覚悟のない奴は回れ右だぜ?
悪いが、こっから先は、ジ・エンドまで一方通行だからな。ほんと、情けない話だが……。
とても暖かくて、とても穏やかで、まるで春の朝日を浴びているかの如き安らぎに包まれる感覚を、十六夜は全身で味わっていた。そんなに平穏な空気だからこそ、十六夜はただ朝が来たのだと思って枕元にある携帯端末を手で探る。いつまでも手が端末に触れる事はなく、ベッドから落としたかと目を開けたのだ。視界に飛び込んでくるのが異常とも知らずに。
「……は?」
十六夜はいつものベッドではなく、何処かの草原に寝そべっていた。妙に輝きを零すその草原に違和感を抱いて上体を起こす。
草原一帯はとても明るいのに反して空は暗く、星々の輝きすら見て取れる。その空の景色の多くを占める白い星の存在も。
「あ、あれは」
月と評すには大きすぎる白い惑星。故に十六夜はその惑星を月と判断せず、直感的に、いや、『Rewrite』の知識的にその惑星が何であるか分かってしまった。
「地球、なのか……」
今でも鮮明に覚えているゲーム画面。生命が抜け落ちたように不毛の惑星となった地球が描かれたイラストを思い出す。二次元のイラストと三次元の光景では見え方に差異があるものの、十六夜にはあまりにも酷似して見えた。
「じゃあ、ここはまさか!」
漂白された大きな惑星が地球だと言うなら、それを眺めている十六夜が居る場所は何処なのか。分かっている。分かっているのに十六夜は確かめずには居られなかった。だから、
淡く輝く草花、大地に埋め込まれたようにある材質不明の板。
そして、
「あ、ああ……。ああああああああああああああああああ!」
十六夜がその少女を知らぬはずがない。二度目の生に与えられた力が如何なるモノか覚えているならば、ある意味対極にある彼女を忘れる訳がない。
『月の篝』
だから叫んでしまった。彼女が居るという事はどういう事か、十六夜は分かっているから。
星の意思たる彼女が居るという事は、星が人類を裁定しているという事。その裁定が悪に傾けば、人類は篝に滅ぼされてしまうという事。
「許してくれ許してくれ許してくれ許してくれ許してくれっ!」
自身に与えられた力がリライト能力であると理解しているなら、彼女の実在は予想して然るべきである。
だと言うのに十六夜は、みすみすその可能性を見逃し、見過ごし、見ないフリをしていた。リライト能力を持つ者の務め、リライターの役割を都合よく思い出さないようにしていた。
「そうだ……、リライターの役割……」
リライターの役割とはつまり、人類を存続させる事。ならば、目の前に人類を滅ぼしかねない存在が居て、リライターは何をしなければいけないか。
「『篝』を殺さn――……グフッ」
『月の篝』を殺す。もちろんその役割は容易いものではない。彼女が星の用意した存在なのだから、その防衛機構はしっかりと備えられている。それは、敵意に対して半自動的に反応する鋭利なリボン。今まさに、
「待って、待ってくれ……。俺は、俺はリライターの、役割を……」
ここで『月の篝』を殺さなければ、次いつこの場所に来られるか。十六夜には、二度目があるとは思えなかった。
『月の篝』が居る場所は真の世界の月。十六夜や達也たちが居た場所は所詮この月でシミュレートされただけの偽りの世界に過ぎず、その世界からしてみればこの場所は上位世界と言えるだろう。
そんな上位世界に、十六夜はもう一度至れる自信などなく、闇に染まっていく意識と力が抜けていく体で必死に踏み止まって手を伸ばす。
その抵抗は虚しく、意識を彼の首ごとリボンに刈り取られたのだった。
△▽△
「……」
十六夜は、目を覚ましていた。
パラサイト憑依者と戦ったあの日から2日すぎた今日。何処かの病室だろうと分かるその場で目を覚まし、ベッドの上で上体だけ起こし、自身の腕を見つめていた。リライト能力によって逞しい物になっているその腕を、何よりも自身がリライターである証明を。
「……遊んでる暇なんて、なかったんだな」
この世界に篝が、人類を裁定する星の使者がいる。ならば、その反存在とも呼べるリライターの役割は、初めから決まっている。
篝を殺す事だ。
その役職を、その役割を、十六夜は今、認識した。
「……俺の贖罪は、雫を守る事じゃなかったんだな」
役割が決まっていた。自身が贖罪するための方法は決まっていた。その事に、何の反発心も抱かない。
ただ、雫を守る事が自身の贖罪ではなかった事に、寂寥感を抱いていた。
十六夜は願わくば、雫を守る事が贖罪であって欲しかったのだ。
でも、それは贖罪にならないと理解した。自身の役割を認識した。
なら、その役割を全うしなくてはならない。
十六夜は左腕に刺さっていた点滴を引き抜く。同時に十六夜は、いや、
もうその仮面は、必要ないと思ったからだ。
点滴、医療器具が意図せず外れた事により、病院側が備えていた異常を伝えるブザーがなる。
そのけたたましい音を気にせず、十六夜は窓を開き、その窓枠に足をかけた。そんな彼の耳に、ブザーにかき消されそうになりながらも、聞こえてきた足音がある。
超人である十六夜には、その聞き慣れた足音が誰のモノであるか特定できた。
「貴方!」
そう。病室の扉を思い切り開け放った雫のモノであった。
雫は丁度お見舞いに来ており、鳴るブザーを聞き、そうして直感したのだ。彼が、何処かに行ってしまうと。
「……」
「……何処へ、行くつもりなの?」
「……、ちょっと人類を救いに?」
無表情だった彼は、雫との問答のために、また『北山十六夜』を被る。
「……貴方がそんな危険な事、する必要はないよ」
「いいや、あるね。俺の役割だ。果たさないと、怖くて夜も眠れない」
「……」
あの日を、彼が意識を失ったあの夜を焼き直すようなやり取りに、雫は涙を滲ませる。『ああ、彼にはもう、私との新たな思い出を作る気はないのだ』と。
「……ねぇ、そんな役割なんて忘れて、ずっと私の傍に居てよ。……私の事だけ、守ってよ」
雫は涙を溢れさせていた。彼の目に、自身はもう映っていない。それが何よりも悲しくて、涙が止まらなかった。私を見てほしかったのに。私だけを見ていてほしかったのに。
「……ごめんな、雫。……さよならだ、北山雫」
彼はそんな雫の懇願を聞かず、『北山十六夜』の仮面を捨てて、窓から飛び立った。
「待ってっ、待ってよ!駄目だって言うなら、せめて連れて行ってよ!」
彼が飛び立った窓から、雫は手を伸ばす。でも、届かない。彼は、引力に縛られないから。1人で空の彼方まで行けてしまうから。雫など、必要ないから。
彼は、雫の言葉を聞き届けず、空へと飛び去った。
「あな、た……」
雫はただ、泣き崩れ、へたり込む事しかできなかった。
この日、北山十六夜は失踪した。
△▽△
時は流れゆく。1人が表舞台から降りたはずなのに、舞台はまるでそんな人物が居なかったかのように、要らなかったかのように進んでいく。本来描かれる舞台とは確かに差異があった。しかし、それもその1人が降りて直ぐの間だけ。大筋はもとより合っていた舞台だ。舞台は、原作に沿って描かれていく。
ただ、確かな傷跡を幾人かに残して。いくつかのサブストーリーと、ありふれたバッドエンディングを生み出して。
彼の姿は、長く見つからなかった。
それもそうだろう。彼は、『四葉十六夜』ではなく、『北山十六夜』だったのだ。彼を本気で捜索しているのは、北山家しかいない。当然の話、あまり交流がなかった四葉・七草・十文字は動いていない。
彼の友人らだった達也一団も動かない。いや、捜索する手がない、と言うのが正しいだろう。
彼が所属していた国防軍の方でも、既に免職処分となっており、第101旅団の面々すらも捜索に動いていない。
彼を『英雄』として貴重な戦力と見ていた東道青波でさえ、『英雄が巡礼の旅に出た』と、行方を追う事はなかった。
北山家だけが彼を追っていた。捜索して1年で見つかった痕跡は、失踪直後の衣服を購入したマネーカードの履歴と、銀行からごっそり現金を下ろした通帳の履歴だけだった。
△▽△
『北山十六夜失踪事件』から数年が経った。世間からは当然、彼の友人たちの記憶からも薄れていった。皆それぞれ、北山十六夜との記憶とは折り合いをつけ、それぞれ自分の道を歩んでいた。そんな中、雫だけは彼を忘れぬよう、彼を強く思い、彼の姿を探し求めた。
そんな彼女含む北山家の下に、ある情報が届く。
大亜連合国土で暴れているテロリスト集団『
そして、その
以上の2つだ。
北山家はもちろん彼の面影を追って動き出したし、テロリストの密入国とあって、警察機関も国防軍も動き出した。国防軍で特に積極的に動いていたのは第101旅団独立魔装大隊だ。ただ、感傷故にではない。彼の危険性を知るが故に、だ。
とかく。そうして真面な調査能力のある集団も彼の捜索に動き出したため、彼の足取りを掴む事ができた。
彼は、とある団体を標的に動いていた。とある、環境保護団体を。
足取りを掴んだ警察も独立魔装大隊も北山家も、すぐにその環境保護団体が構える本拠地に向かった。
でも、彼らは遅かったのだ。
その場所では、すでに戦闘が起こっていた。
恐竜や始祖鳥などの古代生物に似た化物が暴れまわり、あり得ない膂力を持つ人間が化物を殲滅せんと対峙していた。
そう。その環境保護団体は『魔物使い』たちの隠れ蓑だった。
警察や独立魔装大隊はその事を知らず、また、現場に居合わせても理解が追い付かず、ただただ広がる戦火から市民を逃そうと避難誘導をした。
「……いったい、何がどうして。……貴方は、何がどうして」
雫も、現場に居合わせながら、その戦火に驚愕し、遠巻きに傍観するしかできなかった。
戦いはまだ、続いている。
それで、
「貴様、『先駆者』か!」
「……なるほど、貴方は私の後継でしたか」
「貴様は、リライターの使命が分かっていないのか!」
「……やはり私の後継だけあって、私より優秀という事ですか。私なんぞでは、使命を理解する領域にも至れませんでしたよ」
怒りをぶつけるように、
ただそれも、人間型の魔物によって、即座に冷却される。単純な分子振動系魔法による分子振動減速で、だ。
「ふざけるのも大概にしろ!貴様はこの集団の目論見に、人類滅亡に加担するつもりか!」
「人類になど、最早興味はないのです。私の興味関心は、『聖女』の行く末にある」
「その行く末が人類滅亡でも良いと!?」
「『聖女』が、彼女が解放されるなら」
意思がぶつかり合う。リライターとしての使命を果たして贖罪を終えたいというエゴと、人類を滅亡させてでも『聖女』を解放したいというエゴがぶつかり合う。
ただ、両者共に熱はなかった。両者共に強迫観念で動いていた。
お互い、そうしなければならないという意思だけで動いていた。
そして、お互い、最早死ぬ事でしか止まれない哀れな亡霊だ。
ならばこそ、戦いはどちらかが死ぬまで続く。
ぶつけ合うだけで空気が震える程の拳を両者が振るい、戦術級・戦略級の魔法を両者が放ち、打ち消し合う。
誰も踏み入る事ができない戦いが繰り広げられている。
もちろん、両者共にただでは済まない。
拳をぶつけ合う度に、腕がひしゃげる。腕がひしゃげる度に、
魔法を放つ度に、それを打ち消す度に、魔法演算領域を酷使する。酷使して魔法力を失う度に、
傍からすれば、いつまでも続くかに思える戦いだった。それ程までに異常な領域で、両者は拮抗していた。
当然、その戦いが永遠に続く事はない。両者は
ならば、どちらが先に膝を屈するか、明白だろう。
答えは、人間型の魔物の方だ。
最後にぶつけ合った拳。そうしてまたひしゃげた腕を、
「……おや。……そうですか。……私の使役者が、全員死にましたか」
人間型の魔物は倒れ伏し、徐々に元の死体へと戻っていく。ただの『先駆者』の死体へと。
「……すま、ない、……すみ、れ。……また、さき、に―――」
『先駆者』はここにいない誰かへ別れを告げようとしていた。ただ、告げ終える前に、『先駆者』は物言わぬ死体となった。
それを見届け、
「……
「ここに」
消え入りそうな声で
「すぐに医療班の下へ」
「……無駄だ、使い切った」
自身を担ごうとする周妃を、
「……それより、状況報告を」
「……、はっ!畏まりました」
周妃は瞳を潤ませるも涙を堪え、
「『魔物使い』たちは殲滅し、『聖女』は確保に成功しました。魔物の使役も断ち切り、自傷できそうな物も全て取り上げております」
「……『篝』は、居たか」
「……それらしい存在を発見し、即座に殺処分しました」
「……そうか。……良かった」
周妃の報告を受け、
ただ、安堵感で眠るには少し早い。
「……周妃。……次の、リライターを、探せ。……俺には、人類の解放までは、できない。……そいつに、託す」
「……畏まりました、
「たのん、だ……」
最後の命令を言い終え、涙を堪えきれなった周妃に見送られながら、
そんな
「貴方!」
その者とは、雫だ。戦いの終局を誰よりも感じ取り、国防軍や警官が敷く包囲網も飛び越え、
「貴様、
「良い、周妃……。彼女には、その、権利が、ある……。俺には、それを、聞き届ける、義務が、ある……」
「……そう、ですか。……出過ぎた真似をしました」
周妃は雫が
「貴方……!どうして……」
雫は今にも消え入りそうな彼の姿を見て、彼の前で泣き崩れる。彼が失踪したあの日と同じように。
「恨み言を、言う前に、謝罪を、聞いてほしい……。北山雫、すまなかった……。ずいぶんと、君を、たぶらかして、しまった……。本当に、すまなかった……」
「……っ、『すまなかった』じゃない!『たぶらかした』って言うなら、最期までたぶらかせ!最期くらい愛したフリをしろ!どうして……、どうしてっ!……どうして、ずっと愛させて、くれないの」
ずっと愛していたかった。ずっと隣にいてほしかった。なんだったら自分より後に死んでほしかった。
そうして、自分が生きている限りずっと、愛を受け止めてほしかった。
この愛が、無駄になってほしくなかった。
雫は涙する。彼が死ねば、これまで彼に愛を注いだ時間は無駄になると思ったから。これから彼を愛する時間が無駄になると思ったから。
でも、その愛は本当に無駄になるのだろうか。いや、無駄になるはずがない。
何せ、その愛が――
「『愛させてくれないの』、か……。そりゃ、こっちの台詞だよ、雫……」
――彼の仮面を、全て打ち砕いたのだから。
「あな、た……?」
「言ってたじゃ、ないか……。お前は、好きな『キャラクター』だ、て……」
彼は、『●●』は、微睡みながら、まさしく夢心地で本音を打ち明けていく。
「贖罪とか、使命とか、そんなのがなかったら……。俺は、君を1人の『人間』として、愛したかったんだ……。そんなのがなければ、雫、を、『人間』として、愛せたと、思うんだ……」
『●●』の本心は、とっくの昔に雫の愛に絆されていた。
それはそうだ。紙の上の文字、時折姿が描かれる挿絵。それらだけで好きになった『キャラクター』だ。そんな相手が自身の五感を通じて触れ合ってきて、『愛してる』なんて言ってきたら、そりゃ『人間』として好きになるだろう。
「でも……、ごめんな……っ、雫……!この世界線じゃ、
だから、『●●』は本気で泣いた。
『庭の文明』では、シュミレーションされた世界では、『●●』はリライターとして使命を果たさねばならない。雫を愛する事は許されていない。
「だから、雫……っ!お願いだ……。■して、くれ……っ!」
「っ!」
『●●』が雫へ向かって伸ばしていた手を、雫は咄嗟に包み込んだ。手に取った端から砂になっていくが、雫はその砂を包み込んだ。
だってようやく、『●●』から手を握ろうとしてくれたから。『●●』から自身を頼ってくれたから。
だから、思いを受け取ろうとした。例えその言葉が聞き取れなくても、思いは受け取れると、雫は信じた。
「絶対……、絶対っ、やり遂げるから……!貴方の願い、叶えてみせるから……!」
「ありが、とう……。それと、ごめん……。恨み言、を、聞く時間は、ない、みたいだ……」
雫が思いを受け止めてくれたと確信した『●●』。彼の目蓋が、自然と降りていった。体も、大部分が砂になっている。
「聞かなくて良いから、最期に、名前だけ聞かせて」
本当に最期、後生の頼みで、雫はそれだけ『●●』に教えてほしかった。後生なのは『●●』だが。いつまでも『貴方』呼びでは味気ないし、『十六夜』呼びでは意味がない。
「……分かった。……俺の、本当の名前は……―――」
でも、『●●』は、間に合わなかった。『●●』の体は、全て砂となり果てた。
「……っ!……ずっと、ずっと!貴方を愛しています……!私が死んでも、私が何度生まれ変わってもっ……、ずっと、ずっとっ、貴方を愛しています!」
雫は『●●』の手だった砂を抱きしめ、『●●』の体だった砂山に、涙の雫を降らせるのだった。