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ゴンドールの大陸 作者:芹沢 まの

第一章

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仕事の契約

 その夜、アーロンは仕事を早めに終えた後、1人で王都へと出掛けた。

 先日酒場でもらった紙を頼りに、護衛の仕事の申し込みに向かう。暮れ行く王都では酒場街から早くも賑やかな声が響いていた。紙に示されている場所は、かなり分かりにくかった。

 迷いながら行き着いた先は商店が連なる中に挟まれるようにしてひっそりと佇む小屋で、特に看板も無い。けれどもそこが仕事の仲介所であることは間違い無いようだ。

 アーロンは躊躇いつつ小屋の扉を開けて中に入った。


「――誰だ?!」


 音を聞きつけ、すぐに中から声が届く。次いで目の前に、体の細い神経質そうな顔をした男が現れた。

 身なりは悪くないが、金持ちとも思えない。訝しく思いながらもアーロンは手に持っている紙を見せ「仕事したいんだけど」と告げた。

 男が差し出された紙に視線を落とす。


「あぁ…、腕に覚えがあるのか?」

「うん」


 男はニッと笑みを浮かべると満足そうに頷く。


「自信が無けりゃ、来ないわな。頼もしいね」


 そう言って背を向けると「こっち来てくれ」と言ってアーロンを案内した。そして木の机を囲うようにして置いてある椅子に座るよう促す。アーロンは言われるがまま座りながら、周りを観察した。小さい小屋だが、一応2部屋あるらしい。奥に次の部屋に続くだろう扉がある。


「ここ、あんたの家?」


 目の前に座った男にアーロンは問いかけた。


「まぁね。俺は流れの商人だ。アリステアとローランドを行ったり来たりしてる」

「ふぅん」


 男は「バルジーっていうんだ」と言いながら右手を差し出した。


「俺はアーロン・アルフォード」


 名乗り合いながら握手を交わす。そして早速本題に入った。


「…ゴンドールに行くって聞いてるんだけど」

「そうなんだ」


 バルジーが頷いた。


「あそこはお宝の山だ。ローランドに行く前に、沢山仕入れに行きたい」


 バルジーの言葉にアーロンはちょっと眉を潜めた。


「俺、ローランドには行けないぜ」

「分かってるよ」


 バルジーが苦笑する。アーロンは不思議そうに首を傾げた。


「なんなんだよ”お宝”って」


 ゴンドールにどんな素晴らしい物があるというのだろう。いい宝石が作れる鉱石でも取れるのか。最近宝石の価値に泣かされたばかりのせいか、すぐに頭に浮かんだのはそんな可能性だった。


「アリステアでは価値の無いものさ。今はローランドでしか売れない」


 けれどもバルジーの一言であっさり否定される。


「だったらローランドで護衛を雇えばいいのに」

「ローランドでは、金貨10枚程度じゃ雇えないね」


―――金貨10枚”程度”?!


 アーロンは目を見張った。ローランドで傭兵をやるとそんなに儲かるのかと思ってしまう。


「だから、なに、お宝って」


 重ねて問いかけたアーロンの問いを、バルジーは「いいじゃねぇか、何でも」とはぐらかす。すっきりしない想いながら、アーロンはそれ以上の追求を諦めた。


「で、いつ行くの?」


 アーロンの問いかけにバルジーは「今ここでの仕事ノッてるから、ちょい先だな」と答えた。アーロンは顔をしかめる。


「俺、急いで金が必要なんだけど」

「そう言われてもね」


 バルジーののんびりとした答えに、アーロンは溜息を漏らす。そして少し考えると「あのさ」と口を開いた。


「前金くれない?金貨2枚」


 アーロンの申し出にバルジーは何も答えず彼を見ている。信用に値する男かどうかを、こちらも値踏みしているに違いない。


「別に金持って逃げねぇよ。俺、アリステアの兵士だし、城に住んでるから身元も確かだぜ。それよりさ、本当にあんたが金貨なんか持ってるのか、心配じゃん」


 言っていることは多少本音も入っていた。商人とはいえこんな小さな家で住むこの男を、どこまで信用していいものか。相手にしてみても、若造である自分を前に同じ気持ちかもしれないが。

 アーロンは自分の首にかけてある細い鎖につながった小さな銀の板を取り出した。そしてそれをバルジーに示す。


「これがアリステア兵士の身分証だ。…見たことないかもしれないけど」


 バルジーはしばらくその身分証を見ながら考えを巡らしていたようだったが、不意に立ち上がると隣の部屋へと消えた。そしてあまり間を置かずにまた戻ると、机の上に軽く金貨を2枚転がす。


「前金だ」

「――うわ、ありがと!」


 思わず声に興奮が混じる。言ってはみるものだ。本当に前金をもらえるとは思わなかった。


「これで契約成立だな。仕事の日はいずれ知らせる。…城に行けばお前は居るのか?」


 アーロンは頷いた。


「門番に名前を言って呼び出してもらってくれ」

「…分かった」


 用事が終わったということで、アーロンは椅子から立ち上がった。そしてバルジーと向かい合う。


「それじゃ、また」

「頼んだぜ」


 2人はそんな言葉とともに、また握手を交わした。

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