ようこそ実力至上主義の教室へ 11

〇Bクラス対Dクラス



 AクラスとCクラスが第3戦目の英語テストの集計を行っている最中。

 Bクラス対Dクラスは早くも4戦目の決着が着こうとしていた。

「集計の結果、Bクラス601点。Dクラス409点。4戦目はBクラスの勝ちとする」

 しまによる結果発表を受け、いちはホッとあんの息を吐いた。

 Bクラスが選択していた種目の学力テストなだけに、絶対に落とせない1戦だった。

「ラッキーだったじゃねえか一之瀬。Bクラスの種目が立て続いてくれたお陰だな」

「……そうだね」

 勝った一之瀬に余裕はなく、負けたりゆうえんの方にあせりは見られない。

 それも当然のことだろう。4種目の内、既にBクラスからは3種目が選ばれたが、ここまでの4戦の結果はDクラス2勝、Bクラス2勝という想定外の形。3戦目のBクラスが選んだ『化学テスト』を落としたのが大きく響いていた。敗北した理由はハッキリしている。

「先生……腹痛になった生徒たちはトイレから戻ってきたでしょうか?」

 そう確認する一之瀬に、真嶋が連絡を取ってBクラスの状況をチェックする。

「いや、まだ2名トイレから戻ってきていない。何人かは現在も不調をうつたえているようだ」

「そうですか……」

 化学テストを落とした原因。それは予期していなかったBクラスの主力の体調不良。

 それだけじゃない。試験前日にDクラスと一部の生徒がめたことも影響していた。

 学校側にうつたえたものの、あくまでも単なる口げんとして両クラスおとがめなし。

 それらの悪質なこうは間違いなく、向かい側に座っているりゆうえんの指示によるもの。

 いちは、もう一度自分を落ち着けるため深呼吸を繰り返す。

「ふーっ……大丈夫、大丈夫」

 まだリードを許したわけではない。化学テストの敗北に冷静さを欠いていた一之瀬だが、ゆっくりと普段の自分を取り戻し始める。確かにトラブルが続出しているが、に龍園と言えども、司令塔の関与以外に出来ることはない。

 こちらが手堅く戦い続ける限り、負けはない。

 その自信を必死に取り戻していく。

「おい教師ども。早く5回戦を始めろよ。Bクラスの連中は試験当日まともに体調管理も出来てない。そんな甘い連中のためにじようするんじゃねえだろうな?」

「言葉に気を付けろ龍園」

 生意気な口を利く龍園をちやばしらが注意するが、意に介した様子はない。

 むしろ増長するように続ける。

「トイレだか何だか知らないが、この時間を利用して作戦を練ることも出来るだろ。同時に生理現象なんておかしな話だ。どんな悪だくみをしてるんだ? 一之瀬」

「わ、私は何も……」

 複数人が同時に体調不良を訴えたことに龍園が疑問を投げかける。

 そのことに対し、絶対に不正はないと分かっている一之瀬だが反論の余地はない。

「ともかく、早く進めてくれよセンセー」

 龍園は笑いながら、茶柱へと確認の視線を送る。

「確かにその点は龍園の言う通りだ。しま先生、第5回戦を進めてください」

 真嶋によって抽選が始まる。


『空手』  必要人数3人 必要時間10分

 ルール・1試合3分の寸止めルール。勝ち抜きルールを採用

 司令塔・任意の対戦を一度だけやり直すことが出来る


「さて、今度は俺たちDクラスの種目だ。誰でも好きなヤツでかかって来いよ」

 龍園は『すずひでとし』『たく』『いしざきだい』の3人を選択。司令塔の関与も絶妙で、万が一不測の事態によって負けた場合に、再戦させることも出来る手段を選んだ。

 一方の一之瀬は『すみまこと』『渡辺わたなべのりひと』『よねはる』の3人を選択する。空手の種目が発表されてから1週間練習に取り組んでもらったが、ルールを覚えるのでほぼ手一杯。

 その結果はあつないほどに簡単に2連敗。司令塔の関与を行うも結果は変わらず。

 5回戦はこれまでに無いほどの短時間で決着をつけるものとなった。

 これでBクラスは後がなくなり、次に負ければ敗北が確定する6種目目。

「面白いもんだよなぁいち

 機械のジャッジを待つ間、口数の減っていた一之瀬に対しりゆうえんは声をかける。

「特別試験が発表されてDクラスとやることが決まった時、おまえらは絶対的優位を感じていたはずだ。ところがふたを開けてみれば、天に祈ることしか出来ないなんてよ。クク」

 けして一之瀬の作戦が甘かったわけではない。

 純粋にぶつかり合っていたなら、拾えていたはずの1勝を入れて3勝2敗もあり得た。

 唐突な、アクシデント。それによって歯車が狂ってしまった。

 ここで自分たちの種目を引くことが出来なければ、まず勝ち目はない。

 そして選ばれる───第6種目目。


『柔道』  必要人数1人 試合時間4分(最大3試合12分)

 ルール・通常の柔道に準ずる

 司令塔・試合結果を無効とし、対戦を一度だけやり直すことが出来る


 1対1による、Bクラスにとって最大の鬼門種目が選ばれる。

 目の前が真っ暗になっていく感覚を、この時一之瀬は初めて感じていた。

「ク、クク、柔道、柔道か。よりによってコイツを持ってくるとは、ついてるな一之瀬」

「そんな……」

「残りが全部Bクラスの種目なら、まだおまえが勝つ芽も残ったんだがなぁ」

 迷わず龍園は『やまアルベルト』を選択する。

 先ほどの司令塔関与と同じく、ほぼ負けることがない究極の保険付き。

「アルベルト相手でも気にするな。勝負は時の運、やってみるまでは分からねえさ」

 結果は火を見るよりも明らか。体格も技量も違う対戦相手に勝つことは極めて難しい。

 唯一Bクラスが、ひっくり返っても勝てないとあきらめていた種目だ。今回は1人。生徒を選択する時間は30秒しか与えられない。もはや一之瀬には、誰かを指名すると言う選択すら行うことは出来なかった。無情にも流れていくカウントはやがて0を刻む。時間切れはランダムに生徒が選ばれる決まりだが、対戦相手と種目の危険性を考慮しジャッジされる。

「この種目Bクラスの不戦敗とする。そしてDクラスは4勝目、特別試験の勝利確定だ」

 しまの優しさを含めた宣言により、早くもBクラスとDクラスの勝敗は決した。


    1


 ここから話は一度、特別試験が発表された日にさかのぼる。

 いしざきは1人、昼食に向かうりゆうえんの後を追った。かねを司令塔に据えることを決めたDクラスだったが、その後の種目決めは難航することが予想された。

 というのも、奇抜なアイデアを出せる存在はDクラスには誰もいない。

 当たり前の種目、当たり前のルール、当たり前の戦い方。

 誰でも思いつくシンプルな展開しか意見が出てこない。

 そうなると、どのクラスと戦うことになっても勝ち目など到底見えてこない。

 当たり前の種目。それはつまり『王道』であること。

 Dクラスの現在の意見では、Aクラスは戦力の高さから避けるべきであり、そしてAクラス同様、あるいはそれ以上に警戒すべきがBクラスという結論になっていた。

 そして自然と浮上するCクラスとの対決。しかしそれに待ったをかけたのは石崎だ。

「あの───少しお時間もらえませんか、龍園さん」

 石崎はおびえながらも1年生が周囲にいないことを確認した後、そしてそう声をかけた。

「あ?」

 龍園にわずかににらまれただけで、石崎はへびに睨まれたかえるとなる。

 だが、それでも口だけは懸命に動かす。

「お願いします───俺に時間をください!!」

「おまえもずいぶんと偉くなったもんだぜ」

「い、いえそういうわけじゃ……!」

「クク、まぁいいだろ。今のDクラスのリーダーは実質おまえなんだからな」

 龍園にとって、今の時間は単なる延長戦。退学するつもりだったこの学校での、余分な時間。暇つぶしに付き合うだけの余裕はある。石崎は龍園を後ろに従え移動する。

 仮にこの状況を誰かに見られても、石崎が龍園を呼び出したように見えるだろう。

 それから校舎を出て周囲から人の気配が消えた所で、石崎はすかさず土下座した。

「龍園さん、今度の特別試験……Dクラスに力を貸してください!」

 石崎に声をかけられた時点で、内容に察しのついていた龍園だが、そのことはおくびにも出さず土下座する石崎を見下ろす。

「寝言ぬかしてやがるな、石崎。俺はもう降りたと言ったろ。手を貸すと思うのか?」

「それは、それは分かってます。でも俺たちの実力じゃ、まず他クラスには勝てません!」

「だろうな」

 その点は龍園も否定しない。

 ポテンシャル勝負となればDクラスは圧倒的に他クラスに劣ると分析しているためだ。

「司令塔には金田が立つので、負けても退学はありません……。でも、ここで負ければ俺たちのクラスポイントはほとんど残りません!」

「7敗ってことになりゃ、それも避けられないだろうな」

 現在Dクラスのクラスポイントは318ポイント。7連敗すれば100ポイントほどしか残らない。最悪のケースだが、このまま無策で望めばその可能性はけして低くない。

「なら俺を司令塔に据えるか? そんなこと、クラスメイトの誰が許可するよ」

「それは───」

 りゆうえんを退学にさせるためには司令塔に据える必要がある。そして敗北する必要性がある。

 ただ1人退学にするためにクラスが大損害をこうむることを、誰も手放しでは喜べない。

 万が一クラスポイントが0にでもなれば、もはやAクラス行きは不可能に近い。

 それどころか、この学校での安定した生活すらままならなくなる。

 Dクラスの第一目標は勝利。そしてその次が、接戦での敗北、かつ龍園の退学。

 プロテクトポイントだけを失い大敗することだけは避けなければならない。

 いしざきは龍園を退学にさせたくない思い同様に、Dクラスを勝たせたいと思った。

 それが出来る生徒がDクラスにいるとすれば、龍園に他ならない。

「……どうすればいいんですか。やっぱり、Cクラスにすべきなんでしょうか」

 本来ならノンストップでCクラスを選ぶところだが、あのクラスにはあやの小路こうじがいる。

 あの男の本性を知る数少ない生徒の1人だからこそちゆうちよがあった。

「勝手に意見求めてくんじゃねえよ。誰が協力するなんて言った?」

 一か八かで挑んだ石崎だったが、無謀だったと思い知らされる。だがそれでも土下座を解くはしなかった。龍園が立ち去ってしまうその瞬間までは続ける心構えだった。

「確かにCクラスは結束力が低い。綾小路みたいな化け物もいるが、あくまでもそれは個人の話だ。団体戦となれば、勝機が見えてくる───そう勘違いしたくもなる」

「え……?」

 無理だと思っていた龍園からの、思いがけないアドバイス。

「だが、俺が司令塔ならCクラスとの対決は避ける。対戦相手をどんな方法で決めるかは知らないが、自分から飛び込んで戦いにいくクラスじゃないな」

「で、でも、綾小路以外なら───」

「関係ねえよ、だからおまえはバカなんだ」

「うっ……」

「Dクラスはバカと無能の集まりだが、それでもに比べ勝る部分はある。その特色を生かすのにCクラスは向いてねえよ。いや、最適な対戦相手は1クラスだけしか存在しない」

「ど、どこなんですか、それは───!?」

 龍園は石崎を見ることもなく答える。

「Bクラスだ」

 龍園からの、思わぬクラスの名前。

「おまえらがこの試験で勝つには、Bクラス以外にない」

 Dクラス全体で出た、絶対に避けたいと思っていたBクラスの名前が挙がる。

「バカも使い方次第じゃ役に立つ」

 龍園は背中を向け歩き出す。

「ま、待ってください! どうやって、どうやったらBクラスに勝てるんですか!」

 顔だけをあげてりゆうえんを呼び止める。

「龍園さん! 龍園さ───ん!」

 そのいしざきの叫びは、龍園の足を止めるに影響を与えなかった。


    2


 表向き、龍園を倒したとされている石崎の発言力は、Dクラス内で低くない。

 とは言え現状全く問題が生じていないわけではなかった。

 退学させるはずの龍園が残り、ちょっとしたおどしの為にとはん票を集中させたなべが退学になってしまったこと。当然、この点を不審に思う生徒がいないわけがない。

 当然最初に出る疑問は、そもそも誰が龍園に大量のしようさん票を投じたのかということ。

 クラスの中に賞賛票を投じたヤツがいたのか。他クラスならば誰が。

 Dクラスではいくつかの推理が出ては消え、出ては消えを繰り返していた。

 とくめい性の高い特別試験では、正確な答えが分からないからだ。

 Bクラスのいちが龍園と取引をし、プライベートポイントを提供してもらう代わりに龍園に対して賞賛票を提供した。それが答えだが、その事実はBクラスかられることはない。一之瀬が秘密にしてくれと一言頼めば、クラスメイトは素直にそのことに従う。意味も無いような頼み事ならともかく、それが退学者を0に抑えるための戦略だったのであれば協力をしむはずもない。しんあんが、Dクラスを包み込んでいた。

 ただ、真実を知る生徒も少なからずいる。龍園退学のために動いた石崎とぶき、そして協力者のしいひより。停滞してもおかしくない状況で、椎名は非常に重要な役割をになった。石崎が唯一入手した龍園からのアドバイス。

 対戦クラスはBクラスが最適であること、を忠実にこうした。

 かねと密に話し合いをし、その結論に自然と導かせたからだ。

 しかし、それで問題が解決したわけではない。

 統率の取れないDクラスがこのままBクラスとぶつかったとしても、勝てる確率は紙のように薄いものだと、椎名自身も良く分かっていた。少しの遅れが敗北につながることを。

 対戦相手が決まったその日、椎名はすぐにある行動を実行に移した。

「くそ。どうしたらいいんだよ……」

 カラオケルームのある一室で、石崎は頭を抱える。

「知らないし。って言うか、なんでまた私を呼んだわけ? そもそも何このメンツ」

 伊吹は石崎をひとにらみした後、その横に座る椎名に向けても同様の視線を送った。

「石崎くんと愉快な仲間たち、と言ったところでしょうか?」

 のほほんとそんなことを言う椎名に、睨みを効かせた伊吹の肩の力が抜ける。

「はぁ……頭痛い」

「現状を一番把握している3人が集まれば、何か知恵も浮かぶと思うんです。三人寄れば文殊の知恵と言いますし」

「3人で寄ってくもんじゃ屋の家? なんだそりゃ」

「あんたわざと言ってんでしょ」

「痛い! てめ、ぶき、手の甲の皮を引っ張るな!」

にぎやかでいいですね。場所をカラオケルームにしたのは正解でした」

 2人のやり取りを見て、しいが両手を合わせて喜ぶ。

「こんなメンツじゃ話し合いにもなんないでしょ。私帰るからね」

「あ、それは困ります。この後、りゆうえんくんをお呼びしてるんですから」

「「え?」」

 いしざきと伊吹の声が、シンクロ率100%で重なる。

「今回の特別試験に勝つには、龍園くんの存在は必要不可欠です。誰もが戦うのを避けたいと考えていたBクラスが、唯一の勝機と見たのは彼ですし」

 とんでもない爆弾を放り込んだ椎名。

 自分がした発言の大きさを、分かっていないようだった。

「あんた、今なんて言ったの」

「え? ですから、Bクラスが唯一の勝機───」

「そうじゃなくて、この後誰をここに呼んでるって?」

「龍園くんです」

 伊吹が石崎を見る。石崎も伊吹を見る。

「ま、マジで龍園さんがここに?」

「はい。お願いしておきました」

「なんか最悪のカラオケになりそうなんだけど……って言うか私たちのことは?」

「もちろんお伝えしていますよ」

「俺たちがいるってわかってて、来てくれるのか……?」

 石崎は既に龍園に協力を願い出て断られている。

 そう考えるのは自然なことだった。

「一応聞くけど、あいつは何時に来ることになってるわけ?」

「4時半です」

「……は?」

 伊吹がカラオケルームに設置された時計を見る。

 時刻は5時5分を過ぎたところだった。

「ちょっぴり遅刻しているみたいですね」

「30分以上もってんじゃない。それ遅刻じゃなくて無視されてんでしょ!」

「落ち着いてメロンソーダでも飲んでください。気長に待とうじゃありませんか」

 差し出したメロンソーダを、伊吹は無視する。

「付き合ってらんない……」

 立ち上がろうとするぶきを、いしざきが止める。

「俺は待つぜ。りゆうえんさんは必ず来てくれる……多分」

「バッカじゃないの? あいつが約束守る義理なんて何一つないでしょ」

 現に大幅な遅刻中。伊吹は、これ以上関わるのはごめんだと、歩き出そうとする。

 だが、細く白い手が伊吹の腕をつかんだ。

「待ってあげましょう。龍園くんは思いのほか、ちゃんとした人ですよ?」

「……あんた、あいつの何を知ってるわけ?」

「何も知りません。正直お話しした回数も、少しですし」

「だったらなんで?」

「ただ、何となくそう思うだけです」

「根拠もなしに、甘いわね」

 そうかもしれません、としい微笑ほほえむ。その悪意のない笑みに気の抜ける伊吹。

「それに、皆さんとワイワイするのがとても楽しいんです。いけませんか?」

「……バカね」

 あきれながら、伊吹は腰を下ろした。

「もう少しっても来なかったら帰るからね」

「はいっ」


    3


「もう限界!」

 忍耐に忍耐を重ねた伊吹だったが、時刻は午後8時を回った。

 もはや遅刻という言葉すら生ぬるい、すっぽかしを食らった状況に腹を立てる。

「なんだかんだ、おまえも10曲くらい歌ったじゃねえか」

「伊吹さんの限界は、まだまだこれからのはずです」

「それが限界に限界を重ねたってことよ!」

「では限界突破を目指しましょう」

「冗談じゃない!」

「ブリブリ怒りやがって……。いっつも怒ってて疲れないのか?」

「あんたの顔見てると百万倍疲れるのよ」

 止めようとする石崎の腕を振り払い、伊吹は出て行こうとする。

 扉に手を伸ばしかけたところで、その扉がひとりでに開く。

「なんだおまえら、まさか本気で来ると思って待ってやがったのか?」

 笑いながら入ってきた男、龍園。石崎と伊吹は思わず身体からだが硬直する。

 もはや来ることはないと思っていたからだ。

「遅刻ですよりゆうえんくん」

「それにしちゃ、ずいぶんと楽しそうだな」

「ええ。私カラオケに来たの初めてなんです、とても楽しくて楽しくて」

「なら俺は帰るとするか。精々楽しめよぶき

 邪魔だろ?と笑いながら扉を閉めようとするが、それを伊吹が止める。

「私をこれ以上カラオケ地獄に落とすなら、あんたをぶっ飛ばす」

「クク。こえぇよ」

 伊吹に引き込まれた龍園は、いしざきに炭酸水を注文させる。

 その後腰を下ろすと、何も話そうとはせず携帯をいじりだした。

「……で?」

 かすように伊吹がさいそくする。

「で、とは何だ?」

「ここまで待たせておいて、何もないなんて言うつもり?」

「俺は単に、待ちぼうけ食らわされたおまえらが、まだ残ってるかを見に来ただけだ」

 程なくして届いた炭酸水を、一口飲む。

「それ以外に何もねえよ」

「こっちはしいのノリに付き合わされて何時間もってんの。いらってるわけ」

「俺には関係ねえな」

「あるのよ」

 強くテーブルをたたき、伊吹が龍園をにらむ。

「お、おい落ち着けよ伊吹。龍園さんにみついたって良いことないぜ」

「あんたはあんたで、いつまで腰ぎんちゃくやってんのよ」

「いつまでって、俺は……俺は、龍園さんについてくって決めたんだよ」

「よく言うわよ。最初は散々嫌ってたくせに」

「そ、それは、余計なこと言うなよ!」

 勝手にバチバチとやりあう2人を尻目に、椎名は新しい曲を選ぼうとしていた。

「このバカはあんたの口車に乗せられて、せつかくの指名権でBクラスを指名したのよ?」

「らしいな」

 肩を縮こませる石崎。クラスの総意を受け入れるなら、Cクラスを選ぶところだった。それが唯一勝てる可能性を感じさせる対戦相手だったからだ。

 石崎がそれをげたものの、どうやって勝つかは全く分かっていない。

「コイツはあんたにしんすいしてる。つまり発言したあんたにも一定の責任はあるってことよ」

「クク、それなら仕方ねーな。俺もかつな発言をしたもんだぜ」

 笑って、龍園は話し出す。

「俺が入学当初、Bクラスに仕掛けた内容は覚えてるか?」

「……確か仲間割れをさせようとしたんですよね?」

 りゆうえんの指示でBクラスとごとを起こし、そして相手の仲間割れを誘発しようとした。

 各クラスのポテンシャルを確かめるために龍園が起こした火種。

 どうと殴り合いをしたり、ひそかにかつらと接触をしたりしていた時期の出来事の1つだ。

「結果はどうなった」

「効果ありませんでした。あのクラスは早々に結束力は高かったですよね」

「そうだ。あいつらはどのクラスよりも結束力、団結力が高い」

「だからこういった総合戦は、対戦相手として避けたいクラスなんじゃないの」

「俺も、まだそう思ってます。リーダーのいちも、それをしたう連中も厄介ですよ」

 ぶきいしざきの発言はDクラスの総意でもある。

しい、おまえはBクラスをどう分析する」

「そうですね……お二方の言うようにBクラスは強いです。全ての能力がアベレージより上ですし。何よりあれだけなかむつまじいのはとてもうらやましいことではあります、が……。ただそれだけのクラスとも言えます。特別なきようを持たない、単なる仲良しクラス、と」

「あんた優し気な顔して、えぐい分析するわね」

 それぞれの意見を聞いた後、龍園は自らのBクラスの評価を口にする。

「俺に言わせればBクラス最大の欠点は一之瀬……いや、リーダーの不在にある」

「ちょ、ちょっと待ってよ。意味わかんないんだけど。一之瀬がリーダーでしょ」

「一之瀬もかんざきも、本来リーダー向きじゃない。リーダーを支えるさんぼうタイプだ。アレを頭に据えるくらいなら、まだすずや葛城を頭にしとく方がよっぽどクラスはうまく回る。だからこそ、この腐り切ったDクラスにも勝機がある」

「しかし相性としては最悪なのに変わりないんじゃありませんか? ほぼ全てのアベレージが下回るDクラスには、現状で一番当たりたくない相手とも言えますし」

「どこと戦っても勝てる可能性は数パーセント前後ってところか」

「……そ、そんなに開きがあるんですか俺たち」

 がくぜんとする石崎に対し、龍園も椎名も全く評価を変えない。

「だが───」

 龍園は空になったグラスを手に取り、その先に見える伊吹たちを見る。

「少しやり方を工夫するだけで、1割に満たない勝率が5割近く、場合によっちゃそれ以上に跳ね上がることもある」

 1枚の折りたたまれた紙を、龍園は椎名に手渡す。

 椎名がそれを開くと、そこには10種目の名前と、本命の印が5つ書かれてあった。

 それを伊吹と石崎も左右からのぞむ。

「当日はこの試験をぶち込む」

「ちょっと、これ全部───」

「そうだ。その種目は全て力でねじ伏せるだけの種目だ」

 空手、柔道、テコンドー、剣道、レスリングなど、肉体を酷使する10種目。

「待って下さい。確かに、その、俺たちのクラスにはけん自慢が何人かいます。俺やアルベルト、みやこんどう。それにぶき……だけど、その他はそうでもないっスよ?」

 仮に1、2種目は拾えたとしてもそれ以外はどう転ぶか分からないといしざきが言う。

「そうよね。Bクラスにも運動神経の良い生徒は少なくないし。全部1対1に出来るなら話も違うけど、必要人数は全部変えなきゃなんないのよ?」

 単なるくじ運任せで挑んでも、全部を拾える保証はない。

「だからどうした」

「え?」

「必要人数なんてもんに捉われ過ぎなんだよ。そんなもんは関係ないのさ」

 意図をみ取れなかった石崎だったが、いち早くしいが本質に気付く。

「なるほど、モノは考えようということですね? 何人対何人の種目であっても、それはルール次第でどうとでもなる。勝ち抜きルールを採用すれば1人で済みます」

「そういうことだ。仮に10対10で柔道をやっても、アルベルト1人でこと足りる」

「でも……学校側が認める? 勝ち抜き戦なんて」

「筆記試験や球技みたいな種目じゃ勝ち抜きの採用はまず無理だろうな。だが空手や柔道のような競技には勝ち抜き戦形式はありふれたもの。いつだつしたルールとは言わねえよ。危険性ではじかれないように、空手なんかは寸止めルールを採用させときゃ問題もない。1つ2つ危険性があると弾かれても、何かしら5つの種目で埋めればそれでいい」

「いけます、これならいけますよりゆうえんさん!」

 その事実に気付いた石崎の目に希望の光が宿る。

「それなら、確かにDクラスの選んだ種目は全部勝てるかも……でも、運が向こうにかたよったら? Bクラスの種目が多く選ばれたらどうすんのよ」

「5割で勝てるだけでも不服か?」

「……あんたに協力するんなら、確実な勝ちを要求したいところね」

「クク、もちろん手は打つ」

 今現在、実力だけでBクラスの用意する種目に勝てるような位置にDクラスはいない。

 それ以外の部分で、差を詰めていく必要があると龍園は言う。

「───私たちに何をしろって言うの?」

 ようやく、事態を理解し始めた伊吹。

「勝つための悪逆だ」

 龍園は笑いながら、答える。

「これから試験前日まで、毎日しつようにBクラスの連中に絡む。最初は付け回すだけでいい。そのうち連中も、自分たちが追い掛け回されてることに気付く」

「なにそれ。それで相手にストレスでも与えようっての?」

「Bクラスの連中はそのこうせつだと笑うだろう。実害がないのなら放っておけばいいと判断を下す。いちはそういうヤツだ。結局俺の狙いには気づけない」

「……狙い?」

「ともかく、最初の1週目はそれで終わらせる。そして10種目発表後から本格的に動き出す。さいなことでいい。席の取り合い、メンチをきってきた、声がうるさい。どんなことでもいいから必要以上に絡んでいけ。こっちが使うメンツは分かってるな?」

 いしざきをはじめとしたけん自慢たちの投入ということだ。

「それは……場合によっては殴り合いをしろってことですか?」

「あくまでも接触を強くするだけだ。この段階でおどしや殴り掛かるは絶対にするな。それは最後の最後まで切り札として取っておく」

 どれも抽象的で曖昧なものにすることが重要だと説明する。

 こちらが一方的に悪い要素を生み出せば、学校側の介入がないとも言い切れない。

「本命の1つは情報だ。無数の絡みの中でBクラスの生徒から情報を盗み出して、試験当日に選ばれる5種目を一足先に手に入れる。クラス内じゃ当然、どの5種目にするかの意志統一は早い段階でされている。メールでもチャットでも、誰かしらはその5種目について話し合うもんだ。事実おまえらもしてるだろ?」

「え、ええ。10種目は何が良いか、適当な時間を見つけて話し合ったりはしてます」

「そう。口は堅く結んでいても、携帯は無防備なんだよ。勝手に見られたりしないと思い込んでるからな。それが試験間近になれば方針も固まってる。誰がどんな種目に出るかまで手に入れられるかもな」

「簡単に言うけど……そうく行くわけ?」

「運任せにするんじゃない、こっちからそう誘導してやることが必要だな。そのための布石が、明日からのしつような絡みにある。それと情報を奪う以外にも手段は講じる。たとえばコイツだ」

「なにそれ……って、下剤?」

「これは遅効性の下剤で、48時間以降に効き始める。何人かにこいつを飲ませれば、当日1人か2人くらいは体調を崩してくれるかもなぁ?」

「あ、あんた。反則でしょそんなの。バレたらどうなるか!」

「だからなんだ?」

「っ……」

「俺がそんなことを、気にするような人間だと思うのか?」

「はっ───確かにね。あんたは、勝つためなら何でもする男だった」

「もし問題になれば、その時は全ての罪は俺がかぶってやる。楽なもんだろ」

 学校側がどんなペナルティを個人に課そうが、りゆうえんは痛くもかゆくもない。

 仮にクラスがダメージを受けることになっても、どの道大敗をきつすれば同じこと。

「元々退学を受け入れてるあんたならではってことか……」

「さっき喧嘩は切り札に取っておくって言ったけど、最悪強引な手も使うってこと?」

「ああ。些細な言い合いから喧嘩になることはガキの中じゃ日常茶飯事。5種目に出る予定の本命を、こっちの無能な人間とそうさいさせるのも悪くない。当日は優位に運べるだろ?」

 やると決めた以上、りゆうえんは手をゆるめない。

「当日は俺が司令塔をやってやる。いちから冷静さを奪い取ることも重要だからな」

ちくね……あんた」

め言葉と受け取っておくぜ。Dクラスならではの戦い方ってやつを見せてやれよ?」

「は……はいっ!」

「なぁにが、はい、よ」

 とんでもないことになったと、ぶきはため息をつく。

 なのに、かそれが嫌いじゃない自分がいることに、伊吹は一度自己嫌悪した。

「でも……なんで引き受けてくれたんですか、龍園さん。単なる同情じゃないですよね?」

「さぁて、なんでだろうなぁ」

 龍園はソファーにもたれかかり目を閉じる。この学校に未練はない。最初はそのことにうそ偽りはなかったが、ここに来て一つだけ心境の変化が起こり始めていた。

 あやの小路こうじきよたか。あの男に負けたままこの学校を去ることに対しての、不満。司令塔になり後のない状況を作り出すことで、自分が本当に綾小路との再戦を望み始めているのかを確認する目的。未練がなければ、適当な人選をしてわざと負けることも出来る。

 だが……もし本当に再戦を望む気持ちが芽生えて来ているのなら、自分自身が生き残ろうとする。その結果が知りたいと、龍園は思った。

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