魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

1 / 129
襲名編
第一話 燻る篝火


 

 船に揺られていた。いや、乗船しているのが軍艦であるから大きな揺れなど伝わってこないが、精神的には荒波にもまれていた。

 

 同室する者は皆15に満たない少年少女。されどその身は粗悪な銃火器と薄汚れた迷彩服を備えていた。彼らの目に光は灯っていない。当たり前だろう。俺たちは此度の戦争で使いつぶされる少年兵、もはや奴隷兵と言った方が正しいやもしれない。ほとんどの者が今より幼い時より身寄りがない者で、表立った身分も保護者もいない。それを良いように利用したのが、厳しすぎる訓練と最低限の食事で養われただけの肉壁だ。

 

(戦争か……)

 

 彼らと同じ身の上の俺は、今までの半生を振り返る。この身は高々13歳。振り返るほどの厚みがあるのかと思案すれば、()()()()()()()()()()()()。俺には生まれる以前の記憶があった。俗にいう前世というものだ。と言っても、その前世にもあまり厚みがない。

 

(自身に絶望して、人様に迷惑かけないように死んでみたんだがな)

 

 肉体年齢的に年甲斐もなく自嘲してしまう。前世は優れた両親と兄・姉に囲まれた、傍から見れば幸福な家庭だったろう。家族はみんな優しかった、何の才能も持たない俺にさえ。俺は家族の優しさに一切答えられない自身が許せなかった。故に、ひきこもって脛を齧るなんて親不孝をするくらいなら、今後金がかからないようにと命を絶ったのだ。

 

(来世は少年兵とは。親不孝の罪はしっかり償えという事だ。素晴らしいな、お天道様)

 

 死後、暗転した視界が光を捉えた時は地獄行の裁判でも始まるのかと思ったが。目を開けてみれば広がっていたのは知らない天上で、質素なベッドの上。さらに言うなら体が縮んでいた。

 

(転生なんて、まさか俺自身が体験するとはな)

 

 意識の覚醒から現れた大人に聞いてみれば、軍設備に捨てられていたという話。一体どんな世界で罪を償えばいいのか分からぬ俺が、まず知ったのは自身が居る国の名前・()()()()()()。なんの冗談かと当初は耳を疑った。だが、聞こえてくるサイオンだのプシオンだので現実逃避は出来なくなった。

 

(『魔法科高校の劣等生』、割と好きだった作品だが。二次元に転生なんて、ハッピーな元ジャパニーズピーポーじゃなきゃ発狂モノだろうよ)

 

 最初はワクワクしたモノだ。魔法が科学の延長線上にある世界。魔法師の適性があれば、魔法が使える世界だ。この世界なら、魔法師としての才能があるならば。そんな希望を抱いてみても、現実は非情だ。自身に魔法師の適性はなかった。

 

(まぁ、それ以外の力はあったんだがな)

 

 自身の力に気付いたのは、厳しさに耐え兼ねた訓練の最中だった。唐突に訪れた虚脱感に反して、次の瞬間には体に力が満ち溢れていた。体が()()()()()()()()()

 

(リライト、か……)

 

 その感覚と効果に思い当たるものがあった。『リライト能力』。『Rewrite』という作品に登場した、自身を書き換え、強化し、変化させる異能。自身の身体能力を人外じみたものに強化したり、はたまた鳥のような翼を持つ体に変化させたりする強力な能力。しかし、払われる代償は自身の生命。書き換えれば書き換えるほど寿命はどんどん削れていく。しかも、その残量を知覚できるのは、ポイント・オブ・ノーリターン(死ぬ直前)

 

(自殺するような親不孝者にはお誂え向きな力だな)

 

 希望が見出せないと命を捨てた者に贈られた、希望を見出すために命を捨てる能力。転生特典か何かは知らないが、有効利用するつもりではある。しかし、代償の大きさもあって、いまだ2()()しか使っていない。

 

(慎重にアクセルを踏まなければ。命は有限だ)

 

 ついついまた自嘲してしまう。前世で命を蔑ろにした者の思考ではないなと笑ってしまいそうになる。

 

(とりあえずは、この戦争を生き延びる。先の話は、それからだ)

 

 今回の戦争、後に『沖縄海戦』と呼ばれるそれ。少年兵として捨てられるだろう俺は生き延びる算段をしていた。

 

(生き延びるんだ、今度こそ。罪を償うんだ、今度こそは)

 

 前世の無能の罪、そして親不孝の罪をこれからの人生で償う。俺が生きる理由をそれと定めた。

 

 開戦は近い。

 

◇◇◇

 

「ほらさっさと動け、クソガキども!」

 

 これより戦地となる沖縄。既に魔法師の斥候が暴れ始めているようだが、その場をさらにかき乱すのが少年兵である自身らの役目だった。

 

 日本の地に上がり、何の拘束もされていないこの時を逃すつもりはない。俺は、今まで自身らを扱き下ろしてきた軍人に、型落ちのアサルトライフルを向けた。

 

「貴様何をっ!」

 

 銃声が3度鳴る。寸分違わず脳天をぶち抜いた。

 

(ああ、これで自由の身だ)

 

 指揮する軍人を失った他の少年兵らなど目もくれず、市街地の路地裏へと逃亡する。

 

(さて、これからだ。これからどうするか)

 

 無計画に逃亡を図ったわけではない。その先の考えは一応いくつかあった。

 

(日本軍への身売り、は無しだな。魔法師の適性が無い俺じゃ、人種差別の良い的だ。無難に孤児院で行き倒れを装うくらいか……。っ!)

 

 かつての2度目の書き換えで手に入れた狩猟本能・超人的な感覚が自身への殺気を感知した。

 

「ほう……?」

 

 前方へと飛び退いてから振り向き、背後にいた殺気の根源を視認する。俺は絶望することになった。自身へ殺気を放った人間はこの世界が『魔法科高校の劣等生』であると理解した時に必死に思い出した登場人物の内の一人、黒羽(くろば)(みつぐ)だった。

 

「ただの少年兵ではないようだな」

 

 暗殺などの暗い仕事をこなしている魔法師。四葉の関係者。現状で会いたくなかった部類の人である。原作では沖縄海戦への関与は描かれていなかったが、それを言うならそもそも少年兵の描写なんて記憶する限りなかった。俺というイレギュラーが呼び起こしたズレなのか、語られなかった事実なのか。今はそんなことを考えても意味がないのは分かっているが、それでも逃避したい現実だ。

 

「次は、侮らん……」

 

 油断が一切なくなり、先鋭された殺気が伝わってくる。魔法師との戦闘は初となる。超人技能だけでどこまで通用するかは分からない。が、やるしかない。

 

 アサルトライフルの引き金を引く。銃弾は彼方には届かない。

 

(障壁魔法!?原作で使ってなかったが、一般的な魔法だから使ってもおかしくはない。特技でないそれすら銃弾を止めるかっ)

 

 それでも、撃ち続ける。少なくとも撃っている間はこちらに近づけないだろう。弾が尽きる前に逃走経路を考えるが、その前に銃が銃撃を停止した。

 

(ジャムったか!どんだけ粗悪な品を寄越しやがった!)

 

 死んで当然の肉壁に上等なものなど渡されるわけはない。次の手を考える前に足止めする手が尽きた。常人以上の速度で距離を詰められる。

 

(超人技能!?違う、自己加速術式か!)

 

 判断が遅れたが、あちらのナイフを、身を捻り紙一重で躱す。しかし、躱したナイフが、ひとりでに此方に飛んだ。

 

(!?)

 

 移動系か加速系か、魔法によるナイフのノーモーション投擲。魔法という非常識を理解し切れていなかった自身は避けられず顔に一筋の裂傷が走る。

 

(まずい……!)

 

 黒羽貢の持つ精神干渉系魔法『毒蜂』。針の刺し傷程度の痛みさえ無限に繰り返し、ショック死に至らせる魔法。

 

「ぐっ、があああああああああああああああ!!」

 

 増殖する痛みに耐え兼ねた絶叫。自身に抗う術はない。死が目の前に見えた。

 

(満足したか?)

 

 己の絶叫がうるさく響く中、その現実を切り離すようにはっきりと脳裏に言葉が響く。

 

(何に満足しろって言うんだ)

 

 何の力も才覚も持たなかった前世。そして、特異な能力を持ったが活かせていない今世。満足どころか納得すらできるはずがない。

 

(罪は償えたか?)

 

 己からの問いがまた脳裏に響く。

 

(何も、償えていないだろ)

 

 今世もまた無駄に死ぬ。償えていない。いるはずがない。

 

(生きなければ。意地汚くても、醜くても。意味のある人生を生きなくては)

 

 そんな渇望が、俺に()()()()()()()()()

 

「ぐぅ、はぁ……はぁ……」

 

 己を書き換えた。痛みを意識的に無視できる体、痛覚をオンオフ可能なモノへと変化させた。

 

「何……?」

 

 魔法以外での対処にあちらは心底驚いているようで、すぐにまた警戒態勢に入った。しかし、こちらは痛みを無視できるようになったとはいえ、回復したわけではない。痛みに苛まれた疲労感を消すことはできない。

 

「く……」

 

 意識はそこで闇に落ちる。

 

 次、目を覚まして見たモノは。知らない天井だった。

 




 閲覧、感謝いたします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。