魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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追想編
第二十六話 月がなかった星空に不知夜月が輝いた


2095年11月2日

 

「それと、今度の週末は本宅に帰って来なさい。最近十六夜分が不足しているのよ。ということで、週末にね」

 

〈ちょ、ちょっと待って母さ―――〉

 

 真夜は自室(書斎とも寝室とも違う部屋)で十六夜との通話を切った。また何か反抗されるかもしれないと考えて二の句を聞かないようにしたのだ。

 

 事の発端は十六夜の一軒家のセキュリティにアクセスされたことだった。別にハッキングされたわけではないから騒ぐことでもない。だが、誰かが入室許可を得たことが問題だった。いや、その入室許可が出された者が男性だったら、友達を家に上げたという話で問題ではないだろう。問題なのは、それが女性だったことだ。指紋と虹彩が登録された際、入室者を監視カメラで撮影するようになっており、そこに女性が映された。

 

 その報せを受けた真夜は気が気ではなかった。十六夜に悪い虫が付いたかもしれない、十六夜が脅されているかもしれない。そんな過剰反応を起こして十六夜に問い詰めてみれば、ただ十六夜に少し手解きを受けて更なる助力を得ようとしたただの学校の先輩だったという話。十六夜に教えを乞うたのは中々見る目があると評価できるが、十六夜の優しさに付け込んでいるという悪印象も真夜は受け取れた。その女性にも十六夜にも疚しいところはないようなので今回は見逃したが、粘着するようならば処理も真夜にとって考慮の内だった。

 

「全く、十六夜ったら」

 

 真夜は十六夜の脇が甘いように感じた。十六夜が優しい人間だということは良く分かっているが、誰にでも優しいのは問題がある。変に女の子を引っ掛けてないか、最近の悩みの種だった。それにこの頃敵対的ではないが、少し反抗的なのも目立っている。それもまた悩みの種だ。

 

 そういう時期と理解しながらも、素直でない我が子に苦労させられていた真夜は、しかしその本来味わえなかったはずの苦労に無意識で幸せを感じ、ため息をつきながらも微笑んでいた。

 

 そんな我が子のことを考えている真夜の部屋にノック音が響く。入室を促せば、通話の終わりを見計らって紅茶を持ってきた専属の執事・葉山だった。カップに適温適量の紅茶を注ぎ、真夜の前に差し出してから彼は私語を口に出す。

 

「また十六夜様のことでしょうか」

 

「あら、分かってしまうかしら」

 

「ええ。奥様はいつも十六夜様のこととなると頬が緩んでおりますので」

 

「今も?」

 

「はい、今もでございます」

 

 ため息まで吐いていたのだからそんなはずはないだろうと自分で頬を触るが、口の端がいつもより上にあることが分かり、葉山の言葉が真実であることを示した。

 

「うふふ、でもそうね。子供が居るのは幸せなことなのよね」

 

 真夜は幸せだった。「コウノトリが我が子を運んで来る」、そんな荒唐無稽な出来事によってもたらされた幸福。真夜が世界を恨む理由の一つである「子を産めぬ不幸」を、世界が神秘で打ち消してくれた。リライト能力というわけが分からぬ力によって起こった事態故に、尚その神秘性に拍車がかかる。

 

 真夜はその幸福感に浸り、幸福が始まった頃に思いをはせて追想する。

 

◆◆◆

 

2092年・寒さが厳しくなってきたとある日

 

「あら、十六夜。こっちで魔法の練習をしていたのね」

 

 十六夜のために作られた演習場。真夜がそこに訪れてみれば、十六夜が丁度魔法で鉄球を浮かせていた。こちらの声に気付き、魔法を切り替えて鉄球をゆっくり地面に下ろしてから顔を向ける。

 

「真夜さん。ええ、習ったばかりでまだ不慣れですが。今は4系統8種の基本的な魔法を練習しているところです」

 

 不慣れと言うが、魔法を習って数ヵ月と考えれば異常なほどの上達速度であることを真夜は彼の魔法の教師役から聞き及んでいた。

 

「うふふ。貴方は随分と謙虚ね」

 

 真夜は彼と目線を合わせて頭を撫でる。くすぐったい様子ではあるが抵抗は一切しない。だからこそ真夜の母性愛が湧き上がり続けていた。

 

 十六夜を真夜の実の子として世に公開する計画は、リライト能力を研究しようと行った遺伝子検査によって、真夜の子と言って差し支えない物であると判明した時より朧気に組み立てられていた。そのためにまず施すべきは教育だったが、僥倖と言うべきか彼は義務教育修了程度の教養があった。近代史は随分酷い有様だったが。

 

 本来だったら近代史について含めても異常と捉えるべきだ。十六夜以外の沖縄海戦の少年兵を訊問してみても、そんな教育は施されていなかったのだから。十六夜だけが、何故か一般教養を修めていた。だが、真夜は気にしなかった。真夜にとってそんなことはどうでも良かった。十六夜が特別であることなど、もう真夜の中では当たり前のことだった。

 

「真夜さんの役に立つためにはまだまだ未熟です。もっと学ばないといけません」

 

 努力に励みながら、「真夜さんのために」と述べる姿は真夜に狂おしいほど愛おしく感じさせる。

 

「そんなに焦らなくても良いわ。休む時はしっかり休むこと、ね」

 

「はい」

 

 素直に頷く十六夜の頭から手を離す。これ以上は邪魔になってしまうと、真夜はもっと触れていたい衝動を抑えた。

 

「また来るわね」

 

 ずっと十六夜を見ていたい真夜ではあるが、さすがにそれでは仕事が滞ってしまう。惜しみながら演習場を離れ、自室に戻る。

 

 自室で書類仕事じみた業務をこなしていれば、廊下を踏み鳴らす音がする。

 

「ご当主様!いえ、真夜さん!あの少年を鍛えて四葉に迎え入れるという話は正気なのですか!」

 

 分家である黒羽家の当主・貢が声を荒らげながら扉を開ける。

 

「正気も何も、当初からそういう話だったじゃない」

 

「当初は彼を駒として組み込む予定でしたでしょう!どの分家に入れるにしろ、四葉に入れるには危険すぎる!」

 

 十六夜のこととなると過剰に拒絶する従弟を真夜は少し呆れていた。彼の四葉に対する忠誠心は確かだが、小さなリスクに目を瞑れない性分なのは前から悩まされている。

 

「十六夜を迎え入れるに当たって、情報の改変はそう難しいことではないわ。露見するリスクがあるとしても如何様にも対処はできますし、彼の将来性を考えればその労力に見合っただけの利益があるでしょう」

 

「露見の危険性についてではありません。彼の異常性については分かっているはずだ。彼は、大亜連合が送り込んだスパイかもしれないんですよ!?」

 

 以前から貢が言い続けた可能性。それは十六夜が大亜連のスパイかもしれないというモノだった。十六夜の遺伝子が真夜に近似しているのは、真夜が大漢に拉致された際に奪われた卵子から生み出されたせいだと。日本語が卓越しており、教養があるのは四葉に取り入るためだと。

 

「それがどうしたと言うの?」

 

「な……」

 

 目を見開き呆然とする貢を真夜は平然と見つめる。真夜にとって、その危険性があったとして何なのか、純粋に分かっていなかった。

 

「か、彼が脅威となることは今の成長速度を見ても明白だ。スパイとなって裏切られる前に処理するには、彼が魔法に習熟する前でなければ。いや、現状でも危険かもしれない。彼はもう魔法を感知できる。戦闘において優秀すぎる彼への有利がなくなってしまったんですよ」

 

 以前貢が楽に倒せたのは、十六夜がサイオンを感じられず、魔法発動の兆候が見て取れないがために攻撃を読まれなかったからだと、貢は考えていた。兆候が分からなくとも致命傷は避けていた十六夜が兆候まで読めてしまったら。近・中距離において十六夜を殺せる可能性は大きく下がる。遠距離でも広範囲魔法しか通じないかもしれない。それほど十六夜の敵意に対する感知範囲は広い。

 

「スパイだったとして、あっちを裏切らせればいいじゃない。あっちで散々な目に遭ってきたのは事実だと分かっているのだから、こっちに付くよう施せば済む話でしょう?」

 

 貢の懸念に対し、返された解答は結局十六夜を迎え入れるというモノ。端から十六夜を殺すという考えが真夜にはなかった。

 

「何が何でも奴を殺さないと言うおつもりか!」

 

「貢さん、納得ができないと言うのならば、当主として命を下しましょう。十六夜への警戒は以後慎むように。あの子は四葉に迎えます。これは決定事項です」

 

「っ!!……了解、致しました」

 

 貢は歯噛みし、渋面を隠しもせず頭を下げた。

 

「貴方も納得する時が来るでしょう。今後の十六夜の行動が、貴方の不安を拭ってくれるわ」

 

「そうであることを、願います。では、失礼しました……」

 

 そうして渋々退室する貢を真夜は見つめていた。真実を知る彼があのようにいらぬ危機感を覚えることから、分家含め他の者たちには真実を伝えない方が良いだろうと思い至る。そうしてすぐ思いついたのが、自分の子供であると言うこと。冷凍保存していた卵子と説明すればほとんどの者が納得する。「四葉は人体実験を未だにしている」という悪評がそれに真実味を与えるだろう。

 

 真夜がそんな妙案に一人で笑みを浮かべていれば、部屋の扉がノックされる。

 

「すみません、十六夜です」

 

 真夜はわざわざ席を立ち、自分から扉を開けた。一瞬驚いた顔をする十六夜がなんとも可愛らしい。

 

「どうしたのかしら、十六夜」

 

「大層な話ではないのですが、その。日本刀を調達してほしくて」

 

 十六夜は多少もじもじしながら上目遣いでお願いしてくる。真夜は二つ返事で了承してしまいそうだったが、一応組織のトップとして事情を訊く義務があった。

 

「どうして私に?」

 

「確かに、真夜さんにお伺いするほどではないと思ったのですが。使用人に対してだと危険だと言われて断られそうなので、事情を知ってる真夜さんにと」

 

 十六夜の思考は正しく、十六夜の事情を知らぬ使用人たちでは子供に刃物は危ないと断固拒否しただろう。だが、十六夜の達人的なナイフ捌きを見ている真夜なら即座に断りはしない。

 

「日本刀が一番良いのかしら」

 

「はい。刃物なら伐採技術が使えるので問題ないのですが、一番手に馴染むのは日本刀なので。ただ刀を振りたいというだけの我儘ですので、できればで構いません」

 

「いえ、分かったわ。明日にでも日本刀を調達してあげるわね」

 

 真夜の言葉に少しだけ年相応の笑顔を漏らした十六夜の頭を撫でつつ、今後の誕生日には名刀を贈ろうと内心考えた。

 

◆◆◆

 

2093年・まだ暑さが残るとある日

 

「十六夜?ちゃんと聞いているかしら?」

 

 真夜は瞠目したまま固まった十六夜にそう声をかけ、ようやく十六夜の硬直が解かれた。

 

「お、俺を国立魔法大学付属第一高校に入れるというのは、本気なのでしょうか」

 

「ええ。2095年に入学してもらおうと思っているから、まだ少し先の話だけど」

 

 十六夜の年齢は丁度達也たち司波兄妹と同じなので、ならばいっそのことと同じ学校に通わせようと真夜は思っているのだが、どうにも十六夜は難しい顔をしている。

 

「俺は学歴がないので国立なんて間違っても入れないと思うのですが」

 

「学歴なら問題ないわ。通信制に通っていたよう偽装するから。貴方の学力にも問題はないでしょう」

 

「……戸籍はどうするんですか?」

 

 十六夜のその質問に真夜はもう全て明かしてしまおうかと少し誘惑に囚われかけたが、まだ多少細部の調整が終わっていないので伏せることにした。

 

「そこも問題ないわ。パーソナルデータも偽造する準備は整えています」

 

 呆れを通り越したような苦笑を十六夜は浮かべるが、真夜はこれをスルーした。

 

「それで、通学に関してなのだけど。この本宅からリムジン、は遠すぎるかしら?四葉の息がかかったホテルからでも良いのだけど」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!?まずここからリムジンは却下、断固却下です!ホテルの方も、住居がホテルはさすがに疑われるでしょうからそれも無しです!」

 

「あら、そんなに慌てることかしら」

 

「失礼。ですが、本宅からのリムジンでは俺が四葉の関係者と公言するようなモノでしょう。それ以外も、四葉本宅のセキュリティを疑うつもりはありませんが、しかしそう何度も行き来を見せれば徐々に場所を絞り込まれる危険性があります。それは避けるべきかと愚考します」

 

 愚考と本人は言うが、この前まで少年兵だった中学生程度の少年がそこまで考えられるなら十分頭が回る方だ。真夜は十六夜がどれくらいリスクを考えられるモノか、反論もせず黙ることで続きを促す。

 

「次にホテルの方ですが。さすがにホテルを住居とするのは少し変に思います。そこに住み続けるだけの金銭を何処からか回されている、誰かがバックにいると勘繰られてもおかしくないでしょう。そこからもし、そのホテルが四葉の支援を受けていると知られれば、すぐに俺のバックが四葉だと露見してしまう。あと、そもそもですが。ホテルは住む場所ではないと思います」

 

「なるほど。では訂正だけど、貴方を四葉の関係者と公言するつもりでいます」

 

「そ、それはどの程度で?分家や親戚ということですか?それとも、ただの被支援者として?」

 

 これについては予想の範疇だったのか、そこまで驚かずに追及してきた。

 

「現状、貴方の遺伝子も加味して血縁者とする予定です」

 

 親子だから血縁者というのは決して嘘ではない。これについて十六夜は苦い表情をしたが、苦言は述べなかった。彼の中で妥当と判断したのだろう。

 

「でしたら確かに関係者と露見するのは考慮しなくていいでしょうが、前述の危険性が全て解消されたわけではありません。せめて、アパートかマンションで良いのでは?」

 

「アパートやマンションでは貴方の守りが十分ではないわ。それなら一軒家でも建てた方が早そうね」

 

「そ、それはさすがに。俺一人に対して過剰なのでは」

 

「いえ、貴方専用の運動場も設けなくちゃいけないことを考えれば良案だと思うわ。セキュリティもこっちで一から備えられるでしょう。家の手の者に周辺も警戒させれば―――」

 

「いやいやいや、それはさすがに!お、俺なら刺客が来ても自分で撃退できます!できるようになって見せますから、さすがに周辺警戒とか護衛とかはちょっと……」

 

 冷や汗を垂らしているのが見える。出自が少年兵なだけあってどうも下流階級の価値観に引きずられているきらいがあるのは憂慮すべきかと真夜は少し悩む。

 

「まぁ、そんなに言うのだったら。一軒家だけで良いかしら?」

 

「……はい、それで構いません」

 

 非常に構いそうな顔で述べる十六夜。しかし、真夜としてこれくらいの厚遇は慣れてもらわなければならないと断腸の思いで決断した。

 

 こうして十六夜はどうにか一軒家だけで留めることに成功したのであった。

 

◆◆◆

 

2094年・落ち葉が地面を埋め尽くすとある日

 

「貴方は今日から私の子供よ」

 

「何の冗談です?」

 

 真夜が十六夜にサプライズを告げたら、即座に冗談扱いされてしまった。

 

「前々から考えていたことよ。周りに疑われても、貴方の遺伝子が私たちを親子だと証明してくれるわ。真実を知るのは、極一部。それも四葉の関係者だけ」

 

 少しショックを受けながらも真夜は妖艶な笑顔を携えた。十六夜と真夜の親子の証明、血の繋がりがあるという事実にそれが後天的であっても真夜は喜んでいたのだ。

 

「いくら何でも、突然実の子と公表するのは無理があるのでは」

 

「子供が居たことについては簡単よ。私の卵子を冷凍保存していたことにすれば良いわ」

 

「そ、それは!」

 

「非道徳的かしら?でも大丈夫よ。四葉は後ろ暗い噂が多いから、これくらいは疑われないでしょう。それに自らの血族を先鋭させるのが四葉よ?少し道徳から外れるくらい、日本を守る戦力を整えるためとでも言い訳すれば国は目を瞑ってくれるわ」

 

 いつも以上の十六夜の驚愕に、しかし真夜はにっこり微笑む。十六夜はそれに息を呑み、言葉を続けなかった。

 

「今まで公表しなかったことも。貴方は魔法を使えない未知の病気に罹っていたから、無力な我が子を隠すためにそうしていた。そういう設定にしましょう。貴方が少し前まで魔法が使えなかったのは事実ですものね」

 

 嘘に真実を混ぜる。詐欺師や大嘘吐きの常套手段である。

 

「本当に、それで良いので?」

 

「もちろん、細かい設定は貴方と話し合います。偽装も周到に行うわ」

 

「違います。「俺が四葉真夜の子供」になることについてです」

 

 真夜は予想していなかった返しに虚を突かれた。

 

「本当に、俺が真夜さんの子供で良いんですか?俺では、不相応ではないでしょうか」

 

 その言葉に真夜は得心した。十六夜は不安なのだ。自分の力を過小評価し、自分が真夜の子供に見合っていないと詐称する。真夜は座っていた席から立ちあがり、十六夜に近づいて抱きしめた。

 

「十六夜、貴方は私の子供です。私は、前から貴方を我が子と思って接してきたわ。貴方は、私の自慢の子供よ?」

 

 最初は強張っていた十六夜も、徐々に緊張を解いて抱擁を返した。真夜はこの暖かさに幸福を感じ、しばらくそのままでいた。

 

「あ、あの……。そろそろ……」

 

 至近距離で見たその顔はとても赤かった。頬にキスをしたいほどの微笑ましさだったが、それは後に取って置くことにする。仕方なく真夜は席に戻った。

 

「えと、それで俺は『四葉』を名乗ることになるのでしょうか」

 

「『四葉十六夜』、とっても良い名前でしょう?」

 

「いえ、その。『四葉』以外名乗るという案は」

 

「え?」

 

 つい真顔になった。真夜は十六夜が何を言っているのか分からない。

 

「ですから、架空の父親の姓を名乗るとかは。それだったら今までその架空の父親の方に居たことにできますので、良いのでは」

 

「嫌よ」

 

「え?」

 

「嫌よ!十六夜に私の姓以外を名乗らせるのなんか絶対に嫌!」

 

 あまりの嫌悪感にキャラが崩壊する。この親子の繋がりを微塵も曇らせたくないと真夜は幼児退行した。

 

「いえ、あくまでそういう設定で」

 

「設定でも嫌よ!貴方は私の我が子!四葉真夜の子よ!なんで四葉以外を名乗らせなきゃいけないの!」

 

 決して怒っているわけではない。本気で嫌だと思って子供のように否定しているだけだ。

 

「貴方は『四葉十六夜』!それ以外では絶対ないわ!」

 

「しかし」

 

「しかしも案山子もありません!」

 

 終いには涙を瞳に溜める始末。真夜が意固地になり出して収拾が付かなくなったため、渋々十六夜が首を縦に振ることとなった。

 

◇◇◇

 

2095年11月2日

 

「ふふっ」

 

 真夜は四葉姓を名乗らせる一件で見せた十六夜の困り顔を思い出して笑ってしまった。それを引き出すほど醜態を晒していたことは棚に上げる。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「いえ、少し十六夜とのやり取りを思い出していたのよ。2ヵ月くらい直接会ってないからか、少し懐かしい記憶に浸っていたわ」

 

「左様でございますか。でしたら、今後は頻繁に会えるようにいたしましょうか?」

 

 葉山は子煩悩な主人を諫めることもせず、あえてそれを推す方向で提案する。葉山も真夜も笑顔だ。

 

「そうね、少なくとも月に一度は直に会いたいかしら。まぁそれは後々検討するとしましょう。週末には会えることですし」

 

「週末と言いますと、深雪様もお見えになりますね」

 

「それと、風間少佐ね。全く、独立魔装大隊には困ったものだわ」

 

 週末には深雪が本宅に訪れるが、本命は達也と風間である。今回、横浜事変では随分と好き勝手に達也が使われた。そのことが真夜の気に障っていたのだ。

 

 達也が自ら隊に志願してしまったのはもうどうしようもないことだが、それにしても戦場で二度も戦略級魔法であるマテリアル・バーストを使わされたのは非常に良くなかった。おかげでまだ隠しておきたかった達也が大分目立ってしまい、多くの疑いの目が達也に向いている。

 

「あの計画も、遅れさせなくてはいけないわね」

 

 疑いの目が長く続くことはもはや目に見えている。慶春会で達也を四葉本宅に呼び寄せてしたかった事柄が、その目によってできなくなってしまった。真夜はため息をつかざるを得ない。

 

「達也殿の処遇は如何するおつもりでしょうか」

 

「そうね。謹慎でもさせたいところだけど、達也さんは頑なに深雪さんの傍を離れないでしょうから。十六夜の意見を聞いてみようかしら」

 

 傍から聞けば息子に頼る決断力のない言葉に思えるだろうが、葉山はそう指摘することはないし、真夜はこれを優柔不断とは思わない。二人は十六夜の真実を知る者として、より十六夜の特異な力を知っている。それは勘の良さだ。おそらく元から戦闘における勘の良さは備えていたのだろうが、魔法師となったせいか日常的にも勘の良さを発揮することがある。例として九校戦の時のノーヘッド・ドラゴンだったり、今回誰よりも早く大亜連合の気配を察知したり。

 

 真夜は特に猜疑心を抱くことはない。理論が曖昧な仮説しかないが、精神干渉系を得意とする者は高い直感的洞察力を持つという話が実しやかに語られている。真夜には姉の深夜がそれに当てはまっていたためにとりわけ信じているものだった。故に、精神干渉系に高い適性を持つ十六夜が直感に優れていることは疑う必要がなかった。

 

「何にせよ、週末ね。楽しみだわ」

 

 真夜の頭は、大半十六夜に会えることで占められていた。




幼少期十六夜のスペック:一般教養は前世で大学まで通っていたため、高等になったとはいえ中学生くらいの学力はあった。近代史は彼の前世と大きく違うので無知と言える。魔法の技量についても原作知識で前情報があったために訳を知らない人から見れば異常な上達速度だった。

十六夜の日本刀ねだり:切れる物なら研いだ爪でも切れる十六夜だが、日本人の遺伝子か、江坂(えさか)宗源(そうげん)の印象か、日本刀が一番手に馴染む。はたまた、伐採系超人の直感が最良の得物として日本刀を選んでいるのかもしれない。

「そ、それは!」:後に達也も似たような出自にすることに関して十六夜は懸念していた。道徳とか割とどうでもいい。

閲覧、感謝します。

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