竜神探闘⑭
キィイィィ!!
エスティルとレナンジェスの剣が打ち交わされ火花と澄んだ音が響き渡る。
(強い)
これがエスティルのレナンジェスの評価である。どこまでも簡潔なものであるがそれ以外の評価はエスティルには不要としか思えないものである。
(これほどの手練れがいるのか)
一方でレナンジェスもまたエスティルの技量に驚きを隠せないでいた。レナンジェスは竜族ということを鼻にかけて他種族を見下すような精神構造とは無縁ではあったが、それでもエスティル程の実力者に出会う事などほとんどなかったのだ。
互いに自分が斬り結んでいる相手が凄まじい技量の持ち主である事は斬り結ぶ前からわかっていたのだが、実際に剣を交えると互いに相手の技量を上方修正する必要性にせまられていたのである。
(これならどうだ?)
レナンジェスは後ろに跳び距離をとりながら
「な!?」
しかしエスティルは剣で捌くのではなく左腕に巨大な盾を形成するとレナンジェスの放った
「ちぇい!!」
エスティルは盾の裏側から剣を刺し貫く。エスティルの魔剣ヴォルディスが盾を突き破りレナンジェスの顔面を襲った。
「く」
間一髪でレナンジェスはエスティルの突きを躱すことに成功する。
ピシピシ……カシャアアアン!!
縦に亀裂が入り次の瞬間にエスティルの作成した盾が砕け散り、盾の陰に隠れていたエスティルが姿を見せる。
(彼女は魔力を使って色々な形に成形することができるというわけか)
レナンジェスは心の中で呟くと剣を構えなおし一気に間合いを詰める。左手に持ったやや短い剣に魔力を込めると左手の剣が妖しく光った。
(左手に握った剣は“魔剣”か……当然、右手の剣もそうよね。左は防御用、右が攻撃用と言った所かしら)
エスティルはレナンジェスの左手に握られた剣がレナンジェスの魔力と共鳴して光り始めたのを見て両手に握られた剣が魔剣であると仮定する。
(どんな能力かを見極めないと……え?)
エスティルが驚いたのは突然、レナンジェスが姿を消したからだ。何の気配もなく突然消えた事にエスティルは即座に前に跳びだした。考えての事ではない。今自分が立っている場所が危険であるとエスティルの細胞が突如判断した結果であった。
ヒュン!!
一瞬前までエスティルの立っていた場所にレナンジェスの剣が通り過ぎる。レナンジェスはいつの間にかエスティルの背後に回り込み斬撃を放っていたのである。
「よく躱したね。今ので終わったと思ったんだけど、そう簡単にはいかないね」
レナンジェスの言葉にはエスティルへの賛辞がふんだんに含まれているのをエスティルは感じた。
「今のは貴方の術かしら? それとも魔剣の能力?」
「いや、そこは教えるわけにはいかないよ」
「やりづらい人ね。優位に立ってるのだから教えてくれても良いじゃない」
「君相手に一度背後をとったくらいで優位に立ったと思えるほど呑気な性格はしてないつもりだよ」
レナンジェスはそう言うとまたもやふっと姿を消した。ゾワリとした感覚を背後に感じたエスティルは再び前へと跳びだし、その途中で後ろを振り向いた。
(いない!?)
しかし、エスティルの背後にレナンジェスはいない。またもゾワリとした感覚を背後に感じたエスティルはその場でクルリと回り背後へ斬撃を放った。
エスティルの斬撃をレナンジェスは右手の剣で下から受け流した。
(しまった……)
エスティルは自分の失敗を察した。レナンジェスが背後をとり続けていた理由をこの段階で察したのだ。すなわちエスティルが背後を取られ続ける事を嫌って苦し紛れの斬撃を背後へ放つ事をである。もちろんエスティルの斬撃は苦し紛れであっても並の剣士であれば気付く事なく首を斬り飛ばしていた事であろう。レナンジェスの技量あってこその結果であった。
レナンジェスは左手に持った剣を逆手に持ち替えてエスティルの胴へ横薙ぎの斬撃を放った。
「な!?」
しかしレナンジェスの剣がエスティルの胴に触れる瞬間にエスティルの身に纏っていた
レナンジェスは後ろに跳んで一旦距離をとり仕切り直す。
「そんな手があるなんてな」
「上手くいって良かったわ」
鎧の脱げたエスティルは黒いフレアスカートとノースリーブの白いシャツという姿になっている。
「鎧を再装着しないのか? 纏っていた鎧は先程の盾同様に君が魔力を物質化したものなのだろう?」
「そうしたいのは山々なんだけど、そうするとあなたの能力に対処できないのよね。あなたの気配を察するのにどうして一拍後れてしまうのよ」
「防御力よりも躱す事を優先すると言うことかい?」
「というよりもあなたの斬撃を私の鎧では防ぐことは出来ないわ」
「そんなに褒めないでくれるかな」
「事実を言ったまでよ」
エスティルは言い終わると魔剣ヴォルディスに魔力を注ぎ始める。注がれた魔力はどんどん増していくと魔剣ヴォルディスの剣身にヒビが入り始めた。
(あの剣もこの子が魔力を物質化したものか)
レナンジェスがそう判断した瞬間に魔剣ヴォルディスの剣が砕け散り中から黒く光る剣が現れた。それは魔力が物質化する前の状況である。
「やっと本気になってくれたというわけか」
「ええ、アリスのためだけじゃなく、貴方の愛しい子のためにも私は負けるわけにはいかないのよ」
エスティルはそう言うとチラリとエルナを見やる。エルナが積極的に戦いに参加しないのは彼女が支援要員だからだろう。
「それはありがとう。それじゃあ配慮ついでに君が勝ってもエルナに危害を加えないでもらえるかな?」
レナンジェスはエスティルに静かに言った。
「もちろんよ。私の相手は貴方だからね。でもそれは彼女がこの戦いに割り込まないという前提があるわよ」
「感謝する。エルナ聞いての通りだ。絶対にこの戦いに参加するな」
レナンジェスの言葉にエルナはやや躊躇いがちに頷いた。
「さ、これで良しと……これからが本番よ」