智宏と達也は帰宅してからすぐにテレビフォンである番号へかけた。深雪はまだ仕事が終わらないらしく、帰ってきていない。
『もしもし?』
「司波ですが」
『達也君ね・・・・・・あら、智宏君まで。どうしたの?』
電話に出たのは響子だ。
実は彼女に電話するのは本日2回目らしく、本人は珍しがっていた。
智宏と達也は響子がやけに着飾っているのに気がついた。
「・・・・・・忙しかったですか?」
「もしかしてデートで?」
『ざんねーん、お・し・ご・と。あーあ、どっかにいい男いないかしら』
口調からするとアルコールが入っているのだろう。しかし2人はわざわざ「飲んでます?」なんて聞かない。
響子がいるのは背景からすると車の中。自動運転があるこのご時世でも飲酒運転は禁止されている。にもかかわらず響子が車に乗っているのは他に誰かいるからだろう。
「・・・・・・相談したいことがあるんですが」
『相談したいこと?』
「智宏は信用していますので大丈夫ですが・・・そちらは?」
『こっちも大丈夫。今は1人よ』
「では。実は本日学校で強盗に遭いまして」
『あら』
画面に映る響子の目は丸くなっており、酔いも覚めたようだ。
「俺が達也を護衛しているのですが・・・油断しました」
「未遂だったのが幸いですね」
『随分強力な護衛ね。でもそう・・・実力行使に出たと』
「その際に現場の映像を入手しました」
『で、その詳しい中身は?』
「ツールとハッキングを仕掛けられたCADのログです」
『なるほど。達也君は狐を私に仕留めろと言うのね?』
達也から送られてきたデータを確認した響子はジト目で達也と智宏を見た。
実際に達也は朝早くからいろいろ被害にあっている。実行前に犯人を割出せていなかった響子は少しだけ罪悪感を感じていた。
『まぁいいわ。隊長からもケリをつけるように言われてるから』
「ではお願いします」
引き受けてくれた響子に達也は礼をを述べて電話を切った。
データを受け取った響子は車の外に追い出していた千葉寿和を助手席に招き入れた。
「すみません。プライベートなものでしたから」
「大丈夫ですよ。それで、どんなネタが?」
「狐の手がかりと、その狐に利用された鼠の映像です」
「なるほど」
「これを警部さんにお渡しします」
「我々にアジトを探せと」
「映像の中にある高校生の立ち回り先を調べてもらえれば結構です」
ここで寿和は黙ってしまった。
捜査令状もなく捜査をすることはできない。
しかも対象者がら高校生となれば簡単に令状はとれない。
ところが寿和が指摘したのは別の問題だ。
「場所はどうなってるのです?」
そう。場所だ。
1人の人間が行動する範囲は1ヶ月でも無数にある。その中から怪しい場所を特定するとなると至難の業だ。
しかし響子は涼しい顔で答えた。
「既に32箇所にしぼってあります。これでどうですか?」
「も、もうそこまで・・・」
「別の協力者がいまして」
「なぜそれを?」
「女の子だからです。未来ある女性をブラックリストに載せたくないのです」
「男だったら?」
「自己責任です」
こう言い切った響子に寿和は唖然とした。
♢ ♢ ♢ ♢
その狐の1匹が巣穴に帰ったのは日付が変わった後だった。
負傷した呂を見た陣は愕然としたが、その経緯は聞かなかった。
任務は続行可能だったが、呂の主張を却下してアジトに呼び戻した。状況が変わったからだ。
「第1高校の協力者である関本勲が捕まった。場所は八王子特殊鑑別場らしい」
「では?」
「あの娘は後回しだ。先に奴を始末せよ」
「
普通の病院ならともかく、関本が収容されているのは魔法技能を持つ者を拘留する特殊な施設。素人は論外だが、並大抵の技量では手が出せない。
負傷した上任務のランクが上がったにもかかわらず、呂は平然とした表情で応えた。
明けて月曜日。
停車した電車から智宏と深雪が出てくるのを待っていた達也は、後ろの車両にクラスメイトが乗っているのを発見した。
向こうも気がついたらしく、「あ」とか「げっ」とう形に口を空けている。
「ん?どうかし・・・・・・あ」
「お兄様・・・・・・?まぁ!」
達也の視線の方向に目を向けた智宏と深雪。2人共達也が見つけたクラスメイトを発見すると、同じような反応をした。
3人の視界には、ぎこちない愛想笑いを浮べたレオとエリカがいた。
下校時はともかく登校時にいつものメンバーで全員で通学路を歩くのは数少ない。
だいたい誰か1人か2人いない程度だが、今日は朝早く家を出たため、学校へ向かう生徒はまだ少数だ。
「な、なぁ。なんで達也達はこんなに早いんだ?」
少々不機嫌な声でレオが達也に尋ねる。
「あと1週間だからな。色々あるんだ」
「レオとエリカも早いじゃん。どした?」
達也には日曜日の論文コンペを控えているという理由がある。
いつもならエリカとレオはまだこの時間はここにいないはずだ。
逆に智宏が質問したが、見事にスルーされてしまう。しかし、その後の深雪の独り言でエリカの足はピタリと止まってしまった。
「じゃあ今日は西城君が早起きだったのかしら・・・」
「っ!違うわよ!まるであたしが毎朝コイツを起こしにいってるみたいじゃん!」
「そうだぜ。今日は俺の方が早かったんだ!」
「「「・・・・・・」」」
エリカは必死の反撃を繰り出したが、レオの余計な一言で台無しになってしまった。
自分が何を言ってしまったのかをわかっていないレオをエリカは睨みつける。
どうやらレオはまだ状況が理解出来ていないようだ。
「え?何?」
「・・・」
「痛ってぇ!」
そんなレオにエリカは蹴りを入れ、とっとと校舎の中に入っていった。
♢ ♢ ♢ ♢
昨日呂剛虎による襲撃があった病院の一室にて、千秋はベッドの上でため息をついていた。暇で暇でしかたないのだ。
せめて書籍でも持ってきてくれてもいいのに、この病室には何も無い。
今朝入ってきた看護師が今日丸一日面会禁止だと言っていたので、話す人も来ないだろう。昨日の騒ぎは知っている。自分を利用していた連中が自分を消しに来たのだろう、と。ただ、もう千秋は何もかもどうでもよくなっていたため、再び暗殺者が来ようとも抵抗はしないと決めていた。
そんな事を考えていると、病室のドアがノックされた。
「どうぞ」
「お加減はいかがですか?」
「え、周さん?」
医者や看護師かと思っていたが、入ってきたのはなんと昨日と同じ花束を持って現れた周だった。
彼は千秋にとった恩人だ。
姉を見るのが辛くて家を飛び出した彼女に優しい声をかけてくれた。
自分の想いを肯定してくれた。
達也に復讐するためのお膳立てをしてくれた。
そんな人が面会できないはずなのに病室に立っていた。
「面会はできないんですよ?」
「ふふ。とっておきを使いました」
「魔法?」
「まぁ少し違いますね」
周は持ってきた花束を花瓶に移し替えながら千秋の質問に応えた。
「ごめんなさい。上手くできなくて・・・」
「気にしないでください」
「・・・・・・」
「でももし。私が貴女の悔いになるのなら。重荷になるのなら・・・」
花束を移し終えた周はベッドの横に膝をつき、千秋の手を優しく握る。
しかしその目は千秋の顔をじっと見つめている。千秋もその目を見つめ、声に耳を傾けた。
この時点で千秋の意識は周に支配されていた。
「なるのなら?」
「私の事は忘れてください」
「忘れるの?」
「ええ。忘れなさい」
「・・・わかった」
自分が何を言っているのかを千秋は理解していない。それどころか自分の言葉を脳に焼き付けるように聞いている。
周に誘導され、千秋は彼の事を強制的に脳内から、心の中から忘却した。
そして、千秋から自分の事を完全に消した周は、視線を外すと再び千秋を見ることもなく病室を出ていったのだった。
ワクチン2回目接種しました。全身痛かったです。