戦争中の人工地震についてCHK番組の動画が発掘されました! | 心と体を健康にするダイエット法

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ハッピーダイエットの船田です。

昭和19年に起きた東南海地震は人工地震ではないかと啓発したCHKの特別番組。

この手の動画はすぐに消されるので、早めご視聴ください。以前も紹介したけど、消されてしまった。

これはCHKの中でも、真実を報道しようとする人達と、闇権力の意向のみ放送する人達の戦いがあることの証明だよね。

しかし、この1944年の東南海地震が人工地震であったことを取り上げた『封印された大震災~愛知・半田』ですが、これを制作したNHK嘱託職員だった五十嵐夫婦は放送翌日に変死しています。

CHKアーカイブより説明

愛知県半田市には、日本最大の軍用機メーカーだった中島飛行機の工場・半田製作所があった。総面積270万平方メートル。従業員2万9千人。部品工場から滑走路まで完備した施設では、攻撃機「天山」や偵察機「彩雲」が一貫生産によって、1400機が製造されていた。

日本の戦況が悪化し、熟練工が戦地に次々と送られると、航空機増産の使命は「学徒勤労令」によって10代の少年・少女たちに課されることになった。まったく経験したことのない航空機の製作。しかも労働は長時間にわたり一月の勤務が300時間を超えることもあった。


さらに「過酷な運命」が工場で働く学徒たちを襲った。
昭和19年12月7日。午後1時36分、マグニチュード7.9の東南海地震が発生。死者・行方不明者、1223人にのぼったこの震災で最大の犠牲者を出したのは中島飛行機半田製作所だった。工場の倒壊による死者は、学徒96人を含む153人にのぼった。


軍用機の工場に犠牲者が集中した原因の一つは、建物の「構造」にあった。工場は最新鋭機の部品を作る重要施設で、機密を守るため出入り口が特別な設計になっていたことが、避難を妨げたこと。さらに、

もともと紡績工場だった建物を軍需工場に改造する際、飛行機を作る空間を確保するため、邪魔な柱を切り落としたことが工場自体の強度を著しく弱体化し倒壊を招いたことがあげられる。


国は軍需工場の被害がアメリカに知られることを恐れ情報操作を行った。新聞は地震発生の事実を伝えるのみで具体的な被害には一切触れず、被災地では学徒たちに対して厳しい箝口令がしかれた。

東南海地震がもたらした悲劇が明らかになったのは、戦後十数年を経た後のことだった。