殿堂入りについて集中的に考えようと思うが、その前に「審判」に関する考察をもう少し加えたい。
現在、NPBの審判部は、現役の審判が56人、審判長1人、審判技術委員が4人いる。
その顔ぶれの年齢と、審判学校への留学の有無、試合数、プロ野球経験の有無を一覧にした。

審判学校はMLB公認。アメリカで年間に5週間しか開かれない学校だ。いろいろな名前の審判学校があるが、校長が変われば名前が変わるだけだ。常に2校しか設置されない。
審判部がセパに分かれていたころは、セはハリーウェンデルステッド審判学校、パはジムエバンス審判学校に留学した。
NPBの審判に採用された職員は1年間研修を受けたのちに、審判学校に留学する。アメリカだけでなく世界から学生が集まってきている。また日本人でMLBの審判を目指す人も学んでいる。
MLB傘下のマイナーリーグに採用されるには、この学校で優秀な成績を取らなければならない。日本の審判部からの留学生はいずれも優秀な成績を上げて卒業証書を持ち帰っている。
昔は審判学校に留学経験のある審判は、富澤宏哉(アル・ソマーズ審判学校卒)くらいしかいなかったが、今はこういう形で、ほぼ全員がMLB公認の審判学校に学ぶ。
いわばMLB傘下の審判と出発点は同じなのだ。
また、かつては大部分がプロ野球経験者だったが、今は審判技術委員も含めて18人だ。
多くの審判は2軍での経験を積んで、30歳前後で1軍の試合にデビューする。しかし、相撲の行司のように年功序列で出世するのではなく、それなりに競争がある。
もちろん、組織や名簿だけを見て、審判部の中身が分かるわけではないが、昔の審判部に比べてもしっかりした組織になっていると言う印象を受ける。
なお、審判部員は定期的に、公式使用球の検査に立ち会わなければならない。統一球導入後も審判部員は検査に立ち会い、報告書を事務局と一緒に作成し、コミッショナーに上げていた。
それを握りつぶしたのは、コミッショナーや事務局側であり、審判部ではない。
NPBの審判部がMLBの審判部の動きを1年後にトレースするのは、NPBの審判部の基本的な考えが、MLBに準拠しているからだ。
審判員の経歴を見てもわかる通り、今のNPBの審判は、MLBとほぼ同じ考え方でジャッジをし、試合を宰領しているのだ。


しかし、NPBとMLBでは審判の置かれた環境は大きく違う。
MLBでも世紀の誤審と呼ばれるようなミスジャッジは起こっている。
その当座は審判に大きな批判が集まるが、多くの場合、審判が謝罪をし、当事者の選手もそれを許すことで話は収まる。率直な謝罪は美談仕立てとなる。そして審判の権威は損なわれることはない。
しかしNPBでは、ミスは非常に厳しく指摘される。監督や選手は審判や審判部をこき下ろし「いなくても良い」というような発言をする。少し前までは暴力も振るわれていた。そしてファンは、審判を無能呼ばわりする。審判部も世間の非難を恐れて公式の謝罪をしないことも多いし、事実関係を隠ぺいすることもある。
こういう形で審判の権威は貶められてきた。
誤審は、審判に非はあるのは明らかではある。しかし審判部は「球界や世間は何を言っても許されない」と分かっているから、逃げを打つのが習い性になっている。
何度も言っていることだが、日本人は他者の失敗を決して許さない。「完ぺきにやって当たり前」と思っている。
その上、目の前の勝敗に異様にこだわる。失敗が自分の不利に働こうものなら、目の色を変えて罵倒する。そして、その失敗をいつまでも覚えている。
そういう国民性なのだろう。
審判と言うのは、仕事を完璧にやりおおせている限り、選手やファンにとっては空気のような存在になってしまう。目立つのはミスジャッジをしたときだけだ。
だから、審判は「ミスをした」ことでしか記憶されないから、その権威は落ちていく一方である。
また日本人の多くは、機械を導入すれば人間の行動の多くの部分の精度が上がると言う「テクノロジー信仰」を持っている。実際にジャッジするのは生身の人間なのに、その判断よりも機械を信用すると言う不思議なメンタリティを持っている。
そういう風土にあって、VTRの適用範囲が広がること、そしてそれ以上にビデオでのリプレイが即座に流れることで、審判の権威はさらに貶められるだろう。
私には、それが不当なことにしか思えない。
野球は生身の人間がやっている。努力や研鑽によってその精度は高まるかもしれないが、それは人間の肉体の限界を超えることはない。しかし審判だけは「機械に変えた方が良い(人間の肉体の限界を超えた方が良い)」と多くの人が思っている。
私には理解できないことだ。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひ、コメントもお寄せください!
↓
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審判学校はMLB公認。アメリカで年間に5週間しか開かれない学校だ。いろいろな名前の審判学校があるが、校長が変われば名前が変わるだけだ。常に2校しか設置されない。
審判部がセパに分かれていたころは、セはハリーウェンデルステッド審判学校、パはジムエバンス審判学校に留学した。
NPBの審判に採用された職員は1年間研修を受けたのちに、審判学校に留学する。アメリカだけでなく世界から学生が集まってきている。また日本人でMLBの審判を目指す人も学んでいる。
MLB傘下のマイナーリーグに採用されるには、この学校で優秀な成績を取らなければならない。日本の審判部からの留学生はいずれも優秀な成績を上げて卒業証書を持ち帰っている。
昔は審判学校に留学経験のある審判は、富澤宏哉(アル・ソマーズ審判学校卒)くらいしかいなかったが、今はこういう形で、ほぼ全員がMLB公認の審判学校に学ぶ。
いわばMLB傘下の審判と出発点は同じなのだ。
また、かつては大部分がプロ野球経験者だったが、今は審判技術委員も含めて18人だ。
多くの審判は2軍での経験を積んで、30歳前後で1軍の試合にデビューする。しかし、相撲の行司のように年功序列で出世するのではなく、それなりに競争がある。
もちろん、組織や名簿だけを見て、審判部の中身が分かるわけではないが、昔の審判部に比べてもしっかりした組織になっていると言う印象を受ける。
なお、審判部員は定期的に、公式使用球の検査に立ち会わなければならない。統一球導入後も審判部員は検査に立ち会い、報告書を事務局と一緒に作成し、コミッショナーに上げていた。
それを握りつぶしたのは、コミッショナーや事務局側であり、審判部ではない。
NPBの審判部がMLBの審判部の動きを1年後にトレースするのは、NPBの審判部の基本的な考えが、MLBに準拠しているからだ。
審判員の経歴を見てもわかる通り、今のNPBの審判は、MLBとほぼ同じ考え方でジャッジをし、試合を宰領しているのだ。
しかし、NPBとMLBでは審判の置かれた環境は大きく違う。
MLBでも世紀の誤審と呼ばれるようなミスジャッジは起こっている。
その当座は審判に大きな批判が集まるが、多くの場合、審判が謝罪をし、当事者の選手もそれを許すことで話は収まる。率直な謝罪は美談仕立てとなる。そして審判の権威は損なわれることはない。
しかしNPBでは、ミスは非常に厳しく指摘される。監督や選手は審判や審判部をこき下ろし「いなくても良い」というような発言をする。少し前までは暴力も振るわれていた。そしてファンは、審判を無能呼ばわりする。審判部も世間の非難を恐れて公式の謝罪をしないことも多いし、事実関係を隠ぺいすることもある。
こういう形で審判の権威は貶められてきた。
誤審は、審判に非はあるのは明らかではある。しかし審判部は「球界や世間は何を言っても許されない」と分かっているから、逃げを打つのが習い性になっている。
何度も言っていることだが、日本人は他者の失敗を決して許さない。「完ぺきにやって当たり前」と思っている。
その上、目の前の勝敗に異様にこだわる。失敗が自分の不利に働こうものなら、目の色を変えて罵倒する。そして、その失敗をいつまでも覚えている。
そういう国民性なのだろう。
審判と言うのは、仕事を完璧にやりおおせている限り、選手やファンにとっては空気のような存在になってしまう。目立つのはミスジャッジをしたときだけだ。
だから、審判は「ミスをした」ことでしか記憶されないから、その権威は落ちていく一方である。
また日本人の多くは、機械を導入すれば人間の行動の多くの部分の精度が上がると言う「テクノロジー信仰」を持っている。実際にジャッジするのは生身の人間なのに、その判断よりも機械を信用すると言う不思議なメンタリティを持っている。
そういう風土にあって、VTRの適用範囲が広がること、そしてそれ以上にビデオでのリプレイが即座に流れることで、審判の権威はさらに貶められるだろう。
私には、それが不当なことにしか思えない。
野球は生身の人間がやっている。努力や研鑽によってその精度は高まるかもしれないが、それは人間の肉体の限界を超えることはない。しかし審判だけは「機械に変えた方が良い(人間の肉体の限界を超えた方が良い)」と多くの人が思っている。
私には理解できないことだ。
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空気のような存在なんて最高のほめ言葉ではないですか?権威とか何の話ですか?
レアなデータを拝めたのでありがたくてこれ以上は言いませんが。