魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第二十四話 騒乱・後編

〈十六夜?〉

 

 轟音を端末も拾ったようで、真夜が心配そうな声をかける。

 

「始まったみたいだ」

 

 俺は端末を左手に持ち替え、右手でシルバーブレイドを取り出す。ロビー側からこちらに走る気配がある。しかし、その気配には覚えがあった。

 

「十六夜様!」

 

 ロビー側の扉を開けて入ってきたのは、以前手合わせした四葉の使用人、その一人である男性だった。

 

〈あら、丁度良かったみたいね。その使用人から通信機を受け取って〉

 

「十六夜様、こちらを」

 

「ああ、ありがとうございます」

 

 使用人は真夜の指示に同調して俺へ通信機を差し出す。彼もしている片耳だけのワイヤレスヘッドセットだ。俺はそれを受け取って左耳に装着する。

 

〈家の使用人たちと通信できるわ〉

 

「ありがとう、母さん。それで、急なお願いで悪いんだけど。もし呂剛虎を見つけたら教えてほしいんだ」

 

 通信機の方から真夜の声が聞こえてきたので端末の方の通話を終えつつ、俺はそうお願いする。

 

〈……分かりました。そう指示しておきます。……くれぐれも、無理だけはしないようにね〉

 

「分かってる。今度こそうまくやるから」

 

 信用は失墜しているかもしれない。だが、だからこそ今回で取り戻す。俺は今回の目標を第一に「俺の手による呂の捕縛」に定めた。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

 

〈ええ……〉

 

 真夜との通信はそうして終了し、俺は目の前の使用人に顔を向ける。

 

「外の状況は」

 

「会場正面出入り口で四葉・七草・十文字の手勢少数及び学生の自警団で敵と応戦中。各所でもゲリラとの交戦が発生しており、管制ビルには大亜連の物と思しき車両が突っ込み炎上し続けているのが確認され、その後停泊されていた偽装揚陸艦から歩兵用ロケットランチャーで射撃されているようです」

 

 淡々と使用人は状況報告をする。外から聞こえる爆発音や銃撃音に一切動揺する様子が見られないところから、かなり訓練を積んでいるのだろう。

 

「了解です。では、まず会場内の市民を避難誘導しましょう」

 

〈横浜国際会議場内のトラパー013より連絡。七草真由美が市民を桜木町(さくらぎちょう)駅地下シェルターと瑞穂埠頭(みずほふとう)へ誘導する模様。避難誘導が開始されるようです〉

 

 会場内に紛れていた四葉の手勢が中の様子をそう報告した。トラパー、俺が思い当たるのは英語の(ひし)であり、四葉家関連となると荒事面の手配を担当している序列第2位の執事・花菱(はなびし)だ。つまり、今回四葉から送られた手勢は四葉の分家ではなく荒事担当の従者たちなのだろう。

 

 俺はそんな意味のない思考を中断し、通信機に手を当てて通信機を発信状態にする。

 

「こちら十六夜です。会場内にいる方は避難誘導に協力して市民の警護に当たってもらえますか?」

 

〈了解しました。会場内に居るトラパー013よりトラパー018までの6名は市民の警護に当たります〉

 

「よろしくお願いします」

 

 通信が終わると、見計らったように会場側の扉が開く。

 

「十六夜」

 

 出てきたのは達也とその一団だった。

 

「達也にみんなか。状況は分かってるかな?」

 

「七草先輩からおおよそは」

 

「そうか、それでこっちから出てきたってことはやる気なんだな」

 

「当然さ。友達からの頼み事一つ守れないような奴じゃないよ、僕らは」

 

 達也ではなく幹比古が、そう強く答える。他も強い意志を持っている顔で、今更逃げろとは言えない状態だった。

 

「そうだな。なら仕方ない、か。すみませんが、貴方に彼らの護衛を任せられますか?」

 

「了解しました。こちらトラパー021より連絡、十六夜様のご学友の護衛に当たります」

 

 俺は四葉の使用人に護衛を頼めば嫌な顔せず請け負われ、その使用人は通信機で連絡する。先程の通信での指示もすんなり通ったことから、俺自身に多少の指揮権が付与されているように思える。まぁ、ただの使用人が当主直系の言葉に否を申せるかということだろうが。

 

「詳しい状況は彼に訊いてくれ。じゃあ、中は真由美さんが収めてくれるみたいだから、俺たちは入口の方を収めに行こうか」

 

「ああ」

 

 俺の言葉に否は返ってこず、達也たちは賛成する。そうしてロビーへ出れば、正面出口の戦闘がある程度見える。そのまま周りを警戒しながら歩くスピードで達也一団と俺は進んでいく。

 

「……対魔法師用のハイパワーライフルか。深雪、銃を黙らせてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 深雪は周りの疑問符を気にすることもなく、達也の指示に従い魔法を使用する。使用されたのは振動系魔法『凍火(フリーズ・フレイム)』。指定範囲の燃焼を妨害、つまり発射薬(ガンパウダー)の爆発を防いだ。

 

 達也と俺はまず、最初の凍火で銃を封じられた16人へと駆け出す。達也は手刀に見せかけた分解で、俺はシルバーブレイドで、それぞれ相手の手足一本を切り落としていく。急に学生が飛び出してきて一瞬呆けていた日本側の人たちも敵の銃が無効化されていることを確認してから、これ幸いにと制圧していく。深雪も片っ端から銃を無効化していけば、攻めあぐねていた人たちが一気に攻めに転ずる。敵の数が多いにしても、唯一の武器が封じられた相手はもはや甘んじて攻撃を受け入れるしかなく、呆気なくやられていく。

 

 俺は敵の多さに多少驚きはしたが、ここにいるのは魔法師ではないようで原作より強化された警備に圧倒される戦場を見て安堵した。これなら被害は少なくなるだろう。

 

 この場の戦闘が収まったところで情報が足りていない自警団は右往左往、足りている十師族の手勢は各々次の行動に移っていく。見ると、多くはおそらく戦闘が激化している場所へと向かったようだが、ここの警備に数名は残るようだ。俺と達也も達也一団の元に一旦集まる。出番がなかったとレオとエリカが項垂れていることに、俺はどれほど暴れたいのかという言葉を飲み込んで代わりにため息を吐く。

 

「さて、俺は魔法協会支部へ行こうと思うけど深雪たちはどうする?」

 

 俺はわざと達也一団を「達也たち」ではなく「深雪たち」と呼んだ。そうした理由は原作知識を省いても達也が独立魔装大隊として動くために達也一団と別行動するのが目に見えているからだ。司波兄妹はこの使い分けに察しているようで、達也は鉄面皮で俺を一瞥してから深雪を見て、深雪は少し不安そうな顔をしながら達也の指示を待つことなく自分の頭で考えている。

 

「七草先輩の指示を仰ぎましょう。下手に私たちだけで動いても軍や十師族の動きを邪魔するだけだわ」

 

 深雪の言に皆が頷く。本当に学生であるのか問いたくなるほど統率が取れている。これが己の力を過信する集団だったら独断専行、脅えるだけの新兵なら立ち往生しているところだろう。

 

「十六夜さんは一人で動くの……?」

 

 この場で俺にそう憂い顔を向けるのは雫と、言葉にこそしないが似たような顔をしている幹比古。

 

「大丈夫さ。四葉の手勢がそこら中に居るし、これで彼らと連絡も取り合える」

 

 俺は左耳のヘッドセットを指しながら、できる限り安心させようと笑顔を取り繕う。実際、連絡こそ取り合うが固まっては動かないだろう。如何に鍛えられた四葉の手勢だろうと超人たる俺の足にはついて来られない。連携訓練もしてないから合わせようとすれば返って互いに足を引っ張ってしまうだろう。

 

「それより、そっちは俺の頼みを守ってほしい。できるだろう?」

 

「……うん」

 

 釈然としない様子ではあるが、俺はこれ以上雫に構っている暇もない。大亜連の侵攻軍が魔法協会支部へ行軍していることは左耳から入る情報で知っている。途中までのゲリラも多少狩りながら向かうつもりであるために時間が惜しい。

 

「じゃあ、そういうことで」

 

 俺は彼女らの反応を待つことなく、左手に拳銃形特化型CAD(シルバーアーティラリー・アラヤ)を構え、魔法で偽装しつつ超人域で駆けていく。

 

◇◇◇

 

 両手に各々特化型CAD(アラヤとガイア)を持ちつつ、パルクールのように障害物も難なく突き進む。

 

 敵本隊が目指す魔法協会支部。おそらく、呂剛虎もそこに現れるだろう。だから俺も目的地を魔法協会支部に設定し、まずは位置が分かりやすい桜木町駅に向いつつ、途中見つけたゲリラたちの相手をしていく。正規のゲリラ兵だろうが、俺の超人的な感覚から逃れる伝説の傭兵のような化け物は居ない(伝説の傭兵が超人的な感覚から逃れられるのかは知らないが)。エア・ブリットで牽制しながら壁や街灯などの建造物を蹴って常人には真似できぬ三次元的挙動で近づく。至近距離に至れば遠慮なく超人域で蹴り殺す。敵の一般兵であり、後の登場が描かれている登場人物でもない相手なのだから、俺が容赦する意味は全くない。

 

 幾ばくか進んだところでおそらく手古摺っているだろう交戦場所を見つけて立ち止まった。

 

(いやに会議場での敵が多いと思ったが。なるほど、この辺りまで装甲車が来てたのか)

 

 敵が多いとなればもちろん数を迅速に運ぶ運搬具の存在は必然である。横浜港からここまで来たとは考えづらく、おそらくはパーツを密輸して近場で組み立てたのだろう。後はそれで散り散りに潜伏させた兵をかき集めて運んだと予想をつけた。

 

「十六夜様!」

 

 少し面倒な相手を遠目から視認したので現実逃避していたが、こちらに気付いたおそらく四葉の手勢だろう人によって引き戻される。

 

「攻めあぐねているようですが、原因は分かりますか?」

 

 四葉の従者含む魔法師たちがただの装甲車に後れを取るはずがない。現行の科学兵器単体ではほとんど熟練の魔法師に勝てないことは、こうして戦争に魔法師が駆り出されているのが証明である。

 

「は!敵装甲車は障壁魔法のような魔法により守られているようで、その障壁を突破できておりません。敵にはおそらく薬物などで魔法を強化している者が居ると思われます」

 

 彼は障壁魔法に特化した魔法師という可能性を除外しているが然もあらん。ここに居るのはおよそ戦いなれた手勢。そんな者たちの魔法まで防げる障壁魔法となると十文字家か四葉の桜シリーズくらいだろう。大亜連合にその者たちに比肩する魔法師の存在することはあまり考えたくない。

 

「障壁魔法、ですか……。であるならば、あれの動きさえ止めてもらえれば俺が対処できます」

 

 模擬戦かつ対物一枚とはいえ十文字克人の障壁魔法を破った手段が俺にはある。が、装甲車の速度に追いつくことはさすがに超人でもできない。誰かに装甲車を止めてもらう必要があった。

 

「分かりました」

 

 四葉の従者は交戦場所へと走り、俺もそれに付いていく。交戦場所に至れば7名ほど居る中からこちらに視線を向ける者が3名。俺が付いてきた従者が何かしらのハンドサインをして彼らは頷けば、従者が声で合図し4人が同時に魔法を発動させる。危険を察知したのかタイヤを回転させだした装甲車はしかし走ることはなく、タイヤだけが猛回転していた。おそらくは放出系魔法によってタイヤの摩擦係数を限りなく零にされたのだろう。一人が一つのタイヤに集中して魔法をかけているためか、タイヤに対してだけはこちらの干渉力が上回ったらしい。

 

 俺は望み通りの彼らの働きに応えるため、即座に装甲車に接近。シルバーブレイドを展開して棒状に整えた後、衝車を発動しつつ振り下ろす。ガラスが割れるような音(おそらくは障壁魔法を無効にしたことを魔法師的な感覚が引き起こされた幻聴)を聞き、そのままの勢いでシルバーブレイドを叩きつければ、装甲車の接触箇所が(ひしゃ)げる。まだ無力化に至ってないと判断してシルバーブレイドを板状にしてから、結合緩和で偽装しつつ伐採系能力で左右を横一筋に切り抜ける。刃渡り2mの刀で左右から切り込まれればさすがに逃げ場はないだろう。それを示すように刃にベットリと血糊が付いている上に、装甲車の中から聞こえた叫び声は止んで二の句も聞こえてこない。俺は装甲車の完全停止を確認してから四葉の従者たちの方を向く。

 

「俺はこの付近の装甲車を無効化しつつ、桜木町駅経由で魔法協会支部へ向かいます」

 

「了解しました。我々は他の交戦個所に加勢します。ご武運を」

 

「ええ、そちらも気を付けて」

 

 俺はまた我流自己加速術式を発動してから超人域で走り出す。通信で装甲車の場所は分かっているのでその場所へと向かう。

 

◇◇◇

 

 途中で2台ほど装甲車を片付けながら走り続け、桜木町駅の駅前広場に到着する。もちろんのことそこも戦場と化していて、二本の足にキャタピラを履かせた直立戦車が二機も存在し、交戦している者達は交互に重機関銃を掃射されている。おそらく十文字家の手勢が障壁魔法を張って凌いでいるようだ。しかし、術者の苦悶の表情を見る限りはそれも長く持ちそうにない。

 

 俺はアンキンドルドゥを一瞬使ってその一瞬で直立戦車に背面から近づき、アンキンドルドゥを切ったところでシルバーブレイドを板状にして上段から振り下ろす。縦の切断跡から血がこぼれ、その一機は制止する。

 

 しかし二機目の反応が早く、既に銃口がこちらを向いている。アンキンドルドゥの発動が早いか、相手のトリガーが早いかの勝負。だが、そんな勝負は2つの光の筋で有耶無耶にされる。2本の光、その一つがコックピットを貫いて戦車を停止させた。よく見ればその光はビームの類ではなく、光を纏った小太刀の軌跡だった。俺はそれに既視感を抱く。

 

(光を纏う投剣……。違う、俺が知っているのは投げナイフだ)

 

 光を纏う投げナイフ。それは俺の記憶にある『Rewrite』に登場した狩猟系能力の一つだ。

 

(どうしてだ!?この世界に俺以外の超人は居ないはず……!いや、落ち着け。あの投剣は、魔法だ)

 

 今まさに放物線を描くその小太刀からはサイオンが感じられた。あの狩猟系能力に酷似しているが、それは魔法によってもたらされたモノだった。

 

 俺は多少の安堵と多大な懐疑を抱きつつ、その小太刀が行き着く先を見届ける。小太刀は、()()()()()の手に収まった。それを見て俺は驚きとともに彼女の伏し目な様子から察した。あの魔法が俺に彼女が相談したいことの一部であるのだろう。そして、俺は()()()()()()()()()()()()という最悪の可能性を考える。今すぐにでも詮索したいが、彼女の周りには達也除く達也一団や一高代表メンバーとその護衛たち、藤林たち魔法独立大隊の数名、彼女の恋人である桐原が居る。この場で問い質すには彼女にとっても俺にとっても聞かれたくない者が多すぎる。

 

 俺は一旦問題を先送りにし、平静を装いながら彼女らの元に近づいていく。

 

「真由美さん、ご無事で何よりです。藤林さんは彼女らの護衛、ありがとうございます」

 

「市民を守るのが務めですからね。礼には及ばないわ」

 

 藤林は品と余裕がある笑みを浮かべる。さすがに本職の軍人ともなれば戦場は慣れているようだ。真由美の方は硬い表情をしながらも俺の安否を確認すると少し表情が和らいだ。他の一高面子も似たような感じだ。

 

 藤林が彼女らを桜木町駅まで護衛する旨は彼らにつけた四葉の使用人から通信で聞いていたので特に驚くことではない。達也が軍に合流しているためにここに居ないのも同じく。

 

「私はここで救助のヘリを待ちます。十六夜くんは魔法協会の方へ?」

 

「ええ、このまま足でそこへ向かおうかと」

 

 俺の言葉に真由美と聞き耳を立てていた雫が少し顔を暗くしたが、彼女らから心配の声は上がらない。俺は一人でもここまで無傷で来ている。それが彼女らに心配はお門違いだと思わせたのかもしれない。

 

「では、時間が惜しいので俺はこの辺で」

 

 俺は他の者たちに時間を割かず、最低限の情報共有でその場を離脱した。

 

◇◇◇

 

 魔法協会支部へと足を進める。それは敵の本隊に近づくことであり、当然の如く敵の数、そして質が上がっていく。装甲車や直立戦車は少しばかり手間をかけさせられるが、より手間なのはやはり魔法師である。それも大陸系の鬼門遁甲を使う類の者たち。やはり予想していた通り日本側は古式魔法に疎いようで、大陸系となれば尚更だ。隠れ潜む敵魔法師の存在に動揺しないまでも、多少手をこまねいていた。

 

 だが、俺には通用しない。鬼門遁甲はあくまで認識を誘導するだけの精神干渉系魔法である。強制するわけでも拒絶するわけでもない。呂剛虎のそれでも、視覚までが限界だった超人の五感や第六感は誤魔化せない。

 

 俺は鬼門遁甲の術者を蹴り殺していく。目撃者が多い中であまりこの正確過ぎる気配探知は使いたくないが四の五の言ってはいられない。幸いなのは知覚系を持っていないと明言してしまった一高生が居ないことと、達也のような魔法の未使用を完全に看破できる者が居ないことだろう。

 

 そうやって多くの交戦個所で加勢していく。もちろん交戦個所が一直線上にあるわけではないのだから魔法協会支部に目指すに当たっては寄り道になっているし、戦闘がものの数秒で終わるわけでもないからかなり時間がかかっている。それなのにそうしているのにはいくつかの理由がある。一つ目は単純に『四葉十六夜』の有能さを示すため。二つ目は『四葉』の悪名を少しでも払拭するため。そして最後は、呂剛虎との戦闘の目撃者を増やすためだ。

 

 手の空く者が多ければ多いほど、交戦が激しい場所、魔法協会支部へと足を向けるだろう。そうすれば、魔法協会支部を背後から強襲しようとする呂剛虎の部隊に対処しようする者も増える。そこで俺が呂剛虎と戦闘すれば目撃者も増えるという寸法だ。

 

 そもそも何故目撃者を増やそうとしているかというと、四葉の独断専行を抑制するためだ。あくまで最悪の想定だが、『四葉』が報復として呂剛虎を私刑にするかもしれない。俺のためとかではなくて、家の面目のためである。だが、呂剛虎は大亜連合にとって重要な戦力であり、捕虜としての価値は充分だ。なら、国が捕虜に欲しがるのはなくはない話。俺がどうにか気絶にさせて日本軍に引き渡せば、さすがの四葉でも国に逆らってその場で殺そうとはしないはずだ。そう願いたい。

 

〈横浜ベイヒルズタワー付近のトラパー098より連絡。魔法協会支部へ北西より侵攻していた敵本隊から一部分離して南東へ移動する部隊を発見。その部隊に居る呂剛虎を確認しました〉

 

 通信機からそう呂剛虎の所在を掴んだことを知らされる。ジャストタイミング、というには魔法協会支部との距離があるが、超人なら間に合うだろうと俺は判断して駆けだそうとすれば通信機から真夜の声が聞こえてくる。

 

〈十六夜、魔法協会から十師族共通回線で緊急通信がありました。協会員の魔法師は敵本隊で多く出払っていて、別動隊に対処できる数が残ってないそうよ?〉

 

 真夜からの知らせは魔法協会の緊急事態についてだった。自分たちの所属する魔法団体が危機に陥っているというのに、随分と真夜の声は落ち着いている。

 

「すぐに向かうよ。手勢もいくらか回してほしいな」

 

〈ええ、分かったわ〉

 

「それとこの通信、真由美さんの方に繋げられるかい?」

 

〈……可能だけど、何故かしら?〉

 

 一瞬の間、無音の中に真夜から不機嫌さが感じられた。しかし、声を発する時にはそれが霧散している。理由を問っている時間もないので、俺は無視するしかない。

 

「今彼女の元に敵の鬼門遁甲を見破れる魔法師が居るんだ。敵別動隊は陽動、本命は鬼門遁甲で支部に侵入するかもしれない。その人にそっちの対処を、と思ってね」

 

 協会員が出払っているとはいえ、大亜連合がすぐに駆け付けるだろう十師族の手勢と日本軍を考慮しないとは考えづらい。敵も徐々に劣勢になっているのは分かっているだろう。ならばせめて情報をと、どさくさに紛れて潜入することを試みるかもしれない。そして、その試みは鬼門遁甲を見破れる者が少ないこの戦場において極めて効果的だ。それに対する対抗策は美月であり、危険に曝すだろうがその策以外には俺は考え付かなかった。

 

〈それなら。少し待ちなさい〉

 

 真夜との通信は切れるが、ほんの数秒のノイズが鳴った後にどこかへ繋がる音がする。

 

〈十六夜くん?〉

 

 願った通りに真由美へと繋がったようで、通信機からは真由美の声が聞こえてくる。

 

「真由美さん、魔法協会支部への緊急通信は聞きましたか?」

 

〈はい、聞きました。それで、四葉が救援に向かうのかしら〉

 

「母から了承も得ましたのでそうしようかと。しかし少しお願いが」

 

〈お願い?〉

 

「もし柴田美月さんと一緒なら魔法協会支部に真由美さんたちも向かってくれませんか?彼女なら鬼門遁甲による侵入も見破れるでしょうから」

 

〈え?そうなの?……ええ、なるほど。貴女はそんな持病を……〉

 

 少し遠くではあるが美月と幹比古の声が聞こえる。おそらく美月が見破れる理由を説明されているのだろう。

 

〈状況は分かったわ。すぐに魔法協会支部へ向かいます〉

 

「ありがとうございます。それでは」

 

 少し一方的ではあるがこれ以上話している余裕もないので通信を切った。向かう先はもちろん魔法協会支部。俺は偽装としてアンキンドルドゥを極小範囲で一瞬使い、超人の全力でダッシュする。

 

◇◇◇

 

 敵本隊との交戦個所を避けるために少し迂回しつつ、目的地へとたどり着く。敵は少数、小隊規模ではあるが精鋭のようだ。数で勝っているこちら側と拮抗し、さらに敵の一人はバリケードの代わりに並べられているこちらの装甲車を、その掃射も意に介さず次々に突破していく。その姿は猛獣、人食い虎の異名に恥じぬ呂剛虎の勇姿だった。

 

 彼は最後の砦のように佇む俺の前まで至る。俺を視認した呂剛虎は、今にも首筋に噛みついてきそうなほど牙を見せびらかしていた。俺はシルバーブレイドを構える。板状に硬化し、相手に剣の印象を強める。だが、これはフェイクだ。俺はこの戦闘を拳による一撃で終わらせるつもりだった。

 

(アンキンドルドゥ中は魔法が使えない。解いた後じゃ硬化魔法と衝車を発動してる間に気付かれて避けられる。なら、硬化魔法は使わず、拳の衝撃を衝車で纏めれば……)

 

 障壁魔法の上から相手をぶん殴る荒業。超人であっての作戦を遂行すべく、俺はアンキンドルドゥを発動しようとした。その時だった。

 

 後方から感じるサイオン。発動された魔法は、()()()()()()()()。超音波による熱線が、呂に向かって放たれる。だが、それに当たるほど呂剛虎は弱卒ではなかった。直線状に放射される熱線は躱され、装甲車の側面を融かすだけだった。

 

 避けられたことがショックだったのか、フォノンメーザーの射手の気配は留まったまま動かない。呂は隙だらけの()()に襲い掛かろうと動き出す。障壁魔法で横やりは無意味なために、俺は自身の体を障害物にして進路を塞ぐ。空けた左手で呂の右腕を掴み、シルバーブレイドを持つ右腕は呂の胴体へと肘打ちを決める。ダメージを与えることはできず、彼の進行を止める以外の意味はない。

 

「十六夜さん!」

 

「下がってくれ!」

 

 背後に立つ雫へと俺は懇願するように叫ぶ。その間にも首へと伸ばされる呂の左腕を後ろに飛び退いて避ける。俺はこれ以上呂を進ませないために切り込むが、やはり障壁魔法は切れない。

 

「十六夜さん、でも、私……」

 

「下がれ!」

 

 俺は雫の悲痛な声を聞き入れずに断ち切る。呂は俺が彼女を守ろうとしているのにつけこんで俺の動きを制限している。俺が退けば雫へと向かえる軸を維持し続けている。この状況、俺がアンキンドルドゥを使おうものなら雫がやられてしまうだろう。それは前述の作戦が封じられてしまったことになる。

 

 雫の魔法ならおそらく呂を殺傷できるだろう。しかし、フォノンメーザーは隙を作らねば当たらず、隙を作るにしても俺が近接戦闘でしか留められない現状では俺も被害を受けかねない。もしアクティブ・エアー・マインを殺傷用に魔法式を改変していたとしても、これもまた同上の理由で無理だ。

 

「これなら!」

 

 呂の攻撃を紙一重で躱しながら、俺は結合緩和を発動させて首を薙ごうとする。

 

「くっ……」

 

 不断という分かり切った結果が返ってくる。そもそも結合緩和はあくまで伐採系能力を偽装する魔法であり、物体を多少柔らかくする効果はあるものの、対物障壁に何らかの影響を及ぼす魔法ではない。伐採系能力で切れない以上、何の意味も持たない。

 

(どうにか、衝車を当てる隙を作らないと……)

 

 殴っても切ってもダメージが通らず、腕を手でつかんだところで障壁が握力に抵抗しているのだから易々と逃げられる。そんな相手の動きを封じなければならない。難題が俺にのしかかってきていた。

 

 雫の気配は留まり続け、俺は苦し紛れに剣を振るい続ける。呂は余裕の表情でガードの姿勢すらとらずに俺の剣戟を受ける。

 

「やあぁ!」

 

 俺は剣を大上段から振り下ろす。俺のそんな隙の大きい動作を見て呂はニヤリと笑い、俺の顎へとアッパーをねじ込む。俺の届かぬ剣とは違い、呂の拳は顎に届いた。

 

「がっ」

 

 俺はフラフラとした足取りで一歩二歩と下がる。脳が揺られ、今にも倒れてしまいそうだと()()()()()

 

「十六夜さんっ」

 

 雫の叫びは呂の心臓を狙った貫き手が迫っていることを教えてくれる。

 

「そんなに叫ぶ必要はないよ、雫さん」

 

 明瞭な俺の声。呂も雫も驚きを露にするが、呂の攻撃は止まらない。

 

「その攻撃は、狙い通りだからな」

 

 擦れ擦れで躱し、過ぎる呂の腕を脇でガッチリと捕まえる。呂の障壁魔法で締め上げられないとしても、拳の通れぬ輪から逃れることはできない。

 

「すまないな、呂剛虎。俺は打たれ強いんだ」

 

 衝車を纏った拳を呂の顎へと叩き込む。障壁魔法は割れ、俺の拳が呂の頭を揺さぶった。呂は意識を失い、倒れ伏す。死んではいないだろうが、下顎骨骨折は我慢してもらうほかない。

 

 呂が微動だにしないことを見て安心したためか、肉体と精神の疲労が湧き上がり、俺はそれに抗えず座り込んだ。

 

「十六夜さん……、大丈夫……?」

 

 雫は何かを恐れる様子で声をかけてくる。

 

「雫さん」

 

「っ」

 

 雫の顔を見れば、何かに怯えて目を強く瞑っている。

 

「怪我は、ないかな?」

 

「え……?」

 

「いや、だから怪我してない?呂剛虎が障壁魔法以外使ったのは感知しなかったけど、もしかしたら何かしてるかと思って」

 

「……」

 

 彼女は呆然として答えてくれない。

 

「まぁ、ぱっと見なさそうだな。良かったよ」

 

 雫の無傷を確認して俺は安堵した。彼女がこの戦争で傷を負ったという原作知識はない。多少行った原作改変でのバタフライエフェクトなんて御免である。

 

「怒って、ないの?」

 

「何を怒れって言うんだい?雫さんは俺が心配で来てくれたんだろう?その行動を責められるほど、俺は利口な人間じゃないさ」

 

 単に今回の失敗は()()()()()()()()()()()()()だ。中途半端にその距離を保ち続けてしまった。雫の心配をするのならば拒絶することこそ正解だったろうに、俺は人に嫌われたくない一心でそれをしなかった。今後もきっと、決定的な絶交はできないのだろう。

 

「……」

 

 雫はただ俺の背中に悲し気な視線を向けるだけで、何も言葉を紡がずに立ち尽くしていた。

 

「お取込み中、失礼します」

 

 この非常に重苦しい雰囲気を割いて現れるのは、巻いた長髪の派手なビジュアルロッカーのような服装の少女に、ストレートショートボブの黒を基調にしたミニ丈ジャンパースカートとレギンスの女装少年。いや、一見では女装と気づけない見事な変装ではあるが、その姿は原作知識で焼き付いているし、気配も既知のものであるために分かってしまったわけだ。

 

「ああ、黒羽(君たち)まで来てるのか」

 

「一目で見破られてしまいましたか。この姿の時は、私のことをヨルと、()のことはヤミとお呼びください」

 

 亜夜子(ヨル)は俺に見破られたことに意外感を持たず答え、さりげなく女装がバレて少なからず羞恥の文弥(ヤミ)に追い打ちする。いや、雫が近くに居るのだから性別を偽るのは分かるが、せめて「妹」呼びは避けても良かったのではないだろうか。

 

「十六夜様、呂剛虎の身柄はこちらで預かります」

 

 彼女らの登場は予想外だったが、彼女の発言は俺の予想したものだった。彼女らは預かると言っているが、確実に預かるだけで済まないだろう。

 

「それはダメだ。彼の身柄は日本軍に渡す」

 

「申し訳ありませんが、これはご当主様の命ですので」

 

 彼女のこの返しも予想の範疇だ。忠実な彼女らが当主か子息か、どちらの言葉を聞き届けるかは明白である。俺は通信機を発信状態にする。

 

「こちら十六夜です。すぐに母へ通信を繋いでください」

 

〈もう繋がっているわ、十六夜〉

 

 俺が亜夜子たちに物申した時点で伝わっていたのか、すぐに真夜へと繋がる。

 

「母さん、呂剛虎は日本軍に渡す。その方が国への忠義を形で示せる」

 

〈忠義なんて、今回手勢を多く出したことで示せているでしょう?〉

 

「ここには多くの目撃者が居る。この状態で日本軍に呂剛虎を渡さなかったら、四葉の独断が露見する。今こうやって口論してる時点で不味いんだ。最悪、四葉が干される可能性がある」

 

〈四葉の今までの献身を日本が蔑ろにすることはないわ。ただ敵兵一人好きにする程度、目を瞑ってくれるでしょう〉

 

「母さん、これは四葉のためなんだ。四葉は表の顔がない性質上、社会からは浮きやすい。ここで目に見える成果を積み上げることで、四葉の孤立を避けられる」

 

〈十六夜〉

 

 今までの雰囲気と違い、真夜の声からにじみ出るような怒りを感じる。

 

〈貴方は憎くないの?私は憎いわ。あの国は、大漢(だいかん)は私だけでなく息子である貴方も傷つけたのよ!?〉

 

「母さん、落ち着いて。今回の敵は大漢じゃない、大亜連合だよ」

 

〈あいつらの生き残りが大亜連を扇動したのよ!忌まわしい大漢の意思が、まだあの国で生きているのよ!?〉

 

「母さん!」

 

 俺の突然の大声で、真夜が息を呑むのが伝わる。

 

「母さんが大漢に酷いことをされた過去があるのは知ってる。だけど、どうか抑えてほしいんだ。その怒りは、母さんのためにならない」

 

〈違う、違うわ。十六夜、私は貴方のために……〉

 

「ありがとう。その気持ちはとても嬉しいよ。でも、俺のためを思ってくれるなら、尚更ここは耐えてほしい」

 

〈……十六夜、貴方の本当の気持ちを聞かせて?貴方を傷つけた敵が、貴方は憎くないの?〉

 

「この身が四葉のためになるのなら、俺は喜んでこの身を捧げるよ」

 

 俺が傷つこうが、俺が死のうが、俺にはどうでもいいことだった。その結果が四葉のために、真夜のためになるならばそれで良い。それこそが俺の本当の気持ちである。

 

〈……。分かりました。呂剛虎の処理は貴方に任せます〉

 

 諦観と疲労を携えたような真夜の声音。その原因を俺が作ったことに俺は負い目を感じる。

 

「ごめん、ありがとう」

 

〈……ええ〉

 

 お互いの数秒の沈黙の後、どちらともなく通信を切る。

 

「君たちの仕事を奪ってしまってすまない」

 

「いえ、四葉全体のためを思う十六夜様の行動には感服いたします」

 

 亜夜子たちの働きを無碍にしたというのに、彼女らから丁寧なお辞儀を返される。

 

「もし私たちのこともお考え下さるのであれば、軍への引き渡しをお任せいただけないでしょうか」

 

「そういうことなら、お願いするよ」

 

 さすがにこれなら四葉で確保することはないだろう。忠実な彼女らを信じて身柄を渡す。どっちが運ぶというか、どうやって運ぶのかと一瞬思ったが、おそらく重力を軽減する魔法を使って文弥が大男を軽々しく持ち上げた。次に亜夜子が魔法を発動させ、呂を持つ文弥の姿が消える。疑うまでもなく『疑似瞬間移動』だろう。もう一度魔法が発動され、亜夜子も撤収した。

 

「さて。来てるだろう真由美さんたちと合流しようか、雫さん」

 

「……うん」

 

 切り込み隊長である呂が倒されたせいか、別動隊の生き残りは撤退を開始し、戦闘の鎮静が見て取れる。ここに居る意味も薄いので、魔法協会支部に居るだろう真由美と合流するべく歩き出す。暗い表情をする雫も、足取りだけは確かに後を付いてきていた。

 

◇◇◇

 

 真由美と合流すれば、俺が懸念した通り協会支部に潜入した者が居たという話を聞く。敵がどうなったかを聞くまでもなく、綺麗な人体氷像が如実に語っていた。これで死んでいないのだから生命の神秘である。

 

 敵本隊との交戦も敵の撤退が始まっており、それと戦っていた義勇軍は追撃をせず、掃討戦は軍に任せたようだ。克人と真由美の二人と相談しながら、十師族全体は追撃しないことが決まった。十師族の手勢は現状でできる事後処理に当たる。

 

 敵戦闘艦が離岸した報せを受けた少し後、相模灘(さがみなだ)で魔法による大きな爆発が観測された。俺は誰に聞くでもなく、それが達也のマテリアル・バーストであることが分かっていた。




トラパー:使用人の名前全てを覚えているわけもない十六夜にも分かりやすいようつけた識別番号。基本的にこの番号で呼ばれる者たちは四葉の荒事担当の使用人及び荒事時の協力者(四葉と仕事のみの関わりを持つ魔法師)であり、黒羽は含まれていない。この呼称はあくまで今回限りのものである。

一瞬感じられた真夜の不機嫌:このタイミングで『七草弘一』の娘の名前を聞いたため、その娘と懇意にしているのかと疑った。真夜としてはあまり十六夜を『七草』に近づけたくない思いがある。

呂との交戦場所に来てしまった雫:真由美らと共に魔法協会支部のヘリポートに降り立ったが、十六夜がまた危険な場所に居ることへの心配に居てもたっても居られず来てしまった。十六夜の助けになろうとした彼女は、しかし自分の無力を目の前に示され、そもそんな助力がいらなかった現実を目にする。彼女は今の自分に不服を抱いたことだろう。

綺麗な人体氷像:現代アート風味の面白オブジェ(作・司波深雪 材料提供・(チェン)祥山(シャンシェン)含む大亜連の愉快な鬼門遁甲術師たち)

閲覧、感謝します。

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