ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5

〇デートひより



 卒業式、そして終業式もつつがなく無事に終わり、ついに春休みに入った。

 学生たちは競争を忘れ、つかの間の休みを得ることになった。

 在校生たちは、当然敷地内から出ることは許されないが、特別不便を感じることはない。

 その大きな一因を担っているのがケヤキモールの存在だ。学校で働く関係者だけでなく、生徒たちにとっても欠かせない。

 もはや説明不要だが、カフェ、家電量販店、カラオケなど必要なものは全てそろっている。

 またどうしても手に入れたい物は、申請、許可を経て通販を利用することも認められている。

 自分の持つプライベートポイントの許す範囲で、自由気ままな生活を送ることだろう。

 幸い今年の1年生たちは、どこのクラスもひもじい思いをすることはない。

 最下位であるDクラスですら、4月1日には数万円のお小遣いが振り込まれる。

 全国高校生の平均お小遣い金額から考えれば、それがどれだけ過ぎたる額であるかいちもくりようぜん

 しかし、中には面倒な事情を持つ生徒も少なくはない。

 かくいうオレもその1人だ。

 クラスメイトのくしとの契約で、オレは収入の半分を彼女に提供する約束をしている。

 当初は思惑あってのものだったが、それも今や少し事情が変わり始めていた。

 櫛田との契約、いや本人との関係をどうしていくかは、この春休み中に決めよう。

 こちらの予定通りに進めるのか、それとも違う選択を選ぶのか。

 その選択権を有しているのはもはやオレではなくなった。

 まあ、春休みは始まったばかり。

 慌てる必要はない。

 オレは私服に袖を通し、出かける準備を済ませる。

 春休みの大半はのんびり部屋で過ごすつもりだが、今日はある人物とのちょっとした約束があるからだ。

 連絡が来るまでもう少し時間がかかると思ったが意外に早かったな。

 その人物からのコンタクトを受け、オレはもう1人にも連絡をする。

「最終確認、だな」

 春休み初日ということもあり、色々と調整は必要だったが問題はない。

 今日のコンタクトは、非常に重要な意味を持つ。

 それは今日のためではなく、春休み終盤のある日のため。


    1


 日差しも暖かくなり始めた3月の下旬。

 各所で桜の開花が発表され始めた時期、間もなく桜も満開を迎えるだろう。

 予定よりも早い集合時間にもかかわらず、その生徒は既に待機していた。

「こんにちは、あやの小路こうじくん」

 私服姿が新鮮なひよりとケヤキモールの前で合流する。

「早いんだな」

「呼び出しておいて、お待たせするわけにはいかないですから」

 そう言ってひよりは軽く微笑ほほえむ。

「今日は突然のお誘いでごめんなさい」

「どうせ春休みの予定は何も埋まってない。気にしないでくれ。それで───」

「昨日、やっと図書館に新しい本が入荷しまして」

 手にしていたかばんを見せてきて、もう一度微笑む。

 今度は先ほどよりもうれしそうに。

 1年Cクラス、しいひよりは誰よりも本を愛する読書少女だからだ。

「1日も早く、綾小路くんとは情報の共有をと思ったんです」

 オレやひよりが愛読する人物の本は、コンビニやモールの本屋では手に入りにくい。

 電子書籍にもなっていないため、取り寄せるしかない。

 個人で取り寄せても良いのだろうが、図書室ならより多くの人の目に触れる。

 こうして、誰かと1冊の本について語り合えることをとても大切にしている。

「思ったより多いな」

 カフェのテーブル席は、生徒たちで埋め尽くされていた。

 流石さすがは春休み。時間帯によっては、大混雑だな。

 幸いにもカウンター席の方は並びが空いているようだったので、そちらに向かう。

「こうしてお休みの日にお会いする機会は中々ないので、新鮮ですね」

 私服姿のひより。確かにオレたちが休日に会うことはほとんどない。

「確かにそうかも知れないな」

 どこか新鮮な気持ちを両者が抱きながら、そんなことを口にし合う。

「早速なんですが……何冊かお持ちしたので見てもらえますか?」

 そう言ってうれしそうに本を取り出そうとする。

 しかしその直前、手を止めて思い出したように顔を上げた。

「そうでした。本のことで話を弾ませる前に、少しよろしいですか?」

 何か話をしてこようとしていたそのタイミングで、後ろから大きめの声が聞こえてくる。

「クッソー。やっぱ混んでるなー。テーブル席空いてないのかよ」

 カフェの混雑状況をなげくようなみのある声がすぐそばまで近づいてきた。

「ここでいいよな?」

「うんいいけど」

 まったりとした時間が流れていた中、入れ替わりで別の生徒が2人オレの隣に座る。

 その男女の声にオレが視線を向けると、クラスメイトのいけしのはらだった。

 何か話の途中だったようで、こちらに気付くこともなく話を続けている。

 ちょっと前に2人の距離が縮まっている様子はあったが、ぜん継続中のようだ。

「確か……池くんと篠原さん、でしたっけ」

 耳打ちほどの距離ではないが、池たちに気取られない程度の声量で聞いてくる。

「よく覚えてるな」

「1年もちましたから。私もずいぶんと他クラスの生徒にも詳しくなったんです」

 自慢するようにひよりが目を輝かせる。

 何となくオレたちは黙り込み、池と篠原の会話に少しだけ耳を傾けてみた。

「毎月の給料、また3万切る状態に戻ったよな」

「仕方ないじゃない。Aクラス相手じゃ、私たちに勝ち目なんてないんだし」

「そうかもしんないけどさー。結局来月からDクラスに逆戻りだろ? だせーっ」

 学年末試験で負けたことを思い出したのか、池が一度頭をきむしる。

「けどま……負けた原因は分かってんだよな」

「何よ、誰のせい?」

 司令塔だったオレの名前を出すのか、一瞬そう思ったが……。

「俺だよ、俺」

 話を聞いていた篠原が目を丸くするような、驚く発言をする。

「いや、正確には俺も負けた原因の1人、って感じだけどさ。ハッキリ言って、クラスがもっと一丸となって取り組んでたら勝てたんじゃないかと思って。確かにAクラスはつえぇけどさ、それでも結構善戦したじゃん」

「ま、まぁそうだけど。池がそんなこと言うなんて意外も意外ね」

「呼び捨てすんなよ篠原」

「あんただって私を呼び捨てにしてるんだからお相子でしょ」

 時々、無駄話をぜながらも学年末を振り返り続ける。

「2年生になったら、俺もっと頑張ろうと思って。勉強もスポーツもさ」

「へー、ほーん? あんたに、有言実行できるとは思えないけど?」

「そりゃすぐに完璧には無理だって。けど、マジでやろうと思ってる」

 その言葉には単なる思いつきだけではないものが含まれていそうだった。

「一応聞くけど、なんで?」

「……けんはるだよ」

 少し前まで、オレたちのクラスでは3バカと呼ばれていた仲の良い友達たち。

 入学当初はオレもそのグループと距離が近かったが、やがて離れていったのを思い出す。

 正確には、はじきだされていったというべきだが。

けんのヤツ似合わない癖に、ここ最近勉強ばっかりしてるだろ? 授業なんか真面目に受けてて。ポーズだけだと思ったのに、マジで頭良くなってきてるっていうか」

「成績上がってるっぽいもんね」

「そうなんだよ。マジで少しずつ成績も上がってきてるし、スポーツは超得意だろ。なんか俺が勝ってるところなんか何一つないような気がしてさ」

「勉強ではいけの方が上だったもんね」

 今のどうと池なら、勉強でもスポーツでも高確率で須藤が勝つ。

「多分あいつ……来年はもっともっと伸びてる」

 大切な仲間の成長を喜ぶ半面、置いて行かれることに対する恐怖を覚えたようだ。

 そしてその恐怖を植え付けたもっとも大きな要因は……。

「このままじゃ、次の退学候補は俺かも」

「池……」

 クラスで下位の生徒ほど、退学と隣り合わせであることは避けられない事実。

 問題行動の多かったやまうちが犠牲となり、その次は自分だと感じ始めた。

「笑わないんだな。似合わないこと言ってるって」

「そりゃ似合ってないけど……私だって結構似たようなもんだしさ」

 しのはらも、けして成績が良いわけではないし、大きな取り柄を持っているタイプではない。

 男女の違いはあれど、似たような立ち位置にいる。

「それに頑張ろうとしてるヤツを笑えないじゃん」

 そう言って、篠原は池に対して力強くうなずいた。

「私も2年生になったらもっと頑張る。あんたには絶対に負けないんだからね」

「俺だっておまえに負けねーからな」

 池と篠原の関係は、良い具合に進展していると見ていいだろう。

 この先、この2人に触発されて頑張る生徒も出てくるはずだ。

 誰かが前を歩けば、それに合わせて誰かも前を歩く。そんな相互関係が極めて重要だ。

「でさ、篠原」

「ん?」

 オレの隣に座る池の声が、違うベクトルで真剣なものに変わる。

「その───ちょっと、話があってさ。聞いてくれるか?」

「何よ改まって」

「まあ、なんていうか、俺たちけん友達みたいなとこあるけどさ……その……」

 オレはひよりと目を合わせる。

 ごとだからこそ、話を振られている当人よりも先に理解することもある。

 もしかしたらこの場で、新しいカップルが誕生するかもしれない。

 そういう展開が起こる流れ。

「俺と───」

「あっ!」

 満を持していけが言葉にしようとした直前、しのはらが大きな声をあげた。

 広いとはいえ狭い学校の敷地内。どうしても周囲は視界に入る。

 池の方を向いていた篠原は、その横にいるオレたちに気がついたようだった。

 そんな篠原の驚きと視線を追うように、池も振り返る。

 そしてオレと目が合うなり飛び跳ねた。

「あああ、あやの小路こうじっ!?」

 告白しようとしていたと思われるだけに、その反応は想像以上だった。

「なな、何してんだよこんなとこで!」

「何って……普通にカフェにきてたら問題あったか?」

「そ、そういうわけじゃないけどさ、声くらいかけろよ! 気配殺すとかずるいぞ!」

 いや、あの状況で声をかける方がどうかしていると思うが。

 しかもずるいと言うが、先客はこっちだ。

「まさか俺たちの話聞いてたんじゃないよな?」

「2人で何の話をしてたんだ?」

 カウンターで返すと、慌てて目をらす。

「べ、別になんだっていいだろ?」

 そんなオレと池の会話を聞いていた篠原が、別のことで言葉を向ける。

「……え、綾小路くんってしいさんと付き合ってるわけ?」

 こっちが1人でないことを知った篠原からの疑問。

 当然、2人でお茶のひとつでもしていれば、そのたぐいの話になっても不思議じゃない。

「そういうんじゃない。そっちは?」

「いや違うからね? 池とは別にそんなんじゃないし」

 サラッと関係性を否定した篠原。

 その態度が気に入らなかったのか、池も後に続く。

「そ、そうだぜ綾小路、勘違いすんなよ? 誰がこんなブスと!」

「はあ? 誰がブスよ誰が!」

「おまえだよ!」

 いやいや、そこでめだす。

 立ち上がった両名は、直前まで良かった雰囲気をぶち壊しにらみあう。

「あー気分悪ぃ!」

「それはこっちのセリフよ。春休みにわざわざ時間作ってやったのに」

「はあ? はあ? はあ? こっちは仕方なく声かけてやったんだよ」

「なにそれ。さいてー!」

 2人は席につくと思ったが、何故かけんしてどこかへ行ってしまう。

 カップル誕生目前から、急転直下だ。

「大丈夫……でしょうか?」

 ややひよりもその状況変化に引いた感じでつぶやく。

「さあ……」

 こればかりは、隣にクラスメイトがいた不運を自分たちで呪ってもらうしかない。

 願わくば1日も早く仲直りして関係性を発展させてもらいたいが。

「さっき何か言いかけてたよな」

「えぇっと、そうでしたそうでした。奇遇ですが、先ほどのお二人の話にこくしています」

 酷似している? そんな発言を聞いて思わずビクッとする。

 まさか告白関連か? なんてことが一瞬頭をよぎったが、それはすぐに否定された。

「学年末試験のことで、あやの小路こうじくんにお聞きしたかったことがあるんです」

 確かにいけしのはらも学年末試験のことを話してたな。

「オレに聞きたかったこと?」

「もし私の推理が間違っていたらごめんなさい。単刀直入にお聞きしますが、りゆうえんくんを変えたのは綾小路くんですか?」

 悪意のない、好奇心のまなしがオレを見つめる。

 思えば初対面の時から、ひよりは鋭い感性の持ち主だった。

「普通だったらどういう意味だ?と聞き返すところだな」

 とぼけたフリをして無関係を装う。それがオレの取るべき最善の対応だ。

 あえてそうしなかったのは、ひよりのひとみには確信めいたものがあったからだ。

「そうですね。でも、綾小路くんなら深く説明せずとも分かってくれると思いまして」

 龍園を変えた。

 普通、その言葉だけで大抵の人間は首をかしげるだろう。

 それをしない人物は、ある程度状況を理解している者、あるいは変えた当事者。

「どうしてそう思うんだ?」

 オレはあくまでさず、その理由をひよりに聞いてみることにした。

 確信を持った理由を教えてもらいたかったからだ。

「パズルのピースを、ゆっくりと当てはめていっただけです。龍園くんは、綾小路くんたちのクラスに執着していました。ですが、ある時を境に表舞台から降りました。表向きはいしざきくんの反逆ということでしたが、どうにもブラフのように思えました。龍園くんの側近だった石崎くんやぶきさんを龍園くんとからませてみて、それも確信に変わりました」

 こちらがあずかり知らないところで、ひよりはいくつかの戦略を打っていたようだ。

 そして龍園のちつきよに対して不審を抱いた。

「不快にさせてしまったのなら、謝ります。今日この話をするかとても悩みました。踏み込むことで綾小路くんを怒らせてしまうんじゃないかと思ったからです。真実がどうあれ、こんな話を望まないことは、綾小路くんを見ていれば分かりますから」

「つまり、ひよりは覚悟を持ってこの話を切り出したんだな」

 日常の雑談をするのとはレベルが違う。そのことをよく考えた上での決断。

「このことが原因で友達じゃなくなってしまったら───きっと後悔します。あやの小路こうじくんとこうして肩を並べることが出来なくなってしまったら、絶対に後悔する」

 それなら胸の内にしまっておく方がいいはずだ。

 だが、それでもひよりは今日、このタイミングで話を切り出した。

「踏み込まなければ、これ以上の進展もないと思ったんです」

「これ以上の進展?」

 そう聞き返すと、ひよりはハッとしたように口を開く。自分の発言に驚いたようだった。

「そう、ですね……今自分で言ってて、ちょっとよく分からなくなってしまいました」

 そう言って少し戸惑った顔を見せるひより。

「あの……Bクラスと私たちのクラスの戦いのことはお聞きになりましたか?」

「結果だけな」

 後の詳細は何も知らない。

 ひよりは話題を変えるタイミングと、勝ちに至った話をし始める。

「なるほどな。普通に見れば問題のあるやり方だ」

「確かにりゆうえんくんのやり方には問題点も少なくありません。でも、私は今のクラスが上に行くためには必要な悪も、あるのではないかと思うんです。ずるいでしょうか」

「少なくともオレは否定しない」

 褒められた戦いでなくても、後ろ指さされる戦い方でも、クラスに勝利をもたらす。

 多かれ少なかれ、そういった人間は社会に必要とされている。

 しようさんされない孤独な戦いをするには、不屈の精神力が必要不可欠だ。

「ただ、非常に危険な橋を渡ったことに違いはありませんね。Bクラスからは疑問を抱く生徒も出てきていますし。ただ、具体的な証拠は出てこないと思います。張り巡らされた監視カメラの目をくぐって、仕掛けているでしょうから」

 この学校には多くの監視カメラが仕掛けられている。

 学校はもちろん、ケヤキモールやその周辺、その多くが監視下に置かれている。

 しかし全部じゃない。もちろんトイレ等にはカメラはないし、個室の扱いになるカラオケルームなども、その対象からは外れている。

 いちたちBクラスが声をあげておかしいと言えば、調査の手は入るだろうが、恐らくはグレー止まり。そこからの発展はまず望めないだろう。

「見事な立ち回りの5勝だな。完璧と言ってもいい立ち回りだったんじゃないか?」

「見事、ですか? 私はそうは思いません。むしろ大きな穴を抱えた戦い方をしたと思っています」

「というと? 6勝以上出来たと?」

「5勝は上出来でした。いえ、むしろ欲張りすぎたと思います。そのために、龍園くんは非常に危険な戦略を取ってしまったのですから」

 ひよりは先の試験をそう分析して振り返る。

 そしてどうやって勝ちに至ったのかをオレに話してくれた。

「Bクラスの生徒たちへのしつようなプレッシャーは良しとしても、体調不良を促すようなは明らかに失策です。善良な方の多いBクラスだから使った手だとしても、それは許容できるものではありません」

 それを聞いたうえで、オレもひよりと全く同じ感想を抱く。

 目の前にいる少女はオレとは全く違う人生を送ってきたであろうことは分かる。

 本来なら似ても似つかない存在。

 しかし、根本的な考え方や思考など、どこか似ている部分があるのも確かだ。

 だからこそ、この話を聞いて浮かんでくる疑問もある。

「ひよりはりゆうえんが戦略を打つ前にその話を耳にしていた。なのに止めなかったのか?」

「私が助言したところで、それを素直に聞く人だと思いますか?」

 いしざきぶきからの助言よりは耳を貸すかもしれないが、龍園は受け入れないだろう。

 相手の考えを認められるわけがないと、鼻で笑って聞き流す。

「確かにな。なら、どうすれば龍園は止まったと考える?」

 どこまで考えてそう行動したのかを引き出したいと思った。

 恐らく感覚的にひよりは理解しているはずだ。今日に至った理由を。

「彼と同等……いえ、それ以上に実力を持っていて、何より気になる方からのしつせきくらいではないでしょうか」

 自分が言っても龍園は助言を聞き入れない。だが、それが龍園も認める存在からの助言であれば話は変わってくる。だからこそ『オレ』にこの話を聞かせてきた。

「ひより。1つことづてを頼まれてくれるか」

 オレはあえて、直接何かを明確にするような言葉は使わないことにした。

 そうでなくても十分だと判断したからだ。他の生徒ならともかく、ひよりは今の立場を使ってこちらを困らせることはしないだろう。リーダーだと認めている龍園が、オレのことをおもてにしないことの意味をよく理解しているからだ。

「なんでしょう?」

 変わらぬ態度を見せるひよりが、優しくこちらを見つめてくる。

「龍園に、オレならもっといやり方で安全に5勝以上出来た。そう言っておいてくれ」

「───はい、分かりました。確かにお言葉をお預かりしました。お伝えしておきます」

 目を細め感謝するように、両手を軽く合わせて笑うひより。

 龍園は石崎や伊吹以外にも良い味方を持ったな。

 暴走しがちな3人を、ひよりが上手くコントロールしていけば更にごわくなりそうだ。

 こうしてひよりとの学年末試験の話を終える。

「それで……」

 普通ならこの辺りで解散となるところだが、かんじんなのはこの後だ。

「気に入ったのがあれば、ぜひ持って帰って読んでください」

 改めてかばんを開け、本を取り出す。

 元々、今日はこの話をするために設けられた場だ。

「でもいいのか? ひより名義で借りた本だろ」

「先生には許可を取ってあります。本当はあまりよくないことなのですが、期日内に戻してくれるならと許していただきました」

 ひよりは図書室での優等生だろうからな。ちょっとした得があっても不思議じゃない。

 しばらく本の話に華を咲かせ、お茶をして別れた後。

「少し評価を変えなければならないみたいだ」

 オレはこれまで、ひよりを同学年の単なる生徒、もう少し踏み込んで言えば共通の趣味を持つ友人としての認識だけしか持っていなかった。

 ひよりと別れてからしばらくして、オレはケヤキモールに来ていたけいと合流する。

「……何か用?」

 姿を見せた恵は、開口一番どこか機嫌が悪そうだ。

「座ったらどうだ?」

 オレはひよりが帰ったことで空いた席に座るよう促すが、恵は椅子を一度見ただけでそれを拒否した。まるで汚物を見るかのような目をしていた。

「あたしとお茶してるところなんて見られたら変なうわさ立つでしょ」

 明後日あさつての方角を見ながら言う。

 第三者が遠目に見てもオレと話している風には見えないだろう。

「噂が立つと問題なのか?」

「問題大ありよ。不用意に異性と接触してたら、すぐに噂が立つってことくらい分かっておいた方がいいんじゃない? あんた全然分かってないでしょ」

 まるでオレが不用意に異性と接しているかのようだな。

「で? 用件はなんなわけ?」

「悪いな、用件は忘れた。思い出したらまた連絡する」

 既に、オレが恵に対して行うべきことは済ませている。

「何それ。なんかちやちやなんだけどー。……かえろ」

 あきれてため息をつき、恵は背を向けた。

 オレは呼び止めることもなくそれを見送る。

 通して恵の機嫌は悪かったが、それも無理はないだろう。

 機嫌が悪くなるように、オレがそう仕向けたからだ。

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