何せ、九校戦チームにエンジニアだけでなく選手すらそのクラスから選出されたのだ。普段一科生から蔑まれる鬱憤も晴らすように、クラスメイトは十六夜と達也を褒め称えていた。「お前らは二科生の星であり誇りだ」と、臭い台詞まで勢いで言い放つ人間もいたくらいだ。
まぁ、祭りと言ってもそうやって身内*1を褒め称えたり、自身らを鼓舞したりするだけで、間違っても一科生を煽る事はない。その点は、十六夜も達也も安堵した。主に、自身の周囲が平穏に保たれたという意味で。
とかく、発足式が行われる。達也も十六夜もエンジニアチームのユニフォームを着込み、登壇した。
ちなみに、スピード・シューティングとクラウド・ボールの新人戦選手でもある十六夜がエンジニアチームに混ざっている。エンジニアチームは温厚な人たちばかりだし、達也や阿賀沢と知人もいるので、居心地がこちらの方が良いのだ。
そうして、達也と横並びで登壇した十六夜。彼は苦笑いを浮かべた。
「……達也」
「……なんだ」
「……あれ見ろ」
「……何やってるんだ、あいつら」
十六夜は達也とその心境を分かち合うべき小突き、苦笑の原因である光景をひっそりと指差す。そうすれば、十六夜の思惑通り達也も苦笑いを浮かべた。
その光景とは、発足式を観覧する席、その最前列に1のEが陣取っていた事である。他のクラスから白い目で見られる彼彼女らだが、そんなの知らんと、達也と十六夜たちに笑顔を向けていた。彼彼女らは本当に、純粋に、誇らしかったのだ。
そんな彼彼女らの姿に、十六夜も達也もこの場違い感が否めないこの舞台での緊張を解し、綺麗に佇まいを整えるのだった。彼彼女らの誇りであるために。
◇◇◇
発足式が終われば、選手たちの練習が始まる。内定していた二・三年生は発足式前から練習していたが、新人戦メンバーである一年生はやっと競技練習に取り掛かる事ができた。
北山雫も、その『やっと競技練習に取り掛かれる』内の1人である。
「調子良さそうだな、雫」
「うん。新魔法、意外と早く手に馴染んだ」
スピード・シューティングの練習場、その一角で十六夜と雫が先程していた練習の寸評を語り合う。十六夜は雫担当のエンジニアとして、雫はスピード・シューティングの新人戦選手として、である。
「さすが達也だ。知恵を借りてって言うか、魔法を丸々もらって良かった」
「十六夜、新魔法を作るのは苦手だからね」
「誰でも苦手だっての。それに、俺はどっちかって言うとハードウェア畑だ。達也は魔法式も作れる辺りソフトウェア寄りだな。ハードウェアも高水準っぽいけど……」
達也から新魔法『
「達也さんも十六夜が持ってきたCADには驚いてたから、十六夜がハードウェア畑っていうのはそうなのかも」
雫は練習で用いていたNWC謹製の九校戦用CADを掲げた。
そのCADは、通常使われる小銃形汎用型CADとは違い、レバーアクション式ショットガン*2のような形態をしている。
「言うてもアイデア出しただけだがな、毎度の事だが」
「そのアイデアを出す発想力のおかげで、NWCは成功してる。……この励ましも毎度の事だね」
「……せやな」
十六夜はアイデア出しだけだと卑下するも、雫はそのアイデア出しを評価する。このやり取りを何度繰り返した事か、当事者である十六夜も雫も数えきれていない。
「……変わってないね、十六夜。ずっと、何処か自分を卑下してる」
ずっと、ずっと変わらない。最近は大分笑うようになったし、明るくなったと思っていた。でもその根幹は、北山家に引き取られたあの時から変わらない。
―俺は、何をすれば良いですか?俺は何をすれば、恩返しできますか?
それが、北山家に引き取られた時に放った、十六夜の言葉。
その言葉を聞いた雫はもちろん、両親である潮と紅音も悲嘆で息を呑んだものだ。どれ程自分の価値が認められない場所で生きてきたのかと。
思えば当然だ。彼女らは十六夜が大亜連の少年兵、捨て駒同然の扱いだった事を知っている。おまけに十六夜は、実の両親に捨てられた孤児だという。そんな人生を過ごしてきて、自己肯定などできようはずがない。
少なくとも、雫たち家族はそう考えた。
だから、皆で揃って言い含めた。君は雫を救った大恩人なのだと。我々が君を引き取ったのはその恩返しで、君が何かを返す必要はないのだと。
そんな日々を続けていたら、いつだか十六夜が『恩返し』を口にする事はなくなった。子供のように、何かを
ともかく、だ。子供のような振る舞いをする影で、魔工技師としての勉強を始め、潮が出資して起業したNWCに貢献している。これは十六夜がまだ恩返しを諦めていない何よりの証左だと、雫は思っている。
「え~~~?生徒会長にスピード・シューティングで勝負挑む程の自信過剰男だぜ~?」
そうおちゃらけた物言いをする十六夜の姿も、雫には努めて明るく振る舞っているようにしか見えない。
十六夜は、己を卑下するあの時から、何も変わっていない。
「……ま、俺の事は良いじゃないか。それより、どうする?アイス・ピラーズ・ブレイクも達也から貰ったアレンジ『共振破壊』があるから大体の敵には負けないし、後は反復練習するくらいだが」
十六夜があからさまに話題を逸らしてきたが、雫にとっては好都合だった。
雫は、やりたい事があるのだ。
「アイス・ピラーズ・ブレイク、深雪対策がしたい」
雫は、深雪に勝ちたい。
「……勝ちたいのか」
「うん、勝ちたい」
「……そうか」
十六夜は難しい顔をして考え込む。雫は難題と、ともすれば無理をお願いしている自覚があった。でも、無理難題を押し付ける。
「……正直に言うと、今の雫では無理だ。深雪さんの練習を見させてもらったが、彼女は分子振動系を得意にしているようだった。アイス・ピラーズ・ブレイクで、それはかなりの有利だ」
「氷柱を固めるのも融かすのも、分子振動系でできるから、でしょ」
「そうだ。それに対し、雫も振動系は得意だが、どちらかと言うと専門分野は音波振動系。分子振動系も平均以上ではあるけど、深雪さんと比較するとどうしても劣る」
「分かってる」
同じ振動系を得意とするも、分子か音波かで有利不利が別れる。音波振動系でも『フォノン・メーザー』のように温度を上げる魔法はあるが、分子振動系は直接的に温度を上げるし下げられもする。分子振動系というだけで、攻防両立できるのだ。
そういう相対的不利を抱えている事については、雫も分かっていた。
「……それでも、勝ちたいのか」
「勝ちたい。十六夜、勝たせて」
それでも、雫は勝ちたい。十六夜の策謀を、CAD技術を、能力を、証明するために。そうして、十六夜に少しでも自信を持ってもらうために。この無理難題の達成が、十六夜に自信を持たせるのには必要不可欠なのだ。
それに、無理難題ではないはずなのだ。
「……ガンメタするかぁ」
この通り、十六夜は少し思考すれば策を思い付ける。雫はそうなるだろうと、信じていた。CADクリエイターとして画期的なアイデアを出し続けられる十六夜の発想力を以ってすれば、できないはずはないと。
深雪対策については原作知識によるモノだというのは、酷い話だろうか。CADクリエイターとしての発想力も、深雪対策が思い浮かぶ知略も、確かに十六夜の自力だが。
「雫。注文者はお前だが、実行者もお前だ。お前にも、無理してもらうぞ」
「望むところ」
こうして、深雪対策のための猛特訓が始まるのだった。
「達也ぁ、こんな魔法を考えたんだが、上手く魔法式が組めなくてさぁ」
「どれ、どんな魔法だ」
その際、達也の力を借りるのはご愛敬である。
◇◇◇
残念ながら、十六夜は雫へ掛かりきりにはなれない。選手兼任エンジニアであるから担当選手は少なくしてもらっているが、それでも複数名を担当している。
ちなみに、新人戦メンバーの2割を担当している。男子女子1:1の割合だ。余談だが、残りの男子は阿賀沢、残りの女子は達也の担当だ。
話を戻して、十六夜は意外と男子も担当している。真由美とのスピード・シューティングが新人戦メンバーにも公開されたため、十六夜が圧勝する光景の衝撃によって、十六夜に担当してもらう抵抗感が薄れたのだ。
それは女子にも言える。十六夜が担当しているスピード・シューティングとクラウド・ボールの選手は男女問わず、十六夜にアドバイスを率先して貰いに行っている。
あえて、十六夜が女子たちに囲まれる光景で雫がちょっと不機嫌になった事を、ここに明記しておく。
閑話休題。
「順調そうだね、森崎さん」
「ああ、中々な」
森崎も、十六夜が担当する選手であり、十六夜への抵抗感を薄めた1人だ。
「……」
「どうかした?なんか考えこんじゃって」
「……いや、自身の未熟を省みているだけだ。……一科だの二科だのと、くだらない背比べをしてる場合じゃなかった」
森崎は己の
だって、自身には思い付かなかったのだ。
そう。森崎は今、二挺のCADを同時に使用していた。両方のCADで同系統を演算している時限定だが、彼にもCAD同時使用ができてしまったのだ。
「まぁ、差別意識について省みてくれるのは有り難いが。そうしょぼくれなくても大丈夫だぜ?俺は同系統を同時に複数演算するなんてできないから、加速系以外はって注釈が付くけど。加重系も振動系も同時に演算できてんのは、森崎さんの魔法資質あってのモンだよ」
「……慰めにしか聞こえん。どの系統を2つ同時に演算できたとして、お前の加速系に敵わない。多芸であっても、秀でた一芸に勝てないんじゃ、意味がない」
「じゃあ、君も何か極めなよ。森崎家だったら『ドロウレス』とかあるだろう?」
「……そうだな。……愚痴を吐いてる時間も惜しい。……CADに不備があれば、こっちから言う。お前は他を見に行け」
「了解。一応時々様子見に来るけど、そこは勘弁してな」
「……」
何故か自身にストイックになっている森崎を置いて、彼の言葉通り、十六夜は森崎が練習するその場を辞するのだった。