きい。

 

「お前が良いなら、良いんだ」

 

「ああ、これで良いんだよ」

 

 言葉に苦みを混ぜる達也に、俺は微笑みかけた。お前が責任を感じる事はないのだと。

 そうしている内に、こちらに視線が向けられたのを感知する。

 

「この話はここまでだな。お客さんだ」

 

「お客さん?」

 

 深雪が首を傾げ、俺に詳細を求めた。しかし、そうする前にそのお客さんが声をかけてくる。

 

「少し宜しいですか?」

 

 達也も深雪も振り返り、その客人、一条将輝と吉祥寺真紅郎を視認する。

 そう、こちらに視線を向けてきたのは一条と吉祥寺だ。視線を向けるなり、女子生徒たちの囲いを破ってきたのである。行く先に四葉である俺の姿があったからだろう、女子生徒たちは一条に随伴しなかった。

 

「お久しぶりですね、司波さん」

 

 一条の第一声は深雪宛。実の兄と十師族の友人という布陣で、よくも最初に想い人へ声をかけられるものである。おかげで彼の恋慕は明け透けなのだが。

 

「ええ。ご無沙汰しております、一条さん」

 

 兄や友人を横に置いた挨拶だが、深雪は特に嫌悪感を露にせず、ごく自然に返した。両者に温度差があるのだが、恋の盲目に陥っている一条は見抜けていない。

 

「横浜以来ですね。変わりなさそうで何よりです、司波達也君」

 

「そちらも壮健そうで何よりだ、吉祥寺。そして一条も」

 

「体調管理には気を付けているからな。そっちのは、気を付けてなかったのか?」

 

 吉祥寺、達也、一条で友好的な交流をしていたはずなのに、その一条は突然俺を話題にした。貶しているトーンではない。俺が項垂れているのに強い意外感を抱き、興味が引かれたか。

 

「そんなにかい?そんなに俺は体調悪そうかい?」

 

「ああ」

 

「はい」

 

「そうだ」

 

「残念だけど……」

 

 一条、吉祥寺、達也、深雪の満場一致である。微妙に深雪が庇おうとした辺りがなおさら心を抉る。

 

「……それなら放っておいてくれ」

 

「……何をいじけてるんだ?」

 

「すまない、一条。十六夜は人混みが苦手でな、心の余裕が少なくなっている。それに、体調不良を指摘されるのはお前で3度目だからな。精神的に消耗しているんだ」

 

「達也、無駄に的確な解説をしないでくれ……」

 

 俺は精神的消耗を避けたはずなのに、ダメージが加算していった。悪い事でもしただろうか。心当たりはいくつかある。

 

「まぁ……、もう良いよ……。見ての通りだから、用事があるならお早めに頼む……」

 

「……悪いな。あまり後回しにしたくない話なんだ」

 

 一条が気まずそうに謝るものだから、俺へのダメージが加速する。そろそろ部屋に籠って休みたくなってきた。

 

「俺たちは離れた方が良いか?」

 

「……いや、できれば達也も聞いてほしい。俺がこんな状態だから、しっかり頭が回るか不安だ」

 

 達也がこの場を離れようとするが、丁度良い言い訳もあったので引き留めた。達也も話を聞いてもらった方が原作に沿える。

 

「俺は構わないが、そっちは?」

 

「そう危険な話でもないから構わない」

 

 達也は一応一条へも訊いたが、思いの外あっさりと許諾が下りた。元より達也にも聞かせるつもりだったのかもしれない。

 

「話は今年の九校戦についてだ。俺は今回の種目変更に違和感を覚えている」

 

「新種目がどれも濃い軍事色のある点に、かな?」

 

「そうだ、どれも軍事訓練じみているんだ」

 

 俺が同じ意見を持っていた事に我が意を得た一条は話を進める。

 

「昨今の情勢を考えれば、自衛能力を強化するために軍事訓練を模すのは妥当だろう」

 

「その言い分だと、違和感を覚えたのはどれか1つの種目かな?」

 

「スティープルチェース・クロスカントリーが、俺には目に付いた。あれだけは異質だ」

 

 どうやら一条は全体的に違和感を覚えているのではないらしい。それは自衛能力の強化という見方からか。

 一条は佐渡侵攻事件を目の当たりにしている。そこで自身の身は自身で守らねば死ぬ経験をしたのだろう。だから、自衛能力の重要さをその身で知っている。おそらくはその経験が彼にその見方をさせていた。

 その一条と違い、俺と達也が軍事教育という見方をしている。そんな見方をしているのは、最近に神田議員の件(反魔法師運動の騒ぎ)があったせいもあるが、俺も達也も障害を進んで排除する思考があるからだろう。守る思考より戦う思考が先に来る。だから、軍事訓練から自衛の術より、戦闘の術を見出してしまうのだ。

 

「四葉さんならご存知かもしれませんが、あの競技は陸軍が森林戦の訓練として行うモノです。それも4キロメートルとなると大規模演習のメニュー。この時点で高校生の競技ではありません」

 

「さらには公開情報が少なく、大雑把。しかも疲労の残る最終日だ。負傷のリスクが高すぎる」

 

 吉祥寺と一条が競技の異質さを論述していく。

 

「自衛能力の強化という事なら、それも妥当じゃないか?敵から障害物を考慮しつつ逃げる訓練になる」

 

「そうだ、これはもう訓練なんだ。競技じゃない」

 

 達也が意見を挿むが、一条はその意見に対する回答も持っていた。

 

「言い方はアレだが、九校戦は一種のショーだ。魔法師が自身の力をアピールする場であり、観客を楽しませる見世物だ。そういう側面があるはずだ」

 

「なのに、この競技は様子がほとんど見えません。アピールする場である事と見世物である事の側面が失われ、訓練という側面しかない」

 

 競技が九校戦の目的に反している事を、一条と吉祥寺は気付いているのだ。

 

「「九校戦という催しに対して、素人が口を挿んだのではないか」。そうだろう?」

 

「四葉もそう思うか」

 

「そうとしか思い様がないさ。一条さんたちの言う通り、九校戦の趣旨に合わないし、選手の体力を鑑みたスケジュールでもない。つまりは、門外漢が強制したんだ」

 

 俺は一条たちの推測を言い当てるとともに、その推測に同調した。賛同者が居る事によって推測の正当性が増し、その推測が当たってほしくない彼らは眉を顰める。

 

「四葉は、どこが強制したと思う?」

 

「十中八九国防軍だね。変更した競技の内容、九校戦運営委員に強制できる権力、学生の行事に門外漢。ここまで揃って国防軍じゃなかったら、見事なミスリードだな」

 

「そんな、まさか……」

 

 一条の否定は歯切れが悪かった。彼自身もそれを否定しきれていない。

 

「一条さん、そっちに軍との繋がりはあるかな」

 

「……かなり薄い繋がりだが、ある」

 

「すまないけど、調査を頼めるかい」

 

「頼まれずとも」

 

 一条は二つ返事で引き受けた。事の重大さが彼にそうさせる。

 

「全く、嫌な予感ばかり当たるな」

 

「全くだね」

 

 一条の皮肉を互いに苦笑し、彼はこの場を後にした。調査をすぐにでも始めるのだろう。

 

「末恐ろしいな」

 

 一条との会話について達也はとある事に気付き、感心していた。

 

「何がだい?」

 

「いや、何でもないさ」

 

 そう、何でもないのだ、俺が一条に話した事は。俺は、一条たちに何1つとして新情報を与えていない。ただ彼らの言葉に賛同していただけだ。なのに情報を貰った気にさせ、調査を押し付けている。こちらは何も与えていないし、何も引き受けていない。

 達也はそれに気づき、なおかつ何もなかった事にしたのである。

 

「体調、回復してきたようだな」

 

 何もなかった事にするため、達也は他愛のない話題に切り替えた。

 

「話すのに集中して、周りを意識の外に置けたからね。懇親会終了までは、このまま持つかな」

 

「あまり無理をしてはいけないわよ」

 

「分かってるって。また気持ち悪くなったら早々に退出するさ」

 

「そう……。なら良いのだけど」

 

 深雪はまだ俺を心配してくる。もう俺の体調云々での説得は諦めるほかない。

 

「もう大丈夫だからさ。これ以上二人を独り占めにするのは居心地が悪いんだ。ほら、あっちでずっと待っているだろう?」

 

 俺が指差し、達也と深雪が目を向けた先には第一高2年女子が集まっていた。達也がエンジニアを引き受けた面子であり、深雪の友人らである。彼女らは時折こちらを窺っていた。その視線を俺はしっかり感知していたのだ。

 達也たちも俺の居心地の悪さを理解し、俺に一瞥してからそっちに歩を進めた。司波兄妹を待っていた面々が居た場所は、俄かに騒がしくなる。

 

 そんな騒がしい中、少女たち相手に達也が多少疲れを表した時だ。

 

「達也兄さん」

 

「深雪姉さま」

 

 第一高の生徒ではない少年少女が達也たちに声をかけた。まぁ、文弥たちなんだが。

 達也たちの弟妹疑惑を発端とする姦しさに、司波兄妹と黒羽姉弟が遠い親戚であると説明しているのを聞き取る。

 達也たちが親戚として接触する瞬間を見届け、俺は苦手な人混みに混ざった目的が達成できた。

 

 これで本当に気持ち悪くなったら退出できると俺は安堵し、懇親会という交流の場を一人で過ごす。

 意外にも来賓挨拶の時間まで体調を崩す事はなく、前言通り最後まで持ちそうだった。

 

 そんな暢気にしていた俺に、衝撃が走る。

 

〈やぁ、選手諸君。生憎と、手品は今回お預けだ〉

 

 なんと、壇上に九島烈が立っていた。

 

〈ここのところ忙しくてね、手品も考えられなんだ〉

 

 そうだ、烈は忙しいはずなのだ。なんたって、パラサイドールの開発を指揮せねばならないのだから。それなのに、彼は九校戦に来賓として出席し、小粋なトークで場を沸かせている。

 

(忙しい身で何故ここに居られる?パラサイドールのテストを中止したのか?四葉が嗅ぎ付けているのに勘付いて?)

 

 俺は首を横に振る。

 何処にも勘付ける要素がない。達也や貢たちの調査で足がついたとは考え難い。

 

(周公瑾たちがパラサイドールを暴走させようとしているのが露呈した?いや……)

 

 またも首を振る。露呈させる程周公瑾は迂闊ではない。

 

(俺が、余計な事をした……?)

 

 烈とディナーを共にした日が頭を過り、俺は冷や汗をかく。

 俺はディナー中の会話でパラサイドールについて言及してしまった。

 あれで烈が警戒してしまったかもしれない。

 

(安心しろ……。安心しろよ、俺。遠回しな言及だったろう?パラサイドールには直接触れなかったろう?)

 

 自身が失敗を犯した可能性に動悸が激しくなるのを、俺は必死に抑え込んだ。

 

(達也がピクシーを持ち込んでる。それはパラサイドールがあるって事だ。そう、そうだよ……。パラサイドールのテストは行われる。列が出席したのは些細な変化だ。大筋は変わってない)

 

 達也がピクシーを持ち込んでいる事は、必ずしもパラサイドールがあると確定できる条件ではない。だけど、俺はそう信じて自身を落ち着かせた。

 

(だが、何がそうさせた?烈の行動を変えたのは何だ?何かパラサイドールとは別の陰謀があるのか?)

 

 疑問ばかりが募る。

 

(何を仕出かすつもりだ、九島烈)

 

 俺は睨まぬように注意しながら烈を注視していると、わずかにだが目が合う。その目が、俺を嘲笑っているような気がした。




香澄の毛嫌い:実力あるくせに二科生に甘んじていたいけ好かない奴。というのが香澄の達也評である。なので、強いて言うなら根本的に相性が悪い。

埋まらない十六夜の隣の席:実は、誰も名乗り出ないようだったら幹比古がその席に座ろうとしていた。雫が名乗り出たので、幹比古はもちろん辞退したのだった。

十六夜と雫のセットを高い頻度で目撃している男子:だいたいがその焦れったい恋路に、さっさと行くところまで行ってほしい、と思っている。ちなみに男子だけではなく女子も含み、舌打ちしている面々もいくらか含まれる。

 閲覧、感謝します。

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