四葉を継ぐ者   作:ムイト

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第65話 人食い虎VS幻影刀

 

 ここは国立魔法大学付属立川病院。

 現在の時刻は午後4時過ぎなので、立派な花束を持ったスーツ姿の青年が廊下を歩いていてもおかしくはない時間帯だ。

 しかし、こんな目立つ格好で歩いていてるのにすれ違う看護師や見舞い客達は少しも気にかけた素振りを見せていない。

 

 青年は迷いのない足取りで音もなく歩き、4階の廊下に出ると見覚えのある男が立っていたので急いで曲がり角の壁に隠れた。

 視線の先にあるのは呂剛虎(リュウ カンフウ)の巨大な背中。周はここへ来るのは陣に話しているが、あの男がここに入院する少女・平河千秋の見舞いに呂を寄越すなどありえない。

 

 事態を察した周はなんの躊躇いもなく非常ベルを押した。

 

 ここで時間は周が階段を登っている頃に遡る。

 病院の1階ロビーにおそろいの赤いコート(ペアルック)を着たカップルが訪れていた。天才剣士で千葉家の次男、千葉修次と魔法大学付属第一高校の前風紀委員長であった摩利だ。

 

「シュウ、すまない。こんな事に付き合わせて」

 

 いつもは1高だけでなく他校の下級生からも絶大な人気を集めている摩利だが、今日に至っては恋人の前という事もあって女性的な柔らかい空気を纏っている。

 ファンが見たら卒倒するかもしれない。

 

「水臭いなぁ。気にしなくてもいいのに」

 

「明日は早朝に出航するんだろう?」

 

「そうだね。でも僕達がやるのはグアムでの合同上陸演習だし、10日程度の短期研修だから気を使わなくても大丈夫さ」

 

 そう言って修次は摩利に笑いかける。

 だが摩利はあまり納得したような表情を浮かべてはいない。

 

「摩利?」

 

「・・・・・・これまではエリカに稽古をつけてたじゃないか。今回はいいのか?」

 

「ああ、エリカだったらクラスメイトと稽古してるよ。中々見所のありそうな奴だった」

 

「クラスメイト?男か?」

 

「違う。ただのクラスメイト(・・・・・・・・・)だ。間違いない」

 

 摩利はエリカの事を気にしていた。

 帰ってくる兄から稽古をつけてもらうのをエリカは楽しみにしていたはず。そう思っていたが、どうやら彼女は別の稽古相手を見つけたらしい。

 

 修次がいう見所のある奴というのがレオだと摩利はなんとなく察したが、その後の何気なく口にした質問は予想外に強い口調で返された。

 その理由が大事な妹を思ってなのか、男(レオ)を警戒しての発言なのか、これまたその両方なのか。もちろん摩利はわかっていた。

 

 目の前の彼女からじーっと見つめられた修次はわざとらしく咳ばらいをした。

 

「と、とにかくエリカの事は気にしなくていい。それよりも僕は摩利と一緒にいたかったんだ」

 

「あう・・・・・・そんな恥ずかしいことは口にしないでくれ」

 

 まさかの攻守逆転。

 風紀委員長の引退まで達也を動揺させてやろうと頑張ってきた摩利は修次の露骨な口説き文句にあっけなく撃沈された。

 

 顔を真っ赤にして黙り込んでしまった摩利を修次が微笑んで見つめていると、突然病院内に非常ベルが鳴り響いた。

 これには撃沈していた摩利もパッと表情を真剣なものにした。

 

「シュウ。火事か?」

 

「いや、これは暴対警報だ」

 

 暴力行為対策警報、略して暴対警報。

 これは暴力や犯罪に第三者が巻き込まれないようにするための警報と、治安回復のための協力者を集める合図でもある。

 

「場所は・・・・・・4階だって!?」

 

「もしかして摩利の後輩がいるのも?」

 

「うん!」

 

「なら行こう!」

 

 修次は摩利の後輩がいる階からの警報で、他人事ではすまされない事態だと理解する。

 そして2人は魔法を使ってロビーから4階の廊下まで跳ねるように向かって行った。

 

 突然鳴り響いた警報だったが、その対象者である呂は全く動じずに病室のノブに手をかけた。

 しかし、ノブを引っ張ってもドアは開かない。呂は知らなかったのだが、この病院のドアは暴対警報が鳴ると患者の安全確保のためロックされる事になっているのだ。

 

 些細な文化の違いだったが、呂はすぐさま腕に力を入れてノブを無理矢理引っ張った。

 元々鍵を壊して入室するつもりだったので、多少のタイムラグがあったがさほど問題はない。

 

 ところがその多少のタイムラグは予想外の介入者を許してしまう。

 呂はドアノブを派手な音を立てて引き抜いた直後、横から強い気配を感じた。

 

「お前は・・・人食い虎、呂剛虎!」

 

幻影刀(イリュージョン・ブレード)、千葉修次か」

 

 千葉家の十八番である自己加速術式によって、摩利よりも先に階段を駆け上がった修次は大柄な男がドアノブを壊している場面に遭遇した。

 

 近接魔法戦技の権威として知られる千葉家の人間として修次は呂の顔と名前をよく知っていた。

 対人近接戦闘において世界で十指に入ると言われている大亜連合の白兵戦魔法師。歳が近いこともあり、たまに修次とどちらが強いか話題に上がっている。

 

 そして呂の口からも微かな声が漏れた。

 幻影刀という異名を持つ修次は呂のターゲットが自分に向いたのを感じ取り、2人の視線が交錯した直後、強者達の戦いの火蓋が切られた。

 

 修次は懐から20センチほどの棒を取り出し、ボタンを押すとその先端から15センチの刃が飛び出した。

 一方、呂は無手の構え。修次の手に握られている刃に恐れる色を見せずに突進した。

 2人の距離が縮まると先に攻撃を仕掛けたのは修次だった。

 

「はぁっ!」

 

 短刀が振り下ろされた瞬間、呂は頭上に左手をかざした。

 まだ刃の攻撃範囲内に入っていないのだが、刃の延長線と左手が重なった瞬間「ガンッ」と重い音がする。これは加重系魔法【圧切り】。極小の斥力場を作りだして接触したものを切断する魔法だ。

 

 まさに幻影刀。しかし、それを素手で受け止める呂も驚異的だ。

 呂が使ったのは鋼気功(ガンシゴン)。体術の1種である気功術を元にし、皮膚の上に鋼よりも硬い鎧を纏わせることができる。

 

 刃を受け止められた修次は魔法をキャンセルし、そのまま右手を振り下ろした。

 そして素早く斜めに切り上げる。

 呂も防御のため右手を叩きつけたが、また修次が魔法をキャンセルさせたので結果は互いに空振り。ところが斬撃に備えた呂の身体は右にそれる。

 その瞬間を見逃さなかった修次は先程よりも早いスピードで刃を振り下ろした。

 

 再び重い音が鳴るが、血しぶきは舞わずに仰向けで刃を受け止める呂がいた。

 その体勢から呂は背中を軸にして回転蹴りを放つが、修次はそれを後ろに飛んで躱す。

 大きく離れた2人。この隙に呂は立ち上がった。

 

 今度は呂が大きく踏み込み腕を突き出す。

 その腕に修次が短刀を振り下ろしたが、腕に巻き付く螺旋の力場によって弾かれた。

 弾かれた衝撃で修次の体勢は崩れ、呂はその隙を逃さず体勢を立て直す時間を与えない。

 拳、掌、熊手と手の形を変化させながら肘、肩、体当たりを混ぜて修次を攻めまくる。ただ、修次はこれを後退しながらギリギリのところで躱し、未だ直撃を避けていた。

 

 後退を繰り返す内に、とうとう逃げ場を失った修次は背中に壁が当たる感触がした。

 呂も風車の如く腕を回転させて打ちかかる。振り下ろされた右腕に修次は自らの右手を呂の腕に当てて起動をずらし抑え込む。呂はその右手に短刀が握られていない事に気付き初めて動揺した。修次は右手でガードする前に短刀を左手に持ち替えていたのだ。

 

 結果、修次の右腕が切り刻まれるだけで済み、下がろうとした呂の脇腹を短刀が切り裂く。血が吹き出して床を汚し、呂は初めて膝をついた。

 そして脇腹を押さえながら修次を見た呂は、背後に気配を感じて反射的に振り向いた。

 

 振り向いた先には、修次の後を追いかけてようやく現場に辿りついた摩利が立っていた。

 摩利はCADを操作し、陽炎の刃を2本作って呂を攻撃する。刃の隙間に身体をねじ込むようにして避けようとした呂だが、刃から解き放たれた空気が衝撃波となって左右から呂を挟み撃った。

 苦悶の呻き声を上げた呂。

 彼はとっさの判断で天井からぶら下がっていた照明に飛びついた。

 

「待て!」

 

「ぐおぉぉぉぉ!!」

 

 修次の制止する声を聞きながら呂は下に降下する。しかも無理矢理落ちたもんだから照明から感電して電流が呂の身体を走った。

 

 切り傷に衝撃波、さらに感電といったダメージが呂を立て続けに襲って行動不能になると思われたが、修次と摩利が廊下の下を覗き込んだ時にはロビーから出入口まで呂の物と思われる血痕が続いていただけだった。

 

 摩利はロビーから修次に視線を戻し、怪我をしているのを見ると急いで駆け寄った。

 

「シュウ!大丈夫か?」

 

「摩利、助かったよ」

 

「怪我は?」

 

「問題ないよ。幸いここは病院だからすぐに治療できる」

 

 結局、修次と呂の勝負は痛み分けだった。

 互いに負傷したのは右手と脇腹。長期戦なら修次に勝機はあったかもしれないが、短期決戦だったならわからない。

 

「あの男は何者だ?あれだけの傷を負って逃げれるなんて」

 

「奴は呂剛虎。大亜連合の特殊工作部隊の魔法師だ」

 

「他国の工作員!?なぜ日本に・・・・・・」

 

 考え込んだ摩利の肩に修次は手を置き、自分の方を向かせた。

 

「摩利」

 

「な、なんだシュウ」

 

「奴は摩利の顔を覚えている。もしかすると君の所に来るかもしれない。だから1人で行動しないでくれ」

 

「わかった」

 

「大事な摩利を危険な目に合わせたくはないんだ」

 

「そ、そんな事言わないでくれよぅ・・・・・・」

 

 修次の言葉に摩利は照れながらも頷いた。

 今の勝負で修次の相手、呂剛虎がどれだけの相手なのか理解したようだ。

 

 翌日の朝。無事に出航した修次だったが、短期研修の間摩利の事をずっと心配していたのは言うまでもない。




カッコイイ女性が彼氏に対してはデレるっていうの、良いよね。

※こちらの操作ミスでこの後に73話を投稿してしまいました。申し訳ありません。

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