ようこそ実力至上主義の教室へ 11

〇対戦相手



 その日の昼休みはCクラスの生徒の『ほぼ』全員が、教室に集まることになっていた。

 弁当持参組じゃない生徒たちは一度買い出しに出たがすぐに再集合する予定だ。

 オレもその買い出し組の1人として、一度教室を出る。

 そして周囲に人の気配がない場所まで移動し、2か所に連絡を取る。

 1か所はあらかじめ携帯でメールを送っておいたのですぐに連絡が取れた。

 そしてもう1か所。

 その用事が終わり、買いものを済ませたところで教室に戻る。

 戻ってこなかったのは2人。

 1人は何者にもしばることの出来ない男、こうえんろくすけ

 そしてもう1人は、平田ようすけ

 この2人を除く37人が集まる形となった。

「やはり平田くんは参加しないようね」

「そうみたいだな」

 心配する声も聞こえてくるが、時間は刻一刻と流れている。

 種目を決めるための話し合いの回数は、1回でも多い方がいい。

「何が心を入れ替えるだ! あいつ、結局真面目に参加しねえじゃねえか!」

 どうが声をあららげて怒りたくなる気持ちは分かる。

 あるいは、こうえんも表面上は真面目になるかもと期待した生徒はいたはずだ。

 しかし現実はそう甘くない。

 いや、人間はそんなに簡単には変わらないともいえるか。

 なまじ口が立つ分、高円寺はのらりくらりと逃げ続けるのだろう。

 だがいつまでもその手が通用するとは思えない。

 いずれまた、クラス内投票のような試験がやってくる。

 そうなった時、ツケを払わされるのは高円寺自身だ。

「無視して始めようぜ、くそっ」

「あなたがいらつだけ損よ。さて、先生から支給された種目に関するマニュアルをコピーしておいたから全員に配布するわ。食事中に熟読して、具体的な話し合いは放課後に行っていくつもりよ」

 仕切る人間がいない今、ほりきたが主導で引っ張っていくしかない。

「何か分からない点等、食べながらでもいいから随時私に質問してもらえるかしら」

 既にマニュアルを読破した堀北は、疑問を持つ部分はないようだった。


    1


 授業はつつがなく終わり、その日の放課後。

 ちやばしらが司令塔になった者はすぐに廊下に来るよう伝え、先に出て行く。

 その後真っ先に席を立ったのはひらだ。

「あの……種目について、話し合い───」

 女子の1人、西にしむらが慌てて声をかけようとする。

 そんな声は平田の耳に届かず、静かに教室を出て行く。

「平田くん……」

 西村、そして他の生徒は平田の強く拒絶するオーラをまざまざと見せつけられる。

 唯一例外がいるとすれば、高円寺だ。一連の騒動に気づいていないとでも言うように涼しい顔をして携帯を見ていた。

「私……ちょっとトイレに行ってきます。すぐ戻りますからっ」

 そう言って立ち上がったのは王美雨ワンメイユイ───皆からはみーちゃんと呼ばれる生徒だ。

 トイレと言ったものの、恐らく平田を追いかけて行ったんだろう。

「彼が使い物にならない以上、やっぱり私がやるしかなさそうね」

 率先してきようだんに向かう準備をする堀北。

「悪いが後は任せた。オレは司令塔の件がある」

「ええ、多目的室で対決クラスの決定だったわね。選択権を得たらDクラスを選んで」

「分かってるが、期待はしないでくれよ」

 オレは席を立ち、Cクラスを後にした。

 司令塔の役目をになうことになったオレは、廊下へ。

「今度はおまえかあやの小路こうじ。一体誰が司令塔なんだ」

 あきれたようにため息をつきながら、ちやばしらは2人が消えていったであろう方向を見る。

「オレですよ、司令塔は」

「……ほう?」

 茶柱と合流し特別棟に向かう。

「たかだかクラスの対戦決めに、特別棟まで行くんですね」

「当日のシステム、その使い方の説明もあるからな」

 特別棟には人の気配が少なく足音がやけに耳にまとわりつく。

「せっかくプロテクトポイントを得たのに大変なことだな。司令塔にされるとは」

「されたわけじゃないですよ。オレが自分で立候補したことです」

 茶柱の歩みが一歩止まる。

「……おまえが?」

「何か変ですか」

「目立つのを嫌ってるんじゃなかったのか?」

 そんな茶柱からの疑問が飛んでくる。

「受け身でいるかそうでないかの違いだけですよ」

「なるほど。どちらにせよ、断れるような雰囲気じゃなかったというわけか」

 プロテクトポイントを持つ生徒は、必然的に司令塔になりやすい。

 断れば1人だけ安全けんにいることになってしまう。

 押されてがけから飛び降りるか、自分から飛び降りるかの違い。

「しかし、どんな形にせよ司令塔になったからには大きな責任が生まれる。おまえが手を抜いたりすれば、Cクラスに敗北を与えることになる」

 周囲に人がいないため、茶柱は強気な発言をしてくる。

「それはあんたのおどしか?」

 オレが視線を向けると、茶柱は小さく笑った。

「どう思われてもいい。だが私は楽しみになったぞ綾小路。これでやっと、おまえの実力を見られるんだからな」

 Aクラスを目指している茶柱はその部分に大きく期待を寄せているらしい。

「勝てる保証なんてどこにもない」

「そうかな。私には、あいにくとおまえの負ける姿は想像できない」

 その後、オレと茶柱の間に特別な会話がされることはなかった。


    2


 特別棟にある、多目的室。そこが今回の特別試験のメインとなる教室らしい。

「どうやらおまえ以外の3人は、既に到着しているらしい」

 教室の扉が開けられる。目に飛び込んできたのはそれぞれのクラスを受け持つ担任の教師と、生徒たち。Aクラスはさかやなぎ、Bクラスはいち、Dクラスはかね

 大方の予想通り全てプロテクトポイントを持った生徒たちだ。

 そして向かい合わせに並べられた2台のパソコンと、共通の大きなモニター。

「各クラスの司令塔が集まったところで、対決するクラスを決めたいと思う。このくじを1枚ずつ引いてもらう。赤い丸がついた紙を引いた生徒に、選択権が与えられる」

 くじの入った箱。

 それを差し出される。Aクラスから引くよう促されるが、坂柳はそれを拒否。

「残り物には福があると言いますし、私は最後で構いません。どうぞ一之瀬さん」

「じゃあ、遠慮なくー」

 一之瀬からのくじ引き。B、C、Dと順に引く。折りたたまれているわけではなく、引いてすぐに結果が分かる仕様だった。赤い印は、Dクラス金田が引き当てることに。

 つまり対戦相手を選ぶ権利は、Dクラスが得たということ。

「最後の1枚の確認をするまでもないようですね、しま先生」

 真嶋先生は残された最後のくじを引き上げる。当然、そこには赤い丸はない。

「どうやら、残り物に福はなかったようだな」

「それはどうでしょうか。必ずしも私が引くことが幸運とは限りませんし」

「やっぱりAクラスはどこと当たっても余裕なのかな?」

「そんなことはありません。出来ればあなたのクラスは避けたいですよ一之瀬さん」

 社交辞令か本音か分からない形で、坂柳が言った。

「指名するクラスを教えてもらおうか」

 真嶋先生の促しで、金田が小さくうなずく。

 朝から放課後までの間に、Dクラスでも話し合いは行われたのだろう。

 どのクラスとの対決が一番勝率が高いのか。

「では遠慮なく。Dクラスは───Bクラスとの対決を希望します」

 金田の口から告げられる、意外な宣戦布告相手。

「Bクラスでいいんだな?」

「はい」

 念押しの確認を受け、真嶋先生が対決クラスを決定させる。

 Dクラス対Bクラスが確定することで、自然とAクラスとCクラスの対決も確定する。

「てっきりCクラスを狙うかと思っていましたが、Bクラスですか。です?」

 坂柳が理由を求め金田に問う。

「ここから逆転を狙っていくためには、ひとつでも上のクラスのポイントを奪わなければ。かといってAクラスと戦うのは、今は避けたいですからね」

 Aクラスは流石さすがに厳しいと判断してのBクラス狙い。

「そうですか。私としてもBクラスという強敵を避けられて助かりますし、Dクラスのご健闘をお祈りします」

 かねに感謝するようにさかやなぎしやくした。だが、ここに至るには少しカラクリがある。もちろん金田が指名権を取ったのは偶然だが、誰が引いてもこうなる予定だった。

 オレは放課後までの間に、あらかじいちいしざきに対して連絡を取っていた。

 そしてAクラスとの対決を譲ってほしいとの希望を伝えていたのだ。

 一之瀬は純粋にAクラスを対戦相手に希望する予定だったようだが、オレへの借りを返すということで譲ることを引き受けてくれた。石崎たちはどうやら、最初からBクラスを指名する方針だったらしく、そもそもめることにはならなかった。

 全てはAクラスの坂柳との対決のため。

 唯一面倒だったのはオレが選択権を得ていた場合だ。

 ほりきたからはDクラスを選ぶよう言われていたため、その時は多少言い訳が必要だったが。

 当たりを引くのは4分の1の確率、それほど心配はしていなかった。つまりここでのやり取りは出来レース。オレがある程度根回ししているのは、坂柳も承知の上だろう。

 こうして各クラスの対決先が決定する。

「では特別試験当日に向けてのシステムの説明を行う。この多目的室では、このようなパソコンを2台使用する。このパソコン上で、どの種目に誰を割り当てるかを司令塔が全てリアルタイムで選んでいく」

 大きなモニターに左側のパソコンの画面が大きく映し出される。

 ちやばしらがそのパソコンを操作し、しま先生が説明を続ける。

「これはAクラスの生徒の一覧表だ。マウスを操作し、選ぶ生徒の顔写真をドラッグし、種目の枠にドロップする。間違えたり、途中で変えたいと思った場合には、マウスを使い枠外にドロップし直せば再度選択可能だ。あるいは指先で画面にタッチする方法でも構わない」

「なんかテレビゲームみたいですね」

「ほんとよねー」

 一之瀬とほしみや先生の、ちょっと楽しそうな会話。

「各種目ごとの生徒選択には時間制限がある。それは今カウントされている数字になる。種目に必要な人数が多いほど選択の時間が与えられる。1人につき約30秒だと思っていい」

 つまり10人の種目であれば300秒。

「もし時間内に選びきれなかった場合には、不足している生徒の数だけランダムに選択されてしまうので注意するように。逆に過多だった場合にはランダムではじきだされる」

 つまりタイムオーバーは許されないということだ。

「試合が始まると大型モニターにはその様子がリアルタイムで映し出される」

 テレビで流れるような、将棋の対局映像がモニターに流れだす。サンプル映像だ。

「司令塔による関与だが、試合開始後、常に自分のモニターで確認できるよう文字で表示されている」

 一度切り替わり、パソコンの画面になる。

『待ったをかけ、一手司令塔が指し直すことが出来る』と表示されている。

 これが事前に説明のあった『司令塔の関与』だろう。

「内容が確認できると同時に、クリックで関与を発動させられる。覚えておくように」

 またモニターは切り替わり、対局に戻る。

「司令塔からの指示方法は通話形式ではなく、チャットの文章を機械が自動で読み上げる仕組みを採用している。文章を打ち、エンターを押せば出場者のインカムに送信される」

 あとはそれを自動的に機械が読み上げて、伝えるということか。通話形式にしなかったのは不正を防ぐためだろう。今回の例題では『一手司令塔が差し直せる』という関与だが、く会話を組み合わせれば二手三手を伝えることも出来てしまうからな。

「司令塔が関与をいつだつした行動を取れば、その時点で反則負けを宣告する場合もある」

 やはりそういうことか。文章は逐一第三者にチェックされると思った方がいい。

「インカムは1つの種目につき1人までしか身に着けられない。団体戦であっても、指示を受け取れるのは1人だけだ。誰にインカムを装着させるかも司令塔が指定する」

 やることは想像以上に多そうだな。

 あらかじめ決めておくものだろうが、不測の事態は常に想定していなければならない。

「司令塔の指示は、各々ルールに沿った上で自由なタイミングで差し込み可能だ」

 自分のパソコンで表示、切り替えは随時自由で、拡大や縮小といったことも可能だ。

 種目中の生徒たちを観察したり、次の種目に備えたりとやれることは少なくない。

「以上が司令塔の役割、その操作方法だ。何か質問は?」

 全員に視線を送るしま先生だが、誰一人分からない疑問はもうないようだった。

「では、本日はこれで終了とする。操作方法の再確認等がしたい場合は、試験1週間前までなら、多目的室にて教師立会いの下行うことを許可する。以上だ」

 こうして、オレたち司令塔への説明が終わり、解散が告げられる。


    3


 帰宅したオレは、ほりきたに対決クラスのことをチャットした後、早速司令塔としての役目について考える。思えば、こうして学校の試験に面と向かって挑むのは初めてのことだ。

 正直なところ、これが個人戦であれば、オレはほぼ負けることはないと思っている。

 だが、今回の試験はクラス全体を指揮するという戦い方。

 クラスの持つ力の範囲の中でしか戦うことが出来ない。

 そんなどのたぐいまれな軍師でも、子供の兵隊では大の大人相手に万に一つの勝ち目もない。

 キーとなるのは司令塔のみが使える『関与』だが、そもそも戦うための大前提が必要だ。

 それはCクラスの現在のポテンシャルを把握すること。

 誰が誰を好きか嫌いか、何が得意で不得意か。

 その組み合わせを理解せずして、勝ちへの道筋は開けない。

 そして、その情報収集力や統率力という意味では、オレはクラスの中でも下から数えた方が早いほどに不足している。しのはらでらの好きな食べ物一つ知らない状態なのだ。

 なら、まずは何をすべきなのか。

 決まっている。クラスのことをよく知っている人物に話を聞く。

 シンプルだが避けては通れないことだ。

 それが出来るのは『けい』『ひら』そして『くし』の3人だろう。

 誰かからだけではなく、全員から聞きたい。

 ただし今、現状で間違いなく協力してくれるのは恵だけだ。

 平田は再起不能状態であり、櫛田に関してはクラス内投票での傷が深い。表面上は一切表情に出していないが、ほりきたに対しては相当ご立腹だろう。オレに対して、どこまでかいてきな目を向けているかは未知数だが、警戒心は以前より強まっていると見た方がいい。

 日暮れ時も深まり始めた6時前。

 チャイムと共に、1人の来訪者がやって来る。

 オレは迷わずカギを開け部屋の中に招き入れる。

「……やっほ」

 来訪者……かるざわ恵は、制服姿のままだった。

「まだ学校に残ってたのか」

「あんたと違って、あたしには友達が多いからね。今日は、あたしが主役だし」

 ちょっと変わった言い回しをして、こちらに視線を向けてくる。

「恵が主役? どうしてだ」

 理解できない様子を見せると、少し怒ったように視線を外した。

「……なんでもいいでしょ。それより、こんな時間にあたしを呼ぶなんて、珍しいわよね。しかも警戒しないでいいなんて。誰かに見られたら困るんじゃないの?」

 どこか落ち着かない様子でオレの部屋を見回している。

「いいんだ。いろいろ巡り巡って、その必要性も相当薄れてきた」

「Aクラスのはしもとくん、だっけ。あと上級生にもあたしたちのこと見られてるから?」

「そんなところだ」

「あたしときよたかの関係、ちょっとずつオープンになってるわよね……問題なし?」

「全く問題ない」

 即答したことが恵の安心につながったのか、あんいき

「それなら、まぁいいんだけどさ」

 確かにオレとけいつながりが知られていないことで出来る動きもある。

 だが状況は少しずつ変わり始めた。

 それに、これからはスパイ的な活動よりも表立って動いてもらう方がやりやすい。

「けどさ……仮にもクラスメイトの男子と女子よ? もしここに来るとこ見られてたりしたら、二人きりになってるって変なうわさ、立っちゃうじゃん」

 そんなことを気にするタイプだったか?

「今回のオレは司令塔の役目をになってる。Cクラスの中心人物である恵を呼び出すことにもそれほど強い不自然さを呼ぶことはない」

 安心させるために、一応そんな風に建前も付け加えておく。

「うーん。まあ、そうなんだけどさ」

 その点に関しては、まだ恵の中で引っ掛かる部分もあるらしい。

「って言うかなんで司令塔の役目なんて引き受けたわけ? プロテクトポイント持ってるからって、それで負い目感じるようなタイプじゃないでしょ」

 流石さすがにオレのことはある程度分かっているだけある。

「内心はさておき、クラスメイトから見たオレの心証があるからな。それに、やまうちが退学したばかりでしんあんになってる状態だ。ああしておくのがベストだった」

「そんなもん?」

「そんなものだ」

「あたしだったら、何言われたって司令塔になんてならないけどね」

 恵の場合は、そういう立ち位置を築いているからな。プロテクトポイントは私のモノだと強気に出ても誰からもとがめられない。実に見事なもんだ。

「その辺のことはさておき、クラスの内情を教えてくれ」

「内情ねー。どこから話せばいいのやら。あたしも全部は分かんないからね? 特に男子の事情なんて全然詳しくないし」

「それは別に問題ない。出来れば後日、くしひらにも個別で話を聞きたいしな」

 あくまでも展望。

 本当にそれが実現するかは、今の状況では未知数だ。

「そりゃその2人からも話が聞けたら、クラスのことは全部理解できるだろうけど……」

 難しそうに腕を組み、恵が話し出す。

「櫛田さんはともかく、今のようすけくんは無理じゃない? 相当参ってるみたいだし」

「おまえも気になるか?」

「そりゃ、ね。Cクラスの誰から見ても、洋介くんの現状は歓迎しないでしょ」

 平田が不在のCクラス。確かに百害あって一利なしだ。緩和剤の役目を果たしてくれる存在がないことで、クラスに安定感を欠いている。

「ともかくまずはおまえからだ」

「なんか、あたしからだと話しにくいから質問形式にしてよ」

 それが希望なら、こっちから一人一人女子の事情を聞かせてもらうことにしよう。

 生徒名簿順にCクラスの女子全員のプロフィールを頭にたたんでいく。


    4


「───って感じかな」

 10分足らずの時間だったが、けいから必要になりそうな情報はあらかた聞き出した。

「ねえ。なんかにメモとか取らなくて良かったわけ? もう1回って言われても話さないからね?」

「問題ない」

「頭に全部叩き込んだってやつ?」

「一通りはな」

 あーそうですか、すごい凄いと褒めてるようには見えない態度で褒められた。

「にしても対戦相手はAクラスでしょ? 流石さすがに今回はキツイんじゃないの?」

「戦うのはオレじゃなくて、クラスメイトであるおまえらだろ。いくら司令塔が介入できるからって、戦局をひっくり返せるばかりじゃない。むしろおまえの方は大丈夫か?」

「あ、あたし? あたしは~……」

 自分で何か言おうとして、何も出てこないようだ。

「……あたしの出番ないようにしてよ?」

「それはオレだけで決められる問題じゃない。相手の戦略によっては2回くらい出番がある可能性もあるだろうしな」

「いやいや、無理だから。あたし勉強もスポーツも得意じゃないし」

 ふるふると首を振って、出たくないをアピールする。

きよたかならさかやなぎさんにも勝てるって」

 ぐっと親指を立てられる。自分の出番を減らしたいのと、そして責任を負いたくないだけだろう。

 ただ、実際のところ恵にもオレの存在がどの程度かは測り切れていない。

「誰も期待してない分楽でしょ?」

「まあそうだな」

 負けて当たり前の状況というのは、楽と言えば楽だ。

「それで、もしかして話はそれだけ? 直接会って話さなきゃならないことだった?」

 それだけなら電話でいいじゃん、と口をとがらせる。

「直接会って話す方が分かることもあるだろ」

 期待したような返答じゃなかったのか、恵の表情は硬いままだった。

「ふうん……。とにかく話は終わりよね? じゃあ、あたし……帰るけど?」

 これ以上、状況に変化が見られないと思ったのだろう。

 必要最低限の話が終わったところで、けいがそう切り出した。

「また必要なことがあったら連絡する」

「……はいはい」

 何かを期待していて、それをあきらめたような表情。

 だが最後まで意地を貫くつもりだったのか、自分からは言い出さない。

 言い出してくれた方がこっちとしても、行動しやすかったんだが……。

「ちょっと待ってくれ。まだ少し話があるんだった」

 部屋に入られた時に見つけられないように、引き出しにしまっていたモノ。

 オレはそれを取るために立ち上がった。

「何よ……話すことがあるんだったら早くしなさいよね」

「今日、おまえの誕生日だろ」

「え───ちゃんと、分かってたんだ……?」

 引き出しから、あらかじめ用意しておいたモノを取り出す。学校のショップに頼んで、取り寄せてもらったものだ。誕生日のラッピングもしてもらっている。

「少しからかっただけだ」

「へ、変なフェイント挟まないで、プレゼントあるんだったら早く渡しなさいよね。他の友達から沢山良いのもらってるから、ハードルは上がっちゃってるけどね」

 そう言って、顔を背けながらオレの方に手を伸ばしてきた。

 オレはそんな姿を見て、すぐに手渡すのを止めた。

「欲しかったのか?」

「べ、べべ別に?」

「別にというのなら、無理に渡す必要もないか」

「は、はぁ!? 1回渡すって決めたんなら、最後まで渡しなさいよね!」

 よく分からないことを言われる。

「ホワイトデーのお返しも兼ねてるからな」

「出た……手間だからって一度にまとめちゃおうってヤツ?」

 あきれたようなため息をつきながら、オレからプレゼントを受け取る。

 四角い小さな箱、しかも軽いため恵はちょっとげんそうな顔をした。

「中身入ってる?」

「空箱を渡すほどの勇気はない」

 そんなことをすれば、恵が怒るのは目に見えているからだ。

「じゃ、ここで確認するけどいいよね?」

 警察官から職務質問を受けるように、箱の中身を確かめようとする恵。プレゼント用に包装された紙を丁寧にがし、出てきた箱のふたを外す。

 そこからのぞかせたのは金色に輝く金属片。

「な……何よコレ!?」

 そう驚くが、誰がどう見てもそれが何かは明白だ。

「ネックレスだ」

「そ、それは見れば分かるけど! なんかめっちゃ重いプレゼントだし!」

「重い?」

「だ、だってネックレスとか友達に贈るレベルのモノじゃないっしょ!」

 そう言われても……。

 オレはけいの言っていることがイマイチ分からず、首をかしげる。

 しかし回答が返ってくるどころか、まだ言いたいことがあるらしい。

「しかも、しかもよ? あたしに似合う感じじゃないし! ハート形とか、さ!」

 ネックレスの核となる部分についた、ハート形のことだろう。

 どうやらオレからの誕生日プレゼントは、あまり良いモノじゃなかったらしい。

「ハート形とか、さ!」

 その部分が相当気に入らなかったのか、改めて強調される。

「ふう、ふうっ」

 顔を真っ赤にさせながらの抗議を受け流石さすがにオレもちょっとダメージを受ける。

 誰が対象であれ、プレゼントは喜ばれるために贈るものだ。

「これ高かったんじゃないの?」

「安くはないな。2万そこそこか」

「にま……。どうして、わざわざこんな高いネックレスにしたのよ……?」

「どうしてって……」

 けいが、更に顔を赤くしながらオレを見てくる。

 ここは素直に答えた方が良さそうだな。

「正直、女子に誕生日プレゼントなんて渡したことがなかった。だから、とりあえず情報収集しようと思ってネット検索した。そしたら大手通販サイトの『楽観市場』で、女性の誕生日プレゼント第1位がその店のネックレスだってされてた。女子高生に大うけとも書いてあったからな」

 恋人かどうかを問わず、お返しとして最適とうたわれてあったのを記憶している。

 誕生日とホワイトデーのお返しを合わせるならそれなりの金額が必要だと判断したが。

「うわ……ぁ」

 なんだか、ドン引くようなで見られる。

 もしかするとオレは、少し間違えてしまったのかも知れない。

「あんた頭いいのに、そういうとこはちょっとバカなんだ。て言うか世間知らず。そもそも女子高生に大うけとかいうけど、この手のは女の子は自分で選びたいもんなの。自分に似合うものや趣味ってあるしね。まぁ指のサイズ確認が必要な指輪じゃなかっただけ、救いだけどさ……。ハッキリ言って、100点中10点くらいだからね? 評価」

 高いプレゼントを用意したものの、さんたんたる結果らしい。

 女子高生の何たるかを語らせてしまったが、確かに反省すべき材料は少なくない。

 良かれと思って選んだものではあるが、本当に相手の気持ちを考えたものかと言われると疑問が残る。

「もし、オレが適当に菓子折りを選んでたら?」

「15点は上げたかな」

 2万円近くしたネックレスより、菓子折りの方が上だったとは。

「開封した以上返品は利かないだろうが、不要なら置いて帰ってくれ。後日菓子折りで良かったら用意しておくから」

 自身の勉強不足をなげきつつ、オレはそう提言する。

 10点よりは15点の方が恵としてもうれしいだろう。

 そう思ったのだが……。

「…………」

 恵はネックレスを見やり、そしてオレを見る。

 そして、うと思われたネックレスを首に着けた。

 ちょっと鏡借りるからと言って、部屋の鏡で自分の首元を確認する。

「うーん。思った通りハート形はちょっと子供っぽいかなぁ。だけどあたしの素材がいいから、何でも似合っちゃうってのはあるわよねー」

 高校1年生が何を言っているのかと思わなくはないが、恵は真剣だ。

 しばらく自分の角度などでネックレスの見え方なんかを確認して満足げにうなずいた。

 試着だけして返してくるかと思ったが、ネックレスを丁寧に戻してから、箱を自分のカバンに入れる。

「ま、女の子への初めてのプレゼントみたいだし? 一応、もらっておいてあげるわよ」

「……それなら、それでいいんだけどな」

 突き返されたところで、他の誰かに渡せるものでもないしな。

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