ようこそ実力至上主義の教室へ 7.5

〇恋の矢



 12月23日、晴れ。

 今朝は目覚めがとても良かった。

 信じられないほどそうかいで、起床したのにまだ夢の中にいるような心地よさに包まれていた。

 あたしに訪れた最初の変化だった。

 何かが変わったの? そう人に聞かれれば、あたしは断固ノーと答える。

 だけど、変わってないわけじゃない。本当は変化があった。

 劇的な変化が。

 あたしかるざわけいからは、自身を縛り付ける嫌な過去が無くなったのだ。

 正確に言うと、そうじゃないか。縛りつけて来る過去に、負けない力を手に入れた。

 それは昨日、2学期の終わりを告げる終業式後の出来事。

 あたしはりゆうえんかけるに呼び出され、いじめというべき行為を受けた。

 言葉にするとダサいけど、それはありのままに起こった事実。

 あたしはどん底に落ちた。

 救いを求めて逃げてきたこの学校で、また地獄に落とされるんだと思った。

 そして、色んなことを聞かされた。中でも衝撃的だったのは、あたしをいじめたなべたちを導いたのがきよたかだったこと。

 最初は絶望し、怒りも湧いて来た。だけど……結果的にあたしは救われた。


 その清隆の手によって。


 屋上から無事生還したあたしを待っていたのは、元生徒会長とちやばしら先生だった。何かを話しかけるわけでもなく、ただ無関係の人たちの目に触れないようはいりよしてくれた。正直、そのケアがなかったらりようまで無事に辿たどけなかっただろう。その二人は清隆の指示で動いていることだけを教えてくれた。それが、あたしを安心させる唯一の方法だと知っていたからだと思う。

 そんな屋上での出来事。真鍋たちに虐められてボロを出した自分がいた種。

 過去を振り切る力を持っていれば、もっとぜんとしていられた。

 中学時代のことをさとられずに済んだ。

 ……ううん、そういうことじゃない。根本的にあたしが悪かったんだ。

 自分を大きく強く見せるためにごうまんな態度を取り続けていたんだから、それを真鍋たちが不快に感じても仕方がない。あたしが選んだ虐められないための方法。そのデメリット。

「ふうっ……」

 ため息をつく。でもこれは悪いため息じゃない。

 こう、何て言うの? 気持ちのこもったため息って言うか、うーん。く表現できない。

 ただひとつ確かなこと。

 それは寝ても覚めても、あたしの頭の中には清隆がいるってこと。

 昨日からずっと、のうに焼きついて離れない。

「……って言うか、もう、なんて言うか、反則なのよね……」

 平熱なはずなのに、身体からだが熱い。

 あたしは熱くなる額を押さえるように目を閉じる。

 あやの小路こうじ清隆。1年Dクラス。

 最初は本当に眼中にもなかった。ただの影の薄いクラスメイト。

 一部じゃかついいとか話題になったこともあったけど、あたしは興味なかった。

 それにクラスメイトたちもすぐに清隆のことは忘れていった。今の世の中だと、コミュニケーション能力もモテる大きな要素だ。それが清隆からは決定的に欠落していた。

 いくら運動が出来ても、その他が伴っていないとモテ度では伸びきれない。

 だからようすけくんを筆頭に、AクラスのつかさくんやBクラスのしばくんの方がけた違いにモテる。

 でも本当のきよたかはおしやべりも下手じゃなくて、頭も良くて、大人びて冷静で、上級生に負けないくらい運動も出来て、それにそれに、信じられないくらい強くて……。

 冷酷で非道な部分もあるけど、だけど……それでも最後には助けてくれる。

「ハッ……!?」


 もしかしてあたし、清隆のことをいつの間にか───


「いや、いやいやいや! ない、ないって!」

 あたしは真っ赤になっているであろう顔を押さえながら大きく左右に首を振る。

 顔を真っ赤にして慌てて……これじゃまるで恋する乙女だ。

 別に恋愛を否定してるわけじゃない。あたしだってちゃんと恋したいと思う女の子だ。でも、なんていうか、清隆をそんな目で見るのを認められない自分がいる。

「そうよ。ダメに決まってんじゃん。あいつのせいでひどい目にもあったんだし……」

 むしろうらまないでいてあげてるだけ感謝してもらいたいくらいだ。

 その上であたしの心まで持っていこうなんて、そんな甘いこと許されるわけが無い。

 鏡の前に立って、寝起きボサボサの髪をクシで整える。

「だけど、あたしも良い人過ぎよね」

 自分に非があったって、清隆のやったことを普通の人は許せるだろうか?

 多分無理。無理に決まってんじゃん。むしろ恨んでるはず。

 あたしというふところの深い人間だったからこそ、きっと許せたことなんだ。

 それで満足しなさいよね清隆。

 そう脳内で言葉にし、間違った妄想を振り払う。

 ただ、もう許していることは清隆の前では話に出さない。

 逆にちょっとくらい困らせてやろうかな。利用されたことに対して怒っていると思わせておくくらいが丁度いいはずだから。

 それに多分、次に清隆の顔を見たら実際に怒りが湧いてくるかも知れないしね。

 そんなことを考えていた時、携帯にチャットが届いた。

『今日の11時、よろしくねかるざわさん』

「あぁそっか。そうだったっけ」

 クラスメイトのとうさんからの連絡だ。24日を明日に控えた今日、あたしは佐藤さんに相談があるから会いたいと連絡を受けていたのだ。

 普段佐藤さんとは仲のいいグループが違うため、交流は深いほうじゃない。もちろんクラスメイトとしてそれなりに仲良くはしているけれど、こうして一人で呼び出されることは初めてのことだった。

「それにしても元気よね、あたしって」

 昨日、寒空の下バケツの水を頭から何度もかけられるひどい目にあったのに、ピンピンしている自分をめたい。もちろん、芯まで冷えた後すぐにお風呂に浸かって体を温めたけれど、普通の子なら風邪でも引いて、三日三晩寝込んでいてもおかしくないのだ。

「あの手の仕打ちに慣れすぎてたから……なんてね」

 ちょっとした自虐ネタもすんなりと出て来るようになった気がする。

 昨日までのあたし。

 それは、変われたと思い込んでいて、だけど変われていなかった自分だ。

 いじめられることを恐れて、常におびえていた。心の奥底は常にやみが広がっていた。

 だけど今ははっきり言える。

 あたしは少しだけ変わることが出来たんじゃないだろうか。

 パジャマを脱いで下着姿になる。

 その時、自らの身体からだに刻まれたきずあとがどうしても目に入った。嫌でも入ってしまう。

 毎日この傷と向かい合っては、気持ちが沈み死にたくなる。

 でも、もう昨日ほどは気にならない。

 あれほど憎くて、くやしくて、悲しかったはずの傷なのに。

 たった一日でこんなにも変わってしまうなんて信じられないくらいだ。

「とはいえ、男の子には見せられないけどさ……」

 こんな傷を見たら、異性は引いてしまう。女の子の肌は柔らかくてスベスベで、そしてれいで……そんな幻想を打ち砕いてしまうから。きっと百年の恋だって冷めるだろう。

 いや、別に誰にも見せる予定はないんだけどね……そう心の中で補足しておく。

 ただ……。

 表情に出してなかっただけかも知れないけど……でも、きよたかは……違ったんだよね。

 あたしのこの傷を見ても、気持ち悪いとすら口にしなかった。

 ただ口にしなかっただけ? それとも船内の暗がりだったから? それとも、あの時はおどすために気持ち悪いなんて思わなかっただけ?

 単なるうそ? 内心は気持ち悪いと思ってた?

 あるいは───本当に気持ち悪いとは思ってない?

 肯定と否定が頭の中で繰り返される。

 けどそんなものに答えなんて出るはずがない。

 自問自答を繰り返していて、あたしは大切なことに気づく。

「つかあいつ、あたしの身体に手で触ったのよね……」

 あの時は考える余裕もなかったけど、これって結構とんでもないことじゃない?

 太ももに触れて、制服ひんかれそうになって……。

 女子からばいきんや害虫扱いされていたあたしは、男子からも守ってはもらえなかった。クラス全体、学年全体があたしを女の子以前に、人として見ていなかった。男子の手すらまともに握ったこともないのに、あいつは何てことしてくれたんだろう。

「って、もうもうもう! また考えてるし! あたしのバカ!」

 もういったん、きよたかのことは蓋をして封印しよう。そうしよう。

 あれは事故だったんだから忘れなきゃダメだ。

 あたしはそでに腕を通し、着替えをスムーズに進めた。


    1


 準備に少し手間取ったあたしは小走りで目的地を目指す。

 冬休みを迎えたケヤキモールは、生徒たちであふれかえっていた。

 ほとんどの生徒が遊びに来ているのか、普段の休日よりはるかに人出が多い。

「そりゃそうよね。ここしか遊ぶところなんてないし」

 必要なものは全部そろってるから不満は無いけど、目新しさはない。

 何とか遅刻せず辿たどけたあたしは、待ち合わせのカフェ、その入り口そばで携帯を持って待っていたとうさんに声をかけた。

「おはよう佐藤さん」

「あ、かるざわさん! おはよう!」

 佐藤さんは目を輝かせてあたしに手を振る。美容院に行ったのか、れいに髪が整えられていた。それだけで色々と想像してしまう。

 佐藤さんに相談があると持ちかけられたのは昨日の夜のことだ。

 あたしは心身共に疲れていたけど、その事実は伏せている。そりゃそうだ。あたしが屋上に呼び出され冷水を浴びせられたことは誰にとっても『なかったこと』なのだから。

 つまり佐藤さんたちから見ればいつものあたしじゃなきゃダメってこと。だから相談を断ることも出来たけど、引き受けることにしたのだ。

 それに……ちょっと前から佐藤さんの行動も気になってたしね。

「ごめんね急に呼び出して」

「大したことじゃないって。気にしないで」

「そう言ってくれると助かる~」

 うれしそうにする佐藤さんと2人で予定通り店内に入る。

 満席だったけど、ちょうど入れ替わりで1組出て行ったのでく入ることが出来た。

「やっぱり混んでる~」

 思わずそう口にした。あきれるほどの盛況ぶりだ。

「冬休みは、どこの学年も試験とかしてないのかなあ」

 そんなことを言うとうさんと同じ疑問をあたしも持つ。

 夏休みのとき、あたしたち1年生はすぐに豪華客船で航海に出た。だけど、今回はどの学年の生徒も多く見かけることから、特別試験は行われていないように思えた。

 この学校も冬休みくらいはとサービスしてくれてるんだろうか。

 それとも年末年始になって何か試験が始まるとか? だとしたら嫌な感じ。

「朝ごはん食べてなかったら色々注文してね。全部私がおごるから」

 佐藤さんは遠慮しないでと笑顔で言う。

 あたしはお言葉に甘えて、アメリカンスコーンとカフェオレを注文し、2人で店の中央付近にある2人がけの小さなテーブル卓についた。

「それであたしに相談ってなに?」

 ご飯を奢ってまでの相談ってことは、結構なお願いなんじゃないだろうか。

 少し居住まいを正して耳を傾ける。

「う、うん。あのね? 実は私……もうすぐデートなんだよねえ」

 佐藤さんはそう切り出した。

「……デート?」

 あたしは驚きつつも、テンションを抑え聞き返す。

「そうなのっ」

 顔を赤らめながら、佐藤さんが二度三度とうなずいて見せた。

 嫌な予感、やっぱり的中。

 そしてその相手は、あたしの読み違いじゃなければ───。

「えーっと、誰と?」

 そう聞かれるのを佐藤さんは待っていたかのようだった。

あやの小路こうじくん、なんだよね。意外……でしょ?」

 恥ずかしそうに、だけどうれしそうに佐藤さんがつぶやく。

 あたしは急に軽い耳鳴りがしたけど、平静を装う。

 配ばれてきたばかりのスコーンを手に取り、いつもより一口を大きくかぶりついた。

 ぽろぽろとトレーにこぼれ落ちるカケラ。

 パサパサになった口の中にカフェオレを流し込んだ。

「へえ……。佐藤さんって綾小路くん狙いだったんだ。意外~」

 もちろん佐藤さんがきよたかを好きになっているであろうことには気づいていた。

 だけど、直接相談されていなかった以上、そうやって答えておくのが無難だ。

「やっぱり? 私も自分でちょっと驚いてるところはあるんだよね。でも、体育祭のリレーあったじゃない? 走ってる姿見てたら、結構キュンって来ちゃったんだよね」

 聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい興奮気味にとうさんは話す。

 その姿は本当に『恋する乙女』そのものだった。

「でも、影薄くない? 佐藤さんだったら他にも良さそうな男子はいそうだけどね。ほら、他クラスのつかさくんとか」

 学年内でも相当なイケメンだって一時期盛り上がってたことがある。

 最近話題になってないけど、どうなの? と勧めてみた。

「アレはダメかなー。少し前に部活が一緒の上級生と付き合い始めたみたいでさ」

 なるほど、ね。既に売約済みだったからうわさが聞こえてこなくなったわけね。

 テレビで騒がれるアイドルも、男女問わず恋人が出来ると人気は急落する。

「そうなんだ。じゃあ、さとなかくんは? あっちは今もフリーなはずよね?」

「確かにかついいとは思うけどさ……なんか違うんだよね」

 他の人気どころを勧めてみても、佐藤さんには全く響く気配がなかった。

 どうやら佐藤さんは、きよたかの外見だけで判断してるわけじゃないみたい。

 って、これだと清隆の外見が司城くんや里中くんに負けてるみたいよね……。今のところ目立ってないだけで外見勝負しても、清隆なら間違いなくトップクラスだ。

 つまり恋に落ちた佐藤さんもその事実に気づいちゃったってこと、か……。

 男子にとっても女子にとっても、パートナーの外見はステータスだ。

 こんな格好いい男子と付き合ってる、可愛かわいい女子と付き合ってる、それだけで自分自身の評価も一緒に上がる。あたしがひらくんと付き合ったことで得たものが想像以上に大きかったように。このタイミングで佐藤さんと清隆が付き合ったとしたら、この先佐藤さんの株は爆上がりするかも知れない。清隆が才能を見せて頭角を現したら、それこそ平田くん以上の評価になることだってある。

 リレーで注目を集めつつある清隆だけど、現状は思ったほど女子の興味を集めているわけじゃない。普段の物静かな態度やほりきたさんとだけ話してる印象が、イマイチ女子のブームにつながらない要因だろう。あと、いけくんややまうちくん、どうくんみたいな、女子受けが激しく悪い友達と一緒にいたのもマイナス印象。

 ともあれ、佐藤さんはこれまで、そんなに清隆とは接点がなかったはず。

 なのにリレーの一幕だけで好きだのなんだの、ちょっと軽すぎるんじゃないだろうか。

 あたしのほうがよっぽど清隆を知っている。

 本性って言うか、清隆のやみの深い部分だって佐藤さんは全く知らないはずだ。

 あぁもう、違う違う! 今はそんなのは関係ないんだから。

 あたしが佐藤さんを悪く言う筋合いはないし、応援しなきゃならない立場だ。

 ならあたしは、ひらようすけくんの彼女。

 他人のこいを邪魔する理由なんてどこにもありはしないのだから。

 だからあたしは、平田くんの彼女にして、Dクラスの女子のリーダー的存在、かるざわけいとしてとうさんに切り込んでいく。

「こんなこと聞くのもアレだけどさ。マジであんなの狙ってるわけ?」

 きよたかじようを知らなければ、間違いなくあたしはそんな風に聞いたはずだ。

「……うんっ」

 その問いかけに対しても、佐藤さんは迷わずうなずいて答えた。

 意思は固い様子で、佐藤さんは冗談で清隆に近づこうとしているわけじゃなかった。

 そんなこと、とっくに気づいてたけどね。

「好きな人出来て良かったじゃない。それに今、あやの小路こうじくんってフリーなはずだし」

「そうなの、だからチャンスなんじゃないかなって。もし他の子たちまで綾小路くんを好きになったりしたら……って思うと焦っちゃうんだよね」

 友人や親友に恋愛相談をしたら、好きな男性を取られた、なんてエピソードはこの世に五万とある。佐藤さんがそれを警戒していても不思議じゃない。

 学年で1、2を争う彼氏を持っているあたしなら、そのリスクも限りなく低いと踏んだんだろう。

 それにしても、冬休みにデートするところまで来てたのは想像以上だった。

 清隆のヤツ、佐藤さんには興味なさそうだったのに、屋上の一件がありながらすることはしてたんだ。

 ストローが入っていた紙の袋を、ぶちっと無意識のうちにちぎってしまっていた。

「……もしかして相談って、そのデートに関すること?」

 聞き返すと、佐藤さんは目を輝かせて頷いた。さっきからまぶし過ぎる。

「うん。ほら、デートの成功のけつみたいなの? どんな風にすればいいのかなって。平田くんとはどうやって付き合ったのか、そういうところも色々教えてほしくって」

 Dクラスの中で明確に交際を宣言しているのは、あたしと洋介くんだけ。他クラスの友達にヘルプを求めても清隆、もとい綾小路って誰? ってなるのが関の山だ。

 つまり、佐藤さんが私に頼ってくるのも無理の無い話だった。

「軽井沢さんって、平田くんとは入学して早々に付き合ってたじゃない?」

「うん。まぁ、ね。別に大したことじゃないけど」

「大したことあるって。ほんとにすごいよ、私尊敬してるもん!」

 そう言って佐藤さんはあたしの両手を包み込むように握り締めた。

「だからその手腕、私に伝授して!」

「別に手腕ってほどのものじゃ……」

 そもそも、とうさんの求めているものに、あたしは何一つ答えられない。

 中学時代のしゆうあくいじめから逃れたあたしは、虐められる側からそうでない側に回ることを決意して彼に近づいた。思い返せば、あたしはとても運が良かったのだ。

 ようすけくんがそういう人じゃないと見極めての行動ではあったけど、本当にいちばちかのけだった。もしあたしがうその彼氏役をお願いしたとき、彼が拒否していたら今とは違った結果になっていただろう。それにこっぴどく振られていただけじゃなく、虐められていた過去をみんなにていされていたかも知れない。

 洋介くんはその本心から和を大切にし、理想とする人だった。彼氏のフリをすることで私を助けられるならと、喜んで受けてくれたのだ。

 だからあたしはそんな彼に甘え、その平和の傘に守られることを選んだ。

 クラスの中心人物である洋介くんの彼女。その肩書きは想像以上に効力を発揮した。

 最初の頃はクラスの女子からねたみやそねみもあったけど、それもすぐになくなった。

 あたしは自分がされてきたことを思い出して、色んな生徒に高圧的な態度を取った。ぜいたくな買い物も、小銭をせびるようなも、その全てをトレースした。

 そうして、あたしはDクラス女子のリーダーの座を射止めることが出来たのだ。

 でも、偽りだらけの地位で作り上げてきたあたしが、出来ることと出来ないことはハッキリしている。だから佐藤さんに恋愛のレクチャーを頼まれても答えようがなかった。

 恋愛未経験の人間に、恋愛のテクニックなんて分かりようがない。

 付き合いたてこそ、『付き合っている』という事実を周囲に広めるためにデートまがいのことは繰り返したけど、そこには心が通ってなかった。だから何が正しくて何が間違いなのかは今もさっぱりわからないのだ。

 佐藤さんの期待を裏切りたくはない。自分が恋愛ベタだとは思われたくない。

 以前までのあたしなら、多分雑誌やテレビで聞きかじった知識を堂々とひけらかしたはずだ。あたかも自分が体験したデートのように置き換えてじようぜつに話しただろう。

 でも、今は変わりつつあった。

 佐藤さんに対して───信頼を寄せてくる相手に対して適当な発言はしたくない。

 最近、その強気でごうまんな役を演じる自分が嫌になりつつあったから、一瞬本当のことを話したくなった。だけどそんなことはおくびにも出せない。この学校では、あたしは洋介くんの彼女として堂々としていなければならない。

 だからつきたくない嘘もつき続けなければならない。


 ……本当に、そうなんだろうか?


 あたしには今もまだ、洋介くんの存在が必要不可欠なんだろうか?


 こんな時に、また余計な考えが頭をよぎる。

 目下あたしにとって唯一の危険材料だったなべりゆうえんたちは、きよたかの作戦(?)ではいじよされた。つまりいじめの話が表に出ることはもうない。

 それにこれから先何かあってもきっと清隆は助けてくれる、そんな安心感もある。

 ようすけくんの彼女であることは利点のかたまりだけど、それを取り除いたからといって、この学校であたしの地位が奪われることはもうないんじゃないだろうか。そりゃ、洋介くんに振られたとかって話になれば多少はかつ悪いかも知れないけど、それは2人の話し合い次第でく行く気がする。

 そうすればあたしは晴れてフリーになれる。

 フリーになれば、あたしだって本当の恋愛をすることが出来る。

 つまり───

 ってそんなことを今考えたって仕方ないじゃない。目の前のとうさんは、あたしからの良い返事を期待して待っているんだ。洋介くんと付き合い続けることの意味なんてものは後で考えればいい。

 何度も邪魔してくる余計な思考を、今度こそ隅に追いやる。

「話を聞いてて思ったのはさ、佐藤さんはお試し的なデートじゃなくて、あやの小路こうじくんと付き合うための本気のデートがしたいってことよね?」

「うんっ」

 つまり清隆を落とすためのデート。

「どうすれば上手くいくかな?」

「そうねー……」

 真剣に考える。佐藤さんが清隆と付き合うための方法を。

 ……うーん、あいつってどうやれば落ちるんだろう。

 他の男子とは明らかに一線を画す存在だ。普通の恋愛なんてするのかな……。

 それとも、意外とその普通の恋愛ってヤツにあこがれてる?

 どっちとも取れるだけに、判断の難しいところよね。

 あたしがそんな疑問を浮かべては消してを繰り返していると、佐藤さんが携帯を取り出していた。

「ちょっとばくぜんとしすぎてたかな? えっとね、一応素人ながら、デートプランを考えてみたんだよね。判定お願いっ」

 と、頭を下げながら携帯のメモ画面に書かれたデートプランを見せてくる。


 12時に合流→昼食→映画館→ショッピング→伝説の木の下で告白?→プレゼント


 ものすごく簡単にだけど、こんな風に書かれていた。

 まず何より最初に気になったことに突っ込む。

「うんちょっと待って。まさか1回目のデートで告白するつもり?」

「当たって砕けろの精神で行こうかなって。……当日勇気が湧けば、だけど」

 もっとじっくり関係を深めていくと思ったら、想像以上の短期決戦も短期決戦だ。

「ちょっと早すぎなんじゃない? もう2、3回デートしてからでも遅くないと思うけど。相手の嫌な部分とか気づけるかもしれないし」

 もちろん恋愛上手な子は、即判断したりする場合もあるみたいだけど。とうさんは恋愛に関して初心者に近いみたいだし、もっとじっくり行くべきだと思う。

 と、同じ初心者のあたしが言うのは何ともしんぴようせいないけど……。

 でも結果を焦ってるって言うか、を優先させているようにも思えた。

 もしかすると、佐藤さんは3学期に彼女デビューがしたいのかも知れない。

「それにこの伝説の木の下ってなに? ひょっとして愛を誓い合うと一生結ばれるとかだったりするわけ?」

 この学校に、そんな都市伝説染みた木なんてあっただろうか。

 もし本当に不可思議な力が存在するとしても、先行きの見えないこの時代、10年後20年後まで結ばれることが確定しているのは良いことだけとは言えないかも。

 別れたくなるようなダメ男だと判明した後もげるのはもはや呪いだ。

「そんなに有名じゃないみたいなんだけどさ、学校の掲示板見てたら見つけたんだ。その木の前で告白したら成功したって。しかも結構報告が多くって」

 へえ……知らなかった。あたしも興味が出てきて調べてみる。

 すると、本当に実在する話らしく、学校の雑談掲示板の方に、告白がくいった例が複数紹介されていた。

 この学校が設立された時に、どこかのお偉いさんがぞうしてくれて移植されたものらしくて、その木は樹齢50年を超えるらしい。

「そういえば立派な木が何本かあったっけ……」

 普段そんなに木のことなんて意識してなかったからなぁ。

 告白の時間は夕方の日が沈む前。午後4時~午後5時。その時周りに誰もいないことが条件だと書かれてあった。その条件を満たすと99%成功する、らしい。

 99%ってのが、なんともさんくさいところではあるよね。

「それにしても、結構難しくない? この告白のタイミング」

「そうなんだよね。告白の瞬間に関係ない誰かがいると上手く行かないんだって」

 この時間帯は、結構人通りが激しいからタイミングは難しそうだ。しかもこの伝説を実行しようとする他の男女が複数いても不思議じゃない。

 く会話をつないで、2人きりになれるよう誘導しないといけないだろう。

 もちろんこんなものは迷信で、げんかつぎ程度にしか考えられない。でも一世一代の告白を成功させるため、わらにもすがる思いってことだ。

 あたしだって勝負するなら、1%でも可能性を上げたいだろうし。

「えっとさ、あやの小路こうじくんを好きになった理由は?」

「えっ? どうして?」

「や、ごめん。あたし綾小路くんのこと全然知らないからさ。イメージが湧きづらくって。どんなところを好きになったのかな、ってさ。ほら、聞いておけばデートプランとかのアドバイスにも役立ちそうじゃない?」

 問いかけると、とうさんは恥ずかしそうにほおを手のひらで隠しながらつぶやく。

「んー……まずかついいでしょ? 普段静かで大人っぽくてさ。それでいて足も速いし……テストも私より上でバカじゃないし……。ほら、ひらくんはもちろんそれ以上だと思うけど、他の男子ってほとんど子供っぽいしさ」

 多分いけくんややまうちくんたちのことを言っているんだろう。その点にはあたしも納得。

 とても同い年とは思えないほど、クラスメイトの男子の殆どは子供だ。

 だからこの時期、大抵の女子は同級生にげんめつして先輩に走ったりする。

「こ、こういうこと話してるの他の子には内緒だからね? 綾小路くんの良さに気づかれたらヤだし。それに男の子慣れしてないってうわさ広まるのもダサいしさ」

「あたしには相談して良かったんだ?」

かるざわさんなら平田くんの彼女だから安心ってのもあるから」

 やっぱり平田くんの存在は大きいみたい。佐藤さんはあたしを頼りにしている。

 ここまで頼られると悪い気はしないけど……。

 よりにもよって、どうしてきよたかなんだろう。

 これが他の男子だったら、あたしはきっと素直な気持ちで応援できた。

 こんなに心の中で引っかかることもなかったのに。

 これも巡り合わせってヤツなわけ?

「はあ……っ」

 ついため息が出てしまう。朝とは違う重たいヤツ。

 でもそれを聞いた佐藤さんの顔が、見る見るうちにくもっていく。

「や……やっぱり迷惑だったかな?」

「あぁごめん。全然そういう意味のため息じゃないから。ほんとにっ」

 慌てて否定するも、あたしの心の中にはもやがずっとかかっている。

 ……別に清隆が好きなわけじゃないんだけどね。

 ただなんていうか、あいつとはちょっと特殊な関係だから。

 それがどうしても先行してしまう。

 でも今は頭を切り替えてとうさんのために行動しなきゃ。何度目かの自答。

「じゃあちょっとデートプランを見直そうか。もしお昼ご飯一緒に食べるんだったら、映画た後の方がいいかも。場が持たなくなった時に映画の話とかも出来るしね」

「うんっ。かるざわさんの考えるプランに乗っからせてっ」

 素直にうなずき、佐藤さんは携帯を取り出した。

 映画は既に予約してるだろうけど、流れ的にはそっちの方がいい。

 ご飯食べた直後に映画観てると不測の事態に困るかもしれないし。それに眠くなっちゃうのもNGよね。

 あたしは映画館のHPにアクセスする。

「それで、肝心のデートはいつなの?」

 まずは時間を変更できるかどうか、その辺から確認しないと始まらない。

明後日あさつてっ」

「そっか結構急……って、明後日25日だけど!?」

 思わず立ち上がってしまいそうになった。浮いた腰を慌てて椅子に下ろす。

「へへへ」

 いや、へへへじゃなくって……!

 12月25日。1年間を通じて男女に取ってもっとも大切な1日の1つだ。

 きよたかのヤツ、そんな25日のデートをオッケーするなんて何考えてるわけ!?

 本来恋人たちがより関係を深めるために過ごす時間のはずで、愛情を確かめ合う日。関係性をスタートするには不向きだ。そんな日をデートで使うなんて普通じゃない。やんわり断って26日以降にするべきだったのよ。

 もしこれが逆だったら、相当なヒンシュクを買ったに違いない。

 ただエッチなことがしたいだけの男子、なんてレッテルが貼られたはずだ。

 そんな風にあたしは内心で強烈に突っ込む。

「ふう、ふう」

「……どうしたの軽井沢さん」

「ううん何でもないの、気にしないで」

 何勝手に熱くなってるんだか。

 無関係なあたしが、2人がどんな日にデートしようとも口出しすることじゃない。

 当事者同士の自由なんだ。

 分かってる、はず。あぁもうさっきからなんなわけ!?

 もうれつに腹が立つ、自分自身の思考に。

 その間違った思考に往復ビンタを食らわせて、強引に封印する。

「25日か……まぁでも、明日のイヴよりはマシかな」

 映画館の方もイヴの方が圧倒的に埋まっているようだった。

 映画をてそれからずっと一日、一緒に過ごしたりするんだろうな。

 カップルが多く利用すると言っても、学校全体でみれば10%から20%くらいしかカップルは存在しない。時間帯と席の位置さえ気にしなければいくらでも取り直しは可能だ。

「映画をさ、11時50分から観て、終わったら13時30分。2時前から食事を食べて3時くらいに店を出る。あとは調整して4時過ぎに告白。こんな感じ?」

 ざっくりと時間調整して見た結果、これがベストじゃないだろうか。

 とうさんも異論は無いようで満足そうにうなずいていた。

「後は───ランチも予約しておいた方がいいかも。窓側の席取りたいでしょ?」

 お昼時を外せば、問題なく取れるはず。

「それから頼むモノもあらかじめ予約しておくと、メニューにないのも作ってもらえるわよ」

「そうなんだ、知らなかった……。さすがかるざわさんっ」

 明後日あさつてならその辺も融通がくはずだ。

 まぁ本当はこういうのを全部男の子が考えてくれるといいんだけどね。

 今回は佐藤さんが告白するための舞台だから、これでいいんだろうけど。

 ……ただ、これが本当に正解かどうかは分からない。

 繰り返すのも情けないけど、本当のデートなんてしたことないし……。


    2


 そんな佐藤さんからの相談を受けた、カフェからの帰り道。

 あたしたちは2人で雑談しながらりようを目指していた。

「今朝も結構積もったけど、明日からはもっと積雪が増えるんだって」

 そんな佐藤さんの言葉を受けて、あたしは周囲の景色を見渡した。少し溶けてはいるものの、ところどころに雪のりがある。

 このまま行けば、年内はずっと雪が降り積もっているかも。

 あー雪かぁ。そういえば一昨年くらいだったかな。どろのついた雪をチョコのカキ氷だとか言って、口の中に詰め込まれたことがあったっけ。昔の思い出を懐かしむように、そんなことを思い出した。なんだか遠い昔のことのように感じる。

「あんなことして何が楽しかったんだか」

「え?」

「ごめんごめんこっちの話。ひとごと多くてごめん」

 昨日の出来事があったせいか、いちいちそんなことを思い出してしまう。

 と、とうさんの表情が少し硬いものに変わっていた。

 あたしのひとごとのせいかと思ったけど、そうじゃないみたい。

「実はさっき言えなかったんだけど、もうひとつお願いがあったんだよね」

「乗りかかった船?だし、遠慮せずに相談して」

 ドンと胸をたたき、そう答えた。

「ありがとうかるざわさん。えとね、その、デートできるのはうれしいんだけど……」

 肝心のデートに対して不安なことがあるのか、佐藤さんは続ける。

「実は人生で初めてのデートでさ……その、どうしていいか分からないんだよね」

「他の男子と付き合ったこととかないんだ?」

 恥ずかしそうにうなずく佐藤さん。まぁ話の展開からそんな気はしてたけど……。

 佐藤さんみたいな今時の子はもっと早くに済ませてると思ってたから意外だ。

「軽井沢さんだから話したんだからね? もうすぐ高校2年生にもなるのにデートしたことないとか、もう周りに言ったら絶対バカにされるし。遅すぎるって。やっぱり軽井沢さんもそう思う?」

「そ、そうかもね。ちょっと遅いかな。でもそれだけ本気で好きになる人がいなかっただけじゃない? 自分を大切にしてるってことでもあるしね」

「そう言ってくれるとうれしいなぁ」

 あたしはしながらもフォローを入れた。佐藤さんにではなく自分に。

「それでね? 多分緊張してく事を運べないと思うんだよね。だから軽井沢さんとひらくんを入れてWデート……とか出来ないかなって。私とあやの小路こうじくんが上手く行くようにアシストしてほしいの!」

 そうお願いしてきた。提案された内容が理解できず一瞬混乱する。

「だ、だぶるでぇと? あ、あしすと?」

「本当はもっと早く言えば良かったよね。色々予約とかしてもらった後だし」

 申し訳なさそうに謝る佐藤さん。

 別に予約なんて数分で終わることだから大した問題じゃない。

 重要なのは、あたしに、つまり恋愛未経験の存在に恋のキューピッド役を頼んできたことだ。これほどこつけいなことがあるだろうか。

「ダメ……かな?」

「それは───」

 間違いなく断るべきだ。あたしの浅い知識じゃ必ずミスがていする。

 あぁでも、佐藤さんも初めてのデートなら誤魔化せる?

 ここはどっしりと構えて、快くしようだくするべき?

「やっぱりクリスマスはひらくんと2人きりで過ごしたいかな?」

「え?」

 どうするべきか悩んでいると、またとうさんが不安そうな顔をして言った。

 そうか。普通の恋人同士なら明日と明後日あさつては一緒に過ごすことが多いんだ。いつもだったらその辺もしっかりあくしてるところだけど、終業式後のことで頭がいっぱいだった。

「私もかるざわさんと平田くんみたいに、理想のカップルになりたいの」

 あたしがじゆんぷうまんぱんな学校生活を送っていると思っている佐藤さんにしてみれば、このお願いはそれほど不自然なものでも、いびつなものでもない。

 でも───

 心に引っかかること。

 それはきよたかは関係ない。

 あたしは、別にようすけくんを好きなわけじゃない。本当に付き合ってるわけでもない。


 偽りのカップル。


 だけど、偽りのカップルであり続ける限り、あたしにも洋介くんにも本当の恋愛は訪れない。


 その事実が引っかかっていた。

 清隆だってあたしを一人の異性として見ることはない。

 それに、そんなうそにまみれたあたしが佐藤さんの助けになんてなれるだろうか。

「そういうのは、ちょっと……」

 考えた末に断ろうと思ったけど、ここでも踏みとどまる。

 さっきから定期的に頭をぎる清隆の存在。

 これがいつまでもチラついてしまうと、心の衛生上良くない。

 だったら、チラつくことがないようにしてしまえばいい。

 たとえば、そう。佐藤さんと清隆をくっつけてしまえば───。

 そしたら、万が一にもあたしの心が清隆に持っていかれるなんてことはない。

「ま、任せて。あたしがなんとかしてあげる」

「ほんと!? 軽井沢さん!」

 うれしそうにあたしの手をとり、飛び跳ねる佐藤さん。

 ……そんなに好きなんだ。清隆のこと。

 だったらその初恋、本気で応援してあげないとね。

 適当に積もって溶け残っていた雪を手のひらですくい、ぱふっと額に押し当てる。

 反省反省。

 そんな風に頭の熱を冷ました。

 本気で応援すると決めたなら、Wデートくらいこなして見せよう。

 今のあたしは中学校時代のあたしじゃない。

 3年間を失った、絶望を抱いていたあたしじゃない。

 そして、この学校に入学した直後のあたしでもない。

 高圧的な態度でクラスメイトと接するだけが偉いんじゃない。

 そんなことでしか身を守れない、中学時代のあいつらと同じじゃダメなんだ。

 自分の恥ずかしさを押し殺して協力を求められているなら、それにひたむきに向き合って答えなきゃ、そんなのは本当の友達と呼べないよね。

 だけどWデートとなれば課題もいくつか出てくる。

 さしあたっての問題は、ようすけくんが空いてるかどうかね。後で急いで確認しないと。

 クリスマス、あたしたちは会わないことになっていた。

 既にカップルとしては学年を飛び越えてうわさにもなっているし、これ以上周囲にカップルであることをアピールする必要はない。お互いの時間を無駄にしないためにもクリスマスはゆっくり過ごそうってことになっていたのだ。

 もし誰かに聞かれたら、部屋でデートした、と答えておけば問題も起きないし。

 外で一人でいるところを見られても、夜に合流予定、と言えば話はかわせる。

 だからようすけくんは、既に予定を入れてしまっているかも。

「あのさ。あやの小路こうじくんには、偶然かるざわさんたちが合流したことにしたいんだけどな」

 色々と頭の中でプランを練っていると、追加でそんなお願いをされる。

「最初からWデートにするのは嫌ってこと?」

「なんとなく、だけどね。ダメかな?」

「あー、うーん……」

 もちろんダメってことはない。とうさんがそれを希望するならそれでもいい。

 でも───。

 少しだけ考えたあたしだったけど、すぐに結論を出す。

「それはやめとこ。素直にWデートしたいって伝えたほうがいいかも」

「そう、かな。嫌がったりしないかな?」

 どうやら佐藤さんは、きよたかがそれを聞いて嫌がると判断したらしい。

「後で仕組んだことだってバレた時の方が嫌がると思うけど?」

「そっかぁ……」

「決めるのは佐藤さんだけどね」

 一応そう伝えておく。こうしよう!と強制は出来ないから。

 佐藤さんは悩んでいる様子だったが、あたしに言わせればそれはミスだ。

 あの清隆が、こっちの仕組んだ作戦に気づかないはずがない。

 どの段階かは分からないけど、遅かれ早かれ仕組まれたものだと気づくはず。

 だけどそれをあたしが強く指摘するのは、当然この場では違和感しか生まないだろう。

 清隆は意外と鋭いからやめよう? なんて明らかに不自然だ。

 あたしと清隆には何の接点もない。

 それがクラスメイトを含め誰もが持っている認識なのだから。

 かと言ってWデートが悪いもの、とも言い切れない。あたしにはその知識が無いから。

 もし後で調べて『Wデートは初心者のデートに最適』なんて記事でもあろうものなら責任があたしにも乗っかってしまう。ジャッジを佐藤さんにしてもらうのが正解だろう。

「当日にさ、自然な流れで合流してもらえる? うん、それがいいな」

 あたしの勧める方針は届かず、佐藤さんにはWデートを伏せての作戦を希望された。

「佐藤さんがそれでいいなら、あたしは構わないけどね」

 だからあたしは、素直にそううなずいて見せた。

 あとは、極力気づかれないようにやるしかない。

 こうなった以上、あの清隆をどこまであざむけるのか試してみよう。

「あ、もし洋介くんにWデートを断られたら、その時はごめんね」

 そこだけは先にしっかりと伝えておき、あたしたちはりように帰り着いた。


    3


 帰宅したあたしはベッドにその身体からだを預けると、携帯を握り締め天井を見上げた。

 帰宅直前から、あたしの中には別のもやもやが広がっていた。

 とうさんからの相談。

 きよたかを好きだということ。

 カップル成立のために力を貸して欲しいって話。

 妙ないらちを覚えると同時に、不穏なものをあたしは感じずにはいられなかった。

 この件が、単純な恋愛沙汰ならまだ良かったかも知れない。

 あたしなりに知恵を振り絞って、佐藤さんをバックアップできたと思う。

 だけど───

 あたしが何よりも気にしているのは恋愛に関する部分じゃない。

 清隆は異性への興味で佐藤さんとデートするつもりなんだろうか? ということ。

 これがもしも『恋愛目的』じゃなかった、としたら?

 大問題に発展しかねない。

 考えすぎだとは思うけど分からない。何せ相手は清隆だ。

 あの清隆が本心では何を考えているのかは、さっぱり分からない。

 異性としてのデートが目的なんじゃなく、佐藤さん本人を知りたがっているとしたら?


 利用できる生徒かどうかを見極めるためのデート。


 そんなことを、あたしは想像していた。

 あたしに接触したように、佐藤さんが清隆の学校生活を円滑にするためのキーになってしまうことを、恐れている自分がいる。

 もし清隆のメガネにかなったとしたら───あたしの存在をおびやかすんじゃないだろうか。

 場合によっては、あたしの盾となってくれる清隆じゃなくなるかも知れない。

 電話アイコンを押して、キーパッドを呼び出す。そして11けたの番号を打ち込む。

「自分の番号だって、まだ覚えてないのに……」

 いつの間にか頭の中に刻み込まれていた、清隆の携帯番号。

 あとはもう一度電話アイコンにタッチするだけで、電話がつながる。

 電話をかけたとして、あたしはなんて聞くつもり? 自分に問いかける。

 あたしより佐藤さんの方が利用しやすいと思ったわけ? とか?

「何それ、バカすぎ……」

 質問内容以前に、そもそもあたしが利用されることを望んでるみたいじゃん。

 そうじゃない。

 あたしはただ、自分を守りたいだけ。

 きよたかという盾を使って、この学校での地位を守って行きたいだけ。

 そうよ、そうに決まってる。

「直接聞いてやろうじゃないの」

 そう思いグッと左手の親指に力を込める。

 でも、触れそうで触れない距離を保った親指は全く動かない。

 あたしは、結局電話アイコンをタッチすることが出来なかった。

「はあ。バッカみたい」

 なんで自分から『あたしを利用するのはもう終わりなわけ?』なんて聞かなきゃならないのか。

 と、直後携帯が震えた。

「うわっ!?」

 画面にはさっきあたしが打ち込んでいた11けたの番号が表示されている。

 間違えて電話アイコンを押したのかと思ったけどそうじゃない。

「……も、もしもし?」

 慌てて電話に出る。

「ちょっと聞きたいことがある」

 いつもの無気力そうなへいたんな声があたしの耳に届く。

「何よ、聞きたいことって」

「今周囲に人は?」

「いない。部屋だし」

 もしかして、あたしが体調を崩したんじゃないかって、その心配をして電話してきたんじゃないだろうか。それにしては、夜に連絡してくるなんて遅すぎるけど。それでもわずかな期待に胸が躍る。

かるざわに少し調べてもらいたいことがある」

 そんなあたしの期待は1秒足らずで砕け散る。

「何よ。もうあたしに頼ることはない、みたいなこと言ってなかった? 連絡先を消すように念入りに忠告してきたくせに」

 素直な不満(こんな表現あるのか知らないけど)を言葉にする。

 そもそも、屋上の出来事からは昨日の今日だ。

 あたしに対して色々と言うべきことがあるんじゃないだろうか。『風邪引かなかったか?』なんて気のいた言葉じゃなくてもいい、せめて『悪かった』の一言くらいあってもいいはずだ。

 いじめるよう裏で糸を引いていた事実なんて、普通はドン引きで、あたしじゃなきゃ学校に報告していたかも知れないのに。

 どんな形にせよ最低限謝罪はあってしかるべきだ。

 それが最初に出てきた言葉が『調べてもらいたいことがある』って。


『あのさきよたか。あんた、自分の立場分かってるわけ? これ以上協力する必要性はないって言うか、責任取ってずっとあたしを守りなさいよね。タダでさ』


 とうさんの件でイライラしていたあたしは、思い切ってそう言おうと思った。

 だけど、その言葉は喉の奥に引っかかって出てこない。

 そんなことを口にして、清隆が離れていくのが怖かったからだ。

「調べて欲しいことって何よ」

「佐藤のことだ」

「……佐藤さんのこと?」

 この状況、まさか佐藤さんの件なんて。

 どこまでも周囲の状況があたしをいらたせる。

 でもWデートのこともあるし、今日あたしが佐藤さんに会ったことは口にしない。

「彼女がどうしたわけ?」

「普段の遊び相手や、行動パターンを知りたい。性格、趣味やこうも分かるとありがたいんだが。もちろんおまえがあくしてるなら話は早い」

 そんなの知らないし。

 ちょっと意地悪く心の中でつぶやいておいた。

あいにく様。あたしは佐藤さんと別グループだから。その辺ちょっとうといのよね」

「疎い、か。女子の中心でも知らないことは多いみたいだな」

「む……嫌な言い方してくれるじゃない」

「分からないなら探ってくれ。極力佐藤に感づかれない方法が望ましい」

「……まぁしのはらさん辺りに聞けば、ある程度知ってるかも知れないけど」

「最適だと思う選択をしてくれ。方法は任せる」

「分かった、ちょっと聞いておくけど……理由くらい教えなさいよね」

「詳細はメールで送ってくれ」

 用件だけ伝えた清隆は満足したのか、一方的な要望を伝えて電話を切った。

 あたしの問いかけには何も返してこなかった。

「何よあいつ、好き勝手して……もう絶対期待なんてしないし」

 耳元でせきの1つや2つしてやるんだったな。

 ぶつぶつ文句を吐き出しながら、あたしはしのはらさんにチャットを飛ばす。

 しいたげられながらも、素直に実行する自分のりちさに感心したくなる。

 篠原さんから返事をもらい、とうさんに関する話に持ち込むことが出来た。しばらくチャットでやり取りをしながら情報を集めていく。聞き出せた情報をまとめ、きよたかのフリーメールアドレスに送る。

 返事はいつものように返ってこないけど、問題なく届いているはずだ。

 やっぱり清隆のヤツ……佐藤さんが気になってる?

 デート前に色々情報を集めて、有利に事を運ぶつもりなのは明白だった。

 ってことは、デートが上手く行ったら2人は付き合うってこと?

 それとも……佐藤さんを手駒にして利用するための行動?

 考えても考えても答えは全く出ない。出るはずもない。

「あーもう! 何なのよあいつはあ!」

 今日の夜は眠れず、長い一日になりそうだった。

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