第1編 物体の運動とエネルギー
第14回 液体や気体から受ける力 ~浮力~
物理基礎監修 駒場東邦中学校・高等学校教諭 市原 光太郎
お父さんとお母さん、そしてノブナガが朝の散歩から帰ってきました。
そこに、リコもようやく起きてきました。
リコ 「お母さん、お腹すいた~!」
母 「ちゃんと、出かける前に昨日のおでんを温めておいたの。おでんって、一日おいた方がおいしくなるでしょ。あれ、開かない。鍋のふた、開かないんだけど!?」
ノブナガ 「え、なんで?ホントだ~。」
母 「お父さん!どうなってるの、これ?」
父 「それはね、鍋が冷えたからだよね。そのために、空気の力が鍋のふたをぐっと押しつけてるんだね。」
母 「え、どういうこと?」
空気は温まると膨張し、冷えると収縮します。
鍋を温めたときには、鍋の中の空気が外に出てしまいます。
そしてふたがきちんとしまっていると、空気が鍋の中に入ってこられなくなります。
すると外からの空気の力がふたを押しつけて、鍋の中の力よりも強くなり、ふたが取れなくなるのです。
母 「え~。じゃ、どうしたらいいの?」
父 「もう一度、温めてみればいいんじゃないかな。」
リコ 「でも、空気の力って、そんなに強いの?」
父 「そうだよ。それじゃあ、空気の力がどれくらい強いのか、実験で確かめてみようか。」
空気の力を実感しよう!
350mlのアルミニウムの空き缶を使って実験します。
缶に水を少々入れ、炎で温めます。
加熱をやめてふたをし、この缶を冷やしてみると、缶は勢いよく潰れました。
なぜ、アルミ缶は潰れてしまったのでしょうか。
もともと空気の圧力は、缶の外でも中でも同じでした(左図)。
しかし、缶の中で水を沸騰させると大量の水蒸気が発生し、中の空気を追い出してしまいます(中図)。
缶にふたをして冷やすと、水蒸気が水に戻り体積が小さくなります(右図)。
缶の中には空気がほとんど無いので、圧力がとても小さくなり、外の空気の圧力で缶がつぶれてしまいました。
地上での空気の圧力は1cm2あたり10Nほどになります。
これは、1cm2あたりに1kgの物が乗っているのと同じ状態です。
これは、10cm四方の面積であれば、100kgのものが乗っているのと同じということになります。
母 「じゃあ、私の頭の上とか肩の上にも、そんなに重いものが本当は乗っかっているってことなの?最近、なんか肩こりがひどいな~っていうのは、もしかしてそのせいもあるの?」
リコ 「お母さん、違う、違う。そんな力、ちっとも感じないよ。」
父 「そう、感じないよね。そんなにすごい空気の圧力がかかっているのに、なんで感じないのかというと、手のひらの上からも空気の圧力がかかっているんだけど、下からも同じだけの空気の圧力がかかっているわけだ。だからつり合っているんだよ。」
母 「そしたら手がつぶれちゃうじゃない。」
父 「じゃあ、なぜつぶれないか?それは体の中、たとえば手の中からも、大気圧と同じ力で押し返しているからなんだ。」
父 「空気が生み出す圧力のことを『大気圧』というんだけど、大気圧はどうして生まれるか、わかるかな?」
ノブナガ 「空気の重さってこと?」
父 「そう。つまり大気圧は地球の重力が大気を引っ張ることによって生まれるわけなんだよ。たとえば、高い山に登ると気圧が低いのは、なんとなく知っているんじゃないかな。それは、高い山の上の空気は少ないから、大気圧も小さい。山のふもとでは、この上にたくさんの空気があるね。したがって、ふもとの方が大気圧は大きいということになるんだね。」
リコ 「大気圧の違いってそういうことだったんだ。」
水圧の大きさは?
父 「実は、大気圧と同じように、地球の重力が生み出す圧力が他にもあるんだよ。それは、地球上に大量にある水の中の圧力……。」
ノブナガ 「あ、それ水圧だ!」
父 「そう!水は空気よりも密度がずっと大きいから、水圧は大気圧よりずっと大きくなるんだよ。特に深海になると、ものすごい圧力がかかるんだ。」
ノブナガ 「潜水艦は、大きな水圧に耐える構造になっているんだよね。」
父 「そうだよ。では、ここで問題!この発泡スチロールの容器を水深1000mに沈めたら、水圧によってどうなるでしょうか?」
ノブナガ 「上から海水の重さがかかるわけだから……。」
リコ 「ぺちゃんこになって平らに潰れちゃう?」
父 「なるほどね。どうなるのか実際に調べてみよう!」
深海の調査を行っている海洋研究開発機構で実験をお願いしました。
はじめに、深海の圧力を再現できる実験装置に水を入れます。
次に、発泡スチロールの容器を水の中に固定します。
高い水圧がかかると、この容器は一体どうなるのでしょうか。
少しずつ水圧を大きくしていきます。
左の写真は水深100mと同じ水圧です。
水圧を上げていくと、容器がみるみる小さくなっていきます。
さらに水圧を上げていき、水深500m、そして水深1000mの水圧まで達しました。
容器の形はほとんど変わりませんが、全体が、ずいぶん小さく縮んでしまいました。
母 「すご~い、まるで何かいきなり、ミニチュアになったみたい。」
ノブナガ 「どうしてぺちゃんこに潰れるんじゃなくて、全体的に小さくなっちゃうの?」
父 「それを説明しましょう。」
水圧について、「水の重さが上からのしかかっている」というイメージを持っている人が多いかもしれません(左写真)。
リコもこのイメージを持っていたため、先ほどの実験でコップが上から押し潰されると予想しました。
しかし実際には、水圧は物体のすべての方向から、物体の表面に垂直に圧力がはたらきます。
そのため、物体に水圧を加えると全体として縮んでしまいます。
母 「大気圧が上からかかるだけじゃないのと同じってことなのね。」
父 「そうだね。それじゃあ、今度は水深と水圧の関係を調べる実験をやってみよう。」
水圧と水深の関係
お父さんが実験のために用意したのは水圧観察器です。
筒の両側に薄いゴムが張ってあります。
これを水中に入れて観察しますが、筒の中はホースで外とつながっているので、常に大気圧です。
父 「じゃあ、これを水槽に入れてみるよ。よく見ててね。膜がどうなるかだね。」
ノブナガ 「両側のゴムがへこんでる。」
父 「水圧がかかっているってことだよね。じゃあ、これを上に動かしてみるね。」
リコ 「へこみが少しずつ元に戻った。」
父 「水槽の上の方では水圧が小さくて、下の方では水圧が大きいということだよね。」
母 「ああ、そうだよね。だって、深海になればなるほど水圧は大きくなるんだもんね。」
水深が深いところでは、上に大量の水があるので、水圧は大きくなります。
しかし、水深の浅いところでは、上にある水の量は少ないので、水圧は小さくなります。
水圧クイズ
ここで、お父さんから「水圧クイズ」です!
水槽には、中にぎっしりと水がつまった “水のタワー” が入っています。
水圧観察器を水のタワーの下から入れ、タワーの上の方まで持っていきます。
すると、水圧観察器のゴムの膜はどうなるでしょうか。
1.ゴムの膜は、へこむ。
2.変わらない。
3.かえって膨らんでしまう。
母 「え~っ!まったくわからないけど、じゃあ、あえて絶対ありえなさそうな、3番の膨らんじゃう。」
リコ 「じゃあ、へこむ。」
ノブナガ 「僕もへこむと思う。」
父 「さて、どれが大胆な答えなのか、はたまた変わらないのか。水圧観察器を入れるよ。さあ、どうなるかな?」
観察器をタワーの下から入れ、徐々に上へ持ち上げていくと、膜が膨らんできました。
お母さん、見事正解です!
なぜ、膜は膨らんだのでしょうか?
この水槽で、水面にかかる大気圧と水の圧力はつり合っています。
タワーの中でも水面の高さの水圧は大気圧と同じはずです。
しかし、タワーの上に行くほど水の量が少なくなるので、水圧は小さくなります。
ここに水圧観察器を入れたので、ゴムの膜は内側から大気圧で押されて膨らんだというわけです。
浮力って何?
父 「ところで、水圧と関係が深い力に『浮力』があるんだよね。聞いたことあるでしょ。」
母 「浮力って、お風呂とかプールで体が軽くなる感じ?」
リコ 「あと、船が水に浮くのも浮力かな。」
父 「その浮力って、どうして生まれるかわかるかな?」
母 「どうしてって言われてもね……。」
父 「それじゃ、先ほどの水圧観察器を使って調べてみよう。今度は、縦にして水槽に入れてみるよ。それぞれの膜がどうなるのかよく見ててね。」
ノブナガ 「下の膜の方が、上よりも大きくへこんでる。」
リコ 「上よりも下の方が水圧が大きいってこと?」
水の深さが少し違うだけで水圧は変わります。
浅い所と深い所の水圧の差によって生まれるのが浮力です。
物体の体積が大きい方が浮力は大きくなります。
銀と銀めっきを見分けるには?
浮力についての最終問題です。
同じ重さのスプーンがありますが、片方は銀めっきで、もう片方は純銀製です。
どちらが純銀製かを見分けるには、どうしたらいいでしょうか。
母 「叩いてみて、音の響きを聞き分けるとか。」
ノブナガ 「確か、アルキメデスは、金の王冠と偽物の王冠を見分けるために水に入れてみたんじゃない?」
父 「じゃあ、どうして水の中に入れたのかはわかるかな?」
ノブナガ 「それは……わかんない!」
リコ 「この流れから言うと、浮力が関係あるんじゃない?」
父 「リコちゃん、勘がいいよね。金属は種類によって密度、つまり同じ体積あたりの重さが違うんだ。ということは、銀のスプーンと、鉄を銀めっきしたスプーンの場合、同じ重さだったら、鉄を銀めっきした方が密度が小さいので体積は大きくなる。もちろん、体積を測って比べてもいいんだけど、実は体積はほんのわずかしか違わないんだ。そこで浮力を使えば……。」
ノブナガ 「体積が大きいってことは……。」
リコ 「浮力も大きい!」
父 「その通り!じゃあ、やってみようか。」
父 「このつり合っているてんびんを、水槽に入れていきますよ。すると……右側のスプーンが上にあがったよ。」
リコ 「じゃあ、そっちが銀めっきだね!」
ノブナガ 「同じ重さでも、銀より銀めっきの方が体積が大きいから、浮力も大きいってことだね!」
父 「そういうことだよ。見た目でごまかされないためにも物理は役に立つんだよ。」
~お父さんのひと言~
空気のような存在とよく言いますよね。
大気圧は、とても大きな値なんです。
1m四方に10tもの空気が乗っかっているのと同じなんですよ。
しかし、この圧力は、あらゆる方向からずっと均等に、私たちが生まれながらに受けている力ですから、ほとんど意識しませんよね。
さっきの缶のように内部の空気を排除してみて、はじめて大気圧のその強大さに気付くわけです。
しかもこの大気圧は、わずかでも上に行けば小さくなります。
このわずかな気圧差に支えられて、ヘリウム風船は空に浮かんでいるんですよね。
私たちはいつもいろいろな圧力に包まれていますが、その中には気付かないうちに、私たちを支えてくれる力もあるのです。
それでは、次回もお楽しみに!