会場内では、警備隊と張り合う必要はないエリカが不審人物を探しやすい席を確保して座っていた。
辺りを監視しているため、エリカは後ろの方に見覚えのある顔に気がつく。
見覚え・・・というか以前は毎日会っていたし、今でもよく顔を合わせている。
相手の方もエリカに気がついたようで、ヒラヒラと手を振っていた。
「あれ?エリカ、あれって」
「げっ・・・・・・ただのナンパ野郎よ」
幹比古も気がついたが、エリカは他人のフリをすることに決めた。
自分の兄に対する態度としてはどうかと思うが、エリカが寿和の事をあまり良く思っていないのは確かだ。
視線もそらしたエリカだったが、その先に智宏と別れた達也と深雪の姿を発見する。
幹比古に付近の監視を頼むと、エリカは小走りであの兄妹のところに向かった。
「おはよー」
「あらエリカ」
「おはよう。ところでレオはいないのか?」
「あ、あのねぇ。アイツとあたしをワンセットにしないでくれない?」
エリカは人がたくさんいる会場内だからか、小声で達也に講義した。
しかしエリカはレオと一緒にいるのはよく見る光景だ。この前だって仲良く登校してきたし。
達也も意味ありげに言ってるわけではない。いつも一緒にいるからこのような質問をしたのだ。
「ところで他の連中は?」
「ミキ達はあそこ。クラスの皆は午後からじゃない?」
Fクラスのクラスメイトは九校戦で達也達が活躍して以来自信を取り戻したらしく、妙なノリも染み付いてこの論文コンペも全員で応援に行くと盛り上がっていたのを達也は覚えている。
午前9時。
論文コンペティションが開幕し、トップバッターの2高のプレゼンが始まった頃、遥は喫茶室でコーヒーを飲んでいた。
達也が会場にいる以上下手に動けないので、終わるまで暇な時間を潰そうと考えていた遥だったが、そこまで運はよくなかった。
「前の席、いいかしら?」
不意に声をかけられた遥はビクッとなり、声した方に振り向いた。
遥に声をかけたのは響子だった。
「ど、どうぞ」
「ありがとう」
この時遥は焦りの色を隠せずにいた。
当たり前である。監視していた対象に接触した響子から声をかけてくるなんて想像もできない。
注文した紅茶が運ばれてくると、響子は落ち着いた雰囲気でカップに口をつけた。
「ふう」
「・・・・・・」
「見つめられると恥ずかしいんですけど、ミス・ファントム?」
「ッ!いえ、エレクトロン・ソーサリスが私に興味持っていただけるなんて、光栄ですわ」
ミス・ファントム。それは響子のエレクトロン・ソーサリスと同じ2つ名だが、響子とは違って遥のは広く知られた名前でない。
遥の2つ名は非合法な諜報活動で情報を仕入れている正体不明の女スパイのコードネームなのだ。
そんな事をあっさり言った響子だが、彼女は落ち着いたままだ。
「それで、何の御用でしょうか?」
「私から言わなくてもわかっているのではありませんか?」
「・・・私は貴女と違って優秀ではありませんから」
「ご謙遜を。とても優秀な成績で卒業されているではありませんか。九重先生も高い評価を付けていましたわ」
遥は響子の要求がなんなのかわかっていたが、それに素直には応じる事はできなかった。
誤魔化そうとしたが、響子は遥が九重八雲の弟子である事も知っているようだ。まぁ藤林家は古式魔法の名家なので、同じ古式魔法の権威である九重八雲との繋がりもあるだろう。
なので遥についての情報も多い。一方遥が持つ響子の情報は少ない。
カードの枚数ではむこうが上手だ。
「無理なお願いはしません。ただ、お互いの領分は守りましょ、と提案しているだけです」
「意味がわかりません」
「ハッキリ言った方がよろしいですか?でも貴女にお咎めはありませんから、大丈夫ですよ」
響子の要求は遥が予想した通りのものだった。響子は軍がやる事に公安が首を突っ込むなと言っているのだ。
ここで響子を睨みつけても負け犬の遠吠えにしかならないのは遥本人もわかっていた。そして自分のとこにお咎めがこないという事は、そこまで手が回っているのだとわかる。
用は済んだと言わんばかりにスっと立ち上がった響子は、遥の伝票まで持ってレジに向かった。2人の戦いの初戦は響子の勝利で終わった。
しかし、遥も収穫があった。このタイミングで仕掛けてきたのならば、達也と響子の間に秘密にしなければならない関係がある。それだけはわかった。
♢ ♢ ♢ ♢
2高が終わり、次のコンペが順調に進んでいる頃、智宏はロビーの一角を警備していた。
会場の警備は2人1組だが、智宏は達也の護衛をしていたためにペアがいない。ペアがいてもその人に迷惑をかけるかもしれないので、智宏は克人から1人での警備を言い渡されても文句は言わなかった。
するとそこへ真由美と摩利、鈴音がやってきた。予定していた到着時間より1時間早い。
3人を見たいると、真由美が智宏の視線に気がついて近づいてきた。
「智宏く〜ん、来ちゃった」
「・・・・・・(いや知らんがな)」
「そ、そんな嫌そうな顔しなくても」
真由美の第一声が予想外の言葉だったので、うっかり智宏は表情を表に出してしまった。
少し遅れて到着した摩利は相変わらずニヤニヤしている。
「やぁ、頑張ってるかい?」
「はい。ところで何故こんなにも早く?」
「うん。訊問が早く終わったんだ」
「今日やったんですか」
誰の訊問かはわかっている。関本のだろう。呂剛虎の襲撃の日は途中で訊問が遮られてしまったため、十分な情報は得られなかった。
無論襲撃の次の日に訊問の続きを行おうとしたところ、関本は錯乱状態になっていたらしい。職員曰く、自分の命が狙われてパニックをおこしているからだそうだ。
本人の精神が安定していない状態では、まともな訊問もできない。七草の名前を使うわけにもいかなかったのだ。
「関本と平河の目的がコンペ資料だったから狙いは論文コンペだろうと思ったんだ。事件が起きてからでは意味が無いだろう?」
「まぁそうですね。それで何か聞き出せましたか?」
「ああ、ちょっとこっちに来てくれ」
摩利は智宏をロビーの柱の影に呼んだ。ここなら他の生徒からは見にくいはずだ。
「実はだな。関本はマインドコントロールを受けていた可能性がある」
「マインドコントロール?確か1高はブランシュの事件以来1ヶ月に1回メンタルチェックがあったはずですよね?」
「メンタルチェックの後に受けたんだろう」
「それ以前に彼は魔法を国家が秘密裏に管理するのが気に入らなかったみたいなの。彼みたいに魔法式と起動式は世界で共有されるべきだと言う人はたくさんいるわ」
「なるほど。精神干渉魔法にかかりやすい下地があったんですか」
催眠術は人によってかけやすさが異なる。いくら自分が相手に命じても、人の意思は意外に強固なものなので、行動原理に干渉するのは難しい。
関本のように利用しやすい人がいればいるほどスパイが作りやすいし、上手く催眠術をかければやがて被術者が捕まっても自分たちの尻尾には辿り着けないのだ。
「関本の考えはわからなくもない。しかし今の世界情勢では難しいんだ」
「下手に高度な技術を渡したらその時点で国賊ですからね」
いつの時代も機密情報が他国に流出する事がある。第三者を通して情報を流したり、工作員が自ら情報を掴んだり、パターンは様々だ。
特に軍事技術の情報漏洩は利敵行為にもなりうる。国賊と言われても文句は言えない。
今回のパターンは論文コンペ狙いだと事前にわかったので、何かあっても体勢を立て直せるだろう・・・・・・多分。
「とにかく、今日は気をつけてくれ」
「わかりました」
智宏と話し終えた真由美達は控え室に向かう。今あそこには達也を含めたコンペのチームがいるので、一緒に来た鈴音を送りに行くのだろう。
3人を見送った智宏は、携帯端末に達也からメールがきている事に気がついた。
「ん?(メールだ。なになに・・・・・・えっ、呂剛虎に逃げられただって?)」
その内容には驚いた。
達也は響子から連絡があったらしく、トイレに行くついでに智宏にメールをしたのだ。
詳しい内容は書いてなかった。おそらく響子が簡潔にメールを送ったため、達也も知らないのだろう。
響子がこの情報を得たのは通信ブースの中。風間からの緊急コールで回線に出たらこの事がわかった。呂剛虎を乗せた護送車が襲われ、生存者は無し。全滅だった。
5高の発表が終わって昼休憩になる頃、克人は警備隊本部で昼食をとっていた。
目の前に服部と桐原がいて、服部は訊問の結果について報告している。
「――以上です」
「わかった。お前達は会場の外周を監視しろ」
「「わかりました」」
「あとは・・・・・・現在まで周囲に違和感はないか?」
「違和感ですか・・・そうですね、いつもよりアジア系の外国人が多い気がします」
「俺は街中の空気が殺気立っているように感じました」
「・・・なるほど」
服部の言う通り、会場近くはもちろん横浜に見られる外国人の姿は多い。日曜日の横浜は観光客でいつも賑わっているが、今日はなんだか様子がおかしい。白人や黒人はいつも通りだが、アジア系の外国人が普段より増えているのだ。
それに付け加え、桐原が感じた殺気は冗談ではないだろう。桐原は1高でも高い実戦能力を持つ者の1人なのだから。
数十秒後、黙り込んでしまった克人は2人にこう言った。
「服部、桐原。警備に行く前に防弾チョッキを着ろ」
「「ッ!」」
克人の言葉を聞いた2人は目を見開いた。
そんな2人を気にとめた様子もなく、克人はマイクを手に取り、スイッチを入れてこう言った。
「1高の十文字だ。警備隊に告ぐ。午後から防弾チョッキを着用しろ。繰り返す。午後から防弾チョッキを着用しろ」