魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第三十一話 生命を吸う者たち

2096年1月16日

 

 週明けとなった第一高校では「吸血鬼事件」と銘打たれた奇妙な事件の話題で持ちきりだった。事件の現場で見つかるのは血液を一割抜かれた衰弱死体。やれ吸血鬼だ、やれ血液密売組織だと報道各社が面白おかしく騒ぎ立て、他人事のように人々が口々に噂したようだ。

 

 興味がないと言うか、事の真相を知っている俺はその実りのない脚色に関心を示さず、平静に日常を過ごしていた。

 

「十六夜」

 

「達也、どうかしたかな?」

 

 昼休みにいつものベンチへ腰かけて居れば、達也が珍しく一人で俺の前に立った。

 

「「吸血鬼事件」のことは聞いたか?」

 

「噂やニュースでは聞いたが、何かあったかい?」

 

「ほのかが雫から聞いたそうだが、どうやらUSNAでも似たような事件が起こっているらしい」

 

「USNAでも?」

 

 達也からの情報に俺は再度問うて怪しむ演技をする。吸血鬼の正体・パラサイトがUSNAから流れてきているのを知っている俺としては演技がわざとらしくなっていないかが心配だ。

 

「報道されたものではなく、あくまで雫が情報通の知人に教えられた話らしい」

 

 達也は俺もワールドニュースを確認していると思ったのだろう。そう補足して俺の耳に届いていない理由を答えた。

 

「それは今も起こっている事件なのか?過去形ではなく?」

 

「俺の聞いた限りでは進行形だ」

 

「そうか。とすると、USNAから流れてきた同一犯ではないってことか」

 

 俺は顎に手を置き、事件について考え込むフリをしながら別のことを考える。考えていることは「結局USNAってどうパラサイトを処理したのか」についてだ。パラサイトを処理しない限り宿主を殺そうと次の宿主に移るあれを、わけも分からず宿主だけ殺害し続けていたら笑えない話だ。

 

「何か思いつくことはないか?」

 

「……そうだな」

 

 詮無い思考が達也の催促で中断され、俺は「何を言えばそれらしい意見に思われるか」について思考をシフトする。

 

「USNAが魔界から本当に吸血鬼でも呼び出してしまったかもしれないな」

 

「……十六夜?」

 

 あまりにメルヘンな回答だったせいか達也から頭を心配されてしまう。いや、俺としてはUSNAが実験で偶然にもパラサイトを呼び出してしまったことをふんわり伝えたかったのだが、ふんわりしすぎたらしい。

 

「冗談だよ、冗談。とにかく、同一犯ではないけど同一グループだとは思う。どうしてそのグループの一部が日本に来たかは全く分からないが」

 

「複数犯と考えるのが妥当か。USNAから渡航者ならば、渡航記録から割り出しはそう難しくなさそうだな」

 

 先の発言を流せば、話し合いは建設的なモノに変わる。俺が予想を語り、達也はそれを探る方法をすぐに提示した。

 

「相手が正規の手段で来日してくれていたら、な。まぁ、母上に当たってみるよ」

 

「すまない、助かる」

 

「なに、これも防衛を担う十師族の務めさ」

 

 誰も聞き耳を立てていない場でありながら、達也が友人として俺を頼っている体を取り繕う。達也と四葉の繋がりを隠すなら、達也と真夜の間に俺が入るのが良いだろう。そう考えて俺もそれに合わせた。

 

 予鈴が鳴る時間も近づいていたので俺と達也の会話はこれで終了となった。

 

◇◇◇

 

「四葉、時間はあるか」

 

「克人さん?ええ、時間なら問題なく」

 

「話がある」

 

 そんな放課後の校門でのやり取りの後、連れてこられたのは真由美も席に着く学内のカフェテリア。克人と真由美の面持ちが真面目なため、重要な話なのだろうと俺も椅子に腰かけた。どうやら盗聴対策に克人が遮音バリアを張っているようだが、こうも十師族が揃っていれば近づく者は居ない。周りにできた空白地帯を見越してか、営業妨害を少しでも緩和するべく隅のテーブルではあった。

 

「ほ、本当に連れて来たのね……」

 

「事が事だ。この状況で四葉との繋がりを完全に絶つのは得策とは思えん。弘一殿も間接的な協力であれば、そう気分を害しはしないだろう。七草と十文字の共闘に四葉がいらぬ誤解をすることもない」

 

「それはそうなのだけど……」

 

 胃を痛めているような真由美を克人が諭す。俺は何の話か全く分からず、首を小さく傾けた。

 

「えーと。ごめんなさい、二重の意味で。あの狸親父が四葉にちょっかいかけたばかりで言うことではないと思うのだけど、どうしても四葉に協力してほしいの」

 

「俺は別に構いませんが。母と弘一さんの間で何かあったんですか?」

 

 真由美の言から真夜と弘一が揉めているのは理解できるのだが、俺は具体的に何があったのか問う。それを受けて真由美は行き違いに疑問を抱いたようだ。

 

「もしかして、ウチの父が四葉と軍の繋がりを探ったの、耳にしてない?」

 

「母からは何も。何と言うか、母は七草家の話題を出さないものでして」

 

 たまに四葉の仕事についての話は世間話程度にしているが、秘密主義なのもあって他家との関わりはあまり話題に上がらない。時々弘一に関して愚痴を吐くことがあるので、仲が悪いのだけは察せられる。

 

 俺の言葉を聞いて真由美は盛大に溜息を漏らす。どうにもいらぬ心労を抱えていたようだ。

 

「とりあえず事情は分かりました。おそらく母は直接協力したがらないでしょうが、俺が中継ぎをしましょう」

 

「ありがとうね、十六夜くん」

 

「助かる」

 

 俺が協力を承諾すると、真由美と克人が素直に感謝する。

 

「ところで、何について協力すれば良いんですか?」

 

「え?……あ」

 

「……まだ何についての協力か言っていなかったな」

 

 そう、俺は承諾したがまだ二人から何の協力を仰がれたか聞いていないのである。

 

「あの、十六夜くん。何の話か知らずに承諾したの?」

 

「いえ、大方吸血鬼事件のことだろうとは予想していましたし。別にそれ以外の案件だとしても、お二人が動いているなら十師族としての仕事でしょうから」

 

「信頼されていると言えば良いのか、察しが良すぎると言えば良いのか」

 

 調子が狂って気を削がれた真由美に俺は曖昧な笑みを返した。

 

「こほん……。十六夜くんの予想通り、吸血鬼事件についてです。どうにも犯人は魔法師を狙っているようで、調査に当たらせた七草の手勢も多くが犠牲となりました」

 

「この事件に対処すべく、十文字家と七草家は共闘を決定した。事件はこの東京でのみ、しかも都心部に集中しているそうだ。関東の守護を担っている両家はこれを看過できない」

 

 真由美は咳払いで調子を戻して真剣な表情で語り、克人が話を引き継ぐ。事の深刻さはこの圧のある空気だけで感じられる。

 

「分かりました。四葉も俺を介する形になってしまうでしょうが、情報提供は約束します。それ以上の協力は、母に話してみてからになりますね」

 

 俺が協力を取り付ければ、二人は張りつめていた力を抜いて安堵する。

 

「それに際しまして、お二人にまず俺個人が持っている情報を伝えたいのですが」

 

「ふむ?」

 

 克人が興味を示して俺に続きを促す。

 

「海外留学中の北山雫から、彼女が現地の知人から聞いたという話で情報の裏は取れていませんが。どうやらUSNAの方でも似たような事件が起こっているそうです」

 

「USNAでも?」

 

「あちらでも被害を受けている……。とすると、この事件をUSNAが手引きしている線はほぼなくなるか」

 

 真由美はまずその情報を疑い、克人は確かな情報と仮定した上で考えを巡らす。

 

「交換留学とは別の思惑に思えます。犯罪グループの一部がそれに乗じた可能性はありますが」

 

「入国した技術者や生徒に紛れているかもしれないのね」

 

「不法入国も現状否定はできん」

 

 俺の予想に真由美と克人は頭を悩ます。今ある限りの情報では犯人を個人まで特定するのは難しい。

 

「とりあえず、犯人はUSNAから流れてきた者と断定して良いと思います」

 

「ええ、そうね。父にもそう進言してみるわ」

 

「こちらも同じく。有益な情報に感謝する」

 

 今できる話はそれほど多くはなかったが、それぞれ実りがあったようだ。それぞれ満足げに話し合いはお開きとなった。

 

◇◇◇

 

 真夜に七草との協力を打診し、結局真由美たちに約束した情報提供のみの協力に落ち着いた夜。俺は曖昧な原作知識及び数件の事件発生個所(真夜から提供された七草が隠したモノも含む)で次の事件現場を渋谷と予測し、吸血鬼の情報を持ち帰るためにそこに訪れていた。

 

 渋谷とまで絞り込んだが、それ以上の限定はできずに俺は夜の渋谷を彷徨っていた。しかし幸運なことに俺はレオの姿をどうにか見つけることができ、レオに声を掛けようとする。そこで俺はふと思ってしまった、「何て声を掛ければいいんだ?」と。俺はレオとあまり個人間で話したことがない。いつも達也一団の誰かと一緒で、レオ個人とあまり友好を育んだ記憶がないのだ。そうして俺はどうすればレオと蟠りなく話せるか思案し、天啓が降り立った。その天啓に従い、俺は携帯端末でレオの番号(達也一団全体で交換し合ったために俺も知る機会に恵まれた)をコールする。

 

「ん?十六夜から?」

 

 レオの不思議がる声が俺の耳にまで伝わる。不思議そうにしたままレオは携帯端末の応答アイコンをタップした。

 

「十六夜、そっちから連絡も珍しいが。夜中に電話ってどうかしたか?」

 

〈……〉

 

「十六夜?」

 

 返事のない通話にレオは怪訝に再度呼びかける。俺は足音も気配も殺してレオの背後へと至り、こう述べた。

 

「〈私メリーさん。今貴方の後ろに居るの〉」

 

「どわぁ!?」

 

 レオは真後ろから聞こえた低音から飛び退く。

 

「十六夜じゃねぇか!脅かすなよ!」

 

「いや、ごめん。レオさんと二人だけって初めてだから、どう切り出したものか迷って」

 

 レオは突然気配もなく背後に現れた俺にかなり驚いているようだ。通話を切りつつ俺は気まずく謝った。俺はなぜこれを名案と信じて実行したのか、数秒前の自身を疑いたくなる。「今ではマシになったけど、元来コミュ障なんだから許して」と過去の自身の弁明が聞こえた気がした。

 

「それでどうしてネタに走った!?」

 

「いつもエリカさんとこんな風じゃないか?」

 

「いつも漫才してるわけじゃねぇよ!」

 

 さすがに夜中で明かりが少ない場所というのが驚愕に拍車をかけてしまったらしい。レオのツッコミが収まらない。

 

「と、ところでだ。どうしてこんな時間に渋谷に?もしかして夜遊びかい?そうだとしたら、レオさんの意外な一面を知ってしまったわけだが」

 

「いや、違ぇけど……。それ言うなら十六夜もだろ?なんだってこんな時間に」

 

 コミュ障だからと意味の分からない言い訳ができるはずもなく、俺は話題転換で誤魔化す。レオは答えを渋り、俺に質問を返す。

 

「「吸血鬼」を追っているのさ」

 

「……実は、俺もそうなんだ」

 

 俺が躊躇いなく開示すれば、レオは渋々と白状する。

 

「やっぱりそうか。危険だと止めたいところだけど、それで止めるとも思えないしな」

 

 俺が諫言を諦めるとレオは胸を撫で下ろした。無鉄砲さに半ば呆れているのだが、それで良いのだろうか。

 

「俺は今日調査を始めたばかりで何も得られてないんだが、レオさんの方は?」

 

「ここら辺に詳しい知人らから聞いて、怪しい奴を見かけたって場所を当たってるところだ」

 

 僥倖と言うべきか、レオの調査はかなり進んでいるようだ。こういう調査はやはり足でするモノなのだろう。

 

「そうか、同行しても構わないかな?」

 

「良いぜ?十六夜がお供なら心強ぇ。それに、さっきからノイズが聞こえてな、ちょっと心細かったんだ」

 

「ノイズ?」

 

 レオが不安を吐露するが、俺はその不安の原因たるノイズは聞こえていなかった。

 

「こう、なんて言うんだろうなぁ。耳じゃなくて、意識の奥に声にならない声が響いてる感じか?上手く言い表せねぇな……」

 

 レオは頭を捻ってどうにか言い表そうとしているが、明確に表現できなくてもやもやしているようだ。俺は意識の奥というのが魔法演算領域かそれに類する器官なのではないかと考える。俺が聞こえないのはそのノイズとチャンネルが合ってないか、俺が純正な魔法師ではないからかもしれない。

 

「そのノイズの発生源は分かるのか?」

 

 俺の疑問は詮無いこととして切り捨てて話を進める。

 

「なんとなくだが」

 

「……そこに向かってみようか」

 

「よし来た!」

 

 調子よく返事したレオはその歩を進め、俺はそれに付いていく。

 

 レオが時折難しい顔になるのを見ながら進むこと幾ばくか。レオが一際眉間を歪めて立ち止まる。

 

「……多分、この先だ」

 

 不確かな感覚が頼りのために自信はなさそうだが、野生の勘も訴えているのか、レオはそう述べる。

 

「レオさん。俺は吸血鬼の存在をこの目で確かめなくちゃいけないが、君はここで引き返してもらって良い。この先は危険だ」

 

 俺はレオにこれ以上危険に曝さないよう、そう忠告する。レオが指す方向とは少し逸れているが、近くに闘争の気配を俺は知覚していた。誰かが戦っている。この状況で推測できるその「誰か」は吸血鬼だ。敵の追撃に一人が殿を務めているのだろう。

 

「俺も行くぜ」

 

 レオは決心が固いようで、俺では折れそうにはない。分かっていたことなので俺は溜息を吐く。兎角達也一団は俺の言葉を聞いてくれない。

 

「自分の身は自分で、な。いつも庇えるわけじゃないんだから」

 

「それ言われるとキツいが。まぁ、以前とは違うってことを見せてやるよ、と」

 

 レオが自信満々にサムズアップしながら携帯端末でメールを送るのを見届け、そうして俺はレオの示した方へと足を向ける。

 

 辿り着いたのは街灯が薄暗く照らす公園で、こんな夜に人が居るはずはないのだが、しかしベンチに横たわる人影がある。

 

「おい、アンタ!大丈夫か!」

 

 レオが駆け出してその人影の安否を確認する。反応がないことを確認すれば、すぐに脈を測る。学生とは思えないほど手際が良い。危篤であるのを確信すれば、レオは携帯端末を取り出して非常通報しようとする。俺はレオに気配を消しつつ近づき、懐からシルバーブレイドを取り出す。

 

 レオが反射的に振り返って咄嗟に顔をガードする。俺はそのレオの顔の前に板状に硬化させたシルバーブレイドを置いた。瞬間、何か棒状の物がシルバーブレイドに別たれる。

 

「な、えっ、ちょっ」

 

 後ろに飛び退くまでがレオの条件反射だったのだろう。ようやく全体を視認できるようになってから、俺が刃を敵の攻撃予想地点に置いておくという異常を目に納めたようだ。

 

 俺はそれを余所に目の前の不審者に対峙する。広く丸いつばの帽子を深く被り、その下は目のところだけ空けられた仮面で徹底的に顔を隠す姿。おまけに足首まで袖がありケープも付いたコートで骨格を浮かないようにしてある。素性を徹底的に隠している、誰がどう見ても不審者だ。

 

 不審者は動揺しているのか、真っ二つにされた伸縮警棒を見つめて硬直していた。が、それもほんの数秒で、警棒を捨てて構えを取る。

 

「安心してくれ。君には訊きたいことがあるから、殺しはしないよ」

 

 俺はシルバーブレイドを棒状に硬化させつつ、挑発とも思われそうな不殺を自然体で告げる。目の前に居る不審者がパラサイトであり、その特性を知っているのは現状俺だけ。なら捕まえて色々吐いてもらった方が楽だろう。そもそも、殺したらパラサイトが新たな宿主を探すだけなのでむしろ殺す方が不味い。

 

 不審者が自己加速術式と移動系魔法で作った追い風を用いたスピードで真っすぐ突っ込んでくる。二つの魔法をほぼ同時に使えるあたりは恐ろしいが、攻撃が直線なのは有難い。俺は難なく拳をシルバーブレイドで受け止める。これは予測していたのか元からそういう作戦だったのか、不審者は横に飛んで風に乗せた薄い刃を俺へ飛来させる。俺はその刃を難なく叩き落した。

 

 俺が刃に構っている内に不審者は背後へと回り込み、攻撃、手刀と思われるそれを首に見舞おうとする。俺は思いっきり下がって鉄山靠のように背中で体当たりをする。踏み込みもしっかり踏めてないそれでは威力が下がっているだろうが、それでも超人域のそれだ。俺は背中に固い感触を受けつつ、不審者が後ずさるのを感じた。

 

 不審者を正面に捉えるべく俺がそちらに体を向ければ、考慮外の事態が起こっているのを視認する。

 

「くっ……」

 

 不審者と同じ服装した者がもう一人、レオを地面に組み伏せていた。

 

「レオさん!」

 

 俺は目の前の不審者に脇目も振らず、即座にレオの方に駆け出してレオを組み伏す不審者へシルバーブレイドを横に薙ぐ。その不審者は拘束を解いて回避を優先する。俺の攻撃は当たらず空を割いた。

 

「レオさん、大丈夫か!」

 

「す、すまねぇが、どうにも力が入らねぇ……」

 

 レオの様子を視線だけで見るが、レオは地面に腕を突くも立ち上がる気力すらないようだ。組み伏せられているうちに()()()()しまったのだろう。

 

 後から現れた比較的背の高い不審者と、最初から居た比較的背が低い不審者。俺はその二人と対峙しながら頭を回す。相手は二人で此方は一人の数的不利。ただの魔法師なら二人程度どうにかなるが、相手は米国軍人上がりでパラサイトの強化込み。負傷者が居るために撤退も望み薄。おまけにレオを守らねばならないために今回もアンキンドルドゥが使えない。状況は絶望的だ。

 

 冷や汗を流す俺にどうしてこうなったのか考える暇もなく、敵は俺を挟み込むように回る。右、背の低い方から薄い刃が飛んでくる。俺はまたそれを叩き落そうとシルバーブレイドを振るえば、あらぬ方向に得物が振られ、引っ張られる形で体勢を崩す。超人的な反応で得物から手を離し、右手で白い拳銃形特化型CAD(シルバーアーティラリー・ガイア)を抜き取ってエア・ブリットでできる限り撃ち落とし、左腕で顔面を防御する。

 

「ぐっ」

 

 視界不良・姿勢不安定ではやはり全ての刃は撃ち落とせず、いくつかは左腕に刺さる。感触として骨まで達していないのがせめてもの救いか。しかし、体が完全に背の低い方に向いてしまっている。背後から背の高い方が襲い掛かろうとするのが気配で分かった。

 

「クソッ」

 

 右手で裏拳をお見舞いしようとしたが、力のこもっていないそれ。今度は超人の怪力も考慮されたのか、背の高い不審者に右腕を掴まれてしまう。その瞬間、急激な脱力感が俺を襲った。

 

「っ!?」

 

 その脱力感に、俺は既視感があった。まるで生命力が、アウロラが失われるような感覚。パラサイトの吸収は、リライト能力を使った感覚に酷似していた。

 

 そう感じた時、俺に芽生えたのは恐怖だった。命の残量が失われるだけ。リライト能力ならその後に力が漲るが、それすらない。一方的に奪われる。ただでさえリライト能力を数度使い、命の残量が減っている俺の命が削られる。

 

「ああああああああああ!!」

 

 恐慌状態に陥った俺は、俺からアウロラを奪った敵を殺すための最適解を導き出す。それが如何なる結果をもたらすか知りながら。

 

 刃の刺さったままの左腕を、俺を掴む敵の腕へと振るう。本来そんな不格好な刃で切れるはずのない服が切り裂かれ、刃は肉に浅くも傷を付けた。驚愕で腕を離し、混乱で生まれた敵の隙に俺はシルバーブレイドを拾い上げる。そして、その極薄布を硬化させることもなく振るい、敵の首を刎ねた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 俺のアウロラを奪った者が物言わぬ死体に変わったことで恐怖が抑えられ、俺は一旦の精神安定と呼吸調整の時間を得る。しかしそれは引き潮にすぎない。

 

「ぐっ、う……」

 

 今まで経験したことのない激痛と圧迫感。そして、「何か」が俺を書き換えようとする感覚。リライト能力のように肉体を書き換えるものではないその感覚と、先ほど刎ねて転がる首で俺は直感した。

 

「パラ、サイト……!」

 

 パラサイトは宿主が殺されれば、次の宿主を探す。今まさに俺は宿主を殺した。そうしてフリーになったパラサイトが居て、宿主候補となれる人間が俺とレオ(二人)居る。片や気絶寸前で倒れ伏すレオ、片や脱力しているとは言え意識がはっきりしている俺。器としてよりふさわしいのは、はて、どちらだろうか。

 

「嫌だ!俺は、俺はまだ何もできてない!何も償えてない!!俺は、俺はっ!!」

 

 身体を抱いて叫び上げようとも意味はなく、圧迫感がましていく。徐々に上書きされる感覚が強くなっていく。俺の精神が()()()()()()()()()()()()

 

(上、書き……?)

 

 その感覚が逆に俺に生きる可能性を照らし出した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。リライト能力は俺自身にしか使えない。だが、パラサイトは現在俺と繋がり、俺になろうとしている。可能性は零ではなかった。

 

(お前が『俺』を書き換えようと言うなら、お前が『俺』に書き換われ!)

 

 俺はアクセルを踏む。俺の中にある『俺』以外の『俺』になろうとする「何か」を『俺』に書き換える。目を閉じた瞼の裏に、俺は淡い光を見た。オーロラのような、透き通った、されど朗らかな光の渦を見た。

 

(――俺は『俺』だ)

 

 書き換える。書き替える。書き帰る。

 

(――「パラサイト」じゃない!)

 

 書き換えは、『俺』が勝った。だが―――

 

――あzvbんじmおpl9plk8j76hgfdwいyfvrとjbくvうぇういはヴあfbfぶふぇwyvcfgywfbhggvdfvふぇfvjvydghwhvbあqwせdrfyぐひじkじこlmkjんbvcぁz

 

「ぐ、がぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 パラサイトが溜め込み続けた記録。幾千、幾万の年月捉え続けた幾億の人のプシオン・精神。今それが俺の脳内に奔流となって流れ込む。膨大な高密度な情報は解凍も間に合わず、言葉として翻訳ができない。脳の処理は限界に近く、強制終了間近だった。

 

―― ■ 

 

「かが、り……?」

 

 意識が途切れる瞬間、俺は聞き覚えのある声を聞いた気がした。




弘一が四葉と日本軍一部の繋がりを探った件:もちろん真夜は怒っているが、我が子に語ることではないだろうと十六夜に伝わっていない。

私メリーさん~:十六夜、今世最大のギャグ。おそらく今後記録更新されない。ちなみにレオは元ネタが分かっていない。

背の高い方の不審者:本来はUSNA軍に追跡されているそれだが、背の低い方のSOSに応えて駆け付ける。四葉直系である十六夜がそこに居るため、USNA軍は姿を現す事ができなかった。

閲覧、感謝します。

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