魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第三十五話 隠者の影

2096年1月27日

 

「これ、本当に十師族動いてる……?」

 

 夜の東京を練り歩く、もとい捜索し続ける達也一団(俺INレオOUT)。そんな猜疑を吐露したのはエリカだった。

 

 四葉・七草・十文字の三家と共に捜索を始めて今日が五日目。だと言うのにやっているのは足での捜査兼見回りで、進捗が芳しくない。エリカのそんなことを言ってしまうのも無理はなく、むしろよく耐えた方である。

 

「最悪の展開でね、どうやらパラサイトの犯行を隠したいのはパラサイトたちだけじゃないようなんだ」

 

「パラサイト以外が?そんなの、百害有って一利ないんじゃ」

 

 気落ちするような俺の情報開示に、幹比古の質問と達也一団の視線が投げかけられる。達也と深雪は予想できているようで、他と視線の質が違うが。

 

「まだ君たちにはパラサイトに憑依されたのが誰か、言っていなかったね」

 

「そういえば確かに。憑依されているんですから、その憑依された人に非はないと思って気にしてませんでしたけど」

 

「……憑依者を出してしまった集団が隠蔽しようとしてる?隠蔽するってことは後ろめたい訳で、故意か事故かは分からないけど、パラサイトを呼び出してしまったってことか。なら隠蔽しようとしてるのは古式魔法師の家かい?」

 

 ほのかはそもそも憑依者に対して悪感情がないために興味がなく、言われて初めて気にし出したようだ。幹比古の方もそうだったが、パラサイトの憑依者とそれを生み出してしまった集団に強い関心を覚えて思考を巡らす。至った答えは古式魔法師として一番あり得る可能性なのだろうが、残念ながら外れていた。

 

「憑依者のだいたいはUSNA軍の脱走兵、隠蔽しようとしているのは現役USNA軍人さ」

 

「は?なんで交換留学する程仲良しな国が、いつの間にか軍を侵入させてるの?」

 

「どうやってUSNA軍がパラサイトを。パラサイトは古式魔法の分野のはずなのに……。アメリカはついにシャーマンも徴兵したのか?」

 

 達也と深雪は「そうだろうな」と言った面持ちであるが、他は頭を傾げる。エリカは俺に対する質問で、幹比古は自己内論議している。

 

「そこら辺はまぁ、直接あっちに聞くしかないだろうな。その仕事は十師族当主たち、ひいては魔法師協会の仕事だから俺たちにまで情報が降りてくるかは分からないが」

 

「ふ~ん」「う~ん……」

 

 俺はその疑問に対しては答えを伏せる。一部事情を知る達也と深雪は口を挿まず、エリカと幹比古は煮え切らないようである。ただ、エリカは何かが繋がったようで目を鋭くさせていた。

 

「あ、あのお話の途中ごめんなさい」

 

 申し訳なさそうに美月が割り込む。見れば美月は眼鏡を外していた。

 

「その、ここからちょっと遠いんですけど。ここからでも見えるくらい眩しいオーラが」

 

「美月さん、どっちだ」

 

「あ、あっちです」

 

 俺が少し凄んで急かしたために美月を多少脅えさせてしまったが、今それを気にしている余裕はない。俺は美月が指差した方へ、達也たちを置いて一目散に駆け出した。

 

 「離れていても見えるくらい眩しい」、それはつまりプシオンが活性化していることを表し、パラサイトは戦闘中であることが懸念される。

 

(パラサイトがやられる前に間に合うか……!)

 

 俺は超人域でその場を目指す。

 

 戦闘へすぐに移れるよう余裕を残した疾走(超人基準)をすること2分弱。戦闘の気配と耳鳴りのようなノイズを俺は感じ取った。

 

 ようやく視界に捉えて人影は複数人のものであり、それを構成するのはおそらくUSNA軍だろう戦闘服を着る三人と覆面の不審者一人だ。不審者の方は見覚えと()()()()がある。レオと俺が襲われた時に居た小柄のパラサイトだ。

 

(まずいな……)

 

 そのパラサイトは追い詰められており、放った雷撃も赤髪の軍人に対抗魔法で無効化された。赤髪の軍人が銃を構える。情報強化されているだろう銃弾は撃つことさえ適えばパラサイトの心臓を穿つだろう。

 

 だからそうなる前に()()()()()()()()()()()

 

「っ!?」

 

「……惜しかった。いや、さすがと言うべきか?アンジー・シリウス」

 

 赤髪の軍人、アンジー・シリウスは俺が追撃を用意する前に後退している。刀の反射光に反応、というより条件反射で動いていたのだろう。夜だし公的任務だからと、シルバーブレイドと違って硬化魔法が必要ない日本刀を持ってきたのが徒になったか。

 

「そっちの不審者も無駄な抵抗は止してくれ。もうこの辺りは十師族に包囲されている」

 

 俺から他の捜索グループに連絡はしていないが、達也たちがしているものとしてパラサイトに警告する。念のため特化型CAD(ガイア)も向けていた。

 

 USNA軍・パラサイト・俺の三つ巴で場は膠着する。

 

「イザヨイ、ヨツバ……」

 

 空気が張りつめている中、警戒しながらも口を開いたのはシリウスだった。

 

「やぁ、アンジー・シリウス。お会いできて光栄だよ、こんな場じゃなかったらね」

 

 俺は営業スマイルから苦笑へと表情を変えて分かりやすく落胆を表す。

 

「「君がいつ国に入ったのか」とか「不法侵入は頂けない」とか、そんな馬鹿を言うつもりはない。入国の手段としては適切だからね。聞いている入国目的とはかけ離れているけど」

 

「……っ」

 

 シリウスは多くが露見していると察して奥歯を噛み潰すが如く歯噛みする。

 

「君の国と俺の国が結んでいる条約は、休戦条約ではなくてもっと共栄を目指したもののはずなんだが。今回の不祥事はどうしても揉み消したいらしい」

 

 何が切っ掛けかUSNAは分かっていないだろうが、USNA軍脱走兵が日本国民に被害を出したという事実は如実に刻まれている。これは両国の歪みになりかねない問題だ。

 

「まぁ気持ちはよく分かるよ。罪を隠したくなるのは人間として当然の感情だ。しかし、それにしては被害を出し過ぎた。揉み消すならもう少し被害が少ない内に事態を収束させるべきだったよ?それができないなら、最初から日本にも連絡して責任を一部でも背負わせるべきだったね」

 

 もし早期に事態を収めていれば、極一部の執念深いか直感冴えるかの組織が犯人を予測するだけで留められただろう。もし日本にも連絡していれば、パラサイトがなかなか捕まらないとしても知らされて対処できなかった日本も責任を問われるだろう。USNAはどちらもせず、今回ばかりは大失態と言う他ない。

 

「……」

 

 シリウスは俺を睨むだけで口を開かない。軍人としては賢明な判断だろう。俺としては「話にならない」と呆れてしまうが。

 

「何故だ。何故我々の邪魔をする」

 

 USNA軍と俺の会話を途切れたのを見て、小柄なパラサイトは俺に問い掛けた。

 

「いや、むしろ何で邪魔をしないと思ってるんだ?君たちと俺たちの関係なら、敵対は当然……。ああ、俺個人なら少し立場が変わってくるか」

 

 不可解な問い掛けに俺はニュアンスの違いを感じ、そのパラサイトが同じパラサイトである俺個人に向けて言っているのだと気付いた。「何故仲間なのに邪魔をするのか」と、そういう単純な話だ。

 

「俺からの答えは一つだ、パラサイト。俺は君たちの仲間じゃない」

 

 俺個人の解釈で言うのなら、俺はパラサイトではなく、強いて言うならパラサイト変異種だ。間違っても彼らの仲間ではない。だから冷たく突き放してやった。この態度は予想していたのか、パラサイトは驚いていない。テレパスが通じないから薄々感付いていたのだろう。

 

「ならば、同胞を返してもらうぞ」

 

 小柄なパラサイトは俺の中でパラサイトが抑えられていると判断したのか、どうにも俺を殺してパラサイトを解放するつもりのようだ。俺へと確かな殺意を放っている。と言っても、すぐには動き出さないが。今の膠着状態、場が動けば一気に流れだして状況が一変するのは誰にも分かること。自身が有利な形勢に持ち込むためには機を窺う他ない。

 

 そんな状況など露知らず、介入する者たちが現れる。

 

「十六夜さん!」

 

 声を上げるのはほのかであり、介入者は達也たちだ。ほのかの声は誤射防止の友軍確認として良いが、この三つ巴の膠着状態には宜しくない。人間、名前を呼ばれれば気をそちらに逸らしてしまうものだ。

 

 御多分に漏れず、俺はほんの一瞬であるが気を逸らしてしまった。その機を逃さず、()()()が動き出す。

 

「何!?こいつは、『化成体』か!」

 

 この場にそぐわぬ攻撃に虚を突かれながらも、俺は原作知識からその魔法をすぐに見破った。幻影を光波振動系で作り、物理的接触を魔法で偽装して実体があるように見せかける魔法・『化成体』。動き回る獣はただの影であり、切りつけた所で意味がない。俺は回避に専念させられる。

 

 俺が化成体の対処に掛かり切りになり、三つ巴は崩れた。パラサイトは逃走を図り、シリウスはそれを追走する。他のUSNA軍は達也たちの足止めに留まった。

 

「くっ……。達也!」

 

 俺には化成体への対抗手段がないために達也へ救援を求める。言うが早いか動くが早いか、達也はグラム・デモリッションで化成体を消し去った。

 

「十六夜、無事か」

 

「無事は無事だが、してやられたよ。あんな伏兵は予想外だ」

 

 USNA軍はこちらを逃がさぬように道を塞いでいるが手を出さず、達也たちと俺は難なく合流する。達也は先行した俺の安否を確認し、俺は返事をしながら悪態をついた。

 

 化成体を実用化しているのは大亜連くらいだ。USNA出身のパラサイトとUSNA軍が使う代物ではない。つまり、さっきの化成体はその両者以外からの攻撃ということになる。

 

(周公瑾……、こんな早く出張ってきたか。物語の展開が早いのは嬉しいが、予期せぬ事態は控えてほしいね)

 

 俺は原作知識により化成体の行使者を断定した。本人ではないにしろ、大陸出身の協力者だろう。嘆きたくなるような不測の事態だが、影に潜む者が手を打ってきた事実にあちらの焦りを感じ取り、それを引き出すほど己が行動は有効であったと実感する。

 

「さて、溜息吐いてる暇はなさそうだし……。エリカさんはこっち、達也たちはパラサイトを追ってくれ」

 

「配分おかしくない!?」

 

「さっきパラサイトを追っていったのはアンジー・シリウス、USNA軍の単体最高戦力だ。シリウスの相手は対抗戦力として達也と深雪、パラサイトの相手は追跡と封印及び応戦でその他の人が必要になる。こっちが手薄になるのは止む無しだ」

 

 エリカが反論したくなるのも然もありなん。しかし、俺としては理にかなっていることを説明する。

 

「あ、アンジー・シリウスって、まさかあのアンジー・シリウス!?」

 

「USNAの戦略級魔法師を指して言ってるなら、そのアンジー・シリウスだよ。パラサイトが相手とはいえ、そんな大物を寄越してくるとはね」

 

 動揺を隠せない幹比古と認識をすり合わせながら、俺は流し目気味にUSNA軍を見やる。言葉の裏でUSNA軍に鎌掛けしたのだ、「そんな過剰戦力を寄越した理由は別にあるんだろ?」と。しかし、相対する二人のUSNA軍人は一切心を乱さない。俺もこんな幼稚な鎌に大した効果は期待していない。四葉がUSNA軍の思惑を見透かしていることを察してもらって、あちらの上司にそう伝えてもらいたいだけだ。上手くいけば怖がった上司が自ら四葉にコンタクトしてくれるかもしれない。こっちから脅しに行く手間が省けるだろう。

 

 今更だが、USNA軍の前で堂々とパラサイトを明言しているのだが、USNAは一連の不祥事にパラサイトが関係しているといつ特定していただろうか。後々だった気がするが、そうなると俺の発言は一部意味が通じていないことになる。いや、まぁこれでパラサイトについて調べてもらえれば問題ないか。調べないようだったら種明かしでもしてやろう。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

「細かい話はまた今度。じゃあ、よろしく頼む!」

 

 言葉の途中で刀を構え、一歩の踏み込みでUSNA軍との距離を詰める。俺から見て左のUSNA軍人に牙突を放つが、避けられる。次に右のUSNA軍人に向けて刀を払う。これも避けられる。だが、道は空いた。

 

 達也が他の人を先導しつつ、USNA軍の魔法をグラム・デモリッションで砕いていき、エリカ以外の全員が通り抜けていった。

 

「ああもう!十六夜君も達也君も強引過ぎでしょ!」

 

 そんな不満を叫びながら取り出した短い棍棒のようなものを脇差に変形させ、俺の横に並ぶ。示し合わせたように俺とエリカは背中合わせでそれぞれの敵に向かい合った。剣だけとはいえ、戦いを習っている者は戦況把握が早いから有難い。

 

 というかそんな武装一体型CADが有ったのか。俺の抜けている知識か、または俺が読んでいない巻か。相応の代金を支払うから譲ってもらえないものか、後々交渉してみよう。

 

「良ければ刀を貸すけど、真剣を握ったことは?」

 

 俺はエリカに真剣を渡そうと腕を後ろのエリカに向ければ、エリカはひったくるように受け取る。

 

「誰にモノを言ってんの。持ち出し許されてたら自前の持ってきてたわよ。むしろそっちは良いの?返せって言われても返さないけど」

 

「「弘法筆を選ばず」だ。切れる物ならナイフでも、最悪研いだ爪でも構わないさ」

 

 俺は得物をコンバットナイフに変え、エリカの心配を解消しようとした。怒気を放っているところから、どうやら心配ではなく挑発だったようだが。それとも俺の剣技でも間近で見たかったのだろうか。

 

「「良工は先ずその刀を利くす、能書は必ず好筆を用う」よ、この邪道剣士!剣の腕は文句なしでも、心構えがなってないわねアンタ!」

 

「それについては前向きに善処するから、説教は後にしてくれ」

 

 俺が剣に人生を捧げる類と勘違いしていたようだ。「心構え」と言われると思い当たる節があるので多少心が痛い。それにしても怒るほどのことではないと思うが、エリカは虫の居所が悪いらしい。達也に酷い扱いでもされたか。とりあえず俺はその場しのぎに流した。舌打ちが聞こえた気がするが気のせいだ。

 

「ところで、君たちからは来ないのかい?お喋りで隙だらけだっただろうに。俺をこの場に食い止めておければ御の字ってことかな?」

 

 攻撃するチャンスなどいくらでもあっただろうにUSNA軍は俺とエリカに攻撃してこなかった。とするならば、この戦況における最も危惧されている人物は俺なのかもしれない。まだ俺が戦略魔法師の容疑者から外れていないがためなら、情報が撹乱できていて喜ばしい。だが手をこまねいている程の余裕はない。こっちは事態を早期解決したいのだ。

 

「悪いが、時間稼ぎはさせてやれないね。こっちも忙しいんだ」

 

 俺は靴先で地面を叩くような履き心地を調整するフリをしながら、地面との()()()を探し出す。新ネタの準備が済めば、構え直して敵を睨む。この行動を怪しんではいるが、ネタはバレていないようだ。

 

「それじゃあ、こっちから行こうか!」

 

 自己加速術式と見紛うだろう速度で敵に急接近。ナイフを握る右手は首へ向かう。USNA軍人は咄嗟に体を逸らして避けようとするが、それこそが狙いだ。逸らした体を支えるために下げた足が()()()()()()()()()()()()に囚われ、USNA軍人はバランスを崩した。そこへ俺は左手の掌打を鳩尾へ叩き込む。

 

「っ!」

 

 掌打の衝撃が肺の空気すら押し出したのか、声にならぬ呻きと共に相手は気を失った。「握り拳でやらなくて良かった」と込めすぎた力に俺は冷や汗を流す。

 

「ヤァァァァァ!セイ!ハァっ!」

 

 気勢の強い声に振り向けば、エリカはまだ戦いの最中だった。大きい声は気合を入れるのと威嚇するのが目的だろう。いつもの戦闘スタイルがどちらかと言えば静かなエリカにしては珍しく、二刀流で攻め立てる荒々しいスタイルだ。相手有利の中距離魔法戦に持ち込ませず、自身有利の近接戦闘を押し付けている。ただ、長引けばスタミナ切れでUSNA軍人に負けてしまう。だから俺は手を貸した。と言っても、USNA軍人の足を地面に呑ませるだけだが。急に両足を固められて魔法も不発させたUSNA軍人に対し、エリカは柄頭で顎を強かに打つ。さすがは「剣の魔法師」と呼ばれる血筋だけあって非殺傷の無力化も心得ている。

 

「ねぇ、十六夜君」

 

「なんだい?」

 

「これ、あたし必要だった?」

 

 俺が汗一つない姿に、俺一人でこの二人は相手できたと考えたのだろう。エリカはげんなりして落とした肩を俺に見せつける。俺は笑顔で発言を控えた。エリカは肩どころか頭を落とす。

 

「ほら、早く達也たちを追うよ?まだそんな離れてないだろうけど、追いつけなくなるかもしれない」

 

「こいつらは捕まえとかないの?」

 

 エリカの疑問は最もで、気絶させたUSNA軍人を捕まえた方が通常なら良策だろう。だが今回はそれでは困ることがある。

 

「ああ、こいつらは連絡役にするつもりだから放っておいて良いさ」

 

「連絡役?」

 

「どうにもあっちはパラサイトが原因だと分かってないようでね。こいつらの目の前でパラサイトについて話したろう?それをUSNA軍の方に伝えてもらうために野放しにしておくのさ。後、捕虜にするも情報訊き出すも彼らじゃ価値が低そうだから、捕まえるだけこっちが損になるかもしれないんだ」

 

 下っ端に流されている情報など高が知れる。おまけに下っ端ならUSNA軍は切り捨てるのも比較的容易い。最悪なのは、「USNA人を不当に捕縛した」という責めるための大義名分を渡してしまいかねないことだ。総合して、彼らは捕縛する程価値がないのである。

 

「大人の事情ってこと?まぁ何となく分かったから良いわ。じゃあ行きましょう」

 

 エリカは政治的なことには踏み込みたくないようで、とりあえずの理解を示す。

 

「追いかける前に、刀返してもらえる?」

 

「……ケチ」

 

 俺はエリカが惜しみつつ投げやりに放った刀を危なげなく掴んだ。真剣なのだから投げないでほしいが、今言っても聞きそうにないので止める。

 

 その後にエリカを励ましつつ達也たちの元へ(エリカもついて来られる普通のペースで)急げば、達也たちの姿だけでパラサイトもシリウスも姿がない。

 

「すまない、十六夜。逃げられた」

 

 達也は近寄る俺に端的に現状報告をする。

 

「十師族の応援は?」

 

「呼んだが、間に合わなかった。どうにも俺たちの捜索を邪魔しているのは、USNAだけではないらしい。道を惑わす古式魔法が使われていたのを確認した」

 

 達也の「古式魔法」のワードに幹比古が頷いていた。古式魔法と確認したのは幹比古だったようだ。

 

「古式魔法、第四勢力か……。これ以上事態を引っ掻き回すのは勘弁してもらいたいね、全く」

 

 原作以上に面倒となってきた今回の事件に俺は頭痛がしてくる。犯人がおおよそ特定できているのに告発できないのがまた何とももどかしい。

 

 そんな気落ちしているところに俺の携帯端末が震える。「四葉真夜」の表示に俺は躊躇いなく応答した。

 

「母上、どうかしましたか?」

 

〈パラサイトを完全に見失ったわ。表立って動かしていた手勢以外からも、完全にロストよ〉

 

 真夜からさりげなく「裏で動かしていた者たち」の言及がされる。黒羽でも動かしていたか。貢からも逃げ延びたなら、周公瑾本人まで出てきていた可能性がある。本当に勘弁してほしい。

 

「十師族も完全に見失ったかぁ。えぇっと、こっちは……。うん、こっちもダメそうだね」

 

 達也・幹比古・美月に目配せするが、一様に首を横振りされる。彼らでも捕捉不可となれば、さすがに超人的感覚でも不可能だ。

 

〈USNA軍も撤退しているようだから、今夜はもう追跡できそうにないわ。十六夜も撤退しなさい〉

 

「分かったよ、母上」

 

〈迎えを送るから少し待っていなさい。……人前だと「母さん」って呼んでくれないのね〉

 

 通話切る前に一言挿まれたが、わざとやったのだろうか。何にせよ、俺は聞かなかったことにした。

 

「はぁ……。今日はお開きだそうだ」

 

 俺の報告に皆が徒労感を滲ませる。この体たらくでは仕方ない。

 

「みんな疲れただろう。迎えの車が来るから、家まで送るよ」

 

 俺が疲れを労いつつ送迎を予告すれば、各々がそれぞれ安堵を表現する。そうして皆が少し雑談を始めたところで、俺は達也を呼び寄せた。

 

「どうした、十六夜」

 

「シリウスの目の前で、分解魔法は使ったかい?」

 

「……すまない、深雪たちを守るのにどうしても使わざるを得なかった」

 

 短慮を責められると勘違いしたのか、達也はまず謝罪から入った。

 

「気にするな、達也。お前たちの命が最優先だ。もし母上から何か言われたら、「十六夜は許した」と伝えると良い」

 

「それは、かなり効きそうなワードだな」

 

 達也の頭の中でも手の平返す真夜の姿が浮かんだのだろう。達也は小さく笑っていた。

 

「こっちは問題ないが、問題なのはあっちだ。分解魔法とマテリアル・バーストとの関連性はすぐに見抜かれると考えた方が良い」

 

「ああ。魔法理論は難解だろうが、起こしている結果は両方ただの分解だからな」

 

 俺の忠告には達也も考えが至っているようで、真剣な顔に引き締める。

 

「今はまだパラサイトに注力するだろうが、その後は達也に的を絞って襲ってくると思う。注意してくれ」

 

「分かった」

 

 達也の素直な返事に俺は満足して、念のため張っていた遮音バリアを解こうとする。

 

「十六夜、俺からも少し良いか?」

 

「ん?何か疑問が?」

 

 達也からの話題振りを俺は珍しく思いつつ、遮音バリアを解かずにおいた。遮音を切ろうとした時に振ってきたのだ。他人にも、少なくとも幹比古たちにも聞かれたくない話かもしれない。

 

「アンジーは、リーナか?」

 

「俺はそう確信したが。エレメンタル・サイトで判別できなかったのか?」

 

「エイドスすら違って見えた。だが、何らかの偽装魔法を使っているのは見えている」

 

「エイドスも偽装する魔法……。まさか、九島家の『仮装行列(パレード)』か……?」

 

 今更だが、アンジー・シリウスは『仮装行列(パレード)』というエイドスの領域まで偽装する魔法を使っている。そのために達也のエレメンタル・サイトでもエイドスが別のものと映る。達也はそのパレードのせいで確信を持てずにいたのだろう。まぁこれは原作知識あっての推理であるから俺はおくびにも出さず、今思いついたかのように振る舞った。

 

「パレード?」

 

「九島家の秘術に姿を偽る魔法があるらしい。それがパレードだったはずだ。何処で見たんだったか。まぁ、古式を現代化した家である九島にしては光波振動系魔法っぽいから、何となく覚えてたんだ」

 

 達也の追及に対して俺は曖昧で朧気に答える。少し無理矢理な話筋になってしまっていることに俺は内心反省した。有能ムーブは計画的に行おう。

 

「そうか、リーナは『クドウ』だったな。九島家の秘術が使える可能性は十分にある」

 

 達也は俺の不審な点よりリーナが九島家の秘術を使えることに頭を回してくれた。助かった。

 

「エイドスを偽装されてたにしても、体捌きや雰囲気で分かりそうだが」

 

「俺は十六夜のような体術の達人じゃない」

 

 真顔の達也の抗議に俺は苦笑する。いつの間に「体術の達人」にカテゴライズされているのか。

 

「それに……」

 

「それに?」

 

「普段の明け透けなリーナの様子が逆にフェイクのようで疑わしかったんだ。リーナは戦士として一流だが、諜報員としては三流だ。軍人にしてはどうにも未熟に感じる」

 

 ここでリーナのポンコツさを指摘されるとは予想してなかった。真面目に考察している達也が言うと、尚更リーナの哀れさが際立つ。俺は同情心を抱いたのでフォローすることにした。

 

「USNA最強の魔法師ではあるが、リーナはまだ16歳の少女だ。生まれる前から軍人になると決められていた訳でもない。その点を考慮すれば、むしろ戦闘だけでもよく鍛えたと褒めて良いんじゃないか?」

 

 司波兄妹や黒羽姉弟を見ていると忘れそうになるが、リーナも含めてまだ成人もしていない少年少女なのだ。政治的に頭が回りながら戦闘力もある四葉家子息令嬢が色々とおかしいだけで、魔法師戦闘部隊スターズの総長になっているリーナも異常なのである。

 

「確かにそうか。戦闘力だけならまず間違いなく十文字先輩や七草先輩以上だ。諜報技術を学ぶ時間を、戦闘訓練に割いたのか」

 

 俺の弁護で達也は正しい比較対象を再検討し、「リーナは戦闘特化」というような見解を出したようだ。それはそれで可哀そうな気がするが、俺も正直それで合っている気がするのでこれ以上の弁護はできない。

 

「達也、リーナの方はおそらく正体を隠し通せてると判断してるだろうから、今後もいつも通りの対応でね。その内明かさなきゃいけないだろうが、まだその時じゃない」

 

「同意見だ」

 

 最後に互いに同調し、ここでの会話は終わりとなった。

 

 特に先程の会話とは関係がないが、俺は今後リーナには優しくしようかと少し悩んだ。




介入する周公瑾:パラサイトの対処をされるのは良いが、早々に片づけられると主であるジート・ヘイグが日本に根を張る隙がなくなる。そのため今回の事件に介入。本人は出張らず、間接的にパラサイトを確保して匿う。

達也に酷い扱いでもされたか:お前が今してるんだ。

十六夜の地面を操る術:『Rewrite』のとある知識とパラサイトの分裂・憑依能力を元に編み出された新魔法。感覚的に行使されているため、十六夜自身全く原理が分かっていない。「魔法」と分類して良いかも怪しい。

達也たちの戦闘:シリウスと周公瑾の手先に奮闘。達也は化成体に対処しながら、シリウスの不意の一撃(『ダンシング・ブレイズ』)も対処しようとした結果、分解魔法を使わざるを得ないところまで追い詰められた。結局シリウスは逃げたパラサイトを追うためにその戦闘を離脱。それで達也たちの戦闘は終了となった。ちなみに、シリウスも古式魔法で方角を狂わされ、パラサイトには完全に逃げられてしまう。

 閲覧、感謝します。


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