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 楽しいお話しも沢山載せていきたいと思うこのコーナーですが、はぐくみ塾に来る子どもたちも保護者の方達も、時には「うちの子にはどうして?」「僕は何で?」と言う、とても不思議な事によく出会います。「どうしてなんだろう」「何故なんだろう」と言う疑問符がはぐくみ塾の待合室では時々話題になります。

 そんな中で、親子がたくましくなっていく姿を見せていただき、私たちの喜びになっています。

◇ ◆ ◇

「ボッチャのメダルを胸に…」(2004.12)

 先日、大きな封書が届きました。
 今年20歳になった、Hくんからのものです。

 幼児期、彼は自力歩行を目指して幼児の訓練施設に通っていました。とてもにこにこした笑顔のかわいい子でした。学童期は、地域の小学校に車椅子で登校を続けました。
 中学生の時に再び「はぐくみ」で出会った彼は、ちょっぴり自信のないうつむき加減の男の子になっていました。週一回の関わりの中で、実直なHくんが黙々学習に取り組む姿は、とても印象的でした。
 高校入学後、久しぶりにお母さんにお会いした時に、H君が車椅子マラソンの全国大会に出場したことを伺いました。彼は高校で出会った先生の薦めで、車椅子マラソンにエネルギーを注ぎました。それからめきめきと力を発揮し、全国大会に出場し、見事に優勝したとの嬉しいお話でした。
 私はお母さんに、「写真が欲しい」とお願いしました。
 数日後に送られてきた写真には、沢山の大人に混じって千葉県の代表選手として行進する姿と、マラソンの姿、そしてメダルと共に胸を張ったH君の姿がそこにはありました。
 この写真は、しばらくの間「はぐっこターミナル」(塾の掲示ボード)に掲示しました。

 今回送られてきた封筒の中には、ボッチャ県大会での優勝と関東大会で2位になったH君が、誇らしげにメダルを掲げている写真がありました。そして、来年の1月に行われる「2005 BOCCIA JAPAN CUP」広島大会への出場エントリーの名簿が入っていました。
 彼は仕事の傍ら、毎週スポーツクラブで練習に精を出しています。

 ありがとうH君…。君のすがすがしいほどに胸を張った姿は、今「はぐくみ塾」に来ている「どうせ僕はみんなと同じように走れないし、階段も上れない…」ってつらい気持ちになりがちな、小さな後輩たちを元気づけてくれる。もちろんお母さんたちもね。
 あの頃いつもうつむいていた君が、私はとても気がかりでした。でもそれは、お節介焼きなおばさんの老婆心に終わったようですね。

 今私は、小さな後輩たちに言います。「スポーツマンになりなさい。」「大人になったら車の運転免許も取りなさい。」「車には、お父さんやお母さん…彼女を乗せて走りなさい。」ってね。 

 素敵なクリスマスプレゼントをありがとう!
 H君…Do Your Best!!

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「自閉というぼくの世界」と言う絵本が出版されました(2004.11.)

「自閉というぼくの世界」と言う絵本が出版されました。

 この本では、「自閉傾向」と診断された「なおき」君がどんな思いを持ちながら、周りの人と関わろうとしているのか、困っているのかが語られています。
 この本を読んだ大人は、「うちの子もこんな気持ちを持っているような気がします。」と、心が揺さぶられました。読んでもらった子どもたちは、言葉でうまく表現できないけれど、表情で「うんそうだよ…」と言った反応を返してくれます。
 先日「自閉」と診断された中学生Y君(彼も手のひらに書いて伝えている人です)に、この本を読み聞かせました。黙って最後まで聞いていたY君は、読み終わったとたんに遠慮がちに拍手をしてくれました。そして、「(読み方が)はやかったけど、おとなのところがよかった、おかあさんによんでもらいたい、いもうとやおとうとによんであげてほしい」と伝えてきました。 

 このごろのなおき君は、茶目っ気たっぷりに言葉遊びを仕掛けてきます。言葉絵本などを大きな声で読んでは、音のリズムや響きを楽しんでいる様子がうかがわれます。書きたいことがあると、ものすごい集中力で一気に文章を書き上げるそうです。もうすぐ中学生になろうとしている彼は自分自身を良く見つめて、多くの人に「自閉」と呼ばれる一人としての生きにくさなどを知って欲しいと考えるようになっています。
 彼は、将来の夢を持って前向きに生きていこうとしています。

 今は自力で文章を書くようになったなおき君ですが、この絵本の元になった作文は、手を添えてもらって書いたり、文字盤をポインティングしたりしながら原稿用紙に清書するという方法でした。
 手を添えてもらって書くという表出援助の方法を「筆談とかファシリテーテッドコミュニケーション(FC)」と呼んでいます。この方法について、現在世界的にも議論の中にあり、否定する人たちが多く存在します。否定する人たちの論は、科学的に妥当性を証明するものが見つからないことにおかれています。色々な実験も試みられましたが、確証に至っていません。一方ではこの方法がヨーロッパやアメリカなどで広く行われていることも事実です。
 現在、なおき君はJIS配列のアルファベットを鉛筆でこつこつポインティングしながら文章にしていくという方法をとっています。

 自分の思いが伝えられなくて苦しい思いをしている子どもたちは、どんな援助を望むのでしょうか?そんな子どもたちが、前向きに輝きを持って生きていこうとする事が可能であるならば、絵本の中で私の師である阿部先生が書いているように、筆談(FC)を「盲信でもなく否定でもなく」進めていきたいと考える一人です。

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「君たちが我慢しなさい…」(2004.07.)

中学生のRさんは、読書家で理屈屋です。
はぐくみ文庫の愛読書は「ちお」と「おは」…。
彼女は、塾のドアを開けるなり「ちなみに鈴木さん、昨日のテレビでサー…」
と一方的に持論を言い出します。「うんうん」と相づちを打っていると、とどまるところを知りません。よーく聞いていると、なかなかの評論家です。
彼女との時間は、ルールを確認して今何をするのかを明確にするところからスタートしました。

小学生の頃は、集団の場に居続けることがとても難しくて、逃げ出しました。
宿泊学習などの学校行事予定があると、半年前から不安を訴えてきます。
小さな頃にはとても大変だった自己コントロール力が、家庭や学校の先生との協力態勢の中で、実に良い形で育ちました。
その結果、トラブルメーカーだったRさんの学校生活は、卒業の頃にはかなり穏やかになりました。ですが、小さなトラブルはありました。

中学校進学を控えて、お母さんはとても心が揺れました。
「入学前に詳しいお話しをした方が良いかしら」
「でも、Rのことを先入観を持ってみられるのも辛い」…。
彼女は、学業成績はトップクラスです。苦手な分野ははっきりしていますので、そのことでむやみに落ち込んだりすることは彼女自身の中ではぐっと減少しています。

さて入学早々、お母さんの心配通り、友達と小さないざこざがおきました。
注意に入った先生は「彼女は情緒学級対象の生徒なんだ、…君たちが我慢しなさい…」と、大勢の生徒の前で諭されたそうです。
お母さんはこの日の夜に、必死で泣き声をこらえながら電話で様子を伝えてくれました。
「何故、当事者同士を別の部屋に呼んで、事情を聞かないのでしょうか?」
「トラブルの原因は、Rだけにあるのでしょうか?」「Rに対しても、相手のお子さんに対しても悪いことは悪いと注意して頂けないのでしょうか…」
「他の生徒同士の時はこうはおっしゃらないと思うのですが…なんだか、線引きをされたような気持ちです。」…と。

たまたまRさんには障害の診断名がついています。
そのことにより、彼女が育ちやすい環境を周りの大人や社会が用意しやすくなります。
ですが、「君はこちらで、貴女はあちら」と、分けて育てるためのものではないはず…。
先生の一言を、周りの中学生はどのように受け止めたのでしょうか…?
その後相談に行ったお母さんの気持ちに、拍車をかけるかのように、先生からは
「特別支援教員の先生がRさんのために、かなりのストレスを抱えている」
「学校としては出来る限りのことをしています…」と言われてしまいました。

この言葉…どこかで耳にしたことがありました。
そう言えば、我が家のやんちゃな息子(大学生)が中学生の時に担任の先生から聞いた言葉です。
「貴男のために先生がどれほど大変かわかっていますか?…」「学校はお子さんのことを真剣に考えているのです…」
母親の私は、「あなたの子育てが悪いから…」と言われているようで「申し訳ありません」と言いながら、どんどん気持ちが暗くなったことを思い出しました。

中学生は、一人一人悩み多い年頃です。どの生徒も心のケアが大切なときです。先生方のご苦労も、並大抵ではないでしょう。
あまりあるエネルギーを何処に向けたらいいのか、迷っている子どもたちの中にあって、細やかな配慮は至る所になされていることと思います。

そこにもう一つ、迷える親子の気持ちに「まず耳を傾けて、寄り添う」事を加えて頂けると良いな…と感じています。

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「毎日が夢のよう」(2004.06.)

 今年小学校の3年生になったK君は特殊学級の生徒です。
 ご両親は、入学当時、地元の学校に特殊学級がなかったために他の学校を希望していました。ですが入学直前に、「新規に特殊学級を設置するので入学して欲しい」と校長先生から申し入れがありました。「子どもさんにとって安心できる先生ですからね」という言葉に、期待を持って入学しました。
 ところが、毎日の学校生活の中でいろいろなことが起こりました。先生は、たった一人の生徒に、どうにも対応が出来なくて苦しくなりました。
 お母さんは毎日学校に呼ばれて、K君の大変さを聞かされました。頻繁に付き添わなくてはならない状況になり、くたくたになりました。
 2年生になると生徒が増えて、今度は「もともと養護学校の対象児ですから…」と言われるようになりました。両親もK君も、とても悲しくなりました。
 今年、文部科学省の「特別支援教育」の答申にともない、K君の学級にも先生が一人増えました。近くの養護学校にいた先生です。「お母さんこんな事もしましょう」「このように工夫してみましょうね」と対応に関して具体的な提案がありました。K君の学校の様子も否定されることがなくなりました。小さな良かったことを沢山報告してくれました。
「はいプレゼント」と言っては、K君がお友達と手をつないだり、竹馬に乗るのを手伝ってもらっている姿をデジカメで写して見せてくれました。
 昨年までは、夜に「敏子さん今良いですか?」と、泣きながら電話をして来たお母さんが、嬉しそうに学校でのことを報告してくれます。
 先生のおかげで、K君が学校に行くのをいやがらなくなり、パニックを起こすことががくんと減り…何もかもが幸せな状況になりました。

 特殊学級の先生は、殆どの場合学校の中で一人です。先生の抱える大変さは、相当なものだろうと思います。新しく先生が加わったことで、担任の先生も前向きになれるでしょう。
 お母さんは「なんだか夢みたいなの…覚めないよね…」って嬉しそうです。
 そんな親子の幸せな笑顔がこれからも続きますように。

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「チャンス??」(2004.05.)

「塾長、今の時間ちょっと良いですか?」
日曜日の夜9時頃にJさん(小学3年)のお父さんから電話が入りました。
 Jさんは、入学当時は不安が強くてお父さんから離れられないお子さんでしたが、毎日学校には楽しく通っています。とてもおとなしくて、控えめなので話せない子なのではないかと勘違いされるくらいです。

 お父さんからのお話しでは、先ほど突然学校の特別支援教室の先生から電話が入り、
「お嬢さんを通級させるのは今がチャンスです」
「このままだとJちゃんは成長の機会を逃します」
「特殊学級に通うための書類にご記入下さい」等と熱心に薦められたそうです。
 初めのうちは「娘が行かないと言っていますので」「まあ本人の気持ちを大事にしたいので…」と丁寧にお断りの言葉を伝えていたのですが、先生があまりにも熱心に通級を進めてくるので、だんだん腹立たしくなってきて、ついつい大きな声で電話の向こうの先生に怒鳴ってしまったそうです。

「俺間違ってますかね…。うちのJは本当のところどうなんですか?みんなの中でやっていくのは無理なんですか?」
しょんぼりと元気のない声でお父さんは、ぽつりぽつりと話されました。
 お父さんは、Jさんが「片親なので充分な子育てをしてやれないのではないか…」と心配されて個人塾の門をたたいたけれど、Jさんにはとても苦しい環境で「不安感をもっと強くしてしまった…」そんな反省もあり、二年前の夏に人から薦められて、はぐくみ塾に来られました。それからは彼女本来の、のびのびとした姿が見られるようになり冗談も沢山言うようになりました。
 親子がやっと一息つき始めたところに、先生の熱心な勧誘の電話が入ったのです。
「お任せ下さい」「責任を持ってお預かりします」と言われれば言われるほど、お父さんの気持ちは沈んでいくのでした。

 先生は、本当にJさんのことを心配して何とかお父さんに理解をしてもらおうと、わざわざ日曜日の夜遅い時間に電話をかけてくださったのでしょう。
 ベテランの先生ですから、「自分ならもっと育ててやれるのに…」とお考えの上での、一生懸命の結果だったのかも知れません。

 ですが、「北風と太陽」ではありませんが、お父さんはあまりにも突然に春の嵐の中に投げこまれた旅人のようにとまどい、先生の言葉に耳を傾ける気持ちが吹き飛んで、怒りがこみ上げてきてしまいました。
 私は、学校での支援態勢が整っていく中で、どの子にも個別の支援が必要だと考えるのですが、「お宅のお子さんは特別ですよ」と言われた時の親の思いや、本人の気持ちをどのように受け止めていただけるのだろう…と考えさせられます。
 二人の旅人には、暖かな陽の光が注がれて、長い「子育て」という旅を楽しく送って欲しいと願います。

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「大変です」(2004.04.)

 春4月、はぐくみ塾は、毎日進級した子どもたちの楽しい声がいっぱいです。
今年5年生になったN君は、殆ど会話に必要な言語を持っていません。
ところが、足し算も引き算も、簡単な文章問題も簡単に解いてしまいます。
毎週必ず行う音読がとても大変です。目で読む方が早い彼は、時には怒りながら、泣きながらも「はい!」と、踏ん張りを見せます。

 さてご多分にもれず、入学から4年間ずっと彼を温かく導いてくださった N君の先生が、転勤になりました。お母さんによれば、新しい先生は「私はお子さんをこのように育てます」と明言される方で、「任せてください、残る2年間で立派なお子さんにして卒業させることが私の使命です」と張り切っていらっしゃるようです。お母さんはあまりの張り切り方に圧倒されっぱなしで、二の句もつけない状況とか…。
 「なんだか私が疲れてしまいそうなんです…どうやって先生にゆっくりで良いですからと伝えたらいいのか…」そんなお母さんの言葉に、私がいつものように黙って「そうなの…」と相づちを打っていると…N 君が突然「書く」と言い出しました。
 私は、多くの自閉症児とFC(筆談)と言う方法で会話をします。ですがN 君とは幼児期に試みたきりでした。彼は、日常の言語指示理解は殆ど支障がありませんし、フリーで文字を書くお子さんです。
 私はビックリして、もう一度 「何?鈴木さんに伝えたいことがあるの?」と聞いてみました。…「はい」。普段は自分で漢字練習などさっさとはじめるN君が、机に座って待っています。「書くってなに?鈴木さんと筆談するの?」「はい」
 その時を待っていたかのように、「C先生(今までの担任)はNのことが嫌いですか?N の学校に来てください」「Nは毎日先生(新担任)と二人っきりで一日中勉強ばかりで大変です」「Nが出来ない子だからお母さんが毎日心配ばかりする」 …と一時間鉛筆を離さずに書き続けました。
 援助する私は勿論ですが、その内容に触れたお母さんも涙が後から後から流れて仕方在りませんでした。 N君親子が、今までの担任の優しさおおらかさに包まれてどんなに楽しく学校生活を送ってきたのか…新しい先生との新たな日々にどれほどの大きな不安を抱いているのか…。
「今までが恵まれすぎていたのかも知れません」と言われたお母さんの心情を察するに余りあるものがありました。

 今年度から本格的に始まる文部科学省の「特別支援教育」…。一人一人の子どもたちに沢山の幸せな学校生活が待っていますようにと願わずにはいられません。

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