ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5

〇迷える子羊



 春休みも気がつけば4月を目前に控えた30日になっていた。

 ここ数日間は特に何をするでもなく、時間の大半を自室で過ごして休みをまんきつ

 このままのんびりと新学年を迎えることになるかとも思っていたが……。

 8時前に起床すると、1通のメッセージが届いていることを知る。

 差出人は1年Bクラスの生徒『いちなみ』。

 その内容は、春休み中のどこかで会えないかというものだった。

 残りの春休み、やはりそのままたんたんとは過ぎていかないようだ。

 日にちはいつでもいいらしいが、出来ればほりきたを交え会いたいとの要望だけえてある。

 その一言から察するに、オレはオマケに過ぎず、堀北の方がメインだろう。

 大体話の内容は予測がつく。

 1年度最終試験の選抜種目試験に関すること。情報収集はある程度しているだろうが、Aクラスとの戦いで3勝4敗に至ったけいを事細かに知りたがっているはずだ。

 そして他にも、2年生に上がった後に関する話が予想される。

 オレたちのクラスと一之瀬のクラスが友好関係にあることが関係している。

 それを継続していくのか、するのか。その辺を詰めておきたいはずだ。

 どちらか一方の話というよりも、その両方の可能性が高そうだ。

 特に後者に関しては、春休みの内にしっかりと話し合っておくべきことだしな。

「一之瀬のコンディションは戻ったのか、そうじゃないのか」

 春休みになってから一度も外では見かけていない少女のことを考える。

 学年末試験の結果がまだ、一之瀬の中にはくすぶり続けているんじゃないだろうか。

 2勝5敗。Bクラスにとってはかなり手痛い敗戦になったからな。

 こっちはDクラスに落ちるとは言っても、ポイント差は確実に詰まっている。

 1つの特別試験で入れ替わることも十分に起こりうること。Bクラスまでは団子状態と言っても過言ではない中、どうしていくかの話し合いは遅かれ早かれ必要なものだ。

 1年の序盤に結んだ協力関係は、けして悪いものじゃない。

 このままあいまいな協力関係を継続し続けていれば、精神的負担は軽減される。

 だが近い将来、この関係が互いに足かせになることも視野に入ってきた。

 もっと場がひつぱくした時、強引な協力関係の破棄を迫られることになるだろう。

 それは俗に言う『不義理』ともなりかねない。

 ともかくその辺りを明確にしておくため、下位クラスはもちろん、上位クラスでも今後に向けた指針を互いに打ち出す必要がある。

 一之瀬からのアプローチを知れば、堀北も似たような考えを持つだろう。

 単なる話し合いではなく、恐らく今後を占う上で重要な分岐点。

 もしいちがそこまで頭の回る状況でなくとも、ほりきたの方から切り出す可能性は高い。

 今言えることは、話し合いを持たないという選択肢はないということ。

 あとは両者のタイミングだけ。オレは今日で問題ないが、堀北はどうだろうか。

 堀北兄の話じゃ、31日にこの学校を去ると言っていたからな。

 残されたわずかな期間、兄貴と話をしていたいと心の奥底では願っているはず。

 今日くらい、兄妹きようだい水入らずの時間を過ごしても不思議じゃない。

 それをあの兄貴が許すかどうか、そして堀北が会いきれるかどうかはまた別の話だが。

 とりあえず堀北にはチャットを送っておくか。

 ついでに兄貴とはゆっくり話が出来たか?とも文章をえてみた。

 一之瀬が会いたがっている旨を簡単に文章にして送ると、ものの数秒で既読がつく。

 そして程なくして来る返事。

『私はいつでも構わないわ』

 そんな返事。いや、いつでもってことはないだろ。

 内心で突っ込みつつ、日時を明日に指定したらどんな返事が来るか気になったが、わざわざ気にしている部分をつつくのも面倒なことになるだけだ。

 その答えは兄貴に関する話題の一切を無視していることからも明白。

『なら4月2日はどうだ?』

 一応気を遣って、今日と明日は外してみる。

『今日空いてる』

 余計な気を遣うなという、気迫のこもった文章がすぐに返ってきた。

 素直に兄貴と過ごしたいというのは難しいだろうが、予定があるとでも返してくればいいのに。

 こっちに予定があるんだなんて言っても、それを信じ込ませるのも一苦労しそうだな。

『そうだな。確かに面倒事は早めに片づけておきたい』

 ここで逆らうと後々しんどいので、合わせておくことに。

 話し合いが終わった午後でも、十分兄貴と会う時間は作れるだろう。

「……無理だな」

 多分、このまま明日の別れの時以外、あの2人が内密に会うことはなさそうだ。

 堀北に返事を送って、一之瀬と今日会う約束を取り付けることにした。

 その後の一之瀬との話で、ケヤキモールの2階カフェで10時に落ち合うことになる。


    1


 4月が近づいていることもあってか、暖かくなりつつある気温。

 朝の9時30分過ぎ。今現在は快晴ではあるが、昼過ぎから一時大雨の予報が出ているため、集合時間は早めだ。昼前には解散する予定になっている。

 時間に余裕があるためのんびりとケヤキモールに向かうことにして、エレベーターを呼ぶ。

 休みの日は特に、外ではいろんな生徒とすれ違う。

 クラスメイトはもちろん、他クラスに2年生たち。

 知人の少ないオレでも少し歩けば、何かしら顔見知りを見かける。

 ただ、卒業生たちの姿は日増しに減り、もうほとんど見かけることはなくなった。

 4月1日になれば2年生以下しかいなくなるため、数日間はかんさんとしそうだ。

 そんな風に思っていた矢先、オレは同学年の見知った女子生徒と呼んだエレベーターで鉢合わせする。

「……またあんた……」

 そんな嫌そうな声と共に限界まで距離を取ったのは、1年Dクラスのぶきみお

 何となく長期休みは、伊吹とアレコレあるイメージだ。

 向こうも同じことを思っているに違いない。

 しかもエレベーターの中のため、密室空間とも言える。

「休み中なんだ。たまたま会うのは不思議なことじゃないだろ」

「そりゃそうだけど……私はあんたとかかわりあう気はもうないから」

「知ってる」

 前回、オレの部屋に来た時もこの上なく嫌そうだった。

 いしざきに強引に連れられてじゃなければ、訪ねてくることもなかっただろう。

 嫌われているオレだが、それでもりゆうえんのために伊吹は一肌脱いだ。

 それだけ龍園がクラスに必要な存在だと感じている証拠でもある。

 乗らない選択肢もないため、オレは伊吹の待つ室内に足を踏み入れる。

「また止まったりしないでしょうね……」

「そう言えばそんなこともあったな」

 アレは夏休みだったか。伊吹とエレベーターで一緒になり、閉じ込められた。

 似たようなシチュエーションにお互い警戒したが、当然そんな偶然は二度も起こらない。

 すんなりと1階のロビーにつくと、すぐに伊吹はエレベーターから降りた。

 どうやら伊吹もケヤキモールに向かうのか方向は同じらしい。

「いいのか? オレと歩調を合わせて」

 さっさと離れるために駆けだしてもらってもいいわけだが。

「なんで私が。むしろあんたがさっさと走って行けば?」

 一緒にいるのは嫌だが、自分から身を引くのは我慢ならないらしい。

 その辺は伊吹らしいというか、負けん気の強さみたいなものを感じずにはいられない。

 とは言えオレが離れるために走るのも変な話だ。

 こっちとしては伊吹がそばにいても大した問題ではないし、何よりこれ以上早くケヤキモールに向かっても予定より早く着きすぎる。それこそ体力を無駄に消耗するだけだ。

 結局両者ゆずらず、似たような足取りで進んでいく。

 寮からは5分ほどの距離だ。すぐに別れることになるだろう。

りゆうえんが戻ってきて良かったな」

「うっさい、黙れ。話しかけてこないで」

 ちょっとした雑談すらも許さない空気。これ以上、余計なことを言うのはめておこう。

 沈黙を恐れないようなので、ここはぶきに合わせるように口を閉じることにした。

 どこかピリピリとした空気の中の歩き。

「よー伊吹、ちょっと待てよー!」

 そんな空気の中歩き出して間もなく、大声が後ろから聞こえてきた。

 聞き覚えのある声は、1年Cクラスいしざきだ。

 龍園の側近の1人で、伊吹と共に行動することが多い。

 意外とオレとからむことも多いせいか、最近は普通に話せるようになってきた1人だ。

 伊吹は振り返らず、表情も変えず歩き続ける。聞こえなかった……わけがない。

「おい待てって! おい!」

「っさいわね。近くで大声出さないで」

「おまえが反応しないからだろうがー。お? あやの小路こうじも一緒かよ。なんだおまえら、ひょっとして……デートか?」

 走っておいついてきた石崎がそんなことを言うと、即座に伊吹のりがひざ裏に入る。

「いでっ! なにすんだ!」

「蹴られた理由くらい分かるでしょ。つか暑苦しい、離れろ」

「んだよ。別にいいだろ、どうせこの後落ち合う予定だったんだからよ」

 どうやらケヤキモールで、伊吹は石崎と合流予定だったようだ。

「じゃあ龍園ともか?」

「おうそうなんだ───いや……えーっと……」

 自然な流れでオレがそう聞くと、石崎はうっかりといった感じで口を滑らせた。

「バーカ」

 どうやら2人は、諸事情があって別々にケヤキモールで落ち合う予定だったらしい。

 龍園の名前に強く反応していたことからも、想像は難しくない。

 極秘に合流するつもりだったらしい。

「ま、まあいいだろ? 綾小路に隠したって仕方ないんだからよ」

 開き直った石崎だったが、伊吹は厳しい表情を崩さない。

「仕方なくないでしょ。結局のところ、コイツ倒さなきゃ私らは上にいけないんだし」

「それはそうだけどよ……」

 そういう話はオレがいない所でするべきじゃないだろうか。

 龍園の復帰はまだ半信半疑なところがあったが、この感じを見るに間違いなさそうだな。

 内密に会おうとしているのは、まだ表向きの復帰をしていないからだろう。

 一度はその座を降りたりゆうえん。当然クラスメイトたちが簡単に認めるはずもない。

 いしざきも龍園を倒した男として持ち上げられているジレンマもある。

「なああやの小路こうじ

「ん?」

 オレがそんなことを頭の中で考え整理していると、石崎が話しかけてきた。

「Aクラスに上がるための最強の方法を思いついたんだけどよ、乗らないか?」

 あまりに唐突なフリに、なんと答えるか迷ってしまう。

「一応聞かせてもらおうか。その最強の方法を」

 おう、と胸をドンとたたき石崎が誇らしそうに言った。

「おまえさ、俺たちのクラスに来いよ。そしたらAクラス行き確定だろ」

「はあ? あんた急に何言ってるわけ?」

「龍園さんと綾小路が手を組んだら最強じゃねえか。さかやなぎだっていちだって倒せるぜ」

 どうやらそれが、石崎の思いついた最強の方法らしい。

 ないない、絶対ないとぶきは否定する。

 しかし龍園と手を組むか……。

「悪い気はしないけどな」

「あんた……本気?」

 気持ち悪がるような目でこちらを見てくる伊吹。

「だろだろ? 仲間になるって言うんだったら歓迎してやるからよ。龍園さんと綾小路は意外と相性いいと思うんだよ。アルベルトだっておまえのこと気に入ってるし。この間も綾小路の話題になった時にすげぇ興奮してたんだからよ」

 やまアルベルトに気に入られているというのは初耳だ。

 というかそれは気に入ってるってかいしやくで本当に大丈夫か……?

 ほとんからんだこともないが、唯一の絡みらしい絡みと言えば屋上の1件だけ。

 殴り合いをしていて、気に入られたりするものだろうか。

 どちらかと言えば恨みを買ってそうな気がするのだが。

「それ本人がハッキリ言ってたわけじゃないんでしょ?」

 伊吹も疑問に感じたのか、石崎に聞く。

「男なら肌で感じることが出来るんだよ。かんだよ勘」

 何ともあてにならない勘だ。

 もし本気でオレが龍園のクラスに合流しても、殴りかかられる可能性があるな。

 1人で思いつき、1人で盛り上がっていく石崎。

 好意だけはありがたく受け取り、真面目に返答しておくことにした。

「実現は無理だ。大前提に、クラスを移動するための2000万ポイントはどうする」

 学年末試験でBクラスに勝ったとはいっても、そうそうめられる金額じゃない。

「それは、アレだよ。龍園さんが何とかしてくれるって」

「何とかするわけないでしょ」

「そうか? りゆうえんさんもあやの小路こうじが仲間になるとなったら手を貸してくれるって」

「私は貸すとは思えないけどね」

 その点はぶきに同意だ。あいつはそんなぬるいことを考えるような男じゃない。

 オレと手を組んでまでAクラスを目指そうとはしないだろう。

 男のプライドがそれを認めたりはしない。

 いや、認めるような男ではあって欲しくないと思っている。

「手を組むより敵としていてもらう方が、こっちとしては楽しい。誘いはうれしいが遠慮しておこう」

 プライベートポイントの問題以前に、その点が重要だな。

「そうかよ。くそ、良い手だと思ったのに」

「あんたはあんたで変人ね。あいつと敵同士の方が楽しいって?」

 鼻で笑う伊吹。視線は一切こっちを向いていなかった。

「ああ。何をしてくるのか、楽しみにしてる」

 素直にこうていすると、伊吹は吐くようなをして嫌そうなアピールをする。

 あまり目立つ好戦的なことはしたくないが、龍園となら再戦してもいい。

 ただし、そのためにはあいつ自身にもっと成長をしてもらわないとな。

 ほりきたいちさかやなぎと戦い、勝ち上がってくるところを見せてもらう必要がある。

 程なくしてケヤキモールが近づく。

「悪いな綾小路、ここまでだ。おまえも俺たちとつるんでるところ見られると面倒だろ」

 これからどこで落ち合うのかは知らないが、意見を交わし合うことは良いことだ。

 いしざきらしくないありがたい配慮を、素直に受けることに。

 オレは入り口近くで石崎や伊吹と別れ、別の入り口からモール内に入ることにした。

 出会った頃、石崎とここまで会話をする関係になるとは夢にも思わなかった。

 伊吹とは初期よりも関係が後退した気はするが、それもまた変化といえる。

「1年ったんだよな」

 オレの周囲を取り巻く環境は1年間で大きく変わった。

 他クラスの龍園や坂柳とも、正面から話をすることが出来るようになった。

 そんな生徒がまだ何人もいる。

 たった1年、されど1年。

 確実に時間が流れている証拠だ。

 小さい頃には分からなかった時間の流れを、今ならしっかりと理解することが出来る。

 そう言えば、とオレは去年の今頃のことを思い出す。

 高度育成高等学校への入学式を目前に控えながら、そのことを誰にも悟られないよう静かな時間を過ごしていた時期。オレは無の体感を味わっていた。特にあの男を……ヤツを刺激しないように努めていた。ヤツの目に留まればされることは分かりきっていたからだ。

 様々な要因に救われた。もし日頃からオレの近くにいたならば、見過ごすことはなかっただろう。

 だが、元々多忙なあの男は家に帰って来ることの方が少なかった。使用人という名の見張りは立てていたが、1年間の内、7、8割はホテル住まいをしていた。

 オレ自身、家にいたとは言ってもみがあったわけじゃない。

 ホワイトルームで人生の大半を過ごしていたオレにしてみれば、家など1年弱過ごしただけの仮住まいに過ぎなかった。ホテルと何ら変わりはなかっただろう。

「ホワイトルームか」

 あの男はまだ諦めていない。

 いや、むしろ強い手ごたえを感じているはずだ。

 オレの知らないこの1年間で、既に再稼働に至っていると見て間違いないだろう。

 ホワイトルームに必要とされている限り、オレはあの場所へと戻ることになる。

 この問題は遠くない未来、2年後に訪れる。

 2年間、この学校で過ごすことが出来れば……だが。

 今、この時に考えるのはあまりにもつたいない話だな。

 ともかく、1年前には想像もつかなかったような状況にオレはいるということ。

 そして掛け替えのない思い出として、刻まれていることだけは確かだ。

 集合場所のケヤキモールの北口付近に着く。

 普段の休日であれば10時オープンだが、長期休み中は一部が9時から開放される。

 この後向かう予定の2階のカフェも、その9時オープンの店舗だ。

「本当にまんきつ、だな」

 好き勝手に行動し、自由気ままな高校生活を送っている。

 携帯で同級生とやり取りをして、ちょっとした待ち合わせをしている。

 どこか、まだ非現実な日々。

 充実していないと言えばうそになる。

 もちろん学校生活の上で、面倒なことは色々とあるわけだが。

 数か月前と今を比べてもずいぶんと変化してきている。

 目の前から近づいてくる少女の存在も随分と受け入れるようになった。

 そう……『表面上』のオレはまるで別人のようになってきている。

 思考を一度停止させ、完全に別物に切り替える。

 今は、これからの話し合いの方に注力することにしよう。

「随分と早い到着なのね。予定までまだ20分近くもあるのに。ひまなの?」

 当然ながら私服姿でやってきたほりきたが、わざわざ携帯の画面を見ながら言う。

「その20分前に到着してるおまえだって同じようなものだろ」

 お互い、春休みにたいして予定が入っていないことの証明をしたようなものだった。

 特に打ち合わせのようなことをすることもなく、2階にある目的地へ。

「あなたも今日の話し合いが何であるか分かっているようね」

 こっちが確認しないことから、そう判断したらしい。

 正解だが、ちょっとしを入れてみるか。

「どういうことだ?」

「分かってて余計な手順を踏むつもり?」

「いや、何を言いたいのかサッパリなんだが。いちは何を話すつもりなんだ?」

 強引に押し通すことで、疑っていたほりきたを誤魔化すつもりだったが……。

「本当に分かっていないの? もし分かったうえでとぼけているなら、承知しないわよ?」

「……まぁ落ち着け」

 今にもみついてきそうな堀北ににらまれ、オレはその誤魔化しをすぐにひっこめることにした。

「何となくは察してる。そんなに難しいことじゃないだろ」

「そんなに難しいことじゃないのだから、いちいち誤魔化そうとしないでもらえるかしら」

 至極当然の突っ込みを入れられる。

 こんなことで堀北の頭の中を探ろうとしても意味がないか。

「私が理解しているか、試したの?」

かんりすぎだ」

「本当かしら?」

 鋭くなってきた、というよりオレのやり方を理解してきたというべきか。

 堀北に浅い仕掛けは通じなくなってきたな。

 これ以上の追及は傷を負うことになるだろうから、逃げることに。

「それよりも……着くぞ」

 一之瀬がカフェの入り口で待機している姿が見えたので話を切り替える。

 約束の時間まで10分あるが、一之瀬は更に早い到着だったようだ。

「一之瀬も春休みは、オレたちと同じでひまなのかもな」

 着いたばかりとは思えない。一体どれくらい前から待っていたのだろうか。

「私たちと一緒なわけないでしょう。彼女の場合は単純にりちというか、しっかりし過ぎているだけ。相手を待たせることが嫌だっただけでしょうね」

 堀北の言うようにそんなところだろうな。

「おまえの中でも一之瀬の評価はそんな感じなんだな」

「最初は善人のように振舞っているだけの偽善者だと思っていたわ」

 言い過ぎなくらい、ズバッと思っていたことをストライクゾーンに放り込む。

「けれど流石さすがに1年で考えを改めたわ。彼女は純粋な、そしてきつすいのおひとしだってね」

 善人を装う人間は大勢いても、本当の善人はまず見つけられない。

 大抵は心の中で毒づいているものだ。

 その中の貴重な善人の1人は、あのいちであることはもはや疑いようがないだろう。

「どんな生活を送ってきたら、あそこまで善人になれるのかしらね」

 そればかりはオレにも見当がつかない。

「善人であることは彼女の武器でもあり、そして弱点でもあるのだけれど」

 そう言って、褒めるようなどこか危ぶむようなため息をつき、近づいていく。

 純粋な善人であるほど、悪人には利用されてしまう。

「善人じゃないほうがいいと思うか?」

「自然に囲まれて1人山の中で生きるならそれでもいい。でも、競争社会で生き残るためには、私は完全な善人であることは捨てるべきだと思うわ」

「なるほどな」

「ただ彼女の場合は、きっと最後まで善人を貫き通すんでしょうね」

 不利になるようなことであっても、一之瀬は善人であり続けるだろうとほりきたは言う。

「それでも一之瀬にも善悪の区別はついてる。クラスメイトに危害が及ぶようなことがあれば、どんなことだってする覚悟だと思うけどな」

「だといいわね。さ、くだらない話はおしまいよ」

 これからの話し合いに臨むべく、堀北は真剣な顔つきに変わっていた。

 こちらも雑談を切り上げ、一之瀬に接触する。

「一之瀬さん早いわね。待たせてしまったかしら」

「おはよう堀北さん、あやの小路こうじくん。ううん全然、私もさっき来たところだから」

 お決まりのセリフだが、さっき、とは本当にいつのことやら。

 変わらぬ笑顔を向け歓迎する、私服姿の一之瀬に迎えられたオレたち。

流石さすがに朝一だと簡単に席が取れそうだな」

 まだ生徒たちの姿もまばらで、どこでも座れる様子だった。

「ささ、好きなもの頼んで。私がごそうするよ」

 ドンと胸元を握りこぶしで軽くたたき、支払いに関して任せろと言ってくる。

「それが駆け引きの材料に───なるわけないわよね?」

 手料理を振舞って優位に物事を運ぼうとした過去があるだけに、堀北は一瞬警戒する。

「おまえじゃないんだ、ないだろ」

「言い方は気に入らないけれど……そうね」

 さっき堀北自身が口にしたように、相手は他ならぬ一之瀬。

 こんなところでマウントを取りに来るとは思えない。

 もしマウントを取りに来ても、堀北ならマウントを取り返すくらいのことはするだろう。

「じゃあ、お言葉に甘えてもいいのかしら」

「もちろん。どうぞどうぞ。堀北さんから決めちゃって」

 そんな風に一之瀬にさいそくされ、先に堀北が注文することに。

 ひとつ心配事があったオレは、小声で一之瀬に話しかけようと距離を詰める。

 今日もかすかにだが、シトラスの香りがするな。

いち、プライベートポイントの方は大丈夫なのか?」

 おごると申し出てくれるのはありがたいが、Bクラスのクラスメイトの退学に伴い0ポイントになったはずだ。

 呼び出した手前、奢るくらいはと思っているんだろうが懐具合を心配する。

「あ、うん。ここで支払った後も、あと3000ポイントくらいは残るかな。大丈夫だよ」

 間もなく4月。

 それだけの残金があれば、確かに乗り切るのに問題はなさそうだ。

 しかし一度プライベートポイントは0になったはず。

 そんなオレの疑問を感じ取ったのか、一之瀬が補足する。

「ドライヤーをね、Aクラスの西にしかわさんに買い取ってもらってめんしたの。3月を乗り切るためには仕方ないかなって。他の子たちも似たような形で頑張ってもらってる」

 無料でしのげるように制度が出来ているといっても、元手が必要になるケースはある。

 店で買うよりも安いなら、売買などく交渉が成立することも普通にあるだろう。

「だからあやの小路こうじくんも遠慮しないでね。さ、頼んで頼んで」

 背後に回った一之瀬は背中を優しく押し、そう言った。

 確かにオレだけ遠慮するのも、一之瀬にとっては逆にうれしくないことだろう。

 ほりきたが注文を終えたところで、続いてコーヒーを注文する。

 それから3人で商品を受け取り口でもらい、オレたちはカフェ一角のテーブル席に着く。

 生徒たちが少ないうちに、話を進めておきたい。2人の意識はそこで統一されているはずだ。早速というように堀北が話を切り出す。

「声をかけてきたのは試験に関する話かしら。それとも4月以降の方針に関して?」

 オレと事前打ち合わせするまでもなく、堀北にも一之瀬の話の予測は出来ているようだ。

「あはは、見抜かれてた。正解だよ」

 笑いながら認める一之瀬だが、目の方は真剣そのもの。

 この話し合いが軽いモノではないことをよく理解している証拠だ。

「迷惑だったかな?」

「いいえ、私も近いうち必要だと思っていたから、一之瀬さんから声をかけてくれて助かったわ。あなたは人気者だから予定を押さえるのは難しいもの」

「そんなことないよ。春休みは結構ひましてるんだから。いつでも声かけてね」

 答えて一之瀬は小さく微笑ほほえむ。

 その様子には、どこか切なさをにじませているようにも見えた。

 誘いはあるが断っている、といったところだろう。

 その原因が何であるかは当然、堀北にも察しのつくところだ。

「最終試験は苦戦したみたいだな」

 話の切り出しとして適切ではないかも知れないが、オレはそう一之瀬に話を振る。

 傷口に触れないよう遠回しで話を進めても、遅かれ早かれ触れることになる。

 それなら最初にある程度痛みを伴っておいた方が完治も早い。

 少し遠回りするつもりだったのか、ほりきたは硬い表情を一瞬だけ見せたが。

 それでもこちらが切り出したのを察知するや切り替える。

「いやー、うん。負けちゃった。りゆうえんくんの作戦にまんまとやられたって感じ」

 思い出しているのか、深いため息とともに首を左右に振った後にこうていした。

 どこか焦燥感を漂わせたいちは、繰り返し自分に対して落胆のため息をつく。

「私は詳細も何も知らないの。何が敗因だったの?」

「敗因は明らかだよ。私がダメだったんだ」

 一之瀬は相手のせいやクラスメイトの責任にはしない。

 当然、司令塔だった自分だけが全ての原因だというように、迷いなく答えた。

「直接試験を見ているわけではないけれど、あなたが大きなミスをするとは考えにくい」

かぶり過ぎだよ。もう、ホントにパニックの連続で……」

 褒める堀北に対して、一之瀬はけんそんして否定した。

 いや、実際にパニックだったことは間違いないのだろう。

 龍園が登場した時から、焦りが見えていた。それを試験中にまで引きずったか。

「司令塔はかねくんだと決めつけてた。それが、その事実が真っ先に歯車を狂わせたの」

「無理もないわ。彼は一度クラスのリーダーから退いていた。それに、プロテクトポイントを持たない生徒は司令塔になることはない。それは龍園くんを除き全員が思っていたこと」

 その通りだ。オレやさかやなぎすらも龍園が出てくるとは頭の片隅にも置いていなかった。

 対戦相手の一之瀬からすれば、驚くなという方が無理のある話。

 負ければ退学。そんな捨て身の戦いが出来るのは龍園をおいて他にはいない。

「最後まで気持ちを立て直せなかった私に責任があることは変わらないよ」

 対金田と考えていたところに龍園が現れる。

 ごとながら同情したくなるような状況ではあった。

 司令塔の出来ることは限られる。

 だが会話自由のあの試験、徹底的に会話術で一之瀬を追い詰めてたはずだ。

あやの小路こうじくんたちは、Aクラス相手に善戦したんだってね」

 話を返してくるように、一之瀬はオレたちを褒める。

 ここでひとつ問題が出るとしたら、オレがAクラスとの戦いを一之瀬に希望したこと。この事実を堀北は知らない。堀北はオレにDクラスと戦うよう指示をしてきた。そしてくじに敗れた結果、それがかなわなかったということになっている。

 話の進め方によっては、矛盾が出ると少し厄介なことになる。

 一之瀬とあらかじめ打ち合わせしておけば良い話にも思いがちだが、ここで厄介なのはAクラスとの戦いを希望したのは堀北だということにしてあることだ。

 ほりきたの指示でAクラスとの戦いを希望したと思っているいち

 くじに負けて仕方なくAクラスと戦うことになったと思っている堀北。

 両者共に真実には気づいていない段階。

 このまま気付かせないよう、強引にすすめることも出来ないわけじゃない。

 いつものオレなら、間違いなく事前に根回しを済ませている。

 あるいは急場をしのぐために、気付かせないよう立ち回る。

 ちょっとした思案のしどころだが、ここはあえて自分の身を切ることにした。

 このタイミングまで何も手を打たなかった理由。

 それは、堀北がどこまで成長したかを確かめるため。

「負けは負けだ。わざわざおまえにAクラスと戦う権利をゆずってくれとまでお願いしたのにな。もしBクラスがAクラスと戦ってたら結果は違ってたかも知れない」

 そんなオレの何気ない一言を聞いて、一瞬堀北が視線だけオレに向ける。

 もちろん、この視線が持つ意味は考えるまでもない。

『Aクラスと戦うことを指名したってどういうこと?』そういう視線だ。

 だがオレがそのままスムーズに話していることから、この場では話題を流す堀北。

 この一瞬の視線は一之瀬すら疑問を抱く余地を与えないほど、自然でわずかなものだった。

 今触れるべき内容でないことを、耳にした瞬間に把握した証拠だ。

 かつての堀北なら『今のはどういうこと』と口にして一之瀬にも疑問を与えた。

 そこまで至らなかったとしても変などうようを一之瀬に植え付けていただろう。

 理解力も判断力もずいぶんと上がっている。いや、えてきたというべきか。

 ここで堀北がこらえることで、一之瀬には『やはり堀北が決めた』という事実だけが残る。

 他クラスに対して、オレの存在感を薄めることが出来る。

「私のお願いのせいで、結果的に一之瀬さんたちは苦しい戦いを強いられたわね」

 こちらの強引な歩幅に合わせるように、堀北が一之瀬に謝罪する。

「それは自己責任だから。堀北さんが謝ることじゃないよ」

 相性の悪さが露見しやすいDクラスとの戦いは、結果的にBクラスの2勝5敗。

 それによってBクラスは一気にクラスポイントを失うことになった。

「全部たらればだから。そもそもくじ引きで勝ったのは、Dクラスのかねくんだった。そしてBクラスを指名したんだから、その点は問題じゃないよ」

 確かに、結果論だけを見ればそう言うことになる。

 根回しせずとも、Bクラス対Dクラスの戦いは避けられなかった。

「堀北さんたちが気にすることじゃない。私が……私がもっと、しっかりと勝てる戦略を練って挑むべきだった。そのことを強く反省してる」

 前向きな発言ではあるが、どこまで切り替えられているかは別問題だ。

「もしあなたさえ良ければ、どんな種目でどんな戦い方をしたのか教えてもらえないかしら。もちろん引き換えと言ってはなんだけれど、私たちのことも詳しく教えるわ」

 ほりきたうわさ話程度であれば話を耳にしているだろう。

 だが具体的に司令塔の間で起こったことは、当事者たちにしか分からない部分だ。

 その提案に対して、いちうなずく。

 一之瀬たちが選んだ種目、りゆうえんたちが選んだ種目。

 どんな順番で、どの種目が選ばれたのか。龍園が仕掛けてきた手。

 そしてどこで勝ちどこで負けたのか。負けた理由も含めて包み隠さず話す一之瀬。

 龍園たち現Dクラスは、種目の全てを格闘技系に固め勝ち抜き方式を採用していたこと。

 Bクラスにとってかなり致命的な種目。

流石さすがと言ったところかしら。自分たちがかせる戦い方をしてきたのね」

「オレたちでも対抗できなかっただろうな」

「そうね……男子はどうくんくらいよね、勝ちを確実に拾えそうなのは。いえ、それもやまくん相手となれば絶対の保証はない」

 こうえんが本気を出せば頭数に入る、というのは流石さすがに堀北も口にしない。

 女子の方でも堀北以外じゃ、どこまで対抗できるか怪しい。

「龍園くんの戦い方なら、Aクラスにも勝ち得たわね」

「それは同意だ」

 完全なくじ運。少しでも龍園に運が傾けば、どのクラスにでも勝てる可能性があった。

 それでも総合して、一番勝率が高くなるのはBクラスを相手にした時。

 最初から完全な狙い撃ちをしていた証拠だ。

「けれど、Bクラスが選んだ種目の方が多かったのに、2つも落とした理由は何かしら」

 龍園の戦略は確かに強力だが、それはくじ運をつかんだ場合だ。

 Bクラスの種目から4つ選ばれていた点からも、一之瀬に一定の勝ち目はあった。

「……うん」

 まだ何も知らない堀北。当然オレも、この場では何も知らない前提で話を聞く。

 龍園が仕掛けた戦略。それがどのようなものであったかを。

 生徒たちを、何をするでもなく、つけまわし精神的苦痛を与え続けたこと。

 強引に接触し、プレッシャーを与えたこと。

 そして当日に突然の体調不良で、数名が実力をはつできなかったこと。

 しかし最後まで語った後、一之瀬はこう付け加える。

「私は自分が選んだ得意種目を落とした。臨機応変に対応できなかった、司令塔のミス」

 龍園のせいではなく、自己責任だとハッキリ言った。

「複数人が腹痛、そして精神的に落ち着きがなかったというのは……」

 当然、堀北にもそれが龍園の放った戦略だということは分かる。

「間違いなく龍園くんのわなだったと思う。体調を崩したクラスメイトにヒアリングしたら、試験の前にカラオケでいしざきくんたちにからまれたって後で聞かされた」

 カラオケ、か。生徒たちが監視の目を受けないで済む数少ない場所だ。

 そこで何らかの細工をして一服盛った。ずいぶんとハイリスクな手を打ったものだ。

「ダメ元で学校側にうつたえるべきじゃないかしら」

 既に試験終了から1週間は経過している。生徒たちの食べ物や飲み物などは当然処分されてしまっているだろう。薬局で薬を購入した形跡は見つけられても、それを実際にBクラスの生徒たちに使用したかは水掛け論になってしまう。

「訴えを起こすことは悪いことじゃない。今回は実らなかったとしても、次回へのけんせいにはなるわ。ちやを繰り返せば当然学校側の判断も厳しくなる」

 事実であればしきことであり、学校が対策に乗り出す可能性はあるだろう。

「かもね。でもどちらにしても、私は今回の件で何も報告するつもりないかな」

 そんな提案をいちは突っぱねる。試験が終わってから1週間。その間に何度も、クラスメイトからは訴えるように進言されていたはず。それでも動いていないから当然か。

「どうして? 完全な泣き寝入りで構わないの? 彼らに見過ごした、さいな落ち度でもあれば、試験の結果がひっくり返る可能性もある大きな事件よ」

 証拠が絶対に出てこないとも限らないとほりきたは言う。

 場合によっては停学以上の措置を受けることもあるだろう。

 時間がてば経つほど訴えは難しくなる。

「あなたさえ良ければ、私も協力するわ」

 堀北であれば絶対に泣き寝入りしない。だからこそ、強く一之瀬に申し出る。

「ありがとう堀北さん。だけど、やっぱり訴えないかな。現時点では確実な証拠はないし、それに……今回のことを強いいましめにしたいの」

「戒め? どういうこと?」

 堀北の説得にも、一之瀬は首を縦に振らない。

「私、運が良かったと思ってる」

 先ほどまで沈んだ表情をしていた一之瀬だったが、そのひとみに活力がわずかに戻っていた。

 壊れかけたエンジンが、必死に点火しようともがいているように。

「もし、今回の試験みたいなことが2年生の終わりや3年生の大事な時に起こった出来事だったら、どれだけきゆうに追い込まれていたか分からない。でも、今ならまだ大丈夫」

 うんとうなずき、一之瀬は力強い瞳でオレたちを見る。

 それが今この瞬間だけの輝きだと分かったのは、恐らくオレだけだろう。

「今回の負けはクラス全体で重く受け止める。そして、次にかすことに決めたの」

「そう。それならのクラスの私が余計なことを言う必要はないわね」

「そうだな」

 この場では、ひとまずBクラス対Dクラスの話し合いは終わりを迎える。

 一之瀬対りゆうえんの試験内容は聞いた。今度はオレたちの出番だ。

 堀北が一度こちらをうかがうように目で伝えてくる。

 司令塔だったあなたが話して?という確認だ。

 オレは司令塔として、いちと同じように種目とその結果を報告していく。

 その内容は当たりさわりのないたんたんとしたものだが。

 どんな種目で戦い、どんな勝ち方、負け方をしたのか。

 フラッシュ暗算でオレが最終問題を答えたことなど、もちろん余計なことは話さない。

「結果は聞いてたけど良い勝負だったんだね」

「とはいえ、もつれ込んだ7種目はさかやなぎのチェスに力及ばず敗北、そんなところだ」

 チェスに関してはゲームのひとつ。元々自信があった種目だと言っておけばそれほど深く突っ込まれることはない。何より坂柳に負けている以上、そんなものかで済む。

「唯一の好材料……と呼べるかは微妙だけれど、マイナス30ポイントで済んだことは救いね。上位のクラスとこれ以上離されるわけにもはいかないもの」

ほりきたさんたちは着実に力をつけてきてる。私たちも油断できないよ」

 近い将来ライバルになることを見越し、一之瀬は素直にそうしようさんを送った。

「そうね。私たちのクラスは強くなる」

 その自信を持った堀北の言葉と目を見て、一之瀬も小さくうなずいた。

「今日の話し合いで一之瀬さんに伝えておきたいことがあるの、いいかしら」

「うん」

 ここからが、後半戦。本当の話し合い。

 一之瀬からではなく堀北から切り出した。

「率直に言って、来年度からは協力関係をてつぱいさせてもらいたいの」

 その堀北の提案は思いがけないもの、ではなく一之瀬も覚悟出来ていたことだ。

「多分そう提案がくるんじゃないかなって思ってた」

「私たちは1年生最後の試験でAクラスに負けて、Dクラスに落ちるわ。順位だけを見れば負けたままだけれど、内容ではけして負けていない。いいえ、むしろ詰めたと思ってる」

「そうだね。一度0ポイントになってたことを考えれば、年間で一番クラスポイントを増やしたのは堀北さんたちのクラスだし。それにAクラス相手に3勝4敗のせきはい……」

 計算すれば簡単に分かることだが、一之瀬もその事実には気がついていた。

 数字の結果の僅差もることながら、勝負はどちらに転んでもおかしくなかった。

 つきしろの妨害があったことが決定打だったものの、勝つチャンスは十分にあったと言える。

「でも、く関係を維持することは出来るんじゃないかな?」

 堀北に対して、一之瀬はすぐに撤廃をかいだくしなかった。

「たとえばクラスポイントがもっと詰まった時に、また話し合うとか」

「ありがたい申し出ね。でも、やはり協力関係は続けるべきじゃないと思ってる」

 協力関係を安定して成立させるには2つ条件が必要になる。

 1つはクラスポイントの差が埋めがたいほど広がっていること。

 1つは協力関係の上に立つクラスが安定していること。

 去年5月地点では650ポイントの差があった。そしてBクラスは年間を通じ安定したポイントを保持して推移させてきた。だからこそ苦戦しているオレたちのクラスと組んでも支障が生じることはなかった。

 ところが今、その両方がない状態だ。オレたちのクラスは一年を通じ300ポイント以上を獲得し、逆にBクラスは数字を落とす結果に終わった。差は大きく詰まっている。

 つまり2つの条件、そのどちらをも満たしていないことになる。

「私は来年度、Bクラス以上になることを確実な目標にしたいと思っている。そしてAクラスを抜き去るため、ポイントも射程圏内に捉えるつもりよ」

 強い目標を打ち立てたほりきたに、いちどうようを見せた。

「……そう、そうだね」

 それはつまり、目の前にいる一之瀬率いるBクラスを倒すということでもある。

 当然、そうなれば協力関係だのと言ってられなくなる。

 中途半端な関係は、完全に足かせになると判断しての拒否。

「異論ないかしら、あやの小路こうじくん」

「ああ。もちろんおまえに従う。Aクラスに上がるための正しい判断だ」

 堀北に問われオレもうなずく。その判断は間違っていない。

 一度目を閉じ、一之瀬は大きく息を吐いた。

「救いようのなかった私たちに協力関係を持ち掛けてくれた一之瀬さんには感謝しているわ。でも……恨まれるとしても、この先私たちは敵同士よ」

 そんな堀北の決意を、一之瀬は静かに受け止めた。

「恨むなんてとんでもないよ。元々敵同士だった私たちが一時的に休戦していただけ。私だって沢山感謝してるんだから」

 ゆっくりと目を開いた一之瀬は、当然堀北やオレを憎むようなはしていない。

「2年生からは明確な敵同士だね」

「ええ」

 差し出された一之瀬からの手を、堀北は力強く握り返した。

 堀北の頭の中にもある程度計算はあるはずだ。Bクラスの強み、そして弱み。

 どうすれば倒すことが出来るのか。

 そして一之瀬にも同様に見えているであろうオレたちのクラスの戦力。

 どうやって抑え込むか。それをこれから考えていかなければならない。

 こうして短いオレたちの対話は終わりを告げた。

 4月からはBクラスとの本格的な戦いも幕を開けることになる。


    2


 解散となったが、一之瀬はしばらく残るとのことだった。

 敗戦と協力関係の。いろいろと頭の中を整理しておきたいところだろうしな。

 そのため、オレたちは一足先に帰ろうとする。程なくして階段に着き降りていく。

「ちょっと待って」

 そんなケヤキモールのカフェからの帰り、背後からほりきたに呼び止められた。

 振り返ろうとしたオレに対し、堀北はこう言って制止する。

「振り返らずに聞いて欲しいことがあるの」

 そう要望を受ける。

 その真剣な口調に、オレは同意の合図として振り返らないことにした。

「なんだ、急に」

「なんだ急に? 私に謝っておくことがあるんじゃないかしら?」

 背中越しに怒ったような声が飛んでくる。

「なんのことか分からないな」

 それでも白を切ろうとすると、堀北は迷わず本題に触れてくる。

「Aクラスと戦えるように、Bクラスのいちさんにあなたが根回ししたのね?」

「そのことか」

「私が話を合わせなかったら、厄介なことになったんじゃないの?」

「問題なく合わせただろ」

「それは───余計なことになると思ったからよ。説明してもらえるかしら」

「一之瀬も言ってただろ。かねがくじ引きで勝ってBクラスと戦うことを決めた。つまり、オレが裏で何をしてても結果は変わらなかったってことだ」

「私が聞いているのは、どうして無断でAクラスと戦うことを決めていたのかってことよ」

「勝てる可能性が一番高いと判断したんだ」

「どう考えても金田くんやりゆうえんくんのクラスと戦う方が良かったと思うのだけれど?」

「Bクラスと同じようにやられてた可能性も高い。どうや堀北くらいだろ、通用するのは」

「それは結果論よ。あの時は間違いなくDクラスと戦うべきだった」

 一歩、こちらに詰めてきたのが声の距離感で分かった。

 それでも強くは詰めてこない。

「私の言っていることは間違っているかしら?」

「いいや。確かにAクラスと戦うのは最大のデメリットだ、それは否定できないな」

「私の忠告を無視したことはこの際置いておくわ。どうしてAクラスだったの」

 独断で決められたにしても、その点だけは納得いかないんだろう。

「どうしてだと思う。どうしてオレがそんな根回しをしたかおまえに分かるか?」

 こちらから問い返してみる。けして答えの出ることのないであろう問いかけ。

 オレとさかやなぎの関係、ホワイトルームの因果を知らない人間には解けない問題。

「推理できる材料で考えるなら……あなたの言った『勝ちの可能性が一番高い』の言葉から答えを導き出すこと。なら、BクラスとDクラスを除外しなければならないのか。まずBクラスは問題なく外せるわ」

 わざわざ根回しせずとも、Bクラスとは協定関係にあった。

 その協定を破ってまで、いちが戦いに来る可能性は低いと判断してもおかしくない。

「問題はDクラス。普通なら迷いなく選ぶ対戦相手だけれど……。実際に戦ったBクラスは大敗をきつした。それはりゆうえんくんの奇策がくハマったから。私たちも、同じフィールドに引きずり出されていたら勝負はどうなっていたか分からなかった」

 互角、あるいは不利になっていた可能性も排除しきれない。

「誰もがDクラスは簡単な相手だと思っていた。だからこそあなたは不気味さを感じた」

 恐らく導き出せる最大限の推理だろう。

「龍園くんが出てくることや選んでくる種目を予見していたの?」

「もしかしたら、ってな。それでBクラスを人柱にしようとしたんだ」

「もし言っていることが本当だとしても、それは私に相談すべきだった」

「そうだな」

 そこは否定せず受け入れる。

 オレが単独で動いて良い理由にはならない。

「でも───本当にそれが理由かしら」

「と言うと?」

「クラス内投票であなたはAクラスから多くの投票を得て1位になった。そしてプロテクトポイントを得た。退学を賭けた司令塔としてAクラスと戦うことになったわけだけれど、これは単なる偶然? まるで……あなたとさかやなぎさんが示し合わせていたような……」

 今の話には単純な偶然もある。だが、オレと坂柳の関係性とその背景に気付き始める。

「いいわ……これは流石さすがちやもある。何より確証すらない話よ、忘れて」

 そう言ってほりきたは自分の発言を取り下げる。

「考えを改めて聞いておきたい。今、あなたはAクラスに上がるつもりでいるのよね?」

「さっきそう言ったよな」

「ええ。でも、それが本心かどうかは分からない。入学当初から最近まで、私が知る限りのあなたはクラスが上にあがることに対して極めて消極的だったわ」

「人は成長する。おまえだって入学当初からは見違えるほど成長した、それと同じだ」

 実際、オレは上位クラスを目指す考えを持ち始めているが、それを信用できないと疑ってくるのは無理もないことだ。特に堀北に対してこっちは協力的じゃなかったからな。

 相手の立場に立ってみれば不気味な存在に映っていても無理はない。

「そうね。人は成長する……見方も変わってくるわね」

 一定の不満は持っているだろうが、やや強引に自分自身を納得させる堀北。

 だが、今回の話はこれで終わりそうにない。

「私たちのクラスは成長した。強くなっている実感もある。だけどそれじゃまだ足らない。Aクラスに上がるためにはあなたの協力は必要不可欠なの」

「つまり?」

「これまであなたは、勉強も運動も中途半端に手を抜いてきた。確かに平均的位置にいるなら足を引っ張っていることにはならないけれど、それではこうけんにもなっていない」

 耳の痛い話だ。目に見える貢献度では、確かにほとんど成果を得られていない。

「もうその縛りを解き放ってもらえないかしら。この先、どんなことにも全力で取り組んでもらいたい。それこそが、Aクラスに上がる意思のある証明でもあるはずよ」

 これはおどしやお願いというたぐいのものではない。

 オレの出方をうかがうための言葉。もちろん、とげとげしいものがあるのはごあいきようだが。

「断る」

「やっぱり」

 あきれるよりも、分かっていたと鼻で笑う。

「あなたは口先だけ。Aクラスに上がるための協力なんてするつもりがないのよ」

「少なくとも現状ではな」

 売り言葉に買い言葉で、オレはほりきたに言い返した。

 今言った言葉がどんな意味を持つのか、処理に少しだけ時間がかかる。

「……え? 現状では?」

 絶対に引き出せないと思っていたオレからの協力。

 だが、オレは今ある程度譲歩しても良いと思っている。

「こっちにも積み上げてきた1年間の事情がある。春休み明けいきなり全力でやれば、クラスメイトどころか学年全体……いや、学校全体でうわさが駆け巡る。それは極力避けたい」

「あなたが優秀なことは認めるけれど、ずいぶん高い自己評価ね。いったん勉強だけに絞って話をするけれど、クラスメイトだけでも私やゆきむらくん、他クラスならいちさんやさかやなぎさん。大勢上位に名を連ねる生徒がいるのよ? あなたはそこに肩を並べられるのかしら」

 急に割って入っていける話じゃないと堀北は呆れながら言う。

「確かにギャップという意味では一時的に悪目立ちするでしょうけれど、結果的に学年の上位10~20%の立ち位置に落ち着くのなら、すぐにむんじゃないかしら。短期間で劇的に成績が伸びる生徒なんて、珍しいものじゃないわ」

 堀北の考えでは、そういう結論で終わるらしい。

 その物差しが正確なものなら、確かにそれで終わるかもしれない。

 だが、正確でない以上話は終わらない。

「悪いが堀北、現状は同学年で相手になるヤツはいないと思ってる」

 成長の伸びしろがある生徒や、不真面目で本領をはつさせてない生徒を除いてだが。

「……言うわね。呆れるほどに大口だわ」

 納得するはずもなく、堀北は反論する。

「兄さんに一目置かれているからと言って、それは何の証明にもならない。あなたは明確に私に対してどれだけすごいかを、まだ一度も見せることが出来ていないのよ」

「これまでの日々じゃ足りないか」

「勉強であなたが1番である証明はある? いいえ、勉強以外でもいいわ。その大言を認めさせるには、何でも勝つくらいの実力が必要よ。たかだか1つの種目ではあるけれど、あなたはさかやなぎさんにチェスで負けたわ。もちろん、信じられないくらい高レベルな争いだったことは認める。でも、負けは負けよ。それで同学年に相手がいないなんてよく言えるわね」

「どう捉えるのもおまえの自由だほりきた。オレの発言は単なるきよせいかも知れないしな」

「結局そうやって逃げるんじゃない。あなたは不真面目なだけのうそつきだわ」

「ならそのらくいんを押し付けることで満足してくれるのか?」

 その返しに、堀北が黙り込む。

 うつぷんを晴らすことで満足するのなら、これでこの話は終わりになるだけだ。

 階段を降りようと一歩、足を踏み出そうとする。


「───試させて」


 強い口調で、そう返ってきた。

「なにを」

「本当の実力をよ。頭が良いことも運動神経が良いこともある程度分かるけれど、雲をつかむようにハッキリしない。あなたの実力は何もかも不明確なまま」

 自分の持つ物差しではかりたいということか。

「あなたの実力が隠すに値するものなのかどうか知りたいの」

「おまえが正確な物差しになれる自信はあるのか?」

「私はあなたより筆記試験で高い点数を取れる自信があるし、本気で戦えばけんで勝てる自信だってある」

 確かにこの一年、当然のように堀北はテストでオレよりも常に上であり続けた。

 足の速さや筋力は男が有利だとしても、技術をぜた戦いならば有利だと言いたい気持ちも分かる。事実堀北は体調不良の中でぶき相手に好勝負を繰り広げていた。

 それに入学当初兄貴と軽くみあったことも見ているはず。

 それらを加味した上で自信をもって、オレに勝てるとの断言だ。

「なら、それをどうやって試す?」

「方法なんていくらでもあるわ。私かあなたの部屋でだって筆記試験の勝負は出来る」

 後ろを振り返るなと言ったのはオレと声以外の駆け引きを避けるためだ。目と目を合わせるだけでも様々な感情を読み取れてしまう。それを不利だと判断しての立ち位置。

 唯一心理戦だけはオレとしたくないと、警戒している。

「受けてもいいが一方的な話ばかりだな。こっちに得がない」

「損得の問題かしら。あなたは実力を隠しその秘密を私に握られている。ここで受けなければ強制的にバラしてしまって、無理に表に引きずり出すことだって出来るのよ? ただでさえあなたは、最近色々と注目の的だもの。しきれないんじゃない?」

 おどしとしても弱い。今後不利益になることを思えばほりきたはどのみちバラしたりはしない。

 ただ、堀北の成長を考えればここがきようラインかもしれないな。

 こちらの長考に対して堀北も静かに答えを待つ。

「ならこうしよう。4月以降の筆記試験で1科目だけ事前に決めて高得点を競う。これなら仮にオレが100点を取っても、1科目だけ猛勉強したからと言い訳も立つ」

 他の科目が高い点数でなければ十分に通じる言い訳だろう。

「実力を測るには、少し弱いけれど……ともかく公式の場での戦いでいいのかしら」

「一応おまえに負けた時のことも考えておかないとな。今後全部の科目で高い点数を取ることになるなら、その布石は作っておきたい」

「いいわ。あなたの案に乗ってあげる。けれど、対決する科目の決め方はどうするの?」

「もちろんおまえが好きに選んでいい。時期も当然任せる。そして、その対戦科目が何であるかは本番当日、試験直前に伝えてくれて構わない」

「なるほど……事前通達なしであなたが勝つためには、日頃からまんべんなく勉強しておくことが最低条件になる。1科目だけでもある程度実力がはかれるということね」

 これなら、ある程度堀北にも納得してもらえるだろう。

「私が勝ったら、その時はあなたの実力はそれほどじゃないと判断して、以降は全てに対して全力で取り組んでもらうことになるけれど、それでいいわよね?」

「ああ。ただしこっちが勝ったらオレの願い事を1つ聞いてもらうぞ」

「そうね、一方的なのは不公平ね。何が望み?」

「さあ。何にするかは考えておく」

「……きようじゃないかしら。ここでかいだくすればちやな要求も飲まなくてはならなくなるわ」

「もう負けた時のことを心配してるのか? もっと強気な上での提案だと思ったんだが」

「言うわね……」

「無理しなくていいんだぞ。自信がないなら、この勝負自体を無しにしてもいい」

 そう言われれば、堀北は当然下がることは出来なくなる。

「いいわ、もし私が負けたらどんな条件でも飲む。これでいいかしら」

「十分だ。決まりだな」

 こうして4月以降、一番近いテストでの堀北との筆記試験対決が確定する。

 歩みを進めた堀北がオレの隣に立つ。

 そして、先に降りていく。

「楽しみにしているわ。あなたとの直接対決」

 もちろん、堀北は万全の対策を取って試験に挑んでくるだろう。

 ま、こっちはいつも通りにやるだけなんだがな。

 オレはその場に立ったまま、決意を固めた堀北の背中が見えなくなるまで見送った。

「さて、オレはこの後どうするかな」

 当初はぐ帰るつもりだったが、少し気が変わった。

 少しいちの様子が気になるな。

 先に帰ってくれということだったが、今1人で何を考えているのだろう。そんなことを考えていると、ある男がこちらを見ていることに気付いた。

 たまたま目が合ったわけではないようだ。

 その視線に誘われるように、オレは階段を下るのだった。


    3


 同日、午前11時半過ぎ。

 ケヤキモール2階の男子トイレ。

 そこで2人の男が立ち話を行っていた。

 1人は一度リーダーの座を降り、そして再び表舞台に戻ってきた、りゆうえんかける

 そしてもう1人は、1年間クラスをキープし続けたAクラスの生徒、はしもとまさよし

 偶然に集まったのではなく、橋本から連絡をしてあえてひとのないこの場所を選んだ。

「で? こんなところに俺を呼んでどんな悪巧みを話そうってんだ?」

「悪巧みなんて人聞きの悪い。ただ1年間のそうかつでもしようと思ってな」

 そんな風に、どこかすかした態度を取る橋本。

 常日頃からつかみどころのない空気を出す男を龍園は嫌いではなかった。

 しかし、同時に好きでもない。

 まだいしざきぶきのような体力バカの方が分かりやすくて好感が持てる。

 もちろん橋本も龍園を信用してはいないし、信用されているとも思っていない。

 利害が一致している間だけの関係。

 だが、それは時に強固なつながりであることも2人は知っている。

「学年末試験じゃBクラスをボコボコにしたみたいだが、完全復活と見ていいのか?」

「さあどうだろうな。単なる気まぐれかもな」

 真面目に答えず、龍園は腕を組んで笑みを見せる。

「気まぐれ? だとしたら、これ以上ない怖い気まぐれだな。気まぐれでAクラスまで狙われたらたまったもんじゃないぜ」

 戦うのはごめんだと、橋本は白旗をあげるように一度両手を軽く上げて見せた。

「そんなに俺の動向が気になるのか?」

「一度後ろに下がったおまえがまた前に出てきたんだ、気にならないほうが変だろ」

 自分たちの障害になりうる存在の動向には、人一倍気にかけている。

さかやなぎに指示を受けて偵察にきたか?」

あいにくと、簡単には答えられない質問だ」

 あいまいにする橋本だが、これが坂柳の指示で嗅ぎまわっているわけでないことは龍園は分かっている。その上で、あえてりゆうえんは一度さかやなぎの名前を出しはしもとの様子を探った。

「それで? 今後はどうしていくつもりなんだ?」

「どうしていくもクソもあるかよ」

 鼻で笑うと、龍園は橋本へと詰め寄っていく。

 わずかに体をこわらせた橋本は、万が一のための防衛、その気構えを作る。

 自ら選んだ場所とはいえ、ここはひとの少ないトイレ。もしもの時に身の安全を保障してくれる監視カメラはない。携帯で録音もしくは録画しておくべきだったと脳裏をよぎったが、それがバレた時に龍園との関係が消滅する恐れもある。

「二重スパイとして賢く立ち回ってりゃ勝てると安易に思うなよ?」

 笑いながらもかけてくるプレッシャーは、凡人のそれとは大きく異なる。

「はっ。腐ってもたい、迫力満点だな」

 若干の焦りを感じながらも橋本は喜びを同時に感じていた。

 Aクラスはばんじやく。しかし坂柳の気まぐれ次第では上にも下にもブレる。

 その下にブレた時、勝ちあがって来るのは十中八九龍園のクラス。

 そこに唾をつけておくのは当然の判断だった。

 だからこそ否定しておくべきポイントを橋本は口にする。

「悪いが龍園。俺は2クラスだけで済ませるつもりはないぜ」

「クク、どういう意味だそりゃ」

「ちょっと早いが───」

 橋本は携帯を取り出し、わざわざ一度龍園にディスプレイを見せる。

 録音などを行っていない証明をしつつ、どこかへ電話をかけはじめる。

 そのコール時間は僅か。

 相手も橋本からの電話を待っていたことをすぐに見抜く龍園。

「来いよ。事前に伝えた場所のままだ」

 そう短く相手に伝え通話を終える。

「誰だと思う? 龍園」

「さあな」

あやの小路こうじだよ」

「綾小路? あぁ、一瞬誰かと思ったぜ」

 橋本が出した名前にも、龍園は慌てない。

 不意を突けば何か拾える情報があると読んだ橋本のもくが外れる。

 だが、まだ諦めるには早いとしつように追いかける。

「ここに綾小路を呼ぶ理由、思い当たる節はないか?」

「ないな」

 ハッキリと言い切った龍園はすぐにこう続ける。

「本当にここに呼んだのはそいつなのか? 俺にはそうは見えねえな」

 仕掛けたつもりが簡単に仕掛け返される。

「……ったく、中途半端なうそは通じないか」

 はしもとあやの小路こうじの名前を出すことで、りゆうえんが普段とは違う反応を示すのを期待した。

 しかし龍園は小物の名前を口にするのも煩わしい、そんな態度を見せる。

「何をごちゃごちゃ言ってやがる。何か裏があるのか? 橋本」

 綾小路を気にかけている橋本にこそ、何かあるのではないかと逆に疑いを向けられる。

 そこには演技のようなものも見られない。

 が、それでも橋本は綾小路と龍園に対する不信感をぬぐい切ることはない。

 王様を気取っていた龍園が、いしざきたち相手に簡単に引き下がったとは思えないからだ。

 さかやなぎの一連の行動からも綾小路の影がちらついている。

 あとひとつ、何か情報があればそれらは確信に変わる。

「ここに呼んだのは───」

 2階のトイレに、足音が近づいてくる。

 そして姿を見せる1人の男子生徒。

「あ? こりゃまた、面白いヤツを呼んだもんだな橋本」

 龍園と橋本の前に現れたのは、1年Bクラスのかんざきりゆう

 普段交わることのなさそうな3人が集まることになった。

「どうしてもおまえにどおりしたいって言ってな。俺が橋渡しをすることにしたんだ」

「で? その見返りはなんだ」

「決まってるだろ? Bクラスへのコネクションさ」

「坂柳はいちに弓を引いた。つまり敵同士だ。神崎が受け入れると思ったのか?」

「受け入れるさ。そうだろ? 神崎」

「俺はおまえを信用していない橋本。だが、利用価値はあると思っている」

「だってさ」

 利害関係が一致すれば、橋本は神崎とも組めるとアピールする。

 そして、へらへらと笑いながら橋本が神崎の肩に手を置く。

「こいつの話を聞いてやってくれよ。俺のために」

「なるほどな。2クラスで終わらせるつもりがないってのはこのことか」

 橋本はこれまで龍園のクラスにしか興味を持っていなかった。

 だが一度龍園が後退したことで、視野を広げる方向へとシフトさせた。

「ああ。後は綾小路のクラスの方にも種をいていくつもりさ」

 どのクラスが勝ちあがっても、自分が救済されるように動くと宣言する橋本。

 だが、既に龍園の興味は橋本ではなく神崎に移っていた。

「退屈させない話題を持ってるんだろうな?」

「何を期待しているか知らないが、喜ばせるような材料は何もない」

 神崎は龍園相手にもおくすることなく続ける。

 ここに来た、自らの話をしておくために。

「学年末試験。その時のことで話をしておきたかっただけだ」

ざんぱいの感想でも聞かせてくれるのか?」

「悪いがりゆうえん、俺はおまえに負けたとは思っていない」

 強気な発言に、はしもとが口笛を吹く。

「汚い戦略で強引に勝利をつかんだに過ぎない。そのことを忘れるな」

 かんざきがそううつたえるのも分からなくはない。正攻法で戦っていれば互角以上に渡り合えたと自負しているからだ。龍園のれつな戦略によって奪い去られた勝利。

「くだらねえ。そんなことを言うために、わざわざこの場に姿を現したのか?」

 龍園にしてみれば、れいも汚いもない。

 勝ちは勝ちであり、神崎の負けは絶対に変わることのない結果だ。

「そもそも汚い戦略ってのは何だ。俺が司令塔になったことか?」

「とぼけるな。試験当日の腹痛と一部生徒に対する精神的攻撃。そのことを言っている」

 試験の中身については詳細を把握していなかった橋本は、面白そうに手をたたく。

「そりゃキレたくもなる。ずいぶん派手にやったんだな龍園」

「この手の卑劣な行為は、今後Bクラスには一切通用しないと言っておく」

「クク。いちに防げるとでも思ってんのか? それとも学校にでも泣きつくつもりか?」

「いいや。それは無理だろうな」

 神崎は即座に否定する。おひとしの一之瀬に、どうにか出来ることではないと。

「なら誰が防ぐ」

「俺だ」

 迷わず言い切る神崎に対して、龍園はきつこうした考えを2つ思い浮かべる。

 単なるハッタリか、それとも───と。

「一之瀬の腰ぎんちゃくだったおまえに、何ができる」

 それを探るために一歩踏み込んだ。神崎の言葉の意図を見つけるために。

「俺はこの1年、確かに一之瀬を立てその横でサポートをしてきた。だがそれは、入学時点で一之瀬が他クラスの生徒と比べても優れた統率力とチーム力をはつ出来る人材だと判断したからだ。その点に関する信頼は今も揺らいでいない。だが、危機的状況を回避する能力や、いざという時に弱者を切り捨てることが出来ない大きな弱点も抱えている」

「ほう? なんだ、つまんねー話しかしないと思ってたが、意外にも面白いじゃねえか。お手々つないで仲良くやってるだけのBクラスに、そんな考えを持ってるやつがいるとはな」

 しかし、と龍園はいつしゆうする。

「口だけならいらねえぜ。むなしくえるだけなら犬にもできる」

「だったらやってみろ。それを証明する」

 Bクラスへのコネクション作りのためだけに神崎に協力をした橋本だが、神崎の評価を少しだけ改める。思っていたよりもやれるのかも知れない、と。

「いいぜ。おまえがお望みなら、次はもっと徹底的につぶしてやるからよ」

「どんな汚い手を使うつもりか知らないが、俺はいちと違ってようしやはしない。自らのフィールドで負けるのが嫌なら正々堂々戦うことだ」

「クソみたいなクラスじゃなかったことを期待するぜ」

 りゆうえんは笑いながら用を足す。

 それに続くようにはしもとも隣へ。

「面白いだろ? また何かあったら俺に相談してくれよかんざき

 宣言を済ませ帰るだろうと思った神崎に対して、そう残す橋本。

 だが神崎も近づいてくると、更に橋本の横に立つ。

 2人に対して後れを取らないことをアピールするためか、神崎の威圧が場を包む。

 そして用を足し終えると、神崎は最後にもう一度強い口調で言う。

「よく覚えておけ龍園」

 そう言い残し、神崎は一足先にトイレを立ち去る。

「クックック。こえぇ怖ぇ」

「次はどんな手でBクラスをどん底にたたとしてくれるんだ?」

「さぁな」

 そう笑ってす龍園だったが、その時は全く違うことを思い出していた。

 橋本と神崎を交えた話し合いの、わずか1時間ほど前の出来事を。


    4


 いちほりきたと別れて帰るか悩んでいたオレだったが、出会ったりゆうえんに導かれるように、ケヤキモール内のひとの少ない廊下へと移動する。

 距離は十分にとっているため誰かに見られれば、すぐに解散し他人を装うことも出来る位置関係にある。

いしざきに聞いたか? オレがケヤキモールに来てること」

「ああ、わざわざ探して出向いてやったのさ」

 石崎たちとの話し合いは1時間ほどで終わったのか、それとも中断してきたのか。

 どちらにせよ、龍園のひとみには以前よりも気迫が戻っているようだ。

「一応連絡先は分かってるんだ。そっちで連絡してきても良かったんじゃないか?」

「そのつまんねぇ真顔を前にして話してやろうと思ったんだよ」

 なら、限られた時間で話を聞いてやることにしよう。

「アレはどういう意味だ」

 アレ、とはひよりからのことづてだろう。もっといやり方で安全に5勝以上出来た。そう龍園に伝えておいてくれと頼んだこと。しっかりとその役目を果たしてくれたらしい。

 ひよりから言伝を聞けば必ず接触してくると思っていた。

「そのままの意味だ。オレならもっとうまくやる」

「どんな手を使おうが俺の勝手だ」

「それで済ませたくない。おまえが下手を打ってこの学校から去るのは寂しいからな」

 自然と出た言葉ではあったが、龍園にはほど伝わらなかったらしい。

「ククッ、何の冗談だそりゃ。さかやなぎに負けた格下の割にずいぶんと偉そうだな」

「確かにオレたちのクラスは坂柳に負けた。司令塔を務めた以上言い訳も出来ない。坂柳がオレより優れてるかどうか、おまえが今後直接戦って知っていけばいい」

「は───めるなよ?」

 龍園の笑みが一度消え、オレへと距離を詰めてくる。

「一度俺を負かせたおまえが坂柳より下はない」

 どうやら挑発的意味を込めて、あえて格下だと言ったらしい。

「持ち上げてくれるのはありがたいが、俺が試験で手を抜いていなかったとしてもか?」

「悪いが信じねぇな。本気でやって負けたってよりも、はなから勝負をする気もなかったか……あるいはどうにもならないアクシデントに巻き込まれたって話の方がしんぴようせいが高い。学校側がメンツのためにAクラスが勝つように仕組んだ、って方がよっぽど信じられるぜ」

 正解ってわけじゃないが、想像以上に鋭いところを突いてきたな。

 こんなとんでもない深読みをしてくるのはこの学校でも龍園くらいなものだろう。

 一度オレとたいしているからこそ来る、絶対なる確信。

「それで? 復帰したおまえはこれからどうするんだ? りゆうえん

「勝手に復帰を決めつけんなよ。こっちはもう少しきゆうを楽しむつもりだ」

 本格的な参戦は、まだこの先だと龍園は言う。

「だが……休みに飽きたら、その時はウォーミングアップにいちさかやなぎつぶす」

ずいぶんな心境の変化だな」

「ククク、確かに。俺も自分自身に驚いてるぜ。おまえに対して、こんなにも早くリベンジしようと心が沸き立つとは思わなかった」

「なるほど」

 へびが冬眠から覚めようとしている。

 そうなればBクラスもAクラスも、龍園を無視できなくなるな。

 坂柳からすれば望むところだろうが、現状はどちらが勝ってもおかしくないだろう。

「こっちとしてはありがたい。おまえが一之瀬と坂柳を先に潰してくれるなら、願ったりかなったりだ。スムーズに上を目指せる」

 オレたちが上がっていくには、上がもつれてくれることも重要な部分だからな。

「おまえはクラスの状態なんかに関心はないと思ってたぜ」

「今は少し違う。あのクラスは来年の今頃、高い位置にいる。もしその時オレがいなくなっていたとしてもな」

「あ?」

 いなくなっていても、という部分に龍園がげんな顔をする。

「オレもこれからは狙われる立場になるかも知れない。そうなれば、誰かの手で退学にされていたとしてもおかしくはないからな。そうだろ?」

 つきしろがその気になれば、こちらではどうにもならないことも多数出てくる。

 強硬策を取れば防げないようなことも起こるだろう。

 もちろん、それが簡単にできないようにこっちも立ち回るわけだが。

「安心しろよ。おまえを退学させられるとしたら、俺だけだ」

 その強気がなんとも龍園らしい。

「ただ───」

 何かを言いかけた目の前の龍園が、一瞬視界から外れる。

 急速にこちらへと距離を詰め、左腕を伸ばしオレの顔を狙ってくる。

 鋭い指先は迷いなく眼球を狙っており、対処を迫られる。

「らぁ!!」

 1回転からの回しり。右足がオレの目の前を過ぎ去るが、それはフェイク。

 回転を加えた左足こそが本命。

 更にそれを回避し、龍園と距離を取る。

「はっ、完全な不意打ちでコレかよ。どんだけ化け物なんだ、おまえは」

「随分と派手だな」

 プライベートとは言え、このケヤキモールにも監視カメラの数は多い。

 もちろん生徒が問題として取り上げない限り、多少のことで注目を集めることはないだろうが、りゆうえんならではの大胆な仕掛けだ。

「俺の心がうつたえてくるんだよ。おまえを食らえってな」

 冬眠していながらも、本能でみついてきたへび

「仕掛けてこないのか?」

「ここでおまえとやり合うリスクは避けたい。それにまだ時期じゃない」

「ハッ。強者の余裕ってヤツか。テメェが言うとリアルさがあってゾクゾクするぜ」

 眼光は以前と同じ輝き、いやそれ以上か。

 数か月水面下に沈んでいたとは思えない気迫。

「おまえには可能性がある。だからこそ、もっとく成長しろ龍園」

 諭すような物言いが気に入らなかったのか、龍園が横から壁にこぶしを一度打ち付けた。

「上手く成長しろだと? いつからテメェは俺の教師になったんだ?」

「事実を言ってるんだ。そくな手、きような手、時には犯罪行為。勝つための戦略なら何をやってもいいとオレは思う。だが簡単に足がつくをするな」

「あぁ?」

いしざきたちと下剤を使ったそうだな。混入時にカラオケルームを使ったのは悪くないが、もし飲食物の残りを保管されていたらおまえは詰んでた。問答無用で退学に値する行動だ。そこをスルーされたとしても、試験中のおかしな行動には当然学校側も不信感を抱く。いちが訴えなかったことが、おまえにとって唯一の救いだった」

「一之瀬のおひとしも、こっちにとっちゃ計算済みなんだよ」

「だとしたらそれは甘い計算だったな。おまえはいつまでもオレを追い抜けない」

「……言うじゃねえか」

 龍園は再びオレに対して距離を詰めてくる。

 だがさっきのように仕掛けてくる気配はないな。

 仮に完璧に気配を消しているとしても、その対処は難しくないが……。

「忠告を聞くか聞かないかは自由だ。だが───今のままなら再戦すら実現しない」

 敵に送られた塩を、どう受け止めるか。それで龍園の一つの才覚を計れる。

 壁に打ち付けたままの拳を、龍園は心を落ち着けるように下へと降ろした。

「この場はそのクソみたいな助言を聞いておいてやる。だが、いずれ必ずつぶすぜ」

「いい心意気だな龍園。おまえに潰されて退学するなら悪くない」

 内心で腹を立てながらも、こちらの言葉はしっかりと龍園に吸収されたようだ。

 これで今後、龍園の考え出す戦略は更にみがきがかかっていくだろう。

 2年からのレースは本当に想像がつかなくなってきた。

 龍園がさかやなぎを食い、Aにまで一気にのしあがるか。あるいはそれを坂柳が防ぐか。

 それとも一之瀬がここからとうの巻き返しを図るか。

 そのどもえほりきたがどう入り込んでいくのか。

 1年前とは違う景色が、間もなく見られることだろう。


    5


 それがこのトイレでの出来事の前にあったこと。

 かんざきを横目に見送った後、りゆうえんが言う。

「復帰戦。Bクラス相手に派手にやったが、俺には確かに反省の余地があった」

 それを認める。あやの小路こうじを倒すためにも、認めるべきところは認めなければならない。

「そりゃまた、ずいぶんと殊勝だな。汚い手を使ってナンボだと思ってたぜ。神崎の望む通り正々堂々と戦ってやるつもりか?」

「ハッ。誰がそう言った」

「あ?」

いちの甘さにつけ込んで盛大にやったが、そのことで付け入るすきを与え過ぎた。だからああしてがイキってくることになったってことだ」

「……なるほどな」

 反省すべきはれつな手を使ったことじゃない。

 それが脇の甘いものであったことに対して。

「次はもっと派手に、そしてくぶち壊してやるよ」

 神崎がどんな発言をしようとも、この段階で龍園はみにしない。

 本当に牙を隠しているのなら、すぐに分かることだと。

「この一年でおまえも成長したってことだな龍園。パイプをつないでおいてよかったぜ。さかやなぎが食われる可能性も、真面目に視野に入れとかないとな」

 たんたんと、はしもとはBクラスにも近づいていく。

 最終的にどのクラスが勝ちあがっても、自らがAクラスで卒業できるように。


    6


 昼過ぎになり、バケツをひっくり返したような30㎜を超える雨が降り出した。

 オレは何となく帰る気になれず、1人ケヤキモールにとどまり続けていた。

 学校の敷地内では便利なもので、突然の雨にも帰宅の困難を強いられることはほぼない。

 手ぶらの生徒たちには、臨時の傘貸し出しが行われているからだ。

 期日内に返却すれば無料のため、利用者も決して少なくない。朝から遊びに出ていた生徒たちの中には、最初から荷物を少なくするため傘を持っていない者もいる。

 とは言え、今日は少し例外に近いな。

 これだけ雨が降ると、傘を差していてもようしやなくれてしまいそうだ。

「今日は、このままみそうにないな」

 予報通りなら、昼から明日の朝にかけて土砂降りが続くらしい。

 時折携帯が鳴る度、あやの小路こうじグループでは雨の話題から、その他雑談を含めたトークが進んでいく。今はまさに降り出した雨の話をしているようだ。

「どうするかな」

 チャットに参加する気にもなれず、とりあえず既読はつけずに置いておくことに。

 ぼんやりと画面を見つめながら、グループ内での会話に目を通していく。

 そして思いついたように、窓の外の雨を見つめる作業を何度か繰り返した。

 生産性のない時間の浪費。

 たまにはこんな時間があっても良いだろう。

 カフェに戻るでもなく、適当なベンチに座ってボーっとした時間を過ごす。

 もっとも、それを何時間も繰り返すわけじゃない。

 雨音を聞きながら20、30分くらいったところで帰ることにした。

 オレは学生証を機械へと通し、傘のレンタルをする。

 下半身、ひざから下は特にれるだろうが、これでも差さないよりはよっぽどマシだろう。

 それから外に出て寮を目指すことにしたのだが、一足先に出口に向かう見知った生徒、いちを見つける。この大雨の中、手には傘を持っていない。

 まだケヤキモールに残ってたんだな。

 友達と遊んでいた様子もなく、1人だ。

 オレたちと別れた後も色々と考え事をしていたのかも知れない。

「頭の中を整理してた、ってところか」

 だが、様子からしてまだ、く整理できたような感じじゃないな。

 傘も持たずに寮に帰れば、当然ずぶ濡れになるだろう。

 一瞬外で友達が傘を持って待っているのか、とも思ったがそうでもないらしい。

 放っておくことも優しさかも知れないが……今回はBクラスが徹底してやられた試験の後だけに多少気がかりだな。オレは急ぎ引き返し、傘をもう一本レンタルする。

 少し遅れて外に出ると、やはり一之瀬は濡れるのを覚悟で歩みを進めていた。

 寮に向かう方角じゃない。

 その反対である学校の方へと、一之瀬は歩いていく。

 そして、やはり傘も持たず雨に打たれ続ける。

 見送ることも出来たが───。

 オレは傘を手にしたまま、一之瀬を追う。

 雨音が激しくこちらの足音は聞こえていないようだ。

 多分普通に声を出したくらいじゃ聞こえないだろうな。

 やがて一之瀬は、通学路の途中となる、校舎が見える場所に辿たどく。この大雨の中では、当然周囲に人の気配は全くない。そして、そこで空を見上げ始めた。

 雨にれるのを嫌がるどころか、むしろ濡れることを望んでいるような雰囲気。

 今何をおもい、何を考えているのか。

 それを読み取ることは難しくない。

 このまま納得するまで濡れさせてやるのも悪くはないが、間違いなく風邪をひく。

 風邪をひけば、心も同時に弱ってしまうからな。

 今のいちには、それは多少酷だろう。

「そんなところにずっと立ってると風邪をひくぞー」

 やや声量を上げて、オレは一之瀬に声をかけながら近づいていく。

「……あやの小路こうじくん」

 誰かがそばにいると思わなかったのだろう、少し驚いた後、一之瀬は一度こちらを見た。

「……うん」

 しかし小さく返事をするだけで、動こうとしない。

 濡れることを恐れず、再び空を見上げる。

「先に帰って。私は、少し雨に打たれていたい気分なんだ」

 声がしっかり聞こえる距離まで近づくと、そんな風に一之瀬に言われる。

「そうか」

 少しというには度が過ぎる大雨だ。

 このまま残しておけば、一之瀬は1時間でも2時間でも雨に打たれているだろう。

 説得を試みたところで聞き入れる状況でもないだろうしな。

 なら、それを終わらせるには多少強引な手を使うしかない。

 いちには一之瀬に効く対処法がある。

 オレは差していた傘を下ろし、畳む。

 瞬く間にオレの髪から足先にかけて、雨水がしみこみ始める。

「あ、あやの小路こうじくん?」

「付き合おうと思ってな」

 その奇怪な行動を、一之瀬は当然無視することが出来ないだろう。

「どうして……」

「意味もなく雨に打たれたくなることもある」

 意味を持って雨に打たれる一之瀬とは、対照的なわけだが。

 2つの傘を持ちながら、2人がずぶれになっていく。

 そんな不思議な体験をしていた。

「風邪ひいちゃうよ?」

「それなら一之瀬もだな」

「私はいいんだ。むしろ、ちょっと風邪くらいひけばいいと思ってるから」

 なるほど。それならこの冷たい雨に長々と打たれるのが最適解かも知れないな。

「じゃあオレもそうするか」

 こう答えれば当然一之瀬は困惑する。じゃあ一緒に風邪をひこう、とは絶対に言わない。

「ダメだよ。綾小路くん、帰った方がいいよ。傘だってあるんだから」

「今更傘を差してもほとんど意味はないけどな」

 下着まで既にびしょ濡れになってしまっている。

「むぅ。意地悪だね」

「悪いな」

 一之瀬が帰らないなら、オレも帰らない。そのおどしに一之瀬が屈する。

「……分かった。じゃあ帰ろうかな」

「それなら───」

 傘を差し出しかけて、やめる。

「どうせなら濡れて帰るか」

「ははっ、そうだね」

 寮までまっすぐ帰れば数分もかからない。もはや大した違いはないだろう。

 2人で雨に濡れながら、歩き出す。

 沈黙のまま帰るのも悪くないと思ったが、ほどなくして一之瀬がため息をついた。

「私、綾小路くんにはダメな姿ばっかり見せてる……かつ悪いなぁ……」

「ダメな姿、か。確かにそうかもな」

 この間はさかやなぎほんろうされて、一時期自分を見失ったこともあったか。

「他の人の前じゃ、もっとぜんと出来てるつもりなのに。どうしてだろ」

「ダメな姿を見せられるのは、信頼できる人間の前だけだ。と思ってるけどなオレは」

 少なくとも嫌いな人間の前で、弱みを見せたりはしないだろう。

 うそでも気丈な姿で振舞って、1人になってから弱さをていさせるものだ。

「ちょっと自惚うぬぼれだったな。今のは忘れてくれ」

「ううん……多分合ってると思う。あやの小路こうじくんは、とても信用できる人だから。だから私も、ついこんな弱音を吐いちゃうんだと思う。だけど……私が弱ってる時、いつも綾小路くんがそばにいる気がする」

「まあその辺は偶然だ」

「本当にごめんね」

「謝る必要はない。それどころか悪くないと思ってる。他の生徒に知られたら怒られるな」

 いちは学年を通しても人気の高い女子。

 普通に男子が聞けばうらやましがるような話だ。

「もしよかったら、また弱音を吐いてくれてもいい」

「それは───」

 どこか焦ったように、一之瀬は首を左右に振る。

「だ、ダメだよ。こんな弱い姿見せるの、かつ悪いんだから」

 暖かくなってきたといってもまだ気温は低い。

 やがて誰もいない大雨の中、寮の前に辿たどく。

 あと少しでロビーに入れるところまで来たが、再び一之瀬は足を止めた。

「やっぱり……綾小路くんだけ先に帰って」

「一之瀬はどうするつもりだ?」

「私はもう少しだけ───今、部屋に帰りたくないんだ」

 そう言って、戻ることを拒否する。

 先ほどよりも強い意志での拒絶だった。

「それでも帰った方がいい」

 雨に打たれていれば、確かに多少気がまぎれるのかも知れない。

 だが根本的解決には結びつかない。

 一之瀬の抵抗にもオレは引くことを良しとしなかった。

「でも……やっぱり帰りたくないかな……今はね」

「そうか。じゃあオレもここに残ることにする」

 こちらが強気に出たことで、一之瀬が驚きと戸惑いを見せる。

「部屋で1人だと色々と考え込んで、ふさぎ込んじゃいそうで……だから帰りたくない」

 このままオレが雨に打たれていても、一之瀬はもう前には進まないだろう。

 それなら、他の方法で前に進めるしかない。

「だったらオレの部屋に来るか?」

「え?」

 予期していなかったオレからの返答を受け、いちが目を見つめてくる。

「話し相手がいれば、ふさぎ込むこともなくなるだろうしな」

「でも……私ずぶれだし……」

「どうせオレもずぶ濡れなんだ、たいして変わらない。もし一之瀬が戻らないって言うなら、オレはここで何時間でも付き合うつもりだ」

あやの小路こうじくんって意外と強引、だよね」

「かもな」

 そして2人で濡れた体のまま寮へ。

 たまたまこの時間帯、誰もロビーにいなかったのは救いかも知れない。

 そのまま2人でエレベーターに乗り込み、4階のオレの部屋に。

「入ってくれ」

「本当にいいの?」

「ああ」

「……ごめんね、ありがとう」

 一之瀬を部屋の中に入れて、とりあえず座らせる。冷たいフローリングでは余計に体が冷えるだろう。濡れたままの衣類を着ているのは体調に良いとは言えない。せめて、これ以上冷えないようにとエアコンを入れる。それからオレはタオルを取り出し、一之瀬に渡す。

「じっくり話してみたらどうだ?」

「話す、って?」

「今一之瀬が考えていること、悩んでいること、そういうことの全てを」

「それは……だ、だってダメだよ」

 困惑したように一之瀬が拒否する。

「私、ここのところ綾小路くんに頼りっぱなしだよ。誰よりも沢山助けてもらったし。これ以上、ずうずうしく話すなんて……かつ悪すぎて、出来ないよ」

 一之瀬なみはか弱い1人の女子。

 だが、常にリーダーとしての格好良さみたいなものは持ち続けてきた。

 それは、リーダーとして求められる必然のスキル。

 この人にならついていっても大丈夫だと思わせるために必要なもの。

 リーダーの下につくものに対して示さなければならないもの。

「綾小路くんには、もう十分私のことは知ってもらったよ」

「確かに一之瀬のことには詳しくなった。だが、それは一之瀬帆波という生徒個人に限ったことだ。Bクラスをけんいんするリーダーとしての悩みは、まだ深くは知らない」

「そんなことまでしちゃったら……」

 素直になることが出来ず、一之瀬はタオルで顔を隠した。

 まるで表情からオレに何かを読み解かれるのを、拒否するかのように。

「信用できないか?」

「え?」

 顔を隠したまま、いちが反応する。

「それなら無理して話さなくてもいい。むしろ他人に聞かせるのは間違いだからな」

「それはないよ。私は多分、今誰よりもあやの小路こうじくんを信頼してる……」

 うそなのか本当なのか、ここではさいなこと。

 どの道オレはこの後に続くセリフを一之瀬に向けるのだから。

「光栄な話だが、それはどうしてそう言い切れるんだ? 一之瀬の素直さを利用しようとしてるだけかも知れない。半ば分かっていつつも、さかやなぎに過去のことを全て話したことがあったよな? あんなふうに」

 まだ記憶に新しい出来事。

 自らが中学時代、一度犯した秘密にしておきたい過去。

 妹のためとはいえ万引き行為を働いたことを、敵であるAクラスの坂柳に教えた。唯一無二の親友にすら簡単には打ち明けないようなことを、誘導されたとはいえ口にする。

 それはあまりに善人として行き過ぎている。

「まだお互いの関係がどうかも分からない状況で、普通は秘密を話したりしない」

 もちろん、そこに作為的なものがあるのであれば話も変わってくる。

 だが一之瀬がやったことは、本当に意味のないこと。

 いや、自分が困ると分かっていながらも、それを実行していた。

「だからもしまた同じような状況になったらどうするんだ?」

流石さすがに私もね、同じ目にうのは勘弁かなぁ」

 そう言って、れてつややかになっている前髪の先に触れる。

「そうか。それならいいんだ。警戒心を覚えたのなら、オレが深く立ち入ることじゃない」

「あ、違うの。確かに……もう同じようなことでピンチにおちいるわけにはいかない。だけど綾小路くんは別だよ」

「オレもクラスは違う。一之瀬の敵であることに変わりはないだろ?」

「安易に敵だなんて、言いたくないな」

「言いたくないとしても、それが現実だ」

「……でも……」

 納得がいかないのか、一之瀬は言葉を選び直す。

「味方じゃない……だけど信頼できる人」

 そんな風に表現することで、敵という言葉を嫌った。

 沸かしていたお湯がふつとうする。

「コーヒーとカフェオレ、ココアもあるぞ」

「じゃあ……ココア、で」

 ちょっと微笑ほほえんだ一之瀬の言葉にうなずき、オレはココアを入れる。

 身体からだの中から温めてやることは出来るからな。

 やがて雨が弱まり、雲間から夕焼けが顔をのぞかせ始める。

 外の景色を少しだけ見つめたいちは、薄い笑顔をこちらに改めて向ける。

 それからしばらくして、一之瀬は少しずつ今の気持ちを話し始めた。

「私はBクラスに配属されてクラスメイトたちと出会った時、勝ちを確信したの。自惚うぬぼれと言われるかも知れないけれど、とても良い仲間に恵まれたと思った。その気持ちは今も変わってない」

 再確認するように、そう話し出す一之瀬。

「だけど、唯一誤算だったのはリーダーの私。私がもっとうまく立ち回っていたら、Bクラスは今よりもずっと沢山のポイントを持っていたと思ってる」

「どうかな。オレは一之瀬が優れた人間であることは疑いようがないと思ってるが」

 首を左右に振り、その言葉を否定する。

「今日ほりきたさんと話して痛感したの。彼女はこの1年間ですごく成長した。それはりゆうえんくんやさかやなぎさんだってそう。どのクラスのリーダーも、どんどん強くなってるって」

 めきめきと頭角を現していく周囲と違い、自分は1年間成長が見られなかった。

 そう感じ自信を失っている。

 自分の失態に重ねるように、置いて行かれる印象を強く抱いてしまっている。

「私は……この先勝てるのかな?」

「この先勝てるのか、か」

あやの小路こうじくんの意見でいいから知りたいって言ったら、素直に答えてくれる?」

「それが望みなら答えなくはない」

 オレの答えが正しいわけじゃない。

 だが、一之瀬は今ひとつの答えを知りたがっている。しかしそれは、今明確にできるものでないことも確かだ。未来はまだ未確定で、そこには無限大の可能性が広がっている。

 一之瀬がここで諦めてしまうような生徒ではないことを、オレはよく知っている。

「もうすぐ2年になる。つまり、新しい1年が幕を開ける」

「うん……」

「その1年間、どこまでもクラスメイトと共に突き進んでみるんだ。途中、うれしいことも悲しいことも、時にくじけそうなこともあると思う。それでも、絶対に立ち止まるな」

 今、Bクラスのリーダーである一之瀬なみに出来ること。

 それは今までと変わらず、がむしゃらに日々を送ることだけ。

 仲間を信じ、戦い抜くことだけしか方法はない。Bクラスにだけ許された武器。

「それで……それは……1年後……私の望む答え、になってるかな……」

 今は見ることが出来ない1年後の自分。

 それが、とてつもなく不安なものに感じられたのだろう。

「怖いよ。1年後の自分が……1年後に綾小路くんに聞かされる言葉が、怖いよ……」

 Bクラスとしての好スタートを切った、高度育成高等学校での生活。

 いちはクラスメイトと共に1年間を乗り切り、無事その地位を守り抜いた。

 大勢の仲間に囲まれ、じゆんぷうまんぱんな学校生活を送ってきた。

 しかし、気がつけば差が詰まっている現実。


 一之瀬なみに浮かぶ『敗北』の文字。


「私は───」

「分かってる。それを答えとして受け止めるには、納得がいかないよな」

 視線が逃げる一之瀬。

 この先勝てるのかという問いに、オレはあえて答えなかった。

 いや答えるまでもない。

 現状見えている戦力には大きな差が生まれ始めている。現時点で客観的に評すれば、来年一番下のクラスに沈んでいることも大いにあるだろう。

 それがどうしようもなく一之瀬の不安をき立てる。

 寒さじゃない。恐怖でその身体からだかすかに震えていた。

「どうしよう……どうしよう……」

 こんなにも弱っている姿を、一之瀬はきっと他の生徒たちには見せられないだろう。

 特にクラスメイトたちには。

 ここで優しい言葉を送ることは簡単だ。心を開いてくれている一之瀬に優しくし、甘くささやき、その心のすきに付け入ることは造作もない。あるいは今、そのれた服の奥に潜む肌に触れることもかなうかも知れない。

 オレが動くと、一之瀬は過剰なまでに反応しこちらを見上げてきた。

 そのまま一之瀬のそばに移動し、同じように座り込んで逃げようとする視線をつかまえる。

「あ、あやの小路こうじ、くん……?」

 右手を伸ばし濡れた一之瀬の髪に触れ、そして頬に軽くてのひらえる。

 冷たい感触と柔らかい感触、そしてほのかにこもった熱が指先から広がっていく。

 そして親指を動かし、一之瀬の唇にそっと這わせる。

 そうすることで身体の震えは小さくなり、やがて震えていた唇も大人しくなる。

 普通なら拒絶し、逃げてもおかしくない行為だが一之瀬は逃げない。

「不思議な……不思議な人だね……綾小路くんって……」

「そうかもな」

 言葉を一度止め、一之瀬と見つめ合う。それ以上でもそれ以下でもなく。

「なあ一之瀬、来年の今日こうして会わないか?」

「……どういう、こと?」

 掌から逃げることなく、一之瀬の潤んだひとみがオレを捉えて放さない。

「そのままの意味だ。1年後の今日こんな風に会いたい。オレといちの2人きりで」

 それはある種、告白のようにも聞こえていたかも知れない。

 だが、ここまでだ。オレはてのひらをそっと一之瀬から放し立ち上がると距離を取った。

「これからの一年間を迷わずに突き進んで、そしてオレと会う。約束してくれるか?」

「それは……」

 一瞬の迷い。

「もしかしたら、その時私は……私たちのクラスは……」

「関係ない。オレがただ1年後の一之瀬に会いたいんだ」

 一之瀬は目を閉じ、そして、小さくうなずいた。

「今、伝えようと思っている言葉を、その時に伝えることを約束する」

「うん。ありがとう……あやの小路こうじくん」

 活力を失っていたひとみに、確かなものが戻って来る。

「私も約束するよ。私はこの一年全力で戦う、そしてAクラスを目指すって」

 ここ最近で、一番の笑顔を見せた一之瀬。お互いに誓い合う1年後の約束。

 お互いが生き残っていれば、この約束は果たされるだろう。

 一之瀬なみ率いるBクラス。彼女ら、彼らの行く末がどうなるのか。

 悲観した材料は多くとも、まだ未来は確定していない。


 だが……もしもぼつらくしてしまうようなら、その時の『かいしやく』はオレがする。

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