風紀委員長である花音は五十里の護衛も務めている。今は別の風紀委員に五十里を任せているが、やっぱ自分で守りたいのだ。
なので千秋が起きるまで五十里の所で護衛をするため、花音は中庭に戻って行った。
するとそこでもあの癪に障る1年生を見つけた。
花音の視界には1人の男子生徒がエリカに何か注意している様子が目に入ったが、何か言われているはずのエリカは「しったこっちゃねーよ」という雰囲気を出して話を聞き流していた。
何があったかを確かめるため、花音は近くにいた智宏に話しかけた。
「ちょっと四葉君。これどういう事?」
「なんかあの2人がうろついているのが関本先輩は気に入らないみたいですね」
「はぁ・・・」
花音はうんざりしたようなため息をつきながら智宏から離れ、エリカと関本に近づいた。
「関本さん。何かありましたか?」
「ああ。なんの権限もないのにうろちょろしているのが邪魔だったから注意していたところだ」
事情を聞いた花音は柄ではないが頭を抱えたくなった。
なぜ目の前の男はわざわざ波風を立てようとしているのか。今は自分が風紀委員長なので、何かあったら面倒な事は全てこちらにくるのだ。
関本は3年。正直花音はとっと風紀委員を辞めて欲しいと思っている。(摩利や他の3年は全て引退している)
イライラする衝動に駆られながらも花音は2人に向き直った。
「関本さん。過剰すぎる迷惑行為なら私達に任せてください。貴女達も帰って。さっきの行為も暴力行為に見えるのよ」
とっとと事態を収めようとした花音に対し、エリカは冷笑を浮かべる。
自分でも姑息な手段だと思っているのだが、それを見てさらに頭に血が上った。
花音がこれ以上事態が悪化しないように奥歯を噛み締めていると、驚くべきことにエリカはあっさり背を向けた。
「じゃあ深雪、智宏君、達也君。またね~」
「俺も帰ろうかな」
エリカとレオが帰ったのを確認した花音はホッとため息をついた。
すると携帯端末に着信が入り、中身を確認した花音は保健室へと引き返す。
五十里も慌てて花音の後を追って持ち場を離れたが、それを誰も咎めなかった。
早足で校門を出たレオは、数歩先を歩くエリカの後を黙々と歩いていた。
いつもなら世間話でもして帰るはずの帰り道もエリカが何か考え事をしているため、2人の間には会話がない。
「ねぇレオ」
「ん?」
「この後暇?」
いきなり名前を呼ばれてレオは思わず立ち止まってしまった。もちろん振り返ったエリカも立ち止まっている。
質問の意味がわからず絶句してしまうレオだったが、一方のエリカは真剣な表情でじっとレオを見た。
「どうなのよ」
「・・・いいぜ」
「じゃ、来なさい」
エリカから発する雰囲気を悟ったレオは、先程までの呪縛を解き、再び歩き出したエリカの後に続いた。
保健室についた花音と五十里は扉を開けて中に入ろうと1歩前に踏み出したが、中では予想外の光景が広がっていた。
「失礼しまー・・・・・・」
花音と五十里の視線の先には、おっとりした声で出迎えてくれた安宿がもがいている千秋を取り押さえつけている光景があった。
おそらくこれを見た誰もが安宿から【おっとり】という印象を消し去るだろう。
「先生は戦闘力無いのでは?」
「やあねぇ。これは看護、看護よ」
「「・・・・・・」」
「えっと、ひとまず話がしたいんで放して・・・じゃなくて座らせてくれませんか?」
「いいわよ」
とっさに言い換えた花音を褒めるように安宿はニコニコしながら千秋をベッドに座らせた。
あのまま言葉を続けていたらどうなっていたことか・・・・・・。花音と五十里はこれ以上考えないようにした。
頭の中から余計な事を振り払った花音は、改めて千秋に視線を移した。
「一昨日は大丈夫だった?」
「・・・あ」
「無茶するわねぇ。よく大怪我しなかったものね。でもこれ以上はこちらも黙ってるわけにはいかないの」
花音に問われて千秋は一昨日自分を追いかけてきたのが花音だと気が付き、ハッとなって目を逸らした。
風紀委員長という立場を与えられたからこそ、下級生を更生させようという義務感が花音にはあった。
もしこの地位にいなければこんな事さっさと忘れていただろう。
「壬生さんに聞いたわ。あなた何をしようとしていたの?」
「・・・・・・プレゼンの魔法装置プログラムを書き換えて使えなくすることです」
「プレゼンの失敗を狙ったの?」
「違います!」
見た感じ花音は落ち着いていたが、内心は一瞬のうちに煮えくり返っていた。
よりにもよって五十里の晴れ舞台を邪魔しようとしたからだ。しかし、いつものように怒鳴ることはない。今日の彼女はよく我慢していた。
そして千秋から返ってきたのは予想とは違うものだった。
プレゼンの失敗を狙ってはいない。千秋のその言葉や態度には嘘は見受けられなかった。
「悔しいけど・・・あの男はプログラムを書き換えてもすぐに直してしまう。でも!でも私はアイツが困った顔が見たかったんです!」
「下手したら退学になるかもしれないわよ?」
「それくらいの覚悟がなきゃ・・・やってませんよ・・・!」
千秋はベッドの上で嗚咽を漏らし始めた。
途方に暮れていた花音は、自分の肩に五十里の手が乗せられているのに気が付き、その意図を察して自分は1歩後ろに下がった。
「君は平河小春先輩の妹だよね?」
「はい」
「先輩がああなったのは司波君のせいだって思ってるの?」
「・・・だってそうじゃないですか!アイツは小早川先輩の事故を防げたのにそうしなかった!アイツのせいで・・・お姉ちゃんは責任を感じて・・・!」
五十里の思った通り、千秋は達也を目の敵にしている。しかもその原因は九校戦で小早川の事故。あの時1高のCADにウイルスを仕込んだのを見抜けたのは達也だけ。しかも小早川を担当していた千秋の姉、平河小春は自分に責任があると感じて退学まで思い詰めていたのだ。
もはや八つ当たりと言っていいくらいだが、花音と五十里はこの場に深雪がいなくてよかったと思っていた。
深雪がいたらこの保健室は文字通り凍りついていただろう。
原因を聞いた五十里は苦々しさを混じえた声で再び話しかける。
「あの事故なら僕達エンジニア全員に責任がある。司波君だけの責任じゃないよ」
「笑わせないでください」
そう。小早川の落下事故に関してはあの時のスタッフ全員が悔やんでいるのだ。
しかし千秋は五十里の思いを嘲笑った。
花音がカッとなって前に出たが、五十里が手で制した。
「姉さんにもわからなかったんですよ?五十里先輩が分かるはずないじゃないですか。アイツは何でもできるのに自分からは動かない。そうやって無能の人を笑ってるんだわ」
「平河さん、それは違――」
「違くない!魔法だって使えるくせに才能を隠して・・・・・・あの男は影で他人のプライドを踏み躙ってるに決まってるわ!」
五十里は千秋の気持ちが少しだけわかった。
信じていたものが裏切られた時、人は争い続けてきた敵に対して深い憎しみを覚えるものだ。身内や自らに近い者が被害にあったならその感情はさらに増加する。
憎悪と妄念に塗れた叫びに花音と五十里が言葉を見失う中、見守っていた安宿が3人の間に割り込んだ。
「そこまでよ。ドクターストップ」
「先生・・・」
「これ以上は明日にしてちょうだい・・・ね?」
「・・・・・・わかりました」
♢ ♢ ♢ ♢
道路を走る2人乗りのキャビネット。その中にはエリカとレオが座っている。
同級生と2人きりで車に乗っているわけだが、2人の間にはなにもなく、レオだけ内心そわそわしていた。
相手がエリカだとわかっててもなんとなく居心地が悪い。
このまま黙ってるともっと居心地が悪くなりそうだったが、幸運なことに車内の沈黙は長くは続かなかった。
「簡単すぎない?」
「何がだよ」
「スパイよ。あんなお粗末にハッキングツールを持たせとくなんて」
「素人だったんだろ?」
「もしかしたら。もしかしたらあの子は囮かもしれない」
「それって本命は別にいるとか?」
「ありえるわ」
エリカのやけに真剣な態度に、レオは冗談や軽口でエリカが話している訳ではないのだと察する。
「でも変にうろつくより反撃メインの用心棒をやればいいと思う」
レオは脳筋なのでこういう時の対策が上手く浮かばない。
しかしエリカの言葉にピンとくるあたり、2人の思考回路は似ているのだろう。もちろん本人達に言ったら全力で否定するだろうが・・・。
どう出ていいかわからない。
なら待っていればいいのだ。
相手の狙いは論文コンペ。わざわざリスクを負って炙りださなくてもコンペの本番に近づけば向こうからのこのこ出てくる。そこを狙うのだ。
「なるほどな・・・。ん?てことは達也を囮にすんのか?」
「達也君なら殺しても死なないでしょ?それに智宏君が護衛についてるんだから」
「ハッ。確かにあの2人が相手だと近づく前にやられそうだ」
キャビネットの中の空気はエリカの冗談(本人曰くけっこう本気)によって明るくなり、2人はある場所に向かって行った。
2020年最後の投稿です。
今年もありがとうございました。そして来年もよろしくお願いします。
それでは、また。