仮往生伝試文 (講談社文芸文庫)

著者 :
  • 講談社 (2015年7月11日発売)
3.80
  • (2)
  • (5)
  • (2)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 109
感想 : 9
4

 1989(平成元)年刊。52歳の頃の作品である。実はほとんどリアルタイムにハードカバーで購入し、私が遥か以前から親しんできた『眉雨』と同年に刊行されたようだ。しかし、『眉雨』とは結構がまるで異なる。
 はじめ連作短編の形かと思って読み始めたのだが、前の章に記述された内容を直接言及する箇所が出てきて、これは長編小説なのだと気づいた。とはいえ、もちろんこの頃の古井さんの作品だから、大がかりな物語らしいものは全く存在せず、最初の方はことに随筆のような姿をしている。
 この作品の特色は、僧などの「往生」を採録した国内の古い文書を参照して紹介するような書き方で、カギ括弧もなく地の文に古語が紛れ込んでいるような風合いがある種のテイストを発生させている。さらに、ときどき話者(完全に古井さん自身と見られる)の「日記」が挿入される。この日記の箇所は、地の文の文脈と離れていたり、明白に呼応していたりする。異種のテクスト間を往来するような文章ストリームである。
 「往生=死」をひたすら巡る内容で、古井さん自身があとがきに記すように、循環する主題はかなり「辛気くさい」。この辛気くささを受け入れられるかどうかによって、この作品についての好悪が分かれるだろう。ここで言及される「死」は主に病死・衰弱死であって華やかな殺人・自殺ではなく、音も無く入滅するような地味なものである。奇しくも執筆時の作者と私は同年齢なので、身体のめざましい老化を感じ、それに続くだろう自然死に思いを巡らすような心理を理解は出来るが、このひたひたと執拗に「往生」に思いを凝らす雰囲気はかなり鬱病的でもあり、読むのはなかなかしんどかった。文体は相変わらず前衛的な冴えを見せて見事なものだが、展開される心象風景の色は何やら閉塞感につきまとわれてしんどいのだった。
 この作品の興味深いのは、「古文」「日記」「現在的な記述(随筆的な地の文)」という3種のテクストを往来する構造が、最後の方の章ではしばしば消失し、そこではもはや、文脈のいかなる差異も、自分自身の「往生」へ向かう主体の統合性へと回収され尽くし、万事が一体となって静かな死へ向かうのだ、という境地に達したのだと窺われる点だ。
 そういう点を考慮しつつ本作を再度最初から吟味し直せば、この作品の先鋭的な構造をさらに解読しうるのかもしれない。が、何か重ったるいしんどさに圧倒されて、そこへ再び自身を投じようという勇気は、今は湧いてこない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文学
感想投稿日 : 2022年6月4日
読了日 : 2022年6月2日
本棚登録日 : 2022年6月2日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする