私が初めて店長として勤務した飲食店は、新宿スタジオアルタの地下2階にあった。
その当時は、タモリさんの『笑っていいとも!』が、このアルタの最上階にあるスタジオで、平日毎日行われ公開生放送されていた。
『笑っていいとも』は、1982年から2014年まで32年間も続いたバラエティの長寿番組である。
 
 
特に、毎日日替わりゲストを電話で紹介する「テレフォンショッキング」が人気のコーナーだった。
このアルタには地下駐車場がなく、表の入口は新宿東口のど真ん中なので人が多過ぎるため、有名なゲストが出入りする場所はだいたい裏口だった。
ゲストがジャニーズ系や人気俳優だったときは、裏口に出待ちの女の子でいつもすごい人だかりになっていた。
タモリさんは毎日スタッフにガードされ、表の入口から堂々と出入りしていたが。
『笑っていいとも』が終了し、2年後にスタジオは閉鎖。
 
現在は劇場に変わっているらしいが、当時のこの番組の出演者の楽屋は、ビルの上の方の階にあった。
そして私たちアルタで働く従業員の休憩所も同じ階にあった。
椅子が横に5列くらいに並べられた休憩所で、テーブルはなく、備え付けのテレビでは常に8チャンネルが放送されていた。
 
1990年の有馬記念、あの伝説の名馬オグリキャップのラストランを見たのも、この休憩所だった。
そして、当時の番組のゲストや主演者も、テレビがあるためか、しょっちゅうこの休憩所に顔を出していた。
タモリさんを見たことは一度もなかったが、一番印象に残っているのは昨年亡くなられた「宍戸錠」さんだろう。
 
なぜかというと、私が女性のアルバイトと食事をしながら休憩をしていたら、私たちの席にきて気さくに話しかけてくれたのだ。
その日、テレフォンショッピングのゲストで来ていた宍戸錠さんは、楽屋が狭くて嫌なのでこっちへ来たと言っていた。
私が思うに、一緒にいた女性アルバイトにしきりに話しかけていたので、一般の女の子とただ話がしたかっただけなのかも?と思っていた。
昔の俳優さんは、みな一応に女好きだからね。勝手なイメージだけど。
 
 
『笑っていいとも』の公開生放送は、観覧に応募して当選すると客席で見ることができた。
『笑っていいとも』の後に放送されていた小堺一機さんの『ライオンのごきげんよう』もそのまま観覧することができたのだ。
私は一度も観覧に応募したことはないが、やはり一度くらいは生で見てみたいと思い、そのことを従業員のみんなにも話していた。
そんな中、毎日朝番をしていたベテラン(といっても大学生)の女性アルバイトがこういう話を持ってきた。
「いいとものスタッフさんと休憩所で仲良くなったんですが、顔パスでいつでも中へ入れてくれるというんです。私と一緒だったら見れますよ。」
当時はコンプライアンスもあまり浸透していなかった。
その女性アルバイトは可愛い子だったので、スタッフさんも少なからず下心があったんだろう。
ということで、私は明石家さんまさんの金曜日の回を一緒に見に行くことにした。
その当時、ジミー大西さんは明石家さんまさんの付き人で、よく私の店のサンドイッチをテイクアウトしてくれていたし。
スタジオに入ると、中は想像通りに狭かったが、観覧席は150人くらいは入れただろうか?
 
私たちは正規のルートで入っていないので後ろのほうの席で遠慮ぎみに観覧したが、テレフォンショッキングのゲストが誰だったのか?明石家さんまさん以外の出演者のことも、「ごきげんよう」のゲストも誰だったか一切記憶に残っていない(笑)。
今でも新宿アルタには、あの休憩所や楽屋はそのまま残っているのだろうか?
アルタの地下2階は今でも歌舞伎町に行くときに時々通るが、あの当時店があった場所はコンビニに変わり、昔の面影すら全くない。
 
30年の年月が過ぎ去っていた・・・。
 
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