震える端末。流れる音楽。そして部屋を照らす、鮮やかな光。
「んんん……んん?」
着信を告げるスマホに快眠を妨げられたえみるが、ベッドの中で身をよじる。
半分開いた眼を擦りながら、部屋を見渡す。真っ暗だ。カーテンから差し込む光もない。つまり、今はまだ夜。
「なんなのですぅ」
スマホに手を伸ばし、不躾な発信者を確認する。
表示された名前に、えみるの目が本来よりも大きく開かれた。
驚きながら、彼女はタッチパネルを操作する。
「こんな時間に、すいません」
耳を撫でたのは、愛しいアンドロイドの声。
「ルールー?」
聞き覚えのある柔らかさは、目覚ましとして効果的すぎた。えみるの眠気は完全に吹き飛んだ。
リモコンで部屋の明かりをつけ、時計を見る。
深夜零時。夜に連絡を取り合ったことは何度もある。しかしこんな夜中に連絡がきたことはなかった。
なんの用事なのだろう。
「どうしても、えみるに、伝えたいことがあって」
ルールーの声は、どこか歯切れが悪いようにえみるには聞こえた。聞き馴染んだ声の、馴染みのない調子。
緊張している?服の裾を握るルールーのイメージをなんとなく浮かべながら、えみるは首を傾げる。
「伝えたいこと?」
「ハイ」
ルールーが唾を飲み込んだ。と、えみるは感じた。
「えみる、誕生日おめでとうございます」
息を呑んだ。予想もしなかった言葉。
「……もしかして、その為に?」
「はい」
「わたしが誕生日だから?」
「どうしても祝いたかったのです。えみるの記念日を、私が最初に。こんな時間に迷惑なことは分かっていましたが」
「嬉しいのです!」
声のトーンを落としたルールーを遮るように、えみるは叫んだ。
迷惑?とんでもない。
「ルールーは、私におめでとうって言いたくて電話をしてくれました」
迷惑だと思っていたのに、電話をして祝うという選択をそれでもルールーはしてくれた。
そのことが嬉しかった。えみるの為にほんの少しのワガママを見せてくれたルールーを、彼女はたまらなく愛しいと思った。
「ありがとうございます、ルールー。まさかこんなに早く誕生日プレゼントをもらえるとは思っていませんでした。なんて素敵なサプライズなんでしょう」
「……ありがとう、えみる」
スピーカーから届いた声に、えみるは慌てる。お礼を言ってお礼を返されるとは。
「いえ、お礼を言うのはわたしなのです」
「私はえみるにあたたかい気持ちにさせてもらいました。ですから、私こそお礼を言うべきです」
「そんなことないのです」
「そんなことはあります」
「ルールーはちょっと頑固な所がありますよね」
「それをえみるに指摘されるのは些か心外です」
「……」
「……」
一進一退。譲らぬ相方に、二人が押し黙る。
「ぷっ」
「ふっ」
そして五秒後。二人は同時に吹き出した。
「何をしているのでしょう、わたしたち」
「ええ、本当に」
真夜中零時を過ぎてする必要はない会話。けれどえみるには、この会話がとても尊いものに感じられた。
「ねえルールー、もう少しだけお話しませんか?」
「え?しかし」
ルールーの声には戸惑いが浮かんでいる。時間を確認しているかもしれない。
「少しだけ!ほんの少しだけ!誕生日プレゼントのオマケと思ってもらったらいいのです!」
えみるは畳み掛ける。彼女には好機を逃すつもりなど、毛頭ないのだ。
「……今夜のえみるは、少し不良です」
十分だけです
スピーカーから伝わってきたのは、諦めと呆れと微笑みと。
相手には見えない。けれど伝わると信じて、えみるは満面の笑顔を咲かせる。
「ルールーのおかけで、大人にちょっぴり近づけたのです!」
軽口をたたきあえる。そんな些細なことが、今こんなに胸躍る。
十二歳、誕生日。深夜零時を過ぎても眠らずに、大切な人とおしゃべりをする。えみるにとって最高の初体験が始まる。
「ルールー、大好きなのです!」
「私もえみるが大好きです」