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ゴンドールの大陸 作者:芹沢 まの

第一章

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新国王誕生

 アリステア王国の中心部に位置する王都カーデロイは、四方を塀に囲まれた要塞都市の形をしている。海を隔てた向こうに存在するローランド王国との、長い戦乱時代の名残である。

 お互いの大陸の領土を求めたかつての王は、武力でそれを得ようと試みた。けれども両国の軍事力は均衡していたため長い戦いにはっきりとした決着は付かず、20年以上前に停戦して以降、両国はお互いに全く交流を持たない独立国となっている。

 王都カーデロイの中心部には白く巨大な王城が聳え建ち、一応の平和を保つ王国の象徴として今日も眩い日の光を背負っていた。


「ジークフリード王、万歳!」

「新国王、万歳!」


 王城を囲うようにして集う国民達が、口々に歓声を上げる。彼等は全員振り仰ぐようにして王城の高い位置にあるバルコニーから手を振る男に注目していた。

 距離がありすぎるためにその顔は定かでないが、辛うじて頭上に頂く王冠の輝きだけは目に届く。

 国民にとって王族の顔形などどうでも良かった。ただそこに立っている人物が、国王として即位した人物であるということさえ認識できれば充分である。

 国民は競い合うように手を振り声を上げ、場は異様な熱気に包まれていた。


 今日、アリステア王国には新国王が誕生した。


 前国王が病により崩御し、第一王子であったジークフリード王子がその座を継いだ。王子は現在28歳で、即位に早すぎるということはない。前王であるヨーゼフ王は20歳で王となり、50歳でこの世を去るまでの30年間、王として国民に慕われ続けた。

 ヨーゼフ国王の最大の功績はローランドとの長い争いに終止符を打ったことであった。戦により歩みを止めていた国はその平和と豊かさを取り戻し、国は発展を続け現在に至る。その王の崩御は国民を深く悲しませたが、国民の期待は自然に息子であるジークフリード新国王へと向けられている。

 

 ◆


 お祭り騒ぎの国民の声を聞きながら、亡きヨーゼフ王の正妃であった皇太后カーラはバルコニーに立つ息子の背中を見つめていた。

 真っ黒な髪は頭の後ろに引っ張り上げて纏められており、彼女の48歳という年齢から来る落ち着いた雰囲気を強調している。顔にいくつかの皺は目立つようになったものの、かつての美しさが伺える上品な顔立ちをしていた。

 カーラは冷たい印象の切れ長の目を真っ直ぐ息子に向け、その赤い唇に薄く笑みをたたえていた。

 満足気な微笑みだった。


―――やっと、この日が来た…。


 カーラは王冠を頂く息子の姿に、感慨深げにため息をついた。もとは公爵家の娘であったカーラは、ヨーゼフが王として即位すると同時に王妃として嫁いできた。政略結婚のため甘い結婚生活とは言いがたい毎日だったが、周りの期待に応え王子を2人産むことができた。

 第一王子がジークフリード、第二王子がヨハンである。

 それによってカーラの地位は不動のものとなった。彼女の後に側妃も迎えられたが、何人子を産もうとカーラの息子が王位につく事は間違いなかった。


「…母上」


 カーラの隣に立つヨハンが、ふと母親に声をかけた。カーラは頬を緩めたまま息子に目を向ける。


「アイリス姫の事は今後どうなさるおつもりですか?」


 その問いかけに、カーラの顔から笑みが消えた。


 ”アイリス姫”


 その名前はカーラが最も忌むべき女の名前だった。


「――今そんな話、どうでもいいわ」


 明らかに語気を荒げた母親に、25歳のヨハン王子は子供のように怯えて口を閉ざした。ジークフリードと違ってどうも気の弱い王子に苛立ちつつ、カーラはまた視線を前に向ける。

 アイリス…。それはヨーゼフ王の側妃の1人である女の名前だった。


 ヨーゼフが何人側妃を迎えたとしても特に気にすることはないと思っていたカーラだったが、ヨーゼフが37歳の時に側妃として迎えられた姫は、弱冠15歳の少女だった。

 娘のような歳の女を相手にするなどと、なんと愚かなことかと当時は鼻で笑ったものだった。

 

 けれどもその後のヨーゼフのアイリスに対する対応は、今までのどの姫君に対するものとも違っていた。後宮内で一番身分が低いにも関わらず最上の部屋を与え、自分は毎日のようにその部屋へ通って朝まで過ごした。晩餐会などの際には王妃であるカーラを一応隣の椅子に座らせるものの、反対側には必ずアイリスの席が用意されていた程だ。

 側妃である姫をそんな高位な席に置くなど、普通では考えられないことだった。


 身分の低い小娘が自分と対等の扱いを受ける。カーラにとって、それはこの上ない屈辱だった。

 当然、あっという間にアイリスは身篭った。もし産まれる子供が王子であったら、ヨーゼフが”王位を継がせる”などと言い出すのではないかと、当時本気で心配したものだった。

 だが、産まれた子供は王女だった。リンティアと名づけられた。


 ヨーゼフはアイリスと同じように、リンティア王女のことも目に入れても痛くないほどの可愛がりようだった。カーラが産んだ2人の息子には、いつも無関心であったものを…。


 けれどもヨーゼフは死んだ。やっとあの目障りな国王が消えた。

 今後アイリスには身分にふさわしい扱いを受けさせるべきであろう。今の部屋を追い出し、後宮の奥の小さい部屋へと移動させる。そしてリンティア王女ともども、二度と公の場に出ることは許さない。

 

 逆らえるはずはない。自分は国王の母なのだ。


 カーラは自分の体にぞっとするような快感が走るのを感じて、微かに体を震わせた。

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