魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第四十六話 アンラッキーセブン

2096年4月6日

 

 第一高始業となる今日。いつもより密着度が高い気のする司波兄妹に居たたまれなさを若干感じながら同伴する通学路。噂の魔工師と美少女魔法師、あの『四葉』直系の三人が揃えば、それを見ないのは土台無理な話。最早慣れた視線を浴びつつも、俺はその中に友好的でない意思のそれが混じったのを知覚する。達也も知覚したようでその視線の先を一瞥するが、相手はそれだけで身を隠してしまった。

 

 敵意には近いが、殺意程ではなかった。だから達也は追わなかったし、俺も追わなかった。そもそも、その視線の少年が誰なのか俺は分かっているのだから、追うだけ無駄な労力である。

 

 達也も俺も頭の片隅へ入れておくに留め、通学路を何事もなかったかのように歩いていく。

 

 学校に近付けば近付く程達也一団が合流し、他愛のない雑談で盛り上がる。主な話題は達也と幹比古の転科だった。達也には魔法工学科在籍を示す歯車のようなエンブレムが、幹比古には一科在籍を示す通称花弁のエンブレムが、それぞれのブレザーに刺繍されている。美月の方も歯車が刺繍されているのだが、やはり目立つ達也と幹比古の方が話題になった。

 

「十六夜の言った通りになったね」

 

 幹比古が皆から揶揄われている途中、そんな言葉を恥ずかしくも誇らしげに述べていた。確かに俺は幹比古の一科転科を言及した事があったが、よく覚えているものである。

 

 そんな談話で通学時間を費やし、学校に着けば各々の教室へ向かう。俺は深雪、雫、ほのかの達也一団初期一科組とクラスが同じだった。2年A組、それが俺の在籍クラスである。残念ながら、幹比古は違うクラスだった。

 

 達也一団二科組は魔法工学科の達也と美月、そのまま二科のエリカとレオ、という感じで奇妙にも孤立しなかったのだが、幹比古だけ孤立してしまった。幹比古の新たな友達作りという今後の活躍を期待しつつ、俺は自身の教室にたどり着く。

 

「おはよう、森崎さん」

 

「おはよう、四葉。何故一直線に俺へ挨拶に来る」

 

 見知った顔である森崎から期待通りの返しをされ、俺は微笑む。

 彼と俺の関係をものの数秒で表す素晴らしいやり取りだった。この一定距離が保たれた関係は悪くない。

 

 そんなこんなで前年度のクラスメイトと今年度のクラスメイトを照合し終われば、担任の先生が手短な挨拶をしてもう一限目が始まる。

 始業式のような集会は存在しない。必要な情報は学校の掲示板(ネットのそれかリアルの電光板か)から自主的に得る事が求められる。生徒の自主性を重んじる、昨今珍しくもない教育方針だ。

 

 一限目は履修登録に充てられていたが、二限目からは通常授業。二年になったから座学や実技は僅かに高度になるが、それでも代わり映えのするモノでもない。

 

 授業の時間は平穏に過ぎていき、昼休憩となる。

 

「いやー、生徒会枠も部活連枠も早々に埋まって幸先が良いわね。まだ教職員枠が空いてるけど」

 

 風紀委員会本部。新任風紀委員と既存風紀委員の顔合わせは終わり、活動の説明のために委員長である千代田と俺が新任風紀委員二人と共に残っている。その説明をすでに終わり、千代田によって雑談が開始されていた。

 

「教職員選任枠は慎重に候補を選んでいるようですが、それも仕方ないかと」

 

 元教職員選任枠の関本は、マインドコントロールの疑いがあったので不問となったが、当校の論文コンペデータ窃盗未遂を起こした。また、現教職員選任枠の森崎は、俺の未然の解決と達也の弁護があったので不問となったが、魔法による傷害未遂を起こした。まぁこっちはあまり広まっていないが。

 二人を選任した教職員は責任を感じざるを得ない。だから今度の選任は本当に大丈夫な人物にしたいのだろう。

 

「私も別に構わないわよ。特別枠で例年より一人多いし、新任の二人は自薦するくらいやる気あるし。ねぇ、お二人さん?」

 

「はい。十六夜に恩を返す方法が、僕にはこれくらいしか思い浮かばなかったので」

 

「私も、十六夜さんの力になりたいので」

 

 千代田から話題を向けられた二人、生徒会選任枠新任の幹比古と部活連選任枠新任の雫がわざわざやる気の根源を明かす。

 二人の気持ちは有り難いのだが、俺への思いが重くないだろうか。二人は絶対に俺からの打算的助力を過剰に評価しているのだが、二人にそれを指摘したところで適正評価だと反論されるだろう。なので、俺は悟りに至るしかない。

 

「だって。十六夜君」

 

「全く、俺には過ぎた友人ですよ」

 

 千代田からの生暖かい目も、俺は悟りに至ったままそれらしい事を言って受け流した。

 

 何にせよ、幹比古と雫の風紀委員会入りは原作通り。そこに多少の理由付けがされただけに過ぎない。まだまだ原作知識が使える事を喜びつつ、備品や書類の整理を心がけてくれそうな人員が増えた事にも喜んだ。

 

 

 

 放課後。新任風紀委員二人の教育はほぼ俺に投げられたが、優秀な幹比古と雫には新人マニュアル(著:四葉十六夜、監修:渡辺摩利、千代田花音)を読ませれば済んでしまう。一応、俺の巡回に同行はさせたが、俺の巡回日となれば何事も起こらない。却って二人の教育には適してないかもしれないが、俺が注意点の解説に専念できたから良しとした。

 

 巡回終了後は入学式の警備に関する打ち合わせが行われる。警備員や教師も見回る中では学生の警備が必要なのか疑わしいが、これも魔法師教育の一環という事らしい。

 

 風紀委員の活動は普段より少し長く続いた。

 

 生徒会も新入生総代と入学式に関する打ち合わせをしたために終わりが遅くなったらしく、奇妙にも司波兄妹と帰路を同じくする。

 

「深雪、機嫌悪い?」

 

 雫ももちろん帰路を同じくしており、雫がそう深雪を窺うように、深雪から機嫌の悪さが冷気となって滲み出ていた。なので幹比古は早々に離脱している。

 

「……少し」

 

 深雪も冷気を放っている自覚はあるようで、正直に打ち明けてから自省した。

 

「新入生総代と反りが合わなかったんだろうが。機嫌まで悪くしているとなると、その総代が達也に何かしたのか?」

 

「俺と総代が睨み合いになっただけだ。服部現会頭と去年あったような事にはなっていない」

 

「ああ、把握した」

 

「うん、いつも通り」

 

 俺が起こった事件を推測すれば、俯く深雪に代わって達也が大雑把な顛末を開示する。それだけで充分に深雪の不機嫌を俺も雫も理解した。おかげで深雪は縮こまっている。

 

 深雪自身が己の行動を恥じているのだ。ここにその彼女を追い打ちするサディストは居ない。その話題はそこで終え、別の話題で皆は駅まで乗り切った。

 俺は駅のホームへ進む雫を見送り、達也たちとも別れようとする。

 

「十六夜、新入生総代について話がある」

 

 達也が俺を呼び止め、議題を提示した。

 

「今年の新入生総代は、七宝(しっぽう)琢磨(たくま)、だったよな。彼がどうかしたか?」

 

 俺と七宝は一応どちらも二十八家の家系だが、面識は全くない。だから、彼について訊かれても答えられる事はない。それは達也も重々承知のはずだ。

 

「朝の通学もそうだったが、七宝琢磨は俺と深雪に何やら明確な敵愾心を抱えているようだった」

 

「そうだな、あの人通りの中で達也たちに目をやっていたんだ。標的は、達也と深雪なんだろうな」

 

 朝の通学路の視線、その主こそ七宝琢磨だった。真っすぐに達也たちを睨んでいたのだ。ほとぼりが冷めた後ならまだしも、その日の内にまたその視線を投げかけられたとなれば、七宝の標的は窺い知れる。

 

「確認だが、朝の視線は十六夜も含められていたか?」

 

 達也は深雪と自身に対する視線は判別できても、その他に対する視線となると判別できない。誰まで含めた視線かまでは判別できないのだ。

 その点、超人である俺は視線を細かく判別できる。パラサイトのプシオン感知も得たため、精度も高まっている。

 

「いや、俺に対しては好奇の視線だ。敵愾心じゃない」

 

「……そうか。十六夜も含めてだったら、十中八九、十師族への敵愾心なんだが」

 

 達也は自身と深雪が十師族の縁者と露呈している事を仮定し、その可能性を考えていたようだ。だが、俺に敵愾心がないとなると、その可能性はかなり薄くなる。少なくとも、十師族全体への敵愾心ではないだろう。

 七宝が十師族の候補、師補十八家に甘んじている現状を不満に思っているのなら、敵愾心は四葉直系である俺も含めないとおかしい。

 

「俺を睨まなかったという事は、達也と深雪の出自は露呈してないだろう。だが、だとすると本当に何故お前たちが標的なのか、意図が見えてこないな」

 

 七宝が達也と深雪に敵愾心を抱いていたのは原作知識で覚えている。しかし、相変わらず細部の抜けがある知識であり、何故達也たちに対してだけなのか綺麗に抜けていた。

 正直、俺は『ダブルセブン編』について七宝、香澄、泉美の三人が争っていた記憶くらいしかない。具体的に何があったかは、多分そのイベントが目前まで来ないと思い出せないだろう。

 

「……もしかして、小和村真紀関連か?」

 

 達也の推測に、俺は顔を引きつらせてしまった。

 確かに七宝と小和村は繋がっているのだ。だが、いくら何でもその繋がりを導き出すのは早すぎる。

 

「小和村真紀を袖にしたからって事か?それなら結局俺も敵に含まれる。それに、さすがに露骨すぎないか?繋がりをひけらかす様なモノだ。七宝が小和村に心酔でもしてない限り、それはないだろう」

 

「……そうだな、少し結論を急ぎすぎた」

 

 俺は一旦その繋がりをぼかせば、達也は突飛な推測をしてしまった頭をほぐすように眉間を揉む。とりあえず、その結論は保留にできたようだ。

 

「情報は足りてない。調べるとなると手がかりもないから大がかりになる。かと言って、母上の力を借りるような案件かと言うと……」

 

「そこまで大事でもない、か……」

 

 俺と達也は行き詰まり、この場で議論が煮詰まる事はなかった。

 

◇◇◇

 

2096年4月8日

 

「真由美さんが入学式に参列されるんですか?」

 

「ええ、両親はどちらも忙しくて都合が付かないそうなの。お父様は娘のイベントくらい陰謀巡らすのを止めれば良いのに」

 

 登校の支度を終えて時間まで寛いでいる俺に、真由美は両親の代わりとして香澄と泉美の入学式に顔を出すと伝えてきた。彼女の中では弘一の用事は策謀と決まっているようだ。

 

「それで彼女らも俺の家に居ると」

 

 俺は俺と同じくダイニングで寛いでいる香澄と泉美に視線をやった。香澄は不愛想な視線を合わせ、泉美は輝かしい視線を合わせる。

 

「その……。私は実家に戻ろうとしたんだけど、泉美が聞かなくて……」

 

「構いませんよ、どうせ一か月もすればお隣同士になるんです。顔を合わせる頻度は変わらないでしょう」

 

 何故七草が二世帯も住めそうな別荘を俺の自宅の隣に建てているかと言えば、その別荘には七草三姉妹が住む事になっているからである。彼女たちとその護衛及び家政婦を入れるとなると、別荘は必然的にそれくらい大きくなってしまう。

 

「本当に、本当にありがとう……」

 

「いえいえ。人間助け合ってこそですから」

 

 父に振り回され、妹(泉美限定)に振り回され、真由美の疲労は溜まる一方なのかもしれない。俺だけでも真由美には優しくしてやろう。

 

「それでは、そろそろ時間ですので出ますよ」

 

「お供します、十六夜さま」

 

「しなくて良いから!」

 

 俺が腰を上げると同時に立ち上がる泉美を、真由美が諫める。俺は風紀委員の仕事で早く行くのだが、もちろん新入生が来るには早すぎる時間なのだ。

 

 今のような泉美がボケて真由美がツッコむやり取りは最近頻繁に行なわれている。俺は真由美が心労で倒れないか心配になった。

 

 

 

 学校に着いた俺は風紀委員会本部で最終打ち合わせをした後、校内の巡回を行う。来賓席と客席は風紀委員長である千代田が巡回に当たり、他はそれぞれ区分けして巡回に当たる。来賓が来るために風紀委員は皆いつも以上に気を引き締めていた。

 だが、やはり警備員も居るのだ。そうそう事件は起こらないだろう。

 

 そう気を抜いていた矢先である。俺は校庭にある桜並木の方から魔法の発動を感じ取った。

 

「そんな馬鹿な……」

 

 この日に事件が起こるなんて原作知識はない。俺は予想外の事態に焦り、現場へ急行する。人目があるため、歯がゆくも走力を抑えた。

 

「泉美、コイツ、ナンパ男のくせに強いよ」

 

 達也に相対する香澄を含めた七草三姉妹の姿を認め、俺は自身の早とちりに肩を落とした。

 

 この光景は原作知識にある。香澄が真由美と達也の歓談をナンパと勘違いし、魔法を用いてまでそのナンパを止めさせようとした場面だ。早い話、事件でも何でもない。魔法無断使用という事件性はあるが。

 

「泉美、あれ、やるよ」

 

「ええ。私の計画を破綻させ得る可能性は排除しましょう」

 

 香澄は攻撃の意思を表し、そして、泉美も同調した。俺は冷や汗をかく。この流れは原作にない。

 

 達也もまさか七草の双子に敵意を向けられ、あまつさえ攻撃されるというのは予想外だったのだろう。彼はCADを抜くのが遅れる。だから、俺の魔法の方が早く発動できた。

 

 複数の魔法演算領域を相乗させる『乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)』。複雑な魔法を分業して発動させる技術。香澄と泉美のそれは双子故か単純な合図だけで呼吸が合わさり、驚異的なスピードで魔法式を組み上げる。

 だが結局のところ、複雑な魔法を行おうとしているのは変わりなく、彼女たちの魔法式構築スピードを俺のサイオン弾構築スピードが上回った。サイオン弾は彼女たちの起動式に命中し、その式を崩す。

 

「え?」

 

「これは、お姉さまのサイオン弾……。いえ、お姉さまのより早かった……」

 

 魔法がかき消された事に対し、香澄は呆然とし、泉美は冷静に分析していた。そんな分析に頭を回す前に、もっと社会常識に頭を回してほしかったが。

 

 とりあえず、俺は風紀委員の務めを果たすために、魔法無断使用の現行犯として彼女たちを捕縛ないし厳重注意せねばならない。俺は存在感を示すためにわざと靴音を響かせてその場に歩み出る。

 

「……っ!十六夜、さま……っ」

 

「やぁ、泉美さん。それと、香澄さん。これはいったいどういう事かな」

 

「や、やば……」

 

 微笑みを携えているはずなんだが、何故か泉美と香澄には怯えられてしまう。特に泉美は過剰な程。

 

「これは違うのです十六夜さま!私は悪事に手を染めようとした訳ではありません!偏にお姉さまを悪漢から守るための正当防衛であり、お姉さまと十六夜さまの恋路に割り込む愚か者を排除しようなどとは一切考えておりません!」

 

 泉美が俺に縋りついて必死に弁明するが、おそらく彼女は「一切考えておりません」と述べた事しか考えていないだろう。

 

「えーと。達也、状況説明を頼む」

 

 取り乱した泉美、怯えている香澄に正確な尋問はできないだろうと、まずは達也に訊く。

 

「俺が七草先輩と話していたら、まずはショートの子に魔法で狙われた。彼女自身の体を動かす移動系で飛び膝蹴りをしてきたが、それは俺の直前で止まるようにされていた魔法だ。その時点ではただの脅しだった。だが、それに対処したらセミロングの子も合わさって攻撃性の高い魔法を発動しようとした。その後は十六夜が見た通りだ」

 

 達也は平静に必要な事をしっかりと盛り込んだ状況説明をした。達也の主観であるために歪曲はないと思うが、俺は正確性と公平性を求め、第三者の視点を求める。

 

「真由美さん、事実ですか?それと、「ナンパ男」という事でしたが。真由美さんは達也にナンパをされましたか?」

 

「達也くんの状況説明は事実です。ナンパもされていません。妹たちの勘違いです」

 

 真由美は眉間にしわを寄せているが、それは香澄たちに対する怒りのようだ。俺に答えながらも、真由美の視線は香澄と泉美に注がれていた。

 

「ですがお姉さま!お姉さまとその殿方は仲睦まじくお話しされていたご様子。その方はお姉さまが胸に秘める十六夜さまへの恋心を惑わせてしまいます!」

 

「だから!恋心なんて胸に秘めてないと何度も言ってるでしょう!?」

 

「お姉さまと十六夜さまは一つ屋根の下で暮しているのですよ!?同じ家に若き男女、何も起こらない訳はありません!」

 

 真由美と泉美が言い争いを姦しく響かせる。この辺りは人が疎らだからまだ良かったかもしれない。

 

「一つ屋根の下……?」

 

 その疑問を口にしたのは、首を傾げる達也ではない。校庭の桜並木が巡回ルートの一部である雫だ。

 

「詳しく」

 

「ああ。真由美さんの妹さんたちが魔法を無断使用した疑いについて聴取しているところだ」

 

「そっちじゃない。七草先輩と十六夜さんが一つ屋根の下で暮している事について、詳しく」

 

 雫は俺に詰め寄って俺のネクタイを掴み取る。様子がおかしいのは面識のない香澄と泉美も察していた。

 

 如何にエリカから女の敵、真由美から朴念仁と言われた俺でも、雫が乙女心的に俺と真由美の同棲を快く思っていないのは読み取れた。

 

「雫、俺は今七草家から監視を受ける立場にある。真由美さんは監視員として俺を監視しなければならず、彼女の拠点ができるまで俺の自宅に滞在しなければならない。俺と真由美さんは進んで同棲している訳ではないんだ。やむを得ない事情で渋々同棲している。真由美さんに下心はないし、俺に雫を裏切る意思はない。どうか信じてほしい。そして、どうか我慢してほしい」

 

 俺は雫の両肩に手を置き、努めて真摯に、彼女へ事情を話す。

 

「……。ごめんなさい、醜い嫉妬なんてして。別にまだ、婚約をした訳でもないのに」

 

 雫は俺の言葉を信じるが、先程の詰問を信じきれなかった未熟と捉えたのか、醜い嫉妬と評して落ち込んだ。

 

「それ程に俺を想ってくれてるんだろう?」

 

「……うん。十六夜さんを想う気持ちは本当」

 

「ありがとう、雫。俺を想ってくれて」

 

 話を雫の俺への想いに逸らし、俺はその想いに感謝するように雫の頭を優しく撫でる。前世で読んだラブコメ漫画か恋愛小説で、そんなテクニックがあったのを朧気ながら思い出した。

 

「……嫌いにならない?」

 

「雫が俺を好きで居てくれる限り、俺は雫が好きだよ」

 

「……」

 

 雫は顔を赤くした。そういえば、俺の口から「好き」と明言するのは初めてだったか。

 まぁ、雫が大人しくなったようなので手を離し、問題の双子たちの方へ振り返る。

 

 振り返った先で、真由美が頬に朱を差し、泉美が蒼白し、香澄と達也が遠い目をしている。傍でラブコメされればそうもなるだろう。俺も傍で司波兄妹がラブコメしていたら、だいたい遠い目をしている。

 

「そ、その……十六夜くんって北山さんと付き合ってたの?」

 

「残念ながら、交際には至っていません。四葉直系として男女交際には慎重にならなくてはいけないので。しかし、俺個人としては雫を迎え入れたくはあります」

 

「そう……」

 

 何故か真由美は表情を曇らせて黙ってしまった。

 

「意中の方が居ると言うのであるならば、私も実の姉に略奪を唆す無礼は止めざるを得ません。ですが、私は十六夜さまを義兄とする事は諦められません。つきましては、形式だけで構いませんので「十六夜お兄さま」と呼ぶ許可をいただきたく―――」

 

「泉美さん?」

 

「っ!な、なんでございましょうか十六夜さま!」

 

 暴走し続けている泉美を、俺は仕方なく笑顔で威圧する。

 

「そんな事よりもだ。まず、悪い事をしたら、しなくてはいけない事があると思うのだけど……」

 

「魔法を無断で使用してすみませんでした!」

「魔法を無断で使用してすみませんでした!」

 

 泉美に説教をしていたら、ついでに香澄も聞き入れてくれたようだ。手間が省けて良かった。

 

「謝る相手が違うだろう?」

 

「魔法を向けてすみませんでした!」

「魔法を向けてすみませんでした!」

 

「あ、ああ。怪我はなかったし、俺は問題ないが」

 

 香澄と泉美は達也にも謝罪を述べる。急激な態度の変化に達也も小さく動揺していた。

 

「さて、汚い大人の事情だが、七草家の人間を魔法無断使用なんかでしょっ引きたくはない。できればここだけの話にしたいのだが……」

 

「この程度で大騒ぎするつもりはない」

 

「という事なので、今回は不問にします」

 

 達也が俺の意を汲み取ってくれ、彼の善意に甘えて俺は事件の揉み消しにかかった。

 

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

 

「二度目はないからね」

 

「はい!」

「はい!」

 

 双子故なのか、香澄と泉美の共鳴は熟練の兵隊が如く一部の歪みもなかった。

 

「それでは、俺は巡回に戻ります。雫も持ち場に戻ってくれ」

 

「うん」

 

「俺も新入生の誘導に戻る」

 

 そうして事態は収束し、自然に皆が別れていく。俺と達也だけが、横並びで歩いていた。

 

「達也、サイオンセンサーってどうにかできるか?」

 

「ピクシーにハッキングのテクニックを伝授してある。第一高限定だが、監視システムのデータは自由に書き換え可能だ」

 

「悪いが頼んだ」

 

「了解した」

 

 限りなくアウトに近い事件の揉み消しが、俺と達也の手によって行われた。




泉美の達也に対する敵意:「十六夜義兄化計画」の障害となり得る存在として排除をしようとした。が、十六夜本人に咎められた上、後に達也が十六夜の友人と知って態度を改める。
 ちなみに、「真由美をくっつける事での十六夜義兄化法案」は十六夜に意中の人が居る事が判明してもまだ諦めていない。「愛人の妹も義妹なのでは……?」と、考えてなくもない。

十六夜と雫の友達以上恋人未満:十六夜と雫も含む達也一団が誰も吹聴していないため、その関係は周知されていない。ただ、雫から十六夜へのスキンシップがあからさまなので、雫の恋心は周知されている。

 閲覧、感謝します。

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