ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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むかしのおはなしです。

あるかたいなかにおんなのこがおりました。

このよのものとはおもえないびぼう。

はかりしれないまりょくのさいかく。

そのかわり、おんなのこにはこころというものがありませんでした。



#024 秘密の部屋は開かれたり

 

 校庭や城の中に湿った冷たい空気を撒き散らす十月がやってきた。

 校医のマダム・ポンフリーは、先生にも生徒にも急にかぜが流行しだして大忙し。

 体調不良から復帰してきたセオドール曰く、校医特製の”元気爆発薬”は効果抜群なのだとか。

 まぁその薬も万能というワケではなく、数時間は耳から煙を出し続けるという副作用があるのだけれど。

 モクモクと頭から煙を上げる彼の姿を思い返しながら、改めてボクは松明の松木に無様にぶら下がった猫を見詰めた。

 

「まぁたハロウィンかよぉ……」

 

 そう、今日は待ちに待ったハロウィンだった。

 去年は途中でトロールに台無しにされた分、今度こそは最後まで楽しんでやろう。

 そんな気持ちでいたボクにとって、目の前の光景はあまりにも惨いものだった。

 

 カッと見開かれた猫目、ダラりと下がった舌、逆だった全身の毛、木に巻きついている尻尾。

 

 管理人フィルチの飼い猫であるミセス・ノリスの変わり果てた姿である。

 廊下の薄暗さもあって割とホラーな光景は、道路で動物が車に轢殺された時と同じくらいの衝撃をボクに与えた。

 

「あー……ゲロ吐きそう……」

 

 つまり食欲なんてすぐにぶっ飛んだ。

 今年は例年になく豪華な仕様のパーティだと聞いたので、ボク自身凄くお腹を減らして楽しみにしてたのにこれは酷くないか? 

 まだ席に着いて皿の半分も食べてないんだぞ? 

 ダンブルドア校長が予約していた”がいこつ舞踏団”、すっごく楽しみにしてたんだぞ? 

 うーんこれは、少し催してパーティの最中にトイレに行ったボクが悪いのか? いや悪くない。

 悪いのは……

 

「お前だろ。こいつめ!」

 

 こんなひと目のある所で死にやがって、とボクは懐から取り出した杖で猫の額を小突く。

 

 生き物は皆、死んだらどうなるのだろうか? 

 そんな誰もが一回はぶち当たる疑問。真理。

 生命活動を終えたタンパク質の塊が、土の下で腐敗に任せていくばかりなのか。

 それとも魂は無事に天国へ向かい、彼らはそこで笑っているのか。

 まぁそんなもん死んだ者の事は死んだ者にしか分からないので考えるだけ無駄なのだ。

 生者にとっての疑問は、死後どうなったかではなく何故そうなったかであるべきだ。

 そんな事を現実逃避気味に考えながら、

 

「いのちっ♪ いのちっ♪ いのちっ♪ いのちっ♪ いのちっ♪」

 

 リズムに合わせて杖を突き出すも、杖先から伝わる感触はまるで石のよう。

 死後硬直か? ありえないだろう。

 皮や毛先まで硬くなるなんて聞いたことがないし。

 

「あ〜あ。フィルチさんこれ見たらすっごい悲しむだろうなぁ」

 

 もしかしたら寝込んでしまうかも。

 あの偏屈老人の猫に対する入れこみようを考えるにありえない話ではない。

 しかし、そんな彼には幸いな事が一つだけあった。というかボクが見つけた。

 

 ────多分だがミセス・ノリスは死んでいない

 

「……呪いによる仮死状態? ったくどういった呪われ方してんの? てか誰だよそもそも呪ったの」

 

 残念ながら被疑者候補は沢山いる。

 この猫とクソジジイのコンビによって痛い目に合っている生徒は多い。

 正直なところボクを含めた大多数の生徒は、あの意地の悪い爺さんに一回は天罰が当たってほしいと願っていた。

 なので教師陣以外の校内の生徒ほぼ全員が動機を持っているようなものだ。

 人の恨みなんて買わないに越したことはないという良い一例である。

 

「うーん? そもそもこれ本当に人間の仕業かな。違うでしょ」

 

 呪いの類なのは間違いないが、多分人間の仕業じゃない。断言しても良い。

 闇祓い(オーラー)見習い時代、ボクは闇の魔法や呪いに関して一通り叩き込まれている。

 お陰様で解呪の方はともかく、闇の魔法も呪いの知識も並の闇祓い(オーラー)よりかは自信がある。

 そんなボクが解呪の糸口はおろか、この猫がどんな呪いをかけられたかすら分からないのだ。

 

「……?」

 

 ふと上が気になったボクは一旦、猫を杖で小突くのを止めて、ミセス・ノリスがぶら下がっている松明────その更に上を見る。

 ぷぅん、と血と肉の腐った匂いが鼻についた。

 思わず舌打ちをする。

 

「うわ悪趣味」

 

 ”それ”は窓と窓の間の壁にべったりと塗りつけられていた。

 松明に照らされた高さ30センチほどの文字群。

 それらは真っ赤にちらちらと鈍い光を放っていて、ひと目で血文字と分かるものだった。

 

 ────”秘密の部屋は開かれたり”────

 

 ────”継承者の敵よ、気をつけよ”────

 

「はははは! 馬っ鹿じゃないの?」

 

 不覚にも最初に出たのはそんな言葉だった。

 だってそうだろう? 

 てっきりフィルチの恨み言かと思いきや、書かれていたのは犯行声明文にしたって意味不明な文章。

 書かれている文言からは、ミセス・ノリスがよく分からん儀式の生贄になったように見えなくもない。

 

「どっかの国の片田舎で見かけたエセ魔法族の儀式にこんなのがあった気がするな……」

 

 その連中は酷いもので大鍋や杖の代わりに、麻薬やら生贄やらで儀式を行っていた。

 まったく一体全体何を生成するんだか。

 ちなみにその解答は、相手がヤクがキマッてたせいで聞けなかった。

 

「まぁこっちも似たようなもんか」

 

 これを書いた何者かもおつむがキマッているのは間違いない。

 何せこの気味の悪い血文字は、一度書いて終わりではなく何度も何度も上から書きなぞっているような形跡がある。

 心の中に相当ワケわからないものを溜めこんでいる証拠だった。

 

「それにしても何でハロウィンの日にばっかり面倒事が起こるかなぁ……」

 

 前回はトロールが侵入してきた。

 今回はさほど死んでも困らない猫が呪われ、秘密の部屋? が開かれた。

 セキュリティどうなってるんだホグワーツ。

 これでイギリス国内では一番安全な場所というのだから笑わせる。

 

「まぁ取り敢えずは────」

 

 ミセス・ノリスの解呪は出来ない。

 頭のキマッてる犯人も分からない。

 現状は打つ手なしなのを再確認して、ボクの方針は決定した。

 

「────トイレ行くか」

 

 そして何事も無かったかのような顔をして、別ルートで大広間に戻って席に着く。

 おっと酷いなんて言い方はやめてほしい。

 如何せん、今この場にいるのはタイミングとして中々に良くない。

 騒ぎになってないところを見るにボクは第一発見者。

 第一発見者は良くない。何故なら凄く疑われるから。

 ”犯人がよく分からん時は、まず第一発見者を疑え”

 こんなアホらしい言葉が魔法警察の中では金言になっているくらいだ。

 

「がいこつ舞踏団の演奏、まだ始まってないよね?」

 

 それにボクの関心も大広間のパーティに戻りつつあった。

 何せ初めて見るのだ、がいこつ舞踏団。

 こんなスプラッタな場所にいても百害あって一利なし。

 仮死状態になったミセス・ノリスには悪いが、ボクはパーティを楽しませてもらう。

 どうせ放っておいたら、寮へ向かうルート的に他の不幸な第三者が見つけてくれるだろうし。

 

「にしても今回は珍しく役に立たなかったなこいつ」

 

 いっつも望んでもいない白昼夢(未来)を見せる右眼に、ボクはそっと触れる。

 こういう時は不思議と先回りするかのように”見せてくれる右眼”が今回は役に立たなかった。

 それも不安要素の一つである。

 

「何にせよとっととここを離れよう。ここにいる所は見られない方が良いしね」

 

 そう言って踵を返したボクの足はそこで止まる。

 既に遅かったのだ。

 僕の向かおうとした廊下の先には、三人の人影。

 大広間とはまったく真逆の方向からの登場に一瞬思考が麻痺する。

 

「あー、その……そこで何をしているのメルム?」

 

 ハリー・ポッター、ロナルド・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー。

 グリフィンドールの三人組(名物トリオ)が、ボクの進路を妨害するように立っていた。

 

「……あーあ見つかっちゃったか」

 

 バツが悪くなったボクは、ちろっとベロを出してはにかむように笑った。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 今見ている光景は悪い冗談だ、と誰かに言って欲しかった。

 いくらなんでも二年連続ハロウィンはキツい。

 しかしそんなハリーの願いも虚しく、目を擦って見ても薄暗い廊下の惨状は変わらなかった。

 

「あー、その……そこで何をしているのメルム?」

 

 自分でもびっくりするくらい小さな声が出た。

 それだけ目の前の状況が気味が悪かった。

 大きな床の水溜まり。

 松明の腕木に尻尾を絡ませてぶら下がっているミセス・ノリス。

 壁にデカデカと書き殴られた血文字。

 

「……あーあ見つかっちゃったか」

 

 何よりもそんな惨状の中ですら、平然と笑いかけてこれるメルムが一番不気味だった。

 なんで平然としていられるのだろう。

 普通はこう……もっと顔を青ざめさせたり顰めたりするものじゃないのか? 

 ちなみに暗がりの中、此方に手を振って近づいてくる彼女に恐怖の二文字は無い。慣れていると言わんばかりだった。

 それがハリーには凄く恐ろしく感じられた。

 

「メルム! これは一体全体何事なの!?」

 

 しかし、いつだって周りはそんなハリーの思いなど欠片たりともくんではくれない。

 青ざめた顔で壁の血文字を指さしたハーマイオニーがメルムへ問う。

 漸く血文字に気づいたのか、ロンがヒッと息を飲んだのが分かった。

 

「あ〜これね。気味が悪いよね。ボクも当分夢でうなされるかも」

 

 絶対嘘だ。

 ハリーは先程までのメルムを遠目で見ていたから分かる。

 ぶら下がった猫に同情するでもない。

 かといって気味の悪い血文字に嫌悪するでもない。

 ただ、感じるものはなにもないといった様子で、彼女は哀れな猫をじっと”観察”していた。

 

「メルム……その猫はどうしてそんな事に?」

 

「ボクに言われても。トイレに行こうと思って通りがかっただけだし」

 

 どうやらメルムはこの惨状を生み出した犯人ではないらしい。

 確かに犯行現場を見つかった人間がここまで落ち着いていられるとも思えないので、取り敢えずハリーは彼女の証言を信じることにした。

 

「ポッター達こそ、何でまたこんな時間にそこから出てきたのさ。パーティはとっくに始まってるけど?」

 

「あぁそれはね。”絶命日パーティ”だよ」

 

「”絶命日パーティ”? なにそれ。実は変な事やってて嘘をついてるんじゃないだろうねぇ。犯人は現場に戻ってくるって言うし……」

 

 現在一番怪しい人間のくせにこれだった。

 ハリー達としてもここで疑われては堪らない。

 ハーマイオニーが、訝しげな顔をするメルムに”絶命日パーティー”の説明を手早くした。

 

「……ゴーストが何百人もいたから、私達がそこにいたと証言してくれる筈よ」

 

「なるほどね。まぁ筋は通ってるか」

 

 ひとまず納得はしたらしいメルムと共に、廊下の隅へとハリー達は近づいていく。

 

「ねぇ、その……死んでるの?」

 

 恐る恐るハーマイオニーが、ぶら下がったままピクリとも動かない猫の様子を聞いた。

 

「あぁミセス・ノリスか。死んでないんじゃない? ボクもざっと調べただけだし何とも言えないけどさ」

 

 ホッとした様子でロンが笑った。

 

「本当かい!? ちっくしょーそりゃあ残念だ。フィルチの部屋に置物としてぶち込んでやろうと思ってたのに」

 

 彼のジョークはいつも冴えているが、今日は誰も笑わない。

 いくらなんでも不謹慎だった。

 ロンも自覚はあるらしく、少し気まずげに黙り込む。

 そんな彼を白い目で睨んだハーマイオニーが、壁を見上げて例の血文字を小声で読み上げる。

 

「秘密の部屋は開かれたり……継承者の敵よ、気をつけよ……? 何のことかしら」

 

 ハリーもさっぱり意味が分からなかった。

 メルムも同じようで肩を竦めて首を横に振っている。

 まぁ頭のおかしい奴のやる事なんて、健常な自分達に分かる筈もない。

 ハリーがそう思って血文字から目を逸らした時。

 

「ちょっと待って。何か思い出しそう」

 

 待ったをかけたのは、意外にも不謹慎発言のロンだった。

 どうやら彼の兄であるビル・ウィーズリーが、そんな話をしていたことがあるらしい。

 

「何だっけなぁ……確かホグワーツには呪われた部屋があるとか何とか……」

 

 皆からの注目を集めた途端に、ロンの声が尻すぼみになる。

 忘れてた事だが、ロンの情報はいつも尻切れトンボだった。

 呆れたように肩を竦めたメルムが大広間へと歩き出す。

 

「まぁそんな事はどうでも良いさ。それよりも早くここを離れようよ」

 

「どうして? 助けてあげるべきじゃないかな……」

 

「出来るわけないだろ。こんなあからさまな事件現場であれこれしてみなよ。どんな面倒事に巻き込まれるか分かったもんじゃない」

 

 その発言は酷薄だったが一理あった。

 誰だって面倒事はごめんだった。

 ロンなんか唸るのを止めて、もうメルムと一緒に廊下を歩き出している。

 

「ロン?」

 

「メルムの言う通りさ。ここにいる所を見られない方がいい。ミセス・ノリスにゃ悪いけど、こんな所見られたらフィルチにどんなイチャモンをつけられるか分かったもんじゃないぜ?」

 

 ロンの言葉にハリーはハッとした。

 あの偏屈な爺の事だ。ありえない話ではない。

 管理人のフィルチは、お世辞にもおツムはあまり良くはない。

 ハリー達が無実を訴えても、短絡的にその場にいたというだけで犯人扱いされてもおかしくはないのだ。

 そうでなくても、八つ当たり気味に罰則を科せられる可能性があった。

 

「そりゃマズいね! 早く動か、ない、と……」

 

 ようやくハリーが歩き始めた時には、もう遅かった。

 先に角を曲がろうとしたメルム達がピタリと立ち止まる。

 

「あーあ言わんこっちゃない……」

 

 メルムのボヤくような声と共に、遠い雷鳴のようなざわめきが聞こえた。

 まずい。ハロウィンパーティーが終わったのだ。

 何百人もの足音がすぐ近くまで来ていた。

 

「どうするの!?」

 

「どうするって……廊下の反対側から行くしかないでしょ」

 

 結果だけ言うとそれもダメだった。

 なんと大広間から移動してきた生徒達は、廊下の両側から上がってきたのだ。

 諦めたように肩を落としたメルムがシニカルに口を歪めた。

 

「まぁ君たちが来てくれて助かったよ。大広間にいた時間はミリセント達が証明してくれる。ここにいる時間も殆どは君達と一緒。取り敢えずボク()疑われないよね」

 

「え?」

 

 その言葉に違和感を覚えるも彼女に問うている暇はない。

 

「うわぁッ……何だこりゃ!!」

 

 廊下の惨状に気づいた生徒達が騒ぎ出したのだ。

 楽しげなさざめきは一転して、悲鳴へと変わっていく。

 気が早い連中は、ショッキングな光景を見ようと押し合い始めていた。

 その中で人垣を押しのけて、最前列に進みでた者がいる。

 ドラコ・マルフォイだった。

 彼は冷たい目に生気をみなぎらせ、声高に叫んだ。

 

「継承者の敵よ、気をつけよ! 次はお前達の番だぞ? ”穢れた血”め!」

 

 何かを言い返そうにも、生徒達から好奇の目に晒されたハリー達は廊下の隅で縮こまる事しか出来ない。

 それだけでも最悪だったが、もっと最悪な事が起きた。

 

「何だ! 何だ! こりゃ何事だ!?」

 

 マルフォイの大声に引き寄せられたに違いない。

 アーガス・フィルチが肩で人混みを押し分けてやってきたのだ。

 

「フィルチさん! これを見てください!」

 

 ぶら下がったままピクリともしない猫を指さして、満足そうにマルフォイはニヤッと笑う。嫌な笑みだった。

 フィルチはというと、マルフォイの指差す先────ミセス・ノリスを見た途端に恐怖のあまり手で顔を覆う。

 そして、金切り声で叫んだ。

 

「私の……私の猫だ! ミセス・ノリスに何が起こったというんだぁ!?」

 

 管理人からしてみれば災難極まりない話だった。

 床は水浸し、壁には濃く塗られた血文字。

 これだけでも掃除するのに何日掛かるか分からない。

 おまけに目に入れても痛くないほど可愛がっていた猫の変わり果てた姿だ。

 この時ばかりは、流石のハリーも彼に同情してしまった。

 

 しかしそんなハリーに、飛び出しそうな目を更に見開いたフィルチが掴みかかってくる。

 

「ハリー・ポッタァッ! お前だなッ! お前が私の猫を殺したんだなッ!!」

 

 憎悪の咆哮とはまさにこの事だった。

 その咆哮を真っ正面から受けながら、ハリーは困惑するしかない。

 

「え? 何で? 何で僕なんですか!? 犯人候補は他にもいるでしょう! メルムとか! メルムとか! メルムとかァッ!」

 

「とぼけるなッ! あの子を殺したのはお前だッ!!」

 

 決めつけてかかるにしても、これはない。

 先程の彼への同情など、あっという間に何処かへと吹っ飛んだ。

 しかし、頭がカーッとなったハリーが何か言うよりも先に、ロンの方が頭に来たのか激しい口調でフィルチを責め立てる。

 

「何でそんな風に断言出来るんですか!? まだ来たばっかりなのに!」

 

「そんなもん! あの壁の血文字を見りゃ分かる!!」

 

 唾を撒き散らしながら、フィルチは断言した。

 

「お前は知ってるんだ!! 私が……私が……」

 

 フィルチの顔が、苦しげに歪む。

 

「私が出来損ないの”スクイブ”だって知ってるんだッッ!!」

 

 その言葉を聞いた何人かの生徒が息を飲んだのが分かった。

 そして皆の視線がハリーに集まってくる。

 スクイブとやらが何の事かは分からなかったが、一気に自分への疑いが強まったのが肌で感じられた。

 良くない流れに、慌ててハリーは否定する。

 

「ぼ、僕、ミセスノリスに指1本触れていません! それにスクイブが何なのかも知りません!!」

 

「嘘をつくなッ!! お前は見ただろうッ! クイックスペルからきた手紙を見やがった!!」

 

 クイックスペルとは、数日前にフィルチの事務室で見たあの羊皮紙の束のことだろうか。

 

 ────クイックスペルは、全く新しい、誰にでもできる、すぐに効果が上がる、楽な学習コースです!!! 

 

 ────何百人という魔法使いや魔女が”クイックスペル学習法”に感謝しています!! 

 

 何であの軽く詐欺まがいな紙束がハリーを疑う材料になるのだろう? 

 ハリーにはまったく意味が分からなかった。

 

「アーガス!」

 

 人混みを掻き分けての鋭い一声。

 騒ぎを聞きつけたダンブルドアが、教授陣を連れて現場に到着したのだ。

 ダンブルドアは素早くハリー達の脇を通り抜け、ミセス・ノリスを松明の腕木から外した。

 

「アーガス一緒に来なさい。ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー、ミス・グレンジャー、ミス・グリンデルバルド、君達もおいで」

 

 どんどん大きくなる騒動に、メルムやロンがこの場から離れたがった理由を、今更ながらにハリーは理解する。

 

「校長先生! 私の部屋が一番近いです! すぐ上です! どうぞご自由に!」

 

 得意げに、興奮した面持ちでダンブルドアに進言したのはロックハートだ。

 彼は、この非日常的騒動に酷くご満悦のようだった。

 

「ありがとうギルデロイ。それでは早速」

 

 人垣が無言のままぱっと左右に割れて、一行を通した。

 パシャッ! パシャッ!! 

 空気を読まずに、シャッター音と共に白い光が断続的にハリー達を照らす。

 

「ハリー! こっち見て! ピースだよッピースッ!!」

 

 ぶっちゃけ声を聞かなくても分かる。

 このシャッター音は、ハリーにお熱な一年生(クリービー)のカメラによるものだ。

 確かに今のハリーは映えるだろう。

 さながら事件を起こして護送される囚人並みには。

 

「お、良いね。綺麗に撮ってよ? 1年生君!」

 

 驚く事に、メルムはといえば満面の笑みを浮かべてピースをしている。

 完璧なカメラ目線に満面の笑顔だ。

 

「まぁ何も悪い事やってないしね。別に写真くらいは許してしんぜよう!」

 

 ……多分、彼女がこのホグワーツの中で一番肝が座っている。

 ドナドナされる牛のような気分で、ダンブルドアの後ろを歩きながらハリーは心底そう思った。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 明かりの消えたギルデロイの部屋に入ると、何やら壁面があたふたと動いていた。

 ボクが目をやると、写真の中のギルデロイが何人か、髪にカーラーを巻いたまま物陰に隠れていくのが見える。

 

「校長! どうぞこちらに! その哀れな猫ちゃんを!」

 

「そうさせて貰おうかの」

 

 本物のギルデロイが机のろうそくを灯し、無駄に磨きたてられた机にダンブルドア校長を誘った。

 ポッター達はというと、緊張した面持ちで目を見交わし、ろうそくの明かりが届かない所でぐったりと椅子に座り込んでいる。

 ゴトリ、と机の上に置かれる猫。

 それを長い指でそっとつついたり、刺激したりしながら、ダンブルドア校長がくまなく調べ始める。

 

「実におもしろ……いや面倒くさい事になりましたねぇ、ミス・グリンデルバルド」

 

「……まったくですよ。第一発見者でなければ、もっと気は楽だったんですが」

 

 皆から少し離れた場所に立っているボクに、ギルデロイが話し掛けてきた。

 ナイスタイミングである。

 現在、この場にいる他の教授陣はミセス・ノリスの事で大忙しだ。

 情報を共有するのは今しかない。

 ボクとギルデロイは、視線を交わさずにこっそり小声で話を始めた。

 

(で、どうなんです? あれ)

 

(とりあえず死んでない。死んでないんだけど……ったくどんな呪いをかけたんだろうね? 解呪の方法がまるで分からない)

 

(ほう……死んでない、と。なら”異形変身拷問”の線は?)

 

(まず無いね。だったらボクでも分かるし、ダンブルドア校長がとっくのとうに解呪しているよ)

 

 ボクはダンブルドア校長の方を顎でしゃくってみせた。

 相変わらず校長は、剥製になったばかりのような有様のミセス・ノリスを、目を凝らして観察している。

 

(ボクはともかく、ダンブルドア校長をあそこまで悩ませる呪いか。面白いね)

 

(確かに興味深いし面白いですけどね? その呪いが自分に掛けられたらと思うとゾッとしますよ。しかしまぁ……これで取り敢えず学生の線はないでしょうね)

 

(だろうね。仮にそんな生徒がいるならヴォルデモートに変わる才覚の持ち主って事になるよ)

 

(……)

 

 ボクがヴォルデモートの名前を口にした途端、ギルデロイが怯えた様に黙りこくる。

 いつもこれくらい静かなら、もう少し人付き合いも上手くいくだろうに。

 そう苦笑しつつボクは話を続ける。

 

(そういえば壁の血文字に妙な一言が書いてあったけど。あれが何か知ってる?)

 

(”秘密の部屋”、ですか?)

 

(そうそう)

 

(あー……それなら学生時代に聞いた事があるような……)

 

 ふむ、とギルデロイが顎に手を当てて首を捻った。

 同時に、壁のギルデロイの写真も本人に合わせて、一斉に同じ仕草をする。

 

(スリザリン絡みの話だった気がします。しかもかなり古い……確かホグワーツ創設時代の話でした)

 

(……1000年前ってこと? 1年生の頃に、”ホグワーツの歴史”には一通り目を通したけれど、そんな単語は見かけなかったよ)

 

(そうだと思いますよ。七不思議みたいなものだった筈です。密かに伝説好きの生徒達の間で盛り上がってましたから)

 

 そこまで話し合ってボクらは一旦、情報共有を終える。

 現状分かりそうな事はこれ以上ない。

 これ以上は無駄話になるし、何より少し疲れた。

 

「うっうっ……グズッ……ミセス……ノリス……おぉ……」

 

 フィルチさんの方を盗み見れば、彼は机の脇の椅子にガックリと座り込んでいる。

 よほどショックなのか、手で顔を覆ったままミセス・ノリスをまともに見ることさえ出来ていなかった。

 涙も枯れた彼の激しくしゃっくり上げる声だけが部屋内に響く。

 ちなみにこの葬式じみた重苦しい空気は、ダンブルドア校長によって猫の生存確認が為されるまでずっと続いた。

 

「さて、結論から言おうかの。ミセス・ノリスは仮死状態じゃ。石になっておる」

 

「やっぱり!! 私もそう思いました!!!」

 

 隣にいたギルデロイが、調子良くダンブルドア校長の発言に同調した。

 

「まず2年生にこんな事が出来る筈がありません! これは最も高度な闇の魔術をもってして初めて為せる悪行です!」

 

「ほう? それは些か根拠としては弱いですな。当人に呪う力が無くとも対象を石にする手段など幾らでもある。猫を魔法生物に襲わせるもよし、闇の魔法道具の実験台にするもよし……あぁ、劇毒の魔法薬を調合して飲ませる、という手もありますな」

 

 影の中から我が寮監のねっとりとした声がした。

 自寮の生徒もいるというのに、スネイプ先生は一言もボク達に有利な発言をしてくれない。

 彼はポッター絡みの話だと理性を失う病気にかかっている。

 

「そもそもパーティに出席していたグリンデルバルドはともかく、他3人はパーティに出席していない事が分かっています。この空白の時間は何なのか。そして連中は何故三階の廊下にいたのか? ……謎は深まるばかり、ですな」

 

 自分はそうは思わないとばかりに、スネイプ先生は口元を微かに歪めて冷笑していた。

 我が寮監は本当に良い性格をしている。

 慌ててポッター達が本日二度目となる”絶命日パーティ”の説明をするが、スネイプ先生は重箱の隅をつついて言葉巧みに三人を容赦なく追い詰め始めた。

 ギルデロイはというと自分の世界に入ってしまったらしく、これまでの自分が未然に防いだ殺人事件(嘘)を数えている真っ最中である。

 

(10代の生徒相手にガチで論破する陰険根暗教師や、役立たずで口だけの無能教師。何でこんな濃いメンツばかり集まるのかな? ホグワーツの教授陣って)

 

 混沌とした状況に呆れたボクがため息を吐くのと、焦燥に駆られたフィルチさんが叫ぶのは、ほぼ同時だった。

 

「そんなことはどうでもいい! 私の猫が石にされたんだッ! そこの小僧共に刑罰を受けさせなけりゃ収まらんッッ!!」

 

 たるんだ顔を真っ赤にし、フィルチさんがポッターを睨む。

 そんな彼の肩に馴れ馴れしく手を置いたのはギルデロイ・ロックハート。

 自分の世界から帰還したギルデロイはニッカリと笑って無責任な言葉を口にする。

 

「安心召されよフィルチ管理人! 非常によく似た事件をかつて私は体験した事があります! 次々と人々が襲われ石になった怪事件でした! もちろん私が解決しました! あなたの猫は治してあげられますぞ!」

 

 ベラベラベラベラと、よく口が回る奴だ。

 一欠片も自信など無いくせに、ここまで堂々と騙れるのは一種の才能ですらある。

 

「丁度、スプラウト先生がマンドレイクを手に入れられたと仰ってました! 成長したらすぐにでも、この猫ちゃんを蘇生させる薬を私が作りましょう! なぁに大丈夫! ”マンドレイク回復薬”なんて何百回作ったか分からないぐらいですよ!」

 

 おいおい。何言ってるんだこの野郎。

 ボクが教え込んだ知識をひけらかすのは構わないが、出来もしない事を口にするんじゃない。

 誰が尻拭いすると思ってるんだ。

 

「お伺いしますがね? この学校では、我輩が魔法薬の教授の筈だが?」

 

 スネイプ先生が調子づくギルデロイに冷たく言った。

 ゴホン、と咳払いを一つすると、ダンブルドア校長がゆったりと口を開く。

 

「概ねロックハート先生の言う通りじゃ。どのようにして石になったかは分からずとも、石から元の状態に戻すことは容易い。スプラウト先生には儂から話を通しておこう。薬の調合は……そうじゃの。ここは一先ずスネイプ先生に頼む事としよう。ロックハート先生、申し訳ないがそれでよろしいか?」

 

「えぇ構いませんとも! スネイプ先生、何か分からない事があればいつでもこの部屋に!」

 

 なるほど、とボクは頷いた。

 確かにダンブルドア校長は、ギルデロイが口だけの詐欺師な事に気づいている。

 泳がせている理由はギルデロイの言った通り、これまでの行いを何らかの形で世間にリークさせる為で確定。

 ダンブルドア校長が、ボクとギルデロイの関係に何処まで気がついているかは知らないが、その事実はボクを動き辛くさせる面倒なものだ。

 

(ったく。本に釣られといてなんだけど……慣れない依頼なんて受けるもんじゃないな)

 

 能天気な笑みを浮かべているギルデロイの顔を睨みつけたボクは、今更ながら諦めのため息を吐いた。

 

 




遅れました……一応生きてます
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多分そっちの方がレスは早いです……
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