また、本編を読むにあたり必須となる一話ではありません。
なので、『Rewrite』をプレイしていない方は読み飛ばしてしまっても構いません。
今回について、以上の事をご理解の上でお進みください。
「ようやくだ……。ようやくここまで来た……!」
名も知らぬ花が咲き乱れる丘。この場所に至る事を悲願としてきた少年は、少年らしからぬ怒りに淀んだ歓喜を溢れさせた。
その丘はあまりにも神秘的な光景を作っていた。草花は淡く光り、背景は異常な程大きな月が飾られている。さながら、正者の生ける世ではないかのような光景だ。
冥界とすら捉えられそうなその地を、少年は知った事かと歩を進める。少年はそもそもここが冥界ではないと知っているのだ。この神秘的な場所は、ともすれば神域。少年の恩人は『篝の丘』と呼んでいた場所。
少年にとっては怨敵の居場所だった。
丘を進めば、材質不明の板が埋め込まれた頂上が見えてくる。その板に刻まれた線がいくつにも枝分かれし、極光めいて輝いている。それもまた神秘的ではあるが、少年はそれを悍ましい物であると直感していた。
なぜならば、その板を守るように怨敵たる少女が立っているからだ。
純粋無垢で穢れの知らぬような少女。だが、居る場所は神域だ。その存在は如何なるモノか、おのずと察しが付くだろう。その少女が、所謂『神』であり、恩人曰く『篝』である。
少年は
『鍵』を守ろうとした結果、『鍵』を拒絶する者たちに友人を殺された事もある。
『鍵』を殺そうとした結果、『鍵』を崇拝する者たちに恋人を殺された事もある。
『鍵』を隠そうとした結果、『鍵』を巡り争う者たちに恩人を殺された事もある。
少年が経験してきた多くの人生、多くの世界は本当の世界ではない。『神』によって試行された偽りの世界。『神』がより良い生物の発展を試行する仮想世界。
『神』はその試行に価値がないと判断すれば、すぐさまに生物を滅ぼし、次の試行に移る。そういうシミュレーションなのだ。ゲームをリセットする事と変わりないのだから、人類を滅ぼそうが問題ない。
だが、それがどうしたと言うのだ。目の前で友人が、恋人が、恩人が殺されていく様も問題ないのか。その様を見てきた少年の感情も、嘘偽りなのか。
否、断じて否である。
「ああ、『神』よ!会いたかった、貴様に会いたかった!!」
友人が殺される度に『神』への恨みを抱いた。恋人が殺される度に『神』への憎しみが増した。恩人が殺される度に『神』への怒りを燃やした。人類が滅ぼされる度に『神』への復讐を誓った。
この感情は偽りではない。
大切な者を守りたいという感情が偽りではないからこそ、少年は隣人を、人類を守ろうとした。何回失敗しても。何十回失敗しても。何百回失敗しても。
人類を『鍵』から守れないと悟っても、少年は諦めなかった。やがて、『神』を殺せば人類はこのシミュレーションから解放されると、少年は結論付けた。
「人類の未来を、人類の自由を!返してもらうぞ!!」
だから少年は『神』を殺しに来た。自身の復讐を遂げに、人類の無念を晴らしに来た。
少年は駆け出す。怨敵である『神』を穿つために、その『神』へと手を伸ばす。
『神』の両手に結ばれているリボンは敵意に呼応して蠢き、少年を滅ぼさんとする。
少年は『鬼門遁甲』で照準を外そうとするが、『神』の目は欺けない。リボンを破壊しようと『分解』を用いるが、『神』の存在は分かたれない。ありとあらゆる魔法は効果がない。存在の格が違うとでも言うのか、人の力では『神』に通用しない。
ならば、『神』の力には『神』の力だ。
少年の手首からオーロラのような光が露になる。それは少年の汚染系超人技能が進化した物。血液を刃にする彼の技能は、仮想世界で『鍵』のリボンを取り込む事によって、『神』のリボンと同質の刃に進化した。
故に、それは『神』の力。少年が持ち得る中で唯一『神』に対抗し得る極光の剣である。
「うおおおおおおおおおおおおおおーーーーーー!!!」
極光の剣は寄せ来る『神』のリボンを防ぎ、少年は一歩、また一歩と着実に『神』へと近付く。
少年はほんの十数メートルの距離を、しかして『神』の攻撃が絶え間なく降り注ぐ茨の道を駆け抜ける。
そして、少年の復讐は――
人類の無念は――
「■■■■!!」
――ついに『神』を穿った。
胸を穿たれた『神』は、断末魔を上げて光となる。
「ああ、ついに。ついにやり遂げた……。長かった、永かったよ……」
多くの絶望を体験してきた少年の復讐劇は終わりを告げる。だが、少年の使命はまだ終わっていない。この神域を満たす生命力を、『アウロラ』を、地球へと返さねばならない。
そう、ここは座標で言うなら月。真の世界にある月その物。そして、異常な程大きな月こそ、本当の地球。地球の『アウロラ』を月に居た『神』が奪う事によって地球は不毛の大地となり、その『アウロラ』を用いる事で『神』はシミュレーションを繰り返していたのだ。
少年はゆっくりと地面に埋め込まれた板へと歩いて行き、そして、極光の剣で切り裂いた。板からは『アウロラ』が光の粒子となってあふれ出し、地球へと飛んでいく。
「ああ、願わくば。より良い未来を。より良い自由を……」
少年は偽りの世界で培われた『魔法』の知識を、その粒子に混ぜた。
「切に願う。『リライト』なんて己を呪う力ではなく、『魔物』なんて世界を呪う力ではなく。より良い未来を祝う力を……」
『リライト』や『魔物』などは、人の『アウロラ』を使う生命を蝕むような能力だ。少年はその能力の廃絶を祈り、より良い力である『魔法』が広まる事を望んだ。
◆◆◆
何処かの研究施設。そこは二人の指導者によって束ねられた何処の政府にも属さない研究組織の本拠地である。その研究組織は上昇志向のある者を鼓舞するような『英雄』と心折れた者を癒すような『聖女』のカリスマにより、非政府組織ながら多くの人員を抱え、とある研究を進めてきた。
しかし今、その本拠地に居た研究員たちは皆事切れ、倒れ伏している。『聖女』派の謀反が起こったのだ。『英雄』派はもちろん対抗したが、本拠地に留まっている『英雄』派は少なかった。それでも相打ちに持っていき、作り出した結果が共倒れの現状である。
「どうして、君がこんな事を……」
「人類が憎い、という理由じゃ駄目かしら」
その研究施設の最奥で、『英雄』と称される青年は『聖女』と称される婦人に相対していた。青年が悲しみに満ちながらも力強く立っているのに対し、婦人は憎しみに満ちながらも弱々しく車椅子に座っている。
「悲しい記憶ばかりよ、この世界は。貴方もそう思わない?」
「そんな事はない!君と過ごした日々は、俺にとって間違いなく良い記憶だった!」
爆発音が断続的に響く研究施設においても、青年の叫びは遮られない。それだけ、彼には強い意思があった。愛しき人と過ごした、掛け替えのない良い記憶があった。
「ええ、そうね。貴方との、『超人』や『魔物』の研究は楽しかったわ。より人が安全に使えるようにした『魔法』の研究はね。でも人々は結局それで戦争するわ、間違いなく」
だが、青年の叫びはまるで婦人に響かない。青年の熱い思いも、冷めた婦人には伝わらない。
「あの力は、魔法は!人類の新たな可能性!人が、より良く発展するための知識だ!たとえ、それで争いが起こるとしても、人には必要なんだっ……」
人間は新しい道具を得て、まずする事は戦争であると、青年も理解していた。しかし、それでも魔法は人類に必要なのだ。
組織が行った地球環境予測で、遠くない未来に急激な温暖化か寒冷化が訪れる可能性を導き出していた。それによる環境悪化を受けて人類が緩やかに衰退する算出結果も。その人類衰退に歯止めをかけるために、新たなる知識、『魔法』が人類になくてはならないのだ。
「出る犠牲については都合よく見ない振りをするのね」
「違う!犠牲を直視し、犠牲を無駄にしないように教訓とするんだ!俺たち人類は教訓から、過去から学ぶ事ができる!」
片や冷静に現実を論じ、片や熱烈に理想を語る。どこまで行っても平行線なのは目に見えていた。
「過去から学ぶ、ね。過去から学んで出した私の結論がこれなのだけど?」
「……っ」
転がる多くの骸と所々破損する研究施設。婦人はそれらを指し示すように両手を広げ、底冷えのする笑みを浮かべている。青年は思わず身を竦めてしまった。どうしようもない相違を彼は突き付けられてしまったのだ。
婦人は心折れて立ち止まる人々を見てきた。人類の失敗を学んできた。
青年は上昇志向で前へ進む人々を見てきた。人類の成功を学んできた。
分かり合えるはずがなかったのだ。今までは偶然にも手を取り合えていた。奇跡的に成り立っていたのだ。
「もう分かったでしょう?私たちは、道を違えてしまったのよ」
「ああ、分かった……っ」
婦人の冷めた双眸が青年を射抜く。青年の燃える瞳が婦人を見つめ返す。
「私は、『魔法』の知識を全て消去し、この先緩やかに衰退する人類を望むわ」
「俺は、『魔法』の知識を世界に広め、この先穏やかに発展する人類を望む!」
青年は覚悟した。愛しき人を殺め、彼女の凶行を止めると。
「さぁ、私は逃げも隠れもしないわ」
婦人は覚悟した。愛しき人に殺され、彼の粛清を受けると。
青年は懐から血濡れたナイフを手に取る。拳銃ではなく、ナイフを。彼女を殺す罪から逃れぬよう、その手にしっかり刻み込もうと。ナイフを握って、駆け出した。
「……っ!」
何の抵抗もなく、青年は婦人の胸にナイフを突き立てる。肉の感触が嫌な程克明に手へ伝わる。何度目かの人殺しに、青年はとても泣きそうな顔をした。
「……お見事」
突き立てられた婦人は、とても幸せそうな顔をしていた。
「どうして、こうなってしまうんだ……。君のために、研究してきたと言うのに……」
青年は彼女の虚弱な身体をどうにかするためにも研究していた。アウロラの研究で、彼女の体を癒す術を探ってもいた。残念ながら、その術は見つからなかったが。
「これは、『祝福』よ。人類が、私たち『魔物使い』や『超人』という古い楔から解き放たれる、ね……」
「違う、これは『呪い』だ……。俺を、苦しめるための……。何人こうやって、殺してきたと……。どうしてここまで、やってきたと……」
青年は人類に貢献しなければいけないという使命感と、愛する人を助けたいという恋心でここまで来た。ただ、それらを果たすため行ってきた多くの罪業に苛まれながら。
「貴方は、よくやったわ……。ここまで、必死にやってきて……。最後に、私という『人類の敵』も、仕留めたじゃない……。いい加減、貴方も疲れたでしょう……?そろそろ、お休み、しましょう?」
青年の流す涙を婦人がゆっくりと拭う。
「ああ、疲れた……。本当に疲れたよ……。こんなに報われない最後なら、こんなに頑張るんじゃなかった……。でも、休む前にもう一つ仕事をしなくちゃ。君とここまでやってきた研究だから、誰かに託しておかないと……。君は、先に休んでてくれ。すぐに後を追うよ……」
「ええ。お休みなさい……、我が愛しの英雄様」
「ああ。お休み……、我が愛しの聖女様」
婦人と青年は、最期の口付けをする。口が離れ、婦人から力が抜けていき、彼女が物言わぬ骸となったのを青年は確認した。彼女の熱を惜しみながらその骸を横たえる。まだ仕事は終わっていない。
青年は研究所の機器を操り、どうにか破壊されていないデータをかき集める。そして、かき集めたデータを彼と彼の腹心しか知らない拠点へと送信した。
「『願わくば。より良い未来を。より良い自由を……』」
青年は人類に未来を、自由を託した。
爆発音が近付いてくる。青年は逃げない。彼の使命は既に果たされている。それに、もう何処にも行く気力が湧かない。帰るべき場所もなければ帰りを待つ人も居ない。彼はここへ至るまでに親しき人も愛しき人も切り伏せてしまった。彼は使命を果たすまでに、随分と人を殺め、罪を犯してしまった。
青年は神の審判を待つ。
1999年某日。とある研究施設で起こった爆発事件は、研究施設から放射性物質が見つかった事から狂信者集団が行った核兵器テロ事件として処理された。
そして、その狂信者を全て一人で殺め、事件を未然に解決した『超能力者』の存在が確認された。
その施設から逃げ出した研究員は施設で行われていた超能力の研究データを持ち出し、各国に身柄の保証を条件に提供。これにより、各国で『魔法』と銘打たれた超能力の研究が始まった。
閲覧、感謝します。