魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第四十一話 幕間~少女に恋を、燃え上がるような情愛を~

~来訪者は居るべき場所へ、往訪者は至るべき場所へ~

 

2096年3月22日

 

 吸血鬼事件は終息し、四葉、七草、十文字とUSNA軍の協議も果たされ、十師族当主たちとUSNA軍人はともかく、学生たちは日常に戻っていた。

 

 USNA軍人であるリーナはパラサイト討伐以来、第一高に顔を出す頻度は減っていき、一昨日催された卒業パーティーで臨時生徒会役員としての仕事を果たし、あちらからの接触は一切なくなった。頻度が減っていた時点で「帰国の準備が忙しい」とリーナは言いふらしていたが、真偽の程は如何程か。事情が分かっている俺としては訊くまでもない。

 

 それで、現在。俺は空港にて達也一団と共に雫の出迎えに来ていた。待つ間は他愛もない世間話が繰り広げられている。そんな他愛もない世間話の中でもレオとエリカは痴話喧嘩をしていた。本人たちに「痴話喧嘩」と言えば間違いなく噛みつかれるので、俺は幹比古と美月が仲裁しているのも構わずに微笑ましく見ていた。

 

 そんな時、人混みから見覚えのある人物を俺含め達也一団は見つけた。少なくない人が行き交っているというのにその少女の存在感が紛れないのは、所謂生来のオーラの違いというやつか。

 

「少し席を外すよ」

 

 見つけた知人に挨拶をしないのは無礼だろうと、俺は達也一団に断りを入れてから輪を外れる。意外、でもないが、達也と深雪も付いてきた。

 

 近寄ってくる俺にリーナは気付き、一瞬目を見開いたり視線を泳がせたりする。最後には諦めたように溜息を吐いて、あちらからも近寄ってきた。感情が忙しそうだった。

 

「ハロー、サキー。それにタツヤとミユキも」

 

「こんにちは、リーナさん」

 

 あちらからの挨拶に、俺が代表するような形で返した。達也も深雪も微笑んではいる。対して、そっちから挨拶をしたのにリーナは疲れたような、憂いているような。そういう影が差していた。

 

「リーナ、今日発つのかしら」

 

「あらっ?言ってなかった?」

 

「一言も聞いてないな」

 

 深雪の言葉にリーナはすっとぼけるが、達也はそれを切り捨てた。リーナは冗談が通じないと肩を竦める。

 

「三人とも、世話になったわね。特にサキーには色々と」

 

「君たちが変な気を起こさなければ、お世話をしなくて済んだんだけどね」

 

 リーナが笑顔に僅かな怒りを混ぜたが、自業自得だと俺は返した。リーナは良い迷惑を被ったつもりだろうが、それはこっちも同じである。むしろ、起点はUSNAにあるのだからその怒りはお門違いだ。

 

 皮肉を放ったつもりが、より手痛い皮肉で反撃された事にリーナは肩を落とした。

 

「だがまぁ、それについては置いておいて。君との学校生活は非常に惜しい事をしたよ。お互い事情があるとはいえ、交流を避けるのはとても勿体なかった」

 

 リーナとの会話は実に核心を突かれる、いや、核心を問われる事が多かった。それらの会話は自身を再確認するのに有効だっただろう。実りがあったし、面白くもあった。今後その会話の機会が失われるのは、本心から残念に思う。

 

「……サキー、貴方ちょっと変わった?」

 

 リーナは急に話題を変え、俺の顔を窺った。またと言うべきか彼女は俺の核心を見ている。短期間で俺の人格が改善されているのに気付けているのだ。やはり彼女は実に惜しい人材かもしれない。

 

「変わったね、具体的に何処とは言わないけど。俺としては良い方向に変わったと思っているよ?」

 

「私には、ちょっと分からないわ……」

 

「そうかい?切っ掛けはリーナさんに貰ったようなものだから、お礼をしようかとも考えたんだけど。例えば、君がUSNAで立場が悪くなった時の亡命を手伝うとか」

 

「不吉な事言わないで!今回の任務がどう響くのか心配してるんだから!」

 

 元気のない彼女に小粋なジョークを送ったのだが、リーナにはジョークに聞こえなかったらしい。元気な拒絶を聞けただけで良しとしよう。

 

「リーナ、もし自身を取り巻く現状に違和感を覚えたなら、力になれると思うぞ。いや、俺自身に大した力はないが、力を貸してくれそうな知り合いが居る」

 

「それサキーじゃないわよね」

 

「……」

 

「……」

 

 達也はリーナの追及にただ微笑する。リーナは視線の湿度を上げた。

 

「リーナ、お兄様も十六夜も貴女の力になりたいのは本心からよ」

 

「それは、分かってるけど……」

 

 深雪の発言に嘘はない。達也は似た境遇への同情心から、俺は原作順守やパイプ保持の打算からであるが、リーナの力になりたいのは本当だ。それを察しているリーナは、どうにも煮えきらない。まぁ、打算による手助けは快く思えないか。

 

「俺に助けを乞うのかどうなのか。それはリーナさんの自由だ。現状に順応するのも、現状を変革するのも、君の自由。どっちをするにしたって、俺に力が絶対必要という訳でもない。それこそ、君が納得できるように、君の持てる力で、好きにすれば良いんだから」

 

「私の自由……。私の、好きに……」

 

 リーナは言葉を反芻して何か感じ入っているように、胸に手を当てた。何を感じているのかは、俺には判別できない。

 

「ありがとう、サキー。タツヤも、ミユキも。別れの時に見られたのが貴方たちの優しい顔で良かったわ」

 

 煮えきらないものが多少なりとも煮詰まったのか、リーナは少し晴れた顔をした。

 

「それじゃあ、また会いましょう」

 

 リーナから再会を願う挨拶が紡がれた。深雪からでも達也からでもなく、リーナから。

 

「ええ、きっとまた」

 

「ああ」

 

「そうだな。またいつか」

 

 この時ばかりは、深雪も達也も、そしてリーナも年相応のまっさらな微笑を浮かべていただろう。青臭さはあるが、青春とはそういうモノだ。俺はそんな少年少女の青春を壊さないように、彼らに付き合った。

 

 リーナはそうしてこの別れに後ろ髪を引かれる事なく、ゲートに消えていった。

 

 

 

 来訪者の出立が終わったなら、次は往訪者の帰還だ。

 

「ただいま」

 

 雫はリーナがゲートに消えてから約一時間後に、大げさにならず平静に帰還を告げた。俄かに達也一団が騒がしくなる。三ヵ月も満たない短い期間で大人びた様子を纏うようになった雫に、皆は構いたくて仕方ない。

 

 俺はその雫を構う輪から少し外れていたが、一通り皆と話した雫が堂々と俺の前に立った。皆が一気に静まる。

 

「十六夜さん。私は貴方が好きです」

 

 雫の真剣な告白は、エリカすら茶化さず事の成り行きを静観させた。

 

「私は、貴方の隣に立ち続けます」

 

 雫は願望を述べるのではなく、宣誓した。その瞳は俺を真っすぐ捉えて離さない。彼女は、俺の答えを待っている。

 

「……四葉の直系である俺の隣に立ち続けるという意味、分かってるか?」

 

 俺は不意に威圧してしまった。一瞬胸が苦しくなり、言葉を出すのに力を入れなければいけなかったからだ。

 

 胸が苦しくなった理由は色々あった。

 雫が何故俺を好きになったのかという疑問。彼女は一時の感情に流されていないかという疑念。彼女は本当に俺が好きなのかという疑心。

 彼女の好意にどう応えるべきかという迷い。彼女を四葉に巻き込んで良いのかという躊躇。俺は彼女を利用するのかという逡巡。

 

 その他にも言葉にできない感情がある。前世を合わせれば40近いと言うのに、何とも不甲斐ないものだ。

 

 故に、こんな男の意思より、彼女の意思に重きを置いてみたかった。

 

「分かってる。それに、四葉は関係ない。私が好きになったのは、貴方」

 

 雫の瞳が揺れる事はない。ただ、「貴方」と言って、俺を見ていた。

 

 もしも、もしもだが。真夜より先に、雫に会っていれば。もしかしたら俺の贖罪を彼女に求めていたのかもしれない。

 

 だが、二兎を追う者は一兎をも得ず。真夜と雫の両方に全身全霊で応えようとすれば、どちらにも応えられなくなってしまう。初志を貫徹し、真夜に俺の贖罪を求めるなら、真夜以外の全てを利用すべきだ。そのはずなのだが、そう踏み切れない自身が居る。

 

 他人を利用するのも自分のためであるならば、他人に嫌われたくないのも自分のためである。両方とも自己愛なのだ。今の俺なら、赤の他人に嫌われる事は妥協できる。しかし、身近な人間、特に俺を想ってくれる相手となると話が変わる。俺に自己愛がある限り、達也たちを、雫を、使い捨てにはできない。

 

 だから……。

 

 だから――

 

「……俺の隣は空けておくよ。勝ち取れるかは、君次第だ」

 

――臆病にも、雫に権利を委ねてしまうのだ。

 

「必ず勝ち取る」

 

 雫はこんな優柔不断な対応にも闘気を湧かせ、その瞳に篝火を携えた。

 

 一段落着いたのを見計らい、達也一団は俺と雫の元に集まってくる。

 

 そんな中、エリカは速足で俺に急接近し、拳を俺の腹に見舞おうとした。残念ながら、俺の防御は間に合ってしまう。エリカが拳を見舞ったのは俺の腹ではなく俺の掌だった。

 

「ヘタレ。優柔不断。女の敵」

 

「返す言葉もない」

 

「アンタ道場でボコるわ」

 

「素直にボコられる気はないからそのつもりで」

 

 エリカの評価は真っ当だから甘んじて受け入れたが、だからといって暴力まで受けるのは理不尽だ。手を抜かずに相手する予定である。エリカとしてはそれを期待しているようで、嬉しそうな獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「達也さん、十六夜さん」

 

「うん?」

 

「どうした、雫」

 

 雫は達也と俺に呼びかけた。俺個人に対してはさっき終わったとして、達也とセットの用事があるのか。

 

「話したい事と見せたいモノがある。後日、家に呼んでも良い?」

 

「俺は構わないさ」

 

「ああ、俺で良ければ」

 

 雫の誘いに、俺も達也も断らなかった。

 

「見せたいモノと言えば、俺もあったな。雫さん、俺の方も時間を貰えるかい?」

 

「十六夜さんの見せたいモノ?」

 

 最初は雫に見せる気はなかったモノだが、パラサイトである事を開示するにも都合が良いだろうと、彼女をとある実験に招こうとした。彼女は興味津々で、ここで概要だけでも訊き出そうとする。

 

「ちょっと、俺が新しく作った魔法をな」

 

「十六夜、良いのか?」

 

 新魔法の実験は達也に協力を願っており、その達也から確認される。パラサイトの能力を使った魔法である事は達也に伝えてある。彼は雫に俺がパラサイトと知られる事を懸念したのだろう。

 

「達也、俺は雫さんを除け者にしたくはないんだ。仲間外れが出るなら、俺が仲間外れになるさ」

 

「……そうか。お前が良いなら、良いんだ」

 

 俺は承知の上だと言えば、達也は反論を下げてくれた。達也は、ここで友人関係から外れる者を出したくなくて、俺がパラサイトと明かす事がそれに繋がる心配をしていた。俺もその心配はしているが、雫ならきっと理解してくれる。俺はそう信じ、駄目なら俺が責任を全て背負う事にした。

 

 雫は達也と俺の会話に、終始首を傾げていた。

 

◆◆◆

 

~汝は人なりや?~

 

2096年3月25日

 

「うん、注文通りだな。耐久は、少し不安があるが……。まぁ、どれくらい威力が出せるか未知数だから良いか」

 

 俺はFLT支部のある試験場に来ていた。達也の出入りするCAD開発第三課が保有する中で特に危険な魔法を用いる時に使われる試験場だ。魔法を放つ場所と魔法の行使者は防壁で区切られている。

 

「十六夜、何でFLTに?」

 

「新魔法のテストに適した場所がなくてね、顔が利くFLTに場所を借りたのさ。ここなら達也が計測機器を操作できるから、FLTの職員は追い出せるしな」

 

 幹比古の疑問に計測機器へ向かっている達也を指しながら応えた。

 

「達也さん、FLTの関係者だったんだ」

 

「父親がFLTの中では偉い方なんだ。それで、俺は度々出入りさせてもらっている」

 

 今更そんな事実に驚かない、むしろ達也のCAD整備の腕に納得した雫。達也はその納得に一応理由を補足した。その補足は嘘ではないが、真実とも言い難い。

 

「十六夜、準備が済んだ」

 

「ありがとう。じゃあ、まずは。土を用意してくれたみたいだし、そっちの魔法から見てもらおうか」

 

 頑丈そうなゲートから魔法を放つ方へと入り、金属的な白さに囲まれた部屋の中央にある土が盛られたコンテナに寄った。

 

 幹比古、雫、達也も続々部屋に入る。

 

「土を使う魔法……。そう言えば、あの時も地面を操っていたね」

 

 雫の居る前だからぼかしたようだが、幹比古が言うあの時とはパラサイト掃討の時だろう。遠くに居たというのに目聡いものだ。

 

「ああ、それの種明かしさ。達也と幹比古さん以外は興味がないようだったし、二人の見解が訊きたかったからね」

 

 達也は俺が地面を操った時に一瞬眉間を歪めていたし、幹比古も訊くタイミングを窺っているようであった。真由美や克人もそういう態度が見え隠れしていたが、彼女らはマナーを優先していたし、彼女らから意味のある見解は訊けないだろう。できる限りこの手札は伏せておきたいのもあった。

 なので、意味のある見解を訊くために達也と幹比古、ある事実の証明のために雫を集めたのである。

 

「さっそくやってみようか」

 

 俺は土に手で触れ、繋がりを探る。この作業も手慣れたものですぐに繋がりを見つけ、繋がりからサイオンとプシオンを送り込み、土に仮初の命を与える。そうして仮初の命を得た土は蠢き、俺の想像した形、大蛇の形に成形され、俺の意のままにコンテナから這い出た。

 

「これは、やっぱり……。精霊だ……!」

 

 以前から推論を建てていたのだろう、その推論が当たったようで、幹比古は息を呑んだ。

 

「なるほど、これは精霊に近いものなんだね?」

 

「ご、ごめん、少し触らせて!……うん、うん。プシオンの核もある……。サイオンの膜に覆われてる……。これは、まるで付喪神だ……。精霊が物質に宿っている……!」

 

 確信を得るために幹比古は許可も待たず土に触れてプシオンの所在を探り、独白的に語っていった。

 

「十六夜、この魔法は魔法式が確認できない。これは、どういう原理だ」

 

 達也は幹比古の見解を踏まえた上で、自身の疑問を鋭い目付きで問う。達也はこの命を得た土とパラサイト憑依者を重ねたのだろう。警戒心を露にしていた。

 

「原理はパラサイトの増殖に近い。いや、あのピクシーに近いか?とりあえず、俺から少量、サイオンとプシオンを別けて物質に植え込む。そうすると、植え込まれた物質は俺の意のままに動き出すのさ。植え込むところはパラサイトの増殖に、生命のない物が動き出すのはピクシーの状態に近いんじゃないか?あくまでパラサイトの能力だから、厳密に言うとこれは魔法ではないんだ」

 

 もう少し補足するなら、これは『Rewrite』に登場する魔物の技術に近い。というか、着想はそっちから得ている。『Rewrite』の魔物は魔物使いの生命を分け与えられ、魔物使いの意のままに動く。俺はこの生命の部分を、パラサイトの能力でサイオンとプシオンに代替させているだけだ。

 

「つまり、お前は増殖を成功させていると」

 

「成功はしていないさ。この魔法は生命のある物、プシオンを持つモノには使えない。パラサイトたちの分離体がそうだったのと同様、プシオンが定着しないんだ。定着するのはプシオンを持たない物だけだから、分け与えたプシオンを使いきったらそれまで。一応、補充はできるが」

 

 達也の警戒を解くために、俺はパラサイトの増殖と違う事を解説した。しかし、達也の警戒は解けない。

 

「……お前は、どっちだ」

 

 その質問で、達也の警戒に合点が行った。俺がパラサイトの能力を使い過ぎているために、達也はパラサイトに乗っ取られている可能性を考慮したのだ。彼は俺がサイキックなど使えない理由を自己暗示による自身を人間と信じるためという推測していた。その推測が正しければ、パラサイトの能力が使えるようになる事と自身がパラサイトである自覚をする事は同義になる。

 

 達也がどうにも理論的でありながら心配性である事に、俺は小さく噴き出してしまった。達也はその失笑に目を丸くする。

 

「いや、すまん。つい可笑しくてな。達也、俺は大丈夫だよ。俺は俺だ。パラサイトじゃない。ただ、パラサイトの能力も俺の能力であると、少しずつだがそう暗示をかけてきたのさ。もうここまでが限界だろうがな。さすがにサイキックまでは解放できなかったよ」

 

「……そうか、それは良かった」

 

 嘘を混ぜた弁明であったが、その弁明で達也は安堵の息を漏らした。

 

「十六夜はパラサイトの分離体を作る能力で疑似精霊核を作り出し、そして物質に植え込む……。植え込まれた物質はピクシーと同じ状態となって動いている……。ただ、ピクシーは元から動く機構があったから、その機構を操っている訳だけど、そんな機構がないこの土はどうやって動いているんだ……?『化成体』みたいに系統魔法で動かしているように見せている……?でもあれは影を生物の動きのように成形しているからそう見えるのであって、物質をここまで生物的に動かす事は可能なのか……?」

 

 幹比古の独白は続いていた、というか脳内論議が口を突き続けていた。

 

「いや、まぁ、うん。正直、俺もなんでこんな想像通り動くのかはさっぱりなんだ。後、生物の死骸なら動きを想像するまでもなく、その生物が取り得るだろう動きで俺からの指令を熟すよ。そっちも残念ながら、詳しい原理は不明だ」

 

 『Rewrite』の魔物を真似てやってみたらできてしまった。この魔法はそれに尽きる。

 

「パラサイト……?」

 

 今まで感想すら述べていなかった雫が、その単語を掘り下げた。首を傾げるのではなく、呆然と顔を俺に向ける仕草は、単語の意味が分かっていないのではなく、俺とその単語の関係性が分かっていないようだった。

 

 達也は顔を引き締め、幹比古ははっとする。

 

「ま、待って北山さん!今のは、言葉の綾みたいなもので、実際は無関係の言葉なんだ!」

 

「幹比古さん、それ以上は良い。雫さんには、俺が説明する」

 

「十六夜……」

 

 必死に庇いたてる幹比古を俺は制止した。彼は悲劇を予感しながらも退いてくれた。

 

「雫さん。パラサイトについて、何処まで聞いている?」

 

「USNAで隠されていた不審死事件、それと日本の吸血鬼事件の犯人がそう呼ばれる妖怪だって、レイから。でも、それは解決したっていうのも聞いてる」

 

 案の定、雫はレイモンドからパラサイトについて聞き及んでおり、その存在を知っていた。

 

「聞いているかもしれないが。パラサイトは人間に憑依する、名前の通り寄生虫みたいなモノなんだ。厄介なのは、憑依者を殺してもパラサイト自体は消滅しない事。パラサイトは次の憑依者を探す」

 

「十六夜さんは、憑依されてるんだね」

 

 一から十まで説明せずとも、雫は十を導き出した。意外な事に、彼女は平静な態度を保っている。

 

「さて、三日前の質問にこの意味も付け足そう。人外に片足を突っ込んでいる俺の隣に立ち続けるという意味、分かって―――」

 

「関係ない」

 

「……は?」

 

 平静を保てなかったのは俺の方だった。俺の質問を切り捨てる雫に、俺は唖然としてしまう。

 

「十六夜さんが人なのか人じゃないのかは関係ない。私は貴方が好き」

 

 雫はその意思を揺るがさず、強固な意思で俺の疑いや迷いをぶっ叩く。俺は金属で殴られたような気分だった。

 

「除け者とか、仲間外れとか、そういう意味だったんだね。……十六夜さん」

 

「は、はい」

 

 雫は唖然としたままの俺を睨んだ。

 

「貴方が仲間外れになっても、私は連れ戻す。それが駄目なら、私だけでも付いていく」

 

 彼女のそれは鋼鉄の決意とか鉄の意思とか言うのだろう。鋼の強さや忘却補正も持っていそうだ。彼女は決闘者ではないし、忘れないのは憎悪ではないが。

 日本を飛び立つ彼女はこれ程の意思を持ち得てはいなかった。レイモンドはいったい彼女にどんな入れ知恵をしたのか、好奇心よりも恐怖心が煽られる。

 

 それに、純粋な彼女を見ていると、俺は罪悪感を覚える。こんな少女を、俺は騙しているのかと。

 

(ああ、騙してるんだ。これからも、騙していくんだよ。俺を想ってくれる人から、嫌われないように)

 

 俺が罪深い人間である事はもう変わらぬ事実だ。罪悪感を覚える度に自己嫌悪するのは馬鹿馬鹿しい。

 

「……俺が踏み外しそうになった時は、宜しく頼むよ。雫」

 

「え……?」

 

 俺が手を差し出せば、雫の不動の瞳がここに来て初めて揺れた。俺は何かしてしまったかと焦る。

 

「ど、どうした?何かあったか?」

 

「今、「雫」って……。ずっと敬称だったのに……」

 

「あ、すまない。ついな」

 

 どうやら俺が呼び捨てた事に驚いたらしい。確かに、俺が呼び捨てる人間は達也と深雪だけだ。その二人を呼び捨てるのは親密さのアピールからで、今は板に付いてしまっている。

 

「良い、そのまま「雫」って呼んで。それと、こちらからも宜しく」

 

 雫は朗らかな笑みで差し出されていた俺の手を両手で包んだ。大切な宝物のような扱いで、しばらく放してくれそうにない。

 

「思えば、十六夜は絶対に敬称するよね。僕もずっと「幹比古さん」って呼ばれてるよ」

 

「俺はかなり早く呼び捨てにされたが。何かあるのか?」

 

 幹比古と達也は何故か俺の敬称を話題にし始めた。幹比古の方は少し不満を感じさせる。

 

「色々複雑な事情があるんだ。この前打ち明けた俺の精神状態も関わってくる。察してほしいんだけどな……」

 

 司波兄妹には上述の事情。そしてその他の敬称に関しては、俺がこの世界に馴染んでいない気がしていたり、あんまり親密になられたくないから敬称で壁を作っていたり、四葉直系に対する態度がだいたい警戒だったり。そういう本当に色々事情がある。触れてほしい話題ではない。

 

「精神状態は改善したんだろう?いっその事、僕たちの事も呼び捨てたら良いじゃないか」

 

「それは駄目」

 

「ええ!?」

 

 幹比古の抗議に、まさかの雫から異議が唱えられる。そんな一悶着に達也は微笑、俺は苦笑をしていた。

 

「ところで、次の魔法を試験したいんだが……」

 

「も、もう一つあるのか?」

 

「次が本命さ。頑丈な試験場を貸しきった理由は次の魔法にある。危険な魔法を使うから、皆は観測ルームへ。雫さんも」

 

 幹比古とやり取りしている間も俺の手はまだ雫に包まれていた。ていうか進化して胸に抱えられている。手に当たっている物を指摘したいが、それこそ嫌われそうだ。

 

「……」

 

 雫は半目で見つめるだけで力を緩めない。

 

「どうかしたか?雫さん。……あの、雫さん?……反応が皆無なのは困るんだが?」

 

「十六夜。呼び方」

 

「……ああ」

 

 達也の助け舟で俺はようやく理解した。

 

「雫、危ないから離れてくれ」

 

「……呼び方、徹底して」

 

「……はい、了解です」

 

 呼び捨てにして了解して、そうして雫はやっと名残惜しそうにしながら俺の手を離してくれた。雫の態度は、まぁ、今まで距離を取っていたツケなんだろう。

 

「十六夜。新魔法が先程の魔法を応用した物だった場合、魔法式がないから事前に威力を測れない。同時に『グラム・デモリッション』での強制中断も不可能だ。パラサイトを撃退したように、サイオン弾で減衰させるのも不可能だろう。パラサイトと違い、先程の魔法は実体を伴っている」

 

 観測ルームに退避する前に、達也は俺へ警告する。試験場の耐久に不安があるという発言を達也は聞き逃していなかったのだ。次の魔法がこの試験場の耐久を超える可能性。達也はその可能性を懸念していた。

 

「そうか、そうなるか……。達也が予想したようにさっきのを応用した魔法なんだが、理論上は俺の意思で止められるはずだ。だが、俺も何処まで威力が高まっているのかは判別が難しい。そうだな……、温度を気にかけておいてくれ」

 

「温度、か……。あの魔法の応用から温度の変化をもたらす……。全く予想できないな、興味深い……。指示通り温度に注意しよう」

 

 俺自身にセーフティーがある事を知ったおかげで、心配より興味が上回ったようだ。達也は次の魔法を楽しみにするように、そそくさと観測ルームへ引っ込んだ。

 

 俺も、()()()()()()()()()()()()()()、試射する魔法師を魔法から守る待機ルームに控える。

 

 試験場はクレーンによって土の入ったコンテナを仕舞われ、出入り口をシャッターで完全に塞がれる。開いているのは通気口くらいか。もちろんその先のダクトには様々なフィルターと放出遮断用のシャッターがあるが。

 

〈十六夜、準備ができた。始めてくれ〉

 

「ああ、遠慮なく」

 

 達也からスピーカー越しに開始許可を貰い、俺は魔法を発動する。

 

 一段階目、繋がりから試験場内の空気にサイオンとプシオンを送って支配下に置く。二段階目、支配下に置いた空気の中心へ空気を圧縮する単純な収束系魔法を使う。三段階目、支配下に置いた空気を圧縮に抵抗させず、空気圧縮を継続させる。四段階目、()()()()()()()()()()支配下から離れた分、追加で空気を支配下に置き、空気圧縮を更に継続。

 

 そうして空気圧縮をしばらく続けていると、圧縮された空気、その中心の極僅かな点が目映い白光を生んだ。

 

〈これは、プラズマ化している!〉

 

 達也は見事にこの現象を解析した。

 

 圧縮された空気は熱を持ち、圧縮が継続される事で熱量を増加させ、温度は際限なく上昇する。そうやって生成された膨大な熱エネルギーは強引にも空気を気体からプラズマへ形態変化させる。

 

 空気だけで作られた摂氏一万度近くの熱の塊。それが白光を生む極僅かな点の正体だ。そして、その熱の塊を解き放つ事で周囲を熱波により焼き尽くすのが、この魔法の最終段階である。

 

〈十六夜!これ以上の温度上昇は試験場が持たない!〉

 

 達也の中断に従い、俺は試験場を守るための魔法を構築する。

 試験場全体を冷やすように分子減速類の振動系魔法の発動。圧縮を止めて気体に戻った空気から徐々に再支配。通気口が耐えられる温度にまで下がった空気から少しずつ放出。

 上記3つの作業を同時並行で行う。

 

「これは……、思った以上に繊細だな……」

 

 脳を手術する医師の如き作業だ。超人由来の集中力がなかったらできなかっただろう。

 

 俺は過度な集中による汗を流しながら、作業に集中し、白光が消えても集中を切らさない。まだ数千度の熱がそこにある。

 

 温度を下げるのにはプラズマ化させるよりも長い時間をかけた。

 

〈温度、試験場耐久内。十六夜、もう解いて問題ない〉

 

「すぅっ、はぁ……はぁ……」

 

 達也の報告を聞いて空気を完全に支配下から解放し、俺は止まっていた呼吸を再開する。窒息寸前だった俺はその場にへたり込んだ。

 

〈十六夜!無事なのかい!?〉

 

〈十六夜さん!〉

 

 安否を確かめてくるのは幹比古と雫。彼らが切羽詰まるのも仕方がない。危険な魔法発動の後にその魔法の後処理だ。他人からすれば、魔法演算領域のオーバーヒートを起こすだろう事態である。

 

 まぁ、その危険な魔法は演算領域なんてほとんど使っていないからオーバーヒートなんてならないのだが。いや、後処理の方は振動系魔法を連発したか。そっちはパラサイトの増設魔法演算領域がなかったら危なかったかもしれない。

 

「もう疲れたよ……。何だかとっても眠いんだ……、パトラッシュ……」

 

〈……パトラッシュ?〉

 

〈……何それ〉

 

 ジョークでも挿んで五体満足を伝えようとしたが、ネタが古すぎて幹比古と雫は知らなかったようだ。心なしか気温が下がった。

 

〈おそらく、『フランダースの犬』か。19世紀にイギリスで書かれたオランダ南部、ベルギー西部、フランス北部を跨ぐフランドルという地域を舞台にした童話だ。その童話に登場する犬が、パトラッシュだな。『フランダースの犬』は原作の童話より、日本独自にアニメーション化された物の方が高い知名度を持っていたそうだ。だからフランドルでも英語のフランダズでもない、英語が訛ったフランダースと言うらしい〉

 

「細かい解説ありがとう……」

 

 ボケを解説される事ほど虚しい事はないだろうが、元はと言えば俺がそんな古いネタを持ち出さなければ良かった話。いらん手間を達也にかけさせたので、俺は感謝だけはしておいた。

 

〈無事みたいだな〉

 

「化石みたいなネタを言えるくらいにはね」

 

 皮肉られていないはずの達也の確信に皮肉を感じ、俺はもう自ら自身を皮肉った。

 

〈まだそこに待機していてくれ。冷却装置は稼働させているが、まだ人間の安全圏じゃない〉

 

「言われなくても、少しここで休んでるよ」

 

 達也の指示に従うまでもなく、少しの間は動きたくない。疲労もあるし、一人でこの魔法の安全な運用を考えておきたかった。このままでは俺ごと焼却する自滅魔法である。と言っても、安全な運用法は既にいくつか案があるが。

 

〈十六夜、あれ以上に空気を圧縮する余裕はあったか?〉

 

 あれが途中中断だったのに達也は気付いているのだろう。その気付きに裏付けを得ようと、俺に訊ねた。

 

「圧縮率はもう余裕がなかったけど、圧縮範囲なら広げられる余裕があったよ」

 

〈効果範囲は広げられると……〉

 

「ああ、広げられるだろうね」

 

 俺の答えを受けて、達也は黙考する。

 

〈……魔法行使者の安全性に難はあるが、威力は間違いなく戦略級魔法に匹敵するだろう〉

 

「そうだろうね、そうじゃなくちゃ困る」

 

 達也は威力の試算を終えてこの魔法の評価を開示した。戦略級魔法になり得ると、現役の戦略級魔法師に評価される。その評価こそ俺が欲しいものだった。

 

〈君は、戦略級魔法師になるって言うのかい……?〉

 

「そのうちね。将来そのステータスが必要になる。だから、この魔法を試しておきたかったんだ。成果は上々だったよ」

 

 幹比古は俺の将来設計に驚いているようだが、いずれ四葉次期当主候補の箔を失う俺にはしておかなければならない将来設計だった。

 

 世間では俺が四葉の次期当主とされているが、その席は深雪に渡すモノだ。渡したそのステータスは失われ、俺の価値はかなり下がるだろう。残るステータスは現当主の息子くらいだが、原作に沿われる場合は達也が現当主の息子と公表される。そうなると、達也のステータスは現当主の息子、次期当主の婚約者(これも原作に沿われる場合だが)。そして、非公式戦略級魔法師。俺の価値は相対的に下がってしまう。

 そこで、俺を社会的不動の地位にするのが戦略級魔法師という箔。達也と被るが、戦略級には世界が無視できない絶対的な価値がある。最上の地位を得ようとしている訳ではないのだから、これで十分だ。

 

 非公式となって四葉のためだけに振るうか、公式となって日本に貢献する事で四葉の株を上げるか。どちらにするかは検討中、今後次第である。

 

〈十六夜さん、私、頑張る〉

 

「いや、まぁ。程々にな?嫁入り前に肉体とか精神がボロボロじゃ笑えないからな?」

 

 やる気漲る雫の声に、俺が隣に居続けるためのハードルを上げてしまった事を察する。戦略級魔法師の嫁というハードルでやる気が漲る辺り、雫の精神力は素晴らしい。だが、無理はしないでほしい。肉体もしくは精神を壊されようものなら、高確率で俺が雫の両親に訴訟を起こされる。

 

〈十六夜は綺麗な雫を嫁に貰いたいそうだ〉

 

〈……うん、綺麗なままで居る〉

 

 達也に歪曲表現されたが、雫への抑止としては効力がありそうなので訂正も撤回もできない。俺は悟りに至った。

 

〈十六夜、二つの魔法は名前を決めてあるのか?魔法名がないといい加減呼びづらい上に区別がつかない〉

 

「さっきの戦略級に匹敵するのが『紅炎(プロミネンス)』。最初の方は決めかねてたが、幹比古さんの比喩にあやかって『付喪神』にしようかな」

 

〈え゛っ〉

 

 達也に催促されて魔法名を付ける。幹比古から潰れた蛙のような声が聞こえたが、俺は取り合うつもりはない。

 

 『紅炎』は事前に決めていたが、『付喪神』は本当に決めかねていた。『Rewrite』の魔物から着想を得ているもののため、「魔物化」や「モンスタークリエイト」等の候補はあった。しかし、『Rewrite』の魔物とは細部が異なっているために、できれば「魔物」から離したネーミングをしたかったのだ。それで、「付喪神」という幹比古の言葉は実にしっくり来た。なので「付喪神」を採用である。

 

〈じゃあ、今後あのプラズマ生成魔法を『紅炎』、物質操作魔法を『付喪神』と呼称する〉

 

〈ちょ、ちょっと待ってくれ!ぼ、僕が命名者なんて、魔法を開発した人間でもないのに!〉

 

〈魔法の命名権は魔法開発者の権利だ。如何なる文献からの引用であっても、公序良俗に反していない限り命名の自由が認められ、侵害する事はできない。異議申し立ては魔法開発者に言う事だ〉

 

〈十六夜!〉

 

「~♪」

 

〈十六夜!?〉

 

 達也や幹比古、雫との他愛もない人生の一ページを俺は刻んだ。




再会を誓うリーナ:十六夜や達也が軍人である事を気にせず自然に触れ合ってくれていた。魔法師としての才能を見出された時から軍人として育てられ、特別視されてきたリーナにとって、それは得難い経験であった。そのため、リーナの中ではもう一度彼らに会いたいと思うくらいには親愛度が高くなっている。

『付喪神』:パラサイトの分離体を用いる事で『Rewrite』の魔物を疑似的に再現した魔法。魔法式がないため、厳密には魔法ではない。『Rewrite』の魔物は動物だとアウロラの消費が多いが、この魔法は動物など元から動く機構のある物の方がサイオンとプシオンの消費が少ない。また、『Rewrite』の魔物は操作できる範囲に限界があるが、この魔法の操作範囲に限界はない。

紅炎(プロミネンス)』:空気を『付喪神』によって操作、疑似的に断熱圧縮をする事によってプラズマ化する程温度を上昇させる。高温になった空気を一気に解放し、熱波で辺り一面を焼き尽くす魔法。キックスタートとして収束系魔法を使っているが、それ以外は『付喪神』なので魔法と言えるか怪しい。温度は摂氏一万℃が限界だが、一つの都市に影響を与えられる程度に規模を広げられる。そのため、戦略級魔法に匹敵する。欠点として、温度上昇に時間がかかるため、十分な威力を得るには相応の時間が必要となる。
 ちなみに、参考は一方通行(アクセラレータ)のアレ。

レイモンドの入れ知恵:レイモンド「イザヨイはティアとの関係を真剣に考えているそうだよ?」

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