魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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※こちらは三十一話から続く本編となります。出だしが三十二話(最終話)と類似していますので、そちらとお間違いのないようお願いします。


第三十三話 編輯人≠リライター

■日

 

 とても暖かくて、とても穏やかで、まるで春の朝日を浴びているかの如き安らぎに包まれる感覚を、俺は全身で味わっていた。そんなに平穏な空気だからこそ、俺はただ朝が来たのだと思って枕元にある携帯端末を手で探る。いつまでも手が端末に触れることはなく、ベッドから落としたかと目を開けたのだ。視界に飛び込んでくるのが異常とも知らずに。

 

「え?」

 

 俺はいつものベッドではなく、何処かの草原に寝そべっていた。妙に輝きを零すその草原に違和感を抱いて上体を起こす。

 

 草原一帯はとても明るいのに反して空は暗く、星々の輝きすら見て取れる。その空の景色の多くを占める青い星の存在も。

 

「あ、あれは」

 

 その星は誰もが知っている星だろう。青々と照らされ、豊かに生命を育む星。

 

「地球……!も、もしかしてここは!」

 

 慌てて立ち上がり、俺は周りを見回す。草花自体が淡く輝き、大地には材質の分からぬ板が埋め込まれた場所。俺は既視感と未知感に襲われた。

 

「月、篝の丘……なのか?」

 

 ゲーム画面で目にした、しかし現実で目の当たりにするのは初めての光景。『Rewrite』に登場する『月の篝』を主としていた場所が、今目前に広がっていた。

 

「そんな、バカな……。この世界は、『魔法科高校の劣等生』のはず……。こんな、『Rewrite』の『月』があるはずが……」

 

 俺は冷や汗をかき、このわけの分からない現実から逃避を望むように後退するが、動揺に震えた足は草に躓いて腰を情けなく落とす。

 

 『魔法科高校の劣等生』と『Rewrite』はどちらも現実に即した世界観で描かれたフィクションではある。しかし、その物語の筆者が違えば世界観の根底は違う。交わることのない世界のはずなのだ。だが、『魔法科高校の劣等生』の世界に転生したと思った俺の意思がここにあり、現在映し出されているのは『Rewrite』の世界である。

 

「待て、まさかあの魔法科世界が『庭の文明』の一つなのか!?」

 

 俺は駆けだし、大地に埋め込まれた板を見る。それは俺の知る通り、幾筋もの溝が刻まれたモノ。地球の始まりから終わりまでをシミュレーションする物体、『庭の文明』と呼ばれるモノだった。そう、()()()()()

 

「これは、いったい……」

 

 板は真っ二つに切られた傷跡を残し、本来なら極光に光放つ幾筋もの溝は何の光も灯らぬただの溝になり果てていた。俺はそれで直感する。「これは、もう機能していない。何者かに壊されたのだ」と。

 

「じゃあ、『庭の文明』はもう存在しなくて。あの地球で今運営されているのが、『魔法科高校の劣等生』……?」

 

 俺は放心に陥りかけながら振り返る。地球は青く存在している。細かい人の営みなど肉眼で捉えることはできないが、間違いなく生命が育まれていた。

 

「何がどうなってるんだ……。超人は?魔物使いは何処に居るんだ?超能力は?魔法はどうやって見つかった?篝は?始まりの魔法師は?天王寺(てんのうじ)瑚太朗(こたろう)は?聖女は!?鍵は!?リライターはっ!?」

 

 混乱した頭が是非の分からぬ疑問を浮かべて、俺はそれを吐き出す。何も分からない。何も分かりはしない。

 

「俺は……、いったいなんだ……?」

 

 己の震える手を見つめる。俺の存在を見つめる。

 

 転生特典だと思っていたリライト能力は『Rewrite』の『月』がある現状、この能力が元からこの世界にあった力だと分かる。リライト能力を持つ者、リライターは人類を滅ぼす『鍵』を打倒する使命を帯びて生まれる。だが、俺が知る限り『鍵』なんてモノはこの世界に存在しなかった。少なくとも、人類を滅ぼすような厄災も、それに対抗した組織も、その存在を仄めかす事象は確認されていない。

 

 では、何故俺がリライト能力を持っているのか。俺がリライターだから?いや、おそらくそうではない。対抗すべき『鍵』が存在しない以上、リライターは存在しえない。『鍵』が今の地球に生まれている可能性も、根拠としては薄いがこの月に篝が居ないため、生まれていないのではないだろうか。

 

「俺は、形骸化したシステムを。リライターの残り火を、たまたま宿した……?」

 

 何故かその悲観的な仮説がストンと胸に落ちた。

 

 『庭の文明』と『月』に篝が存在したという仮定だが。そうなれば『庭の文明』にリライターは存在していて、そしてそのリライターがこの『月』に辿り着くだろう、『Rewrite』の天王寺瑚太朗のように。違うのは、篝の味方になるか、敵になるか。天王寺瑚太朗は味方になったが、おそらくそのリライターは敵になった。そうして篝を滅ぼし、『庭の文明』を破壊した。滅ぼされた篝が生まれる可能性はそこで潰えるが、リライターは生きていたが故に、地球で新たなリライターが生まれる可能性を残す。もはや意味のない役割ではあるが。

 

「そんな、じゃあ俺は。意味のない役割を、偶然にも引いただけだって言うのか……」

 

 俺は呆然とする。このリライト能力は神なる存在から与えられた力ではなく、押し付けられた閑職であった。

 

「く、くく。くふ、ふははっ、はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」

 

 唐突に俺は何もかもが馬鹿らしくなった。俺はこのリライト能力(特別な力)を、二度目の人生(転生)を、神がくれたチャンスなのだと、心の何処かで感動していたのだ。リライト能力があるなら、『鍵』も居るかもしれないと、心の何処かで恐怖していたのだ。特別な力を手にした俺は、特別な存在になれるのだと、心の何処かで期待していたのだ。

 

「あはははははははははははははははははっ!!!」

 

 馬鹿馬鹿しかった。「そんな感動も恐怖も期待もお前の妄想だった」と、俺は世界に叩きつけられた。馬鹿馬鹿しい妄想だった。

 

「ははははははははははははははははははははははははっっ!!!!」

 

 何を感動していたのだろう。何を恐怖していたのだろう。何を期待していたのだろう。罪の贖罪だけしていれば良いものを。

 

「ははは、……ハァ」

 

 一頻り笑って、一生分嗤って、俺は満足した。昔から自身はそういう馬鹿な男であることを思い出し、これ以上馬鹿笑いするのもそれこそ馬鹿らしいと、俺は呼吸を整えて頭を冷やす。

 

「ああ、むしろ「何も期待しなくて良い」って世界から言われたようでスッキリしたよ」

 

 俺の馬鹿な自己嫌悪は代わりに世界がしてくれていた。ならば、俺がこれ以上自己嫌悪に浸る意味はない。

 

「さて、じゃあ贖罪の続きをしようか」

 

 これからは何の心配もなく、ただ純粋に償うだけで良くなった。自身の罪を隠し通し、贖いを終えれば良いだけとなった。俺はとても清々しい気分だった。

 

「ここに来られたってことは、帰る方法もあるはずだ。月で寝れば、地球に戻れるか?地球で寝てるから月で起きてるんだし。カヌーにならなきゃ帰れないってオチなら困りものだ」

 

 あまりに安直な方法だが、最悪の予想が当たった場合はどうしようもないので、とりあえず俺は寝そべって目を閉じる。寝るというより瞑想するようにして、地球にあるだろう自身の体に意識を集中する。そうすると不意に浮遊感が体に伝わり、暖かい光に包まれながら頬に風を受ける幻覚を感じた。

 

◇◇◇

 

2096年1月20日

 

 ふと目を覚ます。知らない天井ではあるが、視界の端に移ったカーテンレールで病院であると察しがついた。

 

 俺はいったいどのくらい寝ていたのか把握するために時間を示す物を探すが、そういう類の物は悲しくも日差しくらいしかない。この病室が東窓であれば午前だろう、西窓だったら午後だが。

 

 とにかくこれは誰かを呼んだ方が良いとナースコールを探している時、病室のドアが開かれた。見れば真夜が暗く俯いたまま入室し、その上げられた視線と俺の視線が丁度合致する。

 

「いざよ、い……」

 

「おはよう、で合ってるかい?母さん」

 

 日常会話のような俺の挨拶に、真夜は涙を零して抱き着いた。とても固い抱擁だが、それだけの心配を掛けたものと考え、俺は甘んじて受け入れた。

 

 抱擁は医者が来るまで続いた。医者は四葉お抱えの者であり、真夜の親子愛を知っているので来た当初は生暖かく見守っていたが。

 

「ここへ搬入した当初は確かに血液が減っていたようですが、輸血するまでもなく回復していました。少し治癒の早さには違和感がありますが。とりあえず、身体に外傷がないのに昏倒をしておりましたので脳のスキャンを行いました。こちらも損傷は見受けられませんでしたが、ここ。前頭前皮質に観測例のないニューロン構造が見つかりました」

 

 医者は脳を映し出したカルテを壁に貼り付け、その異常がある部分を指さす。真夜も医者もその謎の脳構造に険しい顔を浮かべているが、俺はそれがパラサイトに憑依された故の変化と知っているので平然と聞いていた。むしろパラサイトに憑依されても乗っ取られた様子がないことを確認でき、完全にリライト能力の成功を確信する。

 

「それは、如何なる機能をもたらすものかしら」

 

「現状では全く分かりません。先程も言いましたが、観測例がない。比較検討する資料がないのです」

 

「あ、大丈夫ですよ。俺に害を及ぼすものではないので」

 

「十六夜?」

 

 急に患者(外傷どころか内傷もないが)の俺が無事だと言うモノだから、真夜と医者は俺を訝しむ。

 

「母さん、俺が今回得られた情報は多い。七草と十文字にもまとめて情報共有をさせてもらえるかい?」

 

「……それは、貴方の異常もまとめて開示するということかしら」

 

「うん、これがある意味で一番重要なことだ。安心して?これで不利益を被ることはないさ。被るようなら全部俺に被せてもらって良いよ」

 

「……」

 

 何か悲しむような目で真夜が俺を見るが、俺はただ真っすぐ見つめ返した。

 

「分かりました。すぐに七草と十文字に連絡しましょう」

 

 真夜はその感情を抑え込むように目を伏せ、俺の頼みを承諾してくれた。

 

「あ、後。九島の方に伝言してもらえる?」

 

「伝言?」

 

「ああ、「パラサイトという言葉をご存知ならば、是非とも情報共有にご参加ください」って」

 

◇◇◇

 

2096年1月21日

 

「急なお呼び出しにお応えいただき、感謝します。七草殿、十文字殿、九島閣下」

 

 四葉の息がかかった適当な拠点で、ヴィジホンに映し出された者たちに俺は一礼する。今回ばかりは誠意を見せるためにSoundOnlyとはいかない。四葉の拠点が一つ露見するが、真夜が必要経費として重要性の低いホテルを提供してくれた。真夜も俺の隣で通話には参加しているが、今回は俺がメインであるので発言を控えている。

 

〈吸血鬼に関して情報共有、ということなら私と十文字殿が呼ばれるのは分かるが。何故老師までも?〉

 

 弘一はサングラスで相変わらずその目から感情は読み取れないが、眉で不快げなのが表されている。

 

「いえ、失礼な話、私も九島閣下をお呼びしたつもりはなかったのですが……」

 

 俺はパラサイトの存在を証明してほしいがために、証人として古式魔法に比較的明るい九島現当主・九島真言(まこと)を呼んだつもりだった。結果は見ての通り、愉快そうな日本魔法界の権威がいるわけだが。

 

〈そう釣れないことを言うな、弘一、十六夜君。面白い釣り文句に私が釣られただけだ。「パラサイトを知っていればご参加ください」とな。それに、その領分は息子らでは荷が重い〉

 

「気分を害したのなら申し訳ありません。急を要するものでしたので、あのような言い様になってしまいました」

 

〈いやいや構わんよ。その単語が出た時点で如何なる用件かはおおよそ計り知れる。君が焦っている理由もな〉

 

 俺が頭を下げれば、烈は笑って許す。好々爺のようだ。

 

「ご配慮、感謝します。閣下の慧眼の通り、事はひっ迫しているため、今回吸血鬼の正体を最初に明言させていただきます」

 

 和樹も弘一も俺を注視し、烈はにこやか、真夜は伏し目がちだが、全員が耳を傾けている。

 

「吸血鬼の正体は「パラノーマル・パラサイト」と呼ばれ、古くから妖とされる存在の一種。それに憑依された者たちの犯行です」

 

〈妖?〉

 

〈パラノーマル・パラサイト?〉

 

〈ほう、やはりそうだったか〉

 

 オカルトな与太話、聞き慣れない単語に弘一と和樹は怪訝な面持ちだが、烈は予想が当たったようで得意げだった。

 

〈老師、その「パラノーマル・パラサイト」というのは?〉

 

〈古式の家ではパラサイトと称される悪性のスピリチュアル・ビーイングだな。人間に憑依して操り、プシオンを他人から吸収する精神情報体次元のサイオン情報体だそうだ〉

 

 そんな不確かな存在でも烈が語ればその存在は証明され、弘一と和樹の怪訝は解消される。

 

〈そのサイオン情報体が犯人だと、どうやって判別した?〉

 

「憑依者に触れられた際、俺は何かを吸収される感覚を味わいました。その吸収されたモノというのがプシオン含む幽体ではないかと。それと、もう一つ」

 

 俺は弘一の追及にあえて一拍を置き、また視線を俺に集中させる。

 

「俺が実際にパラサイトに憑依されました」

 

〈なんだと!?〉

 

〈ほう?〉

 

「……!」

 

 和樹が驚愕し、弘一が明らかに怪しみ、真夜が口を押えて悲鳴を抑えた。真夜は俺の脳の異物と前述の事実で薄々気付いていたのかもしれない。

 

〈それは、君が犯行グループに加わった自供、ということかね?〉

 

 烈は落ち着いて、ただし警戒を如実に感じさせる。

 

「いえ、俺はどうにかパラサイトの乗っ取りに対抗することができました」

 

〈……パラサイトは精神を変質させるものだそうだが。いや、そうか。君の精神干渉系魔法だな〉

 

 烈は四葉家に精神干渉系を得意とすることに思い当たったようで、その答えを導き出した。烈のニヤリとした顔に俺は笑みを返す。

 

「俺には固有の力があり、乗っ取ろうとするパラサイトを逆に乗っ取ることに成功しました。おかげで体も乗っ取ったパラサイトも少し変質してしまいましたが、魔法師として日常生活を生きるのになんら問題はありません」

 

 感心して烈は笑っているが、他は話に付いていけていないようだ。

 

〈話を要約すると。そのパラサイトは憑依者を操ってプシオンを吸収し、その過程で他を衰弱させてしまう。そして、憑依者を殺めてもパラサイトは別の者に憑依する。憑依にはその手の精神干渉系魔法でしか対抗できない。ということか?〉

 

「その通りです。補足しますと、プシオン感知に優れ、『ルナ・ストライク』を用いられれば、未憑依状態のパラサイトを消耗させられるかもしれません。完全に消滅させられるかは、保証できませんが」

 

〈なるほど。あまり精神干渉系での対抗は考慮しない方が良いか。四葉に『死神の刃(グリムリーパー)』のような攻撃性の高い精神干渉系魔法が現存するなら、話は別だが〉

 

 弘一は拾い上げられる範囲で問題に対する事実を掘り下げる。ついでとばかりにもう亡くなられた四葉先代当主の魔法を上げるが、真夜は何も取り合わない。

 

〈現代魔法での打倒は不可能か?〉

 

「現状分かっている範囲では、不可能かと」

 

〈ふむ。これは我が家では荷が重いか〉

 

「憑依者はパラサイトに強化されているとはいえ人間ですので、捕縛することは可能でしょう。自害されない限りはパラサイトも憑依対象を変えません」

 

〈やはり強化されているのか。ならば、それも頭に入れた上で十文字家は憑依者の捕縛に尽力するしかないか〉

 

 自身の領分ではないことを理解し、しかし和樹は己の役目を割り出す。

 

〈老師、九島家にはパラサイトを封印するような魔法は現存していますか?〉

 

〈すまぬが、ないな。九島は古式魔法師に由来するとはいえ対人を目的として設計された家だ。第九研に参加した古式魔法師の中には対妖魔の術式を伝える家もあったろうが。今はそういう家とは疎遠になっている〉

 

 弘一の質問に対し、列は不甲斐なく首を横に振る。「九」を冠する二十八家は古式魔法師から生まれた魔法師家系ではあるが、現存の古式魔法師の家は良い様に利用されたようなものなので仲が悪いらしい。

 

「封印に関しては、俺の知人を当たってみます。古式魔法師が一人居ますので」

 

〈ふむ、学生に協力を願うのは何とも不甲斐ない事態だが。背に腹は変えられんか〉

 

 和樹は俺が上げた知人を幹比古と察したのか、難しい顔をしながらも今回は割り切った。弘一も烈もおそらく分かっていながら一言も言及しない。

 

〈犯人はパラサイトの憑依者だと分かっているが、その憑依者が誰なのか特定できているのか?〉

 

「申し訳ないですが、そこまでは―――」

 

「USNA軍の脱走兵です」

 

「母上?」

 

 烈の質問に対し、俺は正否の曖昧な原作知識を隠せば、今まで沈黙を守っていた真夜が答える。真夜は笑顔でこそあるものの、何処か底冷えする空気を放っている。

 

「十六夜の狩った憑依者の死体がUSNA軍に回収されたことを確認しました」

 

〈被害者が証言していた犯人の死体か。発見できていないと思ったが、まさかUSNA軍が回収していたとは……〉

 

 真夜は俺が寝ている間に調べたのだろう。事実の裏付けを開示すれば、和樹が腕組みをして思案する。ここにUSNA軍がいつ日本に忍び込んだか訊く者はいない。全員が「留学生含む来日者がUSNA軍だ」と分かっているのだろう。

 

〈パラサイト憑依後に脱走、そして日本に亡命したというところか。いったい誰が手引きしたのやら〉

 

 今年度に詰め込まれた事件群に辟易しているのか、烈は溜息を漏らす。

 

「目下、捜索中です。日本に亡命した脱走兵の情報はすぐに共有いたしますわ。亡命を手引きした者も分かり次第」

 

〈う、うむ〉〈え、ええ〉

 

 真夜の醸し出す殺気が画面の先にも伝わっているようで、和樹と弘一は引きつっている。対照的に、何故か烈は微笑んでいた。

 

〈お前も人の子、いや、人の親になったものだな。子供のころから感情を滅多に表さなかったのだが。さすがの真夜も、我が子は可愛いか〉

 

 どうやら烈は懐古の念を抱いていたらしい。心配していた教え子が立派に育った様を見届けた教師のような思いなのだろう。少なくとも、今すべきことには思えないが。

 

「閣下、今は重要な話し合いの時間です。茶々は止していただきたいですわ」

 

〈そう固いことを言うな。私はこれでも真夜のことを心配していたのだ。「この子は暖かい家庭を作れるのか」とな〉

 

「九島先生、良い加減にしてください!金輪際縁を切りますよ!」

 

〈はっはっはっ〉

 

 穏やかな親戚のおじさんと面倒を見られている姪のようなやり取りが展開され、先ほどまでの冷たい空気は暖められる。代償として、俺と和樹はどうしたら良いか分からず口を開けない。

 

〈ゴホンッ!お二人とも、よろしいですか?〉

 

 わざとらしい咳払いで弘一は真夜と烈を抑える。素直に二人が諍い(?)を止めたところから、昔はそんなやり取りが頻繁にあったのかもしれない。

 

〈共有したい情報は以上か?〉

 

「俺からはありません」

 

「私の方は情報をまとめたいので、お時間を頂きたいですわ」

 

〈なら、一旦それぞれの準備に取り掛かろう。協力の見直しも明日に。構わないか?〉

 

「ええ」

 

〈相違ない〉

 

 これからの話し合いは関東圏の守護を担う七草、十文字、そして四葉の現当主がするモノ。その三人はそれぞれ頷き、除外される俺と烈は静聴する。

 

〈では、今回はお開きとしよう〉

 

 最後に弘一が締め、通信は終了した。

 

「十六夜」

 

「何?母さん」

 

 真夜は通信が終わった真っ暗な画面に顔を向けたまま、俺へと声を掛ける。その声に悲しみが含まれることを俺は感じ取った。

 

「この件、達也さんに任せましょう?」

 

「……今回のミスは謝るよ。だから、俺に挽回の機会を―――」

 

「違うわ!」

 

 俺は汚名返上の機会を逃さぬよう抗議しようとすれば、真夜は悲痛に叫び、その潤む目で俺を見つめる。

 

「違うわ、十六夜。私は貴方のミスを何も責めるつもりはない。ミスだとすら思っていないわ。それでも、貴方のその自身を省みない行動には、母親として苦言を呈します」

 

「母さん……」

 

 先程までの殺気すら帯びる形相とは打って変わり、真夜は今にも泣きそうだった。俺は彼女の思いを理解し、二の句を告げなかった。

 

「貴方はどうしてそう、一人で抱え込もうとするの?どうして一人で傷を背負おうとするの?」

 

「それは、どれも確証がない、俺の直感だからだよ」

 

「確証がなくても私は信じます。貴方自身が信じられないと言うなら、私がその確証を探します。だから、だから……」

 

 俺は泣き崩れそうになる真夜を抱きしめた、母親を愛する息子を演じるために。

 

「ごめん、母さん。俺は、母さんを信じられていなかったかもしれない。信じてもらえることを、信じられなかったんだと思う」

 

「十六夜……」

 

 俺は懺悔し、心の内を明かす。真夜は受け入れるように、慰めるように俺に抱擁し返す。

 

「これからは、母さんを信じるよ。だから、母さんも信じてほしい。今度こそ、うまくやってみせるよ」

 

「ええ、信じるわ。十六夜、貴方ならきっとできる」

 

 互いが互いを受け入れ合い、親子として信頼し合う。

 

 俺はこれからも、これからこそ贖罪を果たすと暗に誓ったのだ。




それぞれの回収班:十六夜が切り殺したパラサイトはUSNA軍に回収され、倒れていた十六夜とレオは千葉寿和によって回収された。

『鍵』:人類を滅亡させ得る可能性。星が生み出した人類の裁定者として『篝』と呼ばれる少女の姿を取ることが多いが、この世界において『篝』と呼ばれる少女はもう存在しない。

形骸化したシステム・リライター:「シュミレーションされた世界からの解放」という使命は既に果たされ、「解放された真の世界における大きな役割」は終えられている。そういう意味では、もはや存在意義がなく、形骸化したシステムと言えるが……。

十六夜に憑依したパラサイト:パラサイトとしての能力はリライト能力により白紙化(明確に言うと高圧縮されて閲覧できない情報化、パソコンで言うと復元可能な削除ファイル)されているため、パラサイトとしての記憶はなく、サイキックもほとんど使えない。現状はほぼ増設された魔法演算領域として扱われている。

茶化す烈、怒る真夜、仲裁する弘一:嘗て烈の教えを受けた真夜と弘一。社会の闇にまだ呑まれぬ若かりし日々に、そんな微笑ましい日常があったのかもしれない。

 閲覧、感謝します。


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