魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第三十七話 甘さと苦さ

2096年2月8日

 

 ミカエラが自爆してから一週間以上。パラサイトの活動がほとんど確認できなくなったため、途中から学生協力者は待機という扱いで夜の警戒に参加しなかった。幹比古は参加する気だったようだが、「これ以上酷使して体調不良になられたらこっちの責任になる」と休ませる。どうせ、この期間はパラサイトが暴れない。原作では貢が憑依者を一網打尽にしたせいだったが、それに沿うが如くパラサイトたちは隠れてしまった。

 

(おそらく、周公瑾が匿ってるんだろうが……。困ったものだ、色々省略してさっさと方を付けようと奮闘したんだが)

 

 七草・十文字・四葉と十師族三家引っ張り出してこれだ。俺の周公瑾に対するヘイトは溜まり続ける。

 

(もういっそのこと横浜中華街に乗り込もうか。いや、事前に察知されて隠れられるのが関の山だな)

 

 俺は周公瑾の実力を無駄に信頼しながら、痛む頭を押さえた。このままこの議題を思考しても頭が痛むだけだろうと、気分転換にテレビを点ける。

 

「……なんだこれは」

 

 丁度映ったチャンネルでは、USNAのとある政府関係者の告発で、マイクロブラックホール実験を強行され、結果として魔法師が暴走した事実が判明したと報じていた。

 

(原作でもこんな展開だったか……)

 

 原作通りの現実に新鮮味が感じられず、辟易した気持ちを抱えてテレビを消す。さっさと登校してしまうのが良策と考え、その準備をするのだった。

 

◇◇◇

 

「十六夜、今朝のニュースを見たか」

 

「ああ、見たよ」

 

「そうか、それなら協力してほしい」

 

「協力?」

 

 高校前の駅で出くわした達也からそんな申し出をされ、俺は事情を訊いて協力することになった。その協力の内容は―――

 

 

「やぁ、リーナさん。おはよう」

 

 駅でリーナを待ち伏せることだ。リーナは酷い顔を更に酷くして踵を返す。最近互いに避けていた相手から急に挨拶されれば仕方がない。その相手が『四葉』なら脱兎の如く逃げたくなるのも当然だ。達也がそれを許さなかったが。逃げる方向に達也があらかじめ回り込んでいたのだ。『四葉』と『四葉』に挟まれる。事実を知っていたら泡を吹いて倒れてもおかしくない。

 

「……何か用かしら」

 

 リーナは泡は吹かなかったが諦めの境地に達していた。

 

「今朝のニュース、あれは何処までが事実だ?」

 

「肝心なところは全部、嘘っぱちよ!表面的な事実は押さえてあるから余計にタチが悪い!」

 

 もう俺と達也、深雪には正体が完全に露見しているものと扱っているらしい。自分の正体を知り、四葉よりは愚痴を零すのに都合が良いと、リーナは達也へ頭痛の種を吐き出した。残念なことにそいつも四葉なのだが。

 

「あんな機密事項、外部の人間が調べ上げるのは難しいと思うが」

 

「…………七賢人よ、多分」

 

 達也の詮索に、リーナは長く溜めた後に漏らした。嫌な奴を思い出している顔だ。思い出しているのがレイモンドなら、俺は大いに同調できる。

 

「七賢人……。十六夜が前言っていたハッカー集団だな」

 

「えっ!?ちょっと待って、サキーはあいつらのこと知ってるの!?」

 

 今まで全然こっちを向かなかったリーナが唐突にこっちへ食いついてくる。というか、今の親密さでそのあだ名を使うのか。達也も深雪も小声で「サキー?」って疑問符を浮かべるくらい場に則していないが、それを言及する場ではないので俺は流す。

 

「知っていると言ってもな。一度ファンレターが来た程度で、ちょっと調べただけだが」

 

「あ、あいつらのこと教えてくれない!?」

 

 切羽詰まった様子でリーナが俺に迫ってくる。七賢人、というかレイモンド相手にかなり手を焼いているのだろう。

 

「まぁ、そうだな。どうせそこまで重要なことは分かってないし、共有してしまっても良いか」

 

 まだ真夜にすらレイモンドのことは言っていないので、俺がフリズスキャルヴを知っていると露呈するのはまずいのだが。なんだかリーナが可哀そうになってきたので、細かいところは省いて明かすことにした。

 

「あくまでこれは現状持っている情報からの推測だが。彼らは何らかの方法で電子情報を盗み見ることができる。だから、どの組織よりも情報収集能力に長けている」

 

 達也と深雪が真剣に、リーナが頷きながら聞き入る。

 

「そして、彼らは『七賢人』と名乗っているが、その「何らかの方法」が同一であるだけで、グループとしての繋がりはない」

 

「そうなの!?」

 

「さっきも言ったけどこれは推測、いや、もう俺のただの勘だな。俺にファンレターを贈ってきた者とUSNAの機密をリークした者の印象が合致しないんだ。だから、その二人は別人。更に、目的を共有していないんじゃないかってね。前者は享楽的だが、後者は計画的に思える」

 

 正直に言えば、この辺りの原作知識は曖昧だ。だけどレイモンドは自国の株を下げるようには動かないだろう、少なくとも短絡的には。そこでもう一人の七賢人、ジート・ヘイグがちらついた。ヘイグは魔法師排斥運動を利用している男だったはずだ。今朝のニュースも遠回しに「魔法師は危険」と取り上げていたから、おそらくヘイグの仕業なのではないだろうか。

 

「なるほど、後者が人間主義者か。十六夜、そいつは大亜連合の人間か?」

 

 達也の恐ろしい洞察力に俺は苦笑する。確かに大亜連には各国の魔法師排斥運動を煽って国力を低下させようという思惑が見て取れるが、こんな情報ですぐにそこへ繋げられる達也の頭に恐れ入る。

 

「残念ながらそこまでは。すまないね」

 

「いや、俺も強請(ねだ)りすぎた」

 

 俺は苦笑を不甲斐なさの恥じらいにカモフラージュし、達也は目礼で謝った。

 

「何……、ほんと何なの……?USNAって色々と遅れてるの……?」

 

 様々な事柄で打ちのめされたのか、リーナは小さく震えている。

 

「安心しろ、リーナ。十六夜は色んな意味で例外だ」

 

「何故俺をやり玉にするんだ、達也。例外なのは達也の方だろ?」

 

「どっちもよ!!もう!!」

 

 リーナは最後に鬱憤やら畏怖やらを爆発させ、肩を怒らせながら俺たちを追い越していった。

 

◇◇◇

 

2096年2月14日

 

 この前までパラサイト事件が囁かれ、未だパラサイトが潜伏しているのにも関わらず、世間は甘ったるい雰囲気に包まれている。具体的に言うと、朝から目に入る男女の距離が非常に近い。

 

「今日は何か特別な日だったっけ?」

 

「十六夜、それマジで言ってるのか」

 

 退院して元気そうなレオと登校時に合流すれば、俺のつぶやきにそのレオから意外感を隠さぬ顔で反応される。

 

「今日はバレンタインデーだ」

 

「……そういえばそうだったね」

 

 達也から答えを言われてようやく俺は思い出した。忘れていた理由は、まぁ前世由来だろう。

 

「十六夜さん、おはようございます。これ、雫からです」

 

 集まり始めた達也一団にほのかも混ざってきて、そして俺に紙袋を手渡した。

 

「おはよう、ほのかさん。雫さんからって、わざわざ海外から贈ってきたのか?」

 

「はい。事前に送られてて、「バレンタインデーに渡して」と頼まれてました。後、「手作りじゃなくてごめん」と」

 

 紙袋を確認すればUSNAのほうで有名な菓子屋のロゴが入っている。予約が必要なレベルの店だが、雫はその手間を掛けたらしい。

 

「ありがとう。雫さんにも電話で礼を言っておくよ」

 

「そうしてもらえれば、雫も喜ぶと思います」

 

 ほのかは一仕事終えて歩き出せば、横目で何度も達也の方を確認している。そんな様子に察せられない面子は居ないらしく、各々が「用事を思い出した」の類語を持ち出して集団から離れていく。

 

「達也、俺はちょっと用事があるから急ぐよ」

 

 俺もその一人、というより空気に耐えきれなかったのだが。俺は速足で離れた後にふと足を止めた。

 

(バレンタインデー、ピクシーが起きるトリガーだったような……)

 

 この前撃退したパラサイト。あの個体がピクシーという家事手伝いロボに憑依していたはずである。そして、そのピクシーにほのかの思い、プシオンが焼き付いて稼働し始めるのが一連の出来事だった記憶がある。

 

(止める、のは無理だな。どんな理由で止めれば良いか分からない。それに、ここは原作に沿わせてしまって良いだろう)

 

 敵を増やすわけではないし、止めを刺すにもその手段がない。ならば、原作通りに他のパラサイトに対する釣り餌となることを期待し、俺は放置することに決める。

 

 そんなことを考えながら自身の教室に辿り着けば、俺の机がいつもと違っていた。

 

「森崎さん、これは何だろう」

 

「何故俺に訊く!見ての通りだろう、バレンタインチョコの山だ!」

 

 つい森崎に訊いてしまう程、俺の机にはチョコが積み重なっていた。

 

「俺が来た時にはもう既にいくつかあったし、後から何人かが更に積み上げていった。ちなみに、二科生も臆しながら入ってきて置いていったぞ」

 

「……真に?」

 

「口調が崩れてるぞ、お前」

 

 森崎が詳細に教えてくれたことを真実と仮定し、俺は山を漁ってみる。包装から気合が入っている数個は義理チョコと言うにも疑わしい。その数個以外はおそらく義理だし、市販のチョコ菓子も混ざっているからギャグで置いた奴も居るのだろう。

 

「名前、一つも書いてないな」

 

「十師族にチョコを渡すんだ、彼彼女らも弁えているんだろう。一応言っとくが、俺は名誉のために氏名も外見の特徴も言わんからな」

 

「今「彼」って言った?」

 

 家業の誇りが一段と強くなったのか、森崎はプライバシーの保護を尊重して口を閉ざす。願えるなら「彼」のところも伏せてほしかった。とりあえず、その「彼」らがギャグの区分であることを祈る。

 

「……どうするかな、これ」

 

 担任から事務室に預けるよう指示を受けるまで、俺は途方に暮れていた。

 

◇◇◇

 

 昼休み。バレンタインデーとなればこの時間も喧しくなるかと思えばそうでもなく、皆辛抱強く放課後まで耐えているらしい。朝に隠れて大量に渡されたのは俺くらいだったようだ。

 

 まぁそれでも学校全体が甘ったるいので(一部はとても苦そうだが)、俺は避難も兼ねて風紀委員本部で仕事をしていた。書類仕事、備品整理には事欠かない、次の風紀委員選考はそこも考慮して選んでほしいくらいには。森崎は綺麗にしているが、それ以外はとても悲しい惨状だ。

 

「いつまで扉の前に居座っているつもりなんだい?リーナさん」

 

「ふぇ?」

 

 数十秒ノックもせずに気配をそこに留めておくものだから、じれったいというか気が散ってしまう。最近この気配感知もプシオン感知が加わって、個人特定までできるようになった。気配が感知できる範囲全部でできるわけではないが。おかげで人混みはより辛くなっている。

 

「鍵は開いているよ?ついでに俺だけだ。俺に用件なら都合が良いんじゃないか?」

 

「……。サキー、貴方って知覚系を持ってるの?」

 

「黙秘権を行使しよう」

 

 先制されてばつが悪くなったが、これで逃げるのは更にばつが悪くなると判断したようで、リーナは躊躇いがちに入室してきた。第一声がそれなのはいつだかの七草家来訪に重なって少し笑いながら、俺はリーナにはっきりと答えなかった。これ程の感知能力だ。もういっそ知覚系を持っていると匂わせた方が面倒はない。

 

「アイスコーヒーとアイスティー、どっちが好みかな?市販の安いのだけど」

 

「じゃ、じゃあアイスコーヒーを」

 

 俺は冷蔵庫から取り出した紙パックの蓋を開けてコップに注ぎ、リーナの分とついでに俺のお替りを用意してテーブルに置いた。リーナは毒入りを注意することなく口を付ける。

 

「すっごい甘い。これ、何て言うコーヒー?」

 

「M○Xコーヒー」

 

「MA○コーヒー……」

 

 気に入ったのか、一気飲みのような礼儀の悪い飲み方はしないが、リーナの口を付けるペースは早い。

 

「……サキー」

 

 飲み干して数秒経ってから、リーナはようやく沈黙を破る。

 

「何かな?」

 

「これ、チョコ」

 

「……達也に渡せば良いのか?」

 

「サキーの分よ!」

 

 さすがに俺は瞠目した。リーナから義理チョコを貰うのは予想外だ。こんなことをされる程、俺は彼女と親交を深めた覚えがない。

 

「これはあくまで、サキーと話すための理由作りよ!留学生と『四葉』の接触には理由が必要でしょう!?」

 

「なるほど。それで、義理チョコを渡す恥ずかしさを忍んで得た機会に、リーナさんは何が訊きたいんだ?」

 

「っ……。色々とよ、色々と」

 

 リーナは興奮を冷ましつつ赤い顔を逸らして迷っていた。訊きたいことは多そうだから、迷っているのは「どれを訊くべきか」だろう。

 

「そう、ね。まず、「君はどうにも」の言葉の続きを訊きたいわ」

 

「……ミカエラ・ホンゴウを気絶させた後に言いかけたモノだったかな?」

 

「それよ」

 

 ぎりぎり思い出した俺をリーナは逃がさないよう、聞き逃さないよう真っすぐ見つめる。

 

「「君はどうにも優しすぎる」、だね。リーナさん、君は非情になれていない」

 

「そんなはずはないわ!だって、私はもう、既に三人も―――」

 

「日本が横浜事変の際に使った戦略級魔法。あれで何人死んだと思う?」

 

「急に、何?」

 

「次に鎮海軍港への攻撃で同じ戦略級魔法が使われたけど、あれで何人死んだと思う?」

 

 困惑しているリーナへ、俺は質問を畳みかけた。

 

「わ、分からないわ。公開されていないもの」

 

「そうだ。死んだ人数を、非情な者は数えない。数えるにしてもダメージレポートくらいだ、威力を測る尺度くらいの認識しかない」

 

「……」

 

 リーナは悲壮に口を噤む。

 

「まぁ俺は件の戦略級魔法師を非難する気は一切ない。だが、正直。大量に殺すだろう魔法を、短期間に二度も使える精神には驚嘆する」

 

 正しく驚嘆、「驚き」と「嘆き」だ。俺は良心の呵責なく打てることを驚き、そんな精神性になってしまっていることを嘆いている。妹関連の事柄にしか激情を抱けないなんて、酷い話だ。

 

「リーナさん、それが「非情」というモノだよ。件の魔法師こそが、「兵器としての魔法師」だ。君はああはなれないだろうし、なるべきでもない」

 

 少年少女が兵器として扱われる世の中は、前世の倫理観がまだ残っている俺には悲惨に感じてならない。そういうのが許されるのは空想の中だけだ。現実になって良いモノではない。

 

「……サキー、ワタシはよく分からないわ」

 

「ああ、軍人であることを誇りに思っているリーナさんには難しいかもしれない」

 

 若い頃からの刷り込みというのは人間の自我形成においても多大な影響を与える。軍人であることの誇りを刷り込まれたリーナにとって、軍人に向いていないという意見を受け入れるのは難しいだろう。

 

「それも、あるけれど。本当によく分からないのはサキーの方」

 

「俺の方?」

 

「戦場であった時のサキーは、怖かったわ。ここに来るまでも怖く感じていたけど、こうして話している時のサキーは優しい人に感じる。だから、ワタシには貴方がどっちなのか分からないの。貴方は、結局どっちなの?」

 

「俺が、どっちなのか……?」

 

 最初に会話した時と同じような、俺には意図が読めない質問だった。最初に会話した時もそうだったが、リーナは話の中心を俺にすり替えた質問をしている気がする。何を目的にしているのか謎ではあるが、あの時と同じように答えて気まずくなるのは避けたい。

 

 それに、面白い質問だと思った。俺が「非情な人物」であるかどうか。俺が容赦なく人を殺せるのかどうか。分かり切っていることだ。

 

「さぁ、どっちなんだろうね」

 

 どっちもへったくれもない。俺は()()()()()()()()()()()()()()()、倫理観など切り捨てられる。俺は非情な人間ではなく、()()な人間なのだ。

 

「これから考えれば良いさ、リーナさんもね」

 

「……そうね」

 

 俺がはぐらかして笑顔を浮かべれば、反してリーナは暗く俯いた。

 

◇◇◇

 

 放課後。風紀委員の先輩方に押し付けられた巡回も終わり、同じく巡回が終わった森崎は片付けも終えて早々に帰路に就いていた。俺は片付けの後、活動記録をまとめるために一人になっていれば―――

 

「四葉くん、お疲れ様」

 

「四葉、少し話がある」

 

 俺に用事があると言う真由美と克人、そして司波兄妹が訪れるのである。何か、俺一人に用事がある際は、風紀委員本部に向かうのが好都合と思われてないか。大体正解だが。

 

「パラサイトの件ですか?」

 

「そうだ。パラサイトは一体しか撃退していないにも関わらず、あれ以降吸血鬼の話が全く出てこない。捜索班も見つけられていない。いったい何が起こっている?」

 

「まさかとは思うけど、四葉が人知れず片付けたわけじゃないわよね?」

 

 克人も真由美も疑念の眼差しで、司波兄妹も少しきつく睨んでいる。

 

「安心してください。四葉が独断専行している事実はありません。ただ、申し上げますと。四葉も完全にパラサイトを見失いました」

 

「四葉もか?」

 

 言葉にしてまで疑問を持つのは達也だった。この中で一番四葉の情報収集能力を理解しているから、一番意外に感じたのだろう。

 

「まず、パラサイトはどうやら密接に情報を共有しているみたいです。もしかしたら、テレパシーのような、常に意思を伝え合う手段を持っているかもしれません」

 

 現当主たちには「テレパシーを持っている」と断定したが、それは俺がパラサイト憑依者であることを裏付けにしてできたモノ。俺がパラサイト憑依者だと明かしていない彼らには、俺はあくまで推定として語る。

 

「とすると、この前撃退まで持ち込んでしまったから警戒されているのかしら?」

 

「それだけで四葉から逃げられるものか?」

 

 真由美はパラサイトの隠密性を信じたが、達也は四葉の情報収集能力を信じた。警戒だけで四葉からも捕捉できなくなるはずがないと、達也は追及する。

 

「達也、パラサイトを追っていた時に、古式魔法が使われたのを覚えているか?」

 

「……古式魔法師が匿ったのか」

 

「そういうことだ。古式魔法は十師族の専門外だし、USNAも専門外らしい。大陸系の古式魔法だろうとは推測できても、大陸系の古式魔法師という確たる証拠はないから大亜連を訴える材料にはしづらい」

 

「手詰まりか……」

 

 俺からの情報を聞いて克人が沈鬱に溜息を漏らせば、雰囲気が加重系でも行使したように重くなった。

 

「おっしゃる通り、こちらからの有効打はありません。しかし、彼らは何か目的を持って魔法師を襲っていた。いずれは業を煮やして出てくるでしょう」

 

「その時を逃さずに捕えれば良いと」

 

 克人の前向きな受け取りに俺は頷く。勝機があると確信した克人は打って変わって活力を満たす。他もそれに促され、気持ちを引き締めているようだ。

 

「さて、難しい話はこれくらいにして。使った頭に糖分を、てね」

 

 お茶目なウィンクをしてから、真由美は三つの箱を取り出して俺・十文字・達也に手渡した。手渡された全員(俺含め)が渡された物を怪しむ。

 

「みんなには協力してもらっているから、バレンタインデーにあやかってちょっとしたお礼をね。深雪さんの前で達也くんに渡すのはちょっと気が引けてたけど」

 

「特にお気になさらなくても。私はお兄様のただの妹のなのですから」

 

 司波兄妹以外が「どの口が」と内心考えただろう。口に出さないのが良識者というところか。

 

「十六夜くんは迷惑だったかしら。たくさん貰ったんでしょう?私のクラスの男子も渡しに行っていたし」

 

「いえ、有難く……。今「男子」って言いました?」

 

 俺の不安に真由美はニッコリ微笑むだけで何も言わない。

 

 俺は背筋が寒くなった。

 

 ちなみに、真由美のチョコは甘かった。




十六夜のバレンタイン:今世においては一応真夜からプレゼントを貰ったりしていたが、それ以外もとにかく理由こじつけてプレゼントされていたのでバレンタインの認識が薄い。前世においては、一度大量に貰った経験がある。全て義理で、お返し強要で。十六夜の女性苦手、その由来の一つであり、トラウマにより封印された記憶の一つである。

十六夜の人気:『四葉』のせいで表立った人気はないが、影ながら彼を応援するファンは少なくない。十師族とはいえ許嫁のいないフリーな美形なのだから然もあらん。男性人気は、「彼に女装させれば似合うんじゃね?」という一部層のもの。性的なものではない、とは断言しきれない。

真由美の甘いバレンタインチョコ:原作で集中していた達也へのヘイトが十六夜に分散し、同時に「十六夜くんには色々と面倒掛けている」という意思からヘイトがほぼ消滅。結果、(つら)いチョコは生み出されなかった。その代わり、本作において服部刑部は(つら)いチョコさえ真由美から貰えていない。

 閲覧、感謝します。

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