時期はまだまだ新入部員勧誘週間。雫とほのかがバイアスロン部に入部届けを出す裏で、達也が風紀委員として魔法を不適正使用した剣術部員・
そして、達也が不意打ちされかける瞬間をたまたま目撃してしまった雫とほのか、ついでにエイミィ。彼女らは何故か、その不意打ち未遂の犯人を特定するべく、少女探偵団*1として、動き始めたのだった。
「おお!屋上なら校庭全体を見渡せるね!」
「何も近くで見る必要はないのよ。遠くからの方が良く分かる事もあるしね」
達也の周辺を監視すべく、屋上へとやってきたほのかとエイミィ、そして雫。彼女らはクラブユニフォームを着込む事でクラブ勧誘を躱しつつ、双眼鏡を覗き込んで監視に徹する。
「ん?雫に、ほのかさん。それと、明智さんだっけ。屋上で何やってんだ?」
そこに偶然現れる十六夜。彼は雫がまだお祭り騒ぎでもみくちゃになる事を懸念し、雫を見守るために屋上へやってきていた。
彼は雫たちが少女探偵団なんてやってる事を知らされていなかったし、その原作知識も仕入れていなかったので、ここで雫らと会うのは偶然と言える。
「我等は美少女探偵団!司波君に卑劣な闇討ちをする悪人を捕らえるべく、立ち上がったのだ!えっへん!」
「び、美少女うんぬん言ってるのはエイミィだけだからね……?というか、この前は『美』は付いてなかったし……」
エイミィが無駄に胸を張って名乗り上げる。ほのかは美少女を自称していると思われるのが嫌であるため、そこだけは訂正していた。
「ふぅん。達也、面倒事に巻き込まれてるのか。あいつだったら1人で片付けそうなもんだけどな」
「十六夜も手伝って」
「俺も?うーん……、じゃあ、美少女探偵団に危険が迫った時、颯爽と現れるお助けキャラで」
雫から達也のストーカー周辺監視へ巻き込まれそうになる十六夜。しかし、正直達也が危険な目に遭う事はないのを原作知識で知っているので、あまりやる気が起きなかった。ただ、雫のこのイベントは顛末を知らないため、万が一でも雫が怪我をしないように、雫たちの用心棒役は買って出る。
「……達也さんの事、あんまり心配じゃない?」
「さっきも言ったけど、あいつだったら1人で何でも片付けそうだなぁって。これ、薄情じゃなくて信頼ね」
「これが、男の友情……」
「エイミィ、これ十六夜が面倒臭がってるだけ」
十六夜が信頼と取り繕ってみるも、エイミィは騙せたが、雫は騙せなかった。
「……十六夜にやる気がないのは分かった」
「理解のあるプリンシパルで助かるよ」
「ところで、なんで屋上に来たんですか?」
「そりゃもちろん、マイ・プリンシパルが危険な目に遭ってないか見守るためですよ」
「これが、ご令嬢とボディーガードのラブロマンス……」
「それは、合ってるかも」
「ラブロマンスどっから出てきたんですかねぇ?」
十六夜の薄情とお嬢様思いですったもんだ。エイミィに勘違いさせ、雫がそのまま流した。
何はともあれ、少女探偵団に十六夜が用心棒として加わるのだった。
◇◇◇
不意打ち未遂の犯人を特定するべく活動を続ける少女探偵団。幸運にも、活動中に達也がまた不意打ち未遂される瞬間を目撃する事ができた。
しかし残念ながら、不意打ちの瞬間を撮影する事はできなかった。どうにか逃走する犯人の後ろ姿だけは撮影したので、それを証拠として学校の公益通報窓口に通報しつつ、容疑者まで絞り込んだのだ。
その容疑者とは、剣道部主将、3のF所属の
まぁ、結局思しき人物と言うだけで、決定的な証拠は掴めず、通報もほぼ反応なし。少女探偵団は成果を上げられず、新入部員勧誘週間を無益に過ごすのだった。
そんなある日の事だ。
「……あっ!……ねぇ、あの人。……剣道部の主将だよね?」
下校中の校門前で、エイミィは目の前を通り過ぎた人物を指差して、容疑者本人ではないかと疑った。
雫・ほのか・十六夜もその人物を視認し、容疑者とその人物の容姿を一致させる。
「……あれ?……でも今日、剣道部は休みじゃないって聞いたような」
「……そうなの!?……怪しい。……ピンときた!……ちょっと後を付けてみようよ」
ほのかが怪しみだせば、エイミィはそれに乗って尾行を進言した。ほのかも雫も、それに賛成する。
「……ま、どうにかするか」
十六夜だけが釈然としない様子で、最悪自分が助ければ良いと、雫らの後に続いたのだった。
容疑者・司を尾行する少女探偵団withボディーガード。当の容疑者はどんどん第一高から離れて行き、学校の監視システムからも抜け出した。容疑者の家がこっち方向なのかと言えば、エイミィがキャビネット*2で登校する姿を目撃しているようで、どう考えても家路に就いている様子ではない。
それでも容疑者はなお歩みを止めず、シャッターが目立つ閑散とした通りに入った時だ。携帯端末を取り出し、誰かと通話するや否や、裏路地へと駆け出した。
「気付かれた!?」
「分かんないけどとにかく追う!」
ほのかやエイミィ、そして雫までは容疑者のその背を追う。その無警戒な追走に苦笑しながらも、十六夜は彼女らに付いて行った。
案の定、容疑者の姿はもうなく、代わりに、けたたましいエンジン音が響き渡った。行く手を阻むように、バイクがほのかたちを前後から挿む。そのライダーたちは、その装いを黒のライダースーツとフルフェイスヘルメットで統一している、あからさまな悪役だった。覆面ライダーと称した方が、世間一般のバイク乗りたちの風評被害にならなくて良いかもしれない。
「こそこそ嗅ぎまわるネズミ共め。我々の計画を邪魔する者は―――」
おまけに明らかな悪役台詞。ほぼカタギではない事が確定した時点で、雫たちは動き出す。
「Go!」
雫の掛け声を合図に、雫たちは覆面ライダーたちの間を器用に抜けていく。
「逃がすな!」
「ただの女子高生だと思って、なめないでよね!」
「私も!」
追い縋ろうとする覆面ライダーたちに向かって、エイミィは魔法で圧縮した空気の塊を振るい、ほのかは閃光で目くらましをする。
ただ、快進撃はそこまでだ。
「くそっ、化物どもめ!これでもくらえ!」
「……あっ、くっ」
ライダーたちが手を、その指にはめた指輪をかざした瞬間、ほのかは、そして雫たちも強烈な頭痛に襲われる。
「ふふ、苦しいか。司様からお借りしたこのアンティナイトがある限り、お前ら化物どもは魔法を一切使えない!」
そう。雫たちを襲った強烈な頭痛は、アンティナイトのキャスト・ジャミングによるモノ。アンティナイトによって発されるサイオン・ジャミング波は、サイオンを感じ取れる魔法師にとって、大音量のノイズに等しい。
故に、魔法師である雫たちはそのノイズに頭痛を引き起こされ、反射的に耳を押さえながら蹲っている。覆面ライダーたちは圧倒的優位に立った事で、余裕をかまして色々情報を漏らしていた。
ただ1人、平然と立っている魔法師がいるとも気付かずに。
「ああ、助かった。お前たちが何処の手の者か、調べずに済むよ」
「なっ!?」
雫たちと違って、覆面ライダーたちの包囲から抜け出していなかった十六夜。雫たちに掛かりきりになっていた覆面ライダーたちの背後で、アンティナイトの効果範囲なのにも拘らず、悠然と立っていた。
「な、何故アンティナイトが効かない!?」
「さぁ、なんでだろうな?」
敵が狼狽え、圧倒的優位になった事を確信しつつも、十六夜は種明かしなどしない。まぁ、なんで自分にキャストジャミングが効かないのか、自分でも分かってないだけだが。『純正の魔法師じゃないからだろう』と自己完結しながら、それはそれとして不敵な笑みを浮かべておく。
「アンティナイトが効いていないはずがない!もっと出力を上げろ!」
「おい馬鹿、雫が苦しむだろうが。という事で、没収となります」
「な、何!?」
十六夜は覆面ライダーたちがかざすアンティナイトを、それにかかっている力の向きを転換する事で、覆面ライダーたちの指から抜き取り、奪い取った。
「うわ、マジで質が良さそうだな、このアンティナイト。卸元も察しが付くってもんだ。……で、どうするんだ?化物とやらに優位に立てる道具が奪われちゃった訳だけど」
「……か、囲め!相手はたった1人だ!複数人で囲めば―――っ!」
覆面ライダーたちは十六夜を中心に囲い込み、化物と対峙する恐怖を押し殺すためか、全員がナイフを取り出す。それが、悪手だった。
「ナイフで囲めば相手が脅えるって?チンピラか?オタクら。それに、さっき指輪を盗られたばかりじゃないか。なんでナイフは盗られないと思った?」
覆面ライダーたちが取り出したナイフは、アンティナイトの時と同じ要領で奪われ、全て十六夜の手に収まる。
「さてと。マイ・プリンシパルに手を上げたんだ。覚悟はできてるんだろうな」
「待―――」
「死んで詫びろ、悪漢共」
手に収まったナイフを、十六夜は覆面ライダーたちの脳天目掛けて投げ放つ。そうすれば、そのナイフは的確に、覆面ライダーたちのフルフェイスヘルメットに突き立てられた。
覆面ライダーたちは、1人残らず倒れ伏す。
「え……?殺したの……?」
「よく見てエイミィ。全部ヘルメットで止まってる」
エイミィは倒れ伏す覆面ライダーたちが死んだものと勘違いしたが、実際は雫が言う通り、ナイフは全てヘルメットで止まっている。脳天を貫くどころか、額を裂いている物は1つも――
「あ、やべ。1人刺さってるわ」
「ええええええええええええええ!!!!????」
――残念ながら1つは額を裂いていた。
そんな事を十六夜から報告され、これにはエイミィも仰天する。
「だーいじょうぶ大丈夫。間違っても殺しちゃいないよ。ほら、薄皮ちょっと切っただけさ」
刺さっていた1人のヘルメットを剥がせばほら安心。紙で切ったのと同程度くらいで、出血も大してしていなかった。
まぁ、笑顔で十六夜に掲げられた男の泡を吹いている姿には、何も安心できないだろうが。
とにかく、覆面ライダーたちは死んだ訳ではなく、全員死を幻視して気絶しただけだったのである。
「で、深雪さん。こいつら通報しちゃって良いの?」
十六夜は覆面ライダーたちの安否を全部確認したところで、いるはずのない深雪へ声をかけた。
そう。ほのかたちが心配で影ながら付いてきていた深雪へ。
「……気付いていたんですね」
「視線には敏感なもんでね。後、多分深雪さんは隠密に向かないよ。存在感バリバリだ」
隠れても無駄だろうと歩み出てきた深雪。自身ではうまく尾行できていたと思っていただけにショックと驚きは大きかった。もしかして、十六夜が魔法師界の裏を渡り歩いた実力者なのではないかと、疑ってしまうくらいに。
疑いを掛けられている事は感じ取りながら、十六夜は素知らぬ顔で話を進める。
「そんな事よりも、だ。どうすれば良い?この下手人たち」
「……ちょっと大事にしたくない事情があるのですが」
「俺は構わないよ。危ない目には遭ったけど、結局雫たちは無傷だし。後、俺もちょっと手札を切り過ぎたしね。あんまり表ざたにされて目立つのは避けたいんだよねぇ。まぁ、最終的な決定権を持っているのは被害者たる雫たちだけど。どう?」
「私の方もそれで構わないよ。自衛のためとはいえ、魔法で先制攻撃したから。それで揚げ足とられかねない」
深雪の大事にしたくないという意向に、十六夜も雫も従う。雫が従わざるを得なくなった原因、先制攻撃をしたエイミィは『てへぺろ』みたいな反省皆無の態度をとり、ほのかは反省してあわあわしていた。
「じゃ、そういう事で。俺たちはトンズラさせてもらいますぜ。ほら行こう、やれ行こう」
十六夜は雫・ほのか・エイミィの背中を押し、その場から辞そうとする。深雪が事後処理に動くだろう事をあえて看過しながら。