魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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第七話 小さな暗雲

2095年4月6日

 

 昼休み。各々が昼食をとるために行動を開始していた。深雪は生徒会室の方へ向かったようだ。達也と気兼ねなく食事するにはそこが良いと考えたのだろう。友人たちとの時間を削ってしまうことに少し憂いていたが、それでも彼女は最愛の兄と気兼ねなく居られる時間を選んだ。

 

「十六夜さん」

 

 落ち着いた声音がこちらに響く。声の主は雫だった。彼女の近くにほのかもいる。

 

「雫さんに、ほのかさん。どうかしたかな?」

 

「一緒にお昼、どうですか?」

 

 質問の回答はほのかが引き継ぎ、ご同伴の提案をしてきた。

 

「ああ、その。お誘いは嬉しいんだが……」

 

 彼女たちの笑顔の提案は男冥利に尽きるというか、決して嫌なわけではない。だが、周りを目線で探るだけでも殺気めいたオーラを醸し出している者が数名映る。理由は単純。両手に花を嫉妬しない男子はいない。おまけに俺は、このクラス内で唯一深雪と仲がいい男子である。負のオーラを向けられるという、直接的間接的被害は受けなくても、精神的な被害は受けるわけだ。

 

「すまないが、お断りさせてもらうよ」

 

「そう……」「そうですか……」

 

 彼女たちの悲しげな表情は非常に心にくる。

 

「それで、何か聞きたいことでもあるのかな?」

 

 彼女らがすぐに立ち去らないところを見て、何か用事があるのかと促す。

 

「十六夜さんはどこかのクラブに入るの?深雪は生徒会に専念するって言ってたけど」

 

「俺の方も風紀委員に専念するつもりだよ。特別選任枠で入ったし、四葉の名もあるわけだからな」

 

 そんな尤もらしいことを理由に述べるが、実際のところはクラブ活動というモノに魅力を感じないため、それを避けるための言い訳である。前世からだが、集団行動は苦手なのだ。

 

「そう、大変そうだね」

 

 雫は「四葉の名」に反応したのか、こちらの責任を憂慮してくれたようだ。

 

「力には責任が伴う。地位もまた然り。むしろ、責任を背負える分だけの力と地位があることは喜ばしい事なんだよ。無力ほど、悲しいモノはないさ……」

 

 俺は己の手を見ていた。前世の何の力も持たなかったその手を思い出していた。面影はない。既にこの身は数度の書き換えで前とは全く違う遺伝子により形成されている。だが俺には、リライトで得た超人であり四葉である遺伝子が、虚飾にしか見えなかった。

 

「……」「……」

 

「すまない、変な話をしてしまったな。俺は中庭の方に居るから、何かあったら声をかけてくれ」

 

 彼女たちの前ですることではないと、すぐにその場を脱する。教室の扉を閉めるまで、俺は彼女らの視線を感じていた。

 

◇◇◇

 

 放課後。達也とともに風紀委員会本部に向かえば、森崎と目が合い、彼は目を見開く。

 

「何故お前らが!」

 

「そう叫ばないでくれ。というか、君と俺はいちおう同じクラスなんだから、俺が特別選任枠で選ばれた話くらいは耳にしていてもいいんじゃないか?ちなみに、達也の方は生徒会選任枠だから、文句は俺の方も含めて生徒会にお願いするよ」

 

 さすがに風紀委員の先輩方から怒られるのはかわいそうだと思って、俺の方から即座に答えた。とても不服そうでまた何か叫ぼうとしたところ、摩利に睨まれて大人しくなった。それから新入部員勧誘週間における風紀委員の活動を説明される。先輩方は先に巡回に出るが、新参の俺含む一年生は前準備の指導を賜る。それらが終わり、達也が風紀委員の備品の持ち出し許可を取ったり、森崎から俺も達也も因縁つけられたりでようやく巡回開始となる。

 

「じゃあ達也。また後でな」

 

「ああ」

 

 達也とそういって別れた。別れた後に、俺はこの後の騒動を思い出した。が、発生場所は分かっているので後で駆けつければ問題ないかと考えた。俺は巡回で時間を潰す。

 

◇◇◇

 

 端的に言う。時間を潰し過ぎた。そろそろだろうかと第二小体育館、通称「闘技場」に向かってみれば、強力なサイオン波を知覚し、既に達也が桐原(きりはら)武明(たけあき)を抑え込んでいた。いや、よく考えれば頃合いだったかもしれない。

 

「ウィードの一年ごときが!」

 

 おそらく剣術部の人間がそう発し、それを合図に剣術部員が構えるのが見えた。一人が突っ込むのを皮切りに達也へと切りかかろうとする。俺は真っ白な拳銃形特化型CAD・シルバーアーティラリー・アラヤの引き金をホルスターに入れたまま引き、ある魔法を発動する。『マイセルフ・マリオネット』という自身の体を移動させる移動系魔法『セルフ・マリオネット』を俺用に最適化した魔法によって、人垣を飛び越えた()()()()()()。その実、超人技能で飛び越えただけで、『マイセルフ・マリオネット』はそれを誤魔化すだけの、ほとんど効果のない魔法だ。

 

「ぐえっ」「ぐふっ」

 

 俺は着地台として丁度いいところに居た剣術部二人を踏み潰す。

 

「達也、加勢する」

 

「助かる」

 

 短く言葉を交わしてはお互い剣術部の方へと視線を移す。切り込んでくる者に対して、ある者は床に投げてたたきつけ、ある者は鳩尾へ拳をねじ込み、ある者は顎を捉え気絶させる。俺と達也は淡々と処理していった。

 

◇◇◇

 

 騒ぎが収まった後、達也とともに部活連本部で三巨頭に剣道部と剣術部の騒動を報告し終え、各々の帰路につく。達也が加勢のお礼に夕食を奢ると提案してきたが、仕事をしたまでだと突っぱねた。俺は一人で校門を過ぎようとする。

 

「十六夜さん」

 

 雫とほのかが校門のところに立っていた。

 

「どうしたんだ、二人とも」

 

 日は沈み始めている。部活のない学生が帰るには少し遅い時間だった。

 

「入るクラブを決めて、さっきまで見学してた」

 

 雫は何食わぬ顔でそう述べるが、見学だけならもう帰っていてもおかしくはない。誰かを待っていたのだろうか。

 

「そうか。とりあえず、駅まで送ろうか。話なら歩きながらしよう」

 

「うん」「はい」

 

 二人の承諾を得て、歩き出す。結局彼女らがこの時間まで居た理由は分からないが、雫を取り込めたクラブが張り切って活動を延ばしてしまったのかもしれない。

 

「何のクラブに入ったんだ?」

 

「SSボード・バイアスロン部」

 

「……そのクラブって、たしかOGが騒ぎを起こしたって摩利さんが言ってたような」

 

「あはははは……」

 

 他愛もない会話が続く。平和な時間が過ぎていく。

 

◇◇◇

 

2095年4月21日

 

 昼休み。俺は風紀委員会本部にて活動記録をまとめていた。月に一度、学校に提出するそれは先輩方も個々の活動報告は記してくれているが、誰もしっかりまとめようとはしていなかった。今までどうしていたのか摩利に聞いてみれば、提出期日数日前に摩利が誰かに押し付けるのだという。本来は委員長の仕事ではないのか、という疑問は心の中に留めておくことにした。

 そこで、昼休みに適当な用事が欲しかった俺はその仕事を買って出ることにした。何故用事が欲しいかというと、雫からの昼食の誘いを断る正当な理由が欲しかったからだ。先々週辺りから俺は度々雫から昼食のお誘いを受けていた。何度も言うようだが彼女と居ることが嫌なわけではない。前にも述べたように周りの視線が精神衛生上良くないのと、青春による幸福感が時々怖くなるのだ。自身は幸せになっていいような人間じゃないと、罪の意識が幸せに拒絶反応を起こす時がある。だからと言って、断る時の彼女の悲しげな表情もまた罪の意識を芽吹かせる。なので、風紀委員の仕事があるといえば俺の罪の意識も薄れるし、彼女も仕方ないと思えるだろう。それでも結局、この手が使えるのは精神的にも仕事量的にも週に一度くらいだが。

 

「十六夜くん?」

 

「真由美さん?」

 

 生徒会室と風紀委員会本部の直通階段から真由美が現れた。

 

「少しお話したいことがあって。時間あるかしら?」

 

「ええ、食事も仕事も終えているので」

 

 テーブルに置いてあるまとめ終わったデータの入った端末をどかし、対面のソファーに誘う。

 

「ありがとう。それで、話の内容なのだけれども……」

 

 彼女は歯切れ悪く言葉を切り、躊躇する。話し辛い事なのだろうか。思い当たる話と言えばないこともないが。

 

「もしかして、『エガリテ』についてですか?」

 

「!ええ、それに関する話です」

 

 俺が引き出したワードに驚きはしたものの、それで話す決心がついたようだ。

 

「新入部員勧誘週間で、度々達也くんが嫌がらせを受けていたじゃない?」

 

「はい、俺もそれの抑止のために達也とペアで何回か巡回しましたから」

 

 件の週間で初めて達也の嫌がらせを確認してから、俺はペアを組むことで抑えられないかと試したことがあった。いちおう、俺が傍にいるときには嫌がらせは起きなかったが、結局俺がついていない時や手が塞がっている時は起きていた。

 

「いくつか目撃情報が聞けてね。その嫌がらせをしていた生徒は赤と青の線で縁取られたリストバンドをしていたって言うの」

 

「エガリテの証ですね」

 

 反魔法国際政治団体である『ブランシュ』の下部組織『エガリテ』はその人員の証としてそのリストバンドを着用しているという話だ。

 

「そうなのだけど。どうして反魔法国際政治団体が達也くんにちょっかいをかけているのか、十六夜くんは何か思い当たることはあるかしら?」

 

 なるほどと思い至る。彼女にとって司波達也とは割と不審人物なのである。入試筆記で高得点を叩きだしたりしてみれば、一科生でも屈指の実力者・服部を負かしたりもする。おまけに剣術部員を俺が加勢したといっても軒並み倒した上に、魔法否定派に送り込まれた刺客という馬鹿げた噂も流れている。エガリテとの何らかの関係を考えてしまうのも仕方ないだろう。

 

「おそらく、達也の魔法無効技術が狙いなのではないかと」

 

「魔法無効技術?」

 

「達也自身が見つけた技術ですから、俺からは詳細を述べられませんが。達也のように起動式を読み解く力がなければ、ほぼ実用性のない技術ですよ」

 

 あくまで俺は『術式解体(グラム・デモリッション)』ではなく『キャスト・ジャミング擬き』を示唆する。

 

「その技術を確かめるために、ということかしら」

 

「俺が思い当たるのはそれくらいしか」

 

 それを聞いて真由美は少し晴れやかな顔をした。この学校で深雪を除いて一番達也と親しい俺からの意見がそれしかないことに、達也への疑念が多少解けたのかもしれない。

 

「話してくれてありがとう。それにしても、十六夜くんは達也くんのこと詳しいようだけど、いつからの知り合いなのかしら?」

 

「彼とは、そうですね。3ヵ月ほど前から、でしょうか。俺専用のCADを作る際、FLTに発注して支社に向かった時にたまたま会いまして」

 

 俺のCADは全て、トーラス・シルバーに制作を依頼したシルバーモデルだった。シルバーブレイドの注文をした時はトーラス・シルバーの正体である達也も牛山(うしやま)も喜々として制作に取り組んでくれたのを覚えている。

 

「FLTってフォア・リーブス・テクノロジーのことよね。どうしてそこの支社に達也くんが?」

 

「実は彼の父親がFLTに勤めているそうですよ」

 

 達也の父・司波龍郎(たつろう)はFLTの開発本部長である。誰も支社に勤めているとは言ってないが、嘘も言ってない。

 

「それで達也くんって魔法理論や魔法工学の知識がずば抜けているのね」

 

 真由美は達也の異常な学力の高さに合点が行ったようで柏手をうっていた。

 

「魔工技師志望のようで、FLTの仕事を度々見ていたようです。俺が行った時もそうだったらしく。それから交流を持って、深雪の方にも繋がったというわけですね」

 

 嘘の出会いを真由美へと、さも真実のように平然と語る。3ヵ月ほど前が初見というのは間違いないが、初見の場は慶春会で、FLTは2回目以降である。

 

「そうだったのね。と、そろそろ移動した方がいいわね」

 

 時間を確認すれば、昼休みの終わりが近いことを知覚する。

 

「達也くんについていろいろ聞けて良かったわ。今度は十六夜くん自身のことを聞かせてね」

 

 彼女はウィンク一つでコケティッシュな演出をする。

 

「機会があれば」

 

 出来るならば、その機会が遥か先であることを俺は願った。

 

◇◇◇

 

 放課後。授業が全て終わり、生徒が後の予定で浮足立っているところにそれは響いた。

 

〈全校生徒の皆さん!私たちは、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です!〉

 

 有志同盟の放送室占拠。俺ももちろん呼び出されて放送室前へと集まる。だが、特に俺はやることも活躍もなく、達也の策略で有志同盟の一人である壬生(みぶ)紗耶香(さやか)に扉を開けさせ、他の同盟メンバーは風紀委員の先輩方と部活連執行部が取り押さえた。その後、真由美の交渉により有志同盟とは公開討論会が開かれる運びとなった。

 

◇◇◇

 

2095年4月23日

 

 放課後。公開討論会当日。今まさにそれが開かれようとする会場には、エガリテと思しき者以外にも単純に興味がある者や純粋に現状を憂いる者も多く集まっていた。風紀委員である俺は警備として警戒しているわけだが、探している人物たちが誰一人として見つからない。

 

「達也、放送室を占拠した面子、壬生さんだけでもここに来てるのを見たか?」

 

 俺はずっと放送室で見た顔を探していたが、壬生紗耶香の姿すら確認できていない。

 

「……いや、見ていない」

 

 達也は少し目を瞑ってから答える。精霊の眼も使って確認したのだろうか。

 

「あれほどの熱意があった人達がここにいないのはおかしい。少し外の方を探してくる」

 

「ああ、分かった」

 

 達也と頷き合い、俺は会場を後にする。目的地は当然、図書館だ。

 

◇◇◇

 

 図書館の特別閲覧室前に着いたあたりで、実技棟の方から爆発音が聞こえた。ブランシュ事件が始まったようだ。俺は爆発音に動揺することなく、ここに来るだろう者達を待っていた。

 

「四葉十六夜、どうしてあなたがここに……!」

 

 待ち人・壬生紗耶香はそう待たずに訪れる。エガリテの面々とブランシュの工作員らも一緒だ。

 

「念のためですよ、壬生さん。特別閲覧室には、閲覧許可を取らなければ見れないような大切なデータがありますから」

 

 俺はもしものことを考えて特別閲覧室を見張っていたわけだ。原作知識により、ブランシュの本命がこちらであることは分かっていたが。

 

「この人数を相手できると思って―――ッ」

 

 言葉を言い終える前にブランシュの工作員をガイアの『エア・ブリット』で撃ち抜く。貫通力はないが、人を痛みで硬直させるには十分な威力だ。こちらの突然の攻撃に怯んだブランシュ工作員に急接近し、円柱状シルバーブレイドで打撃を加えて気絶させ、もちろん最初に撃った工作員にも追撃しておく。途中見せた超人技能による異常な加速は、アラヤに収めてある『自己加速術式』を偽装のためにアレンジした『我流自己加速術式』でしっかり誤魔化しておいた。

 

「はぁ……。テロリストに慈悲をかけると思ってたのか?人数差なんて、一般人が相手ならいくらでも覆るんだけどな」

 

 魔法師でも超人でもない者が束になったところで、数十人単位からじゃないとものの数ではない。俺は倒れ伏した者達を悠然と見下ろした。

 

「投降をオススメしますよ。生徒である貴方たちなら、まだ情状酌量の余地はあるでしょう」

 

 呆然と立ち尽くすエガリテメンバーは俺の言葉でようやく我に返ってきたようだ。倒れていた者達に向けていた顔をこちらに向ける。まだ壬生紗耶香だけ呆然自失の様相だった。

 

「い、一科生が!見下すんじゃねぇ!」

 

 一人の自棄が他のメンバーにも伝染する。切りかかってきた者は難なく避けて背後から打ち、魔法でこちらを狙う者はガイアのサイオン弾で無効化した後にエア・ブリットを数発撃つ。残ったのは、壬生紗耶香だけである。

 

「どうして!?どうして邪魔するの!?差別を失くそうとすることが、平等を目指すことが間違いだっていうの!?」

 

 彼女は自身の嘆きを爆発させるが、その嘆きを意に介さず、俺は彼女の吐いた一つの言葉だけに沸々と怒りを湧かせていた。

 

「平等、ね……」

 

 俺は剣道部と思しきエガリテメンバーから剥ぎ取った脇差を壬生紗耶香の足元へと転がす。

 

「!」

 

「剣を取れ、壬生紗耶香」

 

 下していたシルバーブレイドを諸手に構え、彼女へと向ける。俺の様子の変化に一瞬は怯えたが、言葉に促されて脇差を構える。殺傷を嫌ってか、刃を裏返して峰の方をこちらに向ける。

 

(平等なんて、あるわけがないんだ……)

 

 彼女の綺麗な構えを見て、そう強く思った。彼女の剣道の腕は、中学生の時ですら全国大会準優勝を得るほど優れたモノだ。そんな才能を持つ彼女が、平等を目指すなど許せるわけがなかった。剣の才能に恵まれておいて、彼女自身が不平等の塊であるのに、その彼女が平等を語ることが心底許せなかった。

 

「来い……」

 

 嬲ってやろうと思った。そのなけなしの誇りすら微塵に砕いてやろうと考えた。彼女の神から無償で授かった才能を、俺が代償を払って得た力で負かしてやろうと、俺は望んだ。彼女の技すべてを往なして、じわじわと甚振る。そんな八つ当たりの計画を立てた。

 

「やぁ!」

 

 思いを込めた彼女の一刀を、俺は刀で往なし、打ち込む。首を狙った一撃は、往なしたはずの脇差がガードに間に合っていた。ガードされた刀を弾かれ、彼女からの一刀。往なして打ち込めば、また彼女のガードが間に合う。

 

「はぁ!せい!」

 

 弾いて一刀。往なされてはガードする。弾かれて一刀。往なしてはガードされる。数度繰り返した辺りで、俺の胸に去来していたのは虚しさだった。

 

(ああ、何をやってるんだ。俺は……)

 

 彼女との打ち合いで察していた。彼女の剣が、決して才能だけのものではないことを感じていた。弾いた後の反撃も、往なされた後のガードも、体に染みついた、それだけ努力した証明だった。

 

(努力、か)

 

 俺はそれを否定できない。否定できるはずがない。前世で何度裏切られてきたか分からないそれだったが、全てを諦めるその時まで、ずっとし続けてきたものだった。

 才能があったとしても、それは種でしかない。努力をしなければ、心血を注がなければ、花咲かぬものであることを今更見せつけられた。

 

(終わらせよう……)

 

 これ以上の打ち合いは八つ当たりにもならない。俺の中に虚しさだけが募る。だからもう手を抜かず終らせようと上段に構えた時、虚しさに囚われていた俺のその隙を、彼女は見逃さなかった。

 

「やぁっ!」

 

 彼女の脇差が、俺のがら空きの胴に叩き込まれる。常人なら痛みに悶えるだろうが、残念ながら俺は超人であり、この身は痛覚のオンオフも出来る。

 

「……では」

 

「……っ」

 

 俺の刀が彼女の顎を捉える。

 

「ここまでとしよう」

 

 最後の最後まで彼女の努力を見せつけられ、最初に感じた怒りの無意味さを浮き彫りにされたような気持だった。

 

「十六夜」

 

 声の方を見れば、司波兄妹とエリカがいることに気付いた。声をかけたのは達也だった。

 

「……いつから見てたんだ?」

 

 恥ずかしさが苦い顔として滲み出る。

 

「お前が壬生先輩を気絶させる少し前からだ」

 

 あの無意味な八つ当たりを目撃されていたかと思うと、非常に首が痛いような幻覚を覚える。

 

「顔色が良くないが、大丈夫か?」

 

「少し、疲れただけだ……」

 

 自責の念ばかり積もる俺の顔色はさぞかし優れなかっただろう。

 

「それよりだ。こいつら縛り上げるのを手伝ってくれ」

 

 倒れ伏しているブランシュ工作員を足先でつつく。気絶しているだけなのでそのうち目覚める。拘留する場所もないので身動きを封じて放置するしかない。

 

「生徒の方はどうするの?」

 

「そっちは武器を取り上げておけばいいだろう。いちおう剣道部の面々だし、後のことは部活連の方に任せよう」

 

 良くも悪くも二科生であるため、CADさえ取り上げれば部活連の執行部が楽に対処できるだろう。クラブの処罰は主に部活連の管轄という事で、色々とぶん投げることにした。

 

「壬生さんは気絶してるが、多分この中で一番話が聞きやすいと思う。とりあえず保健室に運ぶか、達也」

 

「……何故俺に振る」

 

「疲れたって言ったろう?」

 

「調子はもう戻っているようだが?」

 

「私も達也君が運んであげた方がいいと思うなぁ」

 

「……はぁ」

 

 俺とエリカの挟撃にこれ以上の抵抗は時間の無駄だと思ったようで、達也は壬生紗耶香を抱え上げた。こんなくだらないやり取りで、ようやく俺の思考は切り替わった。

 

◇◇◇

 

 騒動の鎮圧後、保健室で目を覚ました壬生紗耶香の事情聴取が始まった。その中で、この事件に加担させた原因となった、摩利が壬生からの稽古の依頼を断った話に記憶の齟齬が見られた。

 

「私の誤解、だったんですね」

 

 誤解によって狂わされていたことに気付いた彼女は項垂れていた。が、彼女は全ての遺恨が解消したかのように、さっぱりした顔を上げた。

 

「ご迷惑をお掛けしました。私が話せることは、全てお話します」

 

 それから彼女は有志同盟について、エガリテやブランシュとの関係を話し始めた。ブランシュが事件を引き起こした元凶であることを聞き、達也はブランシュに打って出る意見を述べる。ブランシュ日本支部の場所もいちおうこの学校のカウンセラーである小野(おの)(はるか)から教えてもらい、戦略も立て、もうほとんど乗り込むだけの状態となった。

 

「車は、俺が用意しよう」

 

 克人が協力を申し出る。彼曰く、十師族の務めだそうだ。

 

「では、俺の方は余分な情報が出回らないよう家に頼んでみましょう。犯人の身柄は克人さんに任せても?」

 

「ああ、任された」

 

 俺も援護を申し出て、今回のいらぬ火の粉は四葉と十文字で消すことに了承し合う。克人が車の準備で保健室から出ると同時に、俺も真夜に電話しなくてはいけないので退室する。

 

〈十六夜ね、どうかしたのかしら?〉

 

「母さん、突然の電話でごめん。それで、頼みたいことがあるんだ」

 

 コールすればすぐに出る真夜に内心驚きつつも、親への礼儀は忘れない。

 

〈ブランシュの件かしら?〉

 

「お察しの通り。日本支部が一高で騒ぎを起こしてね。今から達也たちと潰してくるから情報封鎖をお願いしたいんだけど」

 

〈ええ、前から約束していたから構わないわ〉

 

 あの口約束を素直に守ってくれる真夜には頭が上がらない。上げる気はそもそもないが。

 

「ありがとう。後、ブランシュの身柄は十文字の方に任せてあるから問題ないよ」

 

〈分かったわ。では、いってらっしゃい〉

 

「はい、いってきます」

 

 これからピクニックにでも行くような気軽さで通話を終えた。

 

◇◇◇

 

 桐原武明がブランシュへの襲撃メンバー(俺・達也・深雪・レオ・エリカ・克人)に加入し、克人が用意した大型オフローダーでブランシュ日本支部拠点である廃工場へと向かう。廃工場の門扉は固く閉ざされていたが、レオの硬化魔法のおかげで車に大きな損傷無くぶち破った。外にはまだ見張りも居らず、建物内に敵が集中していることがうかがえる。

 達也の指示に従い、レオとエリカの正門退路確保組・克人と桐原武明の裏口襲撃組・俺と達也に深雪の正面突破組に別れて行動を開始した。達也とともに工場内部へと攻め込む。

 

「ようこそ、はじめまして、司波達也くん!そちらのお姫様は、妹さんの深雪くんかな?そして、四葉十六夜か」

 

 達也を待ちわびていたようで、表層にリーダーらしき男と遭遇する。俺に対する警戒心だけやたら高い。

 

「お前がリーダーか」

 

「いかにも。私がブランシュ日本支部のリーダー・(つかさ)(はじめ)だ」

 

 達也が銃器を持つ兵士にも動じず冷静に問いを投げれば、司一は芝居がかったように返す。続く言葉は勧誘だった。予想通り、エガリテからの情報で達也のキャスト・ジャミング擬きに興味があったようだ。もちろん達也が勧誘になびく気配はない。

 

「ふむ、頭の良い子供は好ましいね。だがそこまで分かっていてノコノコやってくるとは所詮、子供だ。とは言うものの、子供は強情なものでもある。全く勝ち目がないと分かっていても、大人しく言うことをきかないだろう」

 

「だったらどうする」

 

「こうするの―――!」

 

 司一が眼鏡に手をかけた瞬間に俺はアラヤの引き金を引く。我流自己加速術式を展開し、偽装した超人技能で彼我の距離を一瞬で詰め、鳩尾に殺さない程度の拳を叩き込む。

 

「がはっ」

 

「く、クソ!」

 

 リーダーが倒れ伏す姿を見て、攻撃されたことを知覚した兵士たちは銃口を俺に向けるが、達也が銃器をことごとく分解する。分解されたことに驚いている間に俺が攻撃し、事はあっけなく終わった。

 

「はぁ……。まるでナイフを手にしたチンピラだ。銃器で囲めば怖がって動かないとでも思ったのか」

 

 銃口を向けられることに対する恐怖は、少年兵時代でとっくに麻痺していた。

 

「使ってはいなかったが、アンティナイトも持っていたんだ。油断もするだろう」

 

「使ってからしてくれないかな?まぁ楽だったからいいが」

 

 拍子抜けもいいところで、俺も達也も肩をすくめる。

 

「お兄様、一という男が何やら魔法を使おうとしていたようですが」

 

「光波振動系魔法だな。おそらく、光の催眠術だろう」

 

 結局不発に終わった魔法の起動式を、達也はあの一瞬で読み取っていたようだ。起動式だけでそこまで読み取れるのは「恐ろしい」の一言に尽きる。

 

「では、壬生先輩を洗脳したのも」

 

「ああ、この男の魔法だろうな」

 

 達也の言葉を受けて、深雪は司一を冷たい目で見降ろしていた。魔法は使っていないのに、寒気を感じた。

 

◇◇◇

 

〈封鎖する情報は生徒の事件への関与、で良かったかしら?〉

 

「うん、それで合ってるよ。ありがとう。細かく伝えてなくてごめんね、母さん」

 

 自宅のヴィジホンで映し出される真夜に俺は感謝と謝罪を述べる。彼女が、細かく指定していないのに要求を察して動いてくれた事には申し訳ない気持ちだった。

 

〈いいのよ、私は十師族・四葉家の当主なのだから。未来ある魔法師のために働くのが務めよ。今回はあなたも、そして深雪や達也も動いていたことですからね〉

 

 彼女は俺の細かいミスを笑顔で許してくれた。

 

〈それに、ブランシュは四葉にとっても目の上のたんこぶ。障害の排除に協力するのは当然ね〉

 

「たんこぶなんて。虫刺されの間違いじゃないかな?」

 

 俺の軽い冗談で、共にくすっと笑う。

 

〈ブランシュ日本支部の排除、ご苦労様だったわね。疲れたでしょう?今日はもう寝なさい〉

 

「ああ、お休み。母さん」

 

〈お休み、十六夜〉

 

 別れの挨拶で通話は切れた。真っ暗になった画面を見つめ、静寂の中で今回の事を振り返る。

 

(少ないとはいえ、俺も干渉した。にしては、物語の大局はほぼ変わっていない……)

 

 俺という存在。俺の行動。『魔法科高校の劣等生』という作品において、それらはイレギュラーなはずだった。だが、俺の覚えている限りでの物語の進行に変化が見られない。

 

(干渉が少なすぎた?いや、そもそも物語の大筋がズレないのは俺にとってアドバンテージだ)

 

 未来の知識がある。もちろんそれだけで除去できる問題は多くないが、それでも回避できる危険は少なくない。なのに、不安があった。

 

(俺は、この世界にもいらないんじゃないか……?いいや、必要かどうかはどうでもいいんだ。俺はただ、罪を償っていけばいい。四葉の、真夜のために動いていればいい。達也や深雪の負担を減らし、出来る限り注目が行かないように俺が惹きつければいい。それで、いいんだ……)

 

 自身の頭で納得しても、不安が拭えない。言いようのない恐怖が自身にまとわりついていた。俺以外の気配がしない家で、俺は別に冷たくない身体を無意識に抱きしめていた。




シルバーアーティラリー・アラヤ:十六夜専用に作られたシルバーモデル。装飾のない真っ白な拳銃形特化型CAD。超人技能の偽装を目的とした『マイセルフ・マリオネット』や『我流自己加速術式』が組み込まれている。『マイセルフ・マリオネット』や『我流自己加速術式』、それぞれを登録した起動式ストレージを、ハンドガンのマガジンのように素早く交換できる機構となっている。
 因みに、最初は『ガーディアン』と名付けるつもりだったが四葉の『守護者(ガーディアン)』と被ってややこしいため、『人類の守護者』という意味の『アラヤ』と名付けた。『人類の守護者』≒『アラヤ』というイメージは彼の前世知識だが、はて何の由来だろう。(一部仕様変更)

『マイセルフ・マリオネット』:『セルフ・マリオネット』をアレンジした移動系に分類される魔法。常人ではできない超人的挙動を偽装するための魔法であり、展開速度重視のほとんど効果のない魔法である。

『我流自己加速術式』:『自己加速術式』をアレンジした魔法。超人的な身体能力を偽装するための魔法であり、展開速度重視のほとんど効果のない魔法である。(※追加捕捉)

北山雫:光井ほのかと会うまでは友人らしい友人がいなかったため、孤独だった時期があり、そんな嘗ての自分と十六夜を重ねて見ている。それ故に十六夜を孤独にさせないよう度々接触を図るが、果たして彼女をそうさせる理由は何だろうか。

『四葉』に構わず起こるブランシュ事件:十六夜の存在が公表されたのはごく最近かつ入学する学校は公表されていなかったため、長年計画されていたブランシュ事件は修正が効かなかった。それと、ブランシュ本部からの後押しもあったとか……。

※内容修正
・シルバーブレイドの仕様変更に関して(2017/12/3)
・シルバーアーティラリー・アラヤの一部仕様変更に関して(2020/07/16)

閲覧、感謝いたします。

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