26 流行は一季節持たないが、時々一周回ってくる
横浜で起こった大亜軍の侵略・『横浜事変』と、大亜連の軍港が消滅した事件・『灼熱のハロウィン』。それらの出来事はすでに1カ月前の出来事となり果てた。
それらの出来事の直前は慌ただしかったが、軍港消滅事件により、大亜連が日本侵攻に用意していた戦力が軒並み吹き飛んだため、大亜連は大人しくなっていた。大亜連も日本も講和条約に動き出しているという噂が流れており、事実12月上旬には講和条約が締結される予定である。
そういう事実に付随し、横浜は復興に忙しいながらも、日本全体は横浜事変以前の平穏を取り戻しつつある。各国が睨み合っているこの状況を『平穏』と称するのが正しいかは、中々議論の余地があるだろうが。
とかく。日本全体は平穏だったのだ。
そんな中、とある一家に不穏な話が寄越されていた。
「雫にUSNAとの交換留学の話が来ている」
家族が食卓を囲む中、家長である潮が告げたその一言に、紅音、雫、航、十六夜、彼彼女ら全員が表情を曇らせる。無論、告げていた潮も同じくだ。
魔法師が国外に出る事、旅行すら固く禁じられている情勢。それで留学が許されるというのは、本来喜ばしい事だろう。
ただ、北山家は特殊な事情を抱えているのだ。
「潮さん、その話は断るべきです。USNAは友好国ですが、このタイミングで留学の話を持ち出すなんて、裏しかないでしょう。特に、非公式戦略魔法師が引き取られている北山に話を持ってくるのなんて、あからさますぎるくらいだ」
そう。十六夜自身がそう意見した通り、北山家には十六夜という非公式戦略魔法師がいるのだ。
非公式というだけあって、十六夜の戦略魔法師である事は確かに公表されていない。でも、横浜事変当時、『アビス』の公式な使用者である
それに、揚陸艦を上空に浮かせた魔法も戦略級と報じるニュース番組・ニュースサイトは多かった。上空に浮かせてから落下させる魔法と推測されたため、ド直球に『スカイ・フォール』と命名されたのが広まっている。
さらに、十六夜は超越した加速系魔法を日本全土に放映される九校戦で見せてしまっている。あくまで日本だけに限定されている放映とはいえ、その映像を入手する事は容易だろう。
つまり、十六夜はUSNAから『アビス』か『スカイ・フォール』か、あるいは両方の使用者として疑われている可能性が高いのである。
「僕もそう考えていたところだ。だから、この話は断るつもりだよ。雫には悪いけどね」
潮も十六夜と近い結論に至っているため、雫の意思も聞かずに留学を拒否していた。
「申し訳ない。俺があんなに暴れさえしなければ……」
「貴方のせいじゃない。お父さんも謝る必要はないよ。どっちも、私の事を想って、でしょ?」
横浜事変をさっさと終息させるためとはいえ、十六夜はやり過ぎたと後になって反省している。ただ、雫は十六夜の考えが分かっているし、同じく父の考えも分かっていた。なので、彼らの一方的な行動を咎めたりしない。そもそも、自身が自衛できなかった事が悪いし、自身も留学なんてする気はなかったのだしと、咎める要素がなかったのだ。
「ありがとう、雫。……それで、しばらくは、少なくともその留学生が来訪している期間は、皆さんに警戒してほしいんです。身辺警護を厳重にした方が良いし、護衛は絶対傍に置いた方が良い。雫も、しばらくは俺からあまり離れるな」
「分かった。寝る時も離れない。お風呂も一緒が良い?」
「違う、そうじゃない」
張りつめていた空気は、雫のその一言で瓦解する。
こうして北山一家は十六夜を責める事なんて一切せず、警戒心を強めながらも日常に戻っていくのだった。
◇◇◇
達也一団で集まって期末試験の対策をしたり、そうして期末試験を乗り切ったり、クリスマス・パーティーをしたりで過ぎていく日々。その辺りで第一高校内でも交換留学の話が持ち上がり、1年A組の女子1人が交換留学するという話が広がった。もちろん、その女子とは雫ではないし、ほのかでも深雪でもない。達也一団が揃って交流のない女子生徒だった。
それで、達也一団で談笑の話題としてその交換留学について話し合った。もちろん、表では雫が留学生候補だった事で盛り上がり、さりげなく雫が『十六夜が付いて来れないから断った』と嘘の癖に不思議と本気に聞こえる理由を話したり。達也と十六夜の間では『非公式戦略級魔法師を探りに来ていているから警戒しろ』とお互い言い合ったり。そんな日常の中にひっそり非日常を差し込みつつも、学生生活を謳歌していく。
そうして時は流れて年を越し、元旦となる。
達也一団は皆集まって初詣にいく約束をしており、皆が集合場所、初詣する予定の
2人はそれぞれ『第一高生徒が問題を起こさないかの見張り役』、『師弟のよしみで初詣の軽いインストラクター』と己の素性を語っていた。実際は達也、それに十六夜という非公式戦略魔法師を監視しに来ているのだが。遥は警察省公安庁の秘密捜査官として、八雲は東道の指示により、である。
しかし、2人とも本当に監視だけに留めるようで若者たちの邪魔をせず、ただ引率のように達也一団と共に動くだけだった。初詣は滞りなく行われる。
ただ、お参りを済ませたところで、達也、そして十六夜は視線を感じた。深雪の麗しい美貌に惹かれた訳でも、十六夜の奇妙な容貌に攫われた訳でもない、その視線を。
「……司波君、北山君。心当たりはあるかしら」
秘密捜査官だけあって、遥もその視線に気付いていたようだ。その視線が向けられている達也と十六夜に、そう小さく呟く。
「ありません」
「……ないっす」
達也も十六夜も、視線の発生源、こちらをチラチラと窺い見る金髪碧眼の少女を一瞬だけ視界に入れてから、面識がない少女である事を認識した。
ただ、十六夜の方は面識こそないが原作知識はあるので、少しどう答えるか迷ったので返答が遅れた。
そう。こちらを窺い見る金髪碧眼の少女とは、アンジェリーナ=クドウ=シールズなのだ。彼女が時代遅れなファッションをしているというのも、十六夜の返答が遅れた一因かもしれない。『いや、その服装は潜入捜査に微塵もむかんやろ。マジでポンコツやな』と。
「異人さんには達也君たちの格好が珍しいのかねぇ」
遥たちと同様、視線に気付いていた八雲は、まるではぐらかすような物言いをしていた。
確かに達也と十六夜は
ただ、そのおかしな話で十六夜はとある閃きをする。
いっその事、ここでリーナ*1と面識を持ってしまおうと。
「もしかしたら、九校戦で目立った俺のファンになった子かもしれん!俺、ちょっとサイン上げてくるっす!」
テキトーな理由をでっち上げ、十六夜は一直線にリーナの下へ駆けていく。視線に気付いていた者たちは度肝を抜かれて唖然としているし、気付いていなかった者たちは十六夜の突然な奇行に呆然としている。
ちなみに、リーナは十六夜があからさまにこちらへ向かってくる事に慌てふためいていた。逃げたら監視していた事がバレるかもと、逃げる事もできずにただその場でアタフタ。アタフタしている時点で監視していたのを明かすようなものだし、そもそも視線に気付かれているのだが。
リーナがそんなアタフタしている内に、十六夜がリーナの目の前まで至った。
何を言われるのか、監視に気付いて捕まえに来たのか。リーナは色々予想して身構えるが、十六夜はその予想を軽々飛び越える。
「
まさかの小学英語の教科書に載ってそうな挨拶をかましたのだ。
「え、あ、
「……ぷ、あはははは!」
その挨拶が予想外過ぎて、リーナは思わず似たように小学英語の教科書に載ってそうな返答をした。絶賛彼女のお目目はグルグルで、これには十六夜も大爆笑である。
「……十六夜?……何やってるの?」
そんなやり取りをしている十六夜とリーナの下へ、唖然・呆然から復帰した達也一団が集まる。雫は懐疑の目で十六夜を見ていた、奇行に対するそれと浮気疑惑に対するそれを合わせて。
「いや、違うんだ、雫。間違ってもナンパじゃないぞ?これは」
「じゃあ、その子は知人?」
「え、いや、わ、私は―――」
「こっちをチラチラ見てたから、俺のファンかなと思って」
「そう!ワタシはイザヨイ・キタヤマのファンなの!」
十六夜とリーナの関係性を問われ、返事に窮していたリーナ。彼女は十六夜の『ファン』発言にこれ幸いと乗っかかった。お目目はまだグルグルしている。
「マジで俺のファンだったのか。まぁ、九校戦では目立ったからなぁ、俺」
「そうなの!九校戦の映像を見てファンになって、それで会いに行けると思って交換留学の話を受けたの!」
「交換留学って、もしかして第一高への留学生さん?」
勢い余って交換留学の事を零すリーナ。それを見事にほのかに拾われた。
「え、ええ。こちらの
「へぇ、第一高の留学生か。こんな所で出くわすとはな」
「……ちょっと来日が早くない?こっちからはまだ行ってないわよね?」
「わ、ワタシは、ほら、日本の親戚に挨拶しなくちゃいけなかったから」
レオは暢気で気付かなかった違和感をエリカが指摘すれば、リーナはその場凌ぎの嘘を吐く。ただ、日本に親戚がいるというのだけは本当だ。
「日本に親戚の方がいらっしゃるんですね」
「クドウにね。私もクドウの血が入ってるから」
「クドウって、まさか十師族の九島!?」
「え、ええ。そのクドウで合ってるはずよ。確か、ワタシの祖父がレツ・クドウの弟君だったはずよ?」
「なるほど。とすると、九島
美月の純粋な感心と幹比古の純粋な驚愕によって口を軽くしてしまうリーナ。そうして色々と漏らした情報を、達也が余す事なく耳にしていく。
「そいえば、まだ名前を聞いてなかったな。名前を聞く時は自身がまず名乗るもんだから、一応名乗るが。俺は北山十六夜だ。この一団にもう1人北山がいるから、俺の事は十六夜で良いぜ?あ、発音しづらかったら適当な
「私が十六夜の言ってたもう1人の北山、北山雫です。私も雫で良いよ。十六夜と同じく、適当なニックネーム付けても良し」
「俺は既にニックネーム持ちの西城レオンハルトだ。ニックネームはレオだぜ?ドイツ語圏っぽい名前だが、英語圏でも発音しづらいって事はねぇだろ」
「アタシは千葉エリカ。アホの監督役ね」
「誰がアホだってぇ?」
「ええ?べつにアタシ、誰とは言ってないんだけどぉ?」
「まぁまぁ、エリカちゃん、西城君。……あ、私が柴田美月です。……どっちも発音しづらいでしょうか?」
「どっちも発音しづらいって言ったら、僕もかな。僕は吉田幹比古って言うんだけど―――」
「あ、こいつは『ミキ』って呼べば良いわよ?」
「僕の名前は幹比古だ!留学生に初手から嘘を吹き込まないでくれ!」
「あはは……。わ、私は光井ほのかです。……私も発音しづらい部類かな?」
「ここまで話していて、日本語はかなり流暢だった。日本人名の発音も、おそらく問題ないだろう。……俺は司波達也。妹がいるから、名前の方で呼んでくれて構わない」
「私がお兄様の妹、司波深雪です。私も、名前の方で呼んでくださいね」
「あ、え、わ、ワタシはアンジェリーナ=クドウ=シールズ。リーナと呼んで?えーと、イザヨイ、シズク、レオ、エリカ、ミヅキ、ミキ、ホノカ、タツヤ、ミユキ……で、合ってたわよね?」
怒涛の自己紹介に流れで答えるリーナ。さりげなく『ミキ』呼びが定着してしまった事に幹比古は、初対面の女性にいきなり文句言う訳にはいかず、無理に発音しづらい名前を強要する訳にもいかず、微妙な表情をするに留めるのだった。エリカはそんな幹比古を小突いていたが。
ちなみに、遥と八雲はさり気なく気配を殺して自己紹介を回避している。
「……『アンジェリーナ』だったら、愛称は普通『アンジー』だと思うんだが。俺の記憶違いか?」
「いえ、記憶違いではないわ。ただ、私はエレメンタリー、っと、小学校でクラスメイトにアンジェラがいたから。そっちが『アンジー』で、私が『リーナ』になったの」
達也は耳ざとく、『リーナ』呼びを願った事を拾い上げ、疑問を呈する。が、リーナは自身の体験に基づく理由付けをしていたので、その疑問に対する返しはよどみなく行えた。冷や汗はかいているが。
「ところでリーナさん。その服装は君の趣味なのか?」
「え?な、何かおかしいところがある?ワタシ、留学に当たってちゃんと過去一世紀のジャパニーズファッションを調べたのだけど……」
十六夜からの質問には、リーナは狼狽した。同時に、達也一団は『ああ……』と察した面持ちだった。
端的に言って、リーナのファッションは流行遅れなのである。レディースファッションの流行なんて一季節保てば良い方なのだから、そりゃ一世紀遡ったら流行遅れどころか時代遅れだ。まぁ、リーナの外見は美少女と称して良いモノであるから、逆に一周回って次、の次くらいに来そうなファッションという評価に収まってしまっているが。
「良し。ここで会ったのも何かの縁。今日は彼女に今のファッションを教える、と言うのでどうだ?」
「サンセーイ!」
十六夜がリーナのファッション見直しを提案すれば、意気揚々と乗ってきたのはエリカだった。他の女子面子も割と乗り気な表情をしている。男子面子の方は、ちょっと微妙な顔をしているが。ちなみに達也は真顔である。
こうして、女子面子の勢いに男子面子とリーナは押し切られ、女子勢の長い買い物に付き合わされる事となったのだった。
補足すると、八雲と遥は遠巻きに監視するため、達也一団からはさりげなく離脱していた。