第9話 家の守り

 夕刻、柊は何者かの式神が縁側の止まり木に止まったのを察知し、立ち上がった。

 二重の戸を開けて、やってきたカワラバトの足に括られた紙を外し、返してやる。十中八九敵の式神だが、殺す気はない。柊に俗世間の面倒に関わるつもりはなかった——少なくとも、今は。

 広げた紙には「稲尾菘を預かっている。危害を加える気はない。そちらが村から出ていき、一切の感知をしないのであればすぐにでも返す 御薬袋太一」と、殴り書きが添えられていた。

 柊の手の内でぐしゃりと握りつぶされた紙が、ぼっと紫紺の炎に包まれ消える。


「舐め腐りよって……」


 到底子供達の前では聞かせられない低い声で呟き、縁側に腰掛けた。

 伊予が無言で持ってきた煙草の箱を開け、紙に煙草を敷いて、巻いた。唾で固定し、火術で点火する。口の中でくゆらす吸い方ではない。肺の奥底まで吸い込んで、たっぷり味わってから吐き出す。

 獣妖怪はこういった煙草を好まないが、それもこれも個性と経験だ。柊は昔から煙草を吸っていたし、知り合いの雷獣の男も煙草を吸っているし、椿姫の母親も喫煙者だ。

 椿姫は「絶対吸わないからね!」と若干怒り気味に、否定していた。


(椿姫のやつは大丈夫だろう。秋唯が見ておる。……妾を捕縛せず、身代わりにしたってところだろうな。村の噂では地行のやり口だというが)


 柊は懐から紙を取り出して、めりめりと広げる。

 地行浩介は地主に濡れ衣を着せて追い出し、莫大な資金力と独自の私兵隊を用いて土地を支配し、開発を行う悪徳事業者だ。その私兵隊は表向きには護衛であり、多くは先の討幕戦争や、芽黎がれい内乱であぶれた浪人連中である。中には呪術師もいるらしい。

 やつは探れば探るほど、真っ黒な素性が出てくる。警察を金で買収し、噂ではアヘン製造にまで手を出しているとか。


 気づけば煙草の灰がギリギリまで伸び切っていた。


「ああ勿体無い」


 灰皿に落とし、ちびてしまった煙草を吸う。ギリギリまで吸い、灰皿に押し付けて火を消した。

 光希から聞いた相手こそが、さっきの脅迫状の送り主である御薬袋太一だろう。光希ははっきりとその名を聞いていたというし、呪術師、と自称したらしい。


(燈真があるいは……。何はともあれ回復を待たねばならん)

「柊」


 考えていると、当の本人がやってきた。着流しを着て、頭には一応、包帯を巻いている。


「よかったな、石頭で。皮膚も骨も割れておらんかったぞ」

「石頭っつうか、鋼鉄頭だ。おかげで考え方も頑固だ」

「くく、軽口が叩けるならいいか。菘は無事だそうだ。妾も妖気を察知しておるが、問題ない。出所が曖昧だが……手は打った」

「何の話だ」


 柊は左手の人差し指と中指の間から、羽根を一枚、見せた。


「さっき、お主らを襲った御薬袋とかいう呪術師の式神がやってきた。菘を返して欲しければ村から出ていけ、と言付けてな。そのとき、式神から羽根を拝借した」

「……それが?」

「察しが悪いな。この羽根で式神の妖気の『残り香』を辿るのだ。カワラバト——つまり伝書鳩の式神だった。敵の拠点へ戻っておるだろう」


 燈真は頷いた。


「わかった。支度する」

「……万里恵に任せれば、案外呆気なく終わるが?」

「見え透いた嘘をつかないでくれ。俺が行くことなんて分かり切ってるんだろうし、止める気もないんだろ」

「そういうところは察しがいい。浮奈と同じく、生意気なほどにな」


 柊が立ち上がる。すると屋根に張り付いていたのだろうか、万里恵が降り立った。柊に言った。


魅雲湖みくもこ近くの使われていない倉庫に菘ちゃんがいる。敵は呪術師が二人」

「よろしい。光希は?」

「もう支度してた」

「さすが我が弟子。以心伝心だな。……燈真、お主に着替えをやろう。仕立て直しが終わったからな」


 柊が「伊予、持ってきなさい」と言うと、しばらくして伊予が着替えを持ってきた。

 それは黒の襠高袴と羽織。羽織の襟には、月白色の毛皮のようなものが付けられている。


「浮奈が着ていたものだ。お主に合わせて直した」

「この毛は?」

「椿姫の尻尾の毛だ。切ったり抜いたりしておいたものを使った。安心しろ、ノミもダニも付いておらん——おっと、今のは椿姫に言うでないぞ」

「ふ……わかってるって」

「急いだほうがいいかもわからん——竜胆、竜胆! 着替えを手伝ってやれ」

「はーい」


 燈真は竜胆の手伝いで袴に着替えた。羽織の袖に腕を通し、もふもふした柔らかい毛皮に首を覆ってもらう。やはりというか、椿姫の稲の匂いがする。背中には、漆宮の字をとった、漆の文字が刻まれていた。


「お、着替えてんじゃん。正装か?」

「そんなところだ」


 光希が縁側に合流した。彼は頭巾がついた羽織に、随分とハヰカラな上着と、下は洋袴ズボン。腰にはいつもの短刀。彼は燈真に刀を差し出し、受け取った燈真は腰帯に差す。


「万里恵、屋敷は任せる。菘は俺たちが絶対に助けてくるから」

「大船——いや、甲鉄艦に乗ったつもりで待ってろよ」


 燈真と光希がそう言って、飛び出していった。

 竜胆は「僕は事務処理をするよ」と書斎へ行き、伊予は「飲み物を淹れてきますね」と去る。

 柊がふっと笑い、万里恵に言った。


「だそうだ。妾は寝る。任せたぞ、万里恵」

「はいはい。稲尾家に仕える忍者だしね」


 柊が襖を閉めると、中庭に人影。三尾の犬妖怪が二人現れる。


「退去の準備を手伝いに来た」「御薬袋様からの命令でな」

「ハッ——三尾二匹で私の首奪るとか舐めすぎだよ」


 万里恵は腰に交差させていた小太刀を二本、逆手に抜く。

 飴色の双眸が、主君の屋敷を守るために透明な殺意を宿した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゴヲスト・パレヱド — 百鬼流転物怪絵巻 — 夢咲蕾花 @FoxHunter

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ