スピード・シューティング新人戦・男子の決勝にて、スコア100:0を成し遂げたのはすでに昨日の事。スピード・シューティング新人戦は男子・女子共に優勝を収めた事で、第一高はちょっとしたお祝いムードだった。
両方の競技でエンジニアを務めていた十六夜は第一高九校戦メンバーの皆から称えられたのだが、いつもと同じように謙遜して、称賛を適当にあしらっていた。雫の心の曇天は、しばらく晴れそうにない。
それはともかく、九校戦5日目。本日の行われる競技はクラウド・ボール新人戦の予選~決勝とアイス・ピラーズ・ブレイク新人戦の予選。
今日も十六夜はクラウド・ボール新人戦の選手、兼、エンジニアだ。クラウド・ボール新人戦・女子の選手全員と、アイス・ピラーズ・ブレイク新人戦・女子の選手である雫並びにエイミィを担当する。
「ハードスケジュールじゃないっすか?」と第一高九校戦メンバー首脳陣にひっそり抗議したが、揃って目を逸らされた。「ら、来年は見直すわ……」と真由美が訴えを聞き入れるかのような姿勢を示していたが、「来年、七草生徒会長いないじゃないっすか」と正論を返せばその真由美すらも黙ってしまうのだった。
しかも最悪なのが、クラウド・ボールもアイス・ピラーズ・ブレイクも同時並行で開催されるという事。一応クラウド・ボールは女子が午前、男子が午後で、アイス・ピラーズ・ブレイクは男子・女子同時並行という形だが。雫とエイミィの一・二回戦は午前に予定されており、当然だが、クラウド・ボールでエンジニアを担当している女子たちは午前に試合だ。
つまり、担当選手の試合が複数被っていて、どっちかの競技しか対応できないという状況に十六夜は陥っていた。
担当できない競技の方は別のエンジニアメンバーが代わりに入ってくれる、という事にはなっている。
さて、どちらを対応したもんかと十六夜は悩んでいた。のだが、クラウド・ボール新人戦に出場予定の女子たちが揃って雫の方へ行ってやってくれと、十六夜に嘆願してきたのだ。お察しかもしれないが、雫の十六夜に対する恋慕を聞いている面子であり、雫の恋を応援するためにそうして嘆願している。
十六夜はその故を知らないが、「じゃあ遠慮なく」と雫・エイミィの方を受け持つのだった。
そうして始まるアイス・ピラーズ・ブレイク新人戦。
まずはエイミィの出番だが、彼女は自身の持ち得る力を存分に試合へ活かす。
自陣の氷柱1個を移動系で操り、横倒しにして回転させたそれで以って敵陣の氷柱を薙ぎ倒していくという、単純にして豪快な作戦だった。
ただ、そもそもの話、氷柱をそのレベルで動かせる人間は、九校戦に出場する選手の中でも多くはない。エイミィは移動系への類まれな才能を持っている、という話である。
その才能を活かし、一回戦を突破。後に二回戦も勝利し、予選突破となる。
では、雫の方はと言うと。
まず驚くべきは、その服装だろう。このアイス・ピラーズ・ブレイク、服装がかなり自由で最早ファッションショーとなっているのが現状であり、エイミィの方もおめかししていたのだが。
雫の服装は、少女に似つかわしくない、どこぞの軍服を思わせる迷彩服だった。おまけに、タクティカルベストを着込み、そこにアサルトライフルのマガジンに似た形の起動式ストレージ・カートリッジを仕舞っている。
言うまでもないだろうが、十六夜がこの九校戦に持ち出した、アサルトライフル形態の試作CAD用カートリッジである。故に、雫が今持っているのは、そのアサルトライフル形CADだ。
雫の異様な装いに観客はざわつくが、そのざわつきを他所に、競技は開始される。
雫が使う魔法は『共振破壊』、そのアレンジ。通常は対象物を直接振動させて共鳴点を探し、その共鳴点に合わせた振動で振動破壊させる魔法だ。達也がアレンジしたそれは情報強化への対策として、破壊したい対象自体ではなく地面を振動させ、対象と共鳴させた上で振動破壊をする。
その魔法で以って、雫は敵陣の氷柱を破壊しつつ、時にカートリッジをマガジン交換のように切り替え、自陣の氷柱を振動系で凍結硬化させたり、情報強化及び自陣に『領域干渉』を使ったりして、氷柱を壊されないようにしていた。
雫の優れた魔法資質に、アサルトライフル形試作CADの特化型らしい魔法展開速度が相まって、一回戦・二回戦を勝利する。楽々予選突破である。
深雪のアイス・ピラーズ・ブレイクの試合は午後であり、十六夜がエンジニアを担当していないが、捕捉として先に語っておこう。もはや語る必要もないだろうが。
十六夜がある程度エンジニアを引き受けた事によって、達也が原作以上に全力で深雪をサポートしているのだ。予選で負ける可能性は微塵もない。一回戦も二回戦も、『
さて、では話をクラウド・ボール新人戦に移そう。
女子の方を結果だけ記すと、優勝は一色愛梨、準優勝は里見スバル、3位は第九高選手である。
愛梨が主に使っていた魔法は師補十八家が一角・一色家の秘技である魔法。感覚器の電位差を読み取り、運動神経の電位差を直接操作するそれ、『
この魔法によって、ラケットでボールを直接打ち返す戦法を取りながら、常人以上の反応速度でボールを取りこぼさず、ほぼすべてのボールを相手フィールドへと叩きつけたのだ。
対するスバルもラケットでボールを直接打ち返す戦法を取っていた。使っていた魔法は数あれど、特にスバルが得意技として使っていたのが『認識阻害』。見えているのに感知できないという、里見スバルが先天性スキルとして獲得した範囲を対象とする精神干渉系魔法だ。ちなみに、里見スバルはこの手の精神干渉系に高い適性を持つ、BS魔法師なのだと言う。精神干渉系以外も一科生にたる素質を持っているのはわりと卑怯な気がするが、上位互換気味な深雪がいるので、その卑怯さは薄く感じられるだろう(?)。
閑話休題。
スバルは『認識阻害』で以って、相手にテニスの常套手段、対戦相手がいないところにボールを打ち返すというセオリーを封じていた訳だが。直接対決した愛梨は、そのセオリーを捨てて、ただスピードだけで上回る、悪い言い方をすればゴリ押し戦法に出た。
ただ、ある意味でそれが対スバルへのベストアンサーだったのだろう。『認識阻害』してもお構いなし、かつ、常人を越えた反応速度でボールを打ち返されるものだから、スバルがボールを返しきれなくなった。
そうして、スバル対愛梨の試合は雌雄を決したのである。
アイス・ピラーズ・ブレイク新人戦・女子も、クラウド・ボール新人戦・女子も語り終えたところで、ようやくクラウド・ボール新人戦・男子、十六夜の試合について語ろう。
と言っても、語れる事は多くない。
何せ、クラウド・ボールという競技は単純に言えば、魔法ありのテニスである。そんなところに移動ベクトルを反転できる十六夜をぶち込むのだ。
試合は、一方的になった。
「な、なんだよ、これ……」
特化型CADを握りしめ、十六夜と対峙する選手。その選手の目には、ボールが反射される光景が映されていた。十六夜のフィールドに入る直前のボールほぼ全てが、である。ちなみに、『ほぼ全て』に含まれていないのには、時間経過で十六夜のフィールドに投下されるボールだけである。その投下されて増えたボールは、十六夜が移動ベクトルを操作してテキトーに相手のフィールドへ送り込んでいる。
つまり、選手が打ち返したボールは全て、十六夜のフィールドへ入る前、ネットを跨いだ瞬間に反射されているのである。
これではどうやっても、十六夜のフィールドにボールを落とす事はできない。1点たりとも、得る事ができない。
「こんなん、どうしろってんだよ!」
選手は自棄になりながら、ただひたすらに魔法でボールを打ち返した。ラケットを握って悠然と立つだけの十六夜に、そのボール全てを反射されながら。
選手のスコアボードに、0が刻まれる。十六夜のスコアボードに刻まれた数字は、選手の名誉のために伏せておこう。
何にせよ、十六夜は一回戦を突破した。
決勝までの試合もほぼ同じ。十六夜のベクトル操作になすすべなく、皆スコア0で敗退していった。
少し違ったのが、決勝戦。まさかの技術屋・第四高選手がそこまで上り詰めていた。
そうして、その第四高選手は技術屋として底力を発揮する。
何と、第四高選手が打ち返したボールが、十六夜のフィールドに入っても反射されなかったのである。
「……!ほう、俺の『全反射』を攻略したか」
「『全反射』、言い得て妙だね。全てのボールをどうやって打ち返しているのかと思えば、君はそのネット手前に特定条件でボールを反射するという魔法を発動していた。決して、ボール1つ1つに加速系魔法を使っていた訳ではない、全て反射していたんだ。なら、その魔法効果範囲に触れた瞬間、先にこっちの移動ベクトルを反転すれば、反射方向は君のフィールド側になる」
そう。技術屋・第四高選手は、十六夜の『全反射』適応領域に触れる瞬間、自身が打ち返したボールの移動ベクトルを反転させるという、1ミリの誤差も許されない無駄に緻密な加速系魔法を使っていたのだ。
『とある魔術の禁書目録』読者に分かりやすく言えば、その第四高選手は木原神拳を実行しているのである。
これで、本来だったら第四高選手のフィールドに戻っていくはずのボールが、十六夜の『全反射』が適応され、十六夜のフィールドへと飛んでいくようになる。
「お見事――」
十六夜は木原神拳の難しさを知っているからこそ、第四高選手の技量に感嘆し、そして――
「――じゃあ、第二関門だ」
――ようやく自分自身が動ける事に、歓喜していた。
「……え?」
第四高選手のすぐそばを、剛速球が飛んでいく。それは、十六夜が自身のラケットで以って打ち返したボールである。
これから第四高選手が立ち向かわなければいけないのは、『全反射』に合わせて、超人の身体能力である。もちろん、異常すぎないように抑えているそれだが、対戦相手にとってそれは何の慰めにもならないだろう。
「そ、そんな、馬鹿な……」
『全反射』を突破すれば勝ちだと思っていた第四高選手。そんな彼の目の前に、『全反射』なんて必要なかったんじゃないかという、プロテニスプレイヤーの如き腕前が披露される。
「これ以上、何をどうしろって言うんだ……」
第四高選手は項垂れる。
「……少年よ、これが絶望だ。ゲームセット」
絶望の宣告を十六夜がすると同時に、試合終了のブザーが鳴り響いた。
結局、第四高選手のスコアボードには0が刻まれるのだった。
九校戦大会委員から提供される食堂での夕食、第一高九校戦メンバーが揃うその場で、十六夜は多くの人物に声をかけられた。
「北山、すまん。まさか、予選も突破できないなんて」
「いやいや、しょうがないさ。起動式ストレージ・カートリッジ機構を使うのは初めてだったろう?短い練習期間で慣れさせるのは、やっぱり突貫工事だったなぁ」
「アイス・ピラーズ・ブレイクの方だけど、雫さんの戦いぶりを見ると、それも言い訳がましくなってしまうような……」
「まぁ、何。気にすんなよ。俺も、やっぱエンジニアとしての腕がまだまだだった。それに、あの第四高選手はダークホースすぎたし、第三高はやっぱり普通に強かったし、それらと予選でぶち当たっちゃうクジ運が悪すぎるし」
同じクラウド・ボール新人戦・男子の選手には謝られたり、謝ったり。
「ごめーん、予選で負けちゃったー。一色愛梨っていう人、人間のスピードじゃないよぉ」
「僕も、一色選手に決勝で負けてしまったよ。北山君以上のスピードだった印象だね」
「マジかよ、俺以上か。とすると、自己加速術式か、それのアレンジか?なんにせよ、勝たせてやれなくてすまなんだ」
「君が謝る事じゃないさ」
クラウド・ボール新人戦・女子の選手とも謝り合ったり。
「凄かったねー、アイス・ピラーズ・ブレイク新人戦・女子!北山さんもエイミィも司波さんも、全員華麗に予選突破してって!」
「北山君と司波君が担当した選手だよね。2人とも担当選手を良いところまで勝たせて凄いねぇ」
「優秀なエンジニアが一年生って事は、来年の九校戦も安泰って、事……!?」
さりげなく達也と同列扱いされて称賛されたり。
十六夜は意外と少なくない話題の中心となった。
「……北山。……お前どんだけ食うんだ」
「いやー、お腹すいちゃってさぁ」
後、大食いでも話題を提供したりと、彼が二科生である事を忘れられるくらい、間違いなくこのメンバーに馴染んでいた。
そんな和気あいあいとした食事の時間が過ぎ、そろそろ食堂の占領時間が終わろうとする時に、次にこの食堂を使う予定の第三高生徒たちが顔を覗かせる。
その中には、一色愛梨の姿もあった。
そして、愛梨がこれは好機だと、まず深雪に話しかける。
「司波深雪さん、貴女にお詫びしたい事があります。私は懇親会の時、貴女を侮った発言をしました。しかし、アイス・ピラーズ・ブレイクを観戦させていただき、私の認識が誤りだった事を悟りました」
愛梨と深雪の間で、懇親会の際にちょっとした諍いがあったのだが。愛梨はまずそれについての謝罪から入った。ただ、それだけでは終わらない。
「貴女は私たちの世代でトップクラスの魔法師。だからこそ、貴女に勝利するため、私は全力を尽くす。そして、この九校戦を第三高の優勝で飾ってみせるわ」
自身と同等、あるいは自身以上と認めた上で、愛梨は深雪に宣戦布告する。ミラージ・バット本戦で、必ず勝利するのだと。そうして第三高を優勝へと導くのだと。
「ええ。お互い、全力を尽くして戦いましょう」
深雪は短かくも、確かにその宣戦布告を受け取り、握手の手を差し出した。
「良い戦いをしましょう」
「もちろんよ」
愛梨は臆さずその手を握り、深雪と握手を交わす。なんとも少女間でハートフルな触れ合いが行われるのだった。
それで、深雪との宣戦布告を終えた愛梨だが、彼女の用はまだ済んでいない。彼女は、まっすぐ十六夜の元へ足を向け、十六夜の前に立ちふさがる。
「やぁ。また会いましたね、レディ」
「貴方、随分と卑下が過ぎるわね」
「深雪と態度違いすぎん?」
まさか自分に用があるとは思わなかった十六夜。まさかまさかの愛梨の不機嫌に、紳士然とした対応を即座に崩す事となった。
「それだけ褒めておるんじゃよ」
「褒めてないわよ!」
愛梨の後ろに控えていた沓子が、愛梨の態度が違い過ぎる事について解説するために横に並び立つが、愛梨はその解説を否定する。
「スピード・シューティングでもクラウド・ボールでも、あれだけ圧倒的な実力を見せ付けておいて、懇親会での言いようは何!?得意魔法以外ダメとか、BS魔法師だとか、
「お、おう?」
非難するように言葉を並び立て、相手へ詰め寄る愛梨。詰め寄られる十六夜はその勢いに圧倒されて
あの圧勝劇で実力を高く評価しない奴がいるはずがない、という客観的事実は置いておいて、十六夜はちゃんと称賛として受け取っているのだ。
「スピード・シューティングの予選も、『アリスマティック・チェイン』を真似るだなんて、栞への当てつけのつもり?」
「そんな事実は一切ないんだけどなぁ。まぁ、俺にもできそうだから観客を沸かせる演出としてやってみよう、なんて心算はあったが。十七夜さんを貶めるつもりは微塵もないんだが……」
「クラウド・ボールの決勝戦も、私の『
「いや、まぁ……。その『エクレール』ってのは、割と初耳だし、まだ見てもいないんだけどなぁ……」
何だか無駄に愛梨から詰め寄られる材料がある十六夜。『捻くれてる』という評価は別の部分で思い当たりがあるので、なんとも返しに困ってしまう。
「聞き捨てならない」
そんな十六夜がタジタジの状況に、一部始終を聞いていた雫が割って入った。傍からは十六夜が悪し様に言われているような状況だったので、彼女はかなり不機嫌そうだ。
「誰?貴女は」
「北山雫」
「なるほど。という事は、貴女が彼を引き取った『北山』なのね。彼の教育について、少し、いや、かなり文句があるのだけど」
「それは、……ごめんなさい」
「割って入ったのに言い負かされるんじゃないよ、雫」
十六夜が捻くれているのは北山の教育が悪いのではないかと、暗に抗議する愛梨。その可能性を否定できなかった雫は、抗議に対して素直に謝ってしまった。これには思わず十六夜がツッコむ。
「でも、十六夜は他人を貶めるような事はしない。スピード・シューティングも、クラウド・ボールも、自身の実力を遺憾なく発揮しただけ。当てつけとかじゃない」
「そうね、そうだとは思うわ。当人の精神性を除けば、私の『エクレール』と栞の『アリスマティック・チェイン』を模倣できたその能力、称賛に値するわ」
愛梨の返答に、雫は内心「あれ?」と首を傾げる。言い方が悪かっただけで、愛梨が別に十六夜を貶していない事を、軽く察したのだ。
「選手でありながらエンジニアを務めているというのも、九校戦史上において類まれな快挙よ。それで選手として出場競技の優勝まで果たしているのだから、その功績は九校戦史上初となるでしょう。エンジニアとしてサポートした選手も多数入賞しているし、エンジニアとしての腕も申し分ないわ。それに、あの起動式ストレージ・カートリッジ機構を採用したCADを発注できる人脈も、評価できるでしょう」
饒舌とまでいかないが、切らさず注がれる称賛の言葉。その愛梨の態度に、雫は疑問を覚える。
「……なんで十六夜に突っかかってきたの?」
そこまで評価しておいてあの突っかかりようは何なのか、疑問すぎるのだ。
「力ある人間には相応しい立ち振る舞いというモノがあるでしょう?謙虚な振る舞いも美徳とは思うけど、彼の振る舞いは度が過ぎてただの卑下よ」
「……それはそう」
「雫、何をしに割って入ったんだ……?」
十六夜の謙虚が過ぎて卑下に達しているという愛梨の弁。雫はそれに同調してしまう。これでは何故割って入ってきたのか、十六夜には分からない。
「最後に。北山十六夜。貴方の実力を伸ばすために、同時にその性根を叩き直すために、私の下に来なさい。金沢魔法理学研究所*1なら、それができるでしょう」
「それは駄―――」
「嫌ですけど」
唐突な愛梨の誘いを、雫が拒否するより早く、十六夜は切って捨てた。
「……一応、訳を聞きましょうか」
「訳も何も、お察しでしょうが。俺は俺を引き取ってくれた恩人らに恩返しがしたい。それ以外は二の次未満ですよ」
分かり切っているだろう答えを、十六夜はそのままお出しした。愛梨もそういう答えが返ってくる可能性を考慮していたので、落胆する事はないし、それ以上無理強いするつもりもない。不満そうに息は漏らすが。
「そう。じゃあ、話は以上よ。引き留めて悪かったわね」
「こちらこそ。申し訳ありません、レディ。麗しい女性からの熱烈なアプローチを断ってしまうなんて」
「何が『熱烈なアプローチ』よ!その貼り付けたような紳士の態度は止めなさい!ああもう、貴方に話しかけた私が馬鹿だった!」
「愛梨がすまんのぅ。初めての恋心に、付き合い方が分かっておらんのじゃ」
「誰が誰に恋をしてるって言うの!変な事言ってないで、沓子も早くこっちに来なさい!後でお説教だからそのつもりで!」
「怖や怖や。それでは、またどこかでのぉ」
用は済んだと早急に場を辞そうとする愛梨だったが、無駄に十六夜と沓子に揶揄われ、ただでさえ斜めだったご機嫌が75度くらい傾く。
「……北山雫さん」
だからこそだろう、愛梨はその不機嫌を言い捨てようと、雫の脇を通り過ぎるついでに呟く。
「……何?」
「……彼の事、しっかり見ておきなさい。彼、勝手に1人で抱えて勝手に1人で潰れるわよ。……それじゃ」
愛梨は、雫に十六夜の勝手な印象を吐き捨てる。
栞がスピード・シューティングで負けて1人で落ち込んでいたのを丁度目の当たりにしたせいだろう。愛梨には、十六夜もそういう気質であると思えて仕方なかった。
言いたい事は言い切ったと、愛梨は雫の横を通り過ぎていく。
「……」
雫は、不思議とその背を目で追ってしまうのだった。