ようこそ実力至上主義の教室へ 11

〇綾小路対坂柳



 長い準備期間を経て、ついに1年度最終特別試験の当日がやってきた。

 負けたクラスの司令塔は退学。しかし、今回は実質プロテクトポイントがし。

 敗北クラス2人の司令塔が、手に入れたばかりのプロテクトポイントを失うことになる。

 退学者は出ないものの、クラスポイントが大きく変動することが重要と言えるだろう。

 結果次第では全体のクラスが入れ替わる可能性は大いにある試験だ。

「昨日渡したノートのデータも、口出ししてきたことも、今日は全て忘れて」

 朝のホームルームを待っている間、隣の堀北に声をかけられた。

「あなたが好きなように5種目を選んで、そしてメンバーを選定して戦えばいい」

「オレが勝手にさいはいして計画が狂ったら他の生徒が対応できないんじゃないか?」

「誰にも何一つ、種目とその出番の確約はさせてない。当日の10種目と順番次第では、りんおうへんに取捨選択すると伝えてあるから問題ないわ」

 至れり尽くせり、オレが不便なく戦えるようおぜんては済んでるってことか。

「何があっても責任は取らないぞ」

「今回はクラス対抗戦。司令塔の関与があるとは言っても、基本的に求められるのはCクラスの総合力よ。対する相手は坂柳さん率いるAクラス。この学年で1番の強敵だもの。負けてもあなたの責任には誰も出来ないわ」

 オレはほりきたを横目で見ながら、最後に携帯に送られてきた堀北からのメッセージを見る。

 ここには、Cクラスの生徒たちが特別試験に挑んだ2週間の記録がある。

 どんな話し合いをし、どんな種目にし、そしてどんな練習を積んできたか。

「最大限生かさせてもらうさ。おまえたちの努力は」

 オレは席を立って移動をしようとしたところで、堀北に一言残しておく。

「チェスが選ばれる可能性は10分の7。けして低い確率じゃない」

 この数日間、堀北とはチェスの試合を何度も繰り返した。

「手加減してくれてるあなたに、結局ほとんど勝てなかったけれどね」

 確かに結果として、オレに勝った回数は数えるほど。だが覚えたての敗北数などカウントする必要はない。この短期間で堀北が身に付けたチェスの実力は相当なものだ。

「相手が誰だろうと、手を抜いてるオレより強い相手はいない。それを覚えておいてくれ」

ずいぶんと自信家なのね」

 オレは堀北との会話を終え、司令塔としての移動を始める。

 残された生徒たちは基本的に教室で待機し、多目的室からの指示を待つ形だ。

 種目発表後、場所の移動や着替えなどを行うことになる。モニターなどで詳細は知れないようになっているため、戻ってきてから情報を共有する形になるだろう。


    1


 特別棟に足を踏み入れ、目的の場所へ。すると一足先に到着していたさかやなぎいちが雑談していた。どうやらまだ多目的室は開場されていないらしい。

「おはようございますあやの小路こうじくん」

「おはよ、綾小路くん」

 2人同時に声をかけられ、オレは軽く手を挙げて答える。

「まだ入れないみたいだな」

「4人そろった段階で声をかけるように言われたよ」

 あくまでも、徹底して公平に進めるためだろう。

 多目的室に先に入れば、試験場の空気に触れ一足先に心を落ち着けることも出来る。

 特殊な試験である以上どこまでやっても、やりすぎるってことはないか。

「あとはかねだけみたいだな」

「だねー」

 振り返る。金田の姿はまだ見えないが、流石さすがに遅刻することはないだろう。

「それにしても一之瀬さんはラッキーでしたね」

「え? ラッキー?」

「今のDクラスなど赤子も同然。彼らでは万に一つもBクラスには勝てませんし、あとは何勝積み重ねることが出来るかという部分だけでしょう。7連勝すれば、Aクラスの結果次第では入れ替わることもあるかも知れませんね」

「そんな、どうなるかなんて分からないよ。向こうも必死に立ち向かってくるだろうし、とてもじゃないけど油断はできない」

 そう決意を新たにするいちに対してさかやなぎが面白そうに笑う。

「あれ、私変なこと言ったかな」

「いえ。上座で挑戦者を待つかのような口ぶりでしたので。少なくともDクラスを対等に見ていないことだけは分かりました。伊達に1年間Bクラスを守り抜いただけはありますね」

 ちょっとした坂柳の意地悪みたいなものだろう。しかし一之瀬は心を揺さぶられない。

「私たちだって勝つための戦略を練って、ここにきてる。特に結束力が大きく試されるこの試験で、簡単に負けるわけにはいかないからね」

「なるほど、それは失礼いたしました。確かに一之瀬さんのおつしやる通りです」

 そんな2人の会話を聞きながら、オレは窓の外を見つめた。

 間もなく4月が迫っている今日の天気は快晴。雲一つない空が広がっていた。

 5分ほどっただろうか。そろそろ遅刻を意識しなければならなくなる頃。

 ようやく廊下の先から、歩いてくる足音がかすかに聞こえ始めた。

「遅刻、あるいはおじづいてのけんではなさそうですね」

 面白おかしく坂柳が、最後に遅れてきたかねに対してそんな感想を述べる。

 一之瀬もいよいよ試験が始まると、気を引きめ直しているようだ。

 オレたちは間もなくやって来る金田と合流し、全員で多目的室に入る。

 そのビジョンを勝手に思い描いていた。


 だが───


 ここで予想外の人物が姿を見せる。

 その人物が視界に入った途端、誰よりも驚いて見せたのは一之瀬だ。

 坂柳も同様だったが、すぐに愉快そうに目を細めた。

「……りゆうえんくん? どうして……ここに……」

 明らかなどうようが一之瀬に走っただろう。

 いや、オレも坂柳もこの想定はしていなかった。

「どうした。何を動揺してる」

 一之瀬の動揺を、あえて言葉にして伝えるのは、かつてのDクラスのリーダー龍園。

「なるほど───これは想像していませんでした。今回の特別試験、プロテクトポイントを持つ生徒が司令塔をするであろうという絶対の思い込みがありましたからね」

 一足先に状況を理解する坂柳。そう、この男の周囲に金田の姿はない。

「この特別試験は司令塔なしでは始めることも出来ない。つまり司令塔が不在になれば当然、別の誰かが代理として参加するしかない。そうだろ?」

 確かに本番当日の予期せぬ欠席、そんな不測の事態は起こりうることだ。

 恐らくは1人か2人まで、代理としての司令塔役が認められる仕組みがあるのだろう。

 そして当然、敗北時に責任を負うのは代理の司令塔。

「そうだとしても、考えてもいなかったよ。りゆうえんくんが出てくるなんてね」

「まあそうだろうな。特にいち、おまえは当日に熱を出そうが、をしようが、他の生徒に退学のリスクを負わせないために地をってでもやってくる」

 敗北すれば司令塔の退学はプロテクトポイント以外では防げない。この特別試験はプロテクトポイント保持者が司令塔になる、まさにさかやなぎの言った『絶対の思い込み』があった。

 一之瀬は一度、喉を鳴らす。

 当然、特別試験発表時には一之瀬にもそれなりの警戒心はあったはずだ。だが、対決するクラスを決める場に司令塔としてかねが出てきたことで、その可能性も消えた。

 一之瀬の中で、消去法が勝手に成立していたのだろう。

 今回の特別試験はプロテクトポイントを持つ生徒同士の戦いなのだと。

「代理としての参加。何かペナルティはあるはずですよね?」

「ああ、金田を種目で使うことは認められなかった。当然と言えば当然だな」

 そんなことは織り込み済みだと龍園は答える。

「私を驚かせるため? だとしても金田くんが参加できないのは痛いんじゃないかな」

 金田がどれだけの生徒か詳しく知らないが、少なからずDクラスの戦力だったはず。

 それを欠けさせてまで奇策を打ってきたことの意味。無意識のうちに考えさせられる。

 いつから龍園が司令塔になることが決まっていたのか。最初からであるなら、それは計画の内であるということなのか。今一之瀬の頭の中はひどく混乱していることだろう。

「そう警戒する必要はねえよ。俺は人柱ってやつさ。クラスが敗北すれば司令塔は退学になる。晴れてDクラスの連中も俺を追い出すことに成功する。それだけのことだろ?」

「だったら、手加減してくれると思っていいのかな」

「クク。ああ、手を抜いてやる。だから安心して立ち向かって来いよ」

 両手を軽く広げ歓迎のムードを演出する龍園だが、一之瀬に油断など出来るはずもない。

「どんな手を使っても勝つときは勝つ、それが君の戦い方じゃない?」

「勝つと決めたら、な」

「やめて欲しいよ。プロテクトポイントを持たない龍園くんの背水の陣。なんか、私たちBクラスの負けフラグが立っちゃってる気がして仕方ないもん」

 一之瀬のようなタイプは、下地の積み重ねによって確信、信頼、安全を構築していくタイプ。突発性のアクシデントへの対応力はけして高くない。並の相手ならそれでもいいんだろうが、龍園となるとそうもいかない。

 この衝撃は一之瀬だけでなく、すぐにBクラスの生徒全体に行き渡るだろう。

 りゆうえんが司令塔になったことには必然的に全員気がつく。

 仮に気がつかずとも、いしざきたちが周知させる。

 そうなればいちのようにどうようが走ることは隠せない。

 隠居したはずの龍園が司令塔となれば、何を指示してくるか分からない怖さが出る。

「どうやらBクラスとDクラスの対決も───面白くなりそうですね」

 一之瀬にとっては笑えない展開だろうけどな。

 Dクラスのしつような付きまといを繰り返して来た時に、行動しておくべきだった。

 そして背後にひそむ龍園の気配を察知していれば、ここまでの動揺は出なかっただろう。

「さて全員そろったことですし、参りましょうか」

 さかやなぎを先頭に多目的室に入ると、初日には無かった壁が作られていて、丁度室内の半分で区切られていた。即席にしてはしっかりとした壁になっていて、防音性も高そうだ。1年を担当する4人の教師が並んで待機している。

「BクラスとDクラスの生徒は、あちら側に移動するように」

 しま先生の指示と共に、2人は隣の部屋へと姿を消していった。それにちやばしらも続く。

 オレたちAクラスとCクラスの進行役はDクラスのさかがみ先生とBクラスのほしみや先生。

 それぞれの試験につく担当教師は受け持つクラス以外になるってことらしい。

「5分後から試験開始だから、今のうちに気持ちを作っておいてね」

 星之宮先生はそうアドバイスし、坂上先生と最後の打ち合わせらしきものを始める。

 試験前、オレと坂柳に残された二人きりでのわずかな時間。

「やっと……やっとこの日がやって来ました。昨日の夜は正直眠れなくて、朝寝坊するところでしたよ」

「そんなに待たせた覚えはないけどな。そもそも、オレとおまえが出会ったのは偶然だ」

「この学校にあなたが来なければ、出会うことはなかった、と?」

 オレがうなずくと、坂柳は笑ってそれを否定する。

「確かにこの学校で出会ったのは単なる偶然です。ですが、私はいずれあなたと再会する日が来ると確信していました。運命として、それは決まっていたんです」

「運命か。ずいぶんと抽象的なことを言うんだな」

「乙女ですから、私も」

 そう言って笑い、坂柳はつえを突きながらゆっくりと近づいてくる。

「もしあなたがこの学校に進学していなければ、あと3年はお預けだったはず。私は楽しみを胸の内に秘めながら、慌てず過ごせる自信がありました。でも、もうダメですね。あなたが傍にいると分かってからは、日々が長く感じて仕方なかったんです。早く戦いたい、そんな気持ちを抑え込むのには随分と苦労しました。それほどに、夢見ていたんです」

 じようぜつに語る坂柳。望みがついにかなう、か。

「夢から覚めるのが怖くないのか?」

 戦いが実現してしまえば、もう後に戻ることは出来ない。

「夢はいつか覚めるものですから」

 意に介さない。それが今日であるというだけのことらしい。

「普通なら、お手柔らかに……と申し上げるところですが……」

 その目は少女のモノではなく、獲物を狩るハンターのような鋭さを見せていた。

「全力で向かってきてくださいね」

 中途半端に戦うことになっても、さかやなぎが喜ぶことはない。

 喜ばせるために戦うわけじゃないが、これ以上絡まれても面倒だ。

 だがこの特別試験で坂柳が満足できるのかという点には疑問を抱く。

 そんなオレの気持ちを見透かしたように、坂柳が補足する。

「複雑な思いがないと言えばうそになります。互いの実力を如何いかんなく発揮するには、あまりに不十分な特別試験の内容です。司令塔とはいえ介入できる要素も限られていますしね」

 司令塔1人で勝敗が決するような重たすぎる試験を、学校が実施してくれるはずもない。

 それでも勝負出来るのなら、それはさいなことだと坂柳は言う。

「かといって司令塔の関与を強くし過ぎてしまえば、別の支障が出てくる。あやの小路こうじくんへのはいりよも必要だと思いまして。他のクラスメイトに実力を知られたくないでしょう?」

 実にありがたい配慮だ。もしすべての種目で司令塔の存在が勝敗を大きく左右させるような関与を設定されていたら、オレはその力を存分に発揮することは出来なかっただろう。

「はーい、そろそろ試験を始めまーす。席についてー」

 ほしみや先生の指示が飛び、オレたちは機材を間に置いて向かい合う。

 当然相手の顔は見えない。パソコンにCクラスメンバーの顔写真が表示されていく。

 オレを除く、合計38人。これから選択される種目に割り当て、戦っていくメンバーたち。

 そしてオレたちが用意した10種目が表示されている。

「特別試験の進行を担当するさかがみです。早速ですが1年度最終特別試験を始めたいと思います。各クラス、5種目を選択し決定ボタンを押すように」

 オレはほりきたが本命としていた5種目を選び、迷わず決定する。

 程なくしてAクラスも選定を終えたのか大型モニターにその結果が表示される。

 Cクラスからは『弓道』『バスケット』『卓球』『タイピング技能』『テニス』の5種目を選択。『じゃんけん』という面白い種目を1つ放り込むか悩んだが、見送ることにした。

 英語の種目はAクラスとかぶった時点で消去。サッカーやピアノ、そして水泳はそれを得意とするひらでらが相手の種目でも役立てる可能性が高いことから見送る。

 そのうえで、Cクラスはスポーツを主体に戦う戦略で行く。

 Aクラスからは『チェス』『英語テスト』『現代文テスト』『数学テスト』『フラッシュ暗算』の5種目。合計10種目。かつらのリーク通り本命の3種目は入ってきた。次点に挙げていたフラッシュ暗算と現代文テストも食い込んでいる。完璧な解答だったな。

 とはいえ、戦局に変わりはない。オレはこの事実をあえて堀北には伝えなかったからだ。

「ここからは、完全なランダム抽選を行いこちらで7種目を決定していきます」

「それにしてもあやの小路こうじくん。相手がさかやなぎさんなんて可哀かわいそう、先生同情しちゃう」

「星之宮先生。つつしむように」

「は、はぁい。私語してすみません~」

 か同じ教師の坂上に怒られ、反省のポーズを取る。

「中央の大型モニターに抽選の結果が表示されるようになっているので、見るように」

 そう言って、坂上先生がモニターを見るよう促すと、画面が切り替わる。

 3Dの映像に変わり、抽選中の文字が表示される。

 そして映し出された1戦目は───。


『バスケットボール』 必要人数5人 時間制限20分(10分2回)

 ルール・通常のバスケットボールに準ずる

 司令塔・任意のタイミングでメンバーを1人まで入れ替えても良い


 5on5による、スポーツ。オレたちCクラスが選んだ種目だ。

 つまり、絶対に落とすことの出来ない種目でもある。

「坂上先生。私たち生徒の私語は自由なのでしょうか?」

「特に決まりはありません。どうぞご自由に」

「つまり、ぜつせんを繰り広げるのは自由ということですね?」

 ストレートに目的を確認するが、さかがみ先生から問題点は指摘されない。

「うわー。さかやなぎさんようしやな~い」

 許諾を得た坂柳が、オレに対して容赦ない攻撃を仕掛けると見たんだろう。

ほしみや先生」

「はいっ、すみません! もう私語しません!」

 生徒は自由だが教師は自由じゃない。都度怒られる星之宮先生。

「予想通りCクラスは少数のスポーツ競技で固めてきましたね。勉強の出来る生徒が少ないので、無理もないことですが。このバスケットボールは、やはりどうくんがキーマンなのでしょうね。彼はこの学校でも屈指のバスケットマン。下手な戦力では、こちらに勝ち目はない気がします」

 ぜつせんを望む坂柳から分析の言葉が聞こえてくるが、ここはあえて一度沈黙。

 星之宮先生や坂上先生に、オレのことで余計な印象を極力植え付けたくない。

「余計なことは話すなと───本当の司令塔であるほりきたさんに命じられましたか?」

 言葉を発さずにいると、坂柳がそんな風に切り出した。

「であるなら、あなたが何を話そうと人選に影響はないはず。どうです?」

 こちらが教師相手に口数を少なくしようとしていることは坂柳も分かっている。

「堀北からは余計な話はするなとくぎを刺されてる。下手に話せば、坂柳の術中にはまって返り討ちにあうだけだってな」

「フフ。ダメですよあやの小路こうじくん、その時点であなたは私に1つアドバンテージを渡したことになります。あなたを影で操る存在が誰であるのか、それは隠し通すべきこと。堀北さんだと自白してしまえば、彼女の性格や行動パターンから推測も出来てしまいますよ?」

「いや、それは……堀北から指示を受けたとは限らないだろ」

「あなたが今ご自分で言ったのではありませんか。堀北さんから指示を受けた、と」

 クスクスと笑う坂柳の方を見て、星之宮先生は額に手を当てて、あちゃー、とらす。

 あつなく情報を引き出された様子を見ていた坂上も、左右に首を振った。

「いや、オレは、堀北に釘を刺されたと言っただけで……指示は別の人間かも知れない」

「かも知れない? そこはうそでもハッキリと別の人間だと言い切らないとダメですよ」

 こちらを見透かし、あまつさえ敵に塩を送られるような状況。

 このやり取りだけで、坂柳とオレ、圧倒的な力の差が伝わっただろう。

 互いにこの場にいる教師2人をだますところから、特別試験は始まる。

「そんなものに意味があるのか? こっちは坂柳がどう考えるかをクラスで念入りに考えた上で試験に臨んでる。堀北が全部考えた作戦だと気づかれたところで対等なだけだ」

「おやおや、開き直ってお認めになられましたね。ですが、いつから私が作戦の全てを決めると? 綾小路くんと同じように、私の後ろにもクラスメイトの人数分だけ頭脳があるんです。いろいろなシミュレートをしたうえで勝負に臨んでいるとは考えないのですか?」

「それは───」

 ぜつせんが許可され数十秒。

 見ていられないと思ったさかがみ先生が試験進行を進める。

「カウントは進んでいます。私語は自由だと言いましたが、手をおろそかにしないように」

 もちろん、こちらの精神状態には1ミリたりとも影響はない。

 心配しているのは教師たちだけであり、オレも、そしてさかやなぎにとってもただの雑談。

 両者メンバーを選び終えたことで、バスケを行う生徒が同時に発表される。

 こちらのメンバーはエースの『まきすすむ』を始め『みなみせつ』『いけかん』『ほんどうりようろう』『でらかや』の5人。その中にどうはいない。そして1人女子を投入する布陣。エースは牧田。須藤いわくバスケ部で練習すれば十分通用する技量らしい。また、小野寺の本領は水泳だが、バスケットの技量もけして低くないようで、中途半端に経験の無い男子を起用するよりもチームがく機能すると判断したようだ。対するAクラスは『まちこう』『しげる』『むろすみ』『みずなお』『とうはやと』の5人。同じく女子が1人混ざっている。

 ひらけい、そしてくしの情報をもとに分析すれば勝ちに来ているメンバーだ。

 Aクラス側に立っている坂上先生の顔はよく見えないが、オレの傍に立つほしみや先生の顔はよく見える。オレの選んださいはいに対して疑問を抱いていることがすぐに分かった。

 バスケットの勝負には、絶対に入っていると思われた須藤けんの不在。

 もちろんこれは、オレではなくほりきたたちCクラス全体が話し合い決めた作戦。

 だがこの程度の作戦、坂柳には当然看破される。

「あえて彼を使わずに勝ちを狙いに行く作戦ということですね。須藤くんの運動神経なら卓球やテニスが得意であっても不思議はありませんし。全てこちらの読み通りです」

 最初から須藤を投入しておくほうが、Cクラスは危なげなく確実な勝利を呼び寄せることができる。一方のAクラスは、バスケットが選ばれることを基本的には歓迎していなかったはずだ。バスケットの種目を見た瞬間に、須藤のことを思い描いただろうからだ。真正面から須藤率いるCクラスのチームとぶつかれば、勝ちへの確率はぐっと低くなる。

 こうなると、下手にスポーツの出来る生徒を投入することは避けたいと考える。

 逆に須藤のカードを切らせてしまえば、Cクラスに対して優位に立つケースも出てくる。

 そんな状況を踏まえ、オレたちCクラスはあえて須藤投入を避ける方針を取った。この先に残されたスポーツ種目で輝くこともできる貴重な戦力を、温存できるのなら温存したい。

 この後テニスか卓球が選ばれた時、須藤が使えるかどうかは大きな要素でもある。

 しかしAクラスのメンバーを見るに、そんな浅はかな考えは見抜かれていたようだ。

「ところで司令塔の関与に関して『任意のタイミングでメンバーを1人まで入れ替えても良い』というものをお決めになったのは誰ですか? それも堀北さんが考えられたものでしょうか? 狙いが透けて見えてますよ?」

「悪いが答えられない」

「そうですか。答えられないのであれば仕方ありませんね」

 モニターの向こう側では手早く準備が行われる。そして、ほどなくして試合が始まる。

 この間、オレたちはただ展開を見守ることしか出来ない。

 唯一出来るのは、状況に応じて1人の生徒を交代させることだけ。

 だが、その一手が大きく勝敗を分けることもある。

 ホイッスルと共に始まったバスケット。10分間の緊迫した試合が始まる。

 どうを欠くCクラスではあったが、序盤の試合展開はほぼ互角だった。

 2点を取れば2点を取られるきつこうした戦い。

 教師たちもどちらが勝つのかわからない戦いに視線を奪われる。

 バスケを任されたまきのキレは悪くない。須藤には遠く及ばないとはいっても、人並み以上に動ける牧田は、エース的役割を十分に果たしている。一方のAクラスは、とうがエース的立ち位置で、その牧田と互角の勝負を繰り広げていた。

 試合時間が折り返しの1ピリオドを消化したところで、12対11の1点差。

 わずかに1点だけCクラスがリードする展開。

「面白い試合ですね、これは」

 そう感想をらすさかやなぎ。後半戦、どちらに軍配が上がるかは微妙なところだ。

 4分間の休憩時間を挟んで試合が始まる。坂柳は動かない。1点リードされている状態とはいえ、ほぼ互角と踏んで様子を見る狙いか。だが、オレはここで迷わずキーボードに手を伸ばした。ここで須藤を投入することを決めたからだ。いけと交代させる。

 確かに一見すると試合展開は互角。どちらに勝負が転ぶか分からないように見える。

 この10分間、須藤を投入するのに迷いを生むような展開が続いていた。

「フフ」

 かすかに笑う坂柳の声。須藤温存なんてことはさせてもらえそうにないな。

 モニターの向こうでは、須藤がウォームアップして出てくる。

 ここでの投入に疑問を感じてもおかしくないが、顔つきは真剣そのもの。

 どうやらオレと同じものを、須藤も当たり前のように感じ取っていたか。

「まだ勝負は互角、いえわずかにCクラスがリードしていました。時期しようそうだったのでは?」

「確実に勝ちを拾っておくべきだと思ったんだ」

「大切な初戦、その気持ちはよくわかります。この後テニスや卓球が選ばれる保証はどこにもありませんしね。須藤くんを生かす種目がなければ温存に意味はありませんし」

「そっちはメンバーの入れ替えはしなくていいのか?」

「必要ありません。こちらは最初から勝つための布陣で挑んでいますので」

 牧田のマークについていた鬼頭が、須藤のマークに代わる。

 須藤は試合の様子を最初から別室で見守っていたはず。

 その実力差は既に分かっているはずだ。

 4分間の休憩が終わったところで、後半戦が始まる。

 須藤に対し張り付いた鬼頭は、先ほどまでよりも二回りほどキレがよくなっていた。

『やっぱり……テメェ、手ぇ抜いてやがったな!?』

 声を荒げるどうの声がモニター越しに聞こえて来る。

 須藤を引っ張り出すために、Aクラスが手をゆるめていたことは最初から分かっていた。

 ただ、どれだけ力を温存していたかは須藤も戦ってみるまでは分からない。

 強烈に張り付くとうだったが、それでも須藤は一枚上手。

 ディフェンスをかわし、相手の陣地に切り込んでいく。

 それをさせまいと、Aクラスの生徒たちも必死に須藤率いるCクラスに食い下がる。

 須藤が頭一つ抜き出ていても、残りのメンバーはAクラスの方がキレが上のようだ。

 17対13、点差が広がる。しかし相手の動きは乱れるどころか段々と機敏になっていく。

『おい鬼頭、てめぇバスケ経験者だろ!』

『いいや───おまえが素人集団に追い詰められているだけだ』

うそつきやがれ!』

『嘘をつく必要がどこにある。俺も仲間も、この1週間足らずしか練習していない。おまえはバスケットに自信があったようだが、大したレベルじゃないということだ』

『この野郎!』

 声援がないため、須藤と鬼頭のやり取りがモニターを通じ小さくだが聞こえてくる。

 素人相手に苦戦しているとあおられ、須藤のプレーは少しだけ精彩を欠き始めた。

「フフ、アレは嘘ですよ。鬼頭くんはバスケット経験者です」

 須藤を煽ることもさかやなぎの指示、その戦略だろう。

「ああやって精神的に揺さぶりをかければ須藤くんは崩れる。に個人技術が優れてると言っても、心が未熟であれば付け入るすきは生まれるということです」

 鬼頭という生徒のバスケットのさはかなりのものだ。あえて力を温存させ、Cクラスと互角を演じることで、須藤の投入を遅れさせ逆転、勝ち切る狙いだった。

 それが空ぶっても、須藤を煽り集中力を乱す戦いを仕掛け勝ちを狙う。

 坂柳の二枚腰の戦略は、見事にオレたちCクラスに突き刺さったと言える。

「もうすぐ追いつきますよ」

 鬼頭がゴールにたたみ、17対15。追い上げを見せるAクラス。

 確かに須藤の精神的乱れが、互角に近い展開を生んでしまっている。

 しかし───。

「須藤の心が未熟だと言ったが、それはいつの情報だ?」

「と言いますと?」

 須藤は、この1年間で大きな成長を見せてきた。あの程度で崩れるような精神力じゃない。ほりきたは試合中のかついい須藤を見て褒めたりはしない。チームを勝利に導く須藤を格好いいと評価する。

『おらぁ!』

『ぬぅ!?』

 口調こそ荒々しいものの、プレーのせんさいさがよみがえる。とうを抜き、ゴールへと鬼気迫るどうを、誰も止められなくなっていく。豪快にダンクまで決めCクラスが突き放していく。

『へっ……ちょっと熱くなっちまったけどよ……おまえじゃ俺に勝てねえんだよ』

 鬼頭がいと言っても、冷静さを取り戻した須藤の方が一枚も二枚も上。

「なるほど。彼も成長していたということですか」

 その後須藤は最後まで心乱れることはなく、チームを見事にけんいんしきる。

 やがて訪れる試合終了のホイッスル。

『おっしゃー! やったぜすずー!』

 ガッツポーズを決め、バスケの大会さながらに興奮する須藤。

 大喜びするだけのしゆくんを挙げたと言える1勝だ。

「あるいは、と思いましたがやはり彼の技量は群を抜いていたようですね」

 須藤込みでも本気で勝ちを拾いに行くつもりだったらしい。

 結果は24対16。見事にオレたちの勝ちで初戦は幕を閉じる。

「まさかCクラスが先勝するなんて、勝負って分かんないなー」

 独り言のように、ほしみや先生が感心したようにつぶやく。

 勝ったとは言っても、この試合はこちら側のカードから切られたもの。

 須藤も導入していることから『必勝』を義務付けられていた種目だ。


    2


 2回戦の種目決めが始まる。抽選が導き出した結果は───。


『タイピング技能』     必要人数1人 時間30分

 ルール・タイピング技能『単語』『短文』『長文』の3つの科目で早さと正確性を競う

 司令塔・試験中の気付いたミスを1ヶ所だけ伝えても構わない


 またもオレたちCクラスが選んだ種目。対戦人数は1対1。

 どうやらくじ運はこちら側に傾いているらしい。

 この種目は、ウチのクラスでもっともパソコン関連が得意な博士はかせの進言してきたもの。

 事実、博士はCクラスでは敵なしのタイピング速度を持っていたらしい。全国平均でみても、その速さは疑いようがなかった。ただし、懸念材料もないわけではない。Aクラス内でタイピング技術を持つ生徒が何人いるのか、あるいはどれだけの技量なのかを調べるすべがあまりにもなさ過ぎたことだ。あくまでも博士の技量のみを信じぬかなければならない種目だが、採用に至ったのにも理由がある。

「Cクラスも面白い種目を選ばれましたね。一見お遊びのようにも見えますが、タイピング技能はIT社会において基本となる能力で、必要不可欠なものとも言えます。学校が採用するのも自然な流れでしょう」

 勉強面では、基本的にAクラスに分がある。

 ほりきたはそういったものに左右されない技能勝負を選んでおきたかったのだろう。

「自分が得意とするモノは、誰しも1つや2つあるものです。しかし、いざその得意なもので戦うとなったとしても、他人よりも絶対に優れているかと聞かれれば大抵は怪しいもの。タイピング技能に相当自信のある方がいらっしゃるんでしょうね」

 水泳が得意なでらをバスケで投入したように、他にも1対1で勝てると進言してきた生徒の多くは大抵他の種目でも輝ける可能性を持っている。逆に博士はかせのように一点だけを得意とする生徒を1対1に起用する方が、この後の種目を行う上で有利になる。

 オレは当然、博士……そとむらひでを選択。

 一方でさかやなぎよしけんを起用する。こっちには全くと言っていいほど情報はない。

 この試験での司令塔の介入要素は極力抑えたもの。

 徹底して坂柳による横やりを入れさせないで戦う作戦だ。

 判定の方法は学校が用意した、パソコンを使ったアプリケーションで行われる。

 その結果は───。

「Cクラス外村秀雄、90点。Aクラス吉田健太、83点。Cクラスの勝ちです」

 種目を終え、採点をさかがみが報告する。

 その差、わずか7点差。

 結果を聞けばかなりヒヤリとするものではあったが、1点でも上なら勝ちとなる。

「少しながら届きませんでしたか。簡単には行かないものですね」

 立て続けにAクラスが敗北する予想外の流れだが、ある意味では仕方がない。

 2種目ともCクラスから選ばれたものであり、坂柳の打てる手はほとんどなかったからだ。


    3


 こうして、1戦2戦と勝ちを拾えたCクラス。

 ここまでは堀北の戦略、考え、そして運が見事にハマった形だ。

 残された種目は8つ。このままCクラスの種目が選ばれてくれればありがたいが……。


『英語テスト』   必要人数8人 時間50分

 ルール・1年度における学習範囲内の問題集を解き合計点で競う

 司令塔・1問だけ代わりに答えることが出来る


 3種目は、遅かれ早かれ来ることが分かっていた筆記試験。

 この特別試験のきもは相手の選んだ種目でに勝ちを拾うかにある。

 ここでこちらが勝つようなら、勝敗以上に有利になるだろう。

 オレはみーちゃんを始め英語を得意とする生徒たちで固め編成していく。とはいえ、ほりきたけいせいなど切れないカードがあるのはもどかしいところだ。英語と数学、そして現代文と3つも筆記試験がある以上、学力のある限られた生徒の振り分けが難しい。

 筆記試験が2種目だった場合の、堀北のノートに書かれていた戦略は2通り。

 2勝を取るためにバランスよく生徒を使うか、あえて片方を捨てて一点勝負するか。

 早々にさかやなぎが8人を決めたのに対して、オレは少し長考する。

「初めての長考、どうやら堀北さんの指示は1つではなかったみたいですね」

 この先数学のテストが選ばれる保証もなければ、勝てる保証もない。

 だが、Cクラスは英語の方が苦手な傾向があるもどかしさが付きまとう。

 つまりここで取れる戦略は『バランス戦』か『捨てる』かだ。

「英語は捨てますか? あるいは……総力戦で勝負ですか?」

 ワクワクを抑えきれない坂柳からの質問。

 ここで負けることが怖いわけじゃない。

あやの小路こうじくんが何を考えているかは分かりますよ。Cクラスが英語を捨てることを見越して、私たちAクラスも戦力を温存するのが怖いんですよね? Aクラスが控えメンバーで戦うとすれば、Cクラスに勝ち目もあるでしょうし。簡単に捨てる選択は選べませんよね」

 オレは少し考えた結果、この英語テストは捨てることを決める。

「世界的傾向として、男子より女子の方が様々な科目を得意としているようで、点数が高いそうです。この英語もその1つ。もちろん、あくまで傾向ですけれど。参考程度にどうぞ」

 メンバーを決めようとしたところで、そんなことを言う坂柳。

 こちらに余計な情報を植え付けプレッシャーを与える狙い。

 何にせよ英語で敗北することをAクラスは望まない。強力なメンバーで来るはずだ。

 両者メンバーの選択が終わったことでモニターに表示される。

 Cクラスは『おききようすけ』『みなみはく』『かるざわけい』『とう』『しのはらさつき』『かしらこころ』『その』『いちはし』の8人。今後の種目でも出番がないと思われる生徒を消去する。

 Aクラスは『さとなかさとる』『すぎひろし』『つかしほり』『たにはら』『もと』『ふくやましのぶ』『ろつかくもも』『なかじま』の8人。ベストメンバーではないが、手堅いメンバーだ。先ほどの傾向を採用に反映させているのか女子が6人と多い。

「この先を考えて、この英語は捨てる作戦を取ったようですね。まずまず正解です」

 やはりCクラスの学力は細かく把握されていると見て良さそうだな。

 1問だけ関与できる余地があるとはいえ、この戦いも見守ることしか出来ない。

 生徒たちの解答用紙は、リアルタイムで切り替えてみることが出来るようになっている。

 オレは多くの生徒が解けないであろう問題を、関与を通じて教える。

 とは言え、これが与える影響はほんのわずかなもの。数点左右させるに過ぎない。

 それぞれの採点がすぐに行われ、程なくして試験の結果が出る。

 8人の合計点が、そのまま対決の数字となる。

「Cクラス合計443点。Aクラス651点。よって、Aクラスの勝利とします」

 やはり、圧倒的大差が出てしまった形だ。

「こちらの平均点は約81点。Cクラスが総力戦を仕掛けてくれば拾える目もありました」

 自らに付け入るすきがあったというが、そう単純なものでもない。

 逃したかも知れない1勝、という考えは持たないほうがいいだろう。

 3連敗を恐れず一部の生徒を温存したさかやなぎの度胸は、見事という他ない。

 初勝利をけんじようしたのもつかの間、すぐに第4戦目の抽選が始まる。


『数学テスト』   必要人数7人 時間50分

 ルール・1年度における学習範囲内の問題集を解き合計点で競う

 司令塔・1問だけ代わりに答えることが出来る


 英語テストに続いて、立て続けの筆記試験となった。

「温存が功をそうしましたね。総力戦ですよ。あるいは───現代文に残しますか?」

 ここは現代文のことは考えず、Cクラスが持てる学力の全てを投入する。

「先ほど女子の方が高い点数を取る傾向があると言いましたが、数学は逆。女子よりも男子の方が優れているそうですよ。面白いですよね」

 何を吹き込まれようと、こちらのメンバーがそれによって変わることはない。

ひらようすけ』『ゆきむらてるひこ』『いしくら』『王美雨ワンメイユイ』『あずま』『くしきよう』『西にしむらりゆう』の7名。これがCクラスに切ることの出来る精いっぱいのカードだ。ほりきたこうえんは使えない。対するAクラスは『まとしん』『しまざきいっけい』『もりしげたくろう』『つかさたい』『いしゆうすけ』『やまむら』『西にしかわりよう』の男子を中心とした7名。先ほどと同等かそれ以上に学力の高い生徒たちだ。

 程なくして行われる数学のテスト。先ほどの壊滅的な英語とは違い、幸村輝彦、つまりけいせいを筆頭にほぼノーミスでの解答が続いていく。

 メンバーの中で一番点数が低くなるであろう西村にインカムを付けてはいるが、やはり1問が結果を左右する展開はそう強く望めない。坂柳もれなく正解してくることを考えれば司令塔の正解は最低条件ともいえる。

 筆記試験を終え即座に採点に入る教師たち。

 Aクラスが選んだ、この数学をこちらがモノに出来ればチャンスは拡大する。

 一気に王手をかけて5戦目に挑むことが出来るだろう。

「それでは数学テストの結果を発表します。Cクラス───631点」

 各生徒平均して90点を取る、十分すぎる結果。

 だが、問題の難易度はそれほど高くはなかったことが懸念材料か。

「そしてAクラスの結果ですが……655点。Aクラスの勝利です」

 さかがみ先生から報告される合計点は、24点及ばないというきんでの敗戦となった。

「危ないところでした。Cクラスの皆さんも相当勉強されていたんですね。ほりきたさんやこうえんくんを投入しておけば勝てたのではありませんか?」

「……そうかもな」

 この数学を取れなかったのは残念な結果になった。確かに堀北と高円寺が入っていれば勝てた可能性もある。しかし、それも保証があってのものじゃない。

 だが現実として次に現代文テストが来れば、半自動的に敗北をきつすることになる。

 こちらにAクラスの総合点を上回るだけの学力を持つ生徒たちは残っていない。

 これで2勝2敗。リードを吐き出しイーブンに戻る展開となる。


    4


 第5戦目の抽選が行われる。


『フラッシュ暗算』 必要人数2人 時間30分

 ルール・しゆざん式暗算を使って正確性と速さを競い1位を取った生徒のクラスの勝利となる

 司令塔・任意の1問だけ答えを変えることが出来る


 3連続Aクラスの選んだ種目だ。

 本来なら不利な展開だが、この種目は特別なもの。恐らくこの瞬間、どこかでけいせいは小躍りしたい気分だったに違いない。かつらが手を抜くと約束してくれた種目だ。

 だが、まだ喜ぶのは時期しようそうだ。葛城が出てこなければ、淡い幻想で終わってしまう。

「これもAクラスの種目。絶対に落とすわけには行かない試合です」

 オレは堀北の立てた戦略に従い『高円寺ろくすけ』と『まつしたあき』を投入する。

 インカムを付ける生徒は松下だ。高円寺にインカムを付けても従う保証はない。

 堀北が、このフラッシュ暗算に高円寺の割り当てを考えていたのは正解だろう。この種目は総合点ではなく、1位を取った生徒のクラスが勝つというルール。期待に応えて高円寺が動いてくれれば勝ちを拾える可能性もあるが、万が一高円寺が真面目にやらずとも、松下でカバーできる。松下は頭の回転も速く、数学テストかフラッシュ暗算で使う予定にされていた。松下を数学で使っていても勝ち目はなかった点から、そこは幸いしたと言える。

 さかやなぎが選んだ生徒は『葛城こうへい』と『みや』。

 葛城自身のリークによれば、田宮の能力はほど高くないらしい。

 それを証明するかのように、葛城にインカムが取り付けられている。

「全部で10問。後ろに行くほど難しい問題になるが、高得点の配分になっている。同率1位が出た場合に限り、どちらかが間違うまで延長戦を行うものとする」

 多目的室のモニターに、これから数字が映し出されていく。

 司令塔が関与できるのは1問だけなので、ほぼ必然的に後ろの方の問題になるだろう。

 こうえんはこれからフラッシュ暗算が始まるというのに、腕を組み目を閉じている。

「……裏目に出た、か」

 その態度は試験が始まってからも変わることはなかった。

 1けた、3口、5秒のタイトルが表示される。10級程度の難易度。

 6、9、1。答えは16。

 誰にでも解けそうな1問目が終わり、生徒たちが答えを書き込んでいく。

 まつしたは難なく正解したが、問題の高円寺は白紙。問題すら見ていないのだから当然だ。

 ここは、事前の約束通りかつらが間違えてくれることを期待する展開になりそうだ。

「フフ。やはり彼は変わった人のようですね」

 答えは見えずとも、高円寺が解答すらしていないことはその様子から分かる。

「しかし、本命は松下さんでしょうから、それほど問題もないですよね」

 こうしている間にも、問題は進んでいく。

 3問目、4問目になってくると桁も2桁になり6口を超えた。

 松下はまだ戸惑うことなく、問題を正確に答えていく。

 そんなフラッシュ暗算の問題だったが、半分に当たる5問目から難易度を上げた。

 5問目3桁6口5秒、6問目は更に多く3桁8口5秒。

 松下が頭を抱えながら懸命に頭の中で計算する。

 そして絞り出した答えは6問目まで全て正解。なんとか食らいついてくれていた。

 だがここまで。次7問目では3桁12口4・5秒。8問目は3桁15口3・5秒。

 9問目に至っては3桁、15口、2・5秒。

「い、いやいやこんなの無理でしょ~!」

 生徒と同じように問題を見ていたほしみや先生が頭を抱えたくなるのも分かる。

「難易度が少々高すぎるようですね……」

 それに同意するさかがみ先生にも、答えは見えていない。

 ここまでの松下の解答だが、正解は6問目まで。7問目からは残念ながら不正解となっていた。高円寺に至っては9問全て白紙だ。最後の問題を正解したところで、もはやどうにもならない領域に突入している。

 オレは当然、9問全ての解答を記憶している。さかやなぎも同様だろう。

 司令塔は1問だけ答えを変える権利を持つ。もしも10問目が解けなければ9問目、9問目が解けなければ8問目の解答を変えて正解にする流れだ。

 葛城がどの程度から間違えてくれるか、という部分も大きく勝敗を変えそうだ。

 最後の10問目、そのフラッシュ暗算が始まる。

 3桁、15口、1・6秒のタイトルが表示される。

 瞬時に点滅し表示されては消える数字が15回繰り返される。

 一瞬、静まり返る周囲。

 かつらまつしたも、当然みやもペンを持つことすら出来ずぜんと問題を見送る。

 さかやなぎが司令塔関与の合図を送る。もちろんオレもそれに続く。

「えー……では司令塔が1問、指示を出してください。後ろの問題ほど高得点です」

 当然オレが答えるべき問題は───最後の10問目。

 松下は素直にインカムから聞こえてくる数字に従い、それを答えに書く。

 自分が分からないのだから、疑問を抱く余地もない。

『フッフッフ。フラッシュ暗算とは、中々面白い遊びだねぇ。初めてやったよ』

 オレも坂柳も既に意識の外に置いていたこうえんが、いつの間にか目を開けていた。

 面白そうに笑い、オレたちが見ている監視カメラへと視線を送る高円寺。

あやの小路こうじくんは何問目を何と教えましたか? 私は10問目を、7619と答えましたが」

 オレが松下に教えた解答は───

「同じだ。オレも」

 どうやら坂柳にも最後の問題は見えていたらしい。

「司令塔の関与では互角。つまり結果は葛城くんと松下さんの一騎打ちになりましたね」

 全員の解答用紙が回収されていく中、全10問白紙だった男が口を開く。

『最後の問題の答えは7619、だろう?』

「これはこれは───驚きですね。正解ですよ高円寺くん」

 坂柳が高円寺の解答に対して、お見事としようさんの拍手を送る。

 教師たちが急ぎ、4人の解答を集計していく。

 もし葛城が7問目から9問目のどれかを正解していればオレたちの負けだ。

 逆に6問未満の正解であれば、オレたちの勝ちになる。

「集計の結果、1位は10問中8問を正解し最高点を出した葛城こうへい。Aクラスの勝利です」

 勝ちを拾い、ここで優位に運ぶつもりだった第5戦。その軍配は葛城に上がった。

 さかがみ先生の宣言とともに、5戦目が終わりを告げる。

「残念でしたね綾小路くん」

「葛城のかいじゆうは失敗だったか」

「確かに彼が、私に対してうらみを抱いているのは間違いないでしょう。そこに付け込むのは間違いではありません。ですが、そんなウィークポイントを私がやすやすと見逃すとでも?」

 姿は見えずとも、坂柳が笑っているのは分かる。

「彼にはあらかじめ伝えておきました。もし裏切るようなこうをすれば、Aクラスで懸命に頑張ろうとしている生徒を適当に何人か退学にさせる、と。彼はああ見えてとても仲間思いですから。恨みを晴らすためにせい者を増やすことを良しとしません」

 オレよりもはるかに付き合いの長い坂柳だ。

 葛城の良い部分も悪い部分も、しっかりと熟知していた。

「勝ったと思った後の敗北は精神的にダメージが大きい。最終戦に不安はありませんか?」

「どうかな」

かつらくんがCクラスの味方ではなかったことだけではありません。こうえんくんが最初から真面目に取り組んでいたら、パーフェクトだった可能性もある。つまり勝てていた試合だったかも知れないんですよ?」

「それは、たられば、の話だ。制御しきれない力は力としてカウントするものじゃない」

 学力、身体能力、特技のない生徒が戦力にカウントされないのと同じで、真面目にできない生徒も戦力ではない。どちらも違うようで同じものだ、少なくともこの試験では。

 もちろん、高円寺を突き動かすだけの説得が出来なかったこちらサイドにも問題はある。

 これで2勝3敗。オレたちCクラスはがけっぷちに立たされたことになる。

「あと2種目でこの特別試験も終わってしまうのですね。実に残念です」

 もっとこの時を楽しんでいたい、そんなさかやなぎのため息が聞こえてくる。

「今となっては、何勝であるとか何敗であるとか、さいなことのように感じます」

「だったら、勝ちを譲って欲しいところだ」

「残念ながらそうはいきません、真剣勝負ですから」

 さかがみ先生の進行により、第6回戦の抽選が始まった。

 ここでもAクラスの種目を引き当てるようなら、こちらの負けは避けられない。

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