九校戦4日目。本日の行われる競技はスピード・シューティング新人戦の予選~決勝、バトル・ボード新人戦の予選。
少し変則的なスケジュールで、両競技とも女子が午前、男子が午後に割り当てられている。この時間割は、十六夜にとって好都合だった。何せ、自身が女子のエンジニアを担当しながら、選手として出場するからである。午前はエンジニアとして、午後は選手として集中できる訳だ。
「という事で本日本番ですが。総合優勝は先輩たちと深雪さんが責任をもって達成してくれるので、気負わずに行きましょう」
そんな軽い挨拶で、十六夜は自身が担当する雫、エイミィ、そして、九校戦メンバーとして集められた時が初邂逅だった
この3人で一番槍を務めるのは雫である。
「行ってくるね、十六夜」
「ああ。いってらっしゃい」
やる気満々といった様子の雫を、十六夜は微笑みながら見送った。
自身の整備には少しばかり不安があるが、雫の実力と達也の魔法があれば予選突破は容易いと、おおむね心配ない。と言うのが十六夜の内心。
十六夜の自信なさげな内心を少しばかり察しながらも、雫は十六夜が自信を付ける一助になればと、奮起して試合に臨む。
「変わったCADを使っているな」
そんな声が、観戦者の中からいくつも出た。スピード・シューティングの選手は皆小銃形を使う中、雫だけショットガン形を使っているのだから然もありなん。おまけに、そのCAD特有の機能を使わず、小銃形が特化型CADである事と同様に、ショットガン形のそれも特化型CADらしく同系統魔法を9つしか使わなかった。対戦形式となる準々決勝以降の隠し玉として、ショットガン形CAD特有の機能を使わなかったのである。
こうして、観戦者も他選手も皆、ただ形が珍しいだけのCADとしか、そのショットガン形CADを見られないのだった。
とかく、結果はフルスコア。対戦形式でないために対戦者からの妨害がないとは言え、飛び交う的を1つ残さず破壊したのは、素晴らしい成績である。
雫もそう思って選手控室に戻って十六夜の顔を拝んだのだが、十六夜の顔が試合開始前から何一つ変わっていない事、十六夜が自信を付ける一助になれなかった事に、少しばかり不貞腐れるのだった。
この後、エイミィも滝川もこのショットガン形CADを使いつつ、予選Aグループの上位4名に食い込み、難なく予選を突破するのだった。
「十六夜。Bグループに気になる選手がいるから、一緒に観戦して」
「うん、割と強めな語気で誘ってきやがりましたね。まぁ、俺は構わんけど、その選手だけにしとけ?まだ準々決勝以降が控えてるんだからな?」
「分かってる。だから早く」
雫は十六夜の手を引っ張り、気になる選手の観戦に付き合わせる。
さて、誰が気になる選手かと言えば――
「あの人だよね、十六夜がナンパされてたの」
――十六夜が懇親会で話した他校の女生徒、十七夜栞である。
「ナンパじゃないからなぁ、雫ぅ。後、どっちかって言うと話しかけてきたのは四十九院沓子さんの方な?バトル・ボード新人戦に出る」
雫がいらぬ誤解を抱いているようなので、十六夜は細々と訂正を挿んだ。
「分かってる、ただの冗談。新人戦選手なのに前評判が良いし、多分百家の人だから、どんな魔法を使うのか見ておきたい。後で戦うだろうし」
「……。ま、そうだな。俺も気になってたし、敵情視察は大事だしな」
『戦うだろうし』という部分に気迫が籠っている事を十六夜はスルーし、雫のライバルになり得る相手だろうと、観戦には乗り気なのを示す。
「……ふーん。やっぱり気になるんだ」
「うーん、どうしてそうなるかなぁ……」
雫の湿度が高そうな目で睨まれる十六夜。しばらくはこの手の疑いがかけられるのだろうと、色々諦めるのだった。原作知識によるメタ読みとは言えない訳であるし。
そんなちょっと両者間の空気が湿度を増しつつも、雫は十六夜の手を離さず、観客席まで連れて行くのだった。
そうして始まる栞の試合。2つの的を加速系で操ってぶつけて壊すという手法を取っていた。的に加重系・振動系をかけて1つ1つ壊していくというのがこの競技の王道とすると、彼女の手法は変わっていると言えるだろう。
しかし、変わっているのは、いや、常軌を逸しているのはその後だ。
「的の破片が別の的を壊した……?」
そう。壊した2つの的、その破片が別の的へと飛んでいき、ぶつかって破壊した。そしてその破片もさらに別の的へと飛んでいき、また破壊する。
1度までなら偶然で済む。しかし、目の前でその現象が続けざまに起こっており、まだ繰り広げられている。となれば、それは偶然ではなく、狙って起こされている必然だ。
破片がどのように飛んでいくか、的が何処に飛んでくるか。それらが計算できていなければできない芸当だ。
だから、目の前で起きている現実なのに、雫は受け入れきれず、唖然としていた。
「……なるほど、そういう手か。破片も的も演算できているなんて、物理演算能力と空間把握能力が余程優れてるんだな。あんなの、誰も真似できないぞ」
十六夜は『劣等生』本編にいなかったキャラクターの能力を冷静に分析する。特に、その突出している能力を正確に割り出し、『誰も真似できない』と評した。
そう。その現象、栞が複数の魔法によって引き起こしているそれは、誰も真似できない。故に、それは『
「十六夜でも?」
「……いや、やろうと思えばできるな」
「ええ……」
『誰も真似できない』という評価を一瞬にして覆した十六夜に、さすがの雫も呆れた。
でも、仕方ないと言えば仕方がない。十六夜は超人、素の身体能力が魔法師含む一般人を超越した存在だ。それに伴い、動体視力や反射神経が超越しており、また、超人の中でも優れている十六夜は空間把握能力も超越している。
ついでに、汚染系超人として『全反射』及び加速系への異常に高い適性を持っているため、物体の移動に関する物理演算能力も優れている。さすがに、十六夜が書き換えの参考にした『
とかく、そういう例外にすべき存在であるからこそ、十六夜は『誰も』の内に自身を自然と含めなかったのである。
「でも、俺はやらないな」
「……それって、できるって嘘吐いてるんじゃなくて?」
「いや、マジでやろうとすればできるからな。絶対疲れるからやらないってだけで」
「疲れる?」
雫に虚勢を張っていると疑われたので、十六夜は理論的に疑いを晴らしにかかる。
「そう。壊す的だけじゃなくて、壊した的の破片も、そして次壊す的もずっと演算してる訳だ。普通なら最初の1個目で済むところをな。つまり、十七夜選手は普通の選手より3倍頭を使ってるって訳だよ」
普通なら、今壊そうとする的のみ気にすれば良い。次に壊す的も、今壊そうとする的を壊してから気にすれば良いのだ。おまけに、壊した的の破片なんて誰も気にしない。
「……言われてみれば、そうかも。でも、じゃあなんであの選手はそんな疲れる事を?」
「魔法力の節約だろう。物理演算も空間把握も、魔法演算とは別のモノだ。だから、魔法演算領域だけで見れば、そんなに使われてない。そして、サイオンの方は、元々速度がある物体を加速させてるだけだから、消費が少なくて済む。破片ってなれば質量が小さいから、さらに、だな。おまけに、彼女、移動ベクトルの操作は最小限でやってる。これも、事象改変が少ないからサイオンの消費が抑えられてるな」
「つまり、魔法力を頭脳で補ってるって事?」
「そういう事だ。ま、補う程低い魔法力でもないだろうが。自身の長所を存分に活かしてるつもりなんだろうな」
何故わざわざ疲れる事をしているのか疑問に思った雫へ、同じく疑問に思っていて推測した十六夜が回答する。それで、お互い疑問が解消された。
「……棘がある言い方してる」
疑問が解消されると同時に、雫は十六夜の言葉尻を捕まえていた。『活かしてる
「ああ。物理演算、空間把握、魔法演算。前者2つと後者1つが頭の違う部分を使っているとは言え、頭を使っている事には変わりないからな。何をどうそれらしく語ったところで、頭は疲れるって訳だ。なら、どこまでその疲労に耐えられるかって話になってくる」
「……対戦形式での妨害を想定してないなんて事はない。だから、特化型CADを用いられる事による妨害は想定内。……特化型CADに組み込める魔法は同系統の9つ。もしそれ以上の魔法が使われたなら」
「想定を超えるかもしれない」
雫が答えに辿り着き、十六夜はその答えに丸を付けてから席を立つ。
「さて、雫。調整しておこうか、彼女と戦う前に」
「うん」
十六夜に促されながら、雫も席を立ち、2人とも観客席を後にした。スコアボードにフルスコアが刻まれるのにも拘らず、余裕そうな笑みを浮かべながら。
当然、栞は予選Bグループを突破する。そうして決勝トーナメントが組まれる訳だが、勝利の女神は雫に味方しているようだった。
それは、準々決勝第一試合が栞、第二試合が雫、第三試合がエイミィ、第四試合は滝川とするモノ*1。
この組み合わせなら、栞と雫が当たるまで、エイミィと滝川にショットガン形CADの隠された機能を伏せてもらえる可能性が高いのだ。もちろん、そのための交渉をしなければいけないが。
「という事で、十七夜選手と雫が戦うまで、ショットガン形CADのあの機能はできる限り使わないんでほしいんだが。もちろん、『秘策があるのに使わず負けました』では気分が悪いだろうから―――」
「いえ!むしろ私は負けても良いので伏せます!」
「私もー」
反対意見、対価要求を覚悟していた十六夜だったのだが、滝川とエイミィは二つ返事でその不利益を呑んだ。
「い、良いのか?」
「私、十六夜さんのおかげで予選突破しましたから、その恩を返したいんです!それに、大切な人を想って頭を下げられたら、私も嫌とは言えません。いえ、嫌とは言いません!」
「そうだよねー。十六夜君が雫を想って頭下げて来てると思うと、応援したくなっちゃうよねー」
滝川とエイミィの二つ返事、その決め手は雫の恋愛模様だった。
彼女らは雫の恋を応援したい。だからこそ、雫の想い人の方から雫の力になろうとするという、傍から見れば両想いの光景を壊したくない。その思いが転じて、不利益を呑んだのである。
「幸せ者だねー、雫ぅー」
「うん」
「……?」
彼女らがそんな恋愛に関するやり取りをしているとは、微塵も察せられない十六夜。そんな朴念仁は、ただ首を傾げる事しかできない。だが、とりあえず作戦には乗ってくれたので、探ろうとも深く考えようともせずに放置した。朴念仁、ここに極まれり、である。
そんな一幕を挿みつつ、スピード・シューティング新人戦が進んでいく。
栞は予選と同じく『アリスマティック・チェイン』で対戦相手の妨害を物ともせず、妨害に意識を割いて的を取り逃しているのを横目にフルスコア。準決勝進出。
雫は『アクティブ・エアー・マイン』に自身の的の分布密度を高める収束系の工程を加え、結果的に敵の的が飛ぶ軌道を変わってしまう事で妨害。フルスコアとはいかなかったが、準決勝進出。
エイミィは移動系で自身の的をぶつけ合って壊すという破壊手法を取りつつ、余裕がある時に移動系で敵の的を得点エリアに入る前に落とすという妨害を行った*2。対戦相手と少しばかり差を空けて、準決勝進出。
滝川は対象に圧力をかける加重系魔法によって自身の的を破壊する王道手法を取りつつ、こまめに敵の的へ情報強化の無系統魔法をかけ、対戦相手の魔法をかけづらくする妨害をしていた*3。対戦相手からの妨害を受け、無駄に接戦を繰り広げつつも、準決勝進出。
こうして、舞台は整った。
雫が今、その決闘の舞台へと上がる。
雫と栞、並び立つ両者。自然と目が合ったその両者は、どちらともなく歩み寄り、握手を交わした。
「……凄いのね。貴女もエンジニアの彼も」
栞は手を握ったまま、雫の魔法力と十六夜の技術力を端的に称賛した。
「そっちも。十六夜が貴女の物理演算能力と空間把握能力を褒めてた」
「そう。やっぱり凄いのね、彼」
雫は称賛をし返した訳だが、その言葉によって栞は十六夜の凄さを正しく認識する。『アリスマティック・チェイン』が魔法力だけで起こせるものではないと見抜く、その高い理解力を。
「うん、十六夜は凄いよ。だから、私は証明してあげなくちゃいけない。『貴方は凄いんだ』って」
「……彼の分まで背負っているのね。でも、それは私も同じよ。私は、愛梨の、私を救い上げてくれた恩人の期待を背負っているの」
「じゃあ、勝負」
「そうね。思いは言葉ではなく、成果で示すべきね」
お互い、自身が背負うモノを明かし、譲れない事を理解し合った。だから、後はどっちの思いが強いか、勝負で白黒つけるだけだ。
歩み寄った時と同じように、どちらともなく握った手を解き、間合いを取って前を見据えた。
競技場たる場所を、その先にある勝利を。
スタートの合図が鳴り響く。
両者、初手は準々決勝と変わらぬ手法、栞が『アリスマティック・チェイン』、雫が『アクティブ・エアー・マイン』を使う。
雫の魔法によって栞側の赤い的が軌道を変えるが、その事は想定内。雫が準々決勝で使っていた『アクティブ・エアー・マイン』の9パターン、それぞれの収束具合に合わせた物理演算を済ませ、自身の魔法にもそれ前提の改変をしていた。
だから、その9パターンでは、栞が狙いを外さない。結果、スコアは雫より伸びが良い。
(予想通り、楽に勝たせてはくれない。……使いどころだよね、十六夜)
一旦の劣勢に、雫は動揺しない。むしろ、不敵な笑みを浮かべていた。やっと、ショットガン形CADの機能を、何故レバーアクション式ショットガンの形なのかを、お披露目できると。
そうして、雫はトリガーガードをレバーのように作動させた。
対戦者である栞も、この試合を観戦する観客も、その動作を目にしながら意味を見出せなかった。誰も、レバーの作動が起動式ストレージ・カートリッジの変更だとは、見抜けなかったのだ。
このカートリッジ変更機構により、雫はそのCADに内蔵されているカートリッジ3個分、のべ27パターンの『アクティブ・エアー・マイン』を使用できる。
効果は、そうせずに現れる。
栞の操る的の破片が、狙っていた的を取り逃した。すぐに別の破片でカバーしたものの、最初の演算通りに行っていない。
(ど、どうして!?演算に狂いはないはず、9パターンには対応できてるはず!それに、想定外の軌道でも、即座に演算できるはずなのに……。なのに、的が、演算とは違う軌道を描いている!)
想定外でも、即興で演算を修正できると、栞は自負している。実際、パターンが増えた序盤は演算の修正が間に合っていた。だが、序盤だけだ。
(汗が……。どうして、私は疲れを滲ませているの!?)
27パターン、その内想定していない18パターンを即興で演算させられている栞は、汗を流す程の疲労感に襲われ、演算能力を低下させていく。さながら、CPUが熱暴走を起こしかけているパソコンのように。
そうしてどんどん演算が間に合わず、カバーしきれなくなった栞が、自身の的を取り逃した。
(どう、して……)
演算が破綻してからは、階段を転げ落ちるようだった。取り逃す的がどんどんと増え、雫にスコアを抜かれ、終いには、勝利を取り逃した。
それぞれのスコアは、栞が94、雫が98。
勝利を収めた雫は、項垂れる栞をその目にする。少し違えば、自分がああなっていたかもしれないと、ifの未来が頭に過る。だから、勝ち誇るでもなく、慰めるのでもなく、本気でぶつかり合えた事を誇りに思いながら彼女に一礼する。それだけで済ませ、雫は決闘の舞台から降りた。
会場に伝わった激戦の熱が冷めやらぬ中、エイミィと滝川が戦う準決勝が行われる。
同出身校とはいえ、CADのカートリッジ変更機構が解放された彼女らは、本気で戦いに臨んだ。
エイミィは移動系だけでなく、カートリッジが変更されるために別系統の魔法を使える事を活かす手に出ていた。滝川の的へ適宜に硬化魔法をかけて的の硬度を上げる妨害をする。
滝川も似たようなモノで、加重系で的を壊しつつ、別カートリッジの硬化魔法で妨害。ただ、硬化魔法をただ的の硬度上昇だけにするのではなく、エイミィの的同士をぶつける破壊方法への対策として、複数の的を標的に、硬化魔法で相対位置を固定するという方法を取っていた。これにより、移動系でぶつけるのが難しくなり、また、相対位置を固定された的がそれぞれの移動ベクトルに引っ張られて不規則な軌道を取るため、エイミィの照準を合わせづらくもしていた。
しかし、エイミィもその妨害には即座に対応。自身の的をぶつけるのではなく、あえて妨害されていない滝川の的を操ってぶつける手に出た。滝川の的も壊れて、相手にポイントを与えてしまう事になるのだが、それも考慮済み。的を壊した後はその破片を硬化魔法で固くしてから移動系で操り、それ以上ポイントを無駄に与えない。
お互い死力を尽くす戦いだった。知恵を振り絞る戦いだった。
女の子らしからぬ歯を食いしばる必死の形相で繰り広げられるこの試合。その軍配は、エイミィに上がった。
それぞれのスコア、滝川が86、エイミィが87。
両者共に持てる力全てを出し尽くしたため、試合終了のブザーが鳴ってから数瞬の後、両者は糸が切れたように倒れ込むのだった。
疲労困憊とサイオン枯渇で倒れた彼女らは当然、後の試合を棄権する事となる。
決勝戦と3位決定戦が中止となったのだが、少なくとも、観客から不満の声が出る事はなかった。少女たちの激戦・熱戦に、観客は大いに満足していたのだった。
優勝・雫、準優勝・エイミィ、3位・栞、4位・滝川。
それがスピード・シューティング新人戦・女子の最終順位である。
※来週1週間も毎日更新できる目途が立ちました。再来週はまだ未定です。