ようこそ実力至上主義の教室へ 11

〇クラスに欠けているもの



 対決するクラスが決まった翌日。

 話し合いは昨日と同じく放課後にされるのか、この日の昼休みは特に制限はなかった。

 いつものあやの小路こうじグループで集まり昼食をとることに。

 すぐに教室の端で合流し移動を始める。

「昨日の話し合いはどこまで進んだんだ?」

 オレは友人たちに、気兼ねなく昨日のことについて話を聞くことにした。

 司令塔の集まりによる対決クラス決めは、説明等含め1時間ほどだったが、クラスに戻った時には既に生徒たちは帰路に就いた後だった。

ほりきたさんから連絡受けてない? ……のも無理ないかも」

 歯切れの悪いあいの言葉。少しして話し出す。

「種目のマニュアルがあったじゃない? 結局、皆ルールを把握するので四苦八苦で……」

「話し合いにもならなかったんだよ。完全に時間の浪費をしてる」

 あきれるようにけいせいがため息をひとつついた。

 昼休みの間のてんだけでは理解が浸透しきらなかったようだ。いったんルールの把握だけで話し合いが終わったのか。Cクラスらしいと言えばらしい。

「それに、問題はクラス内だけじゃない」

「どういうこと? ゆきむー」

「大勢の生徒が一度に集まれる場所は、学校の敷地内じゃ限られてるだろ?」

「そりゃ、カラオケやモール内のベンチとかじゃ40人は無理よね。それがどうしたわけ?」

「昨日の話し合いが終わった後、俺が一番最初に教室を出たんだが……その時Aクラスの生徒が何人かいたんだよ。Cクラスの傍の廊下に」

 それがどうかしたの?とあいは不思議そうに顔を見合わせる。

 あきも分かっていなかったようだが、少しして気がついたようだった。

「……スパイってことか」

「そういうことだ。今回の試験はクラスで決める情報がモノを言うだろ? Cクラスの話し合いに聞き耳を立てるだけでも、ある程度情報を拾うことが出来る」

 どんな種目が選ばれそうか、あるいは誰が何を得意であるか。

 1つでも多くの材料を手に入れておく方が優利に違いない。

 既に戦いは始まっているということだ。

「その観点から見ればCクラスは早くも出遅れているってことさ」

「こっわ。さかやなぎさん、もう仕掛けてきてるんだ」

 ぶるっと身震いするように波瑠加が自分の両腕をさする。

「じゃあ私たちもさ、Aクラスから情報を集めた方がいいんじゃない? 目には目を歯には歯をってヤツでさ」

 逆にやり返してやればいいと波瑠加が言う。

 しかし、けいせいあんこうていすることはない。

「それが簡単にできるなら苦労しないんだろうけどな」

「え?」

「多分俺だけじゃない。ほりきたとかも分かってるはずだ、そんなことをしても無駄だって。あのAクラスが、今更教室に40人近く集めて話し合いをすると思ってるのか?」

 まとまりを欠くCクラスでは、何をするにしてもまずは統一するところからがスタート。

 Aクラスのように坂柳たち上位一部の生徒が全ての方針を決めるスタンスではない。

 誰が司令塔をするのか、誰が種目を考えるのか、誰が情報収集をするのか。

 向こうサイドは試験が始まった瞬間に役割が決まっている。

 仮にCクラスのような話し合いが教室で持たれるとしても、ていさつするために2、3人見張りを立てておくくらいはしているだろう。

「でもさ、一応探りくらい入れてもいいんじゃない? 油断してるってこともあるかも。案外堂々と教室に集まって話し合いしてるかもよ?」

「もしそうだとしたら、俺は逆に怖いな。そこで流されてる情報のしんぴよう性を疑う」

 聞き耳を立てた情報が偽物だったなら、時間を浪費することにしかつながらない。啓誠の考えは的を射ている。情報は隠すモノだし、隠されていない情報は疑うべきだ。

「だけど情報戦をやること自体は絶対に必要だ。肝心なのはその方法、だな……」

「私たち……勝てるのかな?」

 既に包囲されているような感覚に陥ったのか、不安げなあいがそうらす。

「今の時点じゃ、一歩も二歩もリードされてると見た方がいいな」

 何も決まっていないCクラスが優位な部分は1つもない。

「でも、まさかAクラスと戦うことになるなんてねー」

「悪いな。クジに負けたからだ」

 実際はオレが勝っていてもAクラスを選んでいたわけだが、表面上謝っておく。

「あ、いや、それは違うって! ごめんごめん! 全然きよぽんは責めてないから!」

 想像以上にが謝罪を重く受け止めたのか、慌てた様子を見せた。

「4分の1の当たりクジをつかんで来いは、流石さすがに厳しいぞ波瑠加」

 そんな言葉があきからも飛んできて、波瑠加がしゆくする。

「だ、だからそういうつもりで言ったんじゃないってば……」

 状況を変えたいと思ったのか、少し考えた後。

「ちょっとくらい手を抜いてくれればいいけどね。Cクラス相手にするわけだし、みやっちだってそう思うでしょ?」

「手加減ねえ……そんなタイプに見えるか? あのさかやなぎが」

「……全く見えない。やまうちくん潰しだけじゃなくて、徹底的にCクラスをいじめそ」

 げんなりとして、波瑠加が天井を見上げた。

「しかし災難続きだなきよたかは。こんな状況で司令塔なんて」

 けいせいが労をねぎらうように、こちらの肩をたたいてきた。

「まあ、プロテクトポイントがあるのは事実だしな。オレが司令塔に立つ以外に選択肢はない。負けたいわけじゃないが、誰も退学になる心配がないのは正直ありがたいところだ」

 今オレに出来る、友人たちに向けて送れる言葉はこんなところだ。

 どんな理由があるにせよ、身勝手にAクラスとの対決に導いてるわけだしな。

「対戦相手がAクラスなんだ、仮に負けたって清隆の責任にはならないさ」

「司令塔で坂柳さんも出てくるわけだしね」

 下馬評は100人のうち99人は坂柳勝利に乗っかるところ。その点でも、負けたところでオレの立場がクラス内で変わることはない。逆に勝利したとしても、ほりきたのリーダーシップ、みつな戦略が功をそうしたと評されるにとどまるよう動くだけのこと。

「まあ……勝つのは難しいだろうな」

 腕を組み、啓誠もどこかあきらめたように息を吐く。

 しかし、その中で明人が思いがけない発言をする。

「Aクラス相手だからって、絶対に勝てないってわけでもないだろ」

「そう……なの? いや、私だって負けたいわけじゃないけどさ……」

「秘策ってわけじゃないが、Aクラスから勝利をもぎ取る方法はあるんじゃないか?」

 そんな風にあきは言い説明を始める。

「この試験が発表された時、俺も上位クラスと戦うのはちやだと思った。でも、いけの発した偶然から、ちょっとした勝機をいだすことが出来た」

「池くんが言ったこと? って、もしかしてじゃんけんのこと?」

 思い出したようにが言うと、明人がこうていするようにうなずいた。

「馬鹿みたいな種目だと最初思った。けど、運の要素が左右する種目なら、誰が相手でも必ず5割前後の勝率があるってことだ。ババ抜きでも大富豪でもいい、運が大きく左右する種目を5種、当日に持ち込むのも悪くないんじゃないか、ってな」

 そんな明人の説明を受けて、波瑠加が目を輝かせる。

「その戦略で戦えばAクラスでもBクラスでも、互角に戦えるじゃない!」

「そうだね! 私もそれ、悪くないアイデアだと思う!」

「いや……そう甘くはない」

 喜ぶ3人とは対照的に、その戦略をけいせいが冷静に受け止める。

「ちゃんとした計算をしてみないと分からないが、この戦略で勝てる可能性は5%から10%あるかないか、そんなところだろうな」

「ええ? たったのそれだけ? そりゃ、きっちり50%とは言わないけどさ、20、30%くらいは勝てそうなものじゃない? 5種目選ばれて、4勝するって難しいこと?」

「波瑠加の言ってるような展開になるには相当な運が必要だ」

 勝負する7種目の内5種目がCクラスの種目になり、かつ運よく自分たちの種目で4勝以上する可能性。各種目の勝率を5割で計算、それを確率として導き出したら……。

 頭の中でその確率を計算していく。

 7種目の内、自分たちの5種目が全て選ばれる確率が8・33%。

 5種目戦って、50%の勝率で4勝以上する確率が18・75%。

 その2つをくぐけて導き出される結論。1・56%。

 5%どころじゃないってことだ。運だけで勝ちを狙うのは得策とは言いがたいだろう。

 とは言え、これはシンプルな面だけを見た、運で4勝以上するための計算式。

 実際には様々な要因が絡まり合って確率は変動するが、戦略と呼ぶにとぼしいモノであることに違いはない。

 それなら多少リスクを負ってでも、自分たちの得意な分野を種目にすべきだ。

 5割の運に頼るような種目は少ない方がいい。

「ダメか。いや、もしかしたらと思ったんだけどな」

 見通しが甘かったと明人がほおいた。ふとあいがこっちを心配そうに見ていることに気付く。視線を合わせると一層心配そうな顔をした。

きよたかくんは……その、大丈夫? 司令塔───」

 Aクラスに勝つことの難しさが露見するにつれ、そんなことを思ったらしい。

「そうよきよぽん。プロテクトポイント持ってるからって、無理しなくて良かったのに」

 あいの言葉に半ばかぶせるように言ってきた。

「波瑠加の言う通りだ。少なくとも俺たちは、おまえがさかやなぎつながってたなんて思ってなかった。そうだよな?」

 全員がうなずいてみせてくれた。信頼されるというのは悪い気がしない。

「そりゃさ、色々疑ってたクラスメイトもいたみたいだけど、ほりきたさんの説明でほとんど納得できただろうしねー。っていうか、最初はプロテクトポイントってすごく良いモノだと思ったけど、なんか持ったら持ったで厄介なものよねー」

「プロテクトポイントを手に入れられる人がうらやましいって思ってたけど、きよたかくんをみてると、私もやっぱり同じような立場になったら、すぐに使っちゃうような気がするの」

 誰もが野ざらしの中、1人だけ安全けんにいるという事実。生半可な気持ちじゃその安全を保持し続けるのは簡単なことじゃない。弱気な愛里に対してけいせいは腕を組んで否定する。

「俺は周りになんて言われようと、プロテクトポイントを吐き出したりはしないけどな」

「でも、それでクラスメイトの反感とか、ねたみとか、うらみとか買っても?」

「そもそも大前提が間違ってる。実力で勝ち取ったモノにとやかく言われたくない。むしろ自分を守るために、清隆は意地でも保持しておくべきだったんだ」

 まるで自分が人柱になったかのように、ふんがいして啓誠は腕を組んだ。

 これまで沈黙していたあきがオレを見て言う。

「実際、Aクラス相手に戦うのは厳しいんだし、清隆が受けてくれたのはありがたいことだろ。他の生徒だったら、退学2号になったかも知れないんだぜ? それとも、啓誠なら司令塔に立候補できたか?」

「それは……まあ、そうなんだけどな」

 ただ、啓誠の釈然としない気持ちは分からないでもない。もっと有能な生徒を司令塔に据えて、確固たる勝ちを拾いに行く。そんな姿勢をしたかったのだろう。

「今回も退学なんて嫌なオプション付きだけどさ、それがなかったら、誰が司令塔に一番合ってたのかなぁ。やっぱり堀北さん?」

 首をかしげ何人か思い浮かべる様子を見せる愛里。

「まー順当よね。あるいはひらくんやくしさんとか? ゆきむーでもよかったかもね」

 司令塔として安定した結果を残せるであろう生徒の名前が挙げられる。

「平田、な……どうなんだかな」

 対Aクラスに関する話は、ゆううつになるだけだと思ったのか、明人が話題を変える。

「なあ啓誠、DクラスとBクラスの戦いはどう見る」

 同じ特別試験でも、もう一方の対戦チームについて言及した。

「十中八九勝つのはBクラスだろ。連携力が違うし、総合力は圧倒的に高いしな」

「そうよねー。司令塔も、やっぱりりゆうえんくんじゃなくてかねくんだったし」

 龍園のいないDクラスは恐れる必要がない。その感覚は恐らく合っている。

 しかし、いしざきたちDクラスは早い段階でBクラスと戦うことを望んでいた。その判断は意外とバカにできない。もしオレがDクラスを率いる立場だったなら、対戦相手に指名するのはBクラスだからだ。Aクラスはさかやなぎを筆頭に、かつらはしもとと油断の出来ない相手、そして学年でも高い学力を持つクラスメイトたち。Cクラスに関しては、オレと戦うことを好ましくは捉えていないはずだ。もちろん、表に一切出てこないことを期待する面もあるだろうが、Dクラスの優位性は基本的に学力ではなく身体能力。それを最大限生かすなら、やはりBクラスを選んでおきたいところだ。ただ、それは勝てるとか優位に立つとか、そういうレベルにまでは至らない。あくまでも負けない可能性を高めるため。

 実際にDクラスが勝てるかどうかは、ここからの選択、そして運次第だろう。

 まだ小さな芽が出てきたに過ぎない。

「あ、ちょっとアレみて」

 つぶやくようにが視線を向けた先。そこには食堂に足を運ぶひらの姿があった。

 その足取りは見るからに重くふらふらとして、ゾンビや幽霊のような動きに近い。

 瞳にはがなく、いつも明るかった平田とのギャップが大きい。

「重症……よね」

 それ以外に語る言葉などない、と波瑠加は小さく呟いた。誰よりもクラスのことをおもい行動してきた男。入学してからの1年間、誰一人欠けることなくクラスが機能してきたのは、まぎれもなく平田の功績が大きかった。

「今回の特別試験じゃ、まず平田は役に立たない。ただでさえAクラスと戦うのはきついのに、序盤から大きなハンデを背負ってるよな」

 やや冷たいようにも受け取れるけいせいの発言。

「私たちでどうにか───出来るわけもないよねえ」

 平田に対してのアプローチはそれ以外の生徒が頻回に行っている。

 今のところ、誰一人の言葉も届いていないのか、全く変化は見られないが。

 むしろはれものに触れてしまうことで、余計に被害が広がっているようにも見える。

 あやの小路こうじグループは平田と特別親しい人間はいない。

 そんなメンバーたちの声など、当然ながら届くはずがないと結論が出ている。

 だからこそ、啓誠のごとのようなセリフにも過敏に反応することはなかった。


    1


 いよいよ、本格的な話し合いが始まる放課後。唯一、すぐに席を立ったのは平田。

「平田くん!」

「ひ、平田くんっ!」

 何人かの女子が、一斉に平田に対して声を投げかける。その中にはみーちゃんもいた。

 だが、足を止めることはなく、もはやクラスがどうなろうと知らない。そんな姿勢。

 ただクラスの邪魔にはならないよう、登校し、授業を受け、帰路に就こうとする。

 そんなサイクルを繰り返していくだけなんだろう。

「待って、ひらくん!」

「待つのはあなたたちの方よ」

 追いかけようとするみーちゃんたちだったが、ほりきたの言葉にくぎを刺される。

「これから話し合いなのよ。これ以上人数を欠けさせるつもり?」

「で、でも……」

「今の彼は誰にもどうすることもできないわ。さあ、席に戻って」

 飛び出したい気持ちを押し殺させ、全員を着席させる堀北。

 今は頭を切り替えて、クラスの方針を固めていくのが最優先だろう。

「にしてもこうえん、残ったんだな」

 意外な男の参加に、どうが驚き交じりに言う。

「フッフッフ。私はこのクラスの仲間だよ? 当然参加するさ」

 白々しいことを、まるで当たり前のように言う。

「しかし、話し合いはこの1回で終わらせてもらいたいものだねぇ。私も多忙なのだよ」

「難しい相談ね。今回の特別試験は、一朝一夕で決められるものではないわ。仮に種目を決められたとしても、その種目で勝つための動きを長期にわたってしなければならない」

 きようだんに立った堀北が、真っ向から高円寺の希望をいつしゆうする。

 その堀北に対し高円寺はそれ以上反論せず、ニヤリと笑う。

 ひとまずはこの話し合いを聞かせてもらおうというスタンスを取るようだな。

「それならば、私は今回だけの参加になりそうだねえ」

 あくまでも、高円寺はブレない。クラスの方針がどうあれ、まとまって協力していく考えはないようだった。須藤が無言で立ち上がるが、堀北の視線を受けすぐに座り直す。ここでまためていたら、話がいつまでも前に進むことはない。

「私としては、次回も参加してもらえるようあなたに働きかけていくだけよ」

 そう諭すように語る堀北に高円寺は笑みを見せ、腕と足を組んだ。

 どうぞ話し合いをしてくれという合図だ。

「あのさー堀北。参加種目に関して素朴な疑問、聞きたいことがあるんだけど」

「何かしらいけくん」

 挙手した池が立ち上がる。

「合計で7種目戦うって話だけど、俺たちの出番はないんじゃねーの?」

「俺たち、とは誰を指していて、どういう意味なのかしら?」

「えーっと、まぁ簡単に言えばそんなにすごくない生徒のこと? 運動が特別得意なわけでも、勉強ができるわけでもない生徒はさ、出番なんて来ないんじゃないかなって。7種目全部が全部、大人数の種目になるわけでもないし。もし少数精鋭で勝てる種目だけを選んでったら、結構な人数が何もしないってことになるんじゃねーの?」

 どのクラスにも40人近い生徒が在籍している。

 1つ2つ多人数の種目が選ばれたとしても、7種目戦って20、30人。

 つまり組み合わせ次第では半数近くが種目に参加することはない、と言いたいようだ。

「そんなの分かんないじゃん。20人とかの種目になったら?」

 いけの意見に割り込むように、けいが発言する。

「バッカだなーかるざわ。サッカーでも1チーム11人で出来るんだぜ? それ以上必要な種目ってなんだよ。俺なんて1つも思いつかないぜ?」

「それは~……野球とか?」

「野球は10人だろ、サッカーより少ないし」

「野球は9人よ」

 ほりきたから鋭い指摘が、即座に飛んでくる。

「……まぁ、だから要は全然いらないってことじゃん」

「いやでもあるぜ? アメフトはサッカーと同じ11人だし、ラグビーは確か15人だ」

 10人以上必要となる種目を、どうが挙げる。

「いやでもさーラグビーとかやるかあ? 俺ルールも知らないぜ?」

 けしてマイナーなスポーツじゃないが、縁のない人間には全く未知の領域だ。体育の授業でやるものでもないしな。Aクラスの生徒だって例にれないだろう。

 今からラグビーの練習を始めるような展開はあまり想像できない。

 種目として申請しても通るか怪しい上に、誰にとってもメリットは少なそうだ。

「だからさ、俺たちの出番は来ないと思うわけさ」

「何が言いたいの?」

「その……こういう集まりとか、この後の練習とかいらないんじゃないかなって」

「楽をしたい気持ちは分かるわ。確かにやりたくもないことをやることになれば、精神的に負荷がかかるのは間違いない。それに、貴重な休憩や休みがけずられるものね」

「そ、そこまでは言わないけどさあ……」

「でも、私は全員が協力し合う必要があると判断しているの」

「理由聞かせれてくれよ。俺は納得できる話なら全力でサポートするぜ」

 須藤が言う。

「どれだけの人数が必要になるか、それは相手のルール次第だからよ。たとえば相手にバレーを提案されたとする。通常バレーは6人対6人のスポーツだけれど、ルールもある程度決める権利がある。時間制限30分の試合で、10分ごとに全員交代のルールが設けられたとしたら? 参加人数はどうなるかしら」

「えっと……6人が10分で交代だから……」

 それだけで18人。ほぼ半数の生徒が参加することになる。

 しかも、一度に必要な人数は6人のため、どの学年どのクラスでも問題なく参加可能なルールと言える。学校側も申請許可を出しやすい。

「もしそんな種目が1つじゃなかったら? ふたを開けてみれば、全員が2つ3つの種目に強制参加しなければいけない場合もある。それくらいの心構えは必要ね」

 もちろん、Aクラスの出してくる種目とルール次第だが。

 楽をさせないという意味では、フェイクでもその手の種目を混ぜてくるかもしれない。

「今はまだピンと来ない人もいるでしょうけど、これは想像以上に複雑な特別試験よ」

 種目一つ一つを切り抜けば、馬鹿らしいと思うものも出てくるだろう。

 いけが言ったじゃんけんや、トランプのようなたぐいの種目があってもおかしくない。

 何としてでも4勝するためには、かつこうをつけているような余裕はないからだ。

 どんな内容になろうとも、確実に勝てるだけの種目、そして人選が必要とされる。

「今日は長い時間拘束するつもりもないわ」

 というより、拘束してもすぐに良いアイデアが出るとは限らない。

「だから今日はひとまずこの場にいる全員に課題を出させてもらう。明日の放課後までに『自分が得意な種目』そして『絶対に負けない種目』があればそれを考えてきて欲しいの。個人戦チーム戦に関係なくね」

 5種目の内、必ず入れておきたいのが『1対1の種目』だ。恐らくどのクラスにとっても絶対に落とせない自信をもって挑むものになるだろう。しかし裏を返せば、落としてしまった時のダメージは計り知れない。他人には負けない特技や才能を持った生徒が望ましい。

「でも、学校側が認めるものじゃないとダメなんだろ? 基準がよく分かんないんだよな」

 マイナー過ぎる種目やルールは学校からノーを突き付けられる。

 その部分がハッキリしないのは多くの生徒が抱える問題だろう。

「今は気にしなくて構わないわ。学校に通せる種目であるかどうか、それは意見が出そろってから考えれば良いことだもの。今はどんな種目でも歓迎するわ」

「つまり格ゲーとか、カラオケとかそんなんでもいいわけ?」

「ええ。問わずよ」

 改めてほりきたが、その点を念押しして心配ないことを伝える。正しいやり方だろう。

 まずは自分が得意とするものを聞きだすことから始めるのは重要だ。

「得意なものが1つもない場合どうすればいいわけ?」

 から、堀北に質問が飛ぶ。

「自信のない人は白紙で構わないわ。自分が絶対の自信を持てない種目を採用するのはリスキーだもの」

 1つでも多くの種目は上がってきてほしいだろうが、厳選している時間はないってことか。今のところ堀北の判断に間違いはなさそうなので見守って大丈夫そうだ。

「いいのかね? そんなに早く話し合いを終わらせても」

「これだけ短ければ、次回も参加しやすいでしょう? こうえんくん」

「1回は1回さ。私が参加するのはね」

「……でも、今日出した『課題』はクリアしてもらわないと困るわ。そうでなければ、参加したとは言いにくいんじゃないかしら?」

「得意な種目を考えてくる、だったねぇ」

 顎に手を当て、笑みを崩さない。

「そうよ。あなたが1回は参加したというのなら、その結果だけは出してもらわないと」

 それが出来ないなら2回目も参加しろというほりきたの狙い。

 こうえんは優雅に立ち上がると、一言だけ堀北に告げる。

「私に出来ないことなどないさ。パーフェクトヒューマンだからねぇ」

「どんな対戦相手が来ても、どんな種目であっても、あなたなら必ず勝ってくれる、そう確信していいのね?」

 半ば挑発であり、そして期待を寄せずにはいられない部分でもあるだろう。

 その問いかけに高円寺はなんと答えるだろうか。

「私が参加した種目で勝ちをもたらす。なるほど、それを約束すればいいわけだね?」

「そうよ。それが出来るなら、この特別試験あなたは好きにしていて構わない。今後話し合いに参加する必要はないし、こちらから何か意見を求めはしないわ」

「お、おいすず

 とんでもない話にどうが慌てるが、堀北は続ける。

「でも覚えておいて。あなたが不参加になった場合や、あるいは種目に負けた場合……その時は全ての発言に疑いを持つし、クラスメイトのあなたに対する不信感は急増する」

 悪くないアイデアだな堀北。こうすることで、高円寺を当日にフル活用しようという狙いだ。学力、身体能力共に一級品である高円寺だが、唯一の不安材料は性格。当日に休まれたり不真面目にされるくらいなら、今を我慢しようという算段だ。果たして高円寺はどう答えるのか。高円寺は教室を出て行きかけたが、足を止める。

「1つだけ言っておくよ。そんな言葉で私をしばれると思わないほうがいい。誰にも負けない天才であることは事実だが、その才能を君のために使うかどうかを決めるのは私自身だ」

 つまり、高円寺の答えは実質ノーに近いものと取れた。今後の発言を疑われようと、不信感が急増しようと関係ない。自分のやりたいようにやっていくというだけ。

 その言葉を残し、高円寺は再び歩き出すと教室を後にした。

「……一筋縄ではいかないわね、彼は」

「あいつ、マジでめてやがるよな……。何が誰にも負けない天才だよ。俺が対戦相手だったら、バスケでぶちのめしてやんのによ」

 須藤がそう毒づきたくなる気持ちは十分に分かる。

 に才気優れる人間がいたとしても、オールマイティーというわけにはいかない。

 実際、バスケで須藤と戦えば高円寺に勝てるのかという疑問はいてくる。

「彼が当日に働いてくれるなら、ある程度結果を残してくれるかも知れないわ。どれだけ響いたかは分からないけれど、今は様子を見るしかなさそうね。そうでしょう?」

「そうだけどよ……」

 確かにこうえんが負けるビジョンが思い浮かばないのも事実だ。あれだけの大言と自信を見せつけられると、あるいはという可能性も浮かんでくるだけに侮れないのも正直なところだ。どうもその点はよく分かっているだろう。

「けどよ、あいつが真面目に試合なんてやると思うか?」

「どうかしらね」

 真面目にやれば勝てても、真面目にやらなければ勝てない。


    2


 次の日。オレは朝登校してきたほりきたにこう告げられる。

ひら君に関しては、少なくともこの試験中は、戦力として計算しないことにしたわ」

 昨日、高円寺も参加した放課後の集まりを無言で拒否した平田。

 あの様子を見せられては、堀北がその決断を下すのも無理はない。

とうな判断だな。あてにするには不安要素が多すぎる」

 強引に参加させることが出来ても、逆効果になるだけだろう。

「この試験だけならまだいいのだけれど、場合によってはこの先もずっと続くわね」

 その心配は、けして大げさなものじゃない。

 復調を期待したいのは共通の認識だろうが、その方法は今現在不明だ。

「もし平田の離脱が仕方ないと考えるなら、退学してもらう道もあるんじゃないか?」

 オレがそう話を持っていくと、やや驚きながらも冷静に受け止める。

「それは……そうね、そういうことも、考えなければいけなくなるかも知れない。今回彼がぼうになって司令塔をやりたいと言い出さなかったのがせめてもの救いね」

 今回の特別試験で、平田が司令塔に立候補してくることも十分にあり得た。

 そしてわざと敗北し退学する。簡単なことだ。

 ただ、本人がこの学校に未練がないとしても、それで他人を困らせたいわけではない。

 だからこそ負けに行くための立候補はあえてしなかったと見るべきだ。

 今も大人しく生活をしているのは、退学することでクラスはマイナス査定を受けるからなのだろう。める時は他人に迷惑をかけずに辞める動き。

 しかしそれは、あくまでも『今現在』に限っての話だ。

「でも───いつまでも善人のままとは限らないわよね。いつ自暴自棄になるか……」

「そうだな」

 堀北が言う自暴自棄になってしまえば、平田もどう出るか分からない。

 退学ついでに、クラスを半壊に追い込む恐れだって絶対にないとは言い切れない。

「だからこそ、爆弾を抱えた彼には今、出番を与えたくないの。そして、誘発しないようにクラスをまとめ上げておきたい」

 Cクラスの中でのぶつかり合いこそ、平田が一番毛嫌いすること。

 それを避けるために、今回ほりきたは最初から積極的にかかわっている。

「大変だな」

「司令塔になったあなたも、これから大変になっていくのよ」

「全部任せる。司令塔の関与部分にしても、堀北なら適切にアイデアを出せるだろ」

 ジロリと薄眼でにらみつけられる。

「あなたそれでさかやなぎさんに勝てるの?」

「さあ」

「さあって……私は勝つつもりでいるの。もっと参加してもらえない?」

 そんなことは言われるまでも無く分かっている。

「オレがクラスに積極的にかかわって、種目のメンバーをどうするか決めたり、司令塔関与のルールを決めていくのか? その姿を想像してみろ」

 そう言うと、だんだんと堀北の顔つきがこわっていく。

「……恐ろしいまでに想像がつかないわね」

「だろ?」

 オレはあくまで、クラスにおいては日陰の存在。司令塔になってもそれは変わらない。

 いきなりアレコレと指示を飛ばしだす方がどうかしている。

 堀北がまとめ上げた戦略を基準にして、それを利用する形を取らせてもらおう。

 話をしていると、ガラッと教室の空気が変わるのを感じた。

 ひらが登校してきたのだ。多くの生徒が直視しないようにしながらも、気に掛ける。

「お、おはよう、平田くんっ」

 朝、遅刻ギリギリで登校してきた平田にみーちゃんが声をかけに行く。この場の悪い空気にめげない勇気のある行動だ。しかし相手にされず無視されてしまう。

 平田はそのまま誰に反応することもなく、静かに席についた。

 それでもみーちゃんは笑顔を崩さない。

「誰に想像できたかしらね、今のこの事態が」

「まったくな」

 みーちゃんの健闘もむなしく平田の孤独な時間は続いていく。

「それにしても、彼女だけは平田くんに声をかけることをあきらめないわね。彼とそれほど深い接点があったようには思えなかったけれど……」

 みーちゃんが平田に対して特別気をかけていることは、堀北も気がついている。

 そして、どうしてこんなことを続けるのか疑問に思い始めたようだ。

「優しいから、なんじゃないのか?」

「それなら、他の生徒に対しても同じように見せないとつじつまが合わないわ」

「確かに」

 やまうちが退学しそうな時に、もっとみーちゃんが親身になっていてもおかしくない。

 とするなら、やはり平田に声をかけ続ける理由は1つしかないだろう。

「恋、かもな」

「残された可能性はそれでしょうね……まったく、くだらない感情だわ」

 あきれたように腕を組んで、理解できないと左右に首を振る。

「クラスのリソースを彼に割かせるのも、制限をかけるべきかも……ね」

 一定期間、ひらのことは全員で放っておくという考え。

「それは難しいんじゃないか?」

「そんなことないわ。もう、彼女を除いて積極的に声をかける人はいないもの」

 どこまでも献身的なみーちゃんに対しても、無視を決め込む平田。

 ここで更に踏み込んでいける生徒は、確かにそう多くはないだろう。

「動機はなんであれ、何とか忘れてもらいたいものね」

 どうすればあきらめるのだろうかと、ほりきたは考える。

「ある程度なら、私も文句を言うつもりはない。でも、明らかに悪影響が出はじめてる」

「まあ、身が入ってないのは事実だろうけどな」

 それにクラスの雰囲気は、平田が絡むたびに険悪になる。

 平田に強く無視されたみーちゃんだが、再びめげずに平田に近づいていく。

「あのね平田くん、今日お昼に───」

 ランチを誘おうとでも思ったのか、そう声をかけに行ったみーちゃんだが……。

「もう放っておいてくれないか」

「っ」

 教室の中に、平田のやや厳しい言葉が飛ぶ。

 言葉を投げかけたみーちゃんに対して、平田が拒絶をあらわにする。

うつとうしいんだ」

 その声には冷たい感情しか含まれていない。

「そ、その、私……ただ、お昼を、一緒に、食べたくて……」

 懸命に笑顔を保とうとするみーちゃんだが、感情に押しつぶされ笑顔が崩れていく。

「食べないよ。君とは絶対に」

 これ以上ない、ノーをたたきつける平田。

 そんな平田を見たくない女子たちは露骨に視線を外す。

「ねえ、ちょっとようすけくん。それはいくら何でも言いすぎなんじゃない?」

 ここで、けいが動いた。いや、この状況で、動かざるを得なかったのかも知れない。

 恵の取り巻き立ちから、何とかできないかと頼まれた様子が簡単に思い描ける。ここで平田が引いてくれれば、恵のメンツも保てるし、ひとまずはクラスに落ち着きを取り戻せる。

 しかし───

れしく下の名前で呼ばないでくれるかな。僕とはもう何でもないよね?」

「そ、それはそうだけど。じゃあ平田くん、みーちゃんに強く言いすぎ」

 名前を訂正し、それでもけいかんひらに向かった。

 女子をまとめるリーダーとして、その役目をきっちりと果たす。

「普段君が取ってる態度に比べれば、さいな違いだよ」

 反撃を止めない平田。

「なっ……あ、あたしはクラスの為に───!」

「もう静かにしてくれるかな。じゃないと……分かるよね?」

 続けようとする恵の言葉を、平田は強引にふさぐ。

 もしこれ以上余計なことをするなら、何もかもばくする、そんなおどしじみた発言。

 少なくとも弱みを平田に見せている恵にしてみれば、そう捉えることは必然だ。

「何よ、あーウザい。もう知らないからね」

 こうなってしまっては、恵には取れるすべがない。

 く撤退する形で引き下がる。

「いつまで僕の傍に立ってるつもり?」

 あつなく恵を撃沈させた平田は、動けないでいる泣きそうなみーちゃんに追い打ちをかける。平田に全てを拒絶され、みーちゃんはうつむき加減に自分の席に座った。

 平田も、二度とみーちゃんから声をかけられることはないだろうと思ったはずだ。

「クラス全体の士気低下は、ひどいものね……」

こうえんは全く気にしてないみたいだけどな」

 重苦しい教室の中だが、1人の男だけは何一つ気に留めていない。

 平田とみーちゃん、そして恵との口論の中でも、自分の手入れに余念がない様子。

「どうしてウチのクラスは、こうも問題児ぞろいなの?」

 おまえもその1人に数えられてると思うけどな、という言葉は飲み込んでおいた。


    3


 どんなに空気が悪くとも、時間は等しく流れていく。

 授業が終われば、当然放課後がやって来る。

 2度目のクラス会議。正確にはオレが参加しなかった1回を含めて3回目か。

 試験が始まって既に3日目。そろそろ前に進みたいところだろう。

 平田は1人、今日もすぐに教室を出ていく。

 みーちゃんはすぐに迷いを見せる。

 そして奮い立たせるように一度立ち上がった。

 だが、足が一歩前に出ない。

 朝、平田に拒絶されたことがのうよぎったんだろう。

 立ち上がりかけた足が折れ、椅子に座り込む。

「それでいいのよ───」

 ほりきたざんこくだが、優しい言葉がオレの耳に小さく飛ぶ。今はひらにかかわらない方がいい。それが無難だと堀北やクラスメイトたちは分かっている。

 時折しつした男子たちが平田に不満をらすが、それも今は聞こえてこない。落ちて行った男を蔑むような連中ではないのか。あるいは平田だからこそ、悪く言えないのか。

「みーちゃん、今日話し合いが終わったらさ、一緒に帰らない?」

 くしが、そんなみーちゃんの精神状態を見越してか声をかける。

「こんな時は彼女が頼もしいわね」

「そうだな」

 困っている友人を放っておかない櫛田。

 平田を救えないのなら、せめてみーちゃんをという櫛田の方針。

 それが心証の点数稼ぎ、そんな動機であれ救いになるのであれば良いことだ。

 しかし、みーちゃんはうなずくことはなかった。

「では私もこれで失礼するよ」

 やはり、こうえんは参加する意思はないようで、平田の後に続き教室を出る。

 既に堀北からお墨付きが出ていると言わんばかりに、堂々とした様子だった。

 結局話し合いは37人で行われることになりそうだ。

 高円寺を見送った後、堀北は席を立つときようだんの前に立つ。

 それを横目に見ながらちやばしらも教室を後にした。

「さて。全員自分が得意とするものを考えてきてくれたかしら」

「待ってくれ。話し合いの前に気を付けたいことがあるんだ」

 話し合いの前、一番初めに挙手したのはけいせい

「何かしら、ゆきむらくん」

「オレたちCクラスの話し合いを、盗み聞きされるのを心配してる」

 教室をめきっていても、すぐそばの廊下に張り付かれれば声は聞こえてくる。

「そうね。この学校では、まともな話し合い一つすることすら許されないわね」

「対策を立てるべきじゃないか? たとえば見張りを何人か立てるとか。何もせずに堂々と話し合うのは、正直問題だと思う」

「ええ、その通りよ」

 既に分かっていると、堀北は頷く。

「でも見張りを立てることが対策になると私は思わない」

「……どうして」

「見張りを立てて、教室に近づくなと警告でもするつもりかしら? 廊下は生徒全員が平等に使うことの出来る共有スペースよ。いえ、もっと厳密に言うならこのCクラスだって例外じゃない。他クラスの生徒を拒絶するだけの権利は持っていないもの」

 もし通るのをぼうがいすれば、その点にクレームを付けられる可能性もあると堀北は言う。

「だから見張るだけ無駄ということ」

「なら、ここで話し合うことを全部筒抜けにさせるつもりなのか? 誰が何を得意で不得意としてるか、そんな情報をタダで与えるのは百害あって一利なしだ」

「それに関しては、これを使うことで解消するわ」

 ほりきたが取り出したもの。それは携帯電話だ。

「クラス全体のグループチャットを作って、この特別試験専用の議論を行うの。口頭で意見を交わしつつも、重要なことはここでやり取りをする。そうすれば他クラスが盗み聞きをしていようとも問題は生じないわ」

 そのアイデアを聞き、けいせいも納得したようにうなずく。

「なるほど……それなら大丈夫そうだな」

「じゃあ、私が全員にコンタクトを送って作ってもいいかな?」

 そう申し出てきたくしに、堀北も反対しない。

 唯一クラス全員の連絡先を知っている生徒と言っても、過言じゃないからな。

「あの───」

 堀北と啓誠の話の途中、みーちゃんが立ち上がる。

「ごめんなさい。今日、私……その、用事があるので……」

「それって……ひらくんを追いかけるの?」

 櫛田の問いかけに、小さく頷いたみーちゃん。

 重たいはずの足を動かし、歩き出して平田を追おうとする。

「待ちなさい。今そんなことをしても意味ないわ」

「それ……どういう意味ですか」

 堀北に対して、みーちゃんが思いがけず強い口調で問い返した。

「彼は今役に立たない。あなたまで引きずられるわよ」

「私は、私は平田くんを見捨てたくないんです」

「見捨てるとか見捨てないの話をしているんじゃない、今はそっとしておくというだけよ」

「なら、いつになったら平田くんを助けてあげるんですか」

「……それは彼次第よ」

「違う。そんなの、違う、私は違うと思いますっ」

 そう言って、みーちゃんは歩き出した。そして制止を聞かず教室を出て行く。

「全く───今は放っておかないといけないのよ」

 誰一人、当然みーちゃんを追うはしない。

「私も少し席を外すわ。全員帰らずに待っていて」

 みーちゃんを追いかけ連れ戻す意思を示し、堀北までが教室を出る。

 他人に任せておいてもダメだと思ったんだろう。

「めちゃくちゃだな……平田のせいでまともに話し合いも出来ない」

 そう啓誠が毒づきたくなるのも無理はない。

 結局、オレたちは3日目にしてまだ何も進みだせていない。オレは席を立つ。

「おいあやの小路こうじ、おまえまで追うつもりかよ。すずは待てって言っただろ」

 どうにそう注意される。確かに、こんな風に一人一人が抜けていてはひどくなる一方だ。

「分かってる」

「分かってるって、オイ!」

 廊下を歩きだしたばかりのほりきたに、声をかけ呼び止める。

「堀北」

「……動かないよう指示したはずよ」

「みーちゃんを強引に連れ戻すつもりだろうけど、おまえが動く必要はない。オレが行ってくる。おまえはクラスをまとめる役目だろ」

「あなたも司令塔。けしてごとではないのよ? クラスの戦力を分析しなければ、司令塔としての力は発揮できないの」

「その辺は、あとでおまえに考えてもらえばいいだろ。どうせオレには何もできない」

「そういう問題じゃ……」

「おまえにひらの問題が解決できるのか?」

「それは……」

「放置しておくのが得策だと考えてる人間が追うことじゃない」

 平田が壊れることになった1つの要因である堀北は近づくべきではない。

「だったら、解決……できると思うの?」

「周りの努力次第だ」

「それで解決するなら、とっくに解決していなければおかしいわ」

 みーちゃんだけじゃない。多くの生徒が平田のことを心配し声をかけてきた。

 そして効果が一切表れていないことを確信したからこそ、堀北はみーちゃんの行動を疑問視し始めている。

「まあ、後でな。みーちゃんと平田を見失ってしまう」

「早く戻ってくるのよ」

 母親のように送り出される。歩き出すと、バッタリとはしもとそうぐうする。

 単なる偶然……ではないだろう。オレたちCクラスへの監視目的で近づいてきたか。

 今のオレと堀北との会話も聞かれていた可能性はある。

 橋本は驚いた様子はなく、どこか面白そうに笑って声をかけてきた。

「よう綾小路」

 とはいえ、ゆっくりと話し込んでいる暇はない。

「悪いな、今ちょっと急いでるんだ」

「クラスメイトを追いかけてるなら、あっちの方に走ってったぜ」

 軽くうなずいて答え、オレはみーちゃんの後を追う。

 ここ2日間の平田の行動は全て同じだ。

 放課後に誰とも会わないために一目散に寮の自室へと戻るのは間違いないだろう。


    4


 学校を出て間もなくして、まずはみーちゃんの姿を見つける。

 そしてその先に、ひらの帰っていく背中も。

 あの場で勇気を出して飛び出した割には、平田に声をかけられずにいるようだ。

 拒絶された今朝のことが、のうにこびりついて離れないのだろう。

「声、かけないのか?」

「……あやの小路こうじくん」

 みーちゃんがオレに気づく。

 オレはみーちゃんに並んで歩きだし、平田の背中を見つめる。

「ちょっと、尻込みしてしまって……」

 今朝声をかけて、拒否されたばかりだもんな。

「ならどうして追いかけてきたんだ。他のやつは大体あきらめてる」

「それは……どうしてだろう」

 どうやら、深くは考えていなかったらしい。

 自分が平田を追いかけ続ける理由を考えるみーちゃん。

 単に平田が好きだから、という理由だけではないだろう。

 しばらく悩んだ後、答えを少し見つけたのかみーちゃんが話し出す。

「皆、今の平田くんはそっとしておくべきだって言う。でも……私、それは違うと思うんです。苦しい時、つらい時だからこそ、助けてあげなきゃいけないんじゃないかって……」

 だから追いかけてきた、と言う。

「それでみーちゃんが嫌われることになってもいいのか?」

 一度だけならいいが、繰り返していれば平田の対応はどんどんとキツイものになる。

 怒鳴られるようなことにだって、ならないとは言い切れない。

「……嫌」

 平田からの拒絶を思い出して、みーちゃんが首を左右に振った。

「嫌だけど……だけど、私が嫌われることで、少しでも平田くんが、自分は一人じゃないって感じてくれるなら、救われるって後ででもいいから、思ってくれるなら……嫌われたって平気です!」

 強がり。心がくじけないための強がり。

 だが、その瞳の力強さだけは間違いなく本物だと思えた。

「私は間違ってますか? 綾小路くん」

「いや。正しい」

 今、平田のことを放置することは、けして事態を好転させてはくれない。

 そんなことをすれば、あいつは深い闇にとらわれ抜け出せなくなる。

「なら声をかけるか」

「はいっ」

 みーちゃんが重くなっていた足を、再び前に。

 そしてけ足でひらとの距離を詰めていく。

 後でほりきたには怒られることになるだろうが、今はこうしておくのがベストだ。

 どこまでも『平田を追い込む』には、ああいう優しさが一番ダメージを与える。

 そして近いうち、あいつの心は壊れて、強引に退学する道を選ぶだろう。

 一人で教室近くに戻って来ると、はしもとが携帯をいじりながらオレを見つける。

「よう」

「Cクラスからの情報はれそうか?」

「いや、残念ながら。肝心な部分を携帯で話されたんじゃ、手の打ちようもない」

 肩をすくませる橋本は、携帯をう。

 携帯を使う戦略は聞き耳を立てていてわかったようだ。

「おまえが戻って来るのを待ってたんだ。どうだったんだ? 追いかけた成果は」

「見ての通り、空手だ」

 みーちゃんを連れ戻せなかったことをアピールする。

「なかなか一枚岩になれなくて、大変そうだな」

「大変なのはそんなクラスをまとめてる堀北だ」

「プロテクトポイントを持ってるからって、おまえが司令塔になる必要はあったのか?」

 じようぜつに絡んでくる橋本。こちらから1つでも情報を引き出す狙いか。

「相手はAクラスだ。まずウチのクラスに勝ち目はない。退学が必然となったら、ゆうのあるオレがなる以外に選択肢はないと思う」

「なるほど、確かにそうだな」

 どこか納得のいってない様子の橋本だったが、あきらめたように歩き出す。

「軽くていさつには来たが、無駄だからめとけとウチの姫様には言われてたのさ。それでも俺は拾える情報は拾っておこうと思ったんだが、流石さすがにそこまでバカじゃなかったか」

 軽くオレの肩をたたいて、橋本はどこかへ歩いて行った。その背中を見送った後、種目決めの話し合いが始まっていた教室に戻る。みーちゃんを連れ戻せなかったことを目で堀北に伝えつつ、着席。そのことに関しては、堀北から突っ込まれることはなかった。

 携帯では既に得意不得意の話し合いがそれなりに進んでいるようで、半数以上の生徒からの回答が出ている状態だった。

 オレの知っている知識、そしてけいの補足で理解できるイメージ通りの流れのようだ。どうはバスケ、でらは水泳、あきは弓道、といったようにまずは各々得意とするスポーツが並んでいる。続いて堀北やけいせいのような学力に自信のある生徒は、特に高得点を取れる科目を挙げているといった形だ。ただ、スポーツの一点特化と違って学力勝負は相当な実力がないと種目にするにはハードルが高い。

あやの小路こうじくん、廊下に他クラスの生徒はいたかしら」

「さっきまではいたみたいだが、携帯を使って会議を始めたのに気付いて帰ってった」

「そう。当然と言えば当然ね」

 今、ていさつがいないことを流れから理解したどうが動く。

「バスケ、バスケは絶対に入れてくれ!」

 ほりきたじかだんぱんする須藤。

「あなたの実力は疑わない。どのクラスの相手であっても負けることはない。そうね?」

「バスケには色んな戦い方がある。1on1を選んでくれりゃ、必ず1勝を取って見せるぜ」

 バスケットの本来のルールは、5対5でコート上で行われるモノだ。

 だが、派生ルールはいくつか存在する。須藤が提唱する1on1もその1つ。ルールを手堅くすれば十分種目として認定されるだろう。

「そうね。あなたのバスケット選手としての実力は、疑いようがない。1対1なら、まず間違いなく1勝をもたらしてくれると思っているわ」

「絶対だ」

「でも、今回の特別試験、そう簡単にはいかないの」

「な、なんでだよ」

「1対1に特化した種目は1つしか選べないからよ」

 種目を決めるルールの上で『種目参加の人数が同じものは選べない』とある。

「もし1対1の種目が幾つでも許されるのなら、特化した人だけを選べばいいものね。ウチのクラスには水泳が得意なでらさんがいる。勝つためなら彼女に1対1で水泳勝負をしてもらう形でも解決するもの」

 それで手堅く1勝を取ることが出来る。

 もちろん、男子をぶつけてくるリスクはあるが、小野寺のタイムなら十分に勝負できる。

「英語の勝負なら、ワンさんは常に満点に近い成績を収めている。そんな風に、1対1に特化させた戦い方で勝つ可能性の高い生徒は、少なからずこのクラスにいるのよ」

 勝利をもたらせると思っていた須藤の顔が、少しだけくもる。

「私はバスケットの初心者だから、単純に興味本位として聞くわ。仮に正規のバスケット、つまり5対5で勝負したとして。あなた以外の4人を運動の得意じゃない女子で固める。そのチームでどんな対戦相手が来ようとも勝てる?」

「正直、弱いチームなら俺1人で勝てる自信はあるぜ……。けど、バスケ経験者が混じって来るとなると……絶対とは言い切れねえ」

「正直者ね。ここで無意味に勝てるとごうしないあなたを、私は素直に尊敬するわ」

 だからこそ、と堀北は前置きする。

「あなたも良く考えて。バスケットの種目を捨てるのは確かにしい。なら、5対5で、かつ最小限の戦力で絶対に勝てると思うメンバーを選んで。そのうえで私が納得できたなら、1種目として学校側に提出することを約束する」

「……分かった」

 真正面からほりきたの話を受け止めたどうが、うなずく。

 そして自らのシミュレーションをするため、席に戻って行った。

 難しいところだ。須藤は運動神経が良い。バスケットで使うことが最大限力を発揮できるのは間違いないだろうが、他の使い方も出来る生徒。

 今回のような試験では、多くの場面で強カードの役目を果たしてくれる。

 あんに1対1で消費してしまうのはしいという考え方をしておくのも大切だ。

 それに、バスケットを種目に入れるかは、最後まで冷静に見極めたいところだろう。仮に5対5で勝てる可能性が見えてきても、相手だってバカじゃない。10種目の中にバスケットがあれば須藤が出てくることを読まれてしまう。

 手堅い5人で固め、須藤対策をして勝ちを拾いに来ることもあるだろう。逆にその1戦だけは完全に捨てて残りを拾いに行くこともある。

 と、堀北たちはこんな話をこれから延々と繰り返していくことになる。

 オレは携帯でチャットを見ているフリをしながら、ルームを閉じた。

 どうせオレは司令塔。得意不得意を聞かれることはない。

 この話し合いには形だけ参加するが、詳細は全て堀北に任せる方針から変わらない。

 1時間ほどやり取りをし、全員から意見を集め終えた堀北。ここからは全体で集まるというよりも、堀北が個別に詰めていく形にシフトしていくんじゃないだろうか。


    5


 木曜日、平日の通学路の朝。

 春が近づいてきたとはいえ、今日は例年よりも気温が低く寒い一日になるようだ。

「おはよーおはよー、寒いねー」

 背後で、そんな元気な声が聞こえる。

 オレが話しかけられているとは思わず、無視して歩いていると慌てた声に変わる。

「ちょ、ちょっとちょっと~? あやの小路こうじくん?」

 どうやら、おはようと声をかけられたのはオレらしい。

 振り返った先にいたのはBクラス担任のほしみや先生だった。

「待ってってば~」

 冷たい手がオレの手をつかまえる。

 女教師が自然と男子生徒の手を掴むのは如何いかがなものか。

「すみません。話しかけられてると思わなかったので。何か用ですか?」

「用がないと話しかけちゃダメ?」

 手を掴んだまま、上目遣いに見上げてくる。

 明らかに自分が可愛かわいいと分かっている人種の行動だ。

 普段、くしの一挙手一投足を見ていたせいか、そんなことが分かり始めた。

「そういうわけじゃないですが……」

 少し強引に腕を引いて、ほしみや先生の手を振りほどく。

 そんなオレの仕草を見て、かははーん、と悪い笑みを浮かべてきた。

「ねえねえ。流石さすがに彼女くらいできた?」

「いえ全く。出来る気配もありませんけど」

「えーそうなの? こんなに恵まれた環境なのに、もつたいないなー」

 どの辺りが『こんなに恵まれた』なんだろうか。

「あー分かってないなー」

 それじゃダメよ、と星之宮先生がオレの耳元にささやく。

「この学校の生徒たちは、すごーく恋愛しやすい環境にいるってことなの」

「どうしてですか」

 聞き返すと、星之宮先生は少しだけ引いた。

「本当に分からないの?」

「はい、全く」

 オレがこうていすると、星之宮先生はポンポンと肩を二度三度とたたいた。

「なんか、一周回ってあやの小路こうじくんが違うベクトルで可愛かわいく見えてきたかもっ」

 いや、全然さっぱり、この人が何を言いたいのかが分からない。

「先に断っておくけど……私は今の状況をなげいてるのよ。前から思ってることなんだけどね、同じ寮で男女が暮らしてるのは問題だと思うのよー」

「そうなんですか」

 部屋が別々なのだから、全く問題ないように思えるが。息がかかりそうな距離から逃げるように離れる。すると、また星之宮先生は距離を詰めてきた。

「これは私の友達に聞いた話なんだけど、ある企業に就職した子たちは、会社の寮で2か月の研修を受けるのが伝統だったの。部屋は2人1組で、もちろん男女は別々ね」

「はあ」

 離れようとするたび、次はもっと詰めてくるのであきらめて話を聞くことに。

「でも、2人で同じ部屋を使うとトラブルも起きやすくて。ある男の子は大の納豆嫌いで、臭いを嗅ぐのはもちろん、見るのも嫌。だからルームシェアする子に一番最初に言ったの。『俺の前では納豆は絶対に食べないでくれ』ってね。でも言われた男の子は納豆が大好きだった。納豆が嫌いって言っても、強引に食べさせなきゃ問題ないだろうってことで、シェア初日に納豆嫌いの子の前で納豆を食べちゃったのよ。その結果、納豆嫌いの子は怒って寮を飛び出しちゃったってわけ」

 この人は一体何が言いたいのだろうか。男女が同じ寮で暮らすこととは関係性が薄いように思える。

「関係ない話してると思ってるでしょうけど、これが大切なの」

 そう言ってほしみや先生は続ける。

「このことが企業にバレちゃってね。その年でルームシェアの制度はてつぱい。翌年からの新社会人には1人部屋が与えられることになったってわけ。ちょうどこの学校の寮みたいにね。そしてその結果、前年とその年とで大きな変化が起きた。なんだと思う?」

「そこで男女の問題が出てくるんですか」

「そ。ルームシェアをしてる時は、カップルが出来ても精々1組か2組。ところが、1人部屋になった途端カップルは7組も8組も出来ちゃったのよ。ルームシェアしてるとさ、意中の子が出来て部屋に遊びに行っても、もう1人邪魔者がいるわけじゃない? 変にうわさも立ちやすいから、皆警戒しあって恋にまで発展しない。だけど───」

 1人部屋なら気兼ねなく男女が、しかも内密に会うことが出来る。

「恋愛に発展する確率もグンっと上がるわけ」

 だから、まだ彼女がいないということに驚いているのか。

「ならお聞きしますけど、実際のところ彼氏彼女が出来てる生徒は多いんですか?」

「それが、今年は特にそうでもないのよねー」

 オイ。なら、それでオレにとやかく言うのは間違っているのではないだろうか。

 星之宮先生にそれを言ったところで無駄そうなので、奥にしまっておく。

「先生の理論が間違っているのでは?」

「それはないっ」

 確信を持って、否定する。

「今が学生にとって、に恵まれた環境であるかが分かってないのよ」

 ポジティブなのか何なのか。

「いつか後悔するから、今のうちにしっかり恋愛しておいた方がいいんじゃない?」

 この人は、本来勉学に精を出すべき生徒に何を吹き込んでいるんだ。

 色んな教師がいるのは百も承知しているが、ある意味一番見えないかも知れない。

「あの、聞いても良いですか」

「え? 年下がどこまで許容範囲かって? ごめん、流石さすがに高校1年生はちょっと……」

「一言もそんなことは言ってません」

「分かってるって。今のは笑うところだからね?」

 笑うところだったのか。謎の勢いにペースが流されてしまう。

「何々、聞いて聞いて」

 自分から話の腰を折っておいて、強引に戻して来たな。

「恋愛推奨してますけど、他クラス間の生徒同士の恋愛とかになると大変そうですよね」

「どうして?」

「クラス同士競い合うわけですから、トラブルの種にもなるでしょうし」

 当たり前に行きつきそうな考えを話すと、先生の目が光ったのが分かった。

「それがまたいいんじゃな~い!」

「……はい?」

「本来なら自分のクラスのために全力を尽くすわけでしょ? でも、自分の彼氏彼女はライバルの他クラスにいる。だからこそ、そこに苦悩やかつとうが生まれる。ドラマが生まれる」

 自分で自分の言ったことに感動し、繰り返しうなずく。

「当たり前の関係性が複雑に絡み合えば、より競争は激化するでしょ?」

「それは、まぁそうかも知れませんね」

 実際そうなるだろう。恋人のために裏切る存在が出てきてもおかしくはない。

 そしてそれを全て把握し管理することは、事実上不可能だ。

「何を話している」

うわさをすれば何とやら、ね」

 噂? 妙なことを口にしたほしみや先生。本人にその自覚は全くなさそうだが。

 星之宮は話を打ち切り、オレから少し距離を取った。

「ただの世間話よサエちゃん。そんな怖い顔しないでもいいじゃない」

「ウチの生徒だ」

ずいぶんあやの小路こうじくんを気にかけてるみたいだし。ま、でも彼が有能かどうかは、もうすぐ特別試験で分かるけどね。学年一優秀だって噂のさかやなぎさんと戦うんだし」

「だったら、今ここで無理に絡む必要はないだろう」

「あ、それは確かに。さっすがサエちゃん」

 ちやばしらをからかい、星之宮先生は笑った。意味もなくオレに絡んできていたわけではないらしい。星之宮先生が去った後、茶柱は何となく横目でオレのことを見た。

 何を話していたかが気になっている様子だ。

「何話してたか知りたいですか」

 通学路ということもあり、オレは気を遣って話しかける。

 茶柱は何も言わずこちらから続く言葉を待っているようだった。

「ルームシェアの話ですよ」

「ルームシェア? ……また、くだらないことを」

 どうやら、茶柱にもルームシェアが関連した話に覚えがあるらしい。

 要は先ほどのある話の企業というのはこの学校のことだと考えられる。

 そして、元々は1人部屋、ではなくルームシェアの形を取っていた。

 ま、裏を取ろうと思えばすぐに取れそうなことだが、オレにはどうでもいいことだな。

『よう実』48時間限定で1年生編<4233ページ分>を無料公開! TVアニメ『1年生編』完結をみんなでお祝いしよう!!

関連書籍

  • ようこそ実力至上主義の教室へ

    ようこそ実力至上主義の教室へ

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
  • ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5

    ようこそ実力至上主義の教室へ 11.5

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
  • ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編 1

    ようこそ実力至上主義の教室へ 2年生編 1

    衣笠彰梧/トモセシュンサク

    BookWalkerで購入する
Close